バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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 感想をくれた『エクソダス』さん、『朝日水琴』さん、『魔王ゲルマン』さん、『ボーババ』さん、ありがとうございました!

 ちょっとフィールちゃんが怖く見えるかもしれません!でもこの後を考えるとこの方が話を進めやすいから後悔はない!ちょっとした鬱展開かもしれませんが、良かったら感想、評価お願いします。


第8話

 魔術競技祭閉会式にて巻き起こった騒動は、ゼーロスの投降とアリシアの卓越した演説と手腕によって大事なく収まった。

 

 セリカの断絶結界によって内部でのやり取りを知られなかったことを利用し、アリシアは事実を幾らか脚色して事の次第を伝えた。フィールについても貫かれた跡は【セルフ・イリュージョン】で誤魔化した。服の再合成はセリカの魔術を使うより発注した方が良いとの事、傷を負わせたゼーロスが払ってくれるらしい。

 

 帝国政府に対するテロ組織の卑劣な罠、勇敢な魔術講師と学院生徒の活躍と。華々しい部分を自然に強調し、裏事情を隠蔽。民を見事に欺く話術はフィールも感心する。

 

 

 最後の最後で一悶着あったものの、今回の魔術競技祭は無事に終わりを迎えたのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 南地区裏道にて、ひっそりと人影が歩いていた。

 

 

「まさか、失敗するとは思いませんでしたわ…………」

 

 

 その言葉とは裏腹にどこか楽しそうな口調。

 くつくつと笑いながら事件の事を思い出す。

 

 

「せっかく女王陛下を人質にセリカ=アルフォネアという規格外の動きを封じたというのに……流石は第七階梯(セプテンバ)、なかなかの狸ですわね。それに……ふふ」

 

 

 あの時、女王陛下の前に現れたフィール=ウォルフォレン。以前戦った事があるが、魔術の封殺が出来るのは《愚者》グレン=レーダスだ。その他に出来るとするなら同じ魔術特性(パーソナリティ)を持つ人間か、はたまた()()()()()()()()()()()。『時渡り』、正しく時空を超えてやってきた一つの異分子(イレギュラー)にくつくつ楽しそうに笑いながら歩いていた女が、ふと足を止める。

 

 

「なるほど……どうやら帝国もボンクラばかりでは無いようですね…………」

 

 

 いつの間にか、女の前方に二つの人影が現れていた。

 

 

「……俺達に与えられた任務は二つ。一つは最近、過激な動向が目立つ王室親衛隊の監視。そしてもう一つは……女王陛下側近の内偵調査」

 

 

 帝国宮廷魔導師団のアルベルトとリィエルがその女の前に立つ。アルベルトは内偵の経歴関連を全て調べていたが、どれも大した情報は無かったのだが。

 

 

『アルベルトさん。女王陛下側近のあのメイドさんに注意してください』

『何……?』

『遠目で見たあの人の眼は……テロリスト事件での唯一の逃亡者と同じ眼に見えました。まるで実験動物を見る眼で……』

 

 

 フィール=ウォルフォレンが見たあの眼はテロリスト事件で戦った仮面の女と同じ眼、いやもしかしたら同一人物の可能性が高いとアルベルトに言っていた。

 

 だが、首飾りの呪殺具(カース)の報告と、経歴書を見て確信した。あの経歴書は綺麗過ぎた故に逆に疑いを持ったのだ。

 

 

「最近、俺達の行動がどうも読まれているように思えた。()()()()()()()()()()()()()()、まさか一番可能性が低いと思われていた貴女だったとはな。女王陛下付き侍女長兼秘書官……いや、天の智恵研究会の外道魔術師、エレノア=シャーレット」

 

 

 その瞬間、辺りが更に暗くなる。

 エレノアはくつくつと笑いながらアルベルトを見据える。

 

 

「お前達は、一体何が目的だ? 以前、学院で起きたテロ事件ではエルミアナ王女やフィール=ウォルフォレンを誘拐しようとしたが、今回は殺害しようとした……行動に一貫性がない。お前の組織は一体何を企んでいる?」

「…………『禁忌教典(アカシックレコード)』」

「何……?」

 

 

 天の智慧研究会に所属する魔術師が口を揃えて言う言葉、禁忌教典。それが何なのかは頑なに話さないが、天の智慧研究会の奴はこの言葉だけは話す。ロクでもない物であるのは確かだろう。

 

 

「そう、我々が目指すは大いなる天空の智慧、そのため王女と『時渡り』の少女……とでも言っておきましょうかしら?」

「生死は問わない……と?」

「もちろん生きていらっしゃる方が良いのですが、急進派とでも言いましょうか……組織の中にはせっかちな方も居ますので、ふふっ」

 

 

 エレノアは笑いながらも多少は情報を漏らした。いや態度である事は確実だ、知られても良い情報若しくは、知られた方が都合の良い情報だったのだろう。

 

「殺すなよリィエル。捕らえて組織の情報を吐かせるべきだ」

「………………どちらにせよ、斬る」

「ふふふ、私昂ってしまいそう!!」

 

 

 闇夜の中で三人の激戦が路地裏で繰り広げられた。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 それから夜が更ける頃、街灯や住宅の明かりのみに照らされた薄暗い町中を歩いていた。フィールはため息を吐きながら

 

 

「やっと終わった……銀鷹剣付三等勲章とか正直要らなかったし……なのにまた後日取り調べとか……」

「あはは、仕方ないよ。私達が事件の中心人物なのには変わりないから」

 

 

 勲章を貰った為、時間がかなり遅くなった。クラスの全員は既に打ち上げに店に行ってるらしい。グレン先生やセラ先生も色々聞きたかった事はあるだろうが、セリカさんが止めてくれた。新しい服も貰ってとりあえずは収まった。

 

 

「でも、何だかんだで丸く収まったし」

「まあ、なんだかんだ被害はゼロだしね」

 

 

 結論を言えば事件は解決。ゼーロスが投降宣言をし、学院長と女王陛下の弁舌によってどうにか会場内の人間の混乱を抑えることに成功し、その場でゼーロス達の処分が下った。

 

 公衆の面前なので厳しい懲戒処分の体を装う必要があったが、女王陛下の為ということもあって情状酌量の余地は充分とのことらしいけど、別段私もルミアも責めるつもりはなかった。胸元貫かれたのは別として。

 

 

「ハァ……」

「セラ先生と喧嘩したからまだ顔合わせ辛い?」

「まあ……うん。そうかもね」

 

 

 まだ、顔を合わせるのが少し躊躇する。

 単に子供の駄々なのは分かっているのだが……それでも塗り潰せない未来の幸せもあるのだ。どちらも持っていいかもしれない。だがどちらも持ってフィール=ウォルフォレンと言う偽りの自分を演じ切れるのか分からない。既に感情はセリカ伯母さんによって少し半壊している。罅が入った心の壁にこれ以上の痛みが来るとするなら。

 

 

「ねえ、フィールさん」

「……ん。どうしたの?」

「フィールさんってもしかして……未来から来たの?」

 

 

 ドキッと心臓の鼓動が早まる。

 ルミアを見ると、少しだけ真剣な顔でフィールを見据える。フィールはその言葉に笑って誤魔化した。

 

 

「ははっ、何の冗談? 私が未来から来たって」

「誤魔化さないで……私は真剣なんだよ?」

 

 

 真剣な顔でフィールを見る。

 フィールは少し声のトーンを落としてルミアに聞いた。

 

 

「……どうしてそう思ったの?」

「……あの『愚者のアルカナ』は先生しか使えない固有魔術なのを知ってるから。フィールさんがセラ先生やグレン先生に対して向ける眼が少しだけ、私達と違うから……」

「…………」

 

 

 沈黙。ルミアにとってそれが答えだった。

 考えてみれば幾つもあった。『愚者のアルカナ』に『時渡り』にフィール自身の容姿。それはまるでセラの髪を黒染めしたかのように似ている。セリカとも親しかった。近くに居たルミアにしか分からなかっただろう。その姿は幼い自分を救ってくれた《愚者》と全く違わないと言う事に

 

 

「フィールさん。本当はグレン先生とセラ先生の––––」

「違う!」

 

 

 フィールは強く否定した。

 だが、その動揺、その焦り、その叫びこそ答えに他ならない。

 

 

「それは違うよ。()()()()()

「フィールさん……」

「確かに私は未来から来た人間。それは認める。けど、それでも違うよ。あの2人は……」

 

 

 自分を産まなかった別世界の住人だ。

 幻みたいだって分かっている。本当の親子のように甘える事が出来るなら、どれだけ幸せなのか分かっている。けど、それだけは出来ない。私は未来から来た別世界の住人、本来の結末から逃げて、未来を捻じ曲げる為に来た《愚者》なのだ。

 

 けど、フィールは何より大切な人達のためにずっと1人で頑張ってきたんだ。そんな人が独りで血濡れた世界から2人を守るだけに動くなんて間違ってる。だが、それでもフィールは首を横に振った。

 

 

「ルミアさん気持ちは嬉しい。けど、これは私の問題。部外者が口を挟まないで。私は独りで構わないから」

「そんなのおかしいよ! 伝えなくちゃ分からないでしょ! だいたいこのままじゃグレン先生やセラ先生は嫌でも巻き込まれて、フィールさんは誤解されたままなんだよ!! この世界じゃ他人だとしても、せめて先生達にはちゃんと……」

「駄目! ……止めて…………」

 

 

 ルミアの腕を掴んで俯いたままフィールは弱々しい声で告げた。

 

 

 

 あの2人にだけは……

 

 知られたくないの……

 

 

 

 

 そう言って頭を下げるフィールがまるで小さな子供のように見えて、ルミアはこれ以上、何も言えなかった。

 

 

「ごめん……先に行って、今は独りにさせて」

「……うん……分かった」

 

 

 ルミアは打ち上げの店に先に行った。

 ため息をついて俯いた顔を上げて右手にナイフを構えて裏路地から一歩下がる。今になって気付くなんて甘くなった証拠だ。

 

 

「……誰ですか。こんな真夜中に監視なんて」

「……すまんのぉ、本当は出るつもりはなかったのじゃが」

「……もう1人居ますね?」

「ほう? 気付いておったのか、いやはや鋭いのぉお嬢さん」

「──下がりなさいバーナード」

 

 

 はっはっは、と笑う老人ことバーナードを諫めるように、通路の影から別の人物が彼の前に姿を晒した。

 もう1人の人物──赤髪の魔術師、月明かりに照らされ妖艶な姿で不敵に笑う魔術師。

 

 

「初めまして、あなたがフィール=ウォルフォレンでいいわね」

「……はい」

 

 

 真紅の女性に声をかけられ、咄嗟に頷くように答える。

 私はこの人を知っている。帝国宮廷魔導師団の称号はタロットカードに準えているけれど、その中で2枚特別な称号がある。

 

 一つは《世界》。これは全魔術師の頂点に立つ者にしか与えられない称号。それを持つのは生涯セリカ=アルフォネアを除いて他に居ないだろう。そしてもう一つは《魔術師》。帝国宮廷魔導師団の実質的頂点に君臨する存在。

 

 

「私はイヴ=イグナイト。まあ、簡潔に言えばグレンやアルベルトと同じ特務分室の、室長と言えばわかるかしら?」

「それで……そんな人が何の話を?」

 

 

 正直、そんな大物がこっちに来たという点を考えてフィールの中で嫌な予感が渦巻いてきた。イヴ=イグナイトについては知っている。未来にいた元上司だが、上司と思えないヒステリック女だ。

 

 頼りになるが、実績を積む事に他人を使う。

 だからこそ、あまり、いい思い出はなかった。

 

 

「そう警戒しないでくれるかしら? これは貴女にとっても重要な話になるんだから」

「私にとっても?」

「ええ。それとも腰掛けて話し合いましょうか? ……未来から来たグレンとセラの娘さん?」

「……っっ!」

 

 

 家の居間で、イヴは妖艶な笑みを浮かべながら言った瞬間、フィールはローブに隠したナイフを投げ付けた。だが、それをバーナードは素手で弾く。聞かれていた、よりにもよって自分の中で3番目に聞かれたくない人に。

 

 

「あら怖い怖い。禁句だったかしら」

「次言ったら殺しますよ? イグナイトの出来損ない」

「っっ……! ムカつく娘ね……。いや、そう言う所はグレンにそっくりね」

「……2度は言いませんよ? 女狐」

 

 

 正直、私はこの人が嫌いだ。

 それは未来でセラとグレンの救援要請に何も応じなかった人物だからだ。未来でも結果と手柄が全て、その為なら何でも利用する。外道魔術師と遜色ない人間のクズだからだ。

 

 

「単刀直入に言うわ。私の下につきなさい。悪いようには使わないわ」

「……何で私を選んだんですか?」

「仮面の女、本名エレノア=シャーロットを撤退まで追い込んだ上にB級以上の軍用魔術の使用、みすみすそんな人材を逃すと思う?」

 

 

 冷静にフィールは問い質すが、イヴは冷静にそれを返す。

 

 

「異能者はこの世界では異端の存在じゃないんですか? 存在そのものが異端の私が言えた事じゃないでしょうけど……」

「異能者かどうかは私にとっては関係ないわ。それに、私の下にいればあなたの安全もある程度は保証できるわ」

「…………」

「貴女の能力は『天の智慧研究会』にはバレている。並行世界の人間云々までとは行かずとも異能染みた力を行使した以上、狙われるのは当然と言うべきかしら」

 

 

 どうやら知られていたようだ。

 だが一体どうやって調べた? 『時渡り』はともかく、軍用魔術を使った戦闘は『天使の塵』事件とテロリスト事件の時のみ。グレン先生やセラ先生は多分関与してるとは思わない。となるとセリカさんか学園長の可能性が高い。セリカさんの場合間接的に伝えて、学園長がそれを軍に報告した。それが妥当か。

 

 

「この世界でも貴女は自分の下に引き入れようとする人に対して道具みたいな言い方をしますね。貴女の下に就くつもりはありませんよ。この世界でも、2人の救援要請に対して何もしなかった人間の下に就くと思いますか?」

「断るなら是非もないわ。貴女の正体を上に報告するのもやぶさかではないわ。勿論あの2人にもね」

「っっ!!」

 

 

 ナイフ握る力を強めながら、フィールは怒りに顔を顰める。今にでも殴りかかりたいが、そんな事をしてしまえば私の正体がバラされるのは明白。ここで2人を殺せばそれこそ国が私の敵に回る……悔しいけど詰みだ。

 

 

「世界初の『時渡り』の成功例。そんな人間を標本にでもして献上するのは、それはそれで戦果になると思わない?」

「この……!」

「イヴちゃん。これ以上は儂も看過できんぞ?」

 

 

 フィールは怒りの形相で決壊しそうな怒りを、バーナードの一声で押さえ込む。攻撃できない事を理解しているイヴは、余裕の表情のままフィールを見る。

 

 

「で? 返答は……?」

「そんなもの断るに決まって––––」

 

 あんな人間の下に降って、宮廷魔導師団に入るかフィールは悩むまでもない。

 今更人殺しなんてしたく–––––

 

 

「……えっ?」

 

 

 待て、そもそも何で悩んでいる? 何で迷っている? おかしい。どうして宮廷魔導師団に入るのを渋っている? イヴの意見は気に入らない。だが、それは正しい筈なのに。

 

 まるで自分が人殺しをしたくないみたいな……

 

 

「…………」

 

 

 この世界に来てから、甘くなったから? セラやグレンに会えた事に気を抜いていたから? 光に当たり過ぎて、闇が怖くなったから? 

 

 それじゃまるで、あの2人に愛されたいって思っているから? 

 

 

 

 

 

「はっ、ははは…………」

 

 

 溢れた笑みはまるで嘲笑うかのようだった。

 おかしい、おかしいよね。どうして今更自分の手を汚す事に躊躇していたのだ? 優しさに触れて自分自身がそれを認めてもいいと思ったから? 未来を変える《愚者》の姿がそれでいい訳がない。なのに光を許容して、甘くなって、壊したくない筈なのに近づいてしまう。

 

 馬鹿らしい。

 まるでこれでは……

 私が望んでいるみたいではないか? 

 

 自分があの2人に甘えたいと思ってるみたいじゃないか? 

 

 私は一体いつから守りたいと言う感情から愛されたいと言う感情に錯覚していた?

 

 

「ははははははははははっ!!」

 

 

 ああ滑稽だ。何を迷う必要がある。

 未来を変える為に自分は《愚者》になったのだろう。ただ邪魔する者を全て殺す為の殺戮兵器になったのだろう。自分を蝕んでいた優しさ(呪い)に嘲笑する。ああなんて馬鹿らしい。こんな事に自分は甘えていたのだ、と酷く悲痛な笑いにイヴもバーナードも顔を顰める。

 

 

「何?狂ったように笑って」

「いんや、ただ馬鹿らしいと思っただけ」

 

 渇いた笑いを残しながら落ち着いていく。

 まるで狂人の笑いだ。なのに不快感が湧かない。自分がやるべき事を再認識したような顔にイヴは逆に笑う。

 

 

「で? どうするかしら?」

「…………いくつか条件があります」

「言ってみなさい」

「一つ、基本的の仕事はルミアの護衛。二つ、学園に居る以内はその仕事を優先的に。三つ、私の知人が危機だった場合は任務よりそちらを優先する事。四つ、基本的に貴女の下に就くつもりはない事」

「ええ、それで構わないわ。利用し、利用される関係って事ね。それで結構よ」

 

 

 フィールの条件を飲んだイヴはフィールの手を差し伸ばす。手は握らないが、ハイタッチするかのように手を叩いた。互いに利用し、利用される。それが今のフィールが打てる()()()だ。

 

 

「今日から貴方は帝国宮廷魔導士団特務分室所属。ナンバーはそうね……」

「《愚者》です。グレン先生は軍を抜けたなら、その席が空席な筈です」

「いいわ。執行官No.0《愚者》フィール=ウォルフォレンよ。魔導士団の礼服については後々に渡すわ」

「分かりました。ああ、あと一つ」

 

 

 フィールは笑ったまま振り向いた。

 それはまるでフィール=ウォルフォレンと言う偽りを完璧に取り戻したかのように無邪気に笑っているようだった。

 

 

「あの2人を利用するなら––––」

 

 

 フィールの姿が一瞬で消えた。

 気付いた時にはイヴの首元に月明かりに照らされて光るナイフが突き付けられていた。

 

 

「––––貴女でも私は刃を向ける。《愚者》を飼い慣らせると思わない事ですね」

「……っっ!?」

「……ほう、成る程のぅ。一本取られたようじゃなイヴちゃん」

 

 

 バーナードは辛うじて反応出来たが、イヴには全く反応出来なかった。イヴは気付いた瞬間、反射的に後ろに下がる。あと数センチで裂かれる首元に手を当て、冷や汗が止まらない。

 

 それは本物の《愚者》以上の存在の新たな《愚者》。バーナードでさえ本気を出されたら勝てない可能性を肌で感じながら。

 

 

「じゃあねイヴ・イグナイトさん。精々、飼い殺されないように注意する事ですね」

「……え、ええ」

 

 

 笑えない。アレは何だ? 

 バッドエンドから来たフィールの15年の人生はこんな甘い世界より壮絶で、光すら無い絶望の世界。だがそんな場所だからこそ、フィールを強くした。アレは自分には飼いこなせない。

 

 特大の爆弾を引き込んだ気分になったイヴには()()()()()と子供のような言葉を口にしていた。

 

 フィール=ウォルフォレンはこの世界に漸く完成された。

 脆く弱いフィール=ウォルフォレンなどもう居ない。それだけが、この世界の異分子(イレギュラー)だと言う事をフィール以外に誰も知る由は無かった。

 




フィール「本当の心なんて……私には必要ないんだ」


 告げた心はどうしても痛くて、抑え切れない感情を無理矢理押し殺して《愚者》を演じるのが私の生き方なんだ……。

 それが、私がこの世界での最初で最後の使命なのだから……。


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