常識を犠牲にして大日本帝国を特殊召喚   作:スカツド

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第三話 ノックは無用

ロウリア王国 ワイバーン本陣

 

 敵艦見ユ! の報を受けた三百五十騎が攻撃へ飛び立ってから三時間が経過する。

 もうすぐお昼ご飯なんだけどなあ。先に食べちゃったらあいつら怒るだろうか。怒るんだろうなあ。

 だけど折角の美味しいご飯が冷めちゃったら不味くなるしなあ。

 司令部をそんな重苦しい雰囲気が支配していた。

 

 どうして通信が届かないんだろう? もしかして別の所で食べてるんじゃなかろうな。段々と司令部要員たちの顔が殺気立ってくる。

 

 「もう先に食べちゃおうか?」

 

 司令官に意見できる奴などいない。

 

 「……昼食は十二時丁度に食べると食堂に伝えろ」

 

 司令官は決断を下す。

 

 

 

 ワイバーンたちは夕食の時間になっても帰ってこなかった。

 

 

 

 

 

中央歴1639年4月30日 クワトイネ公国 政治部会 

 

「以上がロデニウス大陸沖大海戦の戦果報告になります」

 

 重要参考人として呼び出された観戦武官ブルーアイはドヤ顔で顎をしゃくると報告を終えた。

 

 ちなみに『~になります』という言い方はコンビニ敬語とかバイト敬語とか言われて間違っているように言われることが多い。だが、辞書によると『~になります』という表現には『~に相当する』という意味もある。だからこの場合は間違っているとは言えないのだ。

 

 政治部会のお歴々は黙ったまま配られた資料を穴の開くほど見つめている。

 

「うぅ~ん…… すると何だ? 日本の船はただの一隻でロウリア艦隊四千四百隻を焼き払い、ワイバーン三百五十騎を退け、ついでに船には何の損害も無かったと言いたいのか? 死傷者なしって書いてあるけど誰も死ななかったと申すか!? 我が艦隊の出る幕は無かったと……」

「たったいま、そう言いましたよね? もしかして私の話は難しかったですか?」

 

 ブルーアイは人を小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。だが、政治局員には皮肉が通じなかったらしい。眉を釣り上げると不快そうに舌打ちした。

 

「そんな馬鹿げた話が信じれれるか! ここは神聖なる政治部会だぞ。嘘も方便…… じゃなかった、嘘も大概にしたまえ!」

 

 ちなみに『嘘も方便』の方便というのはお国言葉という意味ではない。本来は仏教用語で『仏様が衆生を教え導くために使う便宜的な方法」という意味なのだ。

 

「外務卿! そもそも連中には必要最低限度の戦力しか無いんじゃなかったのか?」

 

 どっかの馬鹿が野次を飛ばす。速記者は律儀にそれを書き留めている。

 

 本当ならばロウリアの攻勢を凌げたんだからラッキーな話だ。国の滅亡がちょっとだけでも伸びたんだから嬉しくないはずがない。だが、スケールが極端過ぎて素直に喜ぶことができないのだ。

 

 小さくため息をついた首相カナタが口を開く。

 

「どっちにしろ海からの侵攻は撃退できた。まだ何隻かは残ってるかも知らんけどな。だけどこんだけコテンパンにやられたら当分は再起不能だろう。船は作れても船員の養成には時間が掛かるもん。んで? 陸の方はどんな感じだ、軍務卿」

「偵察によればロウリア王国はギム周辺に陣地を構築しているようです。艦隊が壊滅した以上、彼らには地上部隊による侵攻しか選択肢がありません。ですが、時が経てば経つほど兵糧が苦しくなる。時間は我々の味方です」

 

 軍務卿は言葉を区切ると勿体ぶった表情で全員の顔をぐるりと見回した。

 

「四井の動向についてですが四井商事とやらが首都クワ・トイネから西へ三十キロにあるダイタル平野に縦横三キロ四方の借地権を求めてきております」

「ギムと首都の間だと? 陣地か何かを築くつもりじゃなかろうな?」

「それが…… 富田林支店長の話によればレジャーランドを建設したいとの話です。首都近郊には遊戯施設が無いからビジネスチャンスだとか何とか」

「な、な、何じゃと?! 敵が砦を築いておる目と鼻の先に遊戯施設じゃと? 気は確かなのか?」

 

 椅子からズッコケそうになった首相カナタがテーブルに肘を付いて体勢を立て直す。

 軍務卿は手元の書類にチラリと目をやるとぶっきらぼうに答えた。

 

「地価が下がっている今がチャンスだと申しておられました。如何致しましょうか?」

「あの辺りは人っ子一人おらぬ原野で土地も痩せておったか…… 宜しい、外務卿。四井商事にレジャーランド建設の許可を与えよ。ロデニウスで一番の見事なるレジャーランドを作って見せよと伝えるのじゃ」

 

 

 

 この戦時下に不謹慎な。政治部会内にはそんな反発もあった。

 だが、四井の力が無ければロウリアに対抗できない。それに三キロ四方のレジャーランドってどんなんだろう。本音を言えば誰もが楽しみで楽しみでしょうがないのだ。

 そんなわけで日本の要請を断る理由は特に無い。数日後、そこに四井商事が一大レジャーランドを建設することになった。

 

 

 

 

 

ロウリア王国 王都 ジン・ハーク ハーク城

 

 第三十四代ロウリア王国、大王、ハーク・ロウリア三十四世はベッドの中で頭を抱えていた。

 この歳にもなっておねしょをしてしまうとは情けない。寝る前に水を飲みすぎたのが敗因だろうか。

 いやいや、敗因の分析はどうでも良い。それよりも『今そこにある危機』を何とかしなければ。

 ドライヤーを借りてきて乾かすか? でも、そんな物を何に使うんですかとか聞かれたら何て答えよう。だったら先に頭でも洗うか? いやいや、朝シャンだなんてJKじゃあるまいし。

 しょうがない、ベッドで水を飲んでいて溢しちゃったってことにしよう。水、水、水…… そんな物ないやん! どうすれバインダ~! 

 大王の心の中の絶叫は誰の耳に届くこともなかった。

 

 

 

 

 

第三文明圏 列強国 パーパルディア皇国 

 

 辛気臭い部屋の中、光の精霊だかなんだかの力でガラス玉がオレンジ色にぼんやり光る。壁に映った影は二つ。膝を突き合わせるように近い距離で男たちは国家の趨勢に纏わる話で盛り上がっていた。

 

「四井? 聞いたことも無い名前だな……」

「ロデニウス大陸の北東にある島国です。っていうか、そこにある総合商社だそうです」

「いやいや、そんなん報告書を見たら分かるけどさ。ちょっと前までそんな所に島なんてあったっけ? なかったような気がするんだけどなあ。そもそもロデニウスから千キロくらいなら誰も気が付かないなんてあり得るか? あり得んだろ?」

「あの辺りは海流も風も酷いから船の難所とか何とか。誰だって近寄りたくもないんでしょう」

「とは言え、ロウリア王国の四千四百隻を焼き払うとは。なんぼなんでも非現実的じゃないのかな?」

「所詮は木造船。火を着けたら良く燃えるんじゃありませんか? 火矢に使う油とか満載してたのかも知れませんし」

「それにしても燃えすぎだろ! 四千四百隻だぞ。防火体勢に不備があったんじゃないのか?」

「消防検査とか無かったんでしょうかねえ。あったとしても無視してたのかも知れませんし。しょっちゅう火災報知器が鳴るからってスイッチを切っちゃうような人っているでしょう?」

「うぅ~ん、どうしようもないな。とにもかくにも今回の海戦の報告書は荒唐無稽に過ぎる。こんなのを提出して馬鹿かと思われたら嫌だし。真偽が確認されるまで陛下への報告は無期延期だ」

「御意」

 

 

 

 

 

城塞都市エジェイから西に十数キロの地点

 

 ロデニウス沖大海戦…… って言うか、大虐殺の一件は厳重に秘匿されていた。

 なぜならば前線兵士の士気が下がるからなんだとか。そんな取り越し苦労を他所に一部高級幹部たちは噂話に花を咲かせていた。

 

「何か変だと思わんか? 俺たちは何と戦っているんだ? 分からん、さぱ~り分からんぞ。それに威力偵察に出たホーク騎士団第十五騎馬隊の連中は何処へ行っちまったんだ?」

「ここではないどこか。じゃないですかね?」

 

 東部諸侯団のリーダー的ポジションに立つジューンフィルア伯爵が吐き捨てるように相槌を打つ。

 

「そうはいうがな。魔力探知に何の反応も無かったぞ。高威力魔法を使わずに百の騎兵が消えたんだぞ」

「んじゃあ何だって言うんだよ? 聞けば何でも答えが返ってくると思うな! 大人は質問に答えたりせん!」

「何だって良いじゃありませんか。魔法で殺されようと剣で殺されようと死ぬ時は一緒ですし」

「いやいや、全然全く違いますから。私はどうせ死ぬなら苦しまずに死にたいんですけど」

「そりゃそうだな。俺も馬鹿なことを言った。許せ」

「は、はあ……」

 

 ロウリア王国東部諸侯団クワトイネ先遣隊の兵約二万は東へと進軍を開始した。

 

 

 

城塞都市エジェイ

 

 この城塞都市にはクワトイネ公国軍西部方面師団が三万人ほど駐屯していた。名目上は一応クワトイネの主力ということになっている。

 

 将軍ノウの考えではロウリア軍にはこの城塞都市エジェイを落とすことはできない。なぜならば二十五メートルもの高さの防壁が全周囲にあるのだから。

 空中から攻められたどうするって? そのために精鋭のワイバーンだって五十騎もいるのだ。

 まさに難攻不落の永久堡塁。こんな物を攻めさせられるなんて罰ゲームでも嫌だなあ。そんなことを考えていると背後から声が掛かった。

 

 「ノウ将軍、四井の方々が来られました」

 

 司令部から協力せよと言われたからには協力だけはする。だけども正直を言うと自国に土足で踏み込んで来た連中のことが気にいらないのだ。

 

 我が物顔で領空侵犯して力を誇示してからの接触。嘘みたいな話だが四千四百隻のロウリア大艦隊をただの一隻で壊滅させたとか。

 

 そうは言っても陸戦は数が勝負だ。ところが先日、四井商事が連れて来たのは四井建設とかいう作業着を着た百名弱の兵力だ。って言うか、そもそも連中は兵なのか? 人足や人夫にしか見えんのだけれども。

 

 連中はエジェイから東に五キロほど離れた所にプレハブとかいう粗末な小屋を建てて生活している。

 司令部が許可を出したそうだが自国領内に外国軍? そもそも奴らは本当に軍人なのか? とにもかくにもそんな連中がのさばっているのが不快で不快でしょうがない。

 

 百名という数だって伝え聞く日本の総人口一億二千万と比べるとあり得ないほど少ない兵力だ。そもそも奴らは兵なんだろうか?

 

 とにもかくにもクワトイネを守るのは自分たちだ。奴らに出番が巡ってくることがあるだろうか? いや、無い。反語的表現! ノウ将軍はドヤ顔を浮かべた。

 

 

 

 コンコンコンコン。ドアが四回ノックされた。

 ちなみにノックに関する国際マナーでは正式なノックは四回とされている。ただし、日本では四回はちょっとしつこいと思われるので三回で済ますことが多い。

 二回ノックは失礼とされる。トイレで『空いてますか』みたいな意味で使われるからだ。

 

「どうぞお入り下さい。どうぞどうぞ、ささささ」

 

 将軍ノウは立ち上がると満面の笑みを浮かべて彼らを迎え入れる。

 将軍ともあろう者、内心でどんなに不快だろうとそれを顔に出さない位の分別は持ち合わせているのだ。

 

「失礼いたします」

 

 ぺこぺこと頭を下げながら四人の男が部屋に入ってくる。

 

「四井物産クワ・トイネ支店長の富田林です」

「四井商事の枚方です」

「四井建設の放出(はなてん)です」

「四井不動産の喜連瓜破(きれうりわり)です」

 

 

 男たちは次から次へと長方形の紙切れを差し出す。ノウ将軍も頭を下げながらそれを受け取った。

 四井グループの男たちは着の身着のままというか多種多様というかバラエティに富んだ服装をしていらっしゃる。自分が着ている気品溢れる衣装とは大違いだ。

 

 スーツとかいう服を来てネクタイとかいう細長い布切れを首に巻いた富田林。

 地味なシャツの上にやたらとポケットが沢山付いたベストを羽織った枚方。

 のっぺりした厚手の作業服を着た放出。

 動きやすそうでカジュアルっぽい喜連瓜破。

 

 みんなちがってみんないい!(by 金子みすゞ)

 

「これはこれは遠い所を良う参られましたな。某はクワトイネ公国西部方面師団将軍ノウと申します。此度の援軍、有難き幸せに存じます。感謝の言葉もございません」

 

 ノウ将軍は慇懃無礼が嫌味にならないギリギリの線を突いて行く。

 

「富田林殿、ロウリア軍は今にもエジェイへ攻め寄せて来るに違いありますまい。然れども見てもお解かりでしょう。エジェイの守りは絶対に破れません。百万の兵を持っても抜く事は叶いませぬでしょうな」

 

 ノウはまるで縦板に水のように続ける。いや、盾板だったっけ?

 

「我が国はロウリアに侵略を受けました。しかし、今が反撃の狼煙を上げる時でしょう。我々は正に振り下ろされんとする正義の(へっつい)…… じゃなかった、鉄槌。クワトイネからの反撃を担う尖兵として立ち向かう所存です。四井の兵はあなた方が建設中の遊戯施設から出ることなく後方支援をお願いしたい。ロウリア軍の相手は我らにお任せ下さい」

「こ、広報支援? あぁ~あ、広告宣伝のことですか。ばっちこ~いですぞ。面白いCMを作ってガンガン流しますから期待していて下さい」

「ご理解頂けて何よりです」

 

 四井の面々が退室する。ノウは思う。五キロも後方で支援しろって言ったのは皮肉なのだ。そんなに遠くから何か出来るのか。何も出来ない。要するに何もしないでねって意味なのだ。

 連中にはプライドってものは無いんだろうか? 無いんだろうなあ。まあ、どっちでも良いんだけれど。ノウは脳内から四井のことを追い払った。

 

 

 

 一方、四井の面々も口々に好き勝手を言っていた。

 

「ノウって面白い名前ですね」

「007にドクターノウっていたよな」

「笑い話なんですけど、それを『医者は要らない』って訳した奴がいましてね」

「なんじゃそりゃ。ノースモーキングを『私は横綱ではありません』みたいな?」

「あはははは……」

 

 

 

 

 

 ロウリア王国東部諸侯団クワトイネ先遣隊の兵二万はさながら無人の荒野を行くが如く城塞都市エジェイの西へと進撃していた。まあ、本当に無人の荒野だったんだけれども。

 

 あと三キロも進めばエジェイが見えてくるはずだ。はずなのだが…… 道に迷ってしまった!

 取り敢えずジューンフィルアたちはそこで野営することにする。だって他にどうしようもないんだもん。

 何だかとっても嫌な予感がしてならない。でもまあ何とかなるだろう。明日は必ずやってくるんだし。ジューンフィルアは軽く頭を振って不安感を追い払った。

 

 

 

 

 

 ノウは焦っていた。二万ものロウリア兵がエジェイの西方五キロに突如として現れたのだ。

 規模から判断して先遣隊で間違いない。そうじゃなかったら何なんだって話だ。

 問題はどうするかだな。世間では攻撃は最大の防御なんて言う人もいる。だったら防御は最大の攻撃か? そんなわけないだろ~!

 ならば籠城か? 籠城がええのんか? とは言え四井の連中に大見得を切った手前、何もせんわけにも行かんだろう。

 こうなったらもうワイバーンでも飛ばすか? だけどもあいつらは着陸時が無防備になる。そこを敵ワイバーンに狙われたら一巻の終わりだ。詰んだな。もう万策尽きちまったぞ。

 

 いっそのこと回顧録でも書こうかとノウが苦悩していると突如として伝令兵が駆け寄って来た。

 

「四井から連絡が入りました。エジェイから西方五キロの土地を不法占拠しているのはロウリアの害獣で間違いないか? もしロウリアであるなら遊戯施設建設のために駆除を行ってよろしいか? 駆除にクワトイネを巻き込んだら厄介なのでロウリア害獣から半径二キロ以内にクワトイネ軍がいないことを確認して欲しい。だそうです」

「あれだけ建設現場から出るなって念押ししたのに…… 結局は手柄が欲しいなんて見下げ果てた奴らだな。とは言え、四井の連中がいったい何をやらかすのかな。ここは一つお手並み拝見と洒落込もうじゃないか。みんな特等席へレッツラゴーだ!」

「御意!」

 

 皆は城壁に登って遠くの荒野を望む。だが、そこには見渡す限りの砂漠が広がっているだけだった。

 


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