バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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1日後れましたが、1万字は辛いって!!
フィール=ウォルフォレンのイメージ画だって意外と時間がかかったのに!!(切実)

良かったら感想、評価をお願いします。では行こう!!



第6話

 

 ちゃぷん。と水滴が湯面に落ちて小さな音を立てる。

 入浴剤が入れられた湯は乳白色で、何処か落ち着く香りを放っている。冷たい雨に濡れた体に、暖かいお湯の熱がジンわりとしみこんでいき、筋肉がほぐれていく。

 

 

「……はぁ……」

 

 

 力無くため息を吐き、チャポーンと言う湯の音が身体から力を奪っていく。フィールはセラの家に住んでから5日が経った。セラは相変わらず笑顔で、楽しそうな顔で先生をしている。その姿にフィールは少し笑っているが、心から笑う事が出来ない。心から笑う事を忘れてしまったかのように。

 

 

「……この世界に来てから……私も甘くなったかなぁ……」

 

 

 感情を押し殺し、フィール=ウォルフォレンと言う偽りの存在を演じる。それが基本だったのに、感情が表に出てしまう。この世界は限りなく優しく、蜂蜜のように甘い世界だ。フィールが居た未来に無かった世界に染まりそうで、でもそんな事許されないと思う事は変わらない。罪過を背負った事を一度たりとも忘れた事はない。

 

 ただ、偽り続けるのも疲れてきた。馬鹿みたいに騒いで、はしゃいで、笑っていられる世界にただ演じているのが馬鹿らしく思ってしまうくらい。そう考えていると風呂場のドアが開く。

 

 

「フィールちゃん♪」

「なっ!? セラ先生、私、先にお風呂をいただきますって言いましたよね!?」

「一緒に入りたかったし、別に女の子同士なんだから構わないでしょ?」

「私が気にします!!」

 

 

 普通に裸で風呂場に突入するセラにどうにもセラの前で冷静になり切れないフィール。単純にセラの行動が唐突だったり読めなかったりすることもあって、気を張ってもボロが出る。セラは気にせず、フィールの隣の湯煎に浸かる。

 

 

「はああぁぁぁ、生き返るうぅぅぅ」

「……すみません。私が来たばっかりに、セラ先生に負担かけてしまって……」

「謝らないの。それにフィールちゃんが来てから楽しいから、私は気にしてないよ。フィールちゃんが狙われる理由もあるんだし、こう言うのは大人の私の役目だし」

「……セラ先生」

「それ!」

「?」 

「せめてこの家では先生禁止!」

 

 

 首を傾げるフィールにビシッと指を刺すセラ。

 単純に先生だと距離感があったのだろう。フィールは困惑していた。仮にも家主だから、従者的な立場を考える。

 

 

「えぇえ……じゃあセラ様?」

「様も禁止!」

「……じゃあセラさんで……」

 

 

 弱々しく呟くフィール。

 それが一番いいのだ。この世界ではフィール=ウォルフォレンなのだから。目の前に居るセラが同一人物であっても、未来にいた世界とは違うセラ=シルヴァースだ。フィールが産まれない世界、この人は別人だ。分かってるつもりだ。

 

 

「フィールちゃんって不思議だよねぇ〜」

「……何がですか?」

「何というか……子供っぽくなくて大人びているからさ〜」

 

 

 まあ、確かにフィールは年相応の精神じゃない。

 子供っぽくなく、大人びている。だが、フィールにとって生きる事さえ必死だった世界で宮廷魔導師団まで入って立ち向かっていたのだ。逆に言えば、年相応の生き方を知らないとも言える。

 

 

「もう少し、肩の力を抜いて子供っぽく遊んでもいいんだよ〜」

「別に……そんな暇ありません」

 

 

 未来のルミアさんから聞かされた話はある程度の事は知っているが、詳細を詳しく知っている訳ではない。唯一分かるのは、この魔術競技祭で女王陛下の暗殺を企んでいる人間がいると言う事。気は抜けない。

 

 

「フィールちゃんは親が居ないんでしょ? 私が今は保護者みたいなものだからさぁ。フィールちゃんにも楽しんでほしいんだよね」

「保護者じゃなくて監視役でしょう」

 

 

 ただの気遣いが今は苛立ちを感じる。

 楽しめ、と先を知っている人間に聞かされれば、お気楽もいい所だ。自分は楽しむ為にこの世界に来たんじゃない。最悪な未来を阻止する為に来たのだ。それだけが、この世界に来た意味なのだから。

 

 

「別に……私に家族なんて要りません。いつも独りで生きてきたんですから」

「ええぇ……それじゃあ悲しいよ。お母さんって呼んでもいいんだよ?」

「っっ!! いい加減にしてください!」

 

 

 冗談でセラが言った言葉に激昂するフィール。

 フィールがそれを認めてしまえば、未来に居た本当の母親を記憶から殺す事になる。それだけは自分で一番許せない事で気付けば無意識の内に叫んでいた。

 

 

「……あっ、ご、ごめんね?」

「……その……すみません。もう上がります」

 

 

 フィールは居辛くなって風呂場を先に上がった。

 セラが用意してくれた部屋に閉じ籠り、乾かない髪のまま布団を被る。やっぱり、この世界は自分の居るべき世界では無い。フィールの過去の優しい記憶も辛かった現実も霞んでしまいそうだ。

 

 

「《我が心が鋼の如く・何者にも揺らぐ事無し》」

 

 

 不安定な精神を【マインド・アップ】をかけて大人しく寝る事にした。結局、セラとフィールは少しだけ仲違いしたまま魔術競技祭当日になった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「さぁそして最終コーナーに差し掛かった! なんと! 二組のロッド君が! ぬ、抜いたぁぁぁぁ! まさかの、二組が三位だぁぁぁぁぁぁ!」

 

 

 二人で一チームを作り、学院敷地内に設置したコースを一周ごとにバトンタッチしながら何十週する『飛行競争』の競技。二組は先頭集団とは大きく離されてしまったが安定した飛行で三位をキープしそのままゴールした。そしてゴールと同時に拍手と大歓声が巻き起こる。

 

 

「やったぁ! 先生! ロッド君とカイ君が三位ですよ!」

「(えぇ……嘘やん……)」

「……グレン君、そこは喜ぼうよ」

 

 

 グレンの隣で大喜びするルミア。グレンはまさか上位に食い込むと思わなかったのか呆然としておりそれを見てフィールとセラは呆れていた。セラとフィールは若干距離を置いている。昨日の事もあってフィールがセラを無意識に避けているのだ。

 

 

「(いや、確かに一週間で飛行速度を上げるのは無理だからペース配分の練習だけやってろとは言ったが……まさかここまでやるとは思わないじゃん……?)」

「幸先良いですね、先生! もしかしてこの展開計算通りでしたか?」

「と、当然だろう? 体力勝負になるこの『飛行競争』。ペースさえ守れば他の奴らが勝手に自滅してくれる、だから俺の指示は簡単だ。ペース配分は死んでも守れってな! はっはっは、楽な采配だぜ」

 

 

 グレンの後付け講釈を周りで聞いていた生徒たちはフィールとセラを除いて勘違いして尊敬の眼差しを向け始める。

 

 

「(いや、君たちマジでやめて……? 俺にそんな期待の視線を向けないで! 心が痛い……)」

「グレン君よくボロが出なかったね……」

 

 

 そしてこの光景を見ていた一組が難癖をつけてきたがグレンへの信頼が最高潮に達している二組は逆に一組を煽り返しグレンはさらに憔悴しきってしまった。

 

 そして競技がどんどん進んでいき、二組の快進撃は続いていく。最初の『飛行競争』の三位が効いており二組の士気はかなり高い。

 

 

「あ、当てたぁぁぁ! 二組のセシル君、三百メートル先の空飛ぶ円盤を【ショック・ボルト】で撃ち抜いたぁぁぁ! 『魔術狙撃』のセシル君、四位以内確定だぁぁ!」

「やった! グレン先生の言うとおりだった……! これならいけるよ!」

 

 

 成績が平凡な生徒たちは予想外に大健闘をした。

 当然と言えば当然だ。グレン先生の授業を聞いている二組なら魔術師の基礎的土台が組み上がっている。アドバイスも現実的、戦略的にも的を得ている為、快進撃と言った所だ。

 

 

「な、なんとぉぉぉ、正解のファンファーレが鳴り響く! 二組のウェンディ選手、『暗号解読』圧勝だぁぁぁ! 二組の快進撃が止まらなぁぁぁぁい!」

「この分野で負けるわけにはいきませんわ! とはいえ……神話の翻訳、先生のアドバイスが無かったらダメだったかもしれませんでしたわね……感謝しませんと!」

 

 

 成績上位者は安定して好成績を収める。

 しかし、いくら快進撃を続けていても他のクラスと二組にできている地力の壁が地味に高いのだ。現在三位の二組と一位の一組は得点差はそれほど離れてはいないが少しずつ離されている感があるため安心が出来ない。

 グレンとセラは手元のプログラムを見ながら話し合っている。その距離感に違和感を持たない事にクラスの大半は呆れている。男子の視線が痛そうだが。

 

 

「しっかし、他のクラスとの地力の差が厄介だな……」

「そうだね……でもこのまま高順位を保てればいけるかも……!」

「二組が一位になって一組が負けるような競技……おっ、これはひょっとするといけるかもしれんぜ?」

 

 

 グレンは手元のパンフレットを見て午前の最終種目の欄を見てにやりと笑った。次の競技は『精神防御』、その次は『殲滅戦』だ。『精神防御』は勝てば中々の高得点になるし、『殲滅戦』は決勝戦並みに配点が高い。

 

 

「ねぇ、先生? 次の競技、やっぱりルミアを変えない?」

「はぁ? いや、何言ってんだ白猫」

「『精神防御』はルミアには酷すぎるわよ……!」

 

 

『精神防御』。精神汚染攻撃への対処法は魔術師として必須であり、この競技はそれを競い合う競技だ。精神作用系の呪文を白魔【マインド・アップ】という自己精神強化の術を使い耐えるというシンプルな形で競われる。段々と威力を上げていき最後まで精神を正常に保っていた者だけが勝者となる。

 

 しかし、最後まで耐えれないと最悪の場合は病院のベッドに送られてしまう過酷な競技でもある。システィーナのグレンへの指摘通りルミア以外の選手は全員男で、さらには一人を除いては全員捨て駒とした選手ばかり。各クラスはグレンのように勝ちに来てるのではなく『精神防御』を捨てて主力選手を温存するために成績下位者を出場させているのだ。大半はそうする。

 

 

「先生も酷い人ですね、全員を出すためにこの競技に彼女を出したんでしょう? そこまで成績は優秀じゃないから出場させる競技が無いですからね、この競技に捨て駒として……」

「それは違うよ。本気で言ってるなら見る目がないよギイブル、システィーナ」

 

 

 グレンの近くに来ていたフィールがギイブルと抗議するシスティーナに向かってため息を吐きながら口にする。

 

 

「えっ? どう言う意味かしら……」

「何っ!? それ以外に何があると言うんだい?! 五組のジャイルがいるんだぞ? 勝てるはずがないだろう?!」

「精神防御に関してはルミアがクラスで1番だからだよ。私よりもね」

「はぁ……ルミアが捨て駒? ギイブル、白猫、お前ら何言ってんだ?」

「え?」

 

 

「ただいまより、『精神防御』を開始します! 今年も第六階梯のツェスト男爵にお願いしたいと思います!」

「さて、早速競技を開始しよう。今年はどれだけ私の華麗なる魔技に耐えられるかな?」

 

 

 そう言ってツェスト男爵が白魔【スリープ・サウンド】を唱え、選手たちは対抗呪文として白魔【マインド・アップ】を唱えていく。そして、呪文が完成してすぐに地べたに倒れて眠ってしまった選手が現れる。

 

 

「去年の覇者五組のジャイル君がいますからねぇ、どのクラスも主力を温存しているんでしょう! しかし! 二組のルミアちゃんがどこまで残れるか実況の僕としては思うのですが、どうですか? 男爵」

「そうだな……可憐な少女がどこまで私の精神操作呪文に耐えてくれるのか、いたいけの少女の心をどのように汚染し尽くしてやるか実に楽しみだねぇ!」

 

 

 男爵が気持ち悪い笑みを浮かべて魔杖を舐める様は変態そのものだった。フィールはルミアを見ると、流石のルミアも思わず一歩引いていた。ちなみに観客席ではフィールがゴミを見るかのような視線で睨み付け、学園長は「アイツ、クビにしよう」と言う意見にセリカも同意。

 

 セラとシスティーナがフィールドに行きかけているのをグレンとフィールが止めていた。無論フィールも止めたくはないが。アレは単純に女の敵だ。後で巨悪の発端を握り潰すと言う物騒な事を考えていた。

 

 そして、エロ男爵ツェストによる精神攻撃は続いていき最終的に残ったのは五組のジャイルと二組のルミアだけになった。

 

 

「なっ……五組のジャイルと張り合ってるだと?! 彼女……あそこまで強かったのか……!?」

「白魔【マインド・アップ】は、素の精神力を強化させる呪文。精神力が強い人間には効果が大きいの。ルミアは素で精神的な心構えが違うからね」

 

 

 それを説明したフィールをチラリとグレンは見る。

 心構えだけならフィールも常人のソレとは格が違う。まるで戦場を知っているかのような、ルミアが居なければグレンは間違いなくフィールを選んだだろう。

 

 

「まぁ、ルミアでも楽勝だと思ってこの競技に送り出したが……あのジャイルとか言う奴? アイツやべえな、どんな修羅場潜ってきたんだ?」

「万が一の時は行きましょう。無理させる程でも無いので」

 

 

 親友を応援するシスティーナの隣でフィールとセラ、グレンは静かに覚悟を固めていた。

 フィールド上では遂に【マインド・ブレイク】の呪文に入った。これは精神操作系の呪文の中で一番危険と言われる呪文だ。下手をすれば相手を一瞬で廃人に追いやってしまう呪文でもある。そして、ツェストが呪文を唱えるが二人は【マインド・ブレイク】すらも耐えてしまう。

 

 

「お前……やるじゃねえか。ここまで気合入ってる奴は滅多にいねえぞ?」

「そ、そうかな?」

「だけどそろそろキツイんじゃねえか? 棄権したらどうだ」

「あはは……実は結構キツイんだよね……でも、みんなと一緒に1番を目指すから、私は頑張れるんだ!」

 

 

 そう言ってルミアは観客席のグレンやシスティーナを見つめる。負けられない戦いにルミアは強く立ち向かう。

 ジャイルはルミアのこの競技に対する思いも理解したため何一つ言わずに前を見据えた。そして、二十八、二十九、三十とラウンドが過ぎていき三十一ラウンドで膠着状態だった戦況に変化が現れる。

 

 

「っ……!」

「あぁぁぁっと! ここでルミアちゃんがよろめいてしまった!」

 

 

 最初と比べて威力が上がった【マインド・ブレイク】がルミアの【マインド・アップ】の守りを貫通してきてしまった。バランスを崩したルミアは片膝をついて俯いている。対するジャイルは全く動じず仁王立ちのままだった。

 

 

「大丈夫かね……? ギブアップするかい?」

「…………い、いえ……大丈夫です。やれます!」

「な、なんと! ルミアちゃんまだ続行です! これはまだ勝負の行方は分からないかぁぁ?!」

 

 

 実況も会場も大盛り上がりになってきた午前最後の種目『精神防御』しかし、それは1人の男の声で終わりを迎える。

 

 

「棄権だ!」

 

 

 突然上がった叫び声に会場はしんと静まり返る。

 ルミアが辛そうな表情で後ろを振り向く。

 

 

「え……先生……?」

 

 

 ルミアが振り返るとそこにはフィールとグレン、セラがフィールドに上がってきた。これ以上は危険だと判断したのだろう。

 

 

「え、えーと。二組の担当講師グレン先生……? 今なんと……」

「棄権だ、二組は三十一ラウンドクリアした段階で棄権する。これ以上はルミアが無理だ」

「な、なんと! 二組のルミアちゃんは棄権! 今年の『精神防御』もジャイル君の勝利だぁぁぁぁぁぁ」

 

 

 実況がそう告げるがルミアの番狂わせが観れると期待していた観客たちからはブーイングの嵐が起きてしまう。セラはルミアを支え、フィールはブーイングする観客を睨みながら、審判に話しかける。

 

 

「あー、審判さん。それは違うよ」

「……? どう言う事ですか?」

「ジャイル君、悪いけど触るよ」

 

 

 フィールは反応の無いジャイルの額を軽く押すと、ジャイルは腕を組んだまま白目を剥いていた。別段魔術を使った訳では無い。ただ指で軽く押しただけで倒れてしまった。

 

 

「ジャイル君、立ったまま気絶してたからね」

 

 

 白目を剥いて腕を組むジャイルを見てクスッと笑うフィールに、その言葉でブーイングが一気に収まった。

 

 

「と、いうことはどうなるんでしょうか?」

「ルミア君の勝ちだろうな。棄権したがジャイル君が耐えられなかった三十一ラウンドをクリアしているからな」

「な、な、なんとぉぉぉぉ!? 大どんでん返しだぁぁぁぁ! 『精神防御』勝者はルミアちゃんだぁぁぁぁ!」

 

 

 会場は先ほどのブーイングの比にならないぐらいの大歓声が響き渡る。フィールはルミアの頭を軽く撫でる。

 

 

「よく頑張ったね、ルミア」

「うん……! ありがとうフィールさん!」

「ルミア! おめでとう!!」

 

 

 システィーナもルミアに抱きついて喜びを共有する。

 セラやグレンはそれを遠目で満足したような笑みで見ていた。

 

 

『次の競技、『殲滅戦』に出る生徒は入場口まで来てください』

「あっ、私だ」

 

 

 フィールは少し早足で入場口に向かう。グレンはフィールすれ違う前に大丈夫なのか尋ねる。『殲滅戦』は競技の中で一番危険な競技だ。フィールなら問題ないかもしれないが、念のため確認する。

 

 

「次は『殲滅戦』か。黒猫、お前大丈夫なのか?」

「心配なんてお釣りが来ますよ? グレン先生」

「悪い、愚問だったわ」

 

 

 次の競技は『殲滅戦』。この競技は至ってシンプル、1組から10組の代表生徒が、一つのフィールドで場外、又は気絶するまで戦い、最後に立っている生徒のクラスに配点が入る。魔術は当然、格闘術も使用可能だ。

 

 

『さあ! 配点が決勝戦の次に高い『殲滅戦』! 注目すべきは快進撃を見せる二組の主席、フィール=ウォルフォレン! 一組と二組の順位が更に近づきます! それでは試合、開始です!!』

 

 

『殲滅戦』開始のアナウンスが流れる。それと同時に生徒達はフィールに向けて呪文を放つ。

 

 

「黒猫っ!!」

 

 

 グレンはその狙いにいち早く気付いたのか、フィールに忠告を叫ぶがもう遅い。九人同時に放たれる呪文がフィールを襲う。

 

 

「「「《雷精の紫電よ》!」」」

「「「《大いなる風よ》!」」」

「「「《残響為る咆哮よ》!」」」

 

 

 九つの呪文が着弾し砂煙を起こす。この煙が晴れればフィールは場外に飛ばされているかその場に倒れて気絶しているかのどちらかだろうとフィールドの生徒達は思った。

 

 

「き、汚ねぇぞ! 同盟を組むなんて!!」

「フン! 勝負は始まる前から始まっているのだ!!」

 

 

 1組の生徒がカッシュの言葉を黙らせるが、観客席から二組を応援している生徒達からはブーイングを浴びる。だが1組にとって勢いに乗っている二組を黙らせるためにはこの策しか無かったのだ。だが、フィールは平然と砂煙の中から悠然と立っていた。

 

 

「……プライドを捨ててこのザマか。つまらない作戦ですね」

「なっ……!」

『何という事だぁぁぁぁ! 9つの攻撃を受けて尚無傷で立っているフィール=ウォルフォレン!!』

「黒魔改【ライアブル・スクリーン】で強化した風の結界を作っただけですよ。まあ、こうなるなとは思いましたけど」

 

 

 クラス全員が立つ場所が妙におかしいと思って防御の【ライアブル・スクリーン】を使ったのが正解だった。だが防いだのに納得がいかないと叫ぶ生徒達。それにウンザリしたのかフィールはため息を吐いた。

 

 

「ハァ……騒がしい人達ですね。イライラしてきます」

「もう一度だ! もう一度同じ魔術を!」

「《う》《る》《さ》《い》《よ》」

「グハァ!?」

「なっ!? ぎゃあああああ!!」

「《森人の加護––––グハァ!?」

 

 

 たった一文字で【ショック・ボルト】を二反響唱(ダブルキャスト)しながら、殲滅戦に参加した生徒全員にぶち込んだ。詠唱が早過ぎるせいか終わりは呆気なく、【ショック・ボルト】を少しだけ電圧を上げていた事で生徒全員はその場で倒れた。

 

 

『な、なんとぉぉぉぉ! 圧倒的力の差を見せつけ、『殲滅戦』は二組のフィール=ウォルフォレンの勝利だぁぁぁぁぁ! これぞまさに殲滅! 戦場を蹂躙するかのような怒涛の攻撃でしたぁぁぁ!』

 

「うわぁ……マジか。しかも『二反響唱(ダブルキャスト)』しながらあんな短い起動術式で精度を落とさないなんて、天才過ぎるだろ」

 

「……フィールちゃんのノート見た事有るけど、普通に学生レベル超えてたよ?」

 

「だろうな……アイツ学園にいる意味殆ど無いだろ」

 

 

 学園が教えられる分野を超え過ぎている。元同僚のアルベルトが学園の生徒になったみたいだ。純粋な完成度の魔術師としてはシスティーナどころかセラですら足元にも及ばない。

 

 

「ねぇ、フィールちゃ––––」

「午前の部はこれで終了ですね。もう行きます先生」

「ちょっ、黒猫っ!?」

 

 

 セラの呼び止める声を無視してフィールが早足で競技場から去る。セラは伸ばした手を引っ込めるが、グレンはその様子にため息を吐きながらセラを見る。

 

 

「……ったく。セラ、お前も黒猫も朝から変だぞ? 何があった?」

「その、冗談でお母さんって呼んでいいって言ったら怒っちゃって」

「……セラ、お前ロリコンか? 母性に目覚めておかしくなったか?」

「違うよ!?」

 

 

 丁度お昼頃だ。毎日サンドイッチやお弁当を貰っていたグレンにも借りはある為、グレンはフィールを追いかけた。もう一つは正体について知りたいのだろう。魔術特性(パーソナリティ)だけでは無いのは薄々勘付いているからだ。

 

 

 ────────────────────

 

 

 フィールは競技場の外のベンチでサンドイッチを食べていた。

 ただ俯いて、悲しむ様子もなく無表情で食べている。無表情なせいか何故かいつも美味しそうなサンドイッチが不味そうに見えてしまう

 

 

「お前、いつも昼にサンドイッチを食べてるよな。好きなのか?」

「……別に」

 

 

 別にサンドイッチは好きではない。ただ、思い出があるからいつの間にか外せなくなっただけだ。一種のルーティンみたいなものだ。

 

 

「お弁当ならセラ先生に預けたんで、そっちに行ったらどうですかグレン先生」

 

 

 セラにグレン先生に渡しといて、と書かれたメモを残し、魔術競技祭へ先に向かっていたフィール。単純に昨日怒った手前で、何事もなく顔を合わせるのが少しだけ嫌だった。単純に迷惑かけているのは分かっているけれど。

 

 

「まあそれは後で取りに行く。んで? 黒猫、どうしてお前は『二反響唱(ダブルキャスト)』が使えるんだ? アレは軍の宮廷魔導師団くらいしか使えねぇ筈だ」

「……自分で考えてください。仮にも先生でしょ」

 

 

 未来で宮廷魔導師団に入っていたから当然だ。

 絶対に分かるわけが無い。『天の知恵研究会』に狙われる対象な以上、『天の知恵研究会』に所属している訳でもない。

 

 

「やけに棘がある言い方だなコラ。分からないから聞いてんだろ? 別にやましい事じゃねぇだろ。それに何だぁ? セラがお母さん呼ばわりして欲しいって事にまだ怒ってんのか? 別に冗談で怒る事でも––––」

「黙ってください!!」

 

 

 ビリビリッ! と聞こえた怒号に思わずグレンが怯んだ。

 ただの餓鬼の駄々だって分かってる。ただ子供みたいに下らない事は分かってる。けど、この世界は自分がいない全く別の世界だ。この世界に依存する事は未来の使命もフィールの過去も全てが否定されてしまうようで、自分自身に対する苛立ちが抑え切れない。

 

 

「……悪かった」

「……いえ」

「……母親が大事なんだな」

「……凄い人でした。『天の智慧研究会』の陰謀に、最後まで立ち向かって……でも、殺されてしまった」

「!」

 

 

 フィールの母親はセラ=シルヴァースだ。それは変わる事は無い。だが、フィールが産まれないこの世界は自分が居た世界と全く違う。過去が変わったなら、フィールが産まれなかったなら、フィール=レーダスはこの世界では赤の他人だ。この世界のセラに重ねるのに少しだけ抵抗があった。

 

 

「本当は、何で私を残して死んでしまったの? っていつも思ってました。何も出来なかった自分が居るから、何も守れなかったって……だから強くなったんです。理由は……それだけです」

「……すまん。嫌な事聞いた」

「いえ……ただグレン先生」

「?」

 

 

 フィールは少しだけ、本音をグレンに聞かせた。

 もう叶わなくなってしまったフィールの夢だ。夢は何処まで行っても夢でしかない。それでも、自分の夢を語った。

 

 

「私はただ、お父さんとお母さんを守れる『正義の魔法使い』になりたかったんです」

「っっ……『正義の魔法使い』ねぇ……」

「あの場所では……もう永遠になれませんけど、それでも今があるならいいんです。『正義の魔法使い』なんてものより、2人を守れる力があったらって……そう思ってただけです」

 

 

 それが出来たならどれだけ良かったか。

 未来でそんな事が出来ればどれだけ幸せだったのか。だからもう失くすつもりはない。この世界で赤の他人であったとしても。

 

 

「(それでも……私は2人を助けるから……今のお父さんと同じように)」

 

 

 必ず守り抜いて、未来を変える。

 それが、未来でフィールが《愚者》から受け継がれた最後の意思なのだから。

 

 

 ────────────────────

 

 

 午後の部が始まり、最初の種目『遠隔重量上げ』が始まる。この種目は白魔【サイ・テレキネシス】の呪文で鉛の詰まった袋を触れずに空中へ持ち上げる競技だ。より重い袋を持ち上げた選手に得点が入るルールである。

 

 それを少しだけ眠たそうに眺めていると、グレン先生とシスティーナが話している所を目撃した。

 

 

「先生、ルミア見ませんでした?」

「ルミア? あー、悪い。今は1人にさせた方がいい」

「? 何でですか?」

「俺らの元にアリシア陛下が来た」

「!」

 

 

 グレン先生とシスティーナは話す内容が内容なので小声で話してはいるが流石のシスティーナも驚きを隠せないでいた。どうやらルミアが先生にお弁当を渡した後にアリシア陛下がこっそりルミアに会いに行ったらしい。だが、エルミアナとして接したアリシアに対して、エルミアナは死んだと伝えられ、その会話を拒絶して何処か行ってしまったのだ。

 

 

「そんなことが……だからあの子一人でどこかに行っちゃったのね」

「まぁ、こんな状況なら誰でも一人になりたいんだろ。まあ、一人になりすぎて塞ぎ込む問題でも無いと思うが……」

「先生、じゃあ私がルミアを探してきます」

 

 

 会話に入ってそう言ったフィール。

 どの道、この後に何かあるのは分かっている。事件が起きるなら元凶の中心が狙うルミアの近くにいた方がいいだろう。

 

 

「黒猫が? いいのか?」

()()()()()なら話し易いですし、先生は生徒たちにアドバイスした方がいいでしょう? 適材適所ですよ。私は午後の部は何にもありませんし」

「分かった。んじゃ頼むわ」

 

 

 グレンは察したのかフィールに頼んだ。

 フィールは了解と言った後、黒魔改【ストーム・グラスパー】を使って風の感知を広げ、ルミアを探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何見てるのルミア?」

「あ、フィールさん……ロケット・ペンダントだよ。この中に誰か大切な人の肖像が入ってた気がするんだけどいつの間にか失くなっちゃったんだ……」

 

 

 そう言いながらルミアは寂しく笑う。

 それをフィールは無言で見つめる。自分も同じものを持っている。ロケットの種類は違うけど。

 

 

「これ自体特に価値があるわけじゃないんだよ……こんなものを今でも大事に持ち歩くなんてやっぱり変だよね……」

「変じゃないよ。中身は見せられないけど、私も持ってるし」

 

 

 フィールは胸元からロケット・ペンダントを取り出す。ルミアはその事に少しだけ驚いていた。フィールもこのロケットの中には大切な思い出がある。

 

 

「フィールは……私と陛下のこと知ってるんだよね?」

「うん、知ってる。けどね、今居るのはルミア=ティンジェルであってエルミアナではない。そうでしょ?」

「フィールさん……」

「話ぐらいなら聞くよ。今ここには私とルミアしかいないんだからさ?」

 

 

 そう言ってルミアは背もたれに背中を預け、空を見上げながら過去の日常を語り始める。まだルミアがエルミアナとして健在しており、幸せと呼べた頃の思い出。

 

 フィールはその事に少し動揺した。

 それはまるで自分と同じ悩みだったからだ。母親だったセラとこの世界のセラと同じような悩み。つくづく思う。フィールとルミアの境遇は似ているものであると。

 

 

「陛下が国の未来のために私を捨てた理由は分かるんだ……必要なことだったって分かってる。でも、私は心のどこかで陛下を許せなくて……怒ってるんだと思う。だけど、またあの人をお母さんって呼んで……抱きしめて欲しくて……お話……したいって思いがあるんだ……」

 

 

 そう言いながらルミアは俯く。

 その声はどことなく声も震えて、潤んだ涙を抑えながら、ルミアは続ける。

 

 

「だけど、お母さんって呼んじゃったら……システィのご両親にも申し訳なくて……裏切っちゃうような気がして……どうすれば良かったか、私分からないんだ……」

 

 

 そういってルミアは目を伏せてしまった。

 フィールはルミアの隣に座って自分の悩みを語り出す。

 

 

「……私もね。昨日、セラ先生と喧嘩した」

「えっ……?」

「私にも大好きだったお母さんが居た。けどもう、この世には居ないの」

「!」

「セラ先生は冗談でお母さんと呼んでもいいって言ってくれた。けど、私はそれが少し許せなかった。自分自身がそれを認めたら、大好きだったお母さんとの記憶が薄れてしまうんじゃないかって」

 

 

 この世界のセラはフィールが知るセラとは違う。

 フィールが産まれなかった並行世界のセラに、自分の知るセラを重ねてはいけないと思っていた。この世界でフィールは何処まで行っても他人なのだ。

 

 

「馬鹿みたいな理由だったんだよ。ただ駄々をこねる子供みたいで、本当は縋りたくて、けど大好きなお母さんを裏切ってしまうんじゃないかって、考えてた」

「……フィールさん」

「けど、答えは簡単だった。両方とも同じで変わらないんだよ。大好きなお母さんと私、セラ先生を母と重ねる私は同じなんだよ。ルミアもそうでしょ? システィーナの両親が好き、けどルミアの本当のお母さんも好き。両方とも変わらない。どちらも好きなんだよ」

 

 

 フィールはセラが大好きだった。

 でもそれは自分が知るセラが好きであって此方の世界を見ていなかった。別人であっても好きだった気持ちは同じで変わらないのだ。分かっていたつもりなのに。

 

 

「ルミアは凄いよ。その事にちゃんと悩める所が。私なら子供みたいに否定して今絶賛空回り状態だし」

「……ふ、ふふふ。そっかぁ、両方好き……」

「だからルミアは悪くない。システィーナの両親が好きなルミアとお母さんが好きなルミア、どちらもあって良い。そうでしょ?」

「……はい! ……あれ?」

 

 

 ルミアが返事をした後にある事に気がついた。

 王室親衛隊が足早でこちらに向かって来ているのが視界に入った。

 女王陛下を護衛している筈の王室親衛隊がどうしてこんなところにいるのか疑問に首を傾げていると王室親衛隊は二人の前で足を止め、囲むように素早く散開した。

 

 

「ルミア=ティンジェルとフィール=ウォルフォレン……だな?」

 

 

 二人の正面に立った、その一隊の隊長格らしい衛士が低い声で問いかけてくる。

 

 

「……ルミア=ティンジェルにフィール=ウォルフォレンで間違いないな?」

「え? は、はい…………そ、そうですけど…………」

「……何ですか突然、新手のナンパですか?」

 

 

 念を押すように再び重ねられた問いかけに、ルミアは戸惑いながらも答え、フィールはルミアを背に隠した。しかし次の瞬間。衛士達は一斉に抜剣し、ルミアとフィールその剣先を突きつけていた。

 

 

「「────ッ!?」」

「傾聴せよ。我らは女王陛下の意思の代行者である」

 

 

 一隊の隊長格らしい衛士が朗々と宣言した。

 

 

「ルミア=ティンジェル。フィール=ウォルフォレン。恐れ多くもアリシア七世女王陛下を密かに亡き者にせんと画策し、国家転覆を企てたその罪、もはや弁明の余地なし! よって貴殿らを不敬罪および国家反逆罪によって発見次第、その場で即、手討ちとせよ。これは女王陛下の勅命である!」

 

 

 嘘でしょ、と呟いた言葉と共にフィールは予想していた最悪の事態が始まったのだと改めて認識した。

 

 


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