常識を犠牲にして大日本帝国を特殊召喚   作:スカツド

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第八話 宣戦布告

パーパルディア皇国 皇都エストシラント

 

 第三文明圏でたった一つだけの列強国(笑)パーパルディア皇国に君臨する皇帝ルディアスは普段は皇都の中心に建つ皇宮で生活している。約三万平米の敷地に舞踏会場、音楽堂、美術館、接見室、図書館、コンビニ、郵便局、土産物売り場、エトセトラエトセトラ。何でもかんでも揃った一大テーマパークの如き巨大施設だ。 部屋数はスイートが二十、来客用寝室五十、スタッフ用寝室二百、事務室百、浴室八十、エトセトラエトセトラ。全てを合わせた部屋数はなんと八百を超えているそうな。

 だが、金ピカでケバケバしい装飾は成金趣味その物と言った感じで上品さの欠片もない。

 スケールだけは立派だが繊細さや自然との調和といった感覚が一切感じられない庭園は金をドブに捨てた方がマシかも知れん。

 一見すると豪華絢爛に見える宮殿の内装も専門家が良く見ると手抜き工事の塊なのが丸分かりだ。

 この皇宮に一度でも来たことのある各国大使や国王はみんな影で囁きあっている。

 

「下品で醜悪で不快」

「税金の無駄使い」

「三馬鹿査定のナンバーワン」

 

 エストシラント時計台やエストシラント橋と並ぶパーパルディアの三大がっかりスポットと呼ばれているとかいないとか。

 そうは言っても皇都エストシラントはスケールという観点だけから見れば間違いなく第三文明圏では最大規模の都市の一つではあるだろう。まあ、東京、横浜、大阪、名古屋、札幌市の次くらいなんだけれども。

 

 

 

 皇宮から突如として呼び出しを食らった第三外務局局長カイオスは半泣きで平伏していた。

 

「苦しゅうない、面を上げい」

「ははぁ~!」

 

 ほんのちょっとだけ額を上げ、上目遣いで顔色を伺う。視線の先にはゴテゴテしたデコレーションが隙間のないほど施された座り辛そうな椅子に若い男がちょこんと納まっていた。偉そうにふんぞり返った皇帝ルディアスその人である。

 

「フェン王国を懲罰するため監査軍を派遣したそうじゃな。予は何も聞いておらぬが?」

「ははっ! 監査軍派遣の報告が遅れた件については謹んでお詫び申し上げます。このような事態が二度と起こらぬよう社内でのチェック体制を再点検して……」

「こんのぉ、はなんたれぶりがい~!」

 

 その時、ふしぎなことがおこった。異世界言語の変換トラブルなんだろうか。どういうわけだかルディアスの言葉は大分方言に変換されてしまったのだ。

 

「……」

 

 何と返したら良いんだろう。カイオスは曖昧な愛想笑いを浮かべて小首を傾げる。だが、その対応は返って怒りの炎に油を注いだだけだった。

 

「予は別に仲間外れにされたから機嫌を悪くしてるんじゃないんだからね。別に悔しくなんてないんだもん。じゃあ何で怒ってると思う? わっかるかなぁ~? わっかんねぇ~だろぉ~なぁ~」

「も、申し訳次第もございません。恐れ入りますが宜しければご教授下さりませ」

「知りたいか? どうしても知りたいって言うんなら教えてやらんこともないぞ。それはだなあ。ドゥルルルル~ ジャン! それは敗北した事でしたぁ~! どうよ、参ったか?」

 

 カイオスは全身にびっしょり汗をかいていた。こんな時、どんな顔すれば良いんだろう。分からん、さぱ~り分からん。

 笑えば良いと思うよ! その瞬間、まるで誰かが耳元で囁いたような声が聞こえてきた。空耳だとは分かっているが今はこれに乗っかろう。カイオスは満面の笑みを浮かべる。

 その表情に満足したんだろうか。ルディアスも少しだけ機嫌を直したようだ。小さくため息をつくとぽつりぽつりと話はじめた。

 

「んで、やったのはどいつだ? なんぼなんでもフェン王国じゃないよな?」

「流石にそれだけは無いかと思われます。ただ、懸命の捜索にも関わらず未だに何の手がかりも得られておりません。事故調査委員会が不眠不休の努力を続けております故、どうか今しばらくの時間を賜りとう存じます」

「うぅ~ん、何にも解らんということか」

 

 皇帝の顔が失望感で一杯になる。

 

「なんぼ二線級の集まりとは言え、曲がりなりにも軍事組織だよな。それが艦隊丸ごと行方不明だなんて前代未聞もいいところだぞ。一日も早い原因究明を期待しておる。頼むよ本当に」

「ははぁ~っ!」

 

 これにて一件落着。そんな雰囲気が場に漂い始める。

 話を蒸し返されたくないカイオスはこのチャンスを見逃さない。何食わぬ顔で話題を急転回させた。

 

「ことろで皇帝陛下、こんな知らせが入っておりますが」

「んん~、どんな話かな?」

「アルタラス王国の魔石鉱山の件ですがわけの分からんことを申して参りました。最大の鉱山の定義を具体的に提示して欲しいとのことにございます。経済可採埋蔵量なのか究極可採埋蔵量なのか。はたまた経済総埋蔵量なのかが分からんそうで」

「……?」

 

 顔中を疑問符で一杯にしたに皇帝ルディアスが言葉に詰まる。

 その間抜けな表情を見たカイオスは吹き出しそうになったが空気を読んで必死に我慢した。我慢したのだが……

 あっという間に限界を突破して思わず吹き出してしまった。

 

「ぷぅ~、くすくす。うふふふふ、うわはははは」

「何じゃ? 何がそんなに可笑しいのじゃ?」

「あは、あはははは。うへへへへ。いや、何でもございません。あはははは。ただ…… ただ、笑いが止まらなくなってしまったのでございます。うはははは。申しわけ…… えへへへへ。ございません。うふふふふ」

「もう良い、下がれ」

「かしこまり…… あはははは。ました。うふふふふ。えへへへへ。わはははは……」

 

 完全に笑いの壺に入ってしまったカイオスは腹筋が痛くてしょうがない。半分くらい窒息しそうになりながらも皇帝の前から這々の体で逃げ出すように立ち去った。

 

 

 

 カイオスの笑い声が聞こえなくなるのを待ってルディアスは吐き捨てるように呟いた。

 

「あいつは駄目だな。アルタラス王国討伐に監査軍は使わん。って言うか、使えん。正規軍を使わにゃらなんな。皇軍は準備出来ているのかな?」

「……」

 

 皇帝に声を掛けられた軍服男は上の空といった風情だ。

 

「もしもし? もしも~し、どしたん? Can you hear me?」

「へぁ? な、何ですかな? ちゃんと聞いてましたよ。アレでしたらアレですよ。ちゃんとやってますからご安心下さりませ。Don't miss it!」

「そ、そうか…… それを聞いて安堵したよ。んじゃ、後の事は頼んだぞ。って言うか、返す返すアルタラス王国のこと頼み申し候 ……」

 

 突如としてルディアスは弱々しい声で呟く。そして目をウルウルさせながら軍服男の手を力なく握り締めた。その様子はまるで死を間際にした秀吉さながらだ。しかし、そんなルディアスの心情なんてさぱ~り理解していない軍服男は首を傾げるのみだ。

 

「御意!」

 

 取り敢えず返事だけでも威勢良くしておけば誤魔化せるだろう。軍服男は内心の戸惑いを一切顔に出さなかった。

 

 この日、自称列強国(笑)パーパルディア皇国はアルタラス王国に宣戦布告を行った。

 

 

 

 

 

アルタラス王国 王都ル・ブリアスの王城

 

 国王ターラ十四世は王女ルミエスと話し込んでいた。

 

「なあなあルミエスさんよ。王都脱出のタイミングとかはちゃんと考えてるのかなあ?」

 

 王は内心の不安を懸命に隠しながら探りを入れる。

 

「タイミング? 戦いも始まらない内からそんな事を考えてるのですか。父上も意外とお甘いようで……」

「いやいや、この世で一番肝心なのはアレだろ、アレ。素敵なタイミングじゃんかよ。坂本九もそんなこと言ってたような気がするんだけどなあ。違ったかな?」

「そうだとしても今そのタイミングが分かるわけもないでしょうに。高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するしかありませんわ、お父様」

「そ、それって要するに行き当たりばったりということじゃないのかなあ。そんな気がしてしょうがないんだけどなあ……」

 

 モゴモゴと口の中で愚痴る国王ターラ十四世のことを周りのみんなは公然と無視していた。

 

 

 

 

 

アルタラス王国の首都から東へ百キロほど離れた洋上

 

 フェン王国の軍祭を辛くも脱出した大日本帝国空母打撃群は西南西へと大海原を進んでいた。

 幸いなことに二十二隻の木造船との衝突事故による損傷は無視できるほど軽微だ。数千トンから二万トンの鋼鉄製軍艦と数十メートルの木造船では強度というものが段違いらしい。

 

 一行が目指しているのは九州から三千キロほど西南西にあるという本州サイズの島国だ。って言うか、そもそもフェン軍祭に立ち寄ったのは寄り道に過ぎなかったのだ。

 その主な目的は調査と交易とされている。もちろん偵察機を使った航空偵察は事前に済んでいた。だけども実際に現地に足を運んで原住民と交流を持たなければ分からない実情だってあるだろう。そしてもし可能ならば積極的に交易を行いたいのだ。主に四井グループが。

 

 ちなみに異世界転移から半年も経ったというのに日本国政府は未だに彼らを人間としては認めていない。そもそもここは地球では無いから日本の法律も国際法も守る必要は無いという理屈を強弁している。

 食料や石油資源獲得のため、クワトイネやクイラと国交を結んだのは緊急避難的な超法規的措置にすぎない。それ以外の地域や団体を国家として認める気も外交を行う気もさらさら無いというのだ。

 だって、遵法精神や道徳観念の全く無いロウリアみたいな連中がウヨウヨしているかも知れないんだもん。こっちだけが法や道徳に縛られるなんて罰ゲームでも真っ平御免の助なのだ。

 

 とは言え、商売を行わなければ国内が深刻な不況に陥ってしまうだろう。

 そこで企画されたのが砲艦外交ならぬ砲艦商売だ。政府に強力なパイプを持つ四井グループと新世界で覇権を握りたい海軍はがっちりと手を結ぶ。まさに世紀の一大プロジェクトが立ち上がった。立ち上がろうとしていたのだが…… 早くも障害にぶつかりつつあった。

 

 

 

 

 

 パーパルディア皇国 第三外務局 アルタラス担当大使ブリガスを乗せた粗末な木造船は逃げ出すようにアルタラスを後にしていた。

 ペルソナ・ノン・グラーラの指定を食らって国外退去を命じられてしまったのだ。

 何たる屈辱。倍にして返さねば気が済まんぞ。ブリガスはさっきからムカついてムカついてしょうがない。

 こっちは挑発して先に手を出させようとしてわざとやっているんだ。それを本気で怒ることないじゃないかよ。ブリガスは手前勝手な屁理屈を口の中でブツブツ愚痴り続けていた。

 

「ブリガス大使、まもなく外洋に出ますよ。船が揺れますのでお気をつけ下さいませ」

「ああ、もうこんな所まできたのか。流石は風神の涙だな。だけどもスピードの出し過ぎにだけはくれぐれも注意してくれよ」

「ご安心下さい。こんな辺鄙な所を通る船なんて滅多に…… うぁわ! 回避! 回避!」

 

 小島の影から現れた巨大な船影に船長は咄嗟に反応する。反応したつもりだったのだが…… 全然間に合わなかった。

 

 

 

 

 

 大日本帝国空母打撃群の軽空母天保山で艦長をやっている中百舌鳥(なかもず)は死んだ魚の様な目をしてぼぉ~っと大海原を眺めていた。だって暇で暇でしょうがないんだもん。

 人手不足だか何だか知らんけどAIの導入によって高度に省力化されたお陰でやることが無くなってしまったぞ。そのせいでやる気も一緒に無くなっちまった。AIの普及によって人間の仕事が奪われるとかいう専門家の予想は本当のことだったなあ。昔から『専門家の予想は猿にも劣る』なんて馬鹿にしてたけど、それって本当は猿のことを馬鹿にしていたのかも知れん。動物愛護団体から抗議がくるのも止む終えんぞ。そう言えば聞いた話だと……

 

 その瞬間、小さな衝撃と異音が艦全体に響き渡った。とりとめのない妄想に現実逃避していた中百舌鳥の思考が一瞬で現実に引き戻される。

 

「今の音は何だ? 直ちに原因を調べて報告せよ!」

「三日ほど前にも同じ音を聞いた気がしませんか、艦長? フェン沖で」

「そ、そう言えばそんなことがあったっけ……」

 

 中百舌鳥は三日前の出来事をぼんやりと思い出す。八隻の艦船によって編成された空母打撃群はフェン沖で謎の木造船二十二隻と正面衝突したのだ。その悉くは一瞬で海洋ゴミへと変わってしまったんだけれど。

 その悲劇からたったの三日で同じことをやってしまうとは情けない。もしかして俺に…… 俺たちに学習能力は無いんだろうか? きっと無いんだろうなあ…… まあ、反省だけなら猿でも出来るっていうし。いやいや、今のは猿を馬鹿にしたわけじゃないんだぞ。中百舌鳥は誰に聞かれたわけでも無いのに心の中で必死に弁解した。

 

 

 

 

 

アルタラス王国首都 ル・ブリアスから真北に四十キロの海岸

 

 国王ターラ十四世と王女ルミエスはパーパルディア船沈没の第一報を聞いた直後に国家非常事態を宣言。直ちに現場へと急行していた。

 既に対パーパルディア戦は決定事項だ。だが、戦を仕掛けるならばまずは使者を立て口上を述べるべきであろう。腐海一の剣士ユパ・ミラルダもそんなことを言っていたっけ。

 それなのに、こともあろうか大使を乗せた船が見たことも聞いたことも無い国の巨大船と衝突して沈んでしまうとは。

 もしかしてこれってビジネスチャンス…… じゃなかった、普通のチャンスじゃね? ターラ十四世とルミエスの灰色の脳細胞が邪悪な思考でフル回転する。

 

「「この謎の巨大船をパーパルディアと戦わせよう!」」

 

 普段はとっても仲が悪い二人の声が珍しくハモる。悪意で一杯の笑顔を浮かべた二人の権力者。その様子は周囲の側近たちから見ると頼もしくもあり、恐ろしくもあった。

 

 

 

 

 

 空母打撃群は沖合に停泊すると少人数を上陸させた。海岸から少し内陸に入った平地に大急ぎで特大の天幕を張る。バドミントンくらいなら出来そうな広い空間に折り畳みテーブルとパイプ椅子が並べられた。

 王様と王女様の分だけは肘掛けが付いているちょっと立派な奴だ。しかもご丁寧なことに座布団まで敷かれている。

 

「アルタラス王国、ターラ十四世陛下、並びにルミエス王女殿下のおな~り~!」

 

 ギリギリ準備が間に合ったタイミングでアルタラス側の従者が先触れを告げる。

 大日本帝国空母打撃群の艦隊司令を務める岸和田少将、四井物産の富田林支店長、四井商事の高槻部長は弾かれたように立ち上がると深々と頭を下げた。

 たとえ人間扱いすらしていない野蛮な原始人どもとは言え、仮にも相手は国家元首を自称しているのだ。第一印象を良くしておいても損は無いだろう。

 お礼とお辞儀はタダなのだ。使わんと勿体ない。

 

「面を上げよ!」

 

 鷹揚な態度で従者が告げる。自分が偉いわけでもないのに威張り散らしやがって。虎の威を借る狐とは正にこのことだな。岸和田は心の中で苦虫を噛み潰す。

 

 日本側代表者が恐る恐るといった風に顔を上げる。そこにはゴテゴテと金ピカで飾り立てた衣装に身を包んだしょぼくれた爺さんが立っていた。それとは対照的なのが隣の女だろう。ケバケバしい厚化粧はまるで水商売でもしているかのようだ。

 

 いい女なのにファッションセンスが壊滅的だな。まるで安酒場の姉ちゃんみたいだぞ。

 四井物産の富田林は心の中で嘲り笑うが決して顔には出さない。

 

 だが、隣では四井商事の高槻が鼻の下を伸ばしている。

 こいつ、こんな女が好みなのかよ。まあ、他人の趣味に口出しするのは野暮って物か。今は何も言うまい。富田林は眼前の二人に意識を戻した。

 

「して、日本の方々よ。我が偉大なるアルタラス王国へ来訪せられたるは何故じゃ? 直答を許す」

 

 ようやく王が声を発する。その顔は不安と期待で半分半分といった感じだ。

 暫しの沈黙が訪れる。富田林に脇腹を突っ付かれた岸和田は愛想笑いで時間を稼ぎながら事前に用意してきた原稿をポケットから取り出す。

 

「えぇ~っと…… その前に一言宜しいでしょうか? 先ほど発生した海難事故に遭われた犠牲者、並びにご遺族の方々に日本国政府を代表して深く哀悼の意を捧げます。ただし! この事故は貴国の船舶が注意義務を怠っていたために発生したものであることをご留意いただきたい」

 

 突然のアポ無しの訪問に対し、わざわざ国王と王女が雁首揃えて出張ってくるなんてどう考えても異常だ。これは海難事故にいちゃもんを付けに来たと考えるのが妥当だろう。

 岸和田は軽くジャブを打つつもりで先制パンチをお見舞いする。何せ攻撃は最大の防御なのだ。

 

 しかし、一国の国王ともあろうお方はよりにもよってミルコ・クロコップのような台詞で反撃してきた。

 

「は、はぁ? お前は何を言っているんだ?」

 

 その眼光の鋭さはまるで格闘家さながらだ。もしかしてこのおっちゃん武道の心得とかあるのかも知れん。

 だけどもここは一歩も引くことのできない状況だろう。岸和田は(ふんどし)を締め直す。まあ、実際はそんな物を締めていないんだけれども。

 いやいや、パンツは履いてますよ。ちゃんと。岸和田は誰に聞かれたわけでもないのに心の中で必死に言い訳した。

 

 どうやらアルタラスの蛮族どもはこの不幸な海難事故を日本から賠償金をせしめる絶好の機会と捉えているらしい。岸和田の灰色の脳細胞が高速回転を始める。

 これって例えるならば幕末に坂本龍馬の海援隊が運航していた『いろは丸』が紀州藩の明光丸と起こした衝突事故みたいなものかも知れんぞ。

 あの事件で龍馬はガラクタしか積んでいなかったことをひた隠しにして紀州藩に莫大な賠償金を吹っかけた。そして一月にも及ぶ交渉の末、積荷代と称して相賠償金八万三千五百二十六両百九十八文をまんまとせしめたのだ。

 

 テレビの歴史番組で見た話によると竜馬は紀州藩が海上衝突予防規則に無知なのを良いことに相手に責任を擦り付けたんだそうな。実際にはいろは丸が面舵を取って回避しなければならなかったらしい。そもそも明光丸は黙って直進してるだけで何の責任も無かったんだとか。それにいろは丸は夜間なのに無灯火だったという説もある。だけど、ドライブレコーダーも無い時代にそれを後から証明するのは不可能というものだ。

 結果的にいろは丸は沈んでしまい、明光丸だけが生き残った。これだと事情に通じていない者が傍から見れば明光丸が一方的に悪いように見えても致し方ない。

 

 要するにこれって完全に詐欺事件じゃんかよ! まるで当たり屋の所業だな。海外旅行なんかだと特に気をつけなきゃならん奴だ。それにしても保険が無いって悲しいなあ。そうだ、閃いた!

 

「富田林さん、高槻さん。お二人は四井海上火災にお知り合いはいらっしゃいませんか?」

「勿論、沢山おりますよ。もしかして火災保険にご興味がおありですか?」

「いやいや、いま必要とされているのは船舶の保険ですよ。ターラ十四世陛下、ルミエス王女殿下。残念ながら日本国としては今回の海難事故に対する補償は出来かねます。ですが、今後このような悲劇を二度と繰り返してはなりません。我々にはそのための知識と技術があります。いかがでしょう? 私たちにそのお手伝いをさせては頂けませんでしょうか?」

 

 岸和田はこれ以上は無いというくらいのドヤ顔で両手を広げる。

 だが、国王と王女から返ってきたのはさぱ~り分からんという愛想笑いだった。

 


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