すっかり騒ぎも収まった頃。
ノーツは例のごとく、破壊され尽くした机や椅子を直して回っていた。
「……リメイク」
流石にほとんどの机が壊れたとなると動き回るから疲れるし、なにより彼女はまだ朝食を腹に入れていない。おまけに服は未だにウィスキーにまみれて湿っている。元々あった眠たさと体のだるさにさらに負の要素が加算され、端的に言うと今のノーツは不機嫌だった。
先程ミラが近づいてきたのはウィスキーを被ったノーツにタオルを渡す為だったようで、ミラから受け取ったタオルで拭いはしたものの、髪に残った水分くらいしかとれなかった。匂いもとれないので髪からも服からも酒の匂いがする
「…………リメイク」
気持ちいつもよりも荒い動作で目につく範囲のガラクタを一通り直すと、食器類の修復はまた後で、と一旦バーカウンターへと歩いていくノーツ。食器は積み上げておくように頼んであるし、何より先程から腹の虫が限界を訴えているのである。
「……ミラ、ご飯出来てるかい?」
「ええ、もうそろそろ休憩する頃かと思って準備しておいたわよ。」
「ありがとう。でもごめん。紅茶、ストレートじゃなくてミルクティーにしてほしいな……いつものとびきり甘いヤツ」
「ふふ、オーケーよ。ちょっと待っててね」
笑いながら離れていくミラの背中を見送ってから、ノーツはカウンターに突っ伏した。あーともうーともつかないうめき声付きで。空腹の限界なのか、単に疲れているのか、備品を壊すメンバーに呆れているのか……きっと全てだろう。
若干湿っている服が肌に触れる感覚に嫌そうに身悶えながらカウンターに突っ伏す彼女に、近づいてくる影が一つ
「あ、あの~……?」
「……うん?」
うめくのをやめ、閉じていた目を開いて声のした方を見上げれば、そこには先程の少女が恐る恐るといった様子でノーツの顔色を伺うように立っている。
ゆっくりと体を起こしてから改めて少女を見れば、その右手の甲にある桜色のギルドマークが目に入った。ああ、この子はやはり加入希望者だったのか、と密かに目元と口元を弛めたが、そんなノーツに少女が気づいた様子はない。
ノーツが普通に起き上がったことにほっとした少女であるが、未だ立ち尽くしたままである。
おっかなびっくり見つめられたままで居心地の悪さを感じたノーツは、ぽんぽんと横の椅子を軽く叩いて少女を呼んだ。
「ああ、さっきの。私に何か用かい?
とりあえずお座りよ。直立不動で横に立たれると流石に少し心地が悪いから」
「は、はい!あの、あたしはルーシィっていいます。さっき助けてくださったお礼がまだだったので……」
元気な返事はどの言葉に対してか。とりあえずは横の椅子に座ってくれた少女──もといルーシィに、ノーツはいつもより幾分か柔らかい表情で向き合った
「いいさ、気にしないでおくれ。そもそもは、新人連れてきたのにほっぽり出して殴り合いを始めたナツが悪いんだ」
まあそのうち慣れるよ。と付け加えると、ルーシィはアハハ、と引きつった笑みを浮かべた。大方、慣れていいものなのかとでも思っているのだろう。
「そのうち君もあのバカ騒ぎに混ざる日が来るだろうよ
私はノーツ。歳もそんなに離れていないだろうし、お堅いの抜きで仲良くしてほしいな。ギルドに入ったからには、君──ルーシィも、もう家族みたいなものだからね」
「!……はい!じゃなくて──ええ、これからよろしくね、ノーツ!」
ルーシィはノーツがファミリーネームを名乗らずにファーストネームだけで留めたこと、自分のことを“家族”と言ったことに少しだけ目を開いて、それから花が咲くようにぱっと嬉しそうな笑顔を浮かべた。
ノーツは決して“訳あり”だと思ってそうしたわけではない。名乗り方を相手に合わせるのはいつもの事だし、加入者を“新しい家族”と言うのもまたいつもの事である。まあ、自分が名乗ったあとの反応を見てファミリーネームに関しては触れない方がいいと感じたのもまた事実ではあるが。
「ところでノーツ、さっきから動き回ってて服そのままだけど大丈夫?着替えとかしないと風邪ひくんじゃない?」
「多分大丈夫。それに、今はとてもお腹がすいてるんだ。何をするにしても、まずは何か食べてからじゃないと。風邪よりも先に空腹で倒れちゃうからね」
心配してくれたルーシィに軽く返す。実際ノーツはこの程度では風邪をひかない。問題があるとすれば、動く度に香る強い酒の香りが不快であることくらいである。
あっという間に打ち解け、軽い冗談を交わしながら和やかに話すノーツとルーシィ。しばらく和やかに談笑していると、二人のもとにミラが皿とグラスを持って戻ってきた。
「あら、二人とも随分と仲良くなったのね」
「あ、ミラさん!」
ミラはルーシィに軽く笑いかけると、ノーツの正面に皿とグラスを差し出した
「はい、お待ちどうさま。BLTサンドと
「ありがとう、ミラ」
ふふ、と笑顔で彼女が差し出すグラスを見て、それまで饒舌に話していたルーシィの言葉も思わず止まった。
それもそうだろう。ミルクティーだと差し出されたそれは紅茶の色とは思えない程に白く、何故か若干ドロっとしている気さえする。それ程までに砂糖とミルクが過多なのに加えて背の高いグラスの上にはとぐろを巻いたホイップクリームが高くそびえ立っている。
「え、ノーツあんたコレ飲むの……?」
「うん、そうだけど」
健康を害しそうな程、見るからに甘ったるい。本気で飲むつもりなのかと本人に尋ねると、応と返事が返ってくる。ノーツは物をなおす魔法を多用すると無性に糖分がとりたくなるのだと言うが、どう見たってこれはやり過ぎだ。
これは決してミルクティーなんて言える代物ではない、とルーシィはそれを平然と受け取ったノーツへの認識を少し改めた。
当の本人は特に何も思っていないのか、ごく普通に受け取ったそれを啜る。刺さっているストローに口を付けて吸い込むと、相変わらずのどろりと冷たい感覚。何度飲んでもあまい。決して紅茶とは言えないが、これはこれで美味しい。
少しの紅茶にたっぷりのミルクと砂糖、氷を加えてミキシングした、ミラ特製ノーツ専用フラペチーノ、通称“甘いミルクティー”である。彼女らがミルクティーと呼んでいるだけで、実際は決してミルクティーではない。
ルーシィは恐ろしいものを見るようにノーツを眺めているが、何度も言うが本人は至って普通の表情である(まあそもそも、彼女の表情の起伏自体あってないようなものなのだが)。
ルーシィに一口飲むかと尋ねてみたものの、全力で首を横に振られてしまった。美味しいんだけどなぁ、とこぼすノーツの言う意味を──紅茶という認識が間違いであったのだということを──ルーシィが理解するのはもう少し先の話である。
引き続きルーシィと会話をしながらもそもそとサンドイッチを食べるノーツであったが、その穏やかな時間も長く続くことは無かった。
ギルドに、父は帰ってきたかと尋ねに来た少年──ロメオが、泣きながらマスターに一発お見舞いしたのである。
彼曰く、父親であるマカオが仕事に出て、三日で帰ると言いながら一週間戻って来ていないらしい。探しに行ってくれと頼むロメオに、マスターは魔導師の息子なんだから大人しく待っていろとロメオを突き放すようなことを言う。
それに涙を溢れさせたロメオはマスターの顔面にその小さな拳を叩き込んだ後、流れる涙をそのままにギルドの外へ走り去っていった。
一瞬の沈黙の後、ドゴォンと物が壊される音が静まっていたギルドに響く。原因はナツである。彼は仕事の依頼書が貼り付けてあるリクエストボードを依頼書ごと殴り、立派なクレーターを作り上げてからハッピーと共に歩いてギルドを出ていこうとしている
「オイ、ナツ!!リクエストボード壊すなよ!!」
ノーツはため息を一つこぼしてから残りのサンドイッチを口に詰めてミルクティー(仮)で流し込むと、椅子から降りてリクエストボードの前へと歩いていった。
「まったく、わざわざ壊していくこともないだろうに……ナブ、ちょっとそこ退いてくれるかい」
壊されたリクエストボードの前でナツに文句をぶつける男に退くよう言ったあと、壊れた部分に手を当てて魔力を込める。バチバチと閃光が走ったかと思えば、そこには綺麗に直ったリクエストボードがあった。
「おぉ、ありがとよノーツ。ったく……
マスター、ナツのヤツほっといていいのか?アイツ、マカオを助けに行く気だぜ?」
「これだからガキはよぉ……」
「んな事したって、マカオの自尊心が傷つくだけなのに」
そんな会話を聞きながらもノーツはさっきまで座っていた席に戻り、残りのミルクティーを飲みきった
「ふぅ……ご馳走様。お代、ここに置いておくよ」
「は~い。…………ノーツもナツ達と一緒に行くの?」
「いや?私はロメオのところに行ってくるよ」
お代をカウンターに置いてミラに声をかけた後、ルーシィに手を振ってからロメオが走り去った方向に歩いていったノーツ
「ど、どうしちゃったの?ナツもノーツも……」
「……ナツはロメオくんと同じだからね。自分とだぶっちゃったのかな」
「え?」
ナツの父親はドラゴンである。勿論育ての親だが……
そのドラゴンはナツに人間の文字や文化、魔法などを教え、ある日突然消えてしまったのだという。父親が突然消えてしまった自分と、父親が帰ってこないと泣くロメオが重なってしまったのだろう、とミラはルーシィに話す。
「ノーツも、大切な人が帰ってこなかったってとこは一緒だから。ロメオくんのこと放っておけないんじゃないかな」
「ノーツも……」
「…………あの子、未だにあの事引きずってるから、ね」
ぽそりと呟いた最後のミラの言葉はルーシィには届かなかったが、その表情が少し悲しげに歪んだのを、彼女は見逃さなかった。
──────
「ロメオ」
「……ノーツねえ」
ギルド近くの公園で一人泣いているロメオに、ノーツは声をかけた。小さな背中は寂しい悲しいと訴えていて、一目見ただけで心の奥がキュッと縮んだ
「ロメオ、ナツには会ったかい?」
コクリ、と一つ頷くロメオ
「それじゃあ、ナツがマカオを探しに行ったのも知っているかい?」
またコクリ、と一つ頷く。
「……大丈夫。マカオは決して弱くないから、生きてここに帰って来るよ。マカオとナツを信じて待とう。きっと二、三時間も経てば二人とも帰ってくるだろうから
一週間も待てたんだ、あと少しだけ待ってみよう?」
顔を上げたロメオはノーツの目を見て不安そうに口を開いた
「……ノーツねえ、大丈夫だよね…………父ちゃん、絶対帰ってくるよね……?」
「うん、絶対だよ。他でもないこの私が保証する」
「…………うん……!」
少しおどけて言ってみせると、ロメオの表情は少し明るくなった。今の言葉は彼の心を少し救ったらしい。
彼女は決して嘘は言っていない。心の底から、仲間の二人を信じているのだ。
ロメオはノーツの真っ直ぐな目を見て、彼女と共に父を信じて待つことを決めた。ぐしぐしと袖で涙を拭うロメオの手を抑えて、ノーツは持っていたハンカチで顔を拭ってやる。そして、不安をぶつけるように抱き着いてきたロメオの背を、今度は優しく撫でてやる
「鼻水は付けないでおくれよ、ロメオ」
「……ノーツ姉、ちょっと酒臭い」
「失敬な。……今日はいつもの乱闘に巻き込まれてね、ウィスキーを一瓶浴びたんだ。放っておいたら乾きはしたけど、匂いまではとれなかったみたいだね」
臭いと文句を言うロメオの頭に軽く手刀を入れる。叩かれたところを抑えてぶーたれる彼は、大分いつもの調子に戻ってきている。
ノーツの膝に座りなおしてしきりに仕事の話をしてほしいとせびるロメオに、仕方がないなと最近の仕事の話を語って聞かせるノーツ。彼は男の子らしく、修理に赴いたときの街での話よりも山賊やモンスターなどの討伐に行ったときの話の方が好きなようで、幾分か楽しそうに話を聞いていた。
昼時を少し過ぎた公園で、仲睦まじい姉弟のような二人は、ただひたすらに二人の男の帰還を信じて待っていた。
「ロメオ!!」
あのまま小一時間ほど話した後、近くのカフェでロメオにケーキをご馳走し、もう一度公園に戻って最初の体勢で話をして、また2時間ほど経った時だった。聞き覚えのある大きな声が耳に入って、ロメオは勢いよくそちらに顔を向けた。
そこには笑顔のナツと、そんなナツの肩を借りて歩いているロメオの父親、マカオの姿があった。
ロメオは目を見開いてその姿を確認すると、泣きそうな表情でノーツを見上げた。そこには珍しく、誰が見ても分かるほど優しげな笑顔をうかべるノーツの顔があり、見上げるロメオに気づいたノーツは彼の背を軽く押した。
ノーツの膝から降りて父に向き合ったロメオは涙ぐみながらもまず父に謝る
「父ちゃんごめん。オレ……」
ノーツはロメオから聞いていた。こうなった原因とも言える話を。
ロメオが近所の子供に魔導師を、父親をバカにされて悔しかったのだと。それを父に話して仕事に行ってくれと頼んだのだと。
息子の願いに頷いた父は仕事に行き、それから一週間帰ってこなかった。話しきった彼は再び泣いてしまったが、ノーツはそんな彼の頭を優しく撫でていた。
自分のせいで父を危ない目にあわせたと後悔して泣く息子の姿に、父は何も言わずに近寄ってその息子を抱きしめた
「心配かけたな。スマネェ」
ロメオはポロポロと涙を流して父の背に手を回す
「 いいんだ、オレは魔導師の息子だから……」
「今度クソガキ共にからまれたら言ってやれ、
テメェの親父は怪物19匹倒せんのか!?ってよ」
その言葉に泣き笑いを浮かべて大きく頷いたロメオは、いつの間にかその場を離れていたナツ達に向き直った。
「ナツ兄ーーー!!ハッピーーーー!!ありがとぉーー」
「おー」
「あい!」
「それと、ルーシィ姉も、ありがとぉっ!!」
ロメオの言葉にルーシィは笑顔で手を振り、ナツ達の背中を追っていった。
最後の最後に、ロメオは未だ公園のベンチに座っているノーツの元まで行って、その両手を握った
「ノーツ姉も、ありがとう!!」
「ああ。……信じて待っていて良かっただろう、ロメオ」
「うん!」
ニコニコと笑顔でノーツの手を握る少年からはさっきまでの不安や悲しさを一切感じない。良かった、ともう一度小さく笑うノーツにマカオも声をかける
「ノーツ、ありがとな。うちのガキが迷惑かけたみたいですまん」
「気にしないでおくれ。このくらいなんて事ないさ」
そう言いながら立ち上がろうとしたノーツだが、足に力を入れた所で動きを止めた。心無しか、彼女の口の隅が小刻みにピクピクと動いている。まるで何かに必死に耐えているようである
不審に感じたマカオがどうかしたかと尋ねると、
「……足が…………痺れたみたいだ」
立てないと若干涙ぐんで、しかしそれをロメオに悟らせないよう小声でマカオに伝えると、一瞬固まったマカオが片手で顔を覆って笑いだした。
「ブッ……ハッハッハッハ!!お前……なんてーか、かっこつかねぇなぁ!!!アッハッハッハ!!!」
「……いや、本当にその通りなんだが…………放っておいてくれ……」
「悪ぃ悪ぃ…………ハッハッハ!!」
「せめて笑いを止める努力をしてくれないかな……!」
まあ大丈夫だろうとロメオを膝に乗せて座っていたが、全然大丈夫ではなかった。二時間近く六歳児を抱えていればそりゃあ痺れもするだろう。
歩いて来る時にノーツの膝に乗るロメオを見ていたこともあって直ぐに彼女の心情を悟ったマカオは、自分より子供のことを優先する面倒見がいい彼女がおかしくて仕方がなかった
ただ一人、なんの事だかわかっていないロメオは、大笑いするマカオとそれを不服そうに見るノーツとを交互に見ては首を傾げるのであった。