バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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 感想くれた『oen』さん。『坂田 歩』さん。ありがとうございました。それではコレより第5章!《正義》と未来の《愚者》の物語が始まります!よかったら感想、評価お願いします。では行こう!!





第4章 正義の魔法使い
第15話


 ヒラヒラするものを追いかけてた。

 それは丁度街中で、お母さんが目を離した隙にヒラヒラとするものを追いかけて、掴んでいた。

 

 

『ん!』

『わっ!? な、何……子供?』

『何じゃクリ坊? ……ん?』

 

 

 それをグイッて引っ張る。

 1人白髪のお爺さんと涼やかで落ち着いた物腰の10代後半の少年が足を止めた。ヒラヒラと動くマフラーを掴み、フィールはやった! と思いながら喜んでいた。

 

 

『あー、お嬢ちゃんもしかしてクリ坊のマフラーを掴もうとしとったのか?』

『うん!』

『ガハハハハ! クリ坊! 一本取られたの! 背後にいるお嬢ちゃんにマフラーを掴まれるなんてな!』

『いや敵意とかないですから!? ……まあ、良かったねお嬢さん』

『うん! やったー!』

 

 

 ふふふ、と笑いながら頭を撫でる少年に少女は猫のように口元を緩ませた。何故こんな所に少女が居るのか、バーナードは怖がらせないように聞いた。

 

 

『お嬢ちゃん、お母さんは何処に?』

『おかーさん? あっ、どこだっけ?』

『迷子……ですね』

『しょーがないわい、一緒に探すとしようかの』

 

 

 迷子になったフィールに少年はため息を吐き、お爺さんは笑いながら少女を肩に乗せてお母さんを探しに街を歩き始めた。

 

 街は意外と賑わっている。人も多い中で迷子になってしまったフィールの母親はバーナードの肩から見下ろしても見つからない。

 

 

『うーむ、どうするかのぉ? いっそ警備隊の所を探してみるか?』

『けど、この場所から大分離れてますよ?』

『おかーさんのばしょ……あっ、おかーさんをよべるかも!』

『んんっ? どうやって? 通信用の魔道具とかないのに?』

『えっとね……《そよかぜはつたう・かぜをつたいて・ふきぬけよ》!』

『なっ!? ま、魔術!?』

 

 

 フィールは幼い口調で黒魔【ゲイル・ブロウ】のような突風ではなく、自分の周りに微風を生み出す魔術。名付けて黒魔【リトル・グラスパー】を使って風を吹き抜けさせる。本家である【ストーム・グラスパー】のように風を掌握し、操ったり感知したりは出来ないが、一定効果範囲に微風を吹かせるくらいなら可能だ、

 

 風に関しては、フィールに教えてくれたお母さんの魔術だ。自分の魔力を乗せた微風が吹き抜ければ、風に最も相性がいい。

 

 

『フィール!』

『あ、お母さん!!』

 

 

 黒魔改【ストーム・グラスパー】を使って感知出来る母親がフィールの風を感知する事が出来る。遠くから走ってくるお母さんに手を振って迎えている。

 

 

『あっれぇ!? セラちゃん!?』

『セラさん!? まさか、セラさんの娘さん!?』

『あっ、バーナードさんにクリストフ君!?』

『おかーさんのしりあい?』

『う、うん。と言うかコラ! 離れちゃダメって言ったでしょ!』

『ガハハハハハ! お嬢ちゃんはクリ坊のマフラー追っかけとったんじゃよ』

 

 

 他愛無い会話に花を咲かせていた3人。

 2人は《隠者》のバーナードと《法皇》のクリストフだ。帝国宮廷魔導師団特務分室の実力者。軍を抜けたセラがまさか2人に会えるなんてと驚いていた。

 

 ただヒラヒラするマフラーが少しだけ羨ましくて、マフラーを掴むフィール。セラは離しなさいと言っても駄々っ子のように、やー! と言って離さない。

 

 

『どうしたのかい?』

『マフラーが気に入ったんじゃないかな? ごめんねクリストフ君』

『いえいえ、別に謝る事じゃないですよ』

 

 

 クリストフは自分の首から紫のマフラーを外してフィールに巻き付ける。それにフィールは無邪気に喜んでいたが、セラは少しだけ申し訳無さそうにしていた。

 

 

『ちょっ! クリストフ君いいの!?』

『構いませんよ。それにこんな小さいのに、魔術を見せてくれたお礼と思ってくれれば』

『わーい! ありがとう! えっと……クリストフおにーさん!!』

『ははは、どういたしまして』

『クリ坊、1発殴らせろ』

『嫌ですよ!?』

 

 

 頭をまた撫でてくれた事にフィールは、むふー! と顔を緩ませていた。紫色のマフラーを首にセラとフィールは手を繋いで帰るのを、手を振って見送るバーナードとクリストフが居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その数年後、2人はフェジテを焼き滅ぼす終焉の炎に飲み込まれ、フィールが宮廷魔導師団として敵将軍を殺した後に、2人の名前がフェジテ崩壊の慰霊碑に刻まれていた。

 

 その慰霊碑の前に花を添え、紫色のマフラーを巻いて宮廷魔導師団のコートを着ている黒髪の少女がそこに居た。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……ん…………」

 

 

 何故だろう。酷く懐かしい夢を見た。

 朝目が覚めるとくらりと視界が揺れた。

 貧血か何かだろう、そう思いながらフィールは制服に着替えて部屋を出た。まだ朝の早い時間なので空気が冷たくて気持ちがいい。

 

 少しだけ頭が痛い。寝足りなかったのか、顔でも洗ってしっかりしなきゃ、と思いながら洗面所に近づくと水音が微かに聞こえてきた。

 静かに洗面所を除けば、すでに起きていて眠た気なセラが居た。

 

 

「おはよう、セラさん」

 

 

 その背中に向かっていつものように朝の挨拶をすれば、セラの未だに眠そうな瞳がフィールを映した。

 ぼんやりしているところを見るとまだ寝惚けているのかもしれない。

 いつもは綺麗な銀色の髪も寝癖で左右ばらばら飛んでいる。

 

 意外と朝弱いんだなあ、と内心で思いながら蛇口を捻る。冷たい水が気持ちいい。顔を洗ってふと目の前にあった鏡を見ると、こちらを見ているセラの瞳と鏡越しに目があった。

 

 

「……どうしたんですか? セラさん」

 

 

 なんだろう、と不思議に思うのと同時に、急に横から伸びてきた手が額に添えられる。何事かと横を見れば、の気難しそうな顔。あまりに近い距離に驚いて身を引けば少しだけ目眩がした。

 

 

「フィールちゃん」

「な、何ですかセラさん?」

「熱があるね」

 

 

 え? と思わずセラを見る。確かに触れたセラの手は冷たかったが、それは水を使ったからだと思っていた。しかしどうやらそうではなく、己の体温が高かったらしい。理解した途端、無視してきた体のだるさが酷くなる。人間の体とは不思議だ。自覚した途端に顕著に現れるのだから。

 

 

「風邪……?」

「どうやら、疲れが溜まってるみたいだね。今日はお休みして」

「……分かりました」

 

 

 風邪程度なら寝てれば治るだろう。

 よくよく考えれば身体のダメージの他にも、サイネリア島の気温差や船酔いに当てられて体力を削られていたのだろう。任務も夜中に行われたし。

 

 

「それじゃあ私は寝てるので……セラさんは気をつけて」

「ううん。私も休むし」

「サボりじゃないですか。行ってきてください。てかむしろ風邪拗らしそうだから却下で」

「酷くない!?」

 

 

 フィールはため息を吐きながらベッドに戻る。

 セラに頼るまでもなく、風邪薬を飲んで寝れば回復するだろう。荷物をセラに持たせて外に追いやるフィール。セラは少し心配しながらも、渋々ながら学院へ向かう事にした。

 

 

 ────────────────────

 

 

 地獄を見た。

 戦場は血で血を洗うような過激な戦い。

 襲ってくる敵を斬り殺し、焼き殺し、撃ち殺し、氷殺し、呪い殺し、いつしか自分の目の前は血で描かれたようなキャンバスの中に居た。

 

 蒸せ返る血の匂い、木霊する悲鳴と恐怖。

 心が弱い人間なら剣すら握れず吐いているであろう地獄絵図の世界。

 

 それでも必死に戦っていた2人の人間を……

 

 

 

 

 

 

『エルザ!!』

 

 

 マスケット銃の弾がエルザを貫いていた。

 エルザの抜刀は確かに届いていた。死体もここに存在する。にも関わらず、空の上で『人工精霊(タルパ)』に乗る殺した筈の男がそこにいた。

 

 

『エルザァァァ!!! クソッ! 《慈愛の天使よ》!』

 

 

 そんな男に目もくれずにエルザを抱き寄せ治癒魔術である白魔【ライフ・アップ】をかけるが、急所を3箇所貫かれている。【ライフ・アップ】はあくまで自己治癒力を上げるだけ。【女帝の世界】だろうが、今のフィールが何をしようが貫かれた急所を治癒する事は出来ない。白魔儀【リヴァイヴー】は魔力がフィールだけでは足りない。全盛期である魔力全てを使っても不可能だ。

 

 

『ごめん……フィール、油断しちゃった』

『喋らないで! 今、回復を……!』

 

 

 傷から血が止めどなく流れる。

 吐血するエルザにフィールの心は恐怖に満ちていった。

 

 

『……フィール……ゴホッ……もしまた……会えるなら……』

『エルザ……嫌、嫌だよ! ……私、まだ……!』

 

 

 エルザは涙を流しながらフィールの頰に触れる。

 無情にも血が流れ、徐々に冷たくなっていくその手にフィールは涙が溢れていく。子供のようにそんなのが認めたくなくて、エルザが自分の隣から居なくなってしまう恐怖にフィールは叫ばずにいられなかった。

 

 

『私、まだエルザと一緒に……!』

 

 

 だが、現実は少女の願いを否定するかのように鼓動を弱めていく。エルザは涙を流しながら、いつかの願いを乗せて微笑んだ。それはまるで、少女に約束するかのように。

 

 

 

 

『今度は……幸せな世界で……また、会おうね』

 

 

 エルザは微笑んでフィールの頰を撫でると、静かに目を閉じた。

 そして、頰を撫でた手は徐々に地に落ちていき、パタリと音を立てていった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「っっ……!!」

 

 

 嫌と言う程辛く、悲しい悪夢に目が覚めた。

 身体は震え、冷や汗は止まらず、頭が痛い。辛くなるほど胸が苦しくなって、涙が気付かぬ内に溢れていた。

 

 

「……懐かしい夢の後は悪夢とか、何の嫌がらせよ全く」

 

 

 震える手を握りしめて【マインド・アップ】をかける。気休めにしかならないが、今のフィールは鏡で見なくても分かるくらい酷い顔だった。

 熱は大分下がったようだ。まあ風邪薬を飲んで、汗を掻くほど寝ていれば治るのは当たり前だ。この世界に来てから気を張り詰め過ぎていたのだろう。そんな事考えながら時間を見ると夕方の4時過ぎだ。流石に寝過ぎたと思いながら、体を伸ばしているとコンコンとノックの音が聞こえてきた。

 

 

「どうぞ」

「やっほー、フィールちゃんお客さんだよー!」

「調子はどうフィール?」

「お、お邪魔します」

「いちごタルト買ってきた」

 

 

 そこにいたのはセラの他にシスティーナ、ルミア、リィエルの三人だった。フィールが風邪と聞いた3人はお見舞いに来たようだ。

 

 

「3人とも、まさかお見舞い?」

「うん。まあ……後は少し愚痴りに来たのと、明日の特別演習について色々」

「……また何かやらかしたの? グレン先生」

「あ、あはは」

「?」

 

 

 システィーナは精神的に疲れたような顔だった。今日の事を振り返りルミアは苦笑いし、リィエルはルミアが苦笑いする理由に首を傾げた。

 

 事の発端はレオス=クライトスと言う男がシスティーナの婚約者と言い、アルザーノ帝国魔術学院に来た事が始まり。

 

 

「レオス=クライトス……確かクライトス魔術学院の教師だっけ? 優秀な教鞭を振るうくらいは聞いてるけど」

「これ、今日そのレオス先生の授業のノート」

「あっ、わざわざありがとう…………うわマジか」

 

 

 レオス=クライトスは帝国総合魔術学会でも名の知られた有名人。病気による長期療養という名目で表舞台から遠ざかっていたが、特別講師としてアルザーノ帝国魔術学院に赴任、高度な軍用魔術理論を普通の学生に理解させる高い指導力から一気に人気を取ったらしい。実際にルミアが写したノートを見てみると、内容は超高度な物だ。

 

 

「『物理作用力理論(マテリアル・フォース)』を一から噛み砕かせて生徒達に教えたのか……確かに凄いんだけど……」

 

 

 これは正直今の生徒達に教えてもいいものなのか? 

 ハッキリ言って魔術理論は素晴らしいの一言に尽きるが、魔術の威力に関するこの理論を理解してしまえば、【ショック・ボルト】で人を殺せたり、【エア・スクリーン】で窒息死させたりと、学生達に教えるにはまだ早い気がする。

 

 何というか、経験が無い人間が配慮無く教えている気がする。考え過ぎならいいのだが……

 

 

「大丈夫だよ。先生達が教えてるんだもの。力に溺れる人なんて絶対にいないよ」

「……まあ、力しかない人間ならここに居るけど」

「?」

 

 

 リィエルに目線を向けるが、呑気にいちごタルト食べてる。あれ? いちごタルトって私の為に買ったんじゃないの? ただ買ってきた報告? だとしたら一周回って尊敬する。

 

 

「まあいいや。それで……?」

「レオスに求婚されたんだけど……でも……」

「レオスは現実主義の政略結婚で迫ってきた……違う?」

「な、なんで分かったの?」

「そんな顔だったから」

 

 

 メルガリウスの天空城の謎を解き、お祖父様が憧れた城にいつか辿り着くと。婚約を断った。だが、レオスは現実を見るような事を口にした。システィーナは魔術を学べば学ぶほどいかに祖父が雲の上の存在だったかを痛いほど実感しつつあった。システィーナはずっと不安だったのだ。祖父に追いつけないまま自分は無駄な時間を過ごして人生を消費してしまうのではないかと。極力考えないようにしていた事をレオスに直接抉られてしまったのだ。

 

 

「それで……嘘をついて、先生と婚約者と言う嘘をついたら……決闘になって……」

 

 

 弱々しく呟いたシスティーナ。 

 システィーナはグレンとセラの関係と言うか、割り込めない間柄に気付いていたのに、グレンを使って嘘をついてしまった。

 

 

「……ハァ、レオスも悪いけどシスティも悪いよ? キチンと断れって私が言う資格は無いけど、嘘をつくのは違うよ」

「うっ……分かってるけど……それでも」

「まあ、システィを責めるのはお門違いだけど」

「グレン先生も察してそれに乗っかったけど」

「『俺が見事、白猫とくっついて逆玉の輿、夢の無職引きこもり生活をゲットするために、今からお前らに魔導兵団戦の特別授業を行う!』って言ってた」

「……ハァ」

 

 

 あの人、本当に嫌われ役を買うのが好きだな。

 リィエルが一字一句話してくれたおかげで、グレン先生の心情も何となく理解できた。要するにシスティーナの夢を諦めさせようとしたレオスに割り込んでいったのだろう。自分から、生徒の夢を応援したいが為に……いや、システィーナがセラに似ているせいかもしれない。

 

 

「特別演習の魔導兵団戦か。二人一組(エレメント)一戦術単位(ワンユニット)の翻弄でケリを着けるつもりかな?」

「えっ? 何で分かるの?」

「だって、戦場に英雄は居ないんだし」

 

 

 えっ? と2人は驚いたような目をしていた。

 戦場に英雄はいない。それはグレンが1番初めに言ったことだ。何も知らないフィールがグレンと同じ事、同じ戦術を組み立てている事にシスティーナは驚愕している。

 

 ルミアだけは、その理由を知っているようだが、敢えて口に出さないようにしているのだろう。

 

 

「……とりあえず明日についてやノートの内容も理解したし、もう暗くなるから帰ったほうがいいよ。3人ともお見舞いに来てくれてありがとう」

「……うん。そうね、じゃあセラ先生にもお礼を言って帰ろっか」

「うん。リィエルも一緒に」

「わかった」

 

 

 3人は部屋から出て、帰っていった。

 何か嫌な予感がする。まるで、既に敵の策略の道筋を踏みしめているような嫌な感覚。

 

 その嫌な予感に考えこむと同時に、アルベルトさんとの連絡用魔導具が光り出した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 セラの料理を食べ終えたフィールは宮廷魔導師団のコートを着て、セラに少し事情を話すと、あとでちゃんと話してね? と言われ、フィールを見送っていた。

 

 夜のフェジテの賑やかな繁華街に背を向け、とある路地裏を歩くフィール。人気のない路地裏を進んでいると、ひっそりと隠れるように据えられた、場末のバーが現れる。

 

 その店に足を踏み入れると、店内は薄暗く、客は殆どいない。

 この店は客に対して徹底した秘密厳守・非干渉を貫くことが売りの店で、密談・密会に使うような店だ。

 

 

「こんばんわ。アルベルトさん」

「フィールか、体調はどうだ?」

「まあ問題ないです。他にも居るんですか?」

「グレンにも一応な。セラにはお前から伝えろ」

「はい。まあそれは構わないですけど」

 

 

 座って紅茶を頼む。

 アルベルトさんがわざわざ元《女帝》と元《愚者》の2人にも話したほうがいい内容に気になりはするが、グレン先生が来るのを待ちながら、紅茶を飲む。

 

 

「…………遅かったな。二分の遅刻だ」

「うっせーな、二分くらい誤差の範疇だろうが。てかフィール、お前はサボりかよ」

「単純に風邪引いてただけです。熱引いたんで来ましたよ」

 

 

 グレンはアルベルトの隣に腰かけ、毒突く。

 フィールもため息をついて再び紅茶を飲む。

 

 

「また何やら、派手に動いているようだな、グレン」

「ま、お前なら当然、こっちの状況も把握しているか」

「惚れてもいない女を賭けて勝負など…………下衆の極みだ。少しはシスティーナ=フィーベルに申し訳ないと思わないのか?」

「はっ…………いーじゃねーか? 成功して白猫とくっついちまえば、もう働かなくてもいいんだぜ? こんな逆玉の輿、滅多にねーよ。こりゃ乗るっきゃねーよなぁ?」

 

 

 にやりと口の端を吊り上げ、くっくっと喉を鳴らして笑うグレンにフィールは呆れながら言う。

 

 

「グレン先生、道化を演じるのは勝手かもしれないですけど、それは夢を応援してくれた人達への侮辱ですよ」

「あっ、なんだ黒猫。説教か? 別に俺は–––––」

「システィーナの夢を踏みにじってるような言い方は止めろって言ってるんだよ。()()()=()()()()

 

 

 強めの口調にグレン先生は少しだけ怯んだ。

 正直な話、フィールも少しだけ怒っていた。幾ら自分を蔑ろにしようが、それを応援しているセラ先生の気持ちも考えないで言った言葉は嘘でも許せないでいた。

 

 

「システィーナの夢を知っていて、それでもなお、そう言うなら今貴方がやってる事はただ悪戯に人生を踏みにじる悪人でしかない」

「はっ、はいはい俺は悪人だって〜の。だから俺は––––」

「自分がここにいるべきじゃないって言いたいならセラ先生の前でハッキリ言え。それとも『正義の魔法使い』の夢に挫折して、そこから見つけた光を、セラ先生と一緒に見つけた居場所を否定しますか?」

 

 

 その眼には少し怒気を含んでいた。

 幾ら自分の父とは言え、そんなやり方を取るならそれは軽蔑するものだ。別に全てを知っている訳ではない。グレンは何故それを知っているのか目を向ける。

 

 

「…………お前」

「乗っかって決闘に勝った後に嫌われれば全て解決と思ってるなら勘違いしないでください。そんなやり方じゃ、システィを傷付けるだけ、悪質な『天の知恵研究会』と同じですよ」

 

 

 気分が悪そうにグレンは座り込む。

 頼んだ酒を流し込んで、言葉を飲み込んでいた。

 

 

「……フン、生徒に叱られるとはな」

「うっせぇ、……悪かったよ黒猫」

「それはシスティに言ってください。で、アルベルトさん用件は何ですか?」

 

 

 わざわざアルベルトさんがこんな場所で伝えるなんて、結構な用件なのだろう。アルベルトは重い口を開いた。

 

 

「このフェジテに『天使の塵(エンジェル・ダスト)』が、何者かの手によって持ち込まれている」

「な──―ッ!?」

「…………っ」

 

 

 それを聞いた2人の顔が強張った。

 思い出したのは自分にとって四年前の出来事。未来で相棒のエルザを失った嫌な記憶がフラッシュバックする。漏れ出る怒りは拳を握り必死で抑える。

 

天使の塵(エンジェル・ダスト)』は被投与者の思考と感情を完全に掌握し、筋力の自己制限機能を外し、ただ投与者の命令を忠実なまでにこなす無敵の兵士を作ることを目的として開発された魔薬。

 

 だが、一度この薬を投与された人間は確実に廃人と化し、もう二度と元には戻らない上、定期的に『天使の塵《エンジェル・ダスト》』を投与されなければ、たちどころに凄まじい禁断症状と共に肉体が崩壊し、死に至る。

 

 投与を続けてもいずれ末期中毒症状で死に至る劇薬でもある。故に研究資料と製法は全て抹消された筈だ。

 

 

「馬鹿なッ!? 『天使の塵(エンジェル・ダスト)』に関する研究資料と製法は、一年とちょっと前のあの事件で全て抹消されたはずだ! あの高度な錬金術知識を要する複雑怪奇な製法、正確な製法抜きに『天使の塵(エンジェル・ダスト)』を再現するなんて不可能だッ! アレはとっくに失伝魔術(ロスト・ミスティック)なんだぞ!?」

「その通りだ。そして唯一『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の製法を自身の頭の中だけで完全把握していた規格外の男が恐らく動いていると上層部は見ている」

 

 

 グレンは1年半前にその男と戦った。セラと一緒に戦ったが、援護がなければ死んでいた。末期中毒者が入り乱れる街で……あの男は想定外の出来事に逃亡した。

 

 フィールは目を細めて、その男の正体を確認した。

 

 

「元帝国宮廷魔導師団特務分室執行官No.11《正義》ジャティス=ロウファンですよね」

「なっ、黒猫。お前どうしてそれを……!」

「アルベルトさん。今誰が出所調査の担当してるんですか?」

「《隠者》と《法皇》だ」

「成る程、ならいいです」

 

 

 グレン先生の質問を受け流しアルベルトに聞く。

 本当に《正義》が動いているのなら、下手に動くより任せた方がいいだろう。どの道フィールの目的はあくまで2人とクラスメイトの防衛だ。奴の狙いは分からない以上、下手に動くのは危険だ。

 

 

「…………なぁ、アルベルト…………」

「断る」

 

 

 グレンが何かを言いかけた瞬間にアルベルトは即答した。その返答にグレンは動揺した。

 

 

「ま、まだ何もいってねーだろ……」

「お前の言いたい事などお見通しだ。大方、『俺も天使の塵(エンジェル・ダスト)の出所調査に参加させろ』……だろう? 俺はフィールも同じ事を言うと思っていたが……」

「ぐ……」

「《隠者》《法皇》が動いてるなら、私は私で任務を続けるだけです。まあ多分、近い内に関わる気がしますけどね」

「その時は追って伝える。グレン、俺が情報を共有したのは助力が必要だからではないし、お前が今回の件に関わる資格もない。魔導士である俺にしか為せない責務があるように……今は教師であるお前しか為せない責務を果たせ」

 

 

 金を置き、立ち上がって出入口に向かいながらアルベルトは最後に振り向かずにグレンに告げた。

 

 

「尤も、道化を演じている今のお前では……そんな事は夢のまた夢だろうがな……」

 

 

 そう告げて店から出て行った。

 フィールは頼まれた紅茶にミルクを入れて、グレンは告げられた言葉にただ沈黙する。ため息をついて口を開いた。

 

 

「ハァ……分かってるよ。んな事ぐらい」

「分かってるなら、最初からシスティ傷付けるの止めてくださいよ。全く」

「お前、少しだけセリカやセラに似てきたな」

「まあ……否定はしませんよ」

 

 

 紅茶を飲み、少し落ち着くフィール。

 ルミアやフィールが居る時点で騒ぎの中心にいる事は理解していた。今回だってリィエルに胴体貫かれたのだ。少し躊躇するがフィールはグレンを真剣な眼差しで話しかけた。

 

 

「グレン先生」

「あっ? ……っ、これ……何でお前が」

「アルベルトさんが私に預けたものですよ。護身用ですけど、持っといた方がいいでしょう」

 

 

 フィールがホルスターに入れたままの『魔銃ペネトレイター』をグレンに渡した。それを見た時、グレンは顔を強張らせた。正直、嫌や思い出は無かったグレンの切り札だ。

 

 

「……何でこれを渡してくれるんだ?」

「……嫌な予感がするんですよ。何か蜘蛛の糸に絡まれたかのような、そんな予感です。本当は渡したくありませんけどコレも渡しときます」

「あっ? 何だコレ?」

 

 

 渡されたのは小さな白い箱。

 本当は渡したくはない。ただ、もしかしたらコレが必要になってくる可能性があるかもしれない。あんまり今のグレン先生に渡したくはないが、セラ先生がいる以上使い方を間違う事はないだろう。

 

 

「グレン先生の切り札ですよ」

「──っっ!?」

「使えなんて言いません。要らないなら捨ててくれても構いません。ただ、《正義》がどれだけ動くのかによって、役に立つかもしれないので」

 

 

 駄目な時は大人を頼れ。

 それはセリカさんが言った言葉だ。ただ、もし頼る事になるならそれは……いや、そんな日があって欲しくない事を願うしかないのだが。神妙な顔でグレンは口を開いた。

 

 

「…………なあ、フィール」

「?」

「……お前は何者なんだ? 俺の切り札やジャティスの奴も知っていて、規格外の固有魔術(オリジナル)まで使えるなんて普通じゃない。狙われる原因も曖昧だし、一体お前は──」

「──私の父と親友はジャティスに殺された」

「っっ!?」

「それだけですよ。ジャティスを知る理由なんて」

 

 

 グレンが言いたい事を遮って口にした言葉にグレンは驚愕し、ただ沈黙する。未来で私の父は殺され、エルザも死んだ。握りしめた紅茶のティーカップの取手にヒビが入っていた。

 

 

「それに、今は語るべきではない」

「はっ? どう言う意味だ?」

「語るとするなら、真相に気付けた時ですよ。グレン先生」

 

 

 フィールは金を置いて、出口に向かい始めた。

 グレンはまだ聞きたい事があるようだが、フィールは最後に軽く笑いながらグレンに告げた。

 

 

「それに明日はレオスとの勝負ですよ? ちゃんと寝て、備えてくださいね? それこそ、システィを傷付けないようなやり方で、ですよ?」

 

 

 少しだけ微笑みに悲しみが含まれながら。

 その悲しい顔が理解出来ないグレンはフィールを引き止めようと手を伸ばしたが、フィールは既に店を出ていた。

 

 それはまるで、フィールがグレンに出会ってはいけないような、それともその()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にも見えた。

 

 グレンには理解出来ないがフィールは微かに理解していた。ただ父と娘の会話だが、グレンはフィールを知らない。知られてはいけない。だから、ただ赤の他人として演じている自分も道化だ。

 

 幸せと言う答えはこの世界で望んではいけない。

 

 そんな人間が望む真逆の強迫観念に縛られていた。

 

 

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