パーパルディア皇国の皇国監査軍東洋艦隊所属に所属するワイバーンロード部隊の精鋭二十騎はフェン王国に懲罰的攻撃を加えるため東へ向かっていた。
詳しい事は知らんけど、とにかく飛んで行って手当たり次第に火を付けてこいと言われ…… 火を点けて? 火を着けて? 火を灯けて? 分からん、さぱ~り分からん。竜騎士レクマイアは頭を振って混乱した思考をリセットする。
とにもかくにも栄光ある皇国監査軍が放火魔みたいな真似をさせられるとは世も末だな。これはもう転職先を探した方が良いかも知れんぞ。ワイバーンロードの飛行士免許を持ってるんだから民間の郵便事業者なんかに再就職が……
その瞬間、竜騎士レクマイアの人生は唐突に終わりを告げた。
パーパルディア皇国 皇国監査軍東洋艦隊
提督ポクトアールは甲板に出て東の空をぼぉ~っと見詰めて佇んでいた。その姿は会社をリストラされたことを家族に打ち明けられずに公園のベンチで時間を潰す中年サラリーマンを彷彿させる。
現在位置はフェン王国から西方へ百キロほどの地点。速度は十五ノットだから…… 三時間半ってところだろうか。
合ってる? 計算合ってるのかなあ? 間違ってたら格好悪いなあ。そんなことを考えていると急に背後から声が掛かった。
「竜騎士隊との通信が途絶しました」
「またかよぉ~! あいつら真面目に仕事する気あんのか?」
魔信士からの報告に提督ポクトアールは泣きたくなった。糸の切れた凧じゃあるまいし。いったいあいつらどこで油を売っているんだ。道草を食うにしても海の上だぞ。奴らが着水できるとも思えんし。わけがわからないよ……
何だかとっても嫌な予感がするなあ。だけどもこれって第三外務局長カイオスから命令されたことなんだっけ。ちゃんとやらないと後で何を言われるかわからんぞ。
皇国監査軍東洋艦隊の二十二隻は風神の涙が発する風を帆に受けて東へ東へとひた走る。
大海原を進むこと暫し。水平線の向こうに何かが見えてきた。
「艦影と思しきものを見ゆ! 当方に接近しつつあり!」
「なんじゃありゃ?! どでかいぞ。フェン王国にあんなのあったっけかなあ」
小さな島くらいありそうな物が海の上を移動しているように見える。まさか目の錯覚か? もしかして老眼が始まっちまったのかも知れんな。今度、眼科検診でも受けた方が良いんだろうか。
いやいや、どう見ても動いてるんですけど。怖っ! 何だか知らんけど怖っ!
「総員、戦闘配置に着け! これは訓練では無い! これは訓練では無い!」
副長の絶叫で提督ポクトアールはようやく我に返る。副長がいて良かったなあ。副長さまさまだぞ。今度お礼を言わなくっちゃ。
そんな馬鹿な事を考えている間にも小島のような巨大船はどんどん近付いてくる。信じがたいことだけれど常識外のスピードが出ているようだ。もしかして三十ノットくらい出てるんじゃなかろうな。
「ぶつかるぞぉ~! 避けろぉ~! 避けろぉ~!」
誰かの叫び声が聞こえる。だけどもどっちに? こっちは二十二隻の艦隊なのだ。バラバラに動いたら滅茶苦茶になっちまうぞ。どうすれバインダ~!
直後に提督ポクトアールの乗った戦列艦は超巨大船とオフセット衝突する。文字通りに木っ端微塵となった元戦列艦は海洋ゴミとなって波間に漂った。
時間を遡ること数分前。大日本帝国海軍に所属する防空巡洋艦摩耶の羽曳野艦長はレーダーからの報告に困惑していた。
「前方に二十二隻の艦影、十五ノットで真っ直ぐ向かって来ます」
「もしかしてさっきの標的機…… じゃなかった、正体不明の飛行物体の関係者かなあ。やっぱりちゃんと謝った方が良いんだろうか。桜の木を切ったワシントンみたいにさ」
「あの話はフィクションなんですけどね」
「えぇ~っ! そうなの? 俺、本気にしてたんだけどなあ」
純真な子供の夢を壊された羽曳野艦長は頭を殴られたような衝撃に思わずへたりこむ。だが、追い打ちを掛けるように副長が話しかけてきた。
「如何されます、艦長? このままでは衝突しちゃいますよ」
「ちょっとだけ待っててくれ。いま対応策を鋭意検討中だ」
「分かりましたよ。だけど、早くして下さいね。相対速度四十五ノットなんですから」
「そんなん言われんでも分かってるって。お前は俺のお母さんかよ! とにもかくにもどうするかだな。標的の特徴をハッキリ伝えなかったフェン側の責任ってことでどうじゃろ? だけどここにいない奴に責任を押し付けるのって欠席裁判みたいで卑怯かな? とは言え、責任を取らされるのだけは絶対に勘弁して欲しいぞ。だって俺はこれっぽっちも悪くないんだもん」
「言っときますけど私も悪くないですからね。そもそも私は部外者で何の決定権も無いんですから」
四井造船から派遣された八尾が顎をしゃくり上げながら吐き捨てるように呟いた。
いやいや、ESSMで全部撃墜しろって言ったのはあんただろ~! 羽曳野は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。卑屈な笑みを浮かべながら上目遣いに顔色を伺う。
「今は犯人探しをしている時じゃないだろ? まずは『今そこにある危機』を何とかするべき時だぞ。前方の艦影ってのはどんな感じなんだ?」
「ちっぽけな木造船みたいですよ」
「北朝鮮の漁船みたいな奴なのかな。この際だからついでに蹴散らしちまうか?」
「我々から見てアレは西にありますよね? だったらアレもてっきり標的だと思ったって言い訳がギリギリ成り立ちますよ。始末しちゃいましょう。撃沈に一票!」
「私も賛成です。死人に口無し。事故の際、目撃者を消すのは基本中の基本ですよ」
どこの基本だよ~! 羽曳野は口まで出掛かった言葉を飲み込む。せっかく意見が纏まり掛けているんだ。わざわざ波風を立てることも無いだろう。
集団での意思決定は責任感が分散されるから危険な選択肢を取りやすくなるんだそうな。リスキーシフトと呼ばれるこの現象を羽曳野は身を持って実感して……
その時、不思議なことが起こった。艦全体を物凄い衝撃が襲ったのだ。
「何だ? 何が起こった? もしかして地震か? 海の上なのに?」
「先ほどの粗末な木造船と衝突した模様です」
副長がまるで他人事のように報告する。まあ、本当に他人事なんだけれども。
いやいや、当事者だろ! 羽曳野は心の中で絶叫するが決して顔には出さない。
「あの、その…… 何で黙ってたんだよ!」
「だって艦長、ちょっと待てって言ったじゃないですか。だから待ってたんですよ」
「お前は臨機応変って言葉を知らんのか! これじゃあまるでハンフリー・ボガード主演の『戦艦バウンティ号の叛乱』みたいじゃんかよ!」
「それを言うなら『ケイン号の叛乱』でしょう? とにもかくにも、結果オーライじゃないですか。木造船は全部沈んじゃったみたいですよ」
「そ、そだねぇ~!」
真面目に考えるのが馬鹿らしくなった羽曳野は考えるのを止めた。
日本国とパーパルディア皇国の初の海難事故は日本側の圧勝? で終わった。
パーパルディア艦隊には生存者は一人もおらず、パーパルディア史上唯一の生存者のいない海戦? となった。
フェン王国 首都アマノキ
話はちょこっとだけ遡る。
せっかく用意した
「な、何だったんだ…… あの連中は?!」
「いったい何をしに来たんだろうな。よっぽど暇だったんだろうか」
「に、日本国…… 恐ろしい国!」
みんな、ガラスで出来た仮面を被った人たちのように白目を剥いて口元を引き攣らせている。
「それにしても火を噴いて飛んで行った棒切れはどこに行っちまったんだろうな」
「今ごろになって戻って来たら怖いなあ」
「いやいや、流石にそんなことはないだろう」
文明圏外国の武官連中は自分たちの理解を越えた巨大艦に呆れ返ると同時に、あんなのに関わり合いになりたくないなあと考え始めていた。
もしかしたらあの国と関わるととんでもない目に合わされるかも知れん。命が幾つあっても足りんぞ。
フェン王国の軍際に来たんだからフェンと友好関係にあるんじゃなかろうな。
だったらフェン王国とも適度に距離を置いた方が良いかも分からんな。あの国と親密になったら酷い目に遭うかも知れんぞ。ひょとしたらひょっとして……
後にフェン軍祭の珍事件と言われたアクシデントの後、日本は急激に他国からよそよそしい態度を取られることになった。
パーパルディア皇国 第三外務局
報告を読んだ局長カイオスは椅子からずっこけそうになった。
そもそもの切っ掛けはフェン王国が皇国の用地買収を断ったせいだったかなあ。
四百九十八年間の借地権っていう代替案すら断られた。実際には宛先不明で郵便物が返送されただけなんだけれども。
「フェン王国は皇国を舐めてるのかしらん?」
自分達のミスを棚に上げて第三外務局内の一同は怒り狂った。
ヤクザは舐められたら仕舞いじゃ! どっかの誰かがそんな事を言ってたっけ。カイオスは記憶を辿る。だけど誰の言葉だったのかはさぱ~り重い打線!
とにもかくにも何とかしなくちゃならんのだ。
そんなこんなでパーパルディア皇国第三外務局所属の皇国監査軍東洋艦隊二十二隻&二個ワイバーンロード部隊はフェン王国に向かった。向かったのだが……
誰一人として帰って来なかった。これって無断欠勤になるんだけどなあ。こんなのを放置していたら第三外務局全体の士気に関わるぞ。無断欠勤は懲戒解雇の対象になるのだ。
第三外務局に激震走る! って言うか、どうやって上に報告書を出せバインダ~!
そうだ、見なかった事にしよう! カイオスは目の前の報告書をシュレッダーに放り込んだ。
パーパルディア皇国第三外務局
「申し訳ないが今日も課長と会う事は出来ません」
窓口の木っ端役人は四井商事で対パーパルディア営業担当をしている天下茶屋に悪びれもせずに告げた。
二週間前にちゃんとアポを取っていたにも関わらず今日も課長に面会することができないということらしい。
「やっぱりねえ。君たち野蛮人に約束なんて守れるはずがないと思っていたんだよ。本当を言うと期待なんてこれっぽっちもしてなかったのさ」
「悪いとは思っているんですよ。実はとんでもないことが起こりましてねえ。貴国だって大災害や大事故が起こったら偉い人の予定がドタキャンされるでしょう? 本当に済まんこってすたい。とにもかくにも予定は未定であり決定では無いのです。またのご来訪を心よりお待ちしております。お帰りはあちらからどうぞ」
取り付く島も無いとはこのことか。だが、天下茶屋はこれっぽっちも悔しそうな素振りを見せない。
それに比べて隣りに並んだ若い男は渋い顔だ。財布から紙幣を数枚取り出すと押し付けるように手渡した。
受け取った天下茶屋は満面の笑みを浮かべると口を開く。
「また俺の勝ちだったな。毎度おおきに! んで? 次回は面会出来るかな? お前、どっちに賭けるよ?」
「次回はありませんよ。今回が最終回です。先生の次回作に期待しましょう」
そんな話をしながらも二人は建物内のあちこちに目立たないよう注意しながらタバコ箱くらいの小さな物体を仕掛けて行く。
数日後、パーパルディア皇国第三外務局は原因不明の火災で全焼した。
帝国消防局の徹底的な調査にも関わらず出火原因は不明のままに終わる。
火災保険には未加入だったため、外務局は再建費用を捻出することができない。
仕方がないので第三外務局は郊外の廃工場を改装して臨時庁舎とする羽目になった。
パーパルディア皇国第三外務局臨時庁舎
「なんだと!? また二階のトイレが詰まっただと。今週だけで何度目だよ」
外務局の上級職員が下っ端の事務員を怒鳴りつける声が狭い室内に轟き響く。
俺に言われても知らんがなぁ~! 事務員は内心の怒りを押さえつつ卑屈な笑みを浮かべた。
「この建物は全体的に配管が古いみたいなんですよ。一度、総取っ替えしてもらった方が良いんじゃないですかね。チマチマやってても切りがありませんよ」
「そうは言うがな。そんな予算どこから出ると思ってんだよ。私が魔法の壺を持っていてトイレ修理代が湧き出てくるとでも思っているのか? って言うか、そもそも俺たちはこの建物に永住するわけじゃないんだぞ。来年くらいには引っ越ししたいんだよ」
「だったら今年一杯は詰まったトイレで我慢しろっていうんですか。そんなの不衛生ですよ。夏になったらどうすんですか」
「いやいや、俺に言われても知らんがなぁ~!」
トイレ以外にもあちこちでガタが来た建物は業務運営に重大な支障を及ぼしていた。
「我が国から差し出す奴隷を去年の二倍にしとうございます」
どっかの小国の大使が人を小馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべながら答える。
「いや、あの、その…… そんなに一遍に出されてもうちで提供できる技術供与のネタがもうあんまり無いんですれど。何せ今は予算不足なんでねえ」
皇国外務局は旧式な技術を文明圏外国にちょっとずつちょっとずつ提供しては生計を立てていた。ただし、その知的財産権の大半は民間企業が管理する物だったりする。そのための代価は外務局が現金で一旦は建て替えなければならない。だが、それに要する手元資金が底を突きつつあったのだ。
本業では黒字なのに手元資金がショートして倒産の危機に陥るとは何たる不覚。
それにしても銀行の奴らには腹が立つなあ。よく銀行のことを『晴れた日に傘を貸して、雨の日に取り返しにくる』だなんて言うけれど、まさか本当だったとは。困った時に役に立たないどころか、足を引っ張るんだからたちが悪い。いつか見返してやれたら良いんだけれど。でも、このままだとこっちが長く持ちそうもない。
トーパ王国の大使が下卑た愛想笑いを浮かべながら揉み手をする。
「何でしたらうちで用立ててあげてもよござんすよ。金利は年七パーセントで如何でげしょ?」
今までのトーパ王国からは考えられない景気の良い話だ。
大使はこちらの反応を上目遣いで観察しながら言葉を続けた。
「俺は、俺達はガンダム…… じゃなかった、あの四井と取引をしているのですよ」
まるでゲイバーのママみたいな気色の悪い笑みを浮かべて大使は締めくくった。
いやいやいや、決してLGBTを差別しているわじゃないんだからね。
窓口勤務員のライタは誰に聞かれたわけでもないのに必死になって心の中で弁解した。
フェン軍祭の失態で日本国の評判は一時は地の底にまで落ちた。だが、四井グループの総力を上げた地道な営業活動が功を奏して勢いを急速に盛り返していたのだった。
第三外務局 二階食堂
お昼休みの憩いの一時、職員たちは思い思いに選んだ料理を美味そうに食べている。
窓口勤務員のライタは隅っこの席で自分で作った弁当を食べていた。先日の火災からこっち、働き方改革の名を借りたあからさまな残業規制で懐具合が寂しいのだ。
ちなみにここの食堂は持ち込みが許されていた。ただし、利用できるのは第三外務局の関係者だけに限られている。もちろん食堂の店員はいい顔をしないんだけれども。
それはともかくライタはこの窓際からの見晴らしが気に入っていた。なぜならば建物の隙間からほんのちょっとだけ港が見える。そこへ出入りする異国の船が楽しみでしょうがないのだ。
蛮族の物と思しき
ライタから少し離れたテーブルでは職員たちが食事をしながら楽しそうに談笑している。
食べながら話をするなんて行儀悪いなあ。躾の厳しい家庭で育てられたライタは内心ではそう思っていたがみんなに嫌われたくないから黙って聞き耳を立てていた。
「最近、蛮国連中の景気がやたらと良くないか?」
「確かに。ここ一月くらい凄い羽振りが良いよな。俺なんてジュース奢ってもらったよ」
「ちょっと前まではビビってこっちの言いなりだったのになあ。昨日なんか『うちは四井と取引があるんすよ」とかドヤ顔で言われちゃったぞ。たかがシオス王国の分際で」
「な、何だってぇ~! 俺もトーパ王国大使が似たような事を言ってたぞ。トーパなんて技術提供を倍にしてくれとか言い出す始末だ。なんでかって言うといま言ってた『四井』と取引しているってことだ。四井なんて聞いたことあるか?」
口の中に食べ物を一杯頬張った男が興奮気味に捲し立てる。飛び出す唾液を見た周囲の男たちがそれとなく微妙に距離を取った。
「身共には分からぬ、さぱ~り分からんぞ!」
「拙者は聞いたことがござらぬな」
「儂も同じじゃ」
「某も存じあげませぬ」
「アッ~~~!!」
窓口勤務員のライタが驚いたような叫び声を上げた。
食堂に集う全員が全員、迷惑そうな視線をを向けてくる。ライタは卑屈な笑みを浮かべながらペコペコと頭を下げた。