常識を犠牲にして大日本帝国を特殊召喚   作:スカツド

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第一話 上げろ!汚え花火を

中央暦1639年3月22日午前―――

 

 この妙ちきりん(死語)な異世界に日本国が転移してから早くも二ヶ月余りの日々が過ぎようとしていた。

 その間にクワ・トイネ公国が遂げた変化はそれ以前の数千年、いや数万年に匹敵するものだったかも知れない。まあ、この国の詳しい歴史なんて知る由もないのでこれと言って特に根拠は無いんだけれど。

 とにもかくにも日本はクワ・トイネ公国から大量の食料を。クイラ王国からは膨大な石油資源を確保することに成功した。

 それと引き換えに提供されたのは高速道路網と鉄道路線という近代国家にとって必要不可欠な物流インフラだ。

 こんな物をタダ同然で作ってもらえるなんてラッキーだなあと両国の人々は思っているのだろうか。だが、世の中にタダより高い物はない。この巧妙にして狡猾な罠はかつての帝国主義時代にイギリスやフランスが仕掛けた物と全く同じなのだ。

 こうやって彼らはいつの間にか人間で言うところの循環器を丸ごと他国に握られてしまっている。しかし根が能天気な国民性ゆえなのだろうか。誰一人としてそれに気が付く者はいないようだった。

 

 

 

クワトイネ産業奨励館

 

「富田林さん。申し訳ございませんが約束分の食料を日本国へ輸出することが難しくなってきました」

 

 でっぷりと太った赤ら顔の男は開口一番に衝撃的な事実を口にした。

 

「いったい何があったんでしょうか、農務次官殿? 貴国には国家間の約束事を破るという事の重大性が本当に理解出来ているのでしょうか?」

「約束を破るだなんて人聞きの悪いことを言わないで頂きたい。外的要因によって約束を守ることが難しくなっていると申し上げているのですよ」

「破ると守らないという言葉の違いはこの際どうでもよろしい。ただ、我々は五千万トンの食料を必要としており、貴方方にはそれを供出する義務があるということです。もし一グラムでも足りなければ貴国にとって悲劇的な結果になる。これだけは忘れないで頂きたい」

 

 四井物産クワ・トイネ支店長の富田林は精一杯にドスを効かせて凄む。凄んだつもりだったのだが…… そのあまりに芝居がかった口調に自分で受けてしまい盛大に吹き出してしまった。

 

「あは、あはははは。うふふふふ。はあはあ…… んで、農務次官殿。何でまたそんなことになったんですかな? 理由をお聞かせ下さい。でないと交渉も始まりませんよ。まさか値上げして欲しいとか言い出すんじゃないでしょうね?」

「いやいや、そんな話ではありません。実は西のロウリア国境が騒がしくなってきておりましてな。どうやら物凄い数の兵を集めておるようなのです。いよいよ戦が近いのやも知れませんぞ」

「戦? 戦争ってことですか? 今までずっと平和だったのに突然ですか? しかも日本と交易が始まって二ヶ月で急に? それってもしかして日本が原因だったりするんですかねえ」

「それはどうでしょうなあ。ロウリアの亜人嫌いは昔から変わりません。もし日本が転移してこなくても、いずれは戦になっておったことでしょう」

 

 ムーギ農務次官がまるで他人事みたいに気楽に言って退ける。その口調には緊張感の欠片も感じられない。

 もしかして農務次官はすでに解決の目処を立てているのだろうか。富田林は言葉のジャブを放つ。

 

「しかしながらそういったお話でしたら政府にして頂いた方がよろしいのでは? それともアレですかな? 我々日本人に早く逃げろとおっしゃりたいのですか?」

「そうではありません、富田林殿。既に我らも外務省の方々と散々お話をさせて頂きました。ですが日本国は憲法によって紛争解決の手段としての武力を放棄しておるそうな。軍事的な行動を行うためには日本国民が直接的な被害を受ける必要があると言われてしまいました」

「そ、そうですか。まあ、今の日本政府ならそんな塩対応をしても不思議ではありませんな。とは言え、クワトイネからの食料供給が滞れば一千万人単位の餓死者が出ても不思議はない。政治家連中はその先の選挙のこととか考えていないんでしょうかねえ。まあ、そんなことはこの際どうでも宜しい。分かりました。この件は私が預かりましょう。本社と相談の上、可及的速やかに善処いたします。宜しいですか、ムーギ農務次官殿。自分を信じないで頂きたい。私を信じて下さい。貴殿を信じる私を信じて下さい!」

 

 富田林は荷物を纏めると逃げるようにその場を立ち去る。後に残された農務次官は口をぽか~んと開けたまま呆けていた。

 

 

 

 

 

中央歴1639年3月末―――――――――――

クワトイネ公国 西部国境から二十キロ東にあるギムの町

 

 三月の下旬に始まった疎開作戦はおよそ一週間で賑やかだった街をゴーストタウンへと変えていた。

 騎士団長のモイジはその様子をまるで大昔のことのように思い出す。

 

 日本から急遽集められたバスやトラックは休む暇もなくピストン輸送で人や物を運び出した。

 食料、貴重品、家財道具、植木、ペット、エトセトラエトセトラ。わずかでも価値のあると思われる物がことごとく持ち去られた街はさながら集団強盗に遭ったようだ。

 入れ替わるようにやってきた少人数の男たちは街の更に西にある荒野に色々な物を設置して行く。

 

「精が出ますな、日本のお方。ところでこれは如何なる物ですかな?」

「ああ、モイジさん。これは害獣駆除用の罠ですよ。電気柵、トラバサミ、スプリングガン、エトセトラエトセトラ……」

「日本国には憲法があるので武力行使はできないと伺っておりますぞ。斯様な物を使って宜しいのかな?」

「それなら心配は無用ですよ。うちの社の幹部連中がロビー活動に勤しんだお陰でロウリアの奴らは人間ではない。そもそもこの世界は地球じゃない。だから日本の法律は関係ないって政府に認めさせたんです。だからこんな物騒な物も使いたい放題ってわけですよ」

 

 そんな話をしながらも日本人の若者たちは絶対に混ぜてはいけない洗剤を大量に巨大なタンクへと流し込んだ。井戸に遅効性の毒薬を流し込んでいる者もいる。

 別の男たちは見るからに割れやすそうな壺や瓶にガソリンを注いで回る。かと思えば鉱山用の発破やアンホ爆薬を街中の至る所に設置している者もいた。

 

「これってなんだか大草原の小さな家の最終回みたいになりそうですね。怖い怖い」

「そ、そんな物ですかな」

 

 若者の言葉にモイジは曖昧な笑みで返すことしかできなかった。

 

 

 

中央歴1639年4月11日午後―――――――――――

 

 ドローンの撮影する画像をモニター越しに見つめていた騎士団長のモイジは小さくため息をついた。

 

「ロウリアからの返信はないのかな?」

 

 モイジが魔力通信士の顔色を遠慮がちに伺う。若い男は振り返ることもなくぶっきらぼうに返した。

 

「こっらからの通信が届いていないはずはありません。ですが今のところは何の音沙汰もないですね」

「あのなあ、お若いの。もしかしてプレストークボタンを押しっぱなしにしてたりはしないないよな?」

「そ、そんなはずありませんよ。そんなはずは…… って、押してた~!」

「ちょ、おま…… もしかして今の会話が全部向こうに聞こえてたのかな。だったらちょっと格好悪いぞ。穴があったら埋めたいなあ」

 

 そんなお馬鹿なやり取りをしている間にもロウリア軍の先遣隊はどんどん近付いてくるのであった。

 

 

 

中央歴1639年4月12日早朝―――――――――

 

 まだ朝も暗いうちから唐突に国境付近で赤い煙が舞い上がった。ほぼ同時に魔信から大声が上がる。

 

「ロウリアと思しきワイバーンが多数、ギムへ飛行中。数万の歩兵も接近中。これより監視部隊は現地点を放棄します」

 

 空を飛んでくるのはロウリア王国東方討伐軍先遣隊の飛龍第一次攻撃隊で間違いない。その数はなんと七十五騎にも達する。

 

「ロ、ロウリアの飛龍で空の色が見えない! 飛龍が一分に、空が九分! 飛龍が一分に空が九分だ!」

「それって言うほど凄くないんじゃね?」

「そ、そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」

 

 強力な日本の助っ人がいるお陰だろうか。クワトイネの兵たちには緊張感の欠片も見えない。にやけた顔の男たちがあちこちで軽口を叩き合っている。

 

「富田林殿、91式携帯地対空誘導弾とやらの力。当てにしておりますぞ」

 

 薄ら笑いを浮かべたモイジが上目遣いで擦り寄ってくる。富田林は両手の平で距離を取りながら一歩後ずさった。

 

「いやいや、モイジ殿。アレは一発五千万円もするんですぞ。おいそれとは使えません。いざと言うときのとっておきですよ、とっておき。あんな翼の生えたトカゲ如きに使ったら勿体無いお化けがでますから。んじゃあ、枚方くん。頼んだよ」

「アイアイサ~!」

 

 ズラりと並んだモニタの前に座った青二才が無駄にハイテンションで返事を返す。貧相な顔にはジョン・レノンみたいな丸眼鏡が悲しいほど似合っていない。どちらかと言えば東条英機の丸眼鏡みたいだなあ。富田林は吹き出しそうになったが空気を読んで我慢した。

 

「行け、我が忠勇なる下僕たちよ! ポチっとな」

 

 枚方と呼ばれた半病人みたいに青白い顔の男がエンターキーを押すと周囲から蜂の羽音の様な大きな音が大量に立ち上る。だが、数秒後には音が小さくなっていった。と同時に正面の大型モニターに無数の点が表示される。

 

「アレが全てドローンとか申す飛行機械ですか。然れどあのような物で飛龍が倒せるとは思えぬのだが」

「モイジ殿がそう思われるならそうなんでしょうな。モイジ殿の中ではね」

「う、うぅ~ん……」

 

 日本製のチャチなドローン飛行隊は勇猛果敢というか自暴自棄というか。人が乗っていないのを良いことにロウリア飛龍へ突っ込んで行く。

 ドローンの制御は地上に設置された複数のカメラ映像と機体に搭載されたカメラの映像を元に一機一機をコンピュータが行っている。だが、標的の飛龍に十分近付いた後はドローン側で個別に自立飛行する仕掛けだ。

 飛龍の速度は二百数十キロに達する。対するドローンの最高速度は百キロ足らず。もし後ろから追跡するなら絶対に追いつける速さではない。しかし正面から迎え撃つなら十分すぎる速さなのだ。

 

 

 

 「火炎弾の空間制圧射撃を実施するぞ」

 

 ロウリア飛龍隊の指揮官アルデバランの指示によりワイバーンたちが口を開く。

 その瞬間、あちこちで爆破音と共に黒煙が上がった。

 

 

 

「汚え花火だ……」

「はなび? それは如何なる物ですかな?」

「ああ、モイジ殿。花火っていうのはアレですな、アレ。玉屋~! 鍵屋~! とかいうやつですよ」

「そ、そうですか。まあ、これで空の心配はしないで済みそうですな。良かった良かった」

「とにもかくにも一機二十万円のドローン百機で二千万円。発破やカメラ、その他諸々を入れても一発の91式携帯地対空誘導弾より安いんだから助かったよ。枚方さまさまだな」

 

 富田林は上機嫌な顔で枚方の肩を軽く揉み解していた。

 

 

 

 上空支援を失ってもロウリア歩兵隊の足は止まらなかった。って言うか止められなかった。

 それというのも通信手段が無いせいなのだ。重く大きな魔信機は高価なため前線部隊にまで行き渡っていない。第二次世界大戦初期のソ連戦車みたいな物なんだろう。

 歩兵と重装歩兵の合わせて二万五千は右も左も分からないままギムの街へと雪崩れ込む。

 下町のプレス工場で作られた撒菱(まきびし)がロウリア兵の安っぽいサンダルを突き破って足裏に程良い刺激を与える。トラバサミに膝下を挟まれた兵は激痛で歩みを止める。電気柵で痺れた兵も身動きが取れなくなる。そういった雑多な兵を後続部隊が文字通り踏み潰して進んで行った。

 

 三十分ほど後、ギムの街はロウリア先遣隊ですし詰め状態になっていた。いや、芋の子を洗うよう? 満員電車のよう? とにもかくにも混雑でごった返していた。

 

 

 

「モイジ殿、モイジ殿? どこに行ったんだ、あのおっさん。まあ良いや、枚方くん。やっておしまい!」

「あらほらさっさ~! ぽちっとな!」

 

 またもやエンターキーが押された。

 何でもかんでも同じボタンで済むんだな。富田林は心の中で突っ込むが決して口には出さない。

 次の瞬間、モニターに映ったギムの街が炎に包まれる。

 

「汚え花火パート2だな……」

「ですよねぇ~!」

「んじゃ、撤収! お疲れさんでしたぁ~!」

 

 富田林、枚方、モイジ、エトセトラエトセトラ、その他大勢を乗せた日産のマイクロバスは東に向かって走り去った。

 

 

 

中央歴1639年4月22日

クワトイネ公国 政治部会

 

 西部国境の町ギムはロウリア軍の手に落ちた。って言うか、灰燼と帰した。

 奇跡的と言うか必然的と言うべきなのか、クワトイネ側の犠牲者は作業中の事故で軽傷を負った者だけで済んだのが不幸中の幸いだ。

 だが、街を一つ失ったこと自体は政治的失点と言える。会議は初っ端から重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

「んで? 状況はどうなっておるのじゃ?」

 

 首相カナタが偉そうに顎をしゃくると刺すように鋭い視線を向けてくる。

 自分では何もしない奴が偉そうに。軍務卿はふてぶてしい顔で首相を睨み返すと忌々し気に吐き捨てた。

 

「今現在、ギムより西はロウリア勢力圏と考えられます。敵戦力は先遣隊およそ一万。日本の行ったドローンによる夜間偵察によれば総兵力は五十万に届くか届かぬかといったところかと」

「敵先遣隊は二万五千と聞いていたが?」

「大半は焼け死んだと思われます。日本のガソリンとか申す油はそれはそれは良く燃えましてな。偵察ドローンによれば骨も残っておらなんだそうにございます」

「左様か。ならば良い」

 

 首相カナタは軍務卿から手渡された写真をチラリと見やる。

 

「今後の動きはどう考えておる? ギムの街を取り返せるのか?」

「いえ、四井物産クワ・トイネ支店長の富田林殿が申されるには何もしないのが一番だそうにございます」

「何もせぬ? 街を一つ奪われて何もせぬのが良いとな。それは如何なる道理じゃ?」

「富田林殿によれば五十万もの兵は存在自体が堪えられない程の重荷になるはずとのことにございます。五十万の兵は一日に百五十万食の飯を食い、糞尿を垂れ流します。洗濯、風呂、散髪、エトセトラエトセトラ。どれもこれも大事にございましょう。それに何か楽しげなことがなければ兵どもの不満は溜まる一方。よってロウリアはギムの街を越えて東へ東へ攻め進むしかありませぬ」

「な、何じゃと! わざわざ敵を領内へ攻め込ませよと申すか!」

 

 軍務卿からの想定外の答えに首相カナタの声が思わず裏返る。だが、軍務卿は少しも動ぜず話を続ける。

 

「富田林殿の申されるには此度のロウリアはナポレオンのロシア遠征とやらと同じような物だとか。鉄道もトラック輸送も無いのに五十万もの兵站が維持できるはずがない。兵站警察が黙っていないそうにございます」

「へ、へいたんけいさつじゃと? それは何者じゃ?」

「フィクションにとって何よりも恐ろしい者だそうな。とにもかくにも日本製の罠やドローン。それとガソリンさえあればロウリア兵の歩みは赤子が這い這いするより遅いことでしょう。奴らの兵糧が尽きるのを待つだけの簡単なお仕事にございます」

「うぅ~ん、左様であるか。ならばいま少し様子を見ると致そうか」

 

 首相カナタはぼんやりとした表情で天井を見ながら首を傾ける。だが、次の瞬間はっとした表情で姿勢を正した。

 

「いやいやいや、忘れておったぞ! 先ほど誰かが四千隻を超える大艦隊がロウリアの港を出たと申しておらなんだか?」

「そもそもそれは真の話なのでしょうか? 四千となれば縦横に六十三、四隻の船が並ぶことになりますぞ。船の大きさが三十メートル、間隔を三十メートル空けるとすれば縦に四キロ、横に三キロにもなるのです。そんな艦隊を如何にして操るつもりなのでしょうか」

「し、知らんがな~! 誰かが見たって言ってるんだからしょうがないだろ! それとも何か? 四千隻のロウリア艦隊なんて嘘っぱちなのか? お前はそう言い切れるのか? ちくしょ~めぇ!」

 

 目をギラギラさせた首相カナタは腕をグルグル振り回しながら口角泡を飛ばす。

 うわぁ~、不潔だなあ。軍務卿は思わず身を捩って回避した。

 それほど広くもない会議室を沈黙が支配し、淀んだ空気が漂う。

 

 その時、不思議なことが起こった! じゃなかった、歴史が動いた!

 ドアが勢い良く開くと若い男が息を切らせて駆け込んできたのだ。

 

「いった何の騒ぎだ? 重要な軍議の最中であるぞ」

「良い、儂の使いの者じゃ。して、日本の大使は何と言うて来た?」

「そ、それが…… 全文を読み上げます。日本国政府はクワトイネ国の都市ギムにおいて発生した大火災に対して心よりのお悔やみとお見舞いを申し上げます。本火災の規模の大きさに鑑み、特例として以下の支援を行いますので心ばかりの品ではありますがどうぞご遠慮なくお受け取り下さりませ。水槽付消防ポンプ車一台、はしご付消防ポンプ車一台、屈折はしご付消防ポンプ車一台、化学消防ポンプ車一台、ABC粉末消火器10型百本……」

「もうよい……」

「は? 何と申されました、首相?」

「もうよいと申したのじゃ。天は、天は我々を見放した……」

 

 頭を抱えた首相カナタがおでこをテーブルにぶつける。ゴツンという音がやけに大きく会議室に響き渡った。

 


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