農村近くの駅から列車に乗り込んで、揺られること数十分。
先程の農家からの依頼が入ったのが前日の夕方だったこともあり、仕事に支障が出ないようにと農家の活動開始の時間に合わせて始発の列車に乗って仕事に出ていた少女は、欠伸を噛み殺しながら列車から降りて、これまたのんびりと朝の街を歩いていた。
「ねむ……。まったく、朝っぱらから列車に揺られるこっちの身にもなってほしいよ……」
体は痛いし眠いし……とボヤきながらも毎回依頼を受けるのは、ひとえに彼女の真面目さあっての事である。
あの家──マーカー家は彼女がギルドに加入した頃から長年修理に赴く場所であり、気心知れている相手でもある。だからこそ彼女は彼らの為にと気を使うし、なんなら近くを通りかかると顔を出して様子を確認するくらいには交流もある。幼い頃から贔屓にしてくれて、尚且つ物品を修理するだけなのに他の依頼人よりも少しばかり報酬を高めにしてくれていることもあり、彼女の彼らへの配慮は他の依頼人へのそれよりも幾分か手厚い。彼らに報いようとするその姿勢には、フェアリーテイルの魔導師には珍しい律儀な真面目さがある。
閑話休題。
彼女が駅を出てから真っ直ぐに向かっているのは、彼女の所属する “フェアリーテイル” のギルドである。
ここ、マグノリアの街のシンボルであるカルディア大聖堂の横を過ぎてしまえばあとはそんなに時間はかからない。道なりにしばらく歩いたところに、この街唯一の魔導師ギルド、フェアリーテイルがある。
「……よかった。まだ今日は始まってないみたいだ」
昼間から酔っ払いが騒いではいるが、まだ殴り合いは始まっていないようだ。少女は人知れずほっと一息つくと開け放たれているその大きな扉からギルドに入る。いつも通り、酔っぱらいを中心に全体的に騒がしいギルドである。
「あらノーツ、おはよう。今日は遅かったわね」
「おはよう、ミラ。今日はマーカーさんのところに行ってから来たんだ。」
「あら、また?今月4回目くらいじゃない?」
「いいや、今日ので5回目だ。本当いい加減にしてほしいんだけどね……」
「あらあら」
困ったように微笑むミラと呼ばれた美女、ミラジェーン・ストラウスに対し、少女──ノーツ・ウォルフラムはため息混じりに今朝あった出来事をそのまま話す。
ため息を吐きながら話しているが、その表情はいつもよりも幾分か柔らかく、ミラにはノーツが彼らを本心から疎んでいるわけではないということが見て取れた。
ノーツはミラに一通り話すと、バーカウンターの横に積み上げられたガラクタの山に視線を移して一瞬遠い目をする。ふっと息をついた後に椅子から立ち上がり、ガラクタの山──椅子や机
「リメイク」
彼女がそう呟いた途端、細かな閃光がバチバチと弾けたかと思うと、木材の山があった場所に復元された机と椅子が出来上がった。直ったそれらから手を離したノーツはふぅと軽く一息つくと、近くで酒盛りをしていた仲間を捕まえてそれらを元の位置に戻すのを手伝わせた。
彼女が机と椅子を直すさまをすぐ近くで見ていた彼らは、いつ見ても綺麗なもんだなぁ、と感心した様子で出来上がったものをバシバシ叩いてからもともとあったのだろう場所まで運んでいった。ノーツも彼らに続いて椅子を数脚運んでいく。
全てを運び終えると、ノーツは彼らに礼を言った後にバーカウンターにいるミラの元へと戻った。座るのはもちろん、ノーツの専用席となりつつある端っこの席である。なぜって、そこが一番ガラクタ置き場に近いので。
「どうせまた今日も壊れるんだろうけど……」
言いながら僅かに肩を落とす少女に、ミラはふふっと笑って言った。
「そんなことより、朝ごはんまだでしょう?今日は何を食べる?」
「そんなことって……私にとっては結構重要なことなんだけれど」
そう言いながらもノーツは何を食べようかと思案する。お腹は確かに空いているけれど、沢山食べたい気分ではない。顎に指を添えて少しの間考え、俯かせていた顔を上げて僅かに口角を上げた。
「……いつものと、今日はアイスティーをストレートでお願いしようかな」
「はいはい。茶葉はこの間ノーツが貰ってきたアレでいいかしら?」
ノーツがこっくりと頷いた。ミラの淹れる紅茶は美味しいのだと、疲れてへたっていた彼女の雰囲気が和らいだその時だった、騒がしいギルド内でもよく聞こえる程の大声が響いてきた
「ただいまぁ!!」
「…………ナツか」
つい先程少し上昇した気分が一気に下がり、そのままカウンターに両肘を付いて頭を抱え込むようにして全身で絶望を表現するノーツ。その様子をミラがアイスティー用の背の高いグラスを準備しながら笑って眺めていた。笑い事じゃない、とノーツはじとりとミラを見るが、彼女はそれを見てもう一度ふふっと笑った。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。流石のナツも帰ってきてそうそう誰かに喧嘩売るなんてこと──」
しないわよ、と続く事はなかった。
ミラの声を遮るようにして、ナツがメンバーの一人に殴りかかり、ギルド内が更に騒がしくなった──いつものように備品を巻き込んだ殴り合いが始まったからである。
「……あのナツが帰ってきて、ギルドが静かな訳はないと思うんだけれど?」
「まあ、元気なのはいいことじゃない?」
最早微笑むことしかしなくなったミラにノーツはため息をついて、やっとこさ目を逸らしていた騒ぎの中心の方へと向き直った。
そこで暴れているのはノーツの言った通り、桜色のつんつん頭と白いマフラーが特徴的な少年、ナツ・ドラグニルである。彼が最初に誰を殴ったかは知らないが、いつの間にやら一部を除いたギルド内全体で殴り合いの喧嘩に発展している。
「あーあー、また派手に壊してくれちゃってまぁ…………うん?」
ノーツが遠い目をしながら壊れていく椅子や机を見ていると、ふと大きな鞄を片手に入口付近でオロオロとしているブロンドの髪が綺麗な少女が目に入った。軽く首を傾げてしばらく彼女の様子を見ていると、その少女と目が合った。彼女は軽く肩を跳ねさせた後にノーツに助けを求めるような視線を送っている。
あのまま立っていればきっとあの殴り合いに巻き込まれるだろうが、あの様子ではきっとそれに対応することは出来ないだろう。依頼人だか加入希望者だか知らないが、放っておいたら危ないことは確実である。
とりあえず軽く手招いてみたが、少女はぐわっと口を開いて何事か叫んだだけで、その場から動く様子はない。微かに「できたら苦労せんわ!!」と聞こえた気がする。よくよく考えると体を鍛えていなさそうな彼女が入口からギルドの最奥に位置するこのカウンターまで無事に辿り着けるかどうかがまず危うい。
仕方がないとノーツは彼女の元へ行こうと席を立った。
「入口の子、なんだか困っているようだから迎えに行ってくるよ」
「あら本当ね。新人さんかしら?」
さあ、とミラに返すと、ノーツは飛んでくる障害物をひょいひょいと軽くかわし、飛んでくる拳を横にいなしながら少女の元へ向かう。少女はそんなノーツを見ると、大きな目を更に大きく開いて驚いていた。
「こんにちは、素敵なお嬢さん。
加入希望かな?それとも依頼人?どちらにしてもここに留まるのは危険だから、とりあえず奥に案内するよ」
「え、あの、これ放っておいていいんですか……?」
戸惑い気味に目の前の惨状を指してノーツに尋ねる少女
「うん?……ああ、アレはいつもの事だから気にしないで。そう、うん、いつものことだから…………」
「は、はい……?」
壊れていく備品を見て思わず遠い目をしたノーツに、少女は『あ、この人は常識人っぽい』とすこし安心したような表情を浮かべて頷いた。
早いとこ避難しよう、とノーツが少女の手をひこうとしたその時のこと。どこからかウィスキーの瓶が中身を撒き散らしながら飛んできた。少女の方を見ていたノーツは反応が遅れ、それを頭で受け止めた。
「ひぃぇぇぇえええええ!!!???」
「……………………」
突然飛んできた瓶に全力で驚く少女と、頭に瓶が当たった……否、叩きつけられたにも関わらず倒れることなく、ただ少女に伸ばしかけた手をグッと握るノーツ。そこそこ入っていた瓶の中身は殆ど彼女にかかってしまい、空になった瓶はコロンと床に転がった。割れていないのが不幸中の幸いである。
「あ、あの……?」
少女が恐る恐るといった様子でノーツに声をかけるが、それが彼女に届いた様子はない。
グッと握った拳を相変わらずの無表情で見つめると、ウィスキー瓶が飛んできた方向に静かに顔ごと視線を動かす。
またその時、今度は一つの影が同じ方向から吹っ飛ばされてきた。今度はしっかりその影を視認していたノーツ。彼女は咄嗟にその場を離れて躱してみせたが、後ろにいた少女はそんな事が出来るはずもなく。大きな音をたてて机に飛んできたソレから飛びずさって、濡れることも厭わずにノーツに隠れるようにしがみついた。勿論悲鳴付きで。
「きゃぁぁあああ!?」
「………………」
飛んできた
「……グレイ、君はとうとうパンツ一丁じゃ飽き足らず全裸で飛び回るほどの変態になったのかい?おめでとう、羞恥心を捨てた素晴らしい進化だよ」
「あぁ?何言って……あーーーっ!!!オレのパンツ!!!」
「その状態でこっちを向くな変態」
ノーツが
ノーツは少女の向きを自分の方へくるりと変えてから自分の酒にまみれた上着を脱ぐと、そのまま魔力を込める。パチっと走った閃光に正面の少女が驚くが、それには気をとめずに上着の形を変えていった。
「少しは隠そうか変態。これを履いて、脱いだら承知しないからね」
「ノーツお前、ノーパンのオレにズボンって……変態かよ」
「どの口が言うか」
「せめてパンツ作ってくれよ。てかなんか酒くせぇし……」
ノーツは冷たい目をしながらもなるべく下を見ないように作り上げたものを投げ渡した。が、グレイは若干引きながら受け取った。お前にだけは変態だなんて言われたくないとか受け取るなら文句言うなとか、他にも言いたいことは多々あったがまあいいだろう。いや良くはないか、後でしっかり絞ろう。
酒にまみれた上着でズボンを作って渡したのは、きっとこの後新しい家族になるのであろう少女の目を汚した罰であり、ただ単に汚れた上着の処理が面倒だったノーツが丁度いいと押し付けた結果でもある。
想像してみてほしい。いきなりそこそこガタイのいい男が全裸で、机を割る勢いで吹っ飛んできたのだ。……想像したら気分が悪くなったがそれはそれ。それはもう恐怖の対象でしかない。もし飛んできたのがグレイでなくエルフマンだったならば、ノーツも叫んでいたかもしれない。
せっかくの加入希望、しかも女の子にトラウマものの経験を与えたのだから相応の報いはあって然るべきである。そんな至極真っ当な考えの元、彼女はグレイに冷ややかな目と酒まみれのズボンを与えるという制裁を与えたのである。
「うるさいよ変態、無駄口叩かずにさっさと履こうか。ソレはあげる、返されても困るからね」
「……まぁ、とりあえず恩に着るぜ!」
やはりどこか不服そうではありながらもノーツに礼を言って再びナツの方へ走っていったグレイにため息をつくと、ノーツは今度こそ目の前の少女と向かい合った。
「大丈夫だったかい?すまないね、あの変態は後でまた改めて締めておくから」
とりあえず怪我はないかい?と尋ねると、少女は惚けながらも頷いた。未だにノーツにしがみついている少女にとりあえず離れるように言うとハッとした様子の少女は慌ててノーツから離れた。
「あまり近くにいると酒臭いのがうつるかもしれないからもう少し離れた方がいいかもね。ああ、でもあまり離れると危ないから……
…………は?」
少女の身の安全を確保する方法を思案していたところで、今度は多数の魔法陣が展開されているのを視界の端で見てとったノーツ。呆れと驚きが入り交じった表情(当社比)でほんの一瞬固まった。おいおいそれは流石にヤバいだろう、と。
「ま、魔法!?」
驚いていたのはノーツだけではなく、隣の少女も酷く驚いている。少女は酒臭いと忠告され、一度は離れたのにも関わらず再びノーツにひしとくっついていた。
しょうがない、せめて守りの体勢に入っておこうとノーツ自身も魔法を発動しようとしたところ、突如ギルド内に巨大な人影が現れた。
「やめんかバカタレ共!!!!」
「でかーーーーーーーっ!!!!!」
その影の主の声が響いた途端。
それまで騒がしいを通り越す勢いでバカ騒ぎをしていた全員がピタリとその場その体制で動きを止めた。皆展開していた魔法を収めて影の方を見る。耳元で大声を上げられたために静かにダメージを負って蹲っている者も約一名いるが、それ以外の面々は静止して影の方を見ている。
──否、そんな中でもただ一人だけ動き続けるバカがいた。
「だーっはっはっは!皆してビビりやがって!!この勝負は俺の勝──」
……もっとも、それもすぐに影によって潰されたが。
耳へのダメージから立ち直ったノーツはやっと乱闘が終わるとほっと息をついて肩の力を抜き、壮絶な悲鳴を上げた隣の少女の肩をぽんと叩いた。
「大丈夫だよ。あの人、ウチのマスターだから」
「マスター!?」
驚く少女とは裏腹に、いつの間にか近くまで来ていたミラが相変わらずの笑顔で影──マスターに声をかけた。
「あら……いらしたんですか?マスター」
「ああ、今戻ったところじゃ」
そんな二人が会話する様子を口をパクパクと開閉しながら見ている少女に、大きな影は目をとめる。
「む?新入りかね?」
「は、はい……」
ノーツは完全に怯えている少女の手をとってもう一度大丈夫だと言ったが、果たしてそれは伝わっているのか。
その後、ふんぬぅぅう、と声を上げながら徐々に縮んでいくマスターを見て先程とは違う意味で驚いている様子であった少女だが、ノーツの手を離すことはなかった。それはいいが、耳の近くで叫ぶのは本当にやめてほしい。短時間で2度もやられて頭の奥が少しびりびりしている。
マスターは少女に軽く挨拶をした後に2階の手すりの上へ飛び上がると、ついさっき手にしたのだろう書状の束を見せながら話を始める。内容は主にフェアリーテイルメンバーの起こした問題について。グレイ、エルフマン、カナ、ロキ、などなど……
ギルドの面々の名前が次々に呼ばれていく。
グレイ、全裸で街中を歩いた挙句に下着を盗んで逃走。ありえない、初っ端から論外。
エルフマン、要人護衛中に依頼人に暴行。護衛とは一体なんだったか。
カナ、経費と偽って大樽で酒を飲み、その経費の請求先があろう事か評議会。バレたかって、バレない方がおかしいだろう。
ロキ、評議員の孫娘に手を出す。こいつはなんだ、本物のアホか。
ナツ、はいつもの事だから割合。こいつの壊した物の修理の大半にはノーツが駆り出される。勘弁しろ。
エトセトラエトセトラ……本当にこのギルドには問題児しかいないようである。
ちなみにノーツの名前は呼ばれていない。そもそも物品を壊すことはしないし、壊したら直して証拠を消すし。その点で抜かりはない。
「貴様らぁ……ワシは評議員に怒られてばかりじゃぞぉ……」
プルプルと震えているマスターが怒っているのだと思ったのか、繋がれたままだった手を怯えた様子の少女がそれまでよりも強くキュッと握る。それまでくだらない思考に意識をとばしながらマスターの話を聞いていたノーツだったが、少女の様子に気がついてからは握られた手を握り返して今度は真面目に話を聞き始めた。
「だが、評議員などクソくらえじゃ」
握り返された手に驚いた少女がノーツの表情を伺おうとしたその時、マスターの手のなかにあった書状の束がボッと音を立てて燃えていた。
それに驚いた少女は「え?」とこぼし、握っていた手からは少し力が抜けた。
マスターが投げた燃え盛る書状は、飛び上がったナツの口に収まった。餌を欲する犬かお前は。
「よいか……理を超える力は 全て理の中より生まれる。魔法は奇跡の力なんかではない。
我々の内にある“気”の流れと自然界に流れる“気”の波長があわさり、はじめて具現化されるのじゃ
それは精神力と集中力をつかう……いや、己が魂すべてを注ぎ込む事が魔法なのじゃ。
上から覗いてる目ん玉気にしてたら魔道は前に進めん。評議員のバカ共を恐れるな
自分の信じた道を進めェい!!
それが、フェアリーテイルの魔導師じゃ!!!」
マスターの話が終わった途端、ギルド内はワァっと再び火がついたように盛り上がる。
周りが次第に笑いだしたことにつられ、少女の顔も明るくなった。
握られていた手は、いつの間にか離れていた。