常識を犠牲にして大日本帝国を特殊召喚   作:スカツド

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第22話 煌めけ!核の炎

 グレードアトラスターの艦長ラクスタルは相も変わらず五百ミリの装甲板に護られた防御指揮所に立て籠もって震えていた。

 先ほどの無線の直後から砲撃は止んでいる。だけども『かくへいき』とやらはいったい何なんだろう。

 とにもかくにも敵がそれを使ったら速攻でUターンして逃げ帰る。たったそれだけの簡単なお仕事だ。問題はそれまで生きていられるかどうかなんだけれども。

 小首を傾げた女外交官シエリアが一同を代表するように口を開いた。

 

「やはりその『かくへいき』とやらは『かく』の兵器なんだろうか?」

「恐らくはそうでしょうな。『か』の『くへいき』や『かくへ』の『いき』とは考え難いでしょう」

「大穴で『かくへい』の『き』って線はありませんか?」

「本命はやはり『かく』の『へいき』だな。んで、対抗が『か』の『くへいき』だ。単穴は『かくへ』の『いき』で大穴は『か』の『くへいき』かな。さあ、張った張った!」

 

 ラクスタルは艦長の権限でもって胴元を買って出た。

 

「オッズはどうなってるんですか?」

「それは皆が何にどれだけ賭けるか次第だよ」

「うぅ~ん…… ここは一つ、大穴を狙ってみるかな?」

「って言うか、これって賭けが成立するんですかねえ。皆さんは何に賭けるんですか?」

「俺はやっぱ本命だな」

「私は単穴を選ばせてもらおう」

「んじゃ残り福ってことで私は対抗でお願いします」

 

 そんなこんなで今日もグレードアトラスターは和気藹々とした空気に包まれていたのであった。

 

 

 

 

 

 イージス艦まやのCICでは四井アーマメントシステムズの天満が慌ただしく無線で指示を飛ばしていた。

 プリンセスエメラルドの甲板上に置かれていた二両の19式装輪自走155mmりゅう弾砲は既に隅っこの方に引っ込んでいる。

 代わりに引っ張り出された超大型ドローンにはコンテナから大きな荷物が遠隔操作で搭載された。何せプルトニウム240の自発核分裂は半端無いのだ。放射線の危険が危ない。

 

 双眼鏡から目を離した羽曳野艦長はゆっくり振り返ると口を開いた。

 

「天満さん。あれがその核兵器…… じゃなかった、核分裂発破? でしたっけ? 意外と大きいですね。さぞかしお高いんでしょう?」

「それが案外と安く作れたんですよ。何せ動燃が持て余してたプルトニウム240をタダ同然で買い叩けましたからね。と思いきや、意外と反射材のベリリウムの方が高く付きました。転移前まではキロ百万円でお釣りが来たんですよ。ところがアメリカと中国に頼り切っていたせいで物凄い値上がりしてましてね。百発作ったんですけど単価は安いフェラーリが買えるくらいでしたよ。早くこの世界でベリリウム鉱山を探さないと先々が大変そうです」

「ふ、ふぅ~ん。重さはどれくらいですか? プルトニウムって随分と重いんでしょう?」

「反射材とタンパーを使っても臨界量が四十キロですからね。それと電気ストーブに匹敵する自発核分裂の発熱を冷やすためにペルチェ素子とヒートパイプやヒートシンク、空冷ファンも付けなきゃなりません。高性能火薬もたっぷりと使っていますしね。全部を引っ包めて二百キロにもなりましたよ」

「それをあのドローンで運ぶんですか? って言うか随分と大きなドローンですね。人が乗れそうですよ」

「普通に乗れますね。ノルウェー製のペイロードが二百二十五キロもあるドローンですから。滞空時間は四十五分。一千万円以上もするので使い捨てには出来ませんけど。さて、そろそろ発進しますよ」

 

 重そうな核爆弾…… じゃなかった、核分裂発破を搭載した超大型ドローンがプリンセスエメラルドの甲板からよたよたと発進する。グラ・バルカス戦艦に向かって飛んで行くドローンの背中は重き荷を背負いて遠き道を行くが如しといった感じだった。

 

 

 

 

 

「前方より航空機が接近して来ます! 随分と奇妙な形をしています。大きさが分かりませんので距離、高度、速度ともに不明!」

 

 狭苦しいグレードアトラスターの防御指揮所に対空見張り員の声が響き渡る。

 艦長ラクスタルは見張り員に代わってもらうと備え付けの十五センチ双眼鏡を覗き込んだ。

 

「うぅ~ん…… もしかしてあれが『かくへいき』なんだろうか。たぶんそうなんだろうな」

「撃ち落としてはいかがでしょう」

「距離も分からんのにか? しかし何もせんわけにもいかんぞ。電波妨害を受けているとは言え、近接信管が作動する可能性はあるな。適当に角度を変えながら対空砲弾を撃ってみろ」

「了解!」

 

 待つこと暫し。四十六センチ砲が次々と発射された。だが、近接信管は作動せず砲弾は虚しく海へと落下する。

 敵機はあっという間に高度を落とすと海面に同化して見えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 イージス艦まやのCICでモニターを見詰めていた天満は思わず椅子からズッコケそうになった。

 まさか敵戦艦が主砲を撃って来るとは思ってもいなかったからだ。

 慌ててドローンの高度を落とすと匍匐飛行させる。幸いなことに四十六センチ砲弾は掠りもしなかった。

 不必要なリスクを冒す必要なんて全く無かったなあ。最初からこうして置けば良かったぞ。無事に済んで本当にラッキーだった。

 グラ・バルカス戦艦までの距離は五十五キロほどだ。二十五ノットで向かってくる戦艦に向かってドローンは時速百五十キロで飛行する。所要時間は? 何だか小学生の算数みたいだぞ。

 えぇ~っと…… 十七分くらいなのか? 違ってたら格好悪いなあ。そんなことを天満が考えている間にもドローンは目標地点に辿り着いた。

 

「核分裂発破の分離成功。ドローンを退避させます」

「了解。全速で帰還させてくれ」

 

 問題はどの程度の距離で起爆させるかだな。天満は小首を傾げて考え込む。って言うか、飛んでいる間に考えておけば良かったなあ。後悔するが時すでに遅しだ。

 確かクロスロード作戦の時、重巡プリンツオイゲンの位置は空中爆発のエイブル実験が千百百十四ヤード、水中爆発のベイカー実験が千九百九十ヤードだったらしい。

 二十一キロトンの核爆発を受けてその距離で沈まなかったんだ。大和モドキのグラ・バルカス戦艦がそれ以上の防御力を持っているのは間違いない。って言うか、クロスロード実験の結果として得られたのは核兵器で艦船を撃沈するのは困難という結論だったのだ。

 もしかしてこの実験、やらなくても良かったんじゃね? 例に寄って例の如く、後悔するが後の祭りだなあ。なんだかもう、どうでも良くなってきたぞ。

 

「距離千メートル!」

 

 無線からの声に天満の意識が現実に引き戻された。

 

「ぽちっとな!」

 

 天満は反射的にエンターキーを押してしまう。しかしなにも起こらなかった!

 

 

 

 

 

「さっきの敵機はいったい何だったんだろな?」

「もしかしてアレが『かくへいき』だったのかも知れませんよ」

「だとしたら『かくへいき』恐れるに足らずだな。対空砲弾に恐れをなして逃げ帰るとは思いもしなかったぞ」

 

 狭苦しいグレードアトラスターの防御指揮所は先ほどとは打って変わって明るい雰囲気に包まれていた。あんな物にビビっていたとは我ながらちょっと…… 物凄く恥ずかしいぞ。皆の顔にも笑顔が戻ってくる。

 それはそうとアレが『かくへいき』だったとすれば用事は済んだんじゃね? もう帰っても良いんじゃなかろうか。誰が言い出すともなく一同の間にそんな空気が漂い始めて……

 その時ふしぎなことがおこった。前方海上に何かが浮いているぞ。アレが、アレこそが『かくへいき』なんじゃね? だったら近付くのは危険が危ない!

 

「避けろ、避けろ、避けろ!」

「面舵? 取舵? どっちにですか?」

「そんなんどっちでも良いから~!」

 

 だが、グレードアトラスターの転舵後の追従性は非常に悪い。舵を切っても九十秒も空走してしまうのだ。それに回頭すると急激に速度が落ちてしまうらしい。

 そんなわけで可哀想な巨大戦艦は『かくへいき』に向かって一直線に進んで行った。

 

 

 

 

 

 一方そのころイージス艦まやのCICは蜂の巣を突いた様な騒ぎになっていた。

 まあ、普通はそんな馬鹿な事をする奴はいないんだろうけれども。ホームセンターで合成ピレスロイド系の蜂専用殺虫剤を使うことを強くお勧めする。

 

 四井アーマメントシステムズの天満は貧乏ゆすりをしながらうめき声を上げた。

 

「このままでは核兵器…… じゃなかった、核分裂発破が敵に鹵獲されていまいますよ。もしアレを解析されてコピーでもされたら大変なことになっちまう! 羽曳野艦長、何とかなりませんか?」

「そ、そうは言われましてもねえ。五十五キロも離れてるんですよ。天満さんこそさっきの百五十五ミリ榴弾砲を使ったら良いんじゃないですか?」

「アレはもう片付けちゃったんですよ。今から引っ張り出してセッティングしようと思ったら五分は掛かちゃいます。取り敢えずSSM-2でも撃ち込んでもらえませんか? 時間稼ぎくらいにはなるでしょう」

「いやいや、SSM-2だってあそこまで届くのに三分くらい掛かりますよ。それに、そんなことに一億円のミサイルは使えません。貴重な血税なんですから。だったら、だったらもう……」

 

 羽曳野艦長は頭をフル回転させて無い知恵を絞る。しかしなにもおもいつかなかった!

 保身の事で頭が一杯の天満も灰色の脳細胞にオーバーブーストを掛ける。

 

「た、確か潜水艦がいましたよね? あいつは今どこにいるんでしょう? 近くにいるんなら魚雷で沈めてもらえませんか?」

「潜水艦の位置は我々にも分かりません。それに指揮系統が違うので直接連絡を取ることもできません」

「いやいやいや、どこにいるかも分からんのですか? まさか、すぐそばに潜航しているなんてことはないでしょうね? それって危ないですやん!」

「ほ、本当だ……」

 

 

 

 CICに集う連中がそんな馬鹿げた遣り取りをしている間にも不発に終わった核分裂発破の内部では異変が起こっていた。

 そもそも爆発が起こらなかった原因はプルトニウム240の自発核分裂が原因だったのだ。発生した大量の放射線と熱を受けた電子装置は早い段階で死んでいた。更に排熱が追いつかなかった結果、ファンまでもが死亡してしまう。そのために内部に籠もった熱で火薬の温度はどんどん上昇して行き…… 遂には勝手に爆発してしまった!

 無論その爆発はナノセカンド単位で設定された理想的な爆発からは程遠い。だが、コアの中心に置かれた二グラムの重水素と三グラムの三重水素によって補われる。核融合によって発生した大量の高速中性子が過早爆発で飛び散ろうとするプルトニウム240原子核に衝突して核分裂を起こしてくれるのだ。結果的にこの失敗核爆発は二十キロトンほどの核出力を放出した。

 

 

 

 イージス艦まやのCICにあるモニターに眩いばかりに煌めく光が映った。

 天満は思わず目を反らす。失明する恐れがあるかも知れん。いやいや、モニターに映ってるだけだから心配は無いか。

 数瞬の後、それに気が付いた天満はモニターに視線を戻す。画面の中ではゆっくりとキノコ雲が立ち上って行く所であった。

 

「やったぁ~!」

 

 面倒事を一気に解決してくれた核爆発に感謝の念を込めて天満は絶叫する。

 

「成功ですね。本当におめでとうございます」

「いやいや、良かったですね。肝を冷やしましたよ」

「しかしこれで何が原因だったのかさぱ~り分からなくなりましたね」

「とは言え、もしアレを不発弾として回収しようとしていたら今ごろどうなっていたか分かりませんよ」

 

 CICに集う多幸感に包まれた面々たちの脳内からは潜水艦きょうりゅうのことは綺麗さっぱ忘れ去られていた。

 

 

 

 

 

 グレードアトラスターから東に五キロほど離れた所で潜水艦きょうりゅうは死んだふりのように無音潜航していた。

 核爆発から三秒ほど後、水測員が顔を顰めた。音が水中伝わる速度は秒速千五百メートルくらいなのだ。

 

「な、何だったんでしょうね。今のは?」

「分からん、さぱ~り分からん」

「な、な、なんじゃありゃ~ぁ! キ、キノコ雲だぞ! 面舵いっぱい、急げ~!」

 

 潜望鏡を覗いていた艦長が絶叫する。

 

「面舵いっぱい、急げ~!」

 

 潜水艦きょうりゅうは死に物狂いで逃げ出した。

 

 

 

 

 

「こちら神聖ミリシアル帝国、南方地方隊旗艦アルミス。日本国戦艦、聞こえるか? 応答を乞う。日本国戦艦、応答を乞う」

 

 イージス艦まやのCICに置かれた魔信から突如として声が流れて来た。

 全員からの視線を一身に集めた艦長の羽曳野は渋々といった顔でマイクを受け取る。

 

「え、えぇ~っと…… イージス艦まや艦長の羽曳野です。何か御用でしょうかな?」

「たった今、そちらの方角で非常に大きな爆……」

「そ、そ、そのことならご心配にはお呼びません。アレはアレですな。アレですよ…… グラ、グラ・バスカル…… じゃなかった、グラ・バルカス戦艦が突然に大爆発したんですね。何だか知らんけど急にバァ~って感じでですよ。信じられますか? いやあ、凄かったなあ~」

 

 羽曳野は相手の言葉を遮るように割って入ると一息に捲し立てた。

 だが、ミリシアル帝国を名乗る通信はへこたれない。淡々とした口調で話を続けて来る。

 

「当方の魔導師が先ほどの爆発は古の魔法帝国のコア魔法ではないかと疑いを持っているのだ。間近で見ておられた日本国の方々から話を聞きたい。手間を取らせて済まないが少し時間をいただけないだろうか?」

 

 まるで拝み倒すが如くに天満が両手をこすり合わせながらウィンクしている。

 その顔を見た羽曳野は苦虫を噛み潰した様な顔で魔信に向き直った。

 

「えぇ~っとですねえ、申し訳ありませんが我々はグラ・バルカスの残存艦隊を片付けに行かねばなりません。用が済んだら必ず戻って参りますので後にしていただいても宜しいか? 何だったら人質というわけではありませんがプリンセスダイヤモンドというタンカーを置いて行きましょうか?」

「いやいや、それならば致し方ないな。武運長久を祈る」

 

 羽曳野は魔信が確実に切れたのをしっかりと確認してから口を開いた。

 

「何をグズグズしてるんだ? とっととずらかるぞ。急げ、急げ、急げ!」

 

 護衛隊群は脱兎の如く逃げ出す。

 言うまでもない事だが足の遅いプリンセスエメラルドは置き去りにされた。

 


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