ヘリコプター護衛艦ひよりを逃げ去るように後にした四井アーマメントシステムズの天満はイージス艦まやへと転がり込んだ。艦長の羽曳野や副長の生駒はとっても暇そうだ。こいつらなら無駄話の相手になってくれるかも知れん。
さっき空母の連中を相手にしたオリエンテーション…… じゃなかった、プレゼンテーションの反応は最低最悪だったっけ。それに比べるとこいつらは同じ話をしているにも関わらず反応はそこまで悪くない。興味津々とまでは行かないが退屈そうにもしていない気がする。
やはり空母の関係者に航空機をディスったのは失敗ったんだろうか。今度からは気を付けよう。天満は海よりも深く反省した。
「とにもかくにもグラ・バルカスの航空機は単価二、三億の安物です。何せ無線機くらいしか電子装備を積んでいませんからね。こんな安物を撃ち落とすにはSM-2では絶対に採算が取れません。落とせば落とすほど赤字ですよ。ESSMなら採算割れだけは避けられるかも知れません。ですが積極的に使うほどでもないでしょう。SeeRAMやCIWSなら黒字が見込めるでしょうね」
「とは言えCIWSの交戦距離まで近付けたくはないですな。だって連中は二キロくらいで雷撃を行うんでしょう? CIWSならアウトレンジで落とせんことはないでしょうが余裕がなさすぎます。一、二機ならともかく、十機くらい同時に突っ込ん来たら詰みますよ」
「それにCIWSって言うほど安上がりでもないですしね。一発八万円の弾を十発撃てば八十万円ですけど二キロ以上での散布界を考えるともっとばら撒かなきゃ当たりそうもないですね。そこで射程がそこそこ長くて圧倒的に安上がりな対空兵器が必要とされたわけですよ」
ドヤ顔を作った天満は窓外に目を向ける。視線の遥か先には商船四井のプロダクトタンカー、プリンセスダイヤモンドが停泊していた。
グラ・バルカス帝国が誇る巨大戦艦グレードアトラスターの艦長ラクスタルは昼戦艦橋の自席にちょこんと座っていた。
目の前には日本とか言う国の艦隊がずらりと並んでいる。
大きな空母を中心に巡洋艦、駆逐艦、補給艦、エトセトラエトセトラ。みんなちがってみんないい。
うちはグレードアトラスターだけの一人ぼっちだ。あんな風に仲間がいればきっと楽しいんだろうなあ。そんな馬鹿な事を考えていると背後から急に声を掛けられた。
「艦長、あの端っこの船を見て下さいな。アレって潜水艦ですよねえ?」
「うわぁ! びっくりしたなあもう。なんだ、副長か。いるんならいるって言ってくれよ。んで、何だって? 潜水艦だと? どれどれ…… 本当だ! どう考えても水上艦艇にしては不自然な形だもんな。まあ、潜水艦にしても随分と不思議な形だけどさ」
「何だか魚雷をそのまま大きくしたみたいな形ですね。アレだと水上航行時の造波抵抗が酷いことになりそうですよ」
「多分だけど水中航行時のことしか考えていないんじゃないのかなあ。きっと近海で待ち伏せ攻撃を仕掛けるために特化した沿岸型潜水艦なんだろう。それを見せびらかすためだけにこんな遠洋航海させるだなんて乗組員はお気の毒さまだな」
ラクスタル艦長は皮肉っぽい口調で吐き捨てた。副長も人を小馬鹿にした様な薄ら笑いを浮かべている。
「そもそも潜水艦というのは隠れる事に値打ちがあるんですよ。見付かった瞬間に価値は大暴落じゃないですか。日本って本当に馬鹿ですねえ。ぷぅ~、くすくす」
「とは言え、本艦単独では対潜能力が全くないぞ。駆逐艦を連れて来なかったのは失敗だったかも知れんなあ」
「いやいや、戦いはいきなり始まるわけではありません。戦闘開始のタイミングはこっちの都合で決められるんですよ。向こうが奇襲を仕掛けて来るはずは絶対にないんですからね」
「そ、それもそうだな。もし今、魚雷攻撃なんて仕掛けられたら俺たちは一巻の終わりなんだもん」
二人は顔を見合わせると不都合な現実から目を反らせた。
先進十一ヵ国会議はのっけから波乱の幕開けとなった。
エモール王国の竜人が発言しているのを遮るように突如として大笑いが巻き起こったのだ。
「うぷぷぷぷ…… キィ~ヒャヒャヒャヒャヒャ! あぁ~げゃげゃげゃげゃ! ぴょぴょぴょぴょぴょ! ブヒ、ブヒ、ブヒヒヒヒ!」
笑い声だけでも十分に下品だが、ときどき豚みたいに鳴らす鼻の音が異様さに拍車を掛けている。
あまりに非常識な声の主に全員が珍獣を見るような目を向けた。視線の先では豪快に笑いながらおばちゃんみたいにパチパチと手を叩く女が鎮座ましましている。その不可思議な仕草はまるで玩具のチンパンジーみたいだ。
細めた目から僅かに覗く瞳は妖怪みたいでとっても気持ちが悪い。
大きく開いた口からは歯茎までもが剥き出しだ。口を開けた時に歯茎が三ミリ以上見えるのをガミースマイルというらしい。ロナウジーニョは手術で治したんだそうな。
顔に目を向けて見れば化粧がこれまた酷い具合だ。
ボリューム感あり過ぎの付けマツゲが微妙にズレている。たっぷり乗せたマスカラもダマになってプラプラしている。
ぶ厚く塗りたくったファンデーションにはシワが入り、微妙にテカテカと輝く。
口紅を塗った後に食事でもしたんだろうか。ちょっと手直しする手間を惜しんだだけでこんなに酷い事になるという悪い見本みたいだ。
素材はそこそこなのにこんな大惨事になっちまうなんて。随分と勿体ない話だなあ。
会議出席者は揃いも揃ってドン引きの表情だ。みんなが思わず同情する様な視線を注ぐ。
ようやくそれに気付いたんだろうか。女は急に我に返った様に真顔に戻った。
「失敬失敬。グラ・バルカス帝国外務省のシエリアです。どうぞよろしく。しかしまあ、何ですなあ。魔帝ですか? 何やよう分からんけど昔話を本気で怖がるって子供ですか? わけが分からないんですけど?」
「いやいや、昔話いうてもちゃんとした史実ですから。過去に実在した凶暴な奴らがもう一回やって来るっていう話なんですから。刑務所から出所した犯罪者が復讐しにやって来るみたいな物ですやん」
「しかしその根拠が占いって? もう少し信憑性のある話は出来ないのかな?」
「要するにグラ・バルカスは占いっていう語感が気に入らないのか? だったら予知魔法とか予言魔法とい言い換えても良いんですけど?」
「そ、そういう問題なのかなあ? 大事なのはその占いだか予言だかが当たるかどうかだと思うんですけど?」
紛糾する会議を尻目に日本の面々はヒソヒソ話に興じていた。
「さっさと宣戦布告すれば良いのになあ。あの姉ちゃん」
「本当ですね。言うことだけ言ってとっとと帰ってくれたら良いのに」
偵察衛星からの情報でグラ・バルカスが大艦隊をこの地に展開していることは分かっている。それに暗号解読により彼らがこの会議で宣戦布告に等しい宣言をすることもバレバレなのだ。
事情を知っている者から見ればこの会議自体が茶番だとしか思えない。
そうこうする間に議論は一段落したらしい。ムーの大使がドヤ顔で立ち上がると一同を代表するように宣言した。
「温厚で優しいパガンダ王国とレイフォルを滅ぼした蛮行は許しがたい! 我が国はグラ・バルカス帝国が両国から無条件で即時撤退することを断固として要求する!」
「そうだそうだ! グラ・バルカス帝国はパガンダとレイフォルに対して謝罪と賠償をせよ! これ以上、第二文明圏の平和を脅かすというなら我が神聖ミリシアル帝国はムーと共同で軍事介入せざるを得ないぞ!」
神聖ミリシアル帝国が話に乗っかって来た。
これはもしかして事前に二国間の合意とかあったんだろうか。
他の参加国はグラ・バルカス帝国のケバい厚化粧外交官シエリアを注目する。
「え、えぇ~っと…… 勘違いさせていたら申し訳ないのだが今回、我がグラ・バルカス帝国がこの会議に出席したのは皆と話し合うためではない。全世界の国々に我々の意向を伝えて回る手間を省こうと思っての事なのだ。グラ・バルカス帝国の偉大なる帝王グラルークス陛下の御名において宣言する。我が国に服従せよ。グラ・バルカス帝国へ従う国には平和と繁栄が保証されるぞ。騙されたと思って試しに一ヶ月だけでも忠誠を誓っては如何かな? 初月無料だから一ヶ月だけ試して解約してもらっても全然結構だ。どうだ? 我がグラ・バルカスに従うという国はおらぬか? 幸運の女神には前髪しか生えていないと言うぞ」
ざわ…… ざわ…… 福本伸行の手書き文字が背景に浮かび上がっては消えて行く。
それって大五郎とかどちて坊やみたいな髪型なんだろうか。そんな女神は嫌だなあ。日本人たちは顔を顰める。
「でも、一ヶ月後に解約するのを忘れてたら困るしなあ」
「だったら申し込んで直ぐに解約してもらっても結構ですよ」
「それってグラ・バルカスに何のメリットがあるんですか?」
「いやいや、解約前提ってわけでは無いんですよ。できるなら一ヶ月間、思う存分に体験してもらいたいんですけどね。とにかく体験してみて下さいな。絶対に損はさせませんから」
何だか携帯を契約する時のオプション加入みたいな話だなあ。こんな馬鹿な話をしていないで早く本題に行けよ。日本人たちはイライラしながらも辛抱強く待つ。
待つこと暫し。ようやく話が一段落したようだ。女外交官シエリアが話を纏めに掛かった。
「やっぱり、いま従おうという国はいませんか。そりゃそうですよね。だが、帝王様はのんびり屋さんだぞ。後からでも結構だ。何かを始めるのに遅すぎるということはない。レイフォル出張所は二十四時間三百六十五日営業中だからいつでも連絡して下さい。お待ちしています」
グラ・バルカス帝国の面々はぺこぺこと頭を下げると先進十一ヵ国会議を中座した。
グレードアトラスターはカルトアルパスの港を逃げる様に立ち去る。
まるでそれを追跡するが如く、日本の艦隊からも一隻の船が動き出した。
日本の誇る最新鋭潜水艦『きょうりゅう』だ。
「いったい何処の馬鹿なんだろな。『きょうりゅう』なんてふざけた名前を付けた奴は。いくら『りゅう』縛りだからって付けて良い名前と駄目な名前の区別くらい付かないものかねえ?」
「そうっすか、艦長? 私は良い名前だと思いますよ」
「お前がどう思おうとお前の勝手だよ。だけど俺はこんな名前は絶対に認めんぞ。初対面の相手に『潜水艦きょうりゅうの艦長です』なんて自己紹介するのは真っ平御免の介なんだ」
「艦長、何が嫌いかより何が好きかで自分を語って下さいよ」
「嫌いな物は嫌いなんだからしょうがないだろ! きょうりゅうなんて名前は大嫌いだ!」
潜水艦きょうりゅうは三十数ノットまで加速すると一気にグレードアトラスターを追い掛ける。
この最新鋭潜水艦は全固体電池を搭載しているので極短時間なら三十ノット以上を出す事ができるのだ。
まるで威嚇するかのように潜望鏡を向けながら潜水艦きょうりゅうはグレードアトラスターを一息に抜き去る。わざわざ真正面に回り込んだ所で深く静かに潜航した。
グレードアトラスターの艦橋で艦長ラクスタルと副長は自分の目で見た物が信じられなかった。
「な、何だったんだ? 今のは」
「あの潜水艦、三十ノット以上は出ていましたね。信じられません」
「だけどもいったい何が目的なんだろう。我々を殺る気だったらわざわざ手の内を晒さんだろ? もしかして俺たちに恐れをなして逃げて行ったのかも知れんな。そうじゃ無いかも知らんけど」
「まあ、考えた所でどうにもなりませんよ。もし奴らにその気があれば今ごろ私たちは海の藻屑ですもん。『今日は死ぬには良い日だ』とでも思っておきましょうや」
「そうだな。どうもならんことを考えても時間の無駄だ。楽しい事だけ考えようか。あはははは……」
さほど広くも無い昼戦艦橋はお通夜みたいに暗い雰囲気に包まれていた。
その頃、自称世界最強の神聖ミリシアル帝国ご自慢の第零式魔導艦隊は遥か西方の群島で訓練を行っていた。だが、突如として乱入したグラ・バルカス帝国の機動部隊にボコボコにされてしまう。
グラ・バルカス帝国の帝国監査軍で艦隊司令をやっているアルテミスはほっと胸を撫で降ろす。
「自称世界最強って聞いてたから心配してたけど思ってたより余裕だったな」
「戦艦を沈められた時はちょっぴりヒヤッとしましたけどね。最初から雷撃機を出してれば完全試合も夢じゃなかったかも知れませんよ」
「まあ、それは言ってもしょうが無いよ。そういう縛りプレイだったんだもん。さあ、気持ちを切り替えるぞ。次はカルトアルパスの港にいる船を残らず沈めるんだ。えいえいおぉ~!」
「お、おぉ~……」
艦橋内に集う面々がイマイチやる気のない声を上げる。
こんなんで大丈夫なのかよ。アルテミスは漠然とこみ上げてくる不安感を無理矢理に押し殺した。