カルトアルパス港を出港した日本の護衛隊群は十数キロ沖合を南西方向へ向かって進んで行く。
イージス艦まやの艦長羽曳野は例に寄ってぼぉ~っと海を見詰めていた。
雲一つない青空の遠くの方を海鳥がのんびりと飛んでいる。どこからどう見ても平穏そのものといった風景だ。
ずっと西方の群島では第零式魔導艦隊が壊滅したそうな。だが、ここカルトアルパス沖は未だに平和そのものだ。
と思いきや、突如として魔信機から大きな声が流れて来た。
「グラ・バルカス帝国と思しき航空機が南西方向より接近中! 距離七十海里、速度二百ノット、高度一万フィート、数およそ二百」
「うわぁ! びっくりしたなあ、もう……」
椅子からずっこけそうになった羽曳野は苦虫を噛み潰したような顔で魔信機を睨みつける。
「接敵まで三十分ってところですね、艦長」
ちょっと離れた所に立っている四井アーマメントシステムズの天満が話し掛けてきた。
「お手並み拝見ですな、天満さん。期待しておりますよ」
「いやいや、今回の当社のシステムはどれもテスト段階です。どこまでお役に立てることやら。撃ち漏らした奴の処理はよろしくお願い致しますよ」
「それは安心して任せて下さい。もしやられたら困るのはこっちですから」
二人がそんな話をしている間にも商船四井が手配したプロダクトタンカー『プリンセスダイヤモンド』の甲板上では甲板員が忙しなく働いていた。
長さ二百メートル以上、幅五十メートルもある広大な甲板上には二メートルほどの間隔で二十列ものレールが並んでいる。
船の後ろの方にある作業小屋では得体の知れない装置が単調な動きをリズミカルに繰り返す。船内から迫り上がってくるB2爆撃機のミニチュアの様な物が次々とレールの端にセットされているようだ。
暫くするとミニチュア機が一斉に飛び立ち始めた。二十列もあるレールから数秒と開けずに次々と飛び出す様はまるで鳥の大群みたいだ。
黙っていると間が持たないなあ。羽曳野艦長は天満の方をチラリと見やってから口を開いた。
「アレって幾らくらいするんですかねえ?」
「よくぞ聞いてくれました。あの固定翼ドローンはドイツの会社が作っていた物をパクった…… 参考にした物でしてね。いやいや、ちゃんとライセンス契約を得ようとはしたんですけど異世界転移のせいで連絡が取れなくなっちゃったんで仕方なしに勝手に真似させてもらったんですよ。もし連絡さえ取れたら正当な対価をお支払いする用意はあるんです。信じて下さいな」
「言い訳は結構ですよ。別に非難する気も無いですから。んで? お幾ら万円なんですか?」
「知りたいですか? どうしても知りたいって言うんなら教えてあげないこともないですよ。ちなみにあいつの最高速度はなんと百五十キロですよ。六キロもの荷物を積んで風速二十メートルの強風にも耐え、百キロもの距離を飛べるんです。僻地へ医薬品なんかを運ぶために開発されたそうですね。それが人殺しの道具になるとは皮肉な物ですな」
天満は両の手のひらを肩の高さで広げると首を竦めた。
こいつ、もしかして俺の忍耐力を試そうとしてわざと焦らしてるんじゃなかろうな? 羽曳野艦長の脳裏に微かな疑念が浮かぶ。
とは言え、本当の事を言うとドローンのことなどこれっぽっちも興味は無い。間が持たないから時間潰しの雑談を振っただけなのだ。
そんな羽曳野の本心を知ってか知らずか、天満は話を続けた。
「ドイツ製のオリジナルは一機が千二百万円もしたんですよ。お高いですよねえ? でも我々のは使い捨てでも良いんですから。下町の工場で射出形成で作って貰った機体が約二十万円くらいですね。一次リチウム電池、モーター、プロペラ、センサー、コントローラー、カメラ、無線機、エトセトラエトセトラ。全部合わせると百万円くらいですかね」
「武装…… って言うか、弾頭? 敵にはどうやってダメージを与えるんでしょうか?」
「コストダウンのため、あり物で誤魔化しました。搭載しているのは八十一ミリ迫撃砲弾なんですよ。そいつに九二式VT信管を無理矢理にくっつけました。それぞれ十万円くらいはしますかね。それよりもVT信管の安全装置を仕様変更するのに手間が掛かりましたよ。オリジナルは発射時のGや砲弾の回転数で解除される仕組みでしたからね。これを外部からの電気信号でOFF・ON出来るように改修するのに一千万円ほど掛かりました。千発生産すれば一発当たり一万円で転嫁できます。そんなわけで一機当たり百二十万円くらいになりますかねえ」
これ以上は無いといったドヤ顔で天満は胸を張った。
だけど実際にそれをやったのは四井のエンジニアさんじゃないのかなあ。羽曳野艦長は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「うぅ~ん。ミサイルの八十分の一ってところですか。随分と安く抑えましたね」
「そりゃあ、レーダーすら積んでいないんですからね。IFFも無いから敵味方の区別も付かないですし。まあ、この自爆ドローンが想定している敵の雷撃機は魚雷を投下するために低空を真っ直ぐ進んで来ます。もし衝突を回避しようと思ったら魚雷攻撃は諦めざるを得ない。すると撃墜は出来なくとも雷撃自体は阻止出来た事になる。そういう風に割り切った仕様なんですよ」
「ふ、ふぅ~ん。上手く行ったら良いですね。期待してますよ」
「って言うか、上手く行かなかったら困っちゃいますよ。主に我々が」
プロダクトタンカー『プリンセスダイヤモンド』の甲板上に設置された8Kカメラが撮影した映像をそこそこハイスペックなPCが処理する。約百機の自爆ドローン第一波は適当に散開して敵編隊に向かって行く。
ドローンは一機一機が個別に誘導されているわけではない。そんなイージス艦みたいなシステムが安価に実現できるはずもない。適当に敵の密度の高い所に集団ごと向かわせて自立飛行で体当たりさせるだけなのだ。
そもそも百発百中なんて期待すらされていない。撃ち漏らした敵は後続部隊に対処させる。一方で体当たりに失敗した機体はそのまま進んで敵の第二波に向かわせる。その程度の低スペック機なんだからしょうがない。
「天満さん。レーダーは積んでいないって言ってましたね。霧や夜の時はどうするんですか?」
「羽曳野艦長。私をからかってるんですか? 第二次世界大戦レベルの敵が霧の中や夜間に雷撃を仕掛けて来ますかねえ? まあ、万一の時は皆さんの高価な近代兵器に頼るしかありません。これはそういう割り切った仕様の兵器なんですから」
「……」
何か知らんけどムカつく言い方する奴だなあ。羽曳野艦長は黙って唇を噛む事しか出来なかった。
万一に備えて皆で揃ってCICへと降りる。大きなモニターには超望遠で撮られた映像が映っていた。零戦五二型みたいな戦闘機、九九式艦爆みたいな雷撃機、九七式艦攻みたいな攻撃機。みんな旧日本海軍機にくりそつ(死語)だ。
権利関係とか大丈夫なんだろうか。後で揉めなきゃ良いけれど。天満は他人事ながら気になってしょうがない。
相対速度五百キロほどで近付いて行くグラ・バルカス雷撃隊と自爆ドローンは二十分ほど掛かって接触した。護衛隊群からの距離は五十キロと言った所だ。
モニターの中で小さな爆発が次々と起こった。
「「「汚え花火だ!!!」」」
全員が口々に吐き捨てる。もうちょっと綺麗に出来ない物かなあ。たとえば総火演の富士山型曳下射撃みたいな感じでさ。
それか、いろんな金属を混ぜれば炎色反応が楽しめるんじゃね? たとえば銅だったら青緑、ナトリウムなら黄色、カルシウムはオレンジ色だ。花火で定番の様に使われているのは深い赤の紅色を出すストロンチウム、青緑の銅、黄のナトリウム、黄緑のバリウムあたりだろうか。
よし、次の会議で提案して見よう。天満は心の中のメモ帳に書き込んだ。
敵は数十機の編隊に分かれているらしい。ひい、ふう、みい…… 指折り数えてみるが半分近くの敵は撃ち漏らしたらしい。だが、このくらいは想定内だ。第二波、第三話が情け容赦なく敵を撃破して行く。
「敵は回避行動を取っていないようですね。もしかして向こうからは見えていなんですか? 天満さん」
「半透明で乳白色の機体を内部からLED照明で照らしていましてね。背景と溶け込むように明るさや色をリアルタイムで変化させてるんですよ。いわばカメレオンみたいな感じです。このアイディアは第二次世界大戦中にイギリス軍が実用化していたそうですね。Uボート狩りで猛威を振るったんだとか。ちなみに特許権はとっくに切れています。だからタダで真似できるんですよ」
「ふ、ふぅ~ん。どうやら我々の出番は無さそうですね」
「高価なミサイルが節約できるんです。良かったじゃないですか」
「……」
ちょっと艦長が不機嫌そうにしている。敏感に空気を察した副長が咄嗟にフォローを入れた。
「どうやら敵は壊滅したようですね。逃げ帰って行く奴もいますけど」
「たぶん戦闘機でしょうね。雷撃隊が壊滅した段階で作戦失敗は確定ですから」
「自爆ドローンの命中率は五分五分といったところですかね。まあ、デビュー戦にしては上々ですよ。ちなみにミサイルと比べた場合、こいつには大きなメリットがあるんですよ。何だと思います? どうしても知りたいって言うんなら教えてあげないこともないですよ?」
「…… うわぁ~い、知りたいなぁ~ これで満足ですか?」
不承不承といった顔の副長が棒読みで答えてくれた。
「ミサイルは外れたらお仕舞いでしょう? でも、敵に命中しなかったドローンは回収することが出来るんですよ。バッテリーだけ交換すれば再利用が可能なんです。だから若干多めに発射しても無駄にはならないんですよね」
「ふ、ふぅ~ん」
帰還して来た自爆ドローンがプロダクトタンカー『プリンセスダイヤモンド』の甲板に次々と着艦する。高度に自動化された回収装置が全く人手を介さずに艦内へと収納して……
その瞬間、船の前方で小さな爆炎が上がった。次々と連鎖的に爆発が起こる。数秒後、耳を劈くような轟音がイージス艦まやのCICにまで届いた。
一同が揃って呆然とするなか、一足早く立ち直った天満が両手をポンと打ち鳴らす。
「やっぱりねえ、あんな危険な爆発物を回収するのはリスクが高すぎると思っていたんですよ。失敗、失敗。さあ、気持ちを切り替えて次に行きましょう」
「天満さん、あの船は大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫なんじゃないですかね? たぶんですけど。自動消化装置は正常に作動しているみたいですから放っといても構わんでしょう。って言うか、我々に手伝えることも無さそうですし」
「そ、そうなんですか? まあ、天満さんがそう思うんならそうなんでしょう。天満さんの中ではね……」
黒煙を上げ続けるプリンセスダイヤモンドを放置して護衛隊群は海峡内を南西方向へ向かって進んだ。