魔法の世界で錬金術を   作:紅茶烈伝

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少年と山賊と

 

 その後、宿に着いたノーツとグレイはルーファスに礼を言うと再度大通りを通って帰るように言い含めた。

 笑って「分かってるよ」と返すルーファスに二人は不安を抱かないわけでもなかったが、自衛の手段はあると言っていたし、酔っ払いばかりのこの街もわりかし治安は良いのだと言っていたのは他ならぬルーファスである。

 

 加えて山賊達も街中には出ないと言っていたのを信じ、二人は大通りに沿って来た道を戻っていくルーファスを見送った。

 

 

「さて、私達も中に入ろうか。明日はそれぞれ仕事だからね。」

「そうだな。しっかしお前結構買ってたけどそんな飲むのか?」

 

 ルーファスの後ろ姿が完全に見えなくなったところで、ノーツが宿に入ろうと足元に置いていた酒の入った木箱を持ち上げる。グレイもそれに続いて体を反転させると気になっていたことを尋ねた。

 ノーツが酒好きでカナに負けず劣らず酒豪なのは知っていたが、そこそこいい値段のする果実酒を自分用に大量買いするとは思えなかったのだ。

 

 以前彼女自身が、大量に飲みたい時は安酒を樽で買うと言っていたのを覚えていたため、尚更気になったのである。

 

 

「流石に全部一人で飲むわけじゃないさ。マスターとエルザへのお土産も込みで買ったから、ちょっと量が多くなったんだ」

「お土産ねぇ……。マスターは分かるがエルザは酒なんてあんま飲まねえだろ。…………ん、エルザ?」

「いや、ハチミツ酒は紅茶に少量たらすと体が温まると店主さんが言っていたからね。今度エルザとお茶する時にでも振舞おうと思って」

「……待て待て待て待て!今エルザっつったか……?エルザ近いうちに帰ってくんのか!?」

「……そんなに怯えなくてもいいだろうに」

 

 大袈裟なくらいにエルザへの恐怖を表に出すグレイ。それを見てため息を吐くと、ノーツは一つ頷いた。

 

 

「昨日の夕方頃に仕事が終わったって家のラクリマに連絡が来たんだ。向こうで少し観光してから帰るって言っていたから、あと二、三日もしたら帰ってくると思うよ」

「マジか……心の準備が」

「まったく……君たちのエルザへの苦手意識はもう少しどうにかならないのかい?」

 

 ブツブツと何やら一人言い始めたグレイに再度ため息をついて宿に入るノーツ。いなくなったノーツに気づいたグレイが急いで宿に入ったのは、そのだいぶ後だった。

 

 

───二人が宿へと入っていく姿を確認した影が、にんまり口元を緩めて大通りの人混みに紛れていく。その向かう方向は偶然か、先程少年が歩いていった方向と同じであった。───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ノーツとグレイは部屋の引き戸が勢いよく開かれた音で目を覚ました。

 

 朝からドタバタと宿を走る音で意識が浮かび上がっていたノーツは戸が開く音で飛び起きて魔法を発動する構えに移り、グレイはなんだなんだと咄嗟に枕を構えた。そんな二人が見た先──開け放たれた引き戸の前に居たのは、昨日の酒屋の店主だった。

 昨日見た時には整えられていたブロンドの髪はすっかり乱れ、息も絶え絶えの泣きそうな顔で廊下と部屋との境にへたりこんでいる。

 

 

「ま、魔導士さん……!」

 

 ちらりと外を見ると空が若干白んでいることからまだ日が昇ったばかりの早朝であると分かる。こんな時間に何の用だと思わないこともなかったが、あまりの焦りように何か問題でも起きたのだろうと察したノーツはグレイに目線をやると一つ頷いた。

 

 グレイもそれに頷いて返すと構えていた枕を下ろして一先ず中に入るようにと店主を部屋に引っぱりこんだ。ノーツは廊下を見渡して誰も部屋から出てきていないことを確認すると、引き戸を閉めて店主とグレイの居る方へ体を向けた。

 

 

「一体どうしたんですか?こんなに早い時間──」

「ルーファスを!息子を知りませんか!?」

「…………はい?」

 

 ノーツの問に対して食い気味に店主が口を開いた。「ルーファスを知らないか」と聞かれ、二人の背に悪寒が走った。まさか、とは思うが

 

「……帰って、いないんですか?」

「そうなんです!家に帰ったら息子がいなくて!どこを探してもいなくて!それで……!」

 

 

 タガが外れたように一気に話し始めた店主の言葉を聞いて、ノーツは目を見開いた。やはり家まで送り届けるべきだった、自分たちの案内もさせるべきではなかった、と固く拳を握る。固まったノーツをよそに、やっと眠気が覚めたグレイが店主を落ち着かせて話を聞く。

 

 曰く、昨日のグレイの案を聞いてそのまま街の酒屋を集めて話をしていた店主は、酒も入って気分よく話した後にその場で寝てしまい、解散して家に帰ったのがつい先程だったという。いつも自分が帰らない日はリビングで毛布にくるまっているルーファスが今日はおらず、酔った頭でも違和感を感じて彼の部屋を覗くとそこにもいない。急激に頭と身体が冷えて家中探し回ったが、結局彼を見つけることは出来なかったという。

 その後、リビングの机の上に置いてあったメモに気がついてルーファスがこの宿に自分たちを送りに出かけたと知り、ここまで来たのだという。

 

 

「もしかしたらあなた方のところに居るかもしれないと思ったのですが……!魔導士さん、どうか、どうかうちの息子を探しては頂けませんか……!!」

 

 きちんと身の安全を確保できなかったこちらが全面的に悪い。泣きながら縋る店主に二人揃って勿論だと応えると、ノーツは部屋の窓に目をとめた。

 何やら外側に紙が張り付いているようで、ノーツは警戒しながら素早く窓を開けてその紙を剥がすと、すぐに窓を閉めた。よく見るとそれは封筒のようで、光に透かすと中に紙が入っているのが見えた。

 

 慎重に封を切って中の紙を開くと、ノーツは目を見開いた。

 

『妖精の尻尾の魔導士

 子どもは預かった。返して欲しくば今日の昼、女のみで我らのアジトに来られたし。

 一人で来なければ子供の安全は保証しない。』

 

 横から覗き込んだグレイも息を呑んだ。なぜ自分たちがフェアリーテイルの魔導士だと知っているのか。グレイは右胸に、ノーツは左の腰にそれぞれギルドマークが入っている。ノーツは昨日はニットのワンピースを着ていたため、まずギルドマークが見えることは無い。つまりは──

 

「君があんな所で服脱いだからバレたんじゃないか!!」

「ぐふぅ!」

 

 

 ノーツの肘が綺麗にグレイの鳩尾に刺さる。怒りが乗った肘の威力は計り知れない。鳩尾に刺さったのみならず、必要以上に力の籠ったそれによってグレイは引き戸を突き破って廊下までとんだ。

 

 どうせ壊しても直せるんだ、なんていつもの彼女なら絶対に言わないであろうことを呟きながら指を鳴らしてグレイに迫るノーツ。こんなことをしている場合ではないと分かりつつももう一発、今度は拳骨を頭に落とした。

 

 

──────

 

 ノーツの手によって立派なたんこぶをいくつも作られたグレイは店主に向かって「すぴばぜんでした」と謝る。

 

「い、いえ。あの、大丈夫でしょうか……?」

「彼に関してはいつもの事なのでお気になさらず。……私たちが油断したばかりに息子さんを巻き込んでしまい、本当に申し訳ありません。息子さんは必ず私たちが助け出します」

「!助けに行って、くださるのですか……?」

「勿論です。……信用も何もあったものじゃないとは思いますが、」

 

 ノーツは一度言葉を止めると、瞬きをしてより強い光をその目に宿す。

 

「必ず無事に助け出してみせます」

 

 力強い光の灯った彼女の瞳を見た店主は、涙を流して頷くことしかできなかった。

 

 

 

─────

 

 

 時間は昼時を回る少し前。ノーツは一人、今回の依頼の標的であった山賊団のアジトへと歩を進める。場所は昨日依頼主から聞いていた。手紙に差出人の名は書いていなかったが、この辺りで自分たちの拠点を“アジト”というものはこの山賊団くらいなものである。

 

 山の山頂付近にある洞窟。その前には四人見張りがいて、ここが奴らのアジトだろうとあたりをつけたノーツは隠れることなく真っ直ぐ洞窟に向かって歩いた。四人はノーツの姿を確認するとコソコソと話して見張りのうちの一人が洞窟の奥へと走っていった。

 

 

「お前が例の魔導士だな。」

「ええ、お望み通り一人で来ましたよ。少年のところに案内してもらっても?」

「……付いてこい」

 

 見張りの男に続いて洞窟に入ると、程なくして広い空間に出た。部屋の最奥部にある大きな椅子には胸元の大きな傷跡が特徴的な大男が座っており、そのすぐ横に縄で縛られたルーファスが転がされている。二人を囲むように大勢の山賊が立っていて、各々がニヤニヤと気持ち悪い笑いを浮かべていた。

 

「!!」

「本当に一人で来るとはなあ、フェアリーテイルの魔導士さんよお!」

「……言う通り一人で来ましたよ、早く彼を返してくれませんか?」

「まあそう急ぐなよ、俺たちが人質(コイツ)をタダで返すわけがねえだろ。取引と行こうぜ、魔導士さん?」

 

 

 ノーツを連れてきた見張りの男がバカにした様子で口を開いた。

 何も言わずに男を睨みつけるノーツ。ルーファスは二人のやり取りを見て焦ったように身をよじらせてつけられた轡を外そうとしている。そんな彼を見たノーツは分かりやすく不敵な笑みを浮かべてみせる。

 

「条件なんてなんでも構いません。早く彼を返してくれませんか?お世辞にも綺麗とはいえない場所です、彼をいつまでもそこに寝かせておきたくはありませんから」

 

「……おい、ガキを女に返してやれ」

 

 大男がそう言うと、ノーツを嘲った男がルーファスを立たせるとノーツの方へと突き飛ばした。一瞬よろけたが、そのまま自分の方へと走ってくるルーファスを抱きとめて彼を縛っていた縄をすぐさま分解したノーツは、彼をしっかり抱きしめると再度山賊達を睨みつけた。

 

 ルーファスと合流するまでの間に退路は山賊達に塞がれており、正面の大男も椅子から立ち上がっていた。分かっていたことだが、穏やかな条件ではないようである

 

「……ガキは返したぜ。だが、家に帰すつもりはねえなあ!!」

 

 ノーツが警戒の色を強めると、大男は心底おかしいというふうに笑った。

 

「俺様のこの傷、こいつはお前のギルドの奴につけられたもんでなあ……忘れもしねぇあの金髪!!ずっと妖精さんにお返ししたいと思ってたんだよ……!」

「……ならばなぜ私だけを呼んだりしたので?もう一人男がいることもご存知でしょう?」

「元々分断して油断してるとこを叩くつもりだったんだ。ソイツの方にも今頃下っ端どもが行っているだろうよ!」

 

 それに、と大男は続ける。

 

「お前、妖精の錬金術師(アルケミスト)だろ?お前を討ち取ったとあれば俺様の名も広まるってもんよ!」

「……私、その渾名好きじゃないんですよね。」

「はあ?……まあいい。そんな足手まといを態々受け取ってよォ……俺に潰されんのにどれだけその強気を保ってられるか、見ものだなァ!!」

「それはこちらの台詞です」

 

 はあ?と再度大男が顔を歪めたその瞬間、ノーツが爪先で地面をトンと叩くと、同時に盛り上がった地面が彼女らを囲んでいた山賊達を殴り飛ばした。

 

「私のことを知っていたのなら、人質は返さずにいた方が賢明でしたね」

 

 ま、この程度の輩から君一人奪い返すなんて造作もありませんけど。腕の中のルーファスを見下ろすと、肩を竦めておどけてみせるノーツ。

 

 

「油断させて叩くのがいいかと思って素直に従っていたけれど……そんな必要もなさそうだったね」

「あの大人数をこんなにもあっさり…………すごい……!」

 

 実を言うと、ルーファスを拘束していた縄に自身の魔力を流し、魔法の触媒となったそれらをその辺に散らばらせておいたのだ。地を叩くのと同時に魔力を少量流せば直接触れずとも地形を変えられるように、と。

 おかげで大きな動作をすることも無く、相手の不意を着く形での無力化に成功したのである。

 

 彼女がもう一度爪先で地面を叩くと、盛り上がっていた地面が動いて山賊達を一処に集めて拘束し始めた。

 その様子を横目に見ながらルーファスに向き合ったノーツは、彼と目を合わせたかと思うと深く頭を下げた。その肩は小さく震えていて、彼女が彼のことを心配して焦っていたことが見て取れる。

 

「私たちのせいでこんな事に巻き込んでしまって本当に申し訳ない。こんな所に山賊に囲まれて長時間……怖い目にあわせてしまった」

「い、いえ、気にしないでください!」

 

 そんな訳にも行かないとへにゃりと眉を下げるノーツの顔を見たルーファスは、俯いて震える声で話し出した。

 

「……実を言うと僕、言いつけを破って近道をしようと路地に入ったんだ。魔法もあるし大丈夫だろうって……。路地に入ってしばらく歩いたところで急に意識が遠くなって……結局は僕の自業自得なんだ、ノーツさん達に非はないんだ!」

「ルーファス……」

 

 怖かっただろう、心細かっただろう。俯いて震えるルーファスを抱き寄せたノーツが、無事で良かったと呟くと彼は堰を切ったように泣き出した。

 ノーツは己の肩に顔をうずめて泣く少年の頭を撫で、落ち着くまで静かに抱きしめていた。

 

 

─────

 

 落ち着いたルーファスを連れて街の宿へと戻ると、宿の前には氷で拘束された山賊だろう男たちとグレイが立っていた。丁度片付けたところだったのか、疲れた様子で額の汗を拭うグレイと目が合った。

 

 緩く片手を上げるノーツと手を繋いで歩いてきたルーファスを見ると、一瞬の間をおいてニヤリと笑ったグレイはすぐさま宿に入っていった。出てきたかと思うと今度は後ろに酒屋の店主を連れており、店主はルーファスを見つけるや否やすぐさま走って来て息子を抱きしめた。

 

「ルーファス!無事かい!?無事だね!?本当によかった!!」

「父さん……!心配かけてごめんなさい。」

 

 

 親子が再会を喜ぶ横で、ノーツとグレイもハイタッチを交わしていた。お互いに信頼しているとはいえ、多少の心配はあったのである。

 

「お疲れ様、グレイ」

「おう、そっちもお疲れさん。ルーファスも無事みたいだし、一件落着ってか?」

 

 ノーツは軽く頷くと、手足を岩でガチガチに拘束して山から引きずってきた山賊達をグレイが捕まえた者たちと一緒にして拘束し直しながらその後の段取りを練る。

 まずは評議員に連絡をして、その後にもう一つの依頼をこなす。当初の予定よりは遅れるが、今日の夜か明日の朝にはマグノリアに帰り着けるだろう。

 

「というわけで、私は早速林道の修理に行くからグレイは評議員に連絡しておいてくれるかい?」

「おう、わかった。んで……あの二人はどうすんだ?」

 

 未だ抱きしめ合っている親子を遠目に見ながら言うグレイ。ノーツは眩しそうに二人を見ると、ふんわりと微笑んだ。

 

 

「街を出る前に改めてお詫びに行こうか。今はそっとしておいてあげたいから」

 

 驚いてノーツを二度見したグレイだが、彼女はすぐにその笑みを引っ込めて踵を返すと、街の外へと歩いて行った。

 

「あんなに分かりやすく笑ったの、久々に見たぞ……」

 

 その場に残されたグレイは、驚愕に染めた表情はそのままに、しばらくノーツの背中を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、ありがとうございました!」

「いえいえ……巻き込んでしまったこちらが悪いので、お礼は結構ですよ。」

「感謝くらい素直に受け取っておけよ」

「いや、そういうわけにも……」

 

 結局もう一晩街に泊まっていざ帰路につこうと宿を出た昼さがり、二人を呼び止めたのは昨日の酒屋の親子だった。

 

 

「息子の不注意でもあったと聞きました。無事に助け出してくれたのですから、ささやかではありますが、ぜひ受け取っていただきたく……」

「いや、ですから……」

 

 ルーファスの母親も加わり、感謝したい親子とこちらが至らなかったからの一点張りで頑としてお礼の果物と酒類を受け取ろうとしないノーツの応酬が止まらない。

 いい加減に長いと我慢がきかなくなってきたグレイがノーツのまえに出ると、果物のカゴの一番上に乗っていたリンゴを二つ手に取って口を開いた。

 

「確かにルーファスが連れてかれたのは俺らが至らなかったからだ。でも感謝の意をまんま無下にすんのも忍びねぇ。てなわけで、俺らはこれだけ貰って帰るとするよ」

「そ、そうですか……では、是非またウチの店に来てください!サービスしますから」

「……そういうことなら」

 

 巡る会話に終止符が打たれ、にこやかに別れの挨拶を交わす。ふたたび駅に向かって歩き出した二人の背に声をかけたのは、他ならぬルーファスだった。

 

 

「ノーツさん、助けてくれて本当にありがとうございました。僕、もっと魔法を練習してお二人のような立派な魔導士になります!」

「……私たちのような、か」

 

 僅かに目を開いてグレイを見上げるノーツ。グレイはニヤリと笑ってルーファスを見返していた。

 

「はい!まずはお二人を目標に、ゆくゆくはお二人を追い越してみせます!」

「お、そうか!でも俺たちもそう簡単に追い越されるつもりはねぇぞ?」

「まずは追いついてみせます。僕、頑張りますから!」

 

 

 ノーツとグレイは顔を見合わせると次の瞬間、

 

「ああ、待っているよ」

「おう、待ってるぞ!」

 

 ノーツはしゃがみこんで彼の頭に手を置いて、グレイは口角を上げて楽しそうに笑って、それぞれ言い放った。嬉しそうにそれらを受けいれたルーファスは、元気に二人に手を振った。

 

 

「また、遊びに来てくださいね!」

 

 

 二人は頷いて手を振り返すと、ゆっくり駅へと歩いていった。

 

 

 

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