「では伝達事項は以上になる。早く帰れよ。 ……ってどうしたお前ら」
櫛を通していないだろう乱れた頭に、目つきの悪い座った瞳。
黒い簡素な服に、首の周りに巻かれた布。
雄英高校1-A担任、イレイザーヘッドこと相澤は、けげんな表情をして自分の生徒らに問いかけた。
1日の学校生活の終わり、ホームルームを切り上げて、さあ職員室に戻って諸々を片付けて…
と、これからの段取りを思い浮かべて、いそいそと教室を出ようとしたところ。
雄英名物、無駄にデカい教室の扉の前に、素早く委員長飯田が、その健脚を生かして先回りして立ちはだかっていたのだ。
それだけではない。
いつの間にか、教室の生徒たち全員が立ち上がり、こちらへと向かってくるではないか。
「いや、本当にどうしたお前ら」
だがイレイザーヘッドはうろたえない。
憎まれ役の教師を、半ば以上は素で勤めて数年。こんな風に生徒に囲まれるのも経験済みだ。
しかし、彼らの発する圧力の種類は、彼の経験したそれとはだいぶん違っていた。
「先生。正座してください」
「…………ハ?」
唐突にも思える、八百万の命令。
意味が、わからなかった。
何かの間違いかと、聞き返してはみたが。
「せ・い・ざ ですわ」
「アッ、ハイ」
あっ、これ逆らっちゃいけないやつだ。
学生時代、とある露出過多な女性の先輩を怒らせた時の経験が、相澤の身体を勝手に動かす。
教師とか生徒とか、そういう立場は関係なく。今はこうしなければいけないんだ、と頭ではなく心が理解していた。
とはいえ、説明は欲しいわけで。
相澤が助けを求める眼で、女子は怖いので男子たちへと視線を走らせる。
それに答えたのは、飯田。
「安心してくださいよ、先生。これは尋問とか、そういうのじゃなくて――――ただの、学級裁判ですから」
「いや、どういう事だよ」
助けてもらえなかったどころか、なにやら崖に向けて一歩背中を押された感のある相澤が、反射的にツッコミを入れたが。
そんな彼を置き去りに、学級裁判とやらは進行される。だって時間が惜しいから。学生の放課後の時間は貴重なのだ。
裁判長っぽいポジにいる八百万が、飯田へと指示を出す。
「飯田さん。罪状を」
「はい。被告、相澤先生は保護者という立場にあるにも関わらず、その保護する児童の手本になる意識が薄く、ついには彼女に悪影響を及ぼしました!」
キラーン☆と、二次創作ではよくいなかった扱いになる某ブルーマウンテンさんバリにメガネをキラメかせ、宣言する飯田。
その姿勢は伸ばされた手までまっすぐで、まさに正義の告発者のようだった。
「はい! ヤオモモサイバンチョ! ここに証拠の動画があります!」
「許可します。再生を」
その飯田に続くは、芦戸。八百万とは違っていつもと同じ雰囲気のままだが、そこに容赦とか情けは無かった。
そして再生される動画には、片方の額にツノの生えた幼女、エリちゃんの姿が。
「え? 好きな食べ物? ゼリー。飲むやつ!」
なぜか目線にモザイクが入れられた、画面の中のエリちゃんが、笑顔で言い切る。
ザッ。と音さえするように、一斉にその場の全員の視線が相澤へと向く。
「この年頃の子供は、大人のマネをするものだろう? 問題は無いと思う。ゼリー飲料での栄養補給は合理的だ」
「本当にそう思っていらっしゃるのでしたら…… なぜ、汗を流していらっしゃるのかしら? ……ギルティ」
相澤は理論武装からの自己弁護を試みたが、即座に八百万裁判長に切って捨てられる。
むしろペナルティとばかりに、ヒザの上に裁判長特製の重しを乗せられてしまった。
実際、吸収し易い形での栄養補給を常態化してしまうと、内臓の栄養を吸収する力が弱っていく。
内臓も、なまるのだ。まして成長途中の子供には、良くないのは事実だった。
もちろん普通に食事をして、その補助としてならいいものなのだが。
まあ、そんな解説は置いておいて。
ついさっき相澤が出て行くはずだった扉が開き、一匹の動物が入ってきた。
「(前略)校長さ!」
持ちネタを省略されつつも、多忙な雄英高校校長はさっそく用件に入る。
「え~… まことに残念な事に、ご近所から通報があったのさ。明らかに独身っぽい疲れた格好の男性が、女児の下着他を購入していったと……」
「裁判長」
「はい」
元々弁護士がいない被告・相澤に不利な状態ではあったが、もはや自己弁護さえも許されずにノータイムでギルティ判定を下す1-Aの面々。
裁判長が生み出し、追加されるヒザの上の重し。
はい、じゃないが。
そう思いつつも、もう流れに身を任せるしかないかと、ダンマリを決め込んだ相澤であった。が。
「ついとっさに、女房に逃げられて、それでも娘のためにと無理をして頑張ってるのさ。とカバーストーリーをでっち上げてしまったのさ!」
「バカヤロウ!」
あまりにもテキトーな事をヌカす、目の前の謎哺乳類にツッコミをガマンできなかった。
大丈夫。きっと神でもそうするはずさ。
まあ、無意味なのだが。
「では諸々まとめて、判決! 逃げた女房とヨリを戻すという感じで、彼女たちのどちらかと結婚してください!」
いつの間にか作り出していた、木槌と台をカンカン! と鳴らして八百万が宣言すれば。
ザザッと左右に分かれた1-Aの面々の後ろから、白無垢の香山さん(31歳)とウェディングドレスの福門さん(28歳)が現れた。
「くっ!?」
今更ながら、ここは死地だ。味方もどこにもいないと気付いた相澤が撤退を図る。
だがそのための足は死んでいる。
正座と重しで、この短時間でシビれてまともに歩くのも難しい状態なのだ。
ここまで計算のうちか!
追い詰められた小動物のように、小さく震えながら戦慄する相澤をよそに、生徒たちは移動を開始した。
「じゃ、お疲れ」「ミッドナイト先生頑張ってー」「帰りどこ寄ってくー?」「ケッ、爆発しろ」「そうだ、やっちゃえよバクゴー」「お前らを爆破すればいいんだな?」
「ちょっと待て! 置いていくな!」
相澤は思うように動かない足で、はいつくばりながら手を伸ばして、生徒たちへと助けを求める目で懇願した。
食われる。
そんな予感しかしなかったからだ。
だが生徒たちはそれぞれの表情で、だが同じ言葉を口にした。
『いえ、あとは若い方たちだけで』
お前らのが若いだろぉぉぉぉー!!
閉じられた扉の向こうでは、そんな叫びが聞こえたという。
まあ、あとは。
お前一人だけいかせねえぜ、と乱入する山田さんとかがいなければ、きっとなるようになるのではないだろうか。