常識を犠牲にして大日本帝国を特殊召喚   作:スカツド

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第十三話 技術士官マイラスの栄光

 参号機が南部高原に搬入されたのは弐号機の惨事から僅か一ヶ月後の事だった。

 なんぼなんでも早すぎるんじゃね? これって弐号機が失敗する前から作っていたとしか考えられないんですけど。マイラスの胸中に微かな疑念が浮かんでは消えて行く。

 

 だが、巨大なトレーラーから姿を現した参号機を見た途端、そんな些事はどうでも良くなってしまった。

 

 なんて格好の良い航空機なんだろう! 主翼は弐号機と同じで後退翼と前進翼が翼端で結合したジョイント・ウィングだ。ただし、後退角が少し強めになっている。音速突破を前提としている証拠だな。

 エンジンは機体の前後に二個も搭載しているらしい。所謂、串型配置って奴だ。そして二重反転プロペラも前後に付いている。

 

「どうです、マイラスさん。ドルニエDo335プファイルにちょっとだけ似てると思いませんか?」

「さ、さあ。どうなんでしょうねえ。ところで前のペラと後ろのペラが全く違った形をしているのは何故なんですか?」

「前のペラは超音速用に、後ろのペラは亜音速用に最適化してあるんですよ」

「ふ、ふぅ~ん。だけどもこれってもしもパラシュートで脱出しようと思っても後ろのプロペラでミンチになっちゃわないですか?」

「そのための射出座席です。ほれ、この通り。超音速で風防を開けて外に飛び出すなんて無理ゲーも良い所ですもん」

「そ、そうなんですか。まあ、使わずに済むことを祈るとしましょうか」

 

 

 

 その日から一週間、テストパイロットの訓練が繰り返された。

 これまで以上に特異な構造の参号機、ことハイパーマリンの飛行特性は操縦士を散々に苦しめる。だが、初号機と弐号機の惨事を生き残った優秀なテストパイロットはその困難な任務を見事に達成してくれた。

 

 

 

 ムー最南部の高原地帯は今日も今日とて相も変わらずピーカンの晴天だ。例に寄ってクソ暑いけれど空気がとっても乾燥しているし強い風も吹いている。それだけが唯一の救いと言えるだろう。

 マイラスは参号機ハイパーマリンの周りをぐるりと回りながら各部を点検していた。まあ、本職の整備士が既にちゃんとやってくれているので心配は無いんだけれども。

 早く飛ばしたいなあ。マイラスが飛行実験をwktkしながら待っていると見知った顔が現れた。

 

「今日も暑い中、ご苦労さんです。マイラスさん」

「ああ、梅田さん。おや? そちらの方々はどちらさんですか?」

「お二人はグラ・バルカスとミリシアルの新聞記者さんだそうです。前々から我々の飛行機に興味がお有りだったんだとか。実は私も遠くの方から見ていらしたのが気になってはいたんですよ。それで失礼とは思ったんですがお声をお掛けした次第です。見学してもらっても良いですよね?」

「え、えぇ~っ! 見学ですか?」

 

 これってもしかしてスパイなんじゃね? マイラスの脳裏に疑念が浮かぶ。

 って言うか疑いの余地無く百パーセントのスパイだろうが! 重要な軍事機密が見られちゃうじゃんかよ!

 どうすれバインダ~? 思わずパニックで呼吸が荒くなる。

 

「どうしたんですか、マイラスさん? どうせ明日には新聞に載るんですよ。ちょっとくらい早く情報解禁したってバチは当たらんでしょうに」

「えぇ~っ! そ、そうなんですかね? 梅田さん?」

「そりゃそうでしょう? もしかして世界記録を作っておきながら秘密にでもする気だったんですか。そんな馬鹿な話はありませんよ。だって秘密にしたら世界記録にならないじゃないですか?」

「で、ですけど梅田さん。我が国にも軍事機密の保護って概念があるんですけどねえ……」

「マイラスさん、悪いことは言いません。こういうのは積極的に宣伝した方が絶対に良いんですって。ナチスドイツはMe209の世界記録を大々的に宣伝したでしょう? アメリカだってストリークイーグルにどんだけ入れ込んだことか。世界一のタイトルを保持するっていうのはそれだけ凄いことなんですよ」

 

 そんな風に言われるとマイラスも面と向かって反論する気がなくなってくる。って言うか、真面目に相手にするのが馬鹿らしくなってきた。

 まあ、チラっと見られたくらいでこの超ハイテク機の秘密が漏れるわけが無い。って言うか、最も近くで見ているはずのマイラスですら参号機はブラックボックスの塊にしか見えないのだ。

 

 確か初号機はアルミニウム合金で作らていたんだっけ。アレの五千馬力のエンジンは凄かったなあ。亜酸化窒素の噴射装置も原理だけは理解できた。マグネシウム製のターボチャージャーも今のムーに作ることは出来ないが仕組みくらいなら分からんことは無い。

 

 弐号機はチタニウム合金とやらで出来ていたらしい。あんなに希少で加工の難しい素材で航空機を作るだなんて正気を疑うぞ。とは言えムーにだって時間と予算を際限なく投じれば作れん事は無いだろう。何十年掛かるか分からんけどな。

 

 だが、参号機。お前だけは分からん。さぱ~り分からん! 炭素繊維強化プラスチック複合材(CFRP)ですと? 何じゃそりゃ!

 レーザーで衝撃波を制御する技術に至っては言葉の意味すら良く分からん。

 こんな物、ちょっとやそっと見られたくらいで真似されるはずが無い。それが出来るんなら今ごろムーは苦労しとらんわ! 心の中で絶叫するが決して顔には出さない。

 マイラスがふと我に返ると…… うわぁ!

 

「ちょ、おま! 梅田さん、何やってんすか! ちょっとちょっと!」

「あぁ、お二人にコックピットをお見せしているんですよ。いかがですかな、グラスコックピットって面白いでしょう? タッチパネルを操作するだけで見たい情報が何でも見れるんですからね」

「ですけどこの操縦席、随分と視界が悪いようですね。いくら高速化を目指しているからと言って、ここまで視野が狭いと離着陸にすら不自由しそうですが」

 

 コックピットに座らせてもらっていた男が疑問を口にした。黒服にサングラスという見るからに怪しさ大爆発な格好の奴だ。確かグラ・バルカスの関係者だったような。

 だが、梅田には警戒心というものが一欠片も無いらしい。得意気な顔をするとゴーグルの様な装置を男の頭に被せた。

 

「それはこの、一個が四千八百万円もするヘッド(H)マウント(M)ディスプレイ(D)がすべて解決してくれますよ。いいですか? ほら、周りが見えるでしょう? 頭を動かして見て下さいな。これを通せば足元や真後ろだって見えるんですよ。レーダーや暗視装置とも連動しているんで暗闇や雲の中でも無問題。月の無い夜だろうが濃霧が掛かろうが離着陸に何の支障もありません」

「し、信じられん! これは一体どういった技術が使われているんですか?」

「さ、さあ。私も原理までは良く知りません。だけど仕組みが分からんでも使う分には困らんでしょう? 高度に発達した科学は魔法と区別が付かないんですから」

「ま、ま、魔法ですと?! これは魔法を利用しておるのですかな? この様な魔法は我が国にも存在しておらぬのですが?」

 

 血相を変えたミリシアルのスパイらしき男が声を荒げる。

 だが、梅田は顔色一つ変えずに人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべた。

 

「これがハイパーマリンの仕様なんです。我々は一番美しいものを作った。これは私が考えたデザインです。使い勝手についていろいろ言う人もいるかもしれない。たが、それは操縦するパイロットがこの仕様に合わせてもらうしかない。コックピットはこれ以上は大きくしたくない。機体ももこれ以上大きくしたくなかった。視界の狭さも狙ったもの。それが仕様。これは私が作った物でこういう仕様にしている。明確な意志を持っているのであって間違ったわけではない。世界で一番美しい航空機を作ったと思う。著名建築家が書いた図面に対して門の位置がおかしいと難癖つける人はいない。それと同じことなんです!」

 

 梅田は話しているうちに段々と興奮してしまった。途中からは腕をグルグル振り回し、まるで絶叫するような勢いになってしまう。

 グラ・バルカスとミリシアルのスパイはドン引きの表情だ。目線を合わせない様に俯き、怯えたように小さく震えている。

 まるで『ヒトラー ~最期の12日間~』の名場面だな。若干、冷静さを取り戻した梅田は我に返ると心の中で苦笑した。

 

「さあ、気を取り直してテスト飛行を始めましょう!  Let's go together!」

 

 その場を取り仕切るように梅田が宣言する。責任者って俺じゃなかったのかなあ。まあ、いいか。その代わり失敗した時の責任は取ってもらおう。マイラスは考えるのを止めた。

 

 

 

 一度目のテストは高度一万メートルを飛行し、あっさり時速千キロを達成した。

 気象観測機からのデータによると気温は氷点下五十五度。音速は時速千六十七キロとのことだ。

 もう完全に遷音速と言えるスピードなので機体や翼のあちこちで衝撃波が発生しているはずだ。だが、パイロットからは異常振動などの報告は無い。特異な形状の翼のお陰なんだろうか。翼端失速とか補助翼の効きが悪いとかいった心配も無さそうだ。

 

 燃料補給と入念な点検を行った後、二度目のテストを行う。高度は一万二千まで上げた。

 観測機のデータでは氷点下五十七度。音速は時速千六十二キロだ。

 

「現在、時速九百キロ。これより加速に入ります」

「くれぐれも無理はしないでくれ。ご安全に!」

 

 パイロットとの短い遣り取りの後、参号機の速度がジリジリと上がって行く。

 

「九百二十、九百五十、九百八十、千を超えました!」

「おぉ!」

 

 グラ・バルカスとミリシアルのスパイが小さな歓声を上げる。だけれど千キロならさっきのテストで突破してるんですけど。って言うか、弐号機の段階で超えているんだ。今さら驚くような事では無いんじゃ…… 

 って! 何でスパイをコントロールルームにまで入れちまったんだよ?!

 だが、二人のスパイの間に立った梅田は一緒になってモニターを注視している。今から出て行ってくれとは言い辛い雰囲気だ。まあ、どうでも良いか。マイラスは考えるのを止め……

 

「「「うわぁ~っ!」」」

 

 マイラスの思考が耳が劈く歓声で中断された。モニターに目を見やれば……

 

「現在、時速千百キロ。まだまだ加速します。先ほどよりむしろ抵抗が減少した模様です。千百百五十キロ、千百百八十キロ、千二百キロ……」

「もう良い、加速中止! テスト終了だ」

「た、助けて下さい! げ、減速できません! マ、マイラス少佐! 助けて下さ~い!」

 

 数瞬の後、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音がコントロールルームに響き渡る。音速突破による衝撃波が地上にまで届いたのだ。

 マイラスは引き攣った顔で何度か目を瞬くと瞑目した。

 

「ク、クラウン…… ハイパーマリンには超音速から減速する性能はない。だが、お前の死は無駄ではないぞ……」

「あのテストパイロットはクラウンって名前だったんですか? それとマイラスさんって少佐だったんですね」

「梅田さん、マジレス禁止です。機体は無事ですよ。テレメトリーの信号を見て下さいな」

「じゃ、じゃあ今のはなんだったんですか?」

「知らないんですか? 第五話『大気圏突入』ごっこですよ。もし音速突破に成功したらやってくれってパイロットに頼んでおいたんですよ」

「そ、そうなんですか……」

 

 開いた口が塞がらんわ。こんなんだからアニオタは嫌われるんだ。

 真面目に考えるのが馬鹿らしくなった梅田は考えるのを止めた。

 

 

 

 随伴機や地上からの観測データを突き合わせた結果、記録された最高速度は千二百八十キロであることが確認された。氷点下五十七度における音速は千六十二キロなのでマッハ1.2ということになる。これはぐうの音も出ないほど文句なしの超音速飛行だ。

 

「それじゃあ皆さん。このニュースをなるべく大きく扱って下さいね。期待していますよ」

「え、えぇ。航空機が音速を突破するなんて歴史的瞬間に立ち会えた事を誇りに思います。必ずやグラ・バルカスの人たちに伝えます」

「私も心の底から感動しております。グラ・バルカスだのミリシアルだのといった小さな事は忘れて人類の偉大な一歩を祝いましょう」

「そうそう、これは飛行データをまとめた資料です。記事を書く時の参考にして下さい。あと、メアドも渡しておきますね。何か必要なことがあれば遠慮なくメールしてもらって結構です。今日はわざわざ取材して下さってありがとうございました」

 

 梅田は参号機のリーフレットを四井商事の社封筒に入れて二人のスパイに手渡した。

 頭を深々と下げ、彼らの姿が見えなくなるまで見送る。

 

「明日の朝刊が楽しみですねえ。マイラスさん」

「そうですねえ、梅田さん。今夜は祝勝会をやりましょう。とことん付き合ってもらいますよ」

「もちろんですよ。ちなみに割り勘ですよね?」

「いやいや、そんなケチ臭いこと言わんで下さいな。経費で落としますんで」

 

 その日、二人は近くの街まで繰り出すと前後不覚になるまで飲み明かした。

 俺たちの名前はムーの航空史に…… いやいや、世界史に刻まれるぞ。マイラスはwktkしながら床に就く。就いたのだが…… wktkし過ぎて眠れないんですけど!

 しょうがない、飲み直そう。マイラスが眠りに就けたのは明け方も近くなったころだった。

 


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