常識を犠牲にして大日本帝国を特殊召喚   作:スカツド

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第五話 一発だけなら誤射かもしれない

グラ・バルカス帝国(通称第八帝国)情報局

 

 ずらりと並んだ通信機からピコピコピーとかいう音が絶え間なく鳴り響く。ここに一日閉じ込められてたら頭が変になっちまうぞ。罰ゲームでも真っ平御免の助だな。黒い制服の男は忌々しげに顔を顰める。

 

「閣下、ロデニウス大陸から新しい報告書が届きましたよ」

「何か面白いニュースはあるのかな?」

「えぇ~っと…… ロウリア王国がクワ・トイネ公国とクイラ王国へ攻め込んだ件は四井とかいう日本の民間企業の妨害により頓挫したようですね。ロウリアは海軍の全てと陸軍の大半を失い、にっちもさっちもどうにもポメラニアン…… じゃなかった、ヨークシャテリア? プードル?」

「お、お前は何を言ってるのだ?!」

 

 普段ならば報告なんか適当に聞き流しているだけのちゃらんぽらん野郎の癖に。今日に限って閣下と呼ばれた男は珍しく真面目に話を聞いている。黒い制服の男はちょっとイラっとしたが鋼の精神力で何とかそれを抑え込んだ。

 

「ブックメーカーの見立てではロウリアの圧勝でロデニウス大陸は統一されちまうんじゃなかったっけかな? 確かオッズは1.2倍くらいだったような気がするんだけれど。もしかして俺の掛け金は……」

「そもそも日本という国は賭けの対象にすら上がっていませんでした。なので掛け金は全額払い戻しになるそうですよ」

「よ、良かったぁ~! スカンピンになるかと心配で心臓が止まりそうになったぞ。ほら、触ってみ。まだドキドキしてるだろ」

「いやいや、閣下。止まったらドキドキしないんじゃないですか?」

「お前は阿呆か! 本当に止まったら死んじゃうじゃんかよ!」

「あはははは……」

「うふふふぅ……」

 

 情報部には今日も笑いが満ち溢れているのであった。どっとはらい。

 

 

 

 

 

パーパルディア皇国第三外務局

 

 皇宮からちょっと離れた所に外務省は建っている。そしてその建物の中でも、さらに隅っこの方にある第三外務局。そこを人々は人材の墓場と呼んで心の底から蔑んでいた。

 簡単に言えば第一外務局は超スーパーエリート。第二外務局は普通のエリート。

 対して第三外務局はいわゆる落ちこぼれエリートなのだ。

 

 例えるならば東大卒業生は毎年毎年三千人ほど発生している。だが、その全員が全員揃って社会で大活躍しているってわけでもない。ニートになったりつまんない犯罪に手を出したりする半端者だっていないことはない。

 ここ第三外務局の局員はそういった頭は良いけど人間性に問題を抱えた人物の吹き溜まりだったのだ。

 

「えぇ~っと、あの計画はどうなっていたっけかな?」

「アレですか? アレはアレですよ、アレ。ほれ…… もうすぐ皇国監査軍東洋艦隊二十二隻がフェン王国を懲罰するために出撃するみたいですね」

「上手く行くのかなあ。上手くいったら良いんだけど。って言うか、上手く行かなかったら困っちゃうぞ。主に俺たちが」

「ですよねぇ~」

 

 

 

 皇帝の国土をちょこっとだけでも広げるために第三外務局では日夜、涙ぐましい努力を繰り広げている。今回、フェン王国の南部から二十キロ四方の土地を買収するよう求めたのもその一環だ。

 その土地は保安林だか耕作放棄地だか知らんけど遊休地なので何の役にも立ってはいないらしい。代わりに帝国は貴重な技術供与を行おうというのだ。だが、フェン王国はどこからどう見たってメリットしかないこの提案をこともあろうに断ってきたのだ。

 そこで代案として出されたのは同土地を四百九十八年に渡って租借したいというプランだ。ところがフェン王国は返事すら返してこない。っていうか『宛所に尋ねあたりません』というスタンプが押されて返送されてきたのだ。

 

『列強国の顔を潰された!!!』

 

 第三外務局の判断は結果的に間違っていた。何故ならば本当に宛名が間違っていたのだ。

 しかし、そんなことに気付かない慌てん坊の局長カイオスは軽はずみにも監査軍東洋艦隊の派遣を決定してしまったのだった。どっとはらい。

 

 

 

 

 

「どうしても局長が無理だというのなら課長でも良いのだが? 君のような下っ端じゃ話にならん。権限を持った者に目通りを願いたい」

 

 四井商事で対パーパルディアの営業担当をしている天下茶屋は三ヶ月も前から窓口で足止めされていた。

 

「もうちょっとだけ待って下さいな。番号札の順で手続きしていますので…… ただし、内容によって順番が前後することもあります。ご理解とご協力をお願いします。とは言え、貴方たちの要求内容を見たところ…… 結構ハードルが高いですなあ……」

「ハードル? それって障害物競争のですか? アレでしたら国際陸連の規定で男子110メートルが106.7センチ、同400メートルが91.4センチ、女子100メートルが83.8センチ、同400メートルが76.2センチ決まっているのですが? もしかして貴国では中学女子100メートルの76.2センチとか男子ジュニア110mの99.1センチのを使っているとか?」

 

 天下茶屋はスマホでハードルに関する規定を調べて即答する。港に停泊させている母艦に臨時基地局があるので電波が届いているのだ。

 

「いやいや、ハードルと言ったのは言葉の綾? 物の例え? 閃いた! 比喩表現! そう、比喩表現ですよ。とにもかくにも貴方方…… 四井の技術の特許権を帝国で認めろと申されておられるので……」

「それが何でしょうか? まさかとは思いますが帝国(笑)とやらは特許権という概念すらないくらい未開なんでしょうか?」

「はぁ? 我が国は列強なんですけど?」

「れ、れ、列強ですと? 帆船や馬車しか無いこの国が列強? ひょっとしてここは映画村か何かだったりするんですか?」

「えいがむら? それが何かは知りませんが貴国はどんだけ田舎から出て来たんですか? なんぼ文明圏外から来たって国際常識くらい勉強してから来て下さいな」

 

 広角泡を飛ばしながら窓口係は語気を荒げる。天下茶屋は身を捩って唾液を避けた。

 

「?」

「良いですかな? この世界において我が国が国際特許を相互承認している国は四カ国のみです。つまりは列強国だけなんですよ。列強国でもない、ましてや文明圏にすら属していない国際常識も理解できていない貴国が、特許権を認めろなどと列強国の如き要求をするとは…… とにもかくにも二週間あれば課長のスケジュールにも空きが出ます。ですからそれまで待って下さいな。とは言え、個人的感想としては結構ハードルが高いような気がしますよ」

「そんだけ高いんなら下を潜った方が早いかも知れませんね。まあ、ハードルを潜ったらルール違反で失格なんですけど。とにもかくにも二週間後にまた来ますよ。ただし、その頃にはあんたは八つ裂きになってるだろうけどな……」

 

 意味不明な捨て台詞を残して天下茶屋はその場を後にする。

 だが、この二週間がパーパルディア皇国にとって致命的な二週間になるだろうとは。この時点でそれに気付く者は誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

第三文明圏列強パーパルディア皇国から東方に二百十キロ フェン王国

 

 南北に百五十キロ、東西が六十キロほどの勾玉を逆さにしたような島が海に浮かぶ。って言うか、勾玉に上下なんてあったんだ。知らなかったぞ。勉強になるなあ。

 ちなみに言うまでもないが実際に浮かんでいるわけでは無い。そんなひょっこりひょうたん島みたいな島があったら怖いわ!

 いやいや、南米アンデスのチチカカ湖にはトトラとか言う葦を重ね合わせた浮島が沢山浮かんでるって聞いたことあるんだけどなあ。世界ふしぎ発見とかで見たような気がするぞ。

 それはそうと第三文明って雑誌があるよなあ。読んだことは無いんだけれども。

 そうそう、第三帝国っていうのもあったっけ。ナチスドイツのことだよな。そう言えば……

 

 大日本帝国海軍、防空巡洋艦摩耶のCICに引き篭った艦長の羽曳野は一人で物思いに耽っていた。

 

「艦長、まもなく首都アマノキ沖に着きますよ。どうしますか?」

「アマノキ側の指示に従ってくれ。ただし座礁には注意してくれよ」

「しっかし、国交も結ばないうちから空母打撃群を親善訪問させろとはなあ。剣王シハンって奴は何を考えてるんだ? しかも標的を用意するから敵に見立てて攻撃してくれだなんてさ。軍事同盟すら結んでいない国がいったい何を言い出すんだろうなあ」

「まあ、貴重なビジネスチャンスではあるんですけどね」

 

 みなが軍服を着ているCICの中、一人だけスーツにネクタイというスタイルの男が相槌を打った。

 四井造船から派遣された八尾と言う中年男だ。神経質そうな口元を歪めると艦長の目を見ながら言葉を続ける。

 

「ここは地球では無いから武器輸出三原則は関係無い。二十一世紀の技術で作られた物ならばリバースエンジリアリングの可能性も皆無。バンバン売ってガッポガッポと儲けましょうや。とにもかくにも海軍さんは標的を破壊するだけの簡単なお仕事です。お手数ですが宜しくお願いいたしますよ」

「礼には及びません。仕事ですから」

「それってシン・ゴジラで國村隼さんの言ったセリフですよね?」

「お? 分かりましたか。嬉しいなあ」

 

 そんな馬鹿な遣り取りをしている間にも空母打撃群はアマノキ沖合に停泊した。

 

 

 

 

 

 城から港を見下ろしていた剣王シハンは暫しの間、呆然としていた。

 

「アレが日本の戦船なのか? 何だか知らんけどめったやたらと大きいんですけど。前から後ろまで行くのにどれくらい掛かるんだろうな」

「ガハラ神国から噂では聞いておりましたが、まさかここまで大きいとは。アレが鉄で出来ておるのですぞ。材料の鉄だけでも幾らくらい掛かるんでしょうな」

「あんだけ大きいと中で迷子になるかもしれませんぞ。がはははは……」

 

 騎士長マグレブも何でも良いから面白い事を言わねばと頭を撚る。しかしなにもおもいつかなかった!

 

「某も幾度かパーパルディア皇国へ物見遊山へ行った事があります。ですが、こんなに大きな船を見るのは初めてです。すっごく大きいです!」

「君は騎士長なんだろ? もうちょっとマシな感想は無いのかね? 子供じゃあるまいし」

「ぷぅ~くすくす」

 

 剣王シハンを始め、綺羅星の如く居並ぶお歴々に笑われたマグレブは穴があったら埋めたい気分だった。

 

 

 

 

 

 フェン王国の幹部連中が見下ろす先には大日本帝国海軍の軍艦が八隻浮かんでいた。

 

 いやいや、厳密に言えば違うのだ。大日本帝国海軍の艦艇類別標準によれば軍艦というのは戦艦や巡洋艦など主要艦艇だけを指すそうな。つまり駆逐艦や潜水艦は軍艦では無い。

 見分け方は簡単だ。艦首に菊花紋章が付いてるかどうかで判断できる。

 ちなみに軍艦じゃない奴は何て呼べば良いのかって? それは艦艇って言えば良いのだ。

 

 そして今現在、アマノキ沖に展開しているのは軽空母一隻、防空巡洋艦二隻、防空駆逐艦三隻、補給艦一隻、測量艦一隻。つまりは軍艦三隻、艦艇五隻が停泊していたのだった。

 

 

 

 

 

「剣王、もうすぐこちらが用意した廃船(ハルク)を日本の軍艦が攻撃しますぞ」

 

 軍艦が攻撃するって言うからには防空巡洋艦二隻のどちらかが攻撃するんだろう。だけど二隻いるからどっちが攻撃するのかまでは分からない。一同の視線が二隻の大型艦の間を行ったり来たりする。

 

 ちなみにこのイベントの言い出しっぺは他ならぬ剣王シハンその人だ。一国の王ともあろう者が四井の担当営業を相手に直談判したお陰で実現することになったんだそうな。

 

『オラに…… オラに日本の力を見せてくれ!』

 

 そんな風に言ったとか、言わなかったとか。嘘か本当かは知らんけど。

 とにもかくにも、その答えが今まさに得られようとしていた。

 

 日本艦隊からずっと西の沖合にフェン王国が用意した廃船が四隻、等間隔で仲良く並んでいる。

 距離は艦隊から二キロといったところだろうか。剣王シハンはゴテゴテと派手な装飾で彩られた望遠鏡を顰めっ面で覗き込む。

 どうやら向かって右側にある防空巡洋艦とかいう軍艦が一隻だけで攻撃を行うようだ。

 甲板上に無数に並んだ四角い蓋の一つがパカッと開くとオレンジの炎が吹き出す。直後に白くて細長い棒状の物体が白煙と共に勢い良く真上に飛び出した。

 

「うぉ~!」

 

 観客席から一斉に大きな歓声が上がる。ほぼ同時に何かが吹き出すような大きな音が聞こえて来た。剣王も思わず身を乗り出してしまう。

 開いたままの蓋からは一秒ほどの間隔で次々と棒が飛び出す。合わせて四本が飛び出したところで蓋が静かに閉まった。と思いきや、隣の蓋が開いて同じように四本の棒が飛び出す。続いてその隣。それが終わればまた隣。更にその隣……

 いったいいつまで続くんだろう。もう飽きてきたんですけど。剣王が望遠鏡から目を離した丁度その時、攻撃は終わった。

 

 だが、標的のボロ船は依然としてそこに浮かんでいる。さっきの棒切れはいったいどこに飛んでいったんだろう? その問いに答えられる者はどこにもいなかった。

 

 

 

 

 

「あれはいったい何だったんだろな? 見た感じ、標的には何の変わりもないみたいだけれど」

「一発として掠りもしていないぞ。『当たらなければどうということはない』とは正にこのことだな」

「いやいや、あの四井のやったことだぞ。普通に浮いてるように見えるけど『お前はもう沈んでいる!』みたいなことがあるのかも知れんぞ。助かったと思ったら実はやられてたっていうのはフィクションで良くある展開じゃん」

「そうかも知れんな。そうじゃないかも知らんけど」

 

 だが、待てど暮せど廃船には何の動きもなかった。

 

 

 

 

 

 ここで時計の針を五分ほど巻き戻してみよう。

 

 防空巡洋艦摩耶のCICは喧々諤々(けんけんがくがく)の様相を呈していた。

 ちなみに喧々諤々という言葉は本来は誤用らしい。喧々囂々(けんけんごうごう)って言葉と侃々諤々(かんかんがくがく)っていう四字熟語が入り混じってしまった物らしいのだ。

 しかし間違った使い方が世間に広まってしまい、遂には広辞苑にすら『喧々囂々と侃々諤々とが混交して出来た語』として掲載されるありさまなのだ。

 

 切っ掛けとなったは摩耶のレーダーに映った未確認飛行物体だったっけ。艦長の羽曳野は他人事のように思い出す。

 

 

 

「電探に感あり! 方位二六五、距離四十海里、高度千二百フィート、速度百九十ノット。真っ直ぐにこちらへ向かって来ます。数は…… およそ二十」

「ほぼ真西だな。それがフェンの連中が言ってた標的だろう。間違いない」

「ところで手前にあるボロ船は何なんだろうな。凄い邪魔なんですけど」

「アレは関係無いだろ。だって防空巡洋艦のデモンストレーションなんだもん。対空兵器を見たいに決まってるさ」

「念のために確認しますね。もし間違えたら大変ですから」

 

 心配性な副長の指示で魔信を使ってフェン側に問い合わせがなされる。

 回答を待つ間に羽曳野艦長は無駄薀蓄を傾ける。

 

「リムパックでA-6イントルーダーを撃墜した夕霧を覚えているか。アレは完全なヒューマンエラーだったっけ。ちょっと気を付けてれば防げた事故だったんだ。あんな目には遭うのは真っ平ご免だからな。それにしてもアレは凄い事件だったなあ」

「その前年にもF-15僚機撃墜事故なんてのがありましたね。アレもヒューマンエラーでしたっけ。どっちも死人が出なかったのが不幸中の幸いでしたよ」

「確認が取れました。標的は本艦から見て真西で間違いなそうです」

 

 CIC内の雰囲気が急速に盛り上がってくる。だって実弾を撃つ機会なんて滅多に無いことなんだもん。みんな本音を言えば楽しみで楽しみでしょうがないのだ。

 

「さて、そうなるとどうやって的を始末するかだな。全部SM-2で落とすか?」

「いやいや、相手は低空を二百ノットで飛ぶ標的機なんですよ。そんなことしたら勿体無いお化けが出ちゃいますって。SM-2で四機、ESSMで四機、SeaRamで四機、五インチ砲で四機、CIWSで四機で良いんじゃないですかね」

「ちょっと待てよ。なんぼ標的機でも真っ直ぐ向かってくる奴をCIWSの射程まで近付けたら怖いだろ。って言うか、剣王様とやらのリクエストは『オラに力を見せてくれ!』なんだぞ。全力を見せた方が良いに決まってるじゃん。同時に四機しか対処できないって思われちまうぞ。全部SM-2に一票!」

「そんなことありませ~ん。ミサイルだけじゃなくて砲熕兵器だってアピールした方が良いに決まってますぅ~」

「その案自体を否定する気はありませんよ。だけども撃墜数で均等割りっていうのは頂けませんね。コストが釣り合いません。SM-2とESSMで一機ずつ。SeaRamで二機、五インチとCIWSで八機ずつぐらいで良いんじゃありませんか」

「だ~か~らぁ~~! CIWSの射程まで八機も近付けたら怖いって。それにCIWSが安いっていうのは偏見だぞ。あいつのタングステン弾は一発八万円もするんだもん。それに万一、撃ち漏らしたらどうすんだよ! お前が責任取ってくれんのかよ?」

 

 一同の関心は標的をどうやって撃ち落とすかに集中している。完全に思考ロックが掛かった状態だ。一度こうなってしまうと実はアレは標的では無いなどという考えが入り込む余地は無い。

 それはそうと、どんどん議論がヒートアップして収集がつかなくなりそうだ。ちょっとでも場の空気を和ませようと羽曳野艦長はおどけた調子で割って入った。

 

「そもそもこの議論に意味はあるのかな? って言うか、決定権は誰にあるんだろ?」

「そ、そりゃあ艦隊司令じゃないですか?」

「いやいや、艦の運用に関わることは艦長が決めて下さいな」

「ちょ、おまっ…… 今回の軍祭参加は四井さんが勝手に決めて強引に軍に捩じ込んで来たことでしょう? 四井さんが責任を取って下さいよ」

「そんな馬鹿な話がありますか。何で一民間人に過ぎない私がそんなこと決めなきゃらなんのです。って言うか、今回の弾薬代っていったい誰が負担するんでしょうねえ?」

「そ、そりゃあ…… 分からん、さぱ~り分からん」

 

 全員がキョロキョロとお互いの顔を見合わせる。今や摩耶のCICは責任者不在の状況となっていた。通常ならばこんなこと絶対にあり得ないだろう。

 しかし他国の軍祭、四井の案件、剣王シハンのリクエスト、エトセトラエトセトラ。様々な要因が絡んで何が何だか訳の分からないことになっていたのだ。

 それまで議論に加わらずぼぉ~っとレーダー画面を見つめていた男が急に振り返る。

 

「標的、二十五海里まで接近。まだ結論は出ないんですか?」

「何だかもう、どうでも良くなって来たぞ。ESSMで全部落とそう。最悪でも始末書を一枚書きゃ済む話だろう? 時間が勿体無いよ」

「はい、決定! そんじゃESSM、うちぃ~かた始め!」

「ESSM、うちぃ~かた始め! ぽっちっとな」

 

 丸メガネの男は勿体ぶった手付きでエンターキーを押した。

 

 

 

 

 

 数分後、防空巡洋艦摩耶のCICに集う面々は満ち足りた気分で佇んでいた。

 

『標的を撃つ時はね…… 誰にも邪魔されず自由でなんというか…… 救われてなきゃあダメなんだ…… 独りで静かで豊かで……』

 

 羽曳野艦長は心の中でひとりごちてにんまりとする。

 その時、魔信から声が聞こえてきた。

 

「聞こえますか…… 聞こえますか…… 日本のみなさん…… フェン王国騎士長マグレブです…… いま私はあなたの心に直接呼びかけています…… 貴方がたの攻撃は標的の廃船に…… 当たらなかったのでしょうか?」

「ひょ、標的の廃船だってぇ~っ? アレってもしかするともしかして…… 標的ってあっちの方だったのかよぉ~~~っ!!!」 

 

 羽曳野艦長の絶叫がそれほど広くもないCICに響き渡る。全員が全員、面白いように視線を泳がせた。だけどもグズグズしちゃおれんぞ。羽曳野艦長は魔信機のマイクを奪い取ると引き攣った顔で話し掛ける。

 

「マ、マ、マグレブ殿…… こちらは防空巡洋艦摩耶の艦長羽曳野です。残念ながら本艦は技術的なトラブルにより標的の破壊に失敗しました。ご期待に沿う事が出来ず遺憾の極みです。今後、このようなご迷惑をお掛けすることがないよう内部のチェック体制を改めるとともに乗員一同細心の注意を払い任務に取り組む所存です。何卒、ご容赦賜りますようお願い申し上げます。それでは失礼いたします」

 

 羽曳野艦長はスイッチを切ると一同を振り返る。

 

「ずらかるぞ! 急げ急げ急げ! Hurry up! Be quick!」

 

 大日本帝国海軍の空母打撃群はフェン王国の首都アマノキから脱兎の如く逃げ出した。

 


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