バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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 感想くれた『yuesan』さん、『中二秒』さん、『トラセンド』さん、『朝日水琴』さんありがとうございました!感想をくれる事が僕の唯一の楽しみです!

 今回はグレセラもあるよ!では行こう!




第11話

 

 

『っっ……つうっ!?』

『ほら動かない』

 

 

 上半身を脱いだフィールにチョンチョンとピンセットで摘んだ消毒液を染み込ませたガーゼを当てる。その痛みは想像より染みる上に傷跡が8つ、2つは傷が残るくらい深い傷らしい。【ライフ・アップ】にも限界はある。

 

 

『もうちょっと優しくしてくれない……? ()()()

『充分やってるからね。任務で散々生傷を増やしたフィールの責任でしょう? あーあ女の子がこんなに生傷って、婚期が遅れるレベルだよ。全く無茶して……』

『ぐっ……仕方ないでしょ。例の量産兵が6体もいたんだから。てか普通14歳にやらせる任務じゃないでしょ!!』

『フィール、貴女その内死ぬかもね』

『割と洒落にならないから止めて』

 

 

【女帝の世界】で切り抜けなければ死んでいた。

 ギリギリ5体まで倒したと思ったら布石でもう1体、エルザが来ていなければかなり危なかったかもしれない。消毒に歯を食い縛り、終わった後は包帯を少しキツめに巻く。【ライフ・アップ】の前にこうでもしないと傷が残るからだ。

 

 

『イルシアのコピー体、一体いくら居るんだか……』

『100は下らないらしいとか?』

『何それ怖い』

 

 

 エルザと私は宮廷魔導師団に入った。

 互いに同じ学び舎でフィールは飛び級で入り、エルザが少し年上だが2人の仲はいい。エルザに剣術を、フィールは魔術を教え合い剣士と魔術師は、今日までその経験を糧に今を生きている。

 互いに長所は違えど、コンビを組む事が多い。二組陣形(ツーマンセル)の方が、【愚者の世界】を使え、風の魔術を巧みに使うフィールと相性がいいからだ。

 

 

『……剣、摩耗してる』

『……やっぱそうか』

『酷使し過ぎた上に、相手が相手だったから刃こぼれしてる』

 

 

 真銀(ミスリル)で造られた剣がかなり摩耗しているのは知っていたが、改めて見ると刀身が歪んでいる。刀身に刻まれた魔術的刻印も掠れ始めてる。戦闘で酷使し過ぎたせいだろう。

 

 

『一体何時になったら戦いに明け暮れる血生臭い戦場は終わるのかな……』

『死ぬまで終わらないんじゃ戦う意味なんてないよ』

『フィールが意外と弱気?』

『最近、死と隣り合わせだからね……正直気が滅入る』

 

 

『天の知恵研究会』はいよいよ帝国の中枢まで手を回している。

 正直な話、魔導戦争が再び起きてもおかしくない。幾ら殺しても蜥蜴の尻尾切りで手掛かりが消える。にも関わらず国と相対出来るくらいの戦力を持っているのでタチが悪い。

 

 

『まあ……否定出来ないよね。私もそんな感じだから』

『まだ炎は怖い?』

『戦場は一面が炎の海だよ? 今更怖がってても……まあちょっと抵抗はあるけど、大丈夫だよ』

 

 

 むせ返る血の匂いに、燃ゆる街を駆け抜ける。

 今の帝国宮廷魔導師団にも余裕は無い。休んでる暇すら無く、任務が終われば別の任務。『メギドの炎』から主力が居なくなってしまったのだ。

 

 

『エルザ』

『?』

『絶対に死なないで、私のコンビはエルザしかいないんだから』

『死なないよ。馬鹿フィール』

 

 

 クールでカッコ良く2人は拳を合わせて笑う。

『剣士』と『魔術師』の二人一組(エレメント)一戦術単位(ワンユニット)。それが今の帝国が生み出す数少ない戦力だ。それはあったかもしれない世界で存在した《愚者》と《戦車》の共闘。

 

 

『頼りにしてるよエルザ』

『こっちのセリフだよ。援護任せるよ』

 

 

 2人は次の任務に足を運んでいく。

 帝国宮廷魔導師団で加速する地獄に僅かな光があるとするなら、多分フィールという人間に唯一の相棒が居たから乗り越えたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 けれど数日後に『正義』を名乗った男の策略により、フィールは間抜けにも唯一の相棒を死なせてしまったのです。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 アルザーノ帝国が運営する各地の魔導研究所に赴き、研究見学と最新の魔術研究に関する講座を受講することを目的とされた必修講座

 

『遠征学修』は見聞を深めさせる。グレンが担当する二組は今回、白金術──白魔術と錬金術の複合術を研究している『白金魔導研究所』に決定された。白金魔導研究所はリゾートビーチで有名なサイネリア島にある為に、移動手段は馬車と定期船。

 

 香る磯の香り。抜けるような青空。

 遥か遠く燦然と水平線が輝く、見渡す限りの広大な大海原。

 緩く流れる心地良い風が、肌を、髪を優しく撫でていく––––

 

 

 

「うおええぇぇぇぇ……」

「うううぅぅぅ…………」

「色々台無しだわ……」

 

 

 日は変わって『遠征学修』当日。馬車を乗り換え船へ乗り込み、半日かけての旅路を進んでいた。

 

 島という名前通り海が近くにあるので潮の香りが漂い、周囲は海が陽の光を反射させ輝きながら波打ってる光景など、観光地やリゾートとして有名な理由の一端が見えたのだが、それも背後でルミアによって支えられてるグレン先生の嘔吐で台無しになってしまった。

 

 ていうか、一番盛り上がってたのグレン先生は船酔いに吐いている。フィールも口元を抑えて嘔吐しないようにしている。

 

 

「私達の感慨を汚さないでくれませんか!? 大体、何ですか船酔いって! あんな図太い神経してる癖に!」

「ああ、大声上げんじゃねえよ……。まだ気持ち悪いのが抜けねぇ……人は大地を踏みしめる生き物だろうが……」

「グレン先生もそうだけど、まさかフィールさんも乗り物酔いが凄いなんて……」

「……私単純に乗り物に弱くて、いつもなら……魔術で三半器官を調節して誤魔化してだけど……ここじゃ魔術は御法度だから……ううう」

「大丈夫フィールちゃん?」

 

 

 ルミアとセラ先生が背中をさすってくれるおかげで大分マシにはなったが、普通に乗り物酔いが激しい事を忘れていた。グレン先生とフィールも乗り物酔いが激しいのはもしかしたら遺伝なのかもしれない。

 

 

「システィーナ、酔い止めの魔術使っていい?」

「ダメよ……けど、今は人がいないし乗り物酔いに苦しめなんて言えないから、今回は特別よ?」

「ありがとう……《風に揺られる百合籠よ・静寂の時を・穏やかなるままに》」

 

 

 フィールは白魔改【ウェーブ・ダウン】を使って自分の床にかかる衝撃や揺れを最低限まで抑える。ゆっくり揺れるのがフィールには辛い。速く風のように空を駆けるのがフィールの得意分野であって、簡単に言えばジェットコースターの揺れは得意でも船の揺れはキツいらしい。

 

 

「黒猫……俺にも頼む」

「いいですよ。《風に揺られる百合籠よ・静寂の時を・穏やかなるままに》」

「うおお、揺れが感じなくなった」

「軽く抑える程度です。10分もすれば解けてしまうのでその時また言ってください」

 

 

 その後、『酔いの原因は船? なら船を斬る』と言ったリィエルを止めるためにセラやカッシュ達が総動員で抑えたりする騒ぎもあったが出航から数時間後、船はサイネリア島に到着した。

 

 

「ここがサイネリア島なのね……」

 

 

 クラスの生徒達と共に、船から降りたシスティーナは感慨深く周囲を見渡した。潮風が強く、今の時間は黄昏時で水平線に差し掛かった太陽が燃え上がり、世界を深い黄金色に染め上げている。

 

 

「すごい綺麗だね、システィ! フィールさん!」

「そうね、こんな幻想的な景色はフェジテにいたらそうそうお目にかかれないわよね」

「ただ、暑い……」

 

 

 船から降りたルミア、システィーナはこの雄大な光景をしっかりと目に焼き付けていた。そんな三人の後ろからセラとリィエルに両脇を支えられたグレンがふらふらと船から降りてきた。フィールは支えはないが、頭を押さえながら顔を青くしていた。

 

 

「あぁ……くそぉ、まだ気持ちわりぃ……」

「もう、酔い止めを忘れるからこうなるんだよ?」

「チッ……何も言い返せねえ……」

「先生……そんなに船が辛かったのなら遠征学修先は別の場所にすれば良かったんじゃ……例えばイテリアの軍事魔導研究所なら移動は全部馬車だったのに」

 

 

 ルミアの言うとおり一か月前に行われた事前希望調査としてクラスで採決を取った結果、軍事魔導研究所と白金魔導研究所は同数の支持票で別れた。そして、最後の一票を入れたのは船に弱いグレン自身だったのだ。不思議そうに首をかしげるルミアにグレンは真剣な表情でこう答えた。

 

 

「美少女達の水着姿はあらゆるものに優先する。決まってるだろ?」

「先生、アンタ漢だよ!!」

「一生着いていきます!!」

 

 

 周囲の男子生徒からは感嘆の声が上がり、尊敬をグレンは集めていた。まあフィール、セラ、システィーナ、ルミア辺りは気付いているがグレンの真意とは生徒達を軍事施設に連れて行き軍の魔術と関わらせることをしたくないというものだった。

 

 

「軍の魔術に関わらせたくないからって、無理してまで行く必要は無かったでしょう」

「何のことかな〜」

「もう……グレン君ってば」

 

 

 苦手な船での移動になろうとも白金魔導研究所の方がまだ良いと考えたのだろう。分かってはいたが少し過保護にも感じる。余程、魔術の闇に生徒を巻き込みたくないのだろう。

 

 

 ────────────────────

 

 

 大広間で食事を終えて、全員が風呂に入り終わり、今はもう就寝の時間。闇夜に潜みながら人に見つからないように移動する男子達。一部の男子を除いて。

 

 

「……これより作戦を開始する」

 

 

 中庭の茂みでカッシュが宣言した。

 

 

「回廊は流石に使えない……誰かに見つかる可能性が高すぎる」

 

 

 カッシュの後ろに控えたロッドやカイなど他数名の男子生徒がコクコクと頷く。どこぞのスパイ映画を思わせる迫力だ。

 

 

「よって、我々は裏手の雑木林から回り込み、木をよじ登って窓から侵入しなければならない。ルートや部屋割りは既に調査済みだから安心しろ」

「い、いつの間に……」

「さ、流石カッシュ、抜かりないぜ……」

 

 

 感嘆の表情を集めるカッシュ。どれだけの執念があればここまでの調査が出来るのだろう。ミッション・インポッシブルより様になっている気がするレベルで気合いが入っていた。

 

 

「で、でもグレン先生とセラ先生が巡回している可能性は……?」

「それも大丈夫だ。一部協力的な女子生徒にそれとなく探りを入れてもらった。これからの三十分間、先生達が裏手の雑木林を巡回する可能性は限りなくゼロだ」

「スゲェ……か、完璧過ぎるよカッシュッ!?」

「兄貴と呼ばせてくれ!」

「いつも頭悪そうなお前が! 眩しく見えるぜ!」

「夜だけ冴えるカッシュ凄え!!」

「ふっ、おい最後の2人、後で殴る。感謝するにはまだ早すぎるぜ、皆……」

 

 

 カッシュが不敵に笑う。

 地頭悪いカッシュがここまで調べ抜くなんて先生達からしたら想定外の想定外だろう。システィーナが居たらその熱意を勉強に向けろと言うのだろう。それ程までにやり遂げなければいけない何かが……

 

 

「全ては女の子達の部屋に忍び込み、夢の一夜を過ごしてからだ……そうだろう?」

「そ、そうだった……俺……リィエルちゃんと徹夜で双六するんだ……」

「な!? ずるいぞ、カイ! 俺も交ぜてくれ!」

「俺はルミアちゃんとトランプで遊ぶぞッ!」

「僕はこの機会にリンちゃんと、たくさんお話しするんだッ!」

「俺はフィールさんに魔術を手取り足取り教えてもらうんだ!」

「ウェンディ様に『この無礼者!』って罵倒されたい……王様ゲームで奴隷のごとくパシられたい……」

 

 

 前言撤回、欲望丸出しである。

 社会の窓全開のまま街を徘徊しているレベルの丸出しだ。ハッキリ言って不審者以上の変態どもである。

 

 

「システィーナは…………別にいいや。多分、説教うっさいし」

「「「「うんうん」」」」

「さぁ、いくぞッ! 心の準備はいいか、皆!? 楽園(エデン)は目の前にあるぞッ!」

「「「「おうッ!」」」」

 

 

 システィーナだけ扱いをぞんざいにされたまま、カッシュ率いる男子軍団のあとに続く。余程しっかり調べたのだろう、かなり入り組んでいるはずの雑木林を余裕に忍び込み踏破していく。そして遂に、カッシュ達が女子塔を視界に収めた、その時だった。

 

 

「甘いぜお前ら!!」

 

 

 その女子塔の前に、一人の男が立ちふさがった。

 

 

「ぐ、グレン先生だと!?」

「バカな!? このルートは完璧のはず!?」

「甘過ぎる。甘過ぎるんだよお前ら。俺がお前らだったら、絶対このルート、このタイミングで、今晩、女の子達に会いに行くからなぁ──ッ!?」

「「「ですよね──!」」」

 

 

 グレンは悪びれる事もなく堂々も叫んだ。後ろでは女子の軽蔑するような視線がグレンと男子達に飛ぶが、彼にとってそれは今関係ない。

 

 

「ま、そんなわけでだ。部屋に戻れお前ら。一応、規則なんでな」

「…………」

「なーに、心配すんな。んなコトいちいち学院側に報告なんかしねーよ。見なかったことにしてやるよ。だから——」

「先生!! アンタは俺達側の人間だったはずだッ! アンタは俺達が『楽園』を目指す理由を! 学院のどんな大人達よりも理解してくれているはずだッ! なのになぜッ!? なぜ、俺達が戦わなければならないんだ────ッ!?」

 

 

 カッシュの魂の叫びはグレンの心を抉る。確かにグレンなら同じ事を考えてる筈だ。女の子と夜にキャッキャウフフな事をしたいのは否定出来ない。

 

 

「馬鹿野郎! わかってる……そんなことはわかってるッ! そんなうらやまけしからんイベント、むしろ俺が率先して乗り込んでいきたいわッ!? だがな!? んな事するとただでさえ少ない給料が下がっちまう上に、セラに殺されちまうだろうが!!」

「先生……!!」

 

 

 今にも殴りかかりそうな両者だが、グレンはクールに腕を組んで男子達の前に立ち塞がる。止める気配がないのか、カッシュ達は隙を探ろうとした瞬間、グレンは口を開いた。

 

 

「だが! まあ安心しろ。お前らの相手は俺じゃない。お前らがここに来る事を伴って本日のスペシャルゲストに来てもらいました」

「……何でこんな事に私が呼ばれるのかしら」

「「「フィ、フィールさん!?」」」

 

 

 若干眠気で不機嫌なフィールがグレン先生の隣に現れた。フィールの寝巻きは意外にも東洋で見る着物と言うものだ。寝巻きを見れた全員はその姿に感激するが、フィールは欠伸をしながら右手に赤い結晶のようなものを突き出されていた。

 

 

「さっき通信魔術を付与した魔導具を女子のみんなで作って、今試しに使ってるんだけど……願望漏れて女子に伝わってるよ?」

「「「なっ、何いいいいいいいぃぃ!?」」」

「こちらフィール。システィーナ、応答願います。オーバー」

『こちらシスティーナ。わざわざありがとうフィール。こんばんわー夜の楽園を期待した馬鹿な男子達? とりあえず後で殺す

「うわっ物騒な応答ありがとうございましたオーバー」

「「「ヒイイイイイィィ!?!?」」」

 

 

 怒気のある応答に恐怖する男子達。

 通信越しで分かる。滅茶苦茶怒ってる。案外ぞんざいにされたのが気に入らなかったのか乙女のプライドに障ったのかは分からないが凄い怒ってる。【ゲイル・ブロウ】で大気圏を超えるくらい飛ばして塵にする気だ。

 

 

「ここで選択肢を二つ、私と言う地獄(ゲヘナ)を乗り越えて再び女子達に冷たい目で見られる地獄(ゲヘナ)を喰らった後、システィーナという地獄(ゲヘナ)の三段構えに挑むか、戻るか」

「「「すんませんでしたぁぁぁ!!!」」」

 

 

 一目散に逃げ帰る男子に悪霊退散(比喩)とフィールへ適当に祓っていた。

 次の日を清く生きる事をただ願うのみ。グレン先生を見ると、ヒッ! と怯えた声で立ち位置からどんどん遠のいていく。成る程、地獄(ゲヘナ)は嫌か。【マインド・ブレイク】で男子撃退用の魔術でも作っておこう。1か月くらい精神科にお世話になる奴。

 

 

「しっかし黒猫。似合ってるじゃねぇかその寝巻き。なんだ? キモノだっけか?」

「まあ、ちょっと昔に親友と東方に行ったんですよ。意外と寝やすいし、愛用ですよ」

「下着付けてんの?」

「そりゃあ……ちょっと待て、何でその知識だけ知ってんですか」

「ふっ、健全な男ならば、エロい事の一つや二つは嗜みなのさ! わっはっはっは!!!」

「《セラ先生に・怒られてこい・変態教師》!!」

「ぎゃあああああああアイキャンフラアアアアアアイ!?!?」

 

 

 悪は滅びたり、【ゲイル・ブロウ】でセラ先生の巡回ルートまで吹き飛ばした。わざわざ眠い中、呼び出された腹いせはこれくらいでいいだろう。

 

 欠伸をしながら、部屋に戻る為に歩き始めた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 吹き飛ばされたグレンを遠目で見るリィエル。

 帝国宮廷魔導師団の時よりここは血の匂いがなくて、穏やかで、馬鹿みたいで、笑い合ってる場所にリィエルは少しだけ悲しい顔をする。

 

 

「あんなに楽しそうなグレン……初めて見た」

「え、そうなの? 学院だといつもあんな感じだけど」

「昔は……もっと暗かった。だから、わたしがそばにいて守ろうってそう……思って……いたのに」

 

 

 このリィエルの呟きにシスティーナはリィエルの表情から読み取ろうとしたが難しく、ルミアは呟きが聞こえなかったらしくニコニコしながら下の様子を見守っていた。

 

 

「《天秤は傾くべし》」

「あっ、フィールお帰り」

「こんな事にダシに使わないで欲しかったよ……」

「まあ、魔術についてまた一つ知ったから有り難かったわよ?」

 

 

 フィールがグレン先生が居た場所から【グラビティ・コントロール】で屋上まで飛んできた。まあ私の知っている通信魔術を付与する実験をリン達が見ていたらしく、試しにやってみたのもある。意外とコレ便利だが、精々2時間くらいが素材の限界だ。

 

 4人の背後から屋上の扉が開かれた音がする。音の方へ向くとそこにはウェンディがいた。

 

 

「あらあら、こんなところにいたんですの? 探しましたわよ三人とも、フィールさんもお疲れ様ですね」

「いいよアレくらいなら。馬鹿につける薬にはなったでしょう。主にシスティーナのおかげで」

「ぞんざいにされたのが気に入らなかったんですね」

「ちょっとウェンディ! 哀れみの目で見ないでくれない!? ……それで、どうしたの?」

 

 

 やや哀れみの目で見られたシスティーナがウェンディに尋ねる。

 

 

「これから私たちの部屋に集まって皆でカードゲームをしたりコ・イ・バ・ナも行いますわよ!」

「カードゲームはいいけど後者のはちょっと……」

 

 

 ノリノリなウェンディに少し押され気味のシスティーナにそれを苦笑いで見ているルミア。そして、ふと疑問に思ったのかリィエルがウェンディに質問をする。

 

 

「ねぇ、それってわたしもやっていいの?」

「えぇ、良いですわよ? それに、グレン先生との事も聞きたいですしね!」

「……ありがと。グレンのことなら任せて」

「私、フィールさんの恋話とか興味ありますわ!」

「あの男子の中で恋愛感情の一つでも見出せると思う?」

「無理ですわね」

 

 

 即答するウェンディ。

 まあ好きな人ねぇ……考える暇も無かったな。しっかりして芯のある人が好みだと思う。それだと当てはまるのが知ってる中じゃアルベルトさんくらいだ。まあこの世界で恋愛するなんて考えられないけど。

 

 夜は長い。少しだけ私も楽しむとしようかなと、考えたフィールの少し緑がかった着物は涼しい風に靡いたのを見て、軽く微笑んでいた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「痛えなチクショウ、黒猫の奴……」

「あっ、グレン君? こっち巡回ルートだっけ?」

「いんや、黒猫に吹き飛ばされた」

「どうせ揶揄ったんでしょ?」

 

 

 フィールに【ゲイル・ブロウ】で飛ばされたグレンは別の巡回ルートに居たセラと会った。もう就寝時間を過ぎている。セラとグレンは巡回も終わり、砂浜に来ていた。

 

 ただ、波の音と星の光を反射する海が2人を魅了するかのようだ。

 

 

「綺麗だね……」

「ああ、そうだな……」

 

 

 町の灯りも届かない中、海岸線はより一層幻想的な風景を演出していた。絶え間なく寄せては引いていく波にセラは裸足で波に逃げながらも、足が浸かる。

 

 

「何やってんだよ。海は明日だろうが」

「夜の海辺って気持ちいいから……子供みたいかな?」

「はっ、子供っぽいぞ白犬」

「犬じゃないってばあ!!」

 

 

 いつもの様に、グレンはセラを少し揶揄う。

 セラは反応して少しだけ怒るが、いつも変わらずグレンは笑う。ムッとしたセラがこっそりグレンに近づいていく。

 

 

「グレン君〜」

「何だよセラ「えいっ!?」うおぉっ!?」

「あっはははは! 引っかかった!」

「この……よくもやったな白犬、お返しだコラ!」

「きゃあ! 冷たーい!」

 

 

 子供のように海水を掛け合う2人。

 淡く青に輝くような白砂に沸き立つ泡は、まるで波に打ち上げられた大量の真珠が如く、月明かりに照らされてより一層輝きを放つ。

 

 銀色に輝くセラの髪が風に靡く。

 ダークブルーに染まった海と、悠然と続く水平線。空には白銀に輝く三日月がより一層、セラを幻想的に見せる。それがグレンの瞳から焼き付いて離れない。

 

 

「グレン君?」

「–––––っ、ああ悪い」

「まーた考え事? 根詰め過ぎないようにしてよ?」

「んな訳あるか! ただ今セラに見惚れ……」

 

 

 口を滑りかけたのを必死に止める。

 頰が赤い、鼓動が早くて鬱陶しい、なのに何処か幸せを感じるような暖かい気持ちに衝撃を受ける。

 

 彼女は光だ。だからグレンは光に焦がれる想いに惹かれる。

 セラの顔をまともに見れない。何処か子供のように恥ずかしくて、妙に意識してしまう。

 

 

「……? グレン君?」

「だああああああぁぁぁ! 何でもねぇ! ほら戻るぞ! びしょ濡れになっちまったじゃねぇか!」

「わっ、いつの間に!?」

「お前のせいだ! …………ほら、帰るぞ」

 

 

 無意識に差し出した手をセラは掴む。

 グレンは掴まれた瞬間、無意識だった手に気付いて頰を少し赤くしたが、セラにバレないようにと平常心を装っていた。

 

 

「(見惚れてたって……それに手も……っっ〜〜///!?)」

「(何意識してんだ俺! 相手はセラだぞ!?)」

 

 

 実は聞こえていたセラもグレンに悟られないように平常心を装っているが、少しだけニヤけた顔が直らない。グレンもセラも相手の顔が見れなかったのが幸いか、2人とも自分の顔が赤い事には気付かれなかった。

 

 ただ、繋がれた手は学生達とは違う青春の1ページを刻んでいた。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 

 

 

「準備は出来たのだろうな?」

「万事滞りなく。あの感応増幅者が手に入るのも時間の問題でしょう」

 

 

 蒼い髪を揺らし、青年が女の持ってきた資料を見ていく。

 

 

「.ふん。しかし、本当にあの小娘がいれば『Project:Revive Life』は完成するのだろうな? アレは天才だったシオンの固有魔術(オリジナル)と言っても遜色は無い筈だろ?」

「あら、まさか私をお疑いで?」

 

 

 女は僅かに目を細める。その様に男はたじろぎつつも、疑念を呈した。この女は何処まで上の連中と繋がっているのか分からない。

 

 

「いや、疑っているわけではない。だが、しかしあのような都合の良い存在がいるのかと不安になってな」

「何も問題はありませんわ。アレは()()()()()()()()()()()()()

 

 

 蒼い髪の青年は資料を見る。

 ルミア=ティンジェル、R因子発現者の中で歴代の異能を持つ人間のそれは、ハッキリ言って『昇華』の類だ。異能者の中でそんな事が出来る存在は居ない。

 

 その資料を見た後、ふと思い至ったかのように女は呟いた。

 

 

「ああ、そう言えば。バークス様は異能者の収集が趣味でしたわね?」

「収集ではなく研究だ!」

 

 

 苛立ったような声に答えることなく、話を続ける。

 幾多の異能者を研究と言う名目で殺してきた男が叫ぶ。

 

 

「でしたら一つ忠告が」

「何だ?」

「『禁忌教典(アカシックレコード)』に最も近い存在があの学生の中に存在致します」

 

 

 それを聞いた2人が驚愕する。

 ソレは『天の知恵研究会』が手に入れようと躍起になっている力だ。それに最も近しい存在があの学生に居るなど到底信じられない。

 

 

「馬鹿な!? 我々が手に入れる力に最も近いだと!?」

「感応増幅者の他に一人興味深い──そう、実に興味深い話ですが、『時渡り』に成功した人間が、あの生徒の中にいるのですが、興味はありませんこと?」

「誰だ!? その生徒の名前は!?」

 

 

 メイド服を着た女はクスッと笑い、その名を告げた。

 

 

「フィール=ウォルフォレン。この世界で唯一、

 ──()()()()()()()()()()()使()()』ですわ」

 

 

 未だ人類が到達する事が出来ない領域に踏み込んだ魔術師。

 魔術を超えた魔法の域に到達した偉業を成し遂げた少女の名前に2人は目を光らせた。

 

 


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