カルトアルパスから南に六十キロ。海峡出口から外洋に出た護衛隊群は進路を西へと向けた。
グラ・バルカス艦隊を叩いて見せる。神聖ミリシアル帝国の連中にそんな大見得を切った手前、戦う振りだけでもしておかなければならん。
言ってみればアリバイ作りのためだけに行動している様なものなのだ。
艦長の羽曳野は人を小馬鹿にした様な笑みを浮かべると四井アーマメントシステムズの天満に話し掛けた。
「天満さん。とうとうプリンセスダイヤモンドに続いてプリンセスエメラルドまで失ってしまいましたね。これからどうするつもりなんですか?」
「いやいやいや! 失ってない、失ってない。失っていませんから。ちょいとばかし船足を落としてやれば直ぐに追い付いてきますって。それよりアレはどうなってますかな? アレですよアレ。ほら、グラ・バルカスの残存艦隊はどこで何をしているんでしょうね?」
「えぇ~っと…… 方位二百六十五度、距離六十五海里、数は三十隻ほどですな。二十六ノットくらいで真っ直ぐ向かって来ていますよ」
「さっきは航空機を二百機ほど出して来ましたから正規空母なら最低でも三隻ですね。まあ、雷撃機は壊滅しているんでしょうけれど。それとミリシアルからの情報によれば最低でも戦艦一隻、重巡二隻、軽巡二、駆逐艦四が確認されているそうですよ」
羽曳野艦長の情報を生駒副長が補足する。補足したのだが…… さぱ~り分からんのですけど!
「正体不明の艦艇が二十隻以上もいるわけですか? もうちょっと詳しい事が分かりませんかねえ?」
「ヘリからの映像を見た感じでは四隻目の空母がいるようですよ。戦艦は二隻、重巡と軽巡の見分けは付きませんがそれっぽいのがひい、ふう、みい…… 十隻くらい? 残りは駆逐艦でしょうか。十四隻ほどいますね。影になってたらもう何隻かいるかも知れませんけど」
「奴らにも重巡と軽巡の区別なんてあるんですかね? あれってロンドン軍縮条約の産物でしょう? もしかして駆逐艦も一等や二等に別れてるのかも知れませんよ」
気になるのはそこかよ~! 艦長と副長が繰り広げるピントのズレた会話に天満は呆れるばかりだ。だが、こうしてはおれん。手のひらを交差させてTの字を作ると話に割り込んだ。
「艦長、すぐにSSM-2で空母を攻撃しちゃいましょう。また雷撃機がきたらミサイルが勿体ないですもん。艦載機が発艦する前に空母を無力化しなくちゃなりません」
「そうですね。一隻に五発ずつくらい撃っときましょうか?」
「ちょっと待って下さいな。別に沈めたいわけじゃないんですから。二発で十分ですよ」
天満はブレードランナーの名セリフをさり気なく混ぜ込む事に成功する。
だが、羽曳野艦長と生駒副長は拾ってくれなかった。
「だったら間を取って四発でどうじゃろう?」
「いやいや、二と五の間は四じゃありませんから」
「ならば三発で良いんじゃね? それか、二発、三発、四発、五発と撃ち分けるか?」
駄目だこいつら、早く何とかしないと…… 天満は自分の事を棚に上げて頭を抱え込む。
だが、捨てる神あれば拾う神あり。突如として魔信から…… いや、普通の通信機から声が聞こえて来たのだ。
「こちらプリンセスダイヤモンド。ようやく消火が完了しました。これより現場に復帰します」
「おお、守口君! 良かった、生きてたんだね。てっきり死んだかと思っていたよ」
「天満さん、勝手に殺さんで下さいな。カタパルトは右側の十レーンが使用可能です。さっきのリベンジマッチと行きましょうよ」
「そうだな。やられたらやり返す、倍返しだ!」
言うに事欠いてリベンジだと! お前らが勝手に事故ったんだろうに。羽曳野艦長は心の中で嘲笑うが決して顔には出さない。
そうこうしている間に通信を終えた四井アーマメントシステムズの天満が振り返った。
「羽曳野艦長、そんなわけです。少し船足を落としてもらえますか。プリンセスダイヤモンドとプリンセスエメラルドを合流させましょう」
「良かった良かった。これでようやく本来の姿に戻れましたね。もしかして当初の計画通りにテストが行えるんじゃないですか?」
「それもそうですね。だったらこのさい空母…… じゃなかったヘリコプター搭載護衛艦ひよりからF-35Bを上げてLJDAMで空母を無力化してもらいましょうよ。その方が安上がりですし」
実際にはそう単純な話でもない。ミサイルより爆弾が安いというのは確かな事実だ。しかし戦闘機を飛ばすのには結構な手間暇とコストが掛かるのだ。特にF-35Bは複雑な構造が災いして整備性が非常に悪い。飛行コストが高い事で有名なF-22よりかはマシだけれども。それに万一にも事故られたら百億円もの大損害になる。
だが、天満は不都合な現実から目を反らせる。羽曳野艦長や生駒副長はそれに気付く。しかし武士の情けと言う奴だろうか。敢えて黙ってスルーしてくれた。
外部ハードポイントに二千ポンドLJDAMを二発ずつぶら下げたF-35Bが四機、スキージャンプで次々と発艦して行く。F-35Bの胴体内兵器倉は狭いから二千ポンドの奴は入らないのだ。
重そうに爆弾を抱えた機体が上昇して行く。双眼鏡から目を離した天満が口を開いた。
「偵察衛星から得られた情報を元に当社が行った分析ではグラ・バルカスの作戦艦艇数は第二次世界大戦末のアメリカを上回る可能性があるようです。そうすると戦艦が二十隻以上、正規空母は三十隻くらい、護衛空母というか軽空母というか…… とにかくそんな奴が百隻弱と思われます。重巡洋艦と軽巡洋艦の区別が良く分かりませんが合わせて百隻と少々、駆逐艦も八百隻を超えるでしょう」
「自衛隊でもそれに近い想定をしています。とにもかくにも膨大な数ですね。特に空母の多さが厄介な事この上ないですよ」
「仮に正規空母が八十機、護衛空母が三十機の艦載機を乗せていたとしたら合わせて五千四百機を相手にしなけりゃなりません。実際の戦争でも例えば1944年10月10日の沖縄空襲では米軍の延べ出撃機数は千三百九十六機にも達しています。こんなのを真面目に相手をしていたら何千億円掛かるか知れません」
「そこで発艦前に空母を無力化する。当たり前過ぎて面白みには欠けますが堅実な作戦ですね。後は敵空母の防御力がこちらの想定を上回るのか、あるいは下回るか。それが問題ですが」
「不沈空母みたいに頑丈なのか。はたまた大鳳や信濃みたいにあっけなく沈んじまうのか。皆さん、どっちに賭けますか? さあ、張った張った!」
例に寄って例の如く、イージス艦まやのCICでは賭場が始まってしまった。
僅か十分ほどでF-35Bは敵艦隊まで十五海里の距離に近付く。大きな爆弾を外部ハードポイントに搭載しているのでステルス性は大きく損なわれているはずだ。だが、ひよりが強力なECMを掛けてくれているので敵のレーダーには映っていない。いないはずだったのだが…… 敵空母から艦載機が発艦を始めた!
どうやら敵の見張員の能力を過小評価していたらしい。って言うか、レーダーが使えなくなったら誰だって死に物狂いで対空監視を強化するだろう。そんな事に気付かないとは焼きが回ったな。後悔するが例に寄って後の祭りだ。
とは言え、F-35Bは一万メートル以上を飛行している。十分掛かっても六千メートルまでしか上昇できない零戦モドキに何が出来るわけでもなかった。
投下されたLJDAMは空中を滑るように滑空する。まあ、だからこそ滑空って言うんだけれども。
そう言えば、滑腔砲の事を間違えて滑空砲って言っちゃう人って結構多いよなあ。
その瞬間、モニターに映った敵空母群に次々と巨大な火柱が上がった。
例に寄って例の如く、妄想世界に現実逃避していた天満の意識が一気に現実に引き戻される。
爆弾か魚雷に誘爆でもしたんだろうか。大爆発と共に真っ二つになって沈む空母。
徐々に傾いたかと思ったらくるりと転覆する空母。
航空燃料にでも引火したらしく地獄の業火の様に火達磨になる空母。
ゆっくりと普通に沈んで行く空母。
みんな違ってみんないい。いやいやいや、あかんやん!
「な、なんちゅう脆い船じゃ……」
天満は映画のナウシカでミトが言った名セリフを力なく口にするのが精一杯だ。
あまりの落ち込み様に羽曳野艦長が気を使って声を掛けて来てくれた。
「こんなんじゃテストになりませんな。千ポンド爆弾にしておけば良かったですね。次からはそうしましょう」
「今ごろになってそんな事を言わんで下さいよ、羽曳野艦長。貴重なサンプルを無駄にしてしまったじゃないですか!」
「まあまあまあ。機嫌を治して下さいな、天満さん。グラ・バルカス空母に二千ポンド爆弾は過剰だった。そういうデーターが取れたんです。胸を張って良いですよ」
「他人事だと思って……」
そんな馬鹿な話をしている間にもグラ・バルカス艦隊が近付いて来る。四隻の空母を瞬殺されたというのに彼らに撤退の二文字は無いらしい。
一旦は輪形陣を解いたと思ったらすぐに二隻の戦艦を中心とした輪形陣を組み直した。
助かったぁ~! 逃げられたらどうしようかと冷や冷やしていた天満はほっと安堵の胸を撫で下ろす。
プリンセスエメラルドの甲板上では二両の19式装輪自走155mmりゅう弾砲が引っ張り出されてスタンバイする。
天満は念には念を入れて全ての艦が五十キロ以内に入るまで攻撃を加えなかった。
「それじゃあ住吉君、予定通り頼むよ。まずは遠い順に駆逐艦に一発ずつ。それが済んだら軽巡に三発、重巡に五発。最後に二隻の戦艦が沈黙するまで撃ちまくるんだ。さあ、ガンガン行ってくれ!」
「アイアイサ~!」
一分弱で駆逐艦が壊滅する。巡洋艦を始末するには四分ほど掛かった。二門の155mmりゅう弾砲が競うように二隻の戦艦に砲弾を撃ち込み続ける。
この期に及んでも戦艦は撤退する気が無いようだ。これは戦艦の耐久度テストのリベンジが出来るかも分からんな。天満は一人でほくそ笑む。
その時、ふしぎなことがおこった。レーダーが北東から近付く飛行編隊を捉えたのだ。
「方位五十五、距離六十海里、高度二千フィート、二百五十ノット、数は三十機ほど。グラ・バルカス艦隊…… って言うか、戦艦二隻に向かっていると思われます」
「グラ・バルカスの援軍でしょうか? どうして突如として現れたんですかね?」
「半島の稜線を超えて来たんですよ。湾内に敵の空母がいるはずがありません。速度から考えてもムーのマリン改でしょうね。接触まで二十分くらいです」
頼まれもしないというのに生駒副長が解説役を買って出てくれた。天満は軽く頷いて謝意を示す。
だが、悪い知らせは重なる物だ。レーダー員は振り返りもせず、ぶっきらぼうに続けた。
「それと東方海上からミリシアルと思しき艦隊が三十ノットで接近中です。約二十隻。こちらも半島の影になっていた様ですね」
「うぅ~ん、戦艦は連中に譲りますか。あいつらだって手柄が欲しいでしょうし」
「そうですね。どうせ榴弾砲で戦艦は沈められません。かと言って、あんな危なっかしい核兵器を使う気にもなりません。住吉君、レーダー、測距儀、対空兵器を潰してくれるかな。止めはムーとミリシアルに譲ることになったんだ」
「そ、そうですか。まあ、ちょうど飽きて来たところだったんで助かりましたよ」
約十五分の間に百五十発ほどの榴弾を叩き込まれた二隻の戦艦は若干スピードを落としながらも東へ東へと進んで来る。一体、何が彼らを突き動かしているんだろうか。謎は深まるばかりだ。
砲撃が止んで暫しの静寂が訪れた。入れ替わる様に現れたムーの戦闘機は緩降下で時速六百五十キロくらいまで加速するとグラ・バルカス戦艦を後ろから追い越す。
まずは様子見という事なんだろうか。銃撃も爆撃も加えない。更にもう一機が艦橋を掠めるように追い越して行く。グラ・バルカス戦艦は沈黙を続けている。
どうやら完全に対空戦闘能力を喪失しているらしい。ムー戦闘機はそう判断したんだろうか。それまでよりずっと低空低速で近付くと大きな爆弾状の物体を投下した。
煙突付近に落下した物体はナパーム弾の類だったようだ。激しい炎を上げて燃え上がる。
「そうか、その手があったか!」
お茶を飲みながらCICのモニターに映る映像を眺めていた天満は思わず大声を出してしまった。
お茶請けのかりんとうを口に放り込みながら羽曳野艦長も相槌を打つ。
「焼夷弾やナパーム弾なんて今どきの軍隊は使いませんもんね。盲点でしたよ。アレならコストも安いですしね。ガソリンに増粘剤と界面活性剤を混ぜただけなんでしたっけ?」
「そうですね。外側はあり物で十分でしょう。誘導はLJDAMを使えば良いんですし」
そんな話をしている間にも二隻の戦艦は完全に炎に包まれてしまった。あれでは中の人は蒸し焼きだろうな。万一、熱に耐えられても酸欠になりそうだし。どうせ死ぬにしてもあんな死に方だけは勘弁して欲しいよなあ。
羽曳野艦長がそんな事を考えていると東方からようやくミリシアル艦隊が姿を現す。
ほぼ同時に魔信から声が聞こえて来た。
「日本艦隊の健闘を称える。後は我が艦隊に任せて高みの見物でもされるが宜しかろう」
ミリシアル艦隊は火達磨になったグラ・バルカス戦艦に情け容赦なく砲弾を撃ち込む。
だが、余りにも強い火勢でもはや命中しているのかどうかすら良く分からない。
もう誰の目から見ても戦闘は終わっているんですけれど。これぞ見事なまでの死体蹴りだな。
天満は心の中で嘲り笑う。だが、空気を読んで口には出さなかった。