常識を犠牲にして大日本帝国を特殊召喚   作:スカツド

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第十二話 技術士官マイラスの挑戦

 アルタラスで採掘された大量の魔石の取り扱いに四井鉱業は頭を悩ませていた。

 こんな物を掘り出していったい何に使うんだよ? 需要と供給が明らかにミスマッチしてるんですけど?

 対策チームは連日の様にブレインストーミングを行ってアイディアを捻り出す。捻り出そうとしていたのだが…… なにも思いつかなかった!

 

 だが、救いの主は意外な所から現れる。『魔石は運気を上昇させる』だとか『裏鬼門に置けば開運に繋がる』とかいった噂がネットで広がったのだ。

 一旦需要に火が着くと人々はパニックの様に魔石に群がった。それはまるでトイレットペーパーを欲しがる群衆を彷彿させる。

 

「なんだかオランダのチューリップバブルを見ているみたいですね」

「チューリップバブル? 何ですかそれは?」

 

 富田林の言葉に四井鉱業の天王寺は問い返した。だって、何だか知らんけどとっても聞いて欲しそうな顔をしていたんだもん。

 

「よくぞ聞いてくれました。知らざあ言って聞かせやしょう。それは1637年のオランダで起こった奇跡みたいな出来事なんですよ」

「四百年ほど前の話ですか。って言うか1637年っていうと日本だと島原の乱が起こった年ですよね。四万人の一揆勢が過酷な年貢の取り立てに耐えかねて反乱を起こしたんでしたっけ? 結果として徳川幕府は所謂、鎖国体制を取ることを……」

「どうどう、天王寺さん。餅ついて下さいな。あなたの島原の乱に対する熱い熱意は伝わりましたから。とにもかくにも大航海時代も真っ盛りのオランダでは海外から珍しい物産が入って来るようになっていたんですね。中でもチューリップは人々の興味を引いたそうな。初めは花が好きな金持ちの趣味だったんです。珍しい物は千フロリン。家族四人が四年は食って行けるくらいの値で取引されていたそうな」

「それって今で言うと数百万円? 一千万円には届かないくらいですかな? 球根一個にそんな大金、馬鹿じゃないですかね」

 

 話の方向性を図りかねたと行った顔の天王寺が小首を傾げる。

 鈍い奴だなあ。富田林は心の中で苦虫を噛み潰すが決して顔には出さない。

 

「ここからが面白い所なんですよ。最初に買っていたのは本当に花が好きな人だったんです。だけど儲けになると分かった途端、目端の効く商人も競う様に買い始めたんですな。ついには一つの球根と大邸宅を交換する奴まで現れたんだとか」

「ヨハネによる福音書に出てくる真珠の商人みたいですね。全財産と交換したとかいう」

「いやいや、それってマタイによる福音書でしょう。まあ、そんなわけで仕舞には農民や職人なんかも球根の取引に手を出すわけですな。それで……」

「それって大暴落のサインですね。ジョン・F・ケネディ大統領の父親、ジョセフ・P・ケネディと靴磨きの少年のエピソードを思い出しますよ。こんな奴まで株に手を出してるならバブルも終わりだなって思ったケネディはとっとと手仕舞いしたんだとか」

 

 ドヤ顔で顎をしゃくる天王寺を見ていると富田林はムカついてしょうがない。話のオチを先に言うだなんてマナー違反も良い所じゃないかよ。

 って言うか、話はまだ半分くらいなんですけど。取り敢えず先を進めよう。

 

「大事なのはオチじゃなくて過程ですよ、天王寺さん。球根が取引出来るのは冬の間だけでしょう? そこで考え出されたのが先物取引なんですよ」

「先物取引ってそんな昔からあったんですか! へえ! へえ! へえ! ですよ」

「Wikipediaによるとベルギーのアントワープに商品取引所が開設されたのは1531年だそうですね。ただしこれは現物の先渡取引です。将来の売買を約束していただけなんですね。なんとびっくり、現物を伴わない本当の意味での先物取引は江戸時代初期の大阪で始まった『つめかえし』っていうのが元祖なんですよ」

「へえ! へえ! へえ! 富田林さん。それを本にでも書いたらどうですか?」

 

 天王寺が人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべる。

 富田林は本気で殺意が湧いてきたが強靭な精神力で持って強引に抑え込んだ。

 

「全部Wikipediaの受け売りですから。それはともかく先物取引では現金も現物の球根も要らないんですね。『来年の四月に千フロリンで球根を売る』みたいな手形を少額の内金で売買できちゃうんですから。もちろん証拠金は必要なんですけど。それか不動産とかを担保にしても良いですよ。そんな感じで球根の需要は増える一方。値段も天井知らずに急上昇しちゃいます。そうなると本当に花が好きだった人は馬鹿らしくて手を出さなくなっちゃうわけですね」

「ゴルフ会員権が一億円とかしてた時代と同じですか。本当にゴルフをしたい人はそんな物に手を出しませんもん」

「Exactly! 流石は天王寺さん、理解が早い。ですが終わりは突然にやって参りました。そんな馬鹿みたいに高い球根を欲しがる者が誰一人としていなくなっちゃんですよ。手形は不渡りになって三千人を超える人が破産したそうな。悲嘆に暮れる奴、夜逃げする奴、裁判所に訴える奴、エトセトラエトセトラ。みんな違ってみんないい。とにかく散々な大騒ぎの末、手形は無かったことにされちまいましたとさ。要領が良い一握りの奴が大儲けし、それなりの人数が無一文になりました。めでたしめでたし」

 

 いい加減に面倒臭くなってきた富田林は話を一方的に打ち切る。

 天王寺は口をぽかぁ~んと開けて呆けることしか出来なかった。

 

 

 

 東京商品取引所で始まった魔石の先物売買は空前の活況を見せた。魔石価格は連日に渡って最高値を更新し、日々の取引額も国家予算に匹敵するほどだ。

 だが、歴史は繰り返す。猫も杓子も皆が揃って魔石の売買に手を出すようになって数ヶ月の後、大暴落が起こる。

 最高値の少し手前で空売りを仕掛けた富田林と天王寺はそこそこ纏まった額の現金を手にすることが出来た。

 

 

 

 

 

 ムーの最南部にある高原地帯は今日もピーカンの晴天だった。地球で例えるならソルトレークやウユニ塩湖みたいに殺風景で荒涼とした大地がどこまでも果てしなく続いている。

 ジリジリと照りつける太陽は乾いた地面を熱し、遠くの地平がゆらゆらと陽炎の様に揺れていた。

 戦術士官ラッサンはアニ()イトで買った佐天さんのマイクロファイバーミニタオルで額の汗を拭いながら大きなため息をつく。

 

「相も変わらず今日もクソ暑いなあ。いったい何度くらいまで上がるんだろう」

「予報では四十度らしいぞ。ギリギリ行けそうだな」

 

 技術士官マイラスはアニ()イトで買った婚后さんの扇子をパタパタ言わせながら風を扇ぐ。

 

「うぅ~ん、本当にギリギリか。しっかっし、何だなあ。こんなに超近代的な機械を飛ばそうって言うのにお天気と相談しなきゃならんとは。日本の連中なら天気なんて気にせずにいつでも好きな時に音速の倍以上で飛べるんだろ?」

「日本と比べてもしょうがないぞ。だってムーの技術は百年近く遅れてるんだもん。そう言えば富田林さんが言ってたな。初期のジェットエンジンは夏と冬で最高速度が数十キロは違ったんだとさ。どうやら耐熱合金が未熟だったせいらしいな」

「ふ、ふぅ~ん。まあ、他所は他所、うちはうちだ。俺たちはレシプロエンジンで限界を目指す。今はただ、目の前の事に集中しよう」

 

 大きな音のサイレンが鳴るとスタッフたちが慌ただしく動き出す。平べったい天幕の中から大勢の人たちの手で異形の航空機が押し出されて来た。

 人類の作り出した究極の汎用人形…… じゃなかった、レシプロエンジン最速機スーパーマリンだ。

 

 初号機の空中分解から僅か三ヶ月。レシプロ機保存会の梅田が持って来たのは初号機とは似ても似つかない不思議な形の航空機だった。お前はドラえも()かよ! いったいどんな手品を使ったんだろう。謎は深まるばかりだ。

 

 胴体を白と青のツートンカラーに塗り分けたそれは遠目に見れば何となくマリンに似ていなくもない。だが、良く見てみれば実態は似ても似つかぬ不可思議な形をしていた。

 機首から少し下がった辺りに浅い角度で後退翼が生えている。薄い翼の先の方へと目をやれば今度は後ろに向かって翼が延びて行く。そして最終的には機体の後部に繋がっているのだ。

 こういう風に後退翼と前進翼が翼端で結合した形式をジョイント・ウィングというらしい。

 真上から平面形を見れば前後の翼が菱形になっているはずだ。ただし、横から見れば前翼より後翼の方が随分と高く取り付けられている。

 

 梅田の話によればこの形式の利点は軽量な割に高い強度が実現できるとのことだ。

 翼根と翼端の両方が結合しているから通常の片持ち翼よりずっと頑丈らしい。

 だが、それにしても変テコな形だなあ。って言うかあのおっさん、本当は面白がってるだけだったりして。

 世界最速レシプロ機が複葉機だったら面白いじゃん。笑いながらそんなことを言っていたことをマイラスは思い出す。

 

「マイラスさん、ラッサンさん。こちらにいらしたんですね。さっき気温が四十度を超えました。何とか決行できそうですよ」

「ああ、梅田さん。ですけど本当に上手く行くんでしょうかねえ。私はオーバーヒートが心配でしょうがないですよ」

「多分、大丈夫なんじゃないですかね。それにもし失敗しても『今日は死ぬには良い日だ』ですよ。Don't Worry!」

 

 梅田が人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべる。マイラスはイラっと来たが鋼の精神力で持ってそれを抑え込んだ。

 

 プロペラによって推進力を得ている航空機が速度を上げるためにはプロペラの回転数を上げなければならない。だがプロペラの先端速度が音速に近付くと部分的に衝撃波が発生する。って言うか、パワーの一部が衝撃波を作るために奪われる? 詳しい原理は知らんけど、そんな感じで抵抗が急増して効率が極端に悪化するんだそうな。

 初号機の失敗を糧にして弐号機は高空性能はすっぱりと諦めた。ターボチャージャーを廃して推力式単排気管に換装してしまったのだ。

 空気が薄い方が空気抵抗が少ないから速度が出るはずだって? いやいや、ちゃんと考えに考えた結果なのだ。

 音速というのは気温が低いほど遅くなる。ジェット機が飛行する対流圏上部や成層圏下部だと音速は時速千八十キロくらいだそうな。とは言え、いちいち計算するのが面倒なので高度一万一千メートル以上の高空では時速千六十二キロで計算しちゃう場合が多いんだけれど。

 とにもかくにも気温の低い上空では音速その物が低くなってしまうのだ。だからプロペラ先端は時速千キロそこそこくらいまでしか回せない。そうなると航空機の出せるスピードは八掛けが精々なので八百キロくらいになってしまう。その結果、Rare Bearの八百五十キロにすら届かないという予想外の結果に終わってしまった。

 

 

 

 そこで梅田が放った取って置きの奇策が今回の熱々大作戦だ。気温四十度における音速は時速千二百七十八キロ。八掛けの時速千二十二キロくらいなら出るかも知れん。出ないかも知らんけど。

 レシプロエンジンとは思えない轟音を立てて弐号機こと、スーパーマリンが上昇して行く。マイラスは考えるのを止めた。

 

 

 

 

 

 結果から言えば弐号機は時速千キロの壁を突破した。突破したのだが…… 予想通り壊れてしまった!

 まあ、みんな薄々はそうなるだろうなあと思っていたので誰も驚くことは無かったのが不幸中の幸いだ。いや、幸いなのか? 分からん、さぱ~り分からん。マイラスは頭を振って思考をリセットする。

 原因は言うまでもなくオーバーヒートだった。気温が四十度もある所で定格出力五千馬力の空冷エンジンをニトロで無理矢理に一万馬力までブン回したのだ。壊れない方がどうかしている。

 もしかして開発の方向性を間違ったんだろうか。やり直すにしても、どこをどう改めれば良いんだろうか。そもそもやり直す必要はあるんだろうか。水平飛行で時速千キロを出すという目標は達成が出来た。この上、何を望むと言うのだ。もしかして発展的解消をするべき時なのかも知れんなあ。

 マイラスが弐号機こと、スーパーマリンの残骸をぼぉ~っと眺めていると不意に背後から声が掛けられた。

 

「こんなところにいたんですね、マイラスさん。参号機に関してちょっと耳寄りなお話があるんですけど。ご興味はおありですかな?」

「ああ、梅田さん。って…… さ、さ、参号機ですと?! 弐号機がこんなになった途端に参号機の話ですか? さすがは日本のお方、仕事が早いですねえ。とは言え、次はいったい何を目指すんでしょうか? 私には時速千キロの次の目標がさぱ~り思いつかないんですけれども」

「そりゃあ言うまでもありません。やっぱ音速でしょうな。それも急降下では無く、水平飛行での超音速を目指します」

「はぁ~っ? そんなん無理に決まってますやん。プロペラで衝撃波が発生したら効率はガタ落ちするって言ったのは梅田さんじゃないですか。馬鹿みたいにパワーを掛けて無理矢理に回したって空回りするだけでしょう? 超音速なんて夢のまた夢です。Wikipediaにもそう書いてありましたよ」

 

 マイラスにとってWikipediaは神聖にして犯すべからざる絶対の真理なのだ。それを疑うなんてとんでもない!

 だが、梅田は例に寄って例の如く人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべる。ポケットからスマホを取り出すと写真を表示した。

 

「これを見て下さいな、マイラスさん。衝撃波っていうのはこんな風に空気が圧縮されて発生するんですよ。プロペラが回せなくなるのはこの造波抵抗が原因なんですね。これを何とか出来ないか? そう考えた私たちはパルスレーザーの利用を思い付きました。高出力レーザーを間欠的に照射して低密度場を形成。衝撃波と逆位相で相殺してやれば抵抗を激減することが出来るんです」

「レ、レーザーですと…… 何だかSFみたいに途方も無いお話の様に聞こえますなあ。実現性のあるお話なんでしょうね?」

「実験室レベルでは既に成功しているんですよ。原理自体は至ってシンプルそのものですから。衝撃波の上流にパルスレーザーを当てて密度の低い泡を発生させるだけの簡単なお仕事なんですもん。密度勾配と圧力勾配がある流体には渦度が発生しますよね? 所謂、バロクリニック効果と言う奴ですな。相互干渉で変形した衝撃波はこの渦によって抵抗が大きく低減されるんです」

「あ、あのう…… 申し訳ないですけどもうちょっとだけ分かりやすく説明していただけませんでしょうか?」

「うぅ~ん、重要なのは衝撃波の前と後で圧力勾配が生じていることなんですよ。だからレーザーで加熱してやれば局所的に密度の低い所が作れるじゃないですか? すると周りの空気と密度の勾配が出来ますよね? ここまでは分かりますか?」

 

 分からん、さぱ~り分からん。だけど馬鹿だと思われたら嫌だなあ。

 安っぽいプライドを刺激されたマイラスは余裕の笑みを浮かべると軽く頷いて先を促した。

 

「要するに…… 衝撃波が密度の低い泡とぶつかる時、バロクリニック効果で軸対称に生じた渦度の前側にドーナツ状の渦の輪っかができるんですね。だからレーザーの発振周波数を大きくして…… って言っても80kHzくらいなんですけど。そいつを繰返して密度の低い泡と衝撃波を相互干渉させると沢山の渦輪が前の方に滞留するんですよ。ほら、この写真みたいにね。そうするとまるで前方に円錐でもあるみたいに気流が変わって衝撃波の形がコントロールできちゃうんですよ。嘘みたいな話でしょう?」

「……」

「もしもし、マイラスさん。聞いてますか?」

「へぁ? あ、ああ。聞いてますよ。ちゃんと聞いてますとも。とにもかくにもそのレーザーとやらで衝撃波を無理矢理にコントロール出来るわけですか。これは面白くなってきましたね」

「それじゃあ話を進めて良いですね? 世界初のレシプロエンジン超音速飛行の栄冠がムーの頭上に輝く日は近いですよ」

 

 梅田はスマホでどこかに電話を掛けながら足早に立ち去った。

 や、安請け合いしちゃったけど良かったんだろうか? まあ、結果さえ出せば軍や財務省だって文句は言わんだろう。マイラスは頭を軽く振って漠然とした不安感を追い払った。

 

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