「そういえばルーシィ、住むところなり泊まるところなり、今晩の宿はもう決めてあるのかい?」
あの後、しばらく足の痺れがとれなかったノーツは、マカオを無事送り届けて早々にギルドに帰っていったナツ達からはだいぶ遅れてギルドに戻った。
とりあえず定位置のカウンター席に座ると、その横にナツと共に先に帰っていたルーシィがやってきた。何の気なしにリクエストボードを眺めていたらノーツが帰ってきたのが見えたから来たのだという。まだ会ってから一日も経っていないのに、よくここまで懐かれたものだ。これもノーツの気質が成せるワザなのだろうか。
そうして話をしていく中で、今日の午前中にこの街に連れてこられたばかりであるという彼女は既に今後どうするのかは決まっているのかとふと疑問に思い、冒頭のセリフに繋がるわけである。
「いや、ぜんっぜん。まだなんにも決めてないの。」
「……それ、大丈夫かい?後2時間もすればどこの不動産屋も閉まってしまうし、この街宿は多いけど早いうちに部屋を取らないと、そこそこいい値段するよ?」
「なんですってぇ!?」
宿泊先が決まっているからこそギルドでのんびりしているのかと思いきや、そんなことは無かったようだ。よく見れば彼女の足元にはギルドに来た時の大荷物がそのまま置いてある。
なぜ街に戻って直ぐに出かけなかったのかとノーツが尋ねれば、今の今まで忘れていたのだという。それでいいのかルーシィよ。
「そっか、どうせ家決まっても今日から直ぐに住めるわけじゃないだろうし当分は宿に泊まることになるのよね……
しばらく宿となるとお金かかるけどアタシ今そんなにお金持ってないし……」
「こんな荷物を持って仕事行くわけにも行かないしねえ……
ウチは女子寮もあるけどやっぱり今すぐ入れるって訳でもないし、かといって女の子をギルドに泊まらせるのも……」
困ったように呟くルーシィと自分の事のように考えているミラ。ミラの言葉にツッコミたいところもあったがそれは飲み込んだ。
ルーシィをそのまま放っておくことも出来ず、ノーツは再度ルーシィに声をかける。彼女はギルドの中でも一等面倒見がいい。困っているルーシィに手を差し伸べずにはいられなかったのである。
「……家、決まるまでウチに泊まるかい?」
その声にミラは名案だとばかりにノーツを見て、ルーシィはただただ目を瞬かせている。
「お金は勿論いらないし……家決まるまでは満足に仕事にも行けないだろう?さっき言ってた通り、その間宿とるのにもお金がかかるしね。ルーシィさえよければウチにおいで」
「え、いいの!?確かにとっても助かるけど……」
「一人増えようがどうってことないさ。もともと一人で住むにはちょっと広い家だからね、気にしないで」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。しばらくお邪魔させてください!」
両手を合わせて頼むルーシィに、ノーツは勿論、と頷いて了承を示す。
ミラに相変わらずの笑顔で見られるのに何だかむず痒い心地がしたノーツだったが、気にしたら負け、と出されたお冷を飲み干した。
──────
「ここが私の家だよ。ギルドからは遠いけどなかなかいい眺めだろう?」
「確かに、来るまでちょっと大変だったけど風が気持ちいいし、街もよく見えるわねぇ」
ノーツが壊れた食器類を全て直してから、二人はギルドを出て彼女の家に向かった。
夕食の買い物がてらルーシィへの街の案内をしていた商店街を離れ、ギルドの手前の道を曲がってその先の丘を登っていく。
ノーツの家はマグノリアの街中から少し離れた高台の上にある、二階建ての一軒家だ。家の前からはマグノリアの街を一望でき、街から少し左に目線をずらすと、フェアリーテイルの女子寮であるフェアリーヒルズも見える。
「にしても本当、立派な家ね。
…………ちなみに、家賃はおいくら?」
「この辺の土地を買って、材料も買ってきて私の魔法で建てた家だからねぇ……家賃は払ってない──っていうか、ないかな。」
「えぇ!?」
むしろ私が大家だと、立派な家だからこそどうしても気になったのであろうルーシィにノーツが正直に答えると、ルーシィは驚いて固まった
そんな彼女を横目に見ながら、ノーツは我が家へ向かって歩いていく。しばらく呆然とその背を眺めていたルーシィだったが、はっと意識を取り戻すと急いでノーツの後を追った。
「え、この家、本当にノーツが建てたの!?」
「そうだよ。別に嘘を言っても仕方がないだろう?」
「そうだけど……。ほんと、錬成魔法って凄いのね……」
そう、ノーツの扱う魔法は今ルーシィが言ったように“錬成魔法”というものである。
魔力を介して触れたものの形を変化させる魔法。昔は魔法と同等に栄えていた技術、“錬金術”を元にした魔法である。
最も、錬金術は今では魔法の利便性に負けて廃れてしまった技術であり、それを扱える者はごく僅かにしか残っていない。
錬成魔法も、基本は錬金術と同じ“等価交換”という法則がはたらくのだが、魔力を消費することで多少はその法則を曲げられる。錬金術では質量が1のものからは同じく質量1のものしか作ることが出来ないが、錬成魔法は質量1のものに魔力を補うことで質量が5や10のものも作ることが出来る。
似通った性質上、膨大な知識量を要することは、どちらの使い手にも共通しているが……。まあ、本職の錬金術士からしてみれば錬成魔法は錬金術の
その本職も残るはごく僅か。この魔法に文句を言う者よりも便利だと言う者の方が断然多いのである。材料さえあれば基本的にはなんでも作れるため、ノーツを指名して物の修理を頼む依頼は決して少なくはない。ギルドの備品の修理も勿論ノーツの仕事である。
「……そうかな」
「ん?何か言った?」
「……いや、なんでもないよ。家を建てたのなんて初めてだったから、あの時は疲れたと思ってね」
「まさか、これ一日で……?」
「まさか!自分が長く住む家なんだから、一週間くらいはかけて少しずつ丁寧に造ったさ」
おどけたような声色で言うノーツにルーシィがクスリと笑うと、二人は今度こそ玄関の扉を開けて中に入っていった。小さな呟きに乗せられたノーツの沈んだ声色を、ルーシィは拾うことが出来なかった。
─────
中に入ってまず最初に案内されたのは、物の数は少ないながらも生活感のあるダイニングキッチン。広い部屋にある家具の殆どは木製で、全てノーツのお手製である。キッチンは流石にレンガ造りであったが、調理器具や食器類にはやはり木製の物が多かった。
街の方に面して大きな窓があり、そこから外にも出られるようになっていて、広めの足場に机と二脚の椅子が置いてある。それらは近くに立てられたパラソルの影に入っていて、晴れた日にそこに座ったら気持ちよさそうだ。つくづくセンスがいいなあと思いながらルーシィはノーツについていく。
ダイニングを出て廊下の奥の階段を登れば、目線の高さに一面窓がある廊下に出る。そんな廊下に面して、これまた木製の扉がいくつか並んでいる。
「ベッドとタンスはとりあえずどの部屋にもあるから、どこの部屋を使ってくれても構わないよ。お風呂と洗面所は一階、トイレは一階と二階に一箇所ずつ。私の部屋は一階にあるから、何かあったら呼んでおくれ。
あと地下には書庫もあるから。中の本は好きに読んでくれて構わないよ」
「え、あの……ノーツ、ホントにここに一人で住んでるの……?」
「ああ、そうだよ。同年代のメンバーがよく連れ立ってウチに遊びに来るからね。客室は多めに作ってあるんだ」
こんなにも広い家に本当に1人で住んでいるのかと思わず尋ねたルーシィだったが、相変わらずの無表情を心なしか嬉しそうに緩めて話すノーツに、なんとなく納得した。
ノーツは優しいから誰が来ても受け入れるだろうし、この様子を見るに遊びに来ること自体を歓迎しているのだろう。こんなに素敵な家なんだから人が沢山来るのも頷ける、なんて。よく知りもしないがきっとそうなのだろうと一人頷いているルーシィ。
ルーシィは迷わず廊下の突き当たり、一番奥の扉を開けると、そこにはノーツの宣言通りに白いベッドシーツがかかった木製のベッドと木製のタンス、机と椅子がワンセット置いてあった。タンスを開けてみると、そこには真っ白なタオルが数枚と、タオルケットが一枚入っていた。
「あ、掛け布団の類は後で出しておくよ」
「すご、その辺の宿よりもよっぽど広いし……これ、十分お金取れるわよ……?」
「二階の部屋は人に貸すことを目的で作ったからね。内装と広さにはこだわってみたんだ」
確かにノーツのいう“こだわり”が見える温かみある内装を眺めながら『にしてもこれはやり過ぎでは?』と思うが口には出さないルーシィ。彼女はその部屋に荷物を置いてから、風呂やトイレ、ノーツの部屋など家の中を一通り案内してもらった。
「ああ、そうだ。言い忘れてたけど、私の部屋の隣……一階の角の部屋には入らないでほしいな。鍵がかかっているから入れないとは思うけど、一応ね」
「分かったわ。まあ、あまりふらふら家の中を歩くこともないとは思うけど」
「助かるよ。あの部屋、私の魔法関連で実験したもの全部入ってるから不用意に入ると少し危ないんだ」
「絶っっ対に入りません!!」
大した時間もかからずに屋内探検と一通りの説明を終えた二人は、外のテーブルで一服していた。ノーツが紅茶を入れたのだが、ルーシィは最初は警戒して口をつけなかった。砂糖は入れてないよ、とノーツが小さく笑って言うと、ルーシィは恐る恐る一口飲んでほっと肩を落とした。
「よかった、美味しい紅茶だ。……んー、それにしても居心地いいなぁ。
この場所も素敵ね!ここで本読んだら気持ちよさそう」
「ありがとう。気に入ってもらえたならよかったよ。
それよりルーシィ、これからどうするんだい?私はいつまでいてくれても構わないけれど……やっぱり自分の家が欲しいっていうなら、それはそれで私にいくつかアテがあるから紹介することも出来るよ」
「え、いいの!?……あ、いやでもそこまでお世話になるのは……」
「気にしなくていいって。言っただろう?ギルドに入ったからには家族みたいなものだって」
初対面の自分にとことん良くしてくれるノーツに、ルーシィは今日一日感謝しっぱなしである。
以前からひとり暮らしをすることが夢だったルーシィからしてみれば、家を紹介してくれるというのも飛び上がるくらい嬉しい話だ。こんなにも良くしてくれる彼女の行動の理由が“
ずっとひとり暮らしをしてみたかったという旨を話すと、ノーツは快く受け入れ、明日にでも心当たりの家の大家を紹介してくれるという。
「よし、そうと決まれば今日は女子寮の子達も呼んでお祝いでもしようか!新しい家族が増えた大切な日だからね」
「え、いいわよそんなの!私のことは気にせずいつも通りで」
「いや、やらせておくれよ。こんなことでもないと私、騒げないからね」
遠い目をしたノーツにはあえて触れず、気を使ってくれたのだろう彼女の厚意に甘えることにしたルーシィ。それに、ノーツは僅かに口角を上げた。
──────
二人でキッチンに並んで料理をしながら、ルーシィはノーツの手際の良さに驚いた。
「ノーツ、貴女本当になんでも出来るのね……」
「うん?そりゃまあ、十年近く毎日料理してるからね。慣れっていうのもあるだろうよ」
「……そういえば、ノーツっていくつ?昼間は同じくらいだろうって言ってたけど私、とてもそうは思えないのよね」
「?……18だけど」
「え!?」
「え?」
驚くルーシィに不思議そうなノーツ。彼女はもう少し歳上だったか……?と首を傾げる彼女に、ルーシィが衝撃的な言葉をかける。
「いや、私てっきりもっとだいぶ上かと……」
ピシャーン、とノーツの中に雷が落ちた。確かに今日は早朝の列車に乗るのに少し寝坊して、服を選ぶ時間もなかった。タンスの引き出しの一番上にあったこの間買ったばかり大人しめの服と、結ばずに下ろした髪の毛でいつもよりは歳上に見られるだろうとは思っていた。思ってはいたが。
ノーツも年頃の女の子である。十代と二十代の壁は薄くはないと考えている乙女なのだ。上に見られて嬉しくない訳では無いが、“だいぶ上”と言われて複雑な心境である。
ピタッとノーツの野菜を切る手が止まったのを見たルーシィは慌てて弁解する。
「あ、いや見た目がどうとか言うんじゃなくて、なんて言うか……雰囲気とかがなんとなくこう、大人の女の人って感じがして!それで……」
「ん、いやごめん、大丈夫だよ。よく言われるから」
気を持ち直して野菜と再び向き合うノーツを見て、ルーシィもほっとして作業に戻る。
ルーシィがスープを作っているうちに、ノーツはサラダを盛り付けてクラッカーにつける野菜のソースを数種類作り、キッシュを焼いているうちにグラタンの下拵えまで済ませてしまった。
キッシュが焼きあがってからグラタンをオーブンに入れてしまえば準備はほとんど終わり。あとは人が集まってから簡単なリクエストを受け付ければ品数も十分になるだろう。
「……それにしても一つ上か……私あと一年でノーツみたいになれる気はしないわ」
「まだその話引っ張るのかい……?
でもまあ、そりゃあそうだろうよ。ルーシィと私じゃあ経験してきた事も違うんだから同じようにはなれないだろうしね。ルーシィはルーシィなんだから、私のようになろうとする必要もない。何も気にする事はないさ」
「……そういうところよ。」
「え?」
なんでもない、と首を振るルーシィを不思議に思いながらも、ノーツは普通の数倍の大きさのグラタンの容器をどうオーブンに入れたものかと思案するのであった。
グラタンをなんとかオーブンに入れたあと、ノーツが女子寮の面々を呼びに行った。その間、ルーシィは借りた部屋で軽く荷解きをしてその帰りを待つことにして、案内された部屋へと戻ってきていた。
「あ~、つっかれたー……。
…………私、本当にフェアリーテイルに入ったんだなあ」
ぼふっと自室ベッドに飛び込んで天井に向かって掲げた自分の右手を眺めながらそう零すルーシィ。布団の優しい匂いを感じながら閉じた瞼の裏では、今日あった様々な出来事が思い起こされている。
──賑やかで、仲間想いの暖かいギルド──
それが、加入して一日目を終えたルーシィがフェアリーテイルに対して抱いた感想だった。ギルドに着いた途端に始まった喧嘩にはびっくりしたし、ストッパーのいないあの空間で自分の方に人が飛んできたときには驚き過ぎて心臓を吐き出すかと思った程だ。
だけど、その中でノーツは自分を見つけて助けてくれて、会って間もない自分を暖かく迎え入れて、家族だと言ってくれた。
ナツは一生懸命マカオさんを助けようとする仲間想いのいいヤツだったし、ハッピーも洞窟から落ちかけた自分たちを引っ張りあげようとしてくれるガッツのある猫だった。他にも、叱るだけじゃない優しいマスターに親身になって家のことを考えてくれたミラさん、お父さん思いで“ルーシィ姉”なんて呼んでくれたロメオくん。
フェアリーテイルは、ちょっと荒いけどいい人達ばっかりの素敵なギルドだった。
あたし、本当にあったかい良いギルドに入ったんだなあ……なんて、掲げた右手をそのままにルーシィがしみじみと想いを噛み締めていると、外から徐々に賑やかな声が近付いてくる。帰ってきたかな?と窓を開けて外を見ると、そこにはノーツを先頭に、まだ見慣れないがフェアリーテイルの女子寮の面々と思われる集団が、連れ立って歩いてくる様子が見えた。
窓から見ているルーシィに気づいたノーツが、手を挙げて口を開いた。
「ただいま、ルーシィ。パーティ、始めようか!」
「うん!おかえりなさい、ノーツ!!」
こうして、ルーシィ歓迎会と称した宴は夜遅くまで続けられ、飲んで食べて騒いで……ルーシィと女子寮の面々との仲はあっという間に縮まった。
企画したノーツにも、参加してくれた彼女らにも、ルーシィは感謝で一杯だった。自分の仲間は本当に素敵な人ばかりだと早速ギルドの面々を誇らしく思うと同時に、自分も“素敵な仲間”と思ってもらえるように頑張ろう、と一人決意を改めるルーシィであった。
こうして、彼女の激動のフェアリーテイル加入初日は幕を下ろしたのである。