とっても良く晴れた
いやいや、本来の
ちなみに『ごがつばれ』って読む場合には新暦五月の晴れを表す正しい言葉だったりもする。
それと五月半ばに大陸から流れてきた高気圧のお陰で晴れた天気が続くことも『さつきばれ』と言うことがあるというからややこしい。
とにもかくにも、そんな抜けるような青空を見上げながら四井物産クワ・トイネ支店長の富田林は今日も今日とてとりとめのない妄想に現実逃避していた。
そこから五キロほど西に行った小高い丘の上、ジューンフィルアは配下の兵二万を虚ろな目でぼぉ~っと眺めていた。
何が面白くて
もう戦が始まって一月近くになるというのにやったことと言えば何だ? ギムの街で二万近くの兵が焼き殺され、遺体の埋葬が済んだと思えば砂漠の中を行軍。砂まみれの粗食に耐え、節水節水また節水で歯も碌に磨けない。お陰で兵たちのモチベーションは下がる一方だ。
どうやらクワトイネ軍はエジェイに籠城する気らしい。まあ、あんな強固な城壁があれば立て籠もるのは定石中の定石だ。わざわざ打って出るなんてそれこそ馬鹿のすることだろう。
偵察によればワイバーンが五十騎ほど確認されている。決戦に備えて温存しているのだろうか。実は全部が張りぼてのダミーだったりしてな。そもそもエジェイに駐屯しているように見える数万の兵だって案山子かも知れん。やはり威力偵察してみるべきだったんだろうか。分からん、さぱ~り分からん。
もしかして俺は指揮官に向いていなのかも知れないな。そうだ! この戦が終わったら転職しよう。何が良いかなあ……
そんな馬鹿げた事を考えている間にも気が付くと日はとっぷりと暮れていた。
と思いきや、東の空から騒々しい音が聞こえてくる。まるで布団を激しく叩くような音が非常な速さでひたすら単調に繰り返す。
ジューンフィルアには知る由もないことだがこの音はヘリコプターのメインロータのブレードによって圧縮された空気が次のブレードに叩かれる音なんだそうな。だからテールローターをダクテッド・ファンにしようがノーターにしようが関係無いんだそうな。
「な、何じゃこりゃぁ!」
「新種の龍か? 龍なのか?」
音は明らかに頭上から聞こえる。だけども辺りはもう真っ暗なので姿は見えない。こんな暗闇の中ではワイバーンを上げることも出来ない。
完全に詰んだな…… ジューンフィルアは早くも諦めの境地に達した。
突如として上空から刺激臭のする液体が降って来る。何故だか知らんが死が間近に迫っていることだけは直感できた。だけどもいったい何が原因で死ぬんだろう? 分からん、さぱ~り分からん。
「ゲホゲホ、喉が…… 喉が痛い!」
「目がぁ! 目がぁぁぁ!」
二万のロウリア兵たちがバタバタと倒れて行く。その中の誰一人として自分たちを死に追いやった物が混ぜるな危険の漂白剤と洗剤であることに気付くことはなかった。
翌朝、ノウ将軍は眼前の光景を見て頭を抱えていた。
日が暮れた後、西の方がやけに騒がしいと思っていたのだ。四井の連中が何かやっているかとは思っていたが、まさかこんなことになっているとは。
二万人もの死体をどうやって片付けたら良いんだろう。そもそも近付いても大丈夫なんだろうか。見るからに健康に悪そうなんですけど。勘弁して欲しいぞまったくもう。
「これが、こんなものが…… 四井の戦い方だということなのか……」
クワトイネの兵は誰一人としてロウリア軍と戦っていない。お陰で戦死者もいない。
これって本当ならばラッキーなことなんだろうな。頭では分かっている。分かってはいるのだが…… 何か知らんけどムカつくぅ~~~! ノウ将軍は暫しの間、駄々っ子のように手足をバタバタさせて泣き喚いた。
クワ・トイネ公国政治部会
「えぇ~っと…… これで四井とロウリア軍エジェイ西方の戦いの報告を終わります。お粗末さまでした」
パチパチパチ…… 疎らな拍手が止むと軍務卿が首をゴキゴキいわせながら口を開いた。
「するとなんだ? 誰一人として日本の高威力魔法を見ていないのか? 味方の兵三万の目の前で行われたというのに? 二万の兵を殺した魔法の正体はいったい何なんだ?」
「はい、誠に残念ながらさぱ~り分かりません。ただ、四井の連中は工事現場から一歩も出ていないと頑なに言い張っております」
「お前は何を言っているんだ? 四井の工事現場とロウリアの陣地までは何キロも離れているんじゃなかったっけ? 離れていたと思うんだけどなあ。違ったっけ?」
「いや、私も直接見たわけじゃありませんし。って言うか、誰も見ていないからこそこんな話になってるんでしょう? 違いますか?」
売り言葉に買い言葉? 途端に会議が紛糾し始める。慌てて首相カナタが手を振って制した。
「悪いんだけどちょっと手元の資料を見てくれるかな?」
日本製の少し厚目の上質紙…… これは110kgくらいのコート紙だろうか。そんなリーフレットが議員連中に配られる。
ちなみにリーフレットというのは一枚の紙を二つ折りや三つ折りにした物だ。一方、パンフレットというのは一枚の紙に限らず何枚もの紙を綴じて作られた物だ。
「対ロウリア絶対防衛圏構想!?」
「四井建設は我が国とロウリアの国境に沿ってフェンスとやらを敷設したいとの由。蟻の子一匹通さぬ構えを作ると申しております。併せて完全自動のセントリーガンや指向性地雷、高圧電流柵、エトセトラエトセトラ。沿岸部にもカプセルに魚雷を封入したキャプター機雷を大量に敷設いたします。ちなみに費用は全額、四井が負担するそうな。その代わりに食料価格の値下げを要求されました」
ざわ…… ざわ…… 然程は広くもない会議室内が福本伸行の手書き文字で埋め尽くされる。
「ま、まあ別にどうでも良いんじゃないのかな? どうせ誰も住んでいない所だし」
「いやいやいや、自国の国境警備を他国の民間企業に委託するというのは……」
「とは言え、今のままだと確実に我が国は滅亡だぞ…… 今回だけは四井に頼らざるを得ないんじゃないのかな? どうじゃろ? な? な? な?」
「しょうがないなぁ~」
首相カナタは両の手の平を肩の高さで広げて首を竦める。その仕草を見て一同がどっと笑った。
「だけども長い長い国境線に柵を敷き詰めるだなんて出来るのかなあ。そんな途轍もないこと、とても上手く行くとは思えんのだけれど」
「まあ、失敗しても実害は無いんだし。ダメ元でやってみようじゃないか。もし何かあっても責任を取るのは俺たちじゃないしな」
政治部会は何となく、なし崩し的に四井の絶対防衛圏構想を通過させた。
ギム東方 二十キロ地点
ロウリア王国クワトイネ征伐隊東部諸侯団たちは苛立っていた。
「先遣隊との連絡は未だにつかないのか? いったいどゆこと?」
副将アデムが通信技師の頭を張り飛ばす。
「アデム様、それってパワハラですよ」
「いやいや、セクハラやマタハラと違ってパワハラは『業務の適正な範囲』で指導することを認めているんだぞ。俺はお前の成長を期待しているんだ」
先遣隊からの連絡がぱったりと途絶えたのは昨日のことだ。
二万もの大軍が突如として姿を消す。そんなことありなんだろうか。あんまり聞いたことないんだけどなあ。通信技師は記憶を辿るがさぱ~り重い打線!
「偵察隊の方はどんな感じかな?」
「そろそろ先遣隊がいるはずの場所に到着するはずです。まあ、いないとは思うんですけどね」
ロウリア王国クワトイネ征伐隊東部諸侯団所属、ワイバーン小隊 竜騎士ムーラ
「この辺りだと思うんだけどなあ。ん~? 違ったかな~?」
エジェイ周辺の空の上、偵察隊の十二騎は少しずつ角度をずらして扇型のエリアを索敵していた。ムーラの割当はその中でも先遣隊がいるはずの場所だ。ミッドウェイ海戦に例えると利根四号機みたいな感じだろうか? いや、全然違うな。今のは忘れてくれ。ムーラは頭を振って脳内から利根四号機を追払う。
空は今日も
よし! そうしよう。ムーラはくるりと踵を返すと今来た方向へ帰って行った。
「なんだったんでしょうね、今のは?」
「さあなあ…… まあ、無益な殺生をしなくて済んだんだから良いんじゃね?」
「いやいや、僕らの仕事は害獣駆除でしょうに。一匹で三万円なんですからね」
「まあ、こんな日もあるさ。ところで釣果が無いことを坊主っていう理由を知ってるか? 坊主頭には毛がないのから『もう毛がない』が転じて『儲けがない』って説があるらしいな。と思いきや『魚っ気がない』とか『食い気がない』で坊主と言うって説もあるぞ」
「本当ですか、それ?」
「あたぼうよぉ! こちとら嘘と坊主の頭は結ったことが無いんだぞ。あはははは……」
「……」
今日もエジェイの街は平和だった。
ロウリア王国東部諸侯団
副将アデムは例によってイライラしていた。このままだとストレスで禿げちゃいそうだ。もういっそスキンヘッドにしようかな。散髪代とか浮きそうだし。そんな馬鹿なことを考えていると不意に背後から声が掛けられた。
「どうなっているのですかぁ!」
「うわぁ! びっくりしたなあ、もう。脅かさないでくれよん。心臓がびくっとしたぞ」
「ああ、すいません。いるとは思わなかったもので」
「済まんなあ、存在感が薄くて。そのせいで頭も薄くなりそうだよ」
部下たちは冷や汗を掻く。十二騎の偵察隊は全く何も発見することが出来なかったのだ。
「現在調査中でして……」
「どんな方法で調査してるのかな? 具体的に教えて欲しいんだけど?」
「……」
途端に場がお通夜のように静まり返る。
将軍パンドールは小さくため息をつくとポツリポツリと話し始めた。
「まあ、考えてもしょうがないや。小さな事からコツコツやって行こうよ。千里の道も一歩からって言うもんな」
「ワイバーン五十騎を常時直衛に上げます。非番の者はローテーションを組んでギムの竜舎で休ませましょう。スクランブルが掛かれば直ぐにでも出撃させられる体制です」
「ご、五十だと? なんぼなんでも多くないか?」
「いやいや、二万の兵が迷子になるなんて前代未聞の珍事ですよ。ひょっとすると天変地異の前触れかも知れません。我々になにかあったら困っちゃいますよ。主に我々が」
「そ、そうかも知れんな。そうじゃ無いかも知れんけど……」
言語明瞭、意味不明瞭。今日も今日とて将軍パンドールは自分でも何を言っているのかわけが分からない。
だが、下手な考え休むに似たり。パンドールの妄想は強制終了させられる。
ワイバーンがバタバタと羽音を立てて兵舎のすぐ脇に緊急着陸したのだ。
「ほ、報告! 緊急報告にございます!」
「うわぁ、びっくりしたなあ! いったい何があったんだよ?」
「ギ、ギムの西で国境線が封鎖されています。等間隔で鉄の杭が打たれ棘の付いた太い針金が何重にも張り巡らされておるような。それが南北に何キロも伸びていて、大きな音を立てる鉄の塊が先へ先へと伸ばしておりました。近付こうとすると一キロ以上も離れた所から目に見えぬ礫を飛ばしてくるようで仲間が何騎もやられました。我々は…… 我々は本国と孤立しつつあります!」
「……」
将軍パンドールは頭を抱えて小さく唸ることしかできなかった。
数日後――――――
ロウリア王国首都 ジン・ハーク ハーク城
六年くらいの歳月、列強の支援、土下座外交、エトセトラエトセトラ。艱難辛苦を乗り越えてやっとこさっとこ実現させたロデニウス大陸統一戦争。
今やらないでいつやると言うのだ。今でしょ!
余裕のよっちゃんで勝つるはずだったのに。勝つるはずだったのに……
それが二井だか四井だか言う何処の馬の骨とも分からんゴロツキの参戦で保有している軍事力の大半と連絡も取れなくなってしまった。あいつらいったい何処でどうしているんだろう。元気でいてくれたら良いんだけどなあ。
当初、交易を行おうと訪れた二井だか四井だかの担当営業を丁重に扱っとけば良かったなあ。後悔先に立たずんば虎子を得ずとはこのことか。まあ、そんな諺は無いんだけれど。
味方の軍勢は大損害を被ったというのに二井だか四井だかの人間は一人も死んでいないんじゃなかろうか。いや、もしかして案外と大損害を与えているのかも知らんけど。
うん、そうだ。きっとそうに違いない。何だか知らんけどそんな気がしてきたぞ。ハーク・ロウリアは考えるのを止めた。