『あなた』は記憶喪失になりました。そして自称恋人の五人に迫られています。誰が本当の恋人か思い出してください。 作:耳野笑
6月4日(月) 朝
翌日。学校に登校する。迷うといけないのでかなり早めに家を出た。
ちなみに、事故と記憶喪失の件は学校に伝わっており、担任を通してクラスメイトにも伝えられている。
(ん? そういえば雅と俺って高校も違うのにどうやって知り合ったんだ?)
バイト先、ない。お嬢様がアルバイトなんてするはずがない。出身校が同じ、ない。雅の通っている女子高は小中高一貫である。
まるで接点がない。高校生は意外と交遊が狭い。どこで彼女と出会ったのかさっぱり分からなかった。
気づいてみると分からない疑問を抱えながら歩いていたそのとき。
「こんのバカ~!」
昇降口でいきなり背中を叩かれ、ボンゴのような低い音が響く。
「いった」
振り向くと女生徒がいた。
燃えるような赤い髪。幼く見えるツインテールがよく似合う童顔。そして声音は刺々しく、怒りの表情を浮かべていた。
ネクタイの色は青。つまりあなたと同じ二年生である。
「なんで連絡寄越さないのよ!」
「ごめん、誰?」
「は……? いや、ウソでしょ。アタシよ?」
「ごめん、俺、記憶喪失なんだ。名前とどういう関係だったか教えてくれ」
「……来て」
「え、ちょっと!?」
女生徒にぐいぐいと引っ張られながら、あなたは人気のない体育倉庫に連れてこられた。
もう灰になっているであろう『陸上部の巨乳女子と体育倉庫に閉じ込められてムフフなことに!?』が頭をよぎったが、すぐに振り払った。
「どうした?」
「アンタ、マジで忘れてんの?」
「ああ、覚えてない。仲良かったならごめん」
「仲良かったとかじゃないでしょうが!」
女生徒の怒気にあなたは気圧された。怒りに燃える荒々しい炎が、彼女の瞳に宿っていた。
しかしその奥に、あなたは言い知れない悲しさを見て取った。
「ごめん、教えてほしい。君は誰だ?」
「アタシは
「………………え?」
あなたは頭が真っ白になる。
(え、なんて言った? 恋人? 誰の? え?)
「恋人?」
「そうよ恋人よ!」
「誰と誰が?」
「アタシとアンタが!」
あなたの体がグラリとよろめく。そのまま積まれたマットに尻もちを付き、呆然として目の前の女生徒を仰ぎ見る。
「は、はは……そんなことって……」
「こっちのセリフよアホ。なんでアタシのこと忘れんのよ……」
「いやそうじゃなくて……」
嘘を吐いているようには見えなかった。
つまり。
(俺、二股してたのか……?)
もしそうなら、誠心誠意謝らなければならないと思った。
「あの、俺は」
そのとき、授業開始を告げる予鈴が鳴った。
「えっと、真夏……?」
「動かないで」
予鈴など彼女の耳には入っていないらしかった。真夏はあなたの上に跨がり、体操マットの上でマウントポジションを取った。
「なにしてんぅッ!?」
乱暴に唇を塞がれ、言葉を遮られる。あなたは真夏の肩を押して抗議するも、逆に押し倒されて取り返しが付かなくなる。
「むぐっ……んっ……んぅ!」
息もできない程蹂躙されて、ようやく真夏が離れてくれた。唇の間に引いた糸が淫靡に光る。
「思い出してよ。ずっと一緒にいたじゃない。アタシたち」
「……ごめん」
女の子の涙は心臓を握り潰せる。罪悪感に胸を痛め、あなたは真夏を抱き締めた。
「……言わないといけないことがあるんだ」
「なに?」
「俺、二股してたんだと思う」
「……は?」
「他にも、俺の恋人だったっていう女の子がいるんだ。記憶喪失になる前の俺は二股してたんだ」
「……?」
真夏は呆然と固まった。そのまま何事かブツブツと考え、冷静に首を振った。
「ないわよ。アンタが浮気? そんなことする奴じゃない。幼なじみの私が保証する」
「いや浮気ってバレないようにするものだし、そんなの分からないんじゃ」
「保育園から一緒って言ってんでしょ。分かるわよ。だから、そいつが嘘吐いてるの。アンタが記憶喪失なのを良いことにアンタの恋人だって捏造してるの」
今度はあなたが固まった。
(雅が嘘を吐いている……確かになんか危ない感じあったしな。でも俺の部屋番号まで知ってたんだよな……)
そこまで考えたところで、もっと簡単にハッキリさせる方法を思い付く。
「あ、というか俺が真夏と付き合ってたなら俺の友達はそのこと知ってるだろうし、その人たちに聞けばいいんじゃないか」
「あ~……。無理かも」
「なんでだ?」
「アタシたち付き合ってたの隠してたから。お互い、いざこざがないようにって」
「え……?」
理解はできる。特に同じクラスだと別れたとき気まずい。
しかし、本当は付き合っていなかったことを誤魔化そうとしているようにも見えた。
「真夏、それ本当か?」
「どういう意味よ?」
「もし間違ってたなら殴ってもいい。真夏の方が嘘を吐いてて、俺と付き合ってた過去を捏造してるんじゃないかって思ってる」
瞬間、バシンという音が響き、あなたの左頬に痛みが走る。
「悪いとは思って」
返す刀で反対の頬も痛打される。
「るんだけど」
更に紅葉のような痕が付いた頬へ二往復目のビンタが叩き込まれる。
「ちょっ待っ痛い痛い痛い痛い痛い!」
あなたは馬乗りにされたまま高速でぶたれ続け、流石に悲鳴をあげた。
「容赦ないな!? もぐら叩きの終盤みたいだったよ!?」
「うっさい、アンタが殴っていいって言ったんじゃない!」
「せめてこういうとき一発じゃない!?」
「いいのよ! アンタドMだから毎日サンドバッグにされて喜んでたじゃない」
「それが真実なら別れるわ! そんなDVの日常からは解放されたい!」
「は? アンタみたいな奴がアタシなしで生きていけるわけないでしょ?」
「なんでむしろDV男に寄せに言ってんだ!」
それからあなたと真夏は始業時間を過ぎているということも忘れ、互いに肩で息をする程言い合った。
「ハア……ハア……まあ多少盛ったし、本当はキスもこれが二回目なんだけど、アンタとアタシが付き合ってたのは本当だから」
「ッ!?」
最後の言葉は本当っぽかった。嘘ならもっと進んだ関係にしておけばいい。なにより、真夏の表情は信じてほしいという哀願に満ちていた。
「ごめん、まだ答えは出せない。けど必ず真実を暴いて決着を付けるから、少しだけ待っててくれ」
「うん……分かった。信じてるから」
真夏は少し涙目になりながら、儚い笑みを浮かべた。
「お~い、授業時間だというのに何をして……なっ!?」
「「あ」」
男性教師が体育倉庫の前に立ち、大きく口を開いたまま固まっていた。
マットの上で密着し、しかも真夏にサンドバッグにされたせいで二人とも制服が乱れている。ともすれば、そういう行為の後にも見えなくなかった。
「校内で不純異性交友とはいい度胸だなあ……! 職員室に来ぉい!」
*
昼休み。長いお説教の末に二人は解放され、教室に戻ってきた。めっちゃザワザワしていた。
「よぉ」
「誰だ?」
「あ、そうかマジで記憶喪失なのか……。
「そうか、なんか悪いな」
「気にすんなって。メシ一緒に食おうぜ」
薫は溌剌な男子だった。サッパリとした笑顔で、あなたの肩に手を回す。
「と~こ~ろ~で~」
席につくなり薫はニヤニヤと笑いながら尋ねる。
「お前、マジで校内でやったの?」
「は!? なんでだ!」
「噂になってるぜ~。生活指導の佐々木が不純異性交友どうこうって怒鳴ってたって」
「いやあれはだな……」
あなたは横目でちらりと真夏を見た。瞬間、向こうも同じように詰められていたのか、バッチリ目があった。
思わず、慌てて目をそらしてしまう。
「あっ、ふ~ん」
「おい待て今なにを察した。なにを確信した」
「よく停学にされなかったな~お前ら」
「誤解だ!」
しかし事実を説明するわけにもいかないので、口喧嘩が高じてあの体勢になっただけ、という感じで誤魔化した。
教師はそれで納得したのだが、しかし友達の目は欺けなかった。薫はなおも疑惑の眼差しを向ける。
「怪しいな~。というかそもそもお前みたいな優良物件が独り身な時点で有り得なかったんだよ」
「優良物件?」
「覚えてないだろうけど、お前今年に入ってからだけでも三十回は告られてるんだぜ」
「さんじゅっ……!? いやまだ上半期だぞ!?」
「そう、それくらいイケメンで優しくて勉強もスポーツもできる奴ってことだよ」
「そう……か。ありがとう。イケメンなのと優しいのは両親のおかげだ。勉強とスポーツは前の俺が頑張ったんだろうな」
「はぁ~」
あなたは否定も謙遜もしなかった。その様子に、薫は感心とも呆れとも取れるため息を吐いた。
「ま、顔が良いのに『そんなことないよ~』って言う方が腹立つし、その方が感じ良いかもな」
「薫もカッコいいぞ。なにかの罰ゲームでお前とキスすることになっても全く抵抗ないくらいだ」
「うわお前そういうとこだぞうわお前」
「なんで急に一句読んだ」
「俺を口説いても無駄だぞ。一個上の彼女いるからな」
「へえそうなのか」
「次元が」
「何者だよ」
雑談もそこそこにあなたは立ち上がる。
「ちょっと散歩行ってくる」
「散歩ってなんだ散歩って。ここ学校だぞ」
「俺、記憶喪失だからどこに何があるのか確認したいんだよ」
本当は、一人になって考える時間がほしいだけだった。
「あーそっか。行ってら~」
廊下を歩きながら、真夏について考える。
(お昼を一緒に食べないのはまあ分かる。男女に分かれがちだし、それぞれに友達もいるし)
生徒指導室、理科室、視聴覚室。
横目に教室のプレートを確認しながら廊下を歩く。
(『お前みたいな優良物件が独り身な時点で有り得なかったんだよ』ってことは、記憶喪失になる前は恋人がいなかった、って周囲には思われてたってことだよな)
「俺と真夏は……本当に付き合ってたのか……?」
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