常識を犠牲にして大日本帝国を特殊召喚   作:スカツド

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第十話 技術士官マイラスの憂鬱

アルタラス王国首都 帝都ル・ブリアス ブリアス区 ブリアス町 1ー1

 

 王宮内のゲストルームで大日本帝国空母打撃群の艦隊司令を務める岸和田少将は目を覚ました。

 何だか知らんけど酷い頭痛がするなあ。もしかして昨晩、飲み過ぎちゃったんだろうか。記憶を辿ろうとしたのだが…… さぱ~り重い打線!

 

 コンコンコンコン。ドアがノックされる。国際ルールの四回ノックだ。どうやら訪問者はマナーを良くご存知な方らしい。

 

「どうぞ。開いてますよ」

「失礼いたします。岸和田閣下」

 

 扉を開けて中に入って来たのは誰あろう、ルミエス王女その人であった。

 何故にこんな朝っぱらから王女が部屋に訪ねて来るんだ? 岸和田は一瞬、呆気に取られる。

 だが、腐っても軍人の端くれだ。なけなしの精神力を振り絞って平静を取り戻そうとした。したのだが……

 ルミエス王女がズカズカと部屋に入り込んで来たお陰でパニックになってしまった!

 

「岸和田閣下。昨夜の約束、よもやお忘れではございませんね?」

「や、約束ですと? いや、あの、その…… もちろんですよ。私は記憶力には些か自信がありましてな。例えば…… ルミエス女王殿下、今から言う三つの言葉を覚えて下さりませ。桜、猫、電車。良いですか。桜、猫、電車ですよ」

「さくら? ねこ? でんしゃ? それは如何なる物で…… いやいや! そんな事、今はどうでも良いのです。昨夜の約束を守っていただきたく参じました。今すぐ! Hurry up! Be quick!」

 

 突如として大声を出すと王女は胸の谷間から折り畳んだ紙切れを取り出した。それを素早く広げると借金の証文でも突き付けるかのように岸和田の眼前に晒す。その顔にはまるで『勝訴!』と書いてあるかのようだ。

 だが、残念ながら日本語では無いので岸和田には一文字も読めなかった。

 

「どうどう、王女殿下。分かっておりますから。日本人嘘吐かない! って言うか、今やろうと思ったのに言うんだもんなぁ~!」

「では、早速にもお願いいたします。時は一刻を争うのです。朝御飯を食べたらちゃちゃっと片付けて下さいまし。パーパルディア皇国を」

「What's?」

 

 呆気に取られて思わず声が裏返ってしまう。半笑いを浮かべたルミエス女王に見詰められた岸和田は蛇に睨まれた蛙の気分だった。

 

 

 

 

 

大東洋諸国会議 本館一階 大会議室

 

 普段と違った事件や事故、冠婚葬祭、その他のくらしにまつわるありとあらゆる出来事が起きた際に臨時で開催する会合が開かれていた。参加するしないは自由だが、欠席すると酒の肴にされてしまうというそれはそれは恐ろしい会合だ。

 

 もともとの始まりは文明圏外の蛮族たちの飲み会だった。なので自称列強(笑)のパーパルディアなど第三文明圏の連中は出席しても話が合わないと言って出てこない。

 

 会合は野蛮人の宴会みたいな物なので殴り合いや殺し合いが絶えない粗野でワイルド。およそ文明とは無縁の血なまぐさい物だ。

 これまでの会合ではもっぱらパーパルディアの悪口で終始していた。だが、今回だけは例外中の例外だった。

 話題の主は超新星の如く突如出現した新興国家『日本』の四井グループに関してだ。

 

「ロウリアが破れたようだな……」

 

 マオ王国の代表が『はい、先生!』といった感じで挙手する。

 

「ククク…… 奴は蛮族四天王の中でも最弱……」

 

 決してそんなことは無い。ロウリアの軍事力は蛮族としては上から数えた方が早いくらいだ。しかしマジレス禁止といった空気が場を支配している。

 渋々といった顔のトーパ王国が話の続きを引き受ける。

 

「日本如きに破れるとは我ら蛮族の面汚しよ……」

 

 会議室の気温が一気に氷点下まで下がったかのような緊張感に包まれる中、シオス王国が敢えて火中の栗を拾いに行った。

 

「我々の考えは…… ト、トーパ王国と同じ考えです!」

 

 会議室に集う全員が盛大にズッコケる。

 何か言わなきゃ。何でも良いから気の気の利いた事を言って場を盛り上げなきゃ。

 しかしなにもおもいつかなかった!

 

「世界が…… 変わるかも知れませんな。変わらんかも知らんけど」

「まあ、どっちでも良かろう。どうせ他人事じゃし」

「そうそう、飲もう飲もう!」

 

 会議は踊る、されど進まず。って言うか、これって会議だったのか? ただの飲み会だと思ってたんですけど。

 トーパ王国大使は考えるのを止めた。

 

 その時、ふしぎなことがおこった! って言うか、ドアが勢い良く開いて血相を変えた若者が飛び込んできた。

 

「何じゃ、騒がしい。如何いたした?」

「大ニュースです、大ニュース! パーパルディア皇国の皇都エストシラントが焼き討ちに遭ったそうな。皇宮は瓦礫の山となり皇帝ルディアス以下の主だった皇族は生死不明。海軍基地も徹底的に破壊され軍の司令部も壊滅とのことです」

「や、やったのはどこのどいつだ? パーパルディアは第三文明圏でも最強……」

「どっかの誰かにやられるとは最強の面汚しよ……」

 

 お前らは同じことしか言えんのかよ。トーパ王国大使は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さなかった

 

 

 

 

 

第二文明圏 列強国 ム―

 

 天気はピーカン。雲一つ無い五月晴れ。視程は三十キロといったところだろうか。

 外務省から急な呼び出しを食らった技術士官マイラスはアイナンク空軍基地へ急いでいた。

 何でまた空軍基地なんかに? 俺、何か悪いことしたっけかなあ。マイラスは自分の胸に手を当てて考える。だけど、さぱ~り心当たりが無いんですけど。

 迎えに来てくれた運転手付きの車に乗せられたマイラスはアイナンク空軍基地に辿り着く。

 ゲートで簡単な手荷物検査を受けて基地内に入る。手渡された来客用名札を胸に付けて廊下を歩くと控え室で待たされる。

 何でも良いから雑誌か何か持ってくれば良かったなあ。窓の無い部屋には退屈凌ぎをする物が何一つとして無い。退屈で退屈で死にそうなんですけど。せめて窓があれば飛行機が見れるのに。

 そんなことをマイラスが考えているとノックもせずにドアが開いた。

 

「うわぁ! びくりした……」

 

 入口を見やれば簡素な軍服を着た若い男が立っていた。階級章は少尉だろうか。

 後ろにはもう一人、外交官と思しき礼服を着た中年男性がくっついている。

 

「こちらは技術士官のマイラス君。若いけど腕は確かです。確か第一種総合技将だったっけかな?」

「いやいや、お褒めに預かり光栄です。んで、私で何かお役に立てることでも?」

 

 内心ドキドキのマイラスは卑屈な笑みを浮かべながら外交官の顔色を伺う。

 

「わざわざ来てもらったのは外でもない。謎の国の技術水準を調べてもらいたい」

「それってグラ・バルカス帝国の事ですよねえ? 私も前から気になってたんですよ」

「ちゃうちゃう、ちゃいまんがな。それが見たことも聞いたことも無い国なんだな。今朝、突如として東の海から八隻もの艦隊がやって来たんだ。海軍の臨検に大人しく従ってくれたんだけれども話を聞くと四井とかいう会社の営業が乗っていた。ムーと交易を行いたいそうだ。ウチと取引したいって所は珍しくも何ともないんだけど。連中が乗り付けた船が凄かったんだ」

「それってもしかして、もしかすると?」

「帆船でもなければ魔導船でもない。でも自力航行していた。ってことは機械動力ってことになるよな?」

「ですよねぇ~!」

 

 マイラスは卑屈な愛想笑いを崩さない。スマイルスマイル。笑顔さえ浮かべていれば世の中の大抵の事は上手く行くのだ。

 

「それでだな。ムーの技術を自慢してやろうとアイナンク空軍基地に呼びつけてやったんだよ。そしたら何て言ってきたと思うよ? どの滑走路に降りたら良いかって聞いて来やがった。んで、みんなでwktkして待ってたらなんとびっくり飛行機械で飛んで来たんだ」

「アッ~!」

 

 驚愕の余り、マイラスは変な声が出てしまった。おっちゃんは気にせずに話を進める。

 

「空軍機が誘導に飛んだんだが向こうは時速五百キロくらい出てたんで始めは全然追いつけなかったらしい。まあ、結局は向こうがこっちに合わせてゆっくり飛んでくれたらしいんだけどな。もし空戦したとして勝てるかって空軍の奴に聞いたら何て言ったと思う。追いつけない奴に勝てるわけが無いって言いやがった。ついでにそいつは戦闘機じゃなくて輸送機らしいんだ」

「ふ、ふぅ~ん。凄いですねえ」

 

 段々と馬鹿らしくなってきたマイラスは適当な返事をする。

 もしかして今日はエイプリルフールか何かだったっけ? こいつら俺で遊んでいるのと違うか? 今にも『ドッキリ大成功!』とか書いた看板を持った奴が入ってきたりして。

 

「しかもそいつの構造がムーの航空機械とは比べて明らかに異なっているんだ。いや、大雑把な原理は同じなんだろうけどエンジンナセルって言うのかな。あのプロペラが付いた奴。それとプロペラがやたらめったら大きかったぞ。んで、君にわざわざお出ましいただいたって寸法さ」

「……」

「そんな顔しなさんな。ちゃちゃっと行ってぱぱっと見てくるだけの簡単なお仕事さ」

「はいはい、分かりましたよ。見れば良いんでしょう、見れば。今、見ようと思ったのに言うんだもんなぁ~」

「んじゃあシクヨロ(死語)ね。東の駐機場に停めてあるよ。ぱっと見でどれだか分かるからまずは行ってみ」

 

 人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべると外交官は脱兎のように逃げ去った。

 

 

 

 途中で車に轢かれそうになりながらもマイラスは東の駐機場とやらを訪れていた。訪れていたのだが…… わけがわからないよ。

 

 エンジン二つにプロペラ二枚。そこまでは分かる。だが、外交官も言ってたようにプロペラがとにかくバカでかいのだ。あんなに大きいと地面に当たっちまうじゃんかよ。苦し紛れなんだろうか。エンジンごと四十五度ほど上を向いている。

 その発想はなかったわって感じだ。プロペラをもうちょっと小さく作れば済む話なのに馬鹿だなあ。未開人の考えることは分からん。

 

 それにしても、すごく大きいです! こんだけ大きいプロペラがあれば時速五百キロ出たというのも本当かも知れん。ってことは我が軍の戦闘機マリンのプロペラもこれくらい大きくすれば良いんじゃね。いやいや、こいつは双発機だからこんな荒業が使えるんだ。単発機では絶対に無理だぞ。そもそも単発機でこんな巨大プロペラを回したらカウンタートルクがとんでもない事になりそうだし。

 完全に詰んだな。マイラスは考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 wktk気分のマイラスは足取りも軽やかに応接室を訪れた。

 

 自力で飛行機械を作ったのは大した根性だ。しかも、あんな馬鹿げた構造で時速五百キロを達成するとは。もしマトモな設計でアレを作り直したら時速六百キロや七百キロくらい出るのかも知れん。ならば技術協力というか技術指導というか。何かそんな感じの手助けをしてやるのも悪くないかも知れんな。

 ムーの進んだ科学技術のほんの一欠片でも与えてやれば涙を流して喜ぶかも知れん。ありがた迷惑だって喜ばんかも知らんけど。

 とにもかくにもムーの技術は世界イチィィィィ~! 出来んことな無ィィィィ~! マイラスはナチス式敬礼をしながら絶叫する。

 

「さてさて、今日はいったいどんな出会いがあることでしょう……」

 

 他人事みたいな事を呟きながらマイラスはドアをノックした。もちろん四回だ。

 

「どうぞ、開いてますよ」

「ちょ、おまっ。富田林さん。トイレじゃないんだから」

「いやいや、高槻さん。トイレで開いてますって返事が返って来たら怖いですやん」

「「ですよねぇ~!」」

 

 二人の声がハモった。何か知らんけど仲のお宜しいことで。仲良きことは美しき哉。

 マイラスは中の様子を伺いながら扉をコソ泥みたいにそっと静かに開ける。

 男が二人、ソファーに向かい合って座っていた。

 

 何で向かい合って座ってるんだよ! 俺はどっちかの隣に座らんといかんのか? 軽くパニックになったマイラスは酸欠みたいに息を荒げる。

 

「ああ、始めまして。四井物産の富田林です。どうぞ宜しく」

「この度はお世話になります。四井商事の高槻です」

 

 愛想笑いを浮かべた二人の男は頭をペコペコ下げながら小さな長方形の紙切れを差し出す。マイラスも釣られて引き攣った笑みを浮かべた。

 

「こちらこそお手柔らかに。では、参りましょうか。Let's go together!」

 

 どっちに座ったら良いのか判断に迷ったマイラスは座らないという選択肢を選んだ。

 

 

 

 取り敢えずマイラスは戦闘機が格納されている掩体壕に四井の社員を案内する。カマボコみたいな形をした鉄筋コンクリート製の掩体壕にはムーの最新鋭戦闘機マリンが駐機してあった。

 真っ白に塗られた胴体に群青のストライプが一本、前から後ろまで塗られている。

 

 新幹線0系みたいだなあ。富田林は心の中で思ったが口には出さなかった。

 ちなみにあのカラーリングはハイライトっていう煙草のパッケージを見て思いついたってチコちゃんが言ってたっけ。高槻もそんなことを思い出したが決して口には出さない。

 

 来客があると分かっていたからだろうか。やたらと綺麗に磨き上げられている。

 そう言えば、戦前の日本軍では気合を入れて磨きすぎて塗装が禿げたなんて話を聞いたことがあるなあ。もしかして軽量化のために塗装が薄かったのかも知らんけど。そう言えば戦後しばらくは軍用機も民間機もジュラルミン製の機体を無塗装で使っていた時期があったっけ。それで思い出したけど……

 

 とりとめのない考えに富田林が陥りそうになった刹那、マイラスが口を開いた。

 

「これはムーが誇る最新鋭戦闘機マリンです。貴方がたの国で言うところの鉄龍? 我が国ではより優雅に航空機と呼んでおりますがね」

「日本では飛行機と呼ぶことの方が多いですかね。まあ航空機でも通じますけど。ですよねえ、高槻さん」

 

 富田林に同意を求められた高槻は軽く頷いて返した。

 それにしてもこのマイラスという男、さっきからやたらとマウントを取ってくるなあ。適当にお世辞でも言っといた方が良いんだろうか。富田林は揉み手をしながら上目遣いで顔色を伺う。

 

「それはそうと複葉機って格好良いですよね。何だかカプリコン・1に出てきた奴に似ていませんか、高槻さん?」

「ああ、テリー・サバラスが操縦していた農薬散布機でしたっけ。二機のヘリを相手に大立ち回りを演じて勝っちゃうんですよね。あれは痛快だったなあ」

「それにしても複葉機とは珍しい物を見せていただきました。私はいま猛烈に感動してるんですよ。何せ実物を見るのは初めてでして。ちょっとだけ触ってみても良いですか?」

「えぇ~っ! 日本には複葉機は無いんですか! もしかして単葉機しか無いとか?」

 

 マイラスが血相を変えて食い付いて来たので富田林は何だかとっても嬉しくなった。

 

「いやいや、昔はフォッカーDr.Iみたいな三葉機だってありましたよ。だけども流石に今では完全な絶滅危惧種ですね。とは言え、複葉機だってまだまだ需要はあるらしいです。現代でも省スペース性とかロール特性なんかのメリットからスポーツ機とか農業機、ウルトラライトプレーンなんかで必要とされているって書いてありますもん。マイラスさん。私を信じないで下さい。私が信じるWikipediaを信じて下さい!」

「そ、そうですか。それを聞いて安心しましたよ。ところでこの機体の最高速度は三百八十キロです。あなた方の航空機はいったいどれくらいの速度が出るんでしょうね。良かったら教えていただけませんか?」

「えぇ~っと…… Wikipediaによると史上最速の複葉機はフィアットCR.42の試作機が時速五百二十キロを出したって書いてありますね」

「な、なんと! 五百二十キロですと! す、すごくはやいです!」

「いやいや、全然大したことないでしょう? 私らの乗ってきたオスプレイですら五百六十五キロ出るんですよ。タダの輸送機の分際にも関わらず」

「アッ~! びっくらこいた……」

 

 マイラスが暫しの間、フリーズしてしまった。

 いや、予想どおり自己修復中か。そうでなければ単独兵器として役に立たんな。

 

「し、しかし輸送機と申されましたか。では戦闘機なんかはもっと早いんでしょうねえ?」

「そりゃあそうでしょう。輸送機より遅い戦闘機なんて悲し過ぎますよ。まあ、ミサイルキャリアーとして割り切れば最高速度なんてどうでも良いのかも知れませんけど。とにもかくにも大抵のジェット戦闘機は超音速が出せますね。って言うか最近五十年くらいで超音速が出せないジェット戦闘機なんてハリアーみたいに特殊な機種しかないんじゃありませんか。とは言え、実際に超音速を出すことなんて滅多に無いらしいですけど」

「ジェット? それはもしや神聖ミリシアル帝国の天の浮舟の如き物でしょうか? まさか四井ではアレを実用化しているのですか? 教えて下さい、富田林さん、高槻さん。お願いします! 四つん這いになれば教えて貰えませんか? アッ~!」

 

 必死の形相で袖に縋り付いてくるマイラスを富田林は迷惑そうに押し返す。

 

「いやいや、マイラスさん。何が嫌いかより何が好きかで自分を語って下さいな。ムーはレシプロエンジンにさぞかし強い拘りがあるんでしょう? だからこそ未だにこんな物を使い続けているんですよね。そ、そうだ! 私達の世界のレシプロエンジン速度記録を教えてあげましょう。F8Fベアキャットに四千馬力のエンジンを積んだレーサー『Rare Bear』っていうのが八百五十キロを出したんですよ。これは超低空での記録だから空気の薄い上空を飛べばもっと出たはずだと言われていますね。あるいはターボプロップ機だとTu-95の九百五十キロなんて記録もありますよ。良いですかマイラスさん。自分を信じるな! マイラスさんを信じるレシプロ機を信じろ! 頑張れ、頑張れ、出来る、出来る、やれば絶対出来る!」

 

 何だかもう面倒臭くなって来た富田林は最後は精神論で押し切った。

 

 

 

 マイラスは四井の営業二人を空港の外へ案内しようとした。しようとしたのだが……

 ムーの誇る自動車を見た四井コンビはなぜだか全力で遠慮したいと言い出した。じゃあどうやって移動するんだ? そう問いかけるマイラスは嫌な予感しかしない。

 

 四井コンビはオスプレイと称した輸送機の中へと入って行く。待つこと暫し、突如として機体後部に大きな口が開いて下向きに戸板が動き出した。中から姿を現したのは…… なんとびっくり自動車だ!

 

「と、富田林さん、高槻さん! 四井では自動車も作っているのですか? いやいや、これは驚きました」

「あの、その…… 残念ながら四井グループでは乗用車は作っておりません。これはズズギのワーゴンRという軽四です。見かけは小さいけれど中は意外と広いでしょう?」

「そ、そうですね。どうやったらこれだけの車内スペースが確保できるのかさぱ~り分かりません。よっぽどエンジンがコンパクトなんですか?」

「うぅ~ん、三気筒って割と珍しいエンジンですかね? あと、こいつはハイブリッド車なんで助手席の下にリチウムイオン電池が入ってるんですよ。だからJC08モード燃費が33.4km/Lも行くんです。エコカー減税も使えてお得ですよ」

「まあ、四井で作ってる車じゃないんですけどね」

 

 小さくため息をついた高槻は肩の高さで両の手のひらを掲げた。

 マイラスはさっきから気になっていた事を尋ねる。

 

「ところで日本にはこのような車がどれくらい走っているんでしょうか?」

「この車ですか? これは阪急電車とコラボした特別仕様車でしてね。だから車体の色が小豆色をしてるんです。このモデルは確か数十台しか作られていない限定生産車なはずですよ」

「そ、そうなんですか。そんな貴重な車を運んで来てくれたとは光栄の至りです。ありがとうございました」

 

 わけがわからないよ…… マイラスは本格的に疲れ果てていた。

 ガラガラに空いた道路を通って指定されたホテルへ向かう。

 カーナビは使えるはずがない。代わりにマイラスがここを右とかそこを左とか言ってくれた。だが、ナビゲーターとしての腕はイマイチ。って言うか、イマニかイマサンくらいだろうか。ホテルに着いたころには富田林の方が疲れ果てていた。

 

「明日はムーの歴史や海軍の見学をしていただきます。本日はお疲れさまでした。ゆっくり休んで下さいね」

「それがですね、マイラスさん。申し訳ないのですが四井としてはムーと交易できそうな物が何一つ見当たらないようなんですよ。何泊もしては宿代が無駄なだけなので朝食をいただいたらそのまま船へ帰らせてもらおうかと。せっかく良くして下さったのに済みません」

 

 口をあんぐりと開けたマイラスは呆けることしかできなかった。

 


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