バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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 感想くれた『坂田 歩』さん、『影龍 零』さんありがとうございました。ここからが前哨戦、フィールのもう一つの固有魔術のお披露目です。少々説明がややこしくなります。すみませんがご了承ください。

 良かったら感想、評価お願い致します!

 では行こう!!


第16話

 

 

 三人一組(スリーマンセル)一戦術単位(ワンユニット)

 

 魔術戦には基本的に『近距離戦』と『遠距離戦』の二つのレンジがある。『近距離戦』は相手を目視できる距離で呪文を撃ち合う最前線で戦うレンジ。『遠距離戦』は相手を目視できない距離で、超長距離射程魔術で『近距離戦』に従事する魔導兵を援護する形の戦術に対して、近距離戦で最も強いのは三人一組(スリーマンセル)一戦術単位(ワンユニット)と言う。

 

 

 だが、三人一組(スリーマンセル)一戦術単位(ワンユニット)に対してグレン先生のクラスが取った戦術は……

 

 

二人一組(エレメント)一戦術単位(ワンユニット)!?」

 

 

 レオスは驚愕していた。

 組むチームの練度によって数の制圧が出来ない。

 12対18にも関わらず、平原は状況をキープしている。

 丘はシスティーナやルミア、ギイブル達が居る以上、制圧は困難。更にはリィエルが【ショック・ボルト】を躱しているだけ、制圧が出来ない。

 

 

「んで、森は私の出番と言う訳か」

 

 

 グレン先生から言われたのは2つ。

 レオスの対応が早い為、ケリをつけるなら短期決戦。

 そして、戦況が傾いたら均等にする様に攻めろ。

 

 レオスの対応が早い以上、森というフィールドから他のフィールドに行かれたらそれはそれで面倒だ。少なからず平原の陣営は瓦解する。と言う訳で私はグレン先生の指示を待ち、戦況が傾いた瞬間に動く切札(ジョーカー)に選ばれた。

 

 

『お前ならそれくらい余裕だろ?』

 

 

 まあ、信頼されている以上、戦果は保証しよう。

 決して信頼されている事が嬉しくて照れている訳ではない。無いったらない。丁度()()()が終わった以上、此方もいつでも動けるし、問題はない。

 

 

『黒猫、そろそろ頼むわ』

「了解、全滅でいいですよね」

『構わねぇよ。黒猫go!』

「ちょっと!? 合図まで猫扱いしないでください!」

 

 

 フィールはグレンの合図と共に動き出した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 森のフィールドの戦い方は多種多様に存在する。平原はともかく、丘はある程度の高低差以外にはシンプルな戦場、魔術の撃ち合いで勝負が決まる戦術と違い、森は神出鬼没の領域。

 

 

「森には2人くらいしかいないんだろ?」

「だったら別に問題はないでしょ。さっさと領域を支配して他の援護に–––––」

 

 

 三人一組で動く一組の生徒の1人が、次の言葉を発する前に倒れた。その事に気がついた瞬間、もう遅かった。右に曲がる【ショック・ボルト】と泥濘んだ地面に足を取られ、更に1人が倒れる。

 

 

「「!? なっ、敵–––!」」

「《黙って》」

 

 

 黒魔【ノイズ・カット】で生徒の声を封じる。

 情報伝達をする事も出来ず、時間差起動(ディレイブート)した【ショック・ボルト】が三人目の生徒を襲い、気を失っていた。

 

 

「まさか、罠を仕掛けるなんて……」

「魔導兵って言うのは、人数の多さで決まるものじゃない。確かに数の利は多ければ有利だけど、連携や陣地によってこうやって覆るんだよ。ごめんね、ちょっと卑怯かもだけど」

 

 

 辛うじて意識を保っていた生徒の1人が気付いた。

 ここら一帯は罠だらけ、戦況を有利に進める為に付与した魔術罠(マジック・トラップ)が張られている。

 黒魔【セルフ・トランスパレント】で自己透明化の呪文と黒魔【サウンド・カット】で自分が発する音を声以外を遮断して、森の狩人と化したフィール。

 

 地面の一定の所は黒魔【アクア・ミスト】で簡易的な泥濘みを作り足場を崩す。そのせいで上手く進めずに、早く動けず、イライラが募る。三人一組なら尚更陣系を意識する。

 

 

「《雷精よ––––》《踊れ》」

 

 

 次の敵は【ストーム・グラスパー】で感知した。

形式変化法(フォーム・アルタエイション)】と【根源素配列変換(オリジン・リアレンジメント)】の錬金術で木の一部に仕掛けた鏡に【ショック・ボルト】をそれぞれ6発を同時起動し、反射させる。錬金術の類は攻撃に使わなければ使用可能だ。敵に対して使用するのが【スタン・ボール】や【ショック・ボルト】のみだから。

 

 敵も居ない中あり得ない角度からフィールの【ショック・ボルト】が生徒達を襲う。

 

 

「グアッ!?」

「ギャアアアア!?」

「ちょっ!? 嘘だろおおおおお!?」

 

 

 丁度いい位置にいてくれたおかげで、反射している事も、何処から撃たれたかも分からないまま、森に侵入した一組全員は気絶した。

 

 

「此方フィール、グレン先生応答願いますオーバー」

『此方頼れるグレン大先生、黒猫もう終わったのか?』

「はい。で、互いの損傷率は?」

互角(イーブン)だな。多分引き分けで終わる」

 

 

 その予想と同時に試合終了の合図と共にハーレイ先生の声が聞こえてきた。

 

 

「そこまでだ! 両者の損傷率が八十パーセントを超えたためルールに従い……この勝負、引き分けとする!」

 

 

 ハーレイの魔術によって拡張された声が戦場に響き渡り、魔導兵団戦は終了となった。しかし、この展開はグレンの思惑通りでうまく引き分けに持って行けたと考えていた。

 

 

 そして、グレン陣営では生き残っていた生徒達や戦死してしまった生徒たちが話し合っており、その表情はそこまで落ち込んでいたりはしておらず晴れやかだった。しかし、勝負が引き分けになったことでシスティーナはどうするのか気になったカッシュはフィールに尋ねる。

 

 

「なぁ、フィールさん。引き分けちまったけど、この場合どうするんだ?」

「ん? それは……」

 

 

 確かにコレは決闘だ。

 この場合、やり直しを要求出来るし、決闘前の状態になるなら、システィーナがグレン先生と将来を誓い合った仲のままになる。まあグレン先生なら互いに身を引くと言う事で納めるつもりだろう。考え混んでいると、レオスが声を荒げて生徒達を責めた。

 

 

「貴方たち! なんなんですかその体たらくは!」

 

 

 突如響いてきた怒鳴り声にグレンやセラ、生徒たちは一斉にそちらを向いた。

 

 

「あの無様な戦いはなんですか?! あなたたちが、もっと私の指示にきちんと従い、作戦行動を遂行していれば……」

「やめなさい」

 

 

 まるで上手くいかない現実にレオスは憤慨していた。

 だがこれ以上はただ生徒を悪戯に責めているだけだ。フィールがレオスの腕を掴み、鎮めようとした。

 

 

「口を出すな! 貴女如きが私に意見するな!!」

「…………?」

 

 

 手を振り払われたフィールはこの時、二つの違和感を感じていた。

 

 触れた腕から感じ取ったが、身震いしてもおかしくないくらい()()()()()()()()()事だ。

 レオスの顔色は当初と比べると随分青ざめてるような気もするし、発汗量も異常だ。まるでタバコが切れたかのような禁断症状に苦しんでいるように、今のレオスは何かがおかしい。

 

 もう一つは、まるで()()()()()()()()()()()()()を裏切られたような失望感にレオスが囚われている事。自分の思い描いたシナリオ……いや、何か引っかかるこの違和感は? 

 

 

「勝負も引き分けだ。ここは互いに白猫から身を引くってことで……」

「うるさい……!」

 

 

 思考し続けていたフィールを覚醒させる怒号が聞こえた。

 グレン先生は引き分けということで場を収めようとするが、レオス先生はそれに納得はしないのか、自分の手袋をグレン先生へと放る。

 

 

「再戦です! 今度はわたしから貴方に決闘を申し込みます!」

「お前、まだ諦めねえのかよ……」

「当たり前です! 貴方なんかにシスティーナを任せられるわけがないでしょう!」

「……ああいいぜ。なら次の決闘は──」

「いい加減にしてよ!」

 

 

 二人が再決闘をしようと話を進めようとすると、システィが我慢の限界なのか二人へ怒鳴る。幾らなんでも賞品扱いされれば、システィも黙っていられないだろう。

 

 

「黙ってれば二人して私そっちのけで勝手に盛り上がって! そんな勝負に勝ったところで私が求婚に応じると思うの!?」

「う、システィーナ……その件は深くお詫びします。しかし──」

「今度の決闘は一対一。日時は明日の放課後、場所は中庭だ。ルールは致死性の魔術は禁止で他は全手段解禁。それで行くぞ」

「っ!?」

 

 

 レオス先生の言葉を遮ってグレン先生は決闘のルールへと話を進め、決闘を承諾する意思を見せた。同時にシスティが裏切られたような表情をした。

 

 

「……ふっ、いいのですかそれで?」

「ああ、いいぜ。これに勝てれば逆玉の輿だしな。ここいらで一発体張って──」

 

 

 パンッ! と、グレン先生の言葉が最後まで続くことはなく、システィがグレン先生の頰を叩いた。その目尻には涙が浮かべられて……

 

 

「……嫌いよ、貴方なんか」

 

 

 そう言い残して馬車へ向かってその場を離れた。

 

 

「……ふぅ、無様なものですね。貴方こそ、彼女を諦めるべきじゃないですか?」

「……うっせえよ」

 

 

 その後はなんとも気まずい空気のままみんな馬車へと向かっていく。セラも理解しているとは言えだ。今のグレンは少しやり過ぎだ。フィールは右手が震えているのを確認し、ルミアに話しかける。

 

 

「ルミア、悪いけどシスティをお願い」

「えっ? フィールさん?」

「ちょっと、用事があってね。私は馬車は要らないから、システィをお願い」

「う、うん。分かった」

 

 

 右手の震えを抑えながら、フィールは馬車から離れた裏路地に走って行った。

 

 

 ────────────────────

 

 

「アルベルトさーん? どこに居るんですかー?」

 

 

 先程右手の通信用魔導機が震えたのを感じ、別の場所で連絡を受けたフィール。この辺りの場所で重要な話があると言われて来たのだが、フェジテから大分離れた裏路地にフィールは呼び出されていた。

 

 宮廷魔導師団のコートを着た青い長髪の後ろ姿を目撃し、ため息をつきながらフィールは話しかけた。

 

 

「アルベルトさん……やっと見つけ……」

 

 

 気づいていないのか、肩に触れようとした次の瞬間。フィールの背筋に嫌な予感が走った。

 

 

「っっ!?」

 

 

 フィールは神がかった瞬発力でアルベルトから離れた。フィールが先程までいた場所に振り下ろされた斧と姿がアルベルトから変わり、別の人間に成り代わった誰か。

 

 だが、フィールはその人物などどうでも良かった。その男に浮き出ていた血管と思考を失っているような顔にフィールは怒りに満ちていた。

 

 

「『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の中毒者だと!? 何でこんな所に居るっ!!?」

 

 

 裏路地の窓から、屋根から突如現れた『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の中毒者達、身体機能を限界まで引き上げた住民達を救う手立てはない上、狙いは何故かフィールに向いている。

 

 アルベルトに化けていた中毒者がフィールに襲いかかる。それと同時に素早い速度で迫りくる中毒者にフィールはスカートに隠した太ももにつけたホルスターから()()『魔銃ペネトレイター』を取り出した。

 

 

「《ぶっ飛べ》!」

 

 

 中毒者達は魔術に反応し、加速する。

【ブラスト・ブロウ】で吹き飛んだ中毒者達。次々と全方向から迫りくるのに対して、フィールは白魔【ブレイン・アバカス】で並列演算思考で迫りくる中毒者を次々と対処していく。

 

 

「《虚空の焔よ––––うわっ!?」

 

 

 多すぎて魔術詠唱が間に合わない。『魔剣エスパーダ』で斬殺するがその感触は久しく忘れていたような肉を斬る感覚に少しだけ躊躇しているようにも見える。

 

 

「クソッ! 何体居るんだこの中毒者!?」

 

 

 まるで波のように迫りくる中毒者達。

 フィールは中毒者に対して軍用格闘術と、右手に持つ『魔剣エスパーダ』で中毒者達を切り裂いていく。血が舞って、地面が赤く染まり、裏路地は地獄の光景と化していた。

 

 

「《吠えよ炎獅子》!」

「アアアアアアアアア––––––––!!!」

 

 

 右手の『魔剣エスパーダ』を後ろから迫る中毒者に刺し、手を離した瞬間に黒魔【ブレイズ・バースト】で焼き焦がすが、それでもまだ動いている中毒者。敢えて火力を下げてしまったのはこの世界に来てから甘くなってしまったのか。苦しそうな顔で、助けてくれと言うような顔で命令された事にただ必死になって迫りくるソレにフィールの怒りは更に激しく燃え上がっていた。

 

 

「っっ!! 《金色の雷獣よ・地を疾く駆けよ・天に舞って踊れ》」

 

 

 黒魔【プラズマ・フィールド】で中毒者達を一掃する。

 中毒者達が死んでいく中、恐怖も思考も何も感じない中毒者達は止まらない。『魔剣エスパーダ』を血が滲むほど握り締め、怒りを抑え切れずにフィールは叫びだした。

 

 

 

 

 

「どこまでっ!! 人を愚弄する魔薬(ドラッグ)だああああああああああああっ!!」

 

 

『魔剣エスパーダ』と赤い『魔銃ペネトレイター』で中毒者を殲滅していくフィールは怒りに震えながら全ての中毒者を殺し続けていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「ただ、単純にお前の夢を否定された事に俺が腹が立っただけだ」

「はあ……?」

 

 

 夕焼けの学院東館の屋上にグレンとシスティーナは居た。鉄柵にもたれ掛かりながら、ただ喧嘩を売った理由をシスティーナに話した。

 

 

「俺は昔、『正義の魔法使い』になりたかった。けど魔術の裏を知って絶望していた中、唯一俺の夢を応援してくれたのはセラだった」

 

 

 あの頃のグレンを支えてくれたのはセラだった。

 

 

「人殺し、殺人者として魔術師になった訳じゃない俺がそれでも軍を辞めなかったのは、多分アイツのおかげなんだ。けど1年前、軍は俺とセラを捨て駒にしたんだ」

「!?」

「あの後、俺達が死にそうになった後、ジャティス……敵にも予想外な援護があって退いたが、俺はそのあと軍に嫌気が差して辞めた。ただ、その後セラも暫くしない内に軍を辞めたのは予想外だったが」

 

 

 自分の夢は叶わない夢と知ったのか、分からない。けれど、あの頃セラもグレンに救われていたのかもしれない。グレンが辞めて、セラも辞めたのはもしかしたら……

 

 

「まあなんだ……俺は本当はレオスに勝った後、お前に嫌われればいいと思った。だが、それは黒猫に怒られた」

「……えっ? フィールが?」

 

 

 予想外の人物にシスティーナは驚いていた。

 フィールがグレンに怒っていた。その出来事にシスティーナは目を見開いていた。基本的に無関心な部分が多いフィールが自分から誰かに接していた事に。フィールは話しかければ、会話だってするが自分から誰かに話す事は少ない。そんなフィールがグレンを怒った事に驚きを隠せないでいた。

 

 

「応援してくれた人間を否定するってのがどれだけ悲しませる事なのか、アイツ母親みたいに怒ってやがった。本心を隠して道化を演じるなってな」

「フィールが……」

「まあ単純にお前の夢を否定しようとするアイツに俺は気付けば手袋を投げてた。今のお前が若い頃の俺みたいで、俺が昔のセラの立場ならセラも同じ事してたと思う。ただ、夢を追いかけるお前が昔の魔術の闇を知らない俺に重ねてたのかもしれねぇ」

 

 

 グレンがまだ闇を知らなかった自分。

 あの頃は『正義の魔法使い』と同時にセリカのようになりたいと思っていた。システィーナの夢、メリガリウスの天空城の謎を解き、お祖父様が憧れた城にいつか辿り着くと言う馬鹿げた夢を追いかけるシスティーナに若かった自分を重ねているのかもしれない。

 

 

「まあ……本当は決闘もするつもりは無かったんだが、俺も冷静じゃなかった。悪い」

「……ハァ、結局自分の私情じゃないですか」

「うっ……まあそうなんだが……」

「けど、安心しました」

 

 

 システィーナは夕焼けを見ながら笑った。

 

 

「先生が、ちゃんと私達を見てくれていた事に、自分から周囲に顰蹙買ってまで応援してくれている人が居るって分かって」

「……はっ、まあそんなお礼は俺じゃなくて黒猫に言ってやれ。単純に俺は逆玉でも悪くないなーって思ってたし」

「……フィールに後で言いつけますよ」

「おまっ、止めろよ! 意外とアイツ怒ると怖いんだから!?」

 

 

 どうやらフィールの説教が弱味(トラウマ)になってしまったらしく、慌てた反応をしたグレンを見てシスティーナはクスクスと笑っていた。

 

 そして、コツコツと足音を立てて歩きながら現れる1人の男がシスティーナ達の前に姿を現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、予期せぬ形でグレンは決闘の場に現れず、システィーナとレオスの結婚が3日後に決定した。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「クソッ!! 何で気付かなかった!!」

 

 

 フィールは【疾風脚(シュトロム)】を最大にして街を駆けていた。『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の中毒者を襲わせてその隙にフィール自身を狙うと思っていたが、居たのは大量の中毒者達だけでジャティスの姿は見当たらなかった。

 

 アルベルトに成り済まして通信用魔導具に割り込み、フェジテの随分遠い場所に呼び出された、『天使の塵(エンジェル・ダスト)』の中毒者達をフィールに狙わせたのは単純な話だった。

 

 アレはフィールに対する時間稼ぎに過ぎない。ジャティスがグレン先生に固執していて、全盛期のグレン先生と戦うのなら、ジャティスが最も最優先にすべき事はただ一つ。

 

 

「お母さんが……! 危ない……!!」

 

 

 セラの殺害だ。

 悲しみ、絶望、そんな中でグレンと言う男の全ては元に戻る。セラはグレンにとって鎖なのだ。鎖を失えば狂う程の絶望の世界に足を運んでしまう。ジャティスが最も望む事だ。

 

 

 

「っっ!! 《風よ》《風よ》《風よ》!!」

 

 

 連続で【ラピッド・ストリーム】を起動する。

 自分の最高速度、1秒で300メトラと言うスピードで街を駆け抜けていく。だが遠い、セラのいる方向から自分が居た場所が遠く感じる。この街の高低差では【ライトニング・ピアス】による狙撃も出来ない。

 

 およそ40秒、いや自分が戦っていた15分くらいの間に戦闘が行われていたなら。今のセラではジャティスに勝てない。ジャティスにとって相性は最悪かもしれないが、それ以上に先読みする固有魔術(オリジナル)がアドバンテージが高過ぎる。

 

 手持ちの魔晶石から魔力を補給した。ジャティスが居る中で油断は出来ない。セラに持たせた魔導具の反応した場所は目の前だ。屋根から飛び降りてその場所を見る。そこに居たのは……

 

 

「セラさん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 辿り着いた時には既に遅く。

 目に焼き付いた銀髪の髪は血で赤く染まっていた。

 

 

「………あ……?」

 

 

 身体中の至る所が出血し、倒れていたセラと

人工精霊(タルパ)』に乗ってそれを見下ろす憎き男ジャティス=ロウファンの姿がそこにあった。

 

 

「セラ……さん……?」

「おや、随分早かったね。そこまでは()()()()()()。フィール=ウォルフォレン」

「…………」

「おや? まさかセラを失った余りに声も出ないかい?」

 

 

 セラは辛うじてまだ生きている。

 まだ心臓の鼓動が聞こえているからだ。出血はしているし放っておけば死ぬ。あと数分の命にまで追いやられた。フィールは自分の不甲斐なさに拳を血が滲むほど握り締める。

 

 

「何か言ったらどうだい? まあグレンを元に戻す為の必要経費––––」

「《––––黙ってろ・この・気狂い野郎》!!!」

 

 

 黒魔【ストーム・スタンプ】で周囲の『人工精霊(タルパ)』を吹き飛ばす。所詮『人工精霊(タルパ)』は疑似霊素粒子粉末(パラエテリオンパウダー)が無ければ使えない。そう言う意味で風使いとは相性が悪い。ジャティスの乗っていた『人工精霊(タルパ)』も崩れ去り、ジャティスは高所から風の波に吹き飛ばされた。

 

 

「っ……風の使い方がセラ並みに上手いとは……!」

「《悪辣なる鬼女よ》!」

「ぐっ……!?」

 

 

 白魔【ホールド・モーション】でジャティスの動きを封じる。まだ生きているならジャティスに邪魔されてはこの魔術は使えない。セラを死なせるつもりなんて微塵もない。

 

 ジャティスの言葉など気にせずに【女帝の世界】で黒魔【ライアブル・スクリーン】を張り、フィールは詠唱を開始した。

 

 

「《黄昏は此処に・終わりを告げる時の残滓・方舟に乗りし運命は我が盟約にて反転せよ》!」

 

 

 今更思う。

 どうしてこの魔術がエルザが生きていた時に生み出さなかったのか。これがあったらな最悪な運命なんて捻じ曲げる事が出来たのではないかと今も思う。

 

 

「《我は汝を排斥せし根底を覆し者・其は森羅万象を全を修める者・世界に背きし共犯者よ・汝の名を此処に告げよ・汝の名はセラ=シルヴァース》!」

 

 

 ただずっと後悔していた。

 エルザを失ったあの時から、どうしても治癒魔術が効かない時に編み出したフィールだけが使える固有魔術。フィールはあの後絶望した。絶望したからこそ、繰り返さない為に編み出した世界に背く魔術の最奥に踏み込んだ。

 

 

 

「––––固有魔術(オリジナル) 【時の奉天(クロノ・カタストロフ)】起動––––!」

 

 

 治癒魔術だけでは回復は不可能。

 だからこそ、フィールは二度と同じ事を繰り返さない為に編み出したもう一つの固有魔術(オリジナル)が起動される。

 

 起動された瞬間、傷付いたセラの身体が光り出した。

 

 

「……はっ? ば、馬鹿な!?」

 

 

 肉体が修復されていく。弾丸で貫かれた身体も傷だらけの身体もまるで()()()()()()()()()()セラの身体を修復していく。風の結界【ライアブル・スクリーン】やジャティスを止めていた【ホールド・モーション】が維持出来なくなったが、そんな事然程問題じゃない。

 

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

 

 掴んでいた右手を離し、無事なセラにフィールは安堵の涙を浮かべていた。セラの身体は出血こそ見られるが、傷の大部分は塞がっていた。アレは間違いなく致命傷だ。白魔儀【リヴァイヴァー】でもない限り塞げない筈だ。ジャティスは困惑していた。

 

 

「……一体何をした! 今のは【リヴァイヴァー】じゃない筈だ!」

 

 

 フィールのもう一つの固有魔術(オリジナル)時の奉天(クロノ・カタストロフ)】は白魔改【ロード・エクスペリエンス】に似た魔術でセラが行っていた過去の経験を憑依し、過去に起きた出来事を最大8分間だけ全てを計測し、全てを数値化する。

 

 世界は数字で出来ている。事象も形も、存在さえも例外なく数式で表す事が出来る、戦闘経験だろうが何であろうが全てを計測し、自分の都合の良い計測に割り込むように逆算し、セラの身体を8()()()()()()()()()()()魔術だ。

 

 

「馬鹿な! アレは致命傷だった!! フィール=ウォルフォレン! 君は一体何をした!!」

「……『()()()()()()()』よ。ただし肉体や物質限定のね」

 

 

 ジャティスは目を見開き驚愕していた。

 フィールは自分の魔術特性(パーソナリティ)の特異性を理解していた。『万象の逆転、逆流』の意味は一体何なのだろうと。

 

 万象とはさまざまの形。あらゆる事物・現象を指し示すなら、フィールは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 

『逆に全ての正反対の理論の究明が出来れば、全ての事象の一端を操る事が出来るんじゃないかな?』

 

 

 それはあらゆる事象が介入するこの世界で唯一、()()()()()()()()()()()()()異端の天才児。

 

【女帝の世界】が『未来の結果の改竄』だと言うなら、【時の奉天(クロノ・カタストロフ)】は『()()()()()()()()』だ。

 

 

 限界は8分前まで、それ以上は計算し切れずに膨大な演算に廃人になりかねない。ただ、その8分間こそ、魔術師が到達した事が無い『()()()()()()()』をたった1人で生み出した世界唯一の『()()使()()』の御業だ。

 

 全ての結果を数式に直し、計算式を組み替える事で事象を改竄するそれは、反則と言う領域を超え『()()』の領域に踏み込んでいる。世界がシナリオ通りに動くなら、世界のシナリオを改竄するフィールは間違いなく『禁忌』の存在だ。

 

 

「それが本当だとするならそんなものは魔術じゃない!! 世界そのものの改変は『()()』そのものだ! 君は一体何をしたか理解していないのか!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 フィールの使った固有魔術では世界の根底を覆す事は不可能に近い。だが、()()()()()()世界に背く結末や因果を世界から僅かながら()()()()()()()()()()くらいなら不可能ではない。

 

 世界を改変は出来ない。それは絶対不変の規則(ルーツ)である中で、その領域に踏み込んだ。

 

 フィールはセラを抱えてジャティスに不敵に笑う。

 

 

「『魔法』だろうが何であろうが……私は2人を守れるなら『魔法使い』だろうが悪魔だろうが、殺戮者であろうが、2人を守れるなら自分を殺してでも守るって決めたんだ……ジャティス=ロウファン、私がお前のシナリオ通りに進める訳ないだろ」

 

 

 どれだけバッドエンドの戦場を見てきたと思っている。

 この程度で挫ける程、この世界で生きるフィール=ウォルフォレンは容易い存在じゃない。ジャティスは驚きを隠せないまま目を細めて笑う。

 

 

「……確かに驚いた。魔法級の魔術行使には僕も目を見開いたよ。けど、治した所でもう一度セラに手を掛ければいいだけだろう? あの魔術のせいで君はマナ欠乏症に陥っているしね」

 

 

 顔色が真っ青で、口から血が流れている。

時の奉天(クロノ・カタストロフ)】は【女帝の世界】や【イクスティンクション・レイ】と言う個人で使用する魔術の中で1番魔力を喰らう()()()()()A()A()A()()()()()だ。反動も酷く弱みを見せない為に見栄を張ってはいるが、実際は立っているのがやっと、逃げる為の【ラピッド・ストリーム】も使えないだろう。

 

 だが、それがどうした。

 

 それでお母さんを殺された言い訳にはならない。

 

 例え世界の法則を捻じ曲げようとこの人を守る。

 

 フィールは命をかけてでも守る為にジャティスの前に立ちはだかり、赤い『魔銃ペネトレイター』と『魔剣エスパーダ』を持ち、ジャティスに構える。

 

 

「……その程度のハンデを覆してこそ、『正義の魔法使い』に相応わしいでしょう?」

「へぇ……君は思っていた以上に面白いね。だが、『正義の魔法使い』になるのはこの僕だ! その邪魔をすると言うのなら……!」

 

 

人工精霊(タルパ)』で作り出したマスケット銃が此方を向いた。辛うじて残っている魔力を【フィジカル・ブースト】に当てて逃げるか、弾丸を全て斬り落とすか。

 

 

「ここで死ぬといい。『正義』の為に!」

「っっ!!」

「《高速結界展開(イミット・ロード)》!」

 

 

 マスケット銃から弾丸が放たれた瞬間、懐かしい声と共に自分の地面から五芒星の魔方陣が浮かび上がり……

 

 

「【翠玉法陣(エメラルド・サークル)】!!」

 

 

 翡翠色に輝く結界がマスケット銃の全ての弾丸を防いだ。

 後ろを見るとそこに居たのは《法皇》クリストフと《隠者》バーナードの姿があった。

 

 

「どうやらギリギリ間に合ったようじゃの!」

「セラさんは気を失ってるようですが、どうやら時間稼ぎしてくれたようですね。助かりましたフィールさん」

「……ギリギリですけど、助かりました」

 

 

 今はとりあえず窮地を脱する事だけを考えよう。

 今の怒り、今果てしない憎悪より、今はお母さんの方が心配だ。傷を戻したとはいえ、8分以上前の傷付いた身体はまだ治されていない。【ライフ・アップ】は魔力切れで今使う事が出来ない。

 

 

「久しぶりじゃのうジャティス」

「バーナードか。久しぶりだねぇ、時間稼ぎもされたようだし、今回は素直に引くとしよう」

「…………次は殺す。『正義の魔法使い』の偽善者が」

「ああ、奇遇だね。僕も同じ事を考えてたさ」

 

 

 

 互いに睨み合った後、ジャティスは『人工精霊(タルパ)』の女神に乗って、この場を去っていった。フィールもそれを見送った後、身体から力が抜けて血を吐き出す。

 

 

「ゴホッ……! ハァ……ハァ……」

「だ、大丈夫ですか!?」

「戦闘後に無理して【時の奉天(クロノ・カタストロフ)】まで使ったからね。回路(パス)が限界許容量を超えた反動みたいなものですよ……暫くすれば治ります」

「これ、使ってください」

 

 

 フィールはクリストフから魔晶石を渡された。

 魔力の相性は然程高くは無いが、マナ欠乏症が治るくらいの魔力は摂取出来た。自分の魔力は少ない中、【ライフ・アップ】で傷を修復しようとするフィールに対して、クリストフがそれを止めた。

 

 

「……バーナードさん、セラさんを」

「分かっておる《慈愛の天使よ》」

 

 

 気を失ってるセラの腕に触れ【ライフ・アップ】をかける。傷付いた身体はある程度修復出来たが、意識は戻らないままだ。暫く戦線に居なかったセラさんをわざわざ襲ったジャティスの狙い。

 

 それは間違いなくグレン先生だ。《愚者》のグレンとの直接対決。

 

 

「……グレン先生……」

「なんじゃ? お父さんが心配か?」

「バーナードさん!」

 

 

 それは禁句(タブー)と言った筈だ。

 それ以上揶揄うなら、バーナードだろうが黙っていられない。バーナードはやれやれと言った顔で頭を下げる。

 

 

「はっはっは、すまん。けど、グレ坊なら大丈夫じゃ。ジャティスが今からグレ坊の元には行かないじゃろうしな」

「セラ先生を……アルザーノ帝国にいるセシリア先生の所まで連れて行ってください。頼んでもいいですか?」

「それは構いませんけど、フィールさんは?」

「魔力切れで反動も大きいので、帰って寝ます。ジャティスはまた必ず動く。フェジテにいる以上、私も出来る事をしないと……」

 

 

 身体がガタついており、足取りは重く、家に着く前に倒れてしまいそうだ。【時の奉天(クロノ・カタストロフ)】はあくまで禁じ手、身体の魔力容量(キャパシティ)全開で行う白魔儀改の術式なのだ。それを1人で使えるのは【女帝の世界】における魔術式の先取りをすれば不可能では無いが、当然身体に無理をしなくては使えない。全盛期ならまだしも、半分以下の魔力容量(キャパシティ)とボロボロの回路(パス)で行えばこうなる。

 

 

「フィールさん、送りましょうか?」

「いい。気遣いはありがとう」

 

 

 クリストフの気遣いに頭を下げたが、フィールは直ぐに行ってしまった。クリストフやバーナードはフィールの後ろ姿で顔が見えなかったが、その顔は冷酷の具現とも捉えられるくらい。

 

 まるで殺戮人形のように冷たい無表情だった。

 

 

「甘かった……甘かったからお母さんは……」

 

 

 もう躊躇などしない。心は捨てて、機械的になれ。

 フィール=レーダスと言う甘い人間からフィール=ウォルフォレンと言う殺戮者に置き換われ。

 

 何も守れないなら、私が存在する理由がない。

 

 全て殺してでも全てを守る。

 

 それが私の存在理由だ。

 

 

 

 

 

 

 バーナードはセラを抱えて、アルザーノ帝国の保健室に向かう。セラは暫くは目を覚まさないだろうが、2日3日もあれば全快するだろう。バーナードはセラを背負って向かうその道中、バーナードはクリストフに忠告した。

 

 

「クリ坊、フィールちゃんに目を配っておいとけよ?」

 

 

 バーナードはクリストフに言ったその言葉にクリストフは首を傾げる。その忠告した言葉の意味が理解できないからだ。

 

 

「まあ、フィールちゃんはクリ坊と同年代だし、まあお似合いかもしれんがのぉ」

「いきなり何ですか?!」

「まあ冗談じゃよ。ただマジで目を配っておけ。今のフィールちゃんはイヴちゃんがわざわざ宮廷魔導師団にスカウトしに来た頃に()()()()()()()

「……? その時のフィールさんはどんな人だったんですか?」

 

 

 意味が分からない。

 フィールが未来から来た存在と言うのは知っていた。だが、戻り始めているとはどう言う意味か。バーナードは真面目な顔でクリストフに話した。

 

 

「ハッキリ言うなら、完成された暗殺者のソレじゃ。アル坊やイヴちゃんでもアレには勝てん。格上殺し(ジャイアント・キリング)ならグレ坊以上じゃし、接近戦はリィエル以上。ともかく()()()()()()()()()()()()()()()()と言うべきじゃのぉ」

「!?」

「最近はこの世界に馴染んで来て、勘が鈍っているのかもしれんが、あの顔見れば分かる。アレは本気を出せばセリカちゃんすら殺せるっぽいぞ? マジで」

「……フィールさんのいた未来ってどんな所だったんでしょう?」

 

 

 クリストフもバーナードもそれだけが気になっていた。

 だが、今のフィールを察するにフィールがいた未来は想像出来なくはない。逆行する程の事が起きた以上、フィールの未来は恐らく……

 

 

 

「地獄だったんじゃろうな」

 

 

 

 バーナード達に測り知れない地獄から来た事だけが理解出来た。

 

 




・固有魔術【時の奉天(クロノ・カタストロフ)

 対象とした存在を8分前の状態に戻す『時間の逆行現象』を生み出す魔術。対象の過去のデータを全て掌握し、世界が決定したと言う過去のデータに介入し、その結果を覆す『結果』に対して更なる『過程』を捻じ込む事で生み出すことで、初めて使用可能。

 ただし、その過程に至るまでの膨大な演算能力と、それを処理する圧倒的な知識が無ければ不可能な上に過去のデータの全てを掌握しなければいけない為、【ロード・エクスペリエンス】に似た過去のデータからその状況や記憶を把握する事で使えたが、消費魔力は【イクスティンクション・レイ】の2倍はある為、使えばマナ欠乏症に陥り、今のフィールの魔力容量(キャパシティ)では最悪死ぬ。そして何より死んだ人間の逆行までは出来ない。

 世界は歪みや矛盾を許さない。
 世界の根底からの改変は不可能だが、個人に対する改変は不可能ではないらしい。13巻にある【月読ノ揺リ籠(ムーン・クレイドル)】と同じ、魔術の根底を覆すが、フィールのそれは『禁忌』に至るレベルらしい。

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