バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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 本当の心は痛くて、寂しくて、けれど止まれない。悲しくても涙を流せない。ただ甘える事すら罪な自分。

 全て偽物、全て偽善。
 全て欺瞞でしかないこんな世界。

 少女にとっては全てが…
 全てが本物に見えたレプリカの世界。
 
 分かっていた。
 自分はこの世界に居場所なんかない。




 私はフィール=ウォルフォレン
 優秀で、冷酷で、残酷な、恐ろしい少女。
 ただ優しい心を捨て去って出来た不良品。
 人間性が欠陥した壊れ出来上がった殺戮者。
 
 そんな自分に、救いなどあるわけが無い。
 そんな自分に、救いなど来るわけが無い、
 
 
 ──ああ、でも。もしも。
 
 ──こんな私でも受け入れてくれるなら。

 ──もし……こんな自分がここに居てもいいのなら



 私は––––––





第19話

 ジャティスの戦闘、『天使の塵(エンジェル・ダスト)』事件は宮廷魔導師団の手によって解決した。幸い、廃棄王女であるルミアと、そのクラスメイトに負傷は無く、システィーナは背中を打撲したもののそれ以上の怪我はなかった。グレンについては身体中の至る所に切り傷があり、足を撃ち抜かれたが法医呪文(ヒーラー・スペル)で普通に治せる程度のものだった。

 

 そして、フィールについては……

 

 

「フィールちゃん……」

 

 

 むしろあの状態で戦闘を行なって生きているのが不思議なくらいの重傷だった。【リヴァイヴァー】を使い、治せたのは深く斬られた背中に折れた左腕、出血が酷い右腕の切り傷を治癒出来た所で治癒限界に至ってしまった。

 

 身体中に傷が多く、全身の傷を治せたが薄皮一枚張った程度の回復、無理をすれば傷がまた開くようだ。一命は取り留めたものの、病室で未だ目覚めないまま、腕や足にも治癒を促進させる特殊な包帯が巻かれて眠っている。

 

 

「……先生、フィールは……」

「一命は取り留めたが……今は絶対安静だな」

 

 

 あの時、その場にいたシスティーナ達は重い顔をしていた。フィールの病室で小さな椅子に座るシスティーナは膝に手を立て拳を強く握った。アレだけ強くなろうとしたのにジャティスに敵わなかった。

 

 グレンと一緒に連携を取ったあの時でさえ、ジャティスは全て出し切っていなかった。フィールが来なければ死んでいたかもしれないが、結局フィールに任せてその期待が死の淵まで追いやってしまった。

 

 

「白猫、お前のせいじゃねぇよ」

「でも……私……悔しくて……!」

 

 

 分かっている。

 悔しくて仕方がないのはグレンも同じだ。教え子が地獄に行くのをただ止められなくて、何度も何度も敵を殺させて、血濡れたフィールをあの時助ける事も出来ずにジャティスと戦わせた。

 

 

「お前は悪くねぇ……巻き込んじまったのは俺だ」

 

 

 何処か安心してしまったのだろう。フィールのあの冷たい眼に絶対的な力を感じたグレンは、心の何処かでフィールなら大丈夫だって、頼って、自分が目的だったジャティスと戦わせて、守られて、その結果がコレだ。

 

 

「(そう言えば……このロケット)」

 

 

 あの時はフィールがセラの手から慌てて奪っていたが、一体これに何が入っているのか分からない。けれど、セラにはそのロケットに大事な何かがある事を知っていた。

 

 

「(あんな顔してでも……見られたくないものって)」

 

 

 セラは罪悪感がありながらもロケットを開いた。

 そこに写っていた写真に絶句する。グレンとセラの写真、そしてセラとセリカと幼い頃のフィールが写っていた。

 

 だが、それではまるで……

 

 

「白犬?」

「ひゃい!?」

 

 

 セラは慌ててロケットを隠していた。

 グレンは首を傾げながら「何してんだ?」と質問するが、「な、何でもないよ! ちょっと飲み物を買ってくる!」と言ってセラはその場から離れていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 帝国宮廷魔導師団の本部で、アルベルト達は任務の結果を報告していた。

 

 

「任務はジャティスこそ逃したものの完璧に遂行した。3人とも良くやったわ」

「……イヴ、貴様に聞きたいことが二つある」

「何かしら?」

「貴様はフィールが未来から来たセラとグレンの娘と言ったな。その上で貴様はフィールに一切の指示を出さなかった」

「ええ、その通りよ」

「知っていたな? フィールが抱えるジャティスの憎しみについて」

 

 

 紅茶を飲む手が止まる。  

 それを見たアルベルトは確信した。この女はやはりフィールを利用したのだと。

 

 

「だからこそこの任務で奴を遊撃に置いた。いや、正確にはグレン達が狙われる事を分かっていたからこそ、お前は2人をダシにフィールを使い潰した」

「それって……!」

「ああ、この女はグレン達が狙われてるにも関わらず、一切の介入をしなかった。廃棄王女を優先したのも、フィールがジャティスへの憎悪を知っていたからこそ、奴は必ず狙うと言う信頼があったからだ」

 

 

 住民が犠牲になったとは言え、ジャティスの寿命は半分以下に削られ、片腕を失った。中毒者の魔の手から守り抜いた宮廷魔導師団に対しての栄誉、指示を出したイヴは特章物だ。

 

 

「ええ、で? それが何?」

「悪いとは言わん。だが一つだけ貴様に俺は忠告する」

 

 

 アルベルトは珍しく感情的だった。

 宮廷魔導師団、室長のイヴの襟を強く掴んだ。その状況にバーナードもクリストフもそれに驚いていた。

 

 

「次に自分の手柄の為だけに、奴等をダシに使ってみろ。俺はお前を許さない」

「へぇ……珍しく感情的ね。あの子にでも惚れたの?」

「惚れたのはクリストフだ」

「はっ!? ちょっとアルベルトさん何適当な事言ってんですか!?」

 

 

 クリストフは慌てて否定する。

 バーナードは「あっ、マジで!?」とクリストフに詰め寄って問答を開始する。アルベルトは続けた。

 

 

「少なからず、辞めていった2人は貴様が何もしなかった体たらくが招いた事だ。だが、今回のフィールを見てみろ。死に体寸前まで追い込んで、分かっていながらも何もしない。同じ事が2度続くなら俺は容赦をするつもりはない」

 

 

 フィールの心は強いように見える。

 だが、それは間違いだ。昔のグレンのように魔術の闇に絶望した人間に近い。しかし、フィールはその現実から逃げる事が出来なかった。

 

 故にフィールは()()()()()()()()()のだ。

 あんな少女に自分が死んででも守りたいと言う思いを抱かせるほど、現実はフィールを追い詰めた。

 

 

「でも、僕も同意見です。今回セラさんやグレン先輩を巻き込んで、そちらに何も対処しようとしなかったのは決して褒められる行為ではありません」

「イヴちゃんは儂等を駒として見ているかもしれんが、宮廷魔導師団も今は数少ないしのぉ。手柄と同じくらい、味方を死なせないようにするのも室長の役目じゃい」

 

 

 バーナードもクリストフも同意見のようだ。

 今回ばかりは何もしなかったイヴが悪い。と言うより、グレン達に戦力を割かなかった事に対しての問題はある。幾ら死ななかったとは言え結果論だ。

 

 

「そう、まあ貴方達の意見は分かったわ。私は仕事があるから、3人とも次の任務に行ってもらって結構よ」

「……ふん」

 

 

 アルベルトは少し不機嫌に掴んだイヴの襟を離し、退室して行った。それに続いてクリストフ、バーナードと出て行き、イヴはただ机に腰を掛けて座っていた。

 

 ──そんな、父上ッ!? どうして!? ここは『愚者』と『女帝』の援護に『星』を回すべき盤面では!? お願いします、このままでは──ッ!? 

 

 ──ならぬ。彼奴等らは所詮、イグナイトたる我らの駒に過ぎぬ。

 

 ──貴様は裏切り者の『正義』を仕留め、最大効率で戦果を上げる事のみ考えればそれでよい。それがイグナイト家の大義だ。逆らうなら──

 

 

「もう…私は止まる事なんて……出来ないんだから」

 

 

 呟いた言葉は誰にも理解される事はないだろう。

 ただ、静寂が漂う室長室に呟いた言葉は消えて行った。

 

 

 ────────────────────

 

 

 病室に足を運びに行くグレン達。

 学校は想定外な事はあったものの、授業を行なっていた。事情を知らない生徒からしたらいきなり休まれれば疑いもするある疑いもする。事情を他に知ってるのはルミアとリィエルだけだ。

 

 

「フィールさん、大丈夫かな……?」

「心配要らねぇよ。治癒限界はもう戻ってる筈だ。多分、今頃目が覚めてるか寝てんじゃね?」

 

 

 グレンとセラは1日の休暇を取っていた。

 まあ生徒達も今回の事件で何かを察していたようで、ハーレイ先生に変わっていても大した質問はしなかった。

 

 セラは病み上がりだったので精密検査、グレンは上半身に切り傷が多かった為、少し休息をとる事を義務付けられた。

 

 

「おーい、黒猫。見舞いに来た……ぞ?」

 

 

 病室の扉を開けるとそこにフィールは居なかった。

 窓から風が吹き抜けてカーテンを揺らす。セラが持ってきて立て掛けていた淡い緑色の羽織が無くなっている。

 

 

「フィール、お見舞いに……えっ?」

「あいつ何処か行きやがったのか!?」

 

 

 窓が開いているならそうとしか考えられないだろう。

 散歩に行ったのか知らないが何も無しに出歩くなんて危険過ぎる。天の知恵研究会もフィール狙いなのだから。

 

 

「手分けして探すぞ! 白猫、リィエルはルミアから離れるな。俺とセラは別々に探すから、頼んだ!」

「は、はい!」

 

 

 フィールがいなくなった不安。

 それはもしかしたら、グレンがフィールに背負わせた人殺しの罪過。もしかしたら自分のようになってしまうんじゃないかと言う不安。

 

 グレンは南、システィーナ達は西、セラは北を担当し探しに行った。

 

 

 ────────────────────

 

 

「被害者は幸いゼロ。中毒者は殲滅、まあ結果は上々かな」

 

 

 緑色の羽織を棚引かせてため息をつく。

 フィールはクリストフが置いていた被害状況や任務報告の資料を眺めながら、団子を食べていた。此処は時計塔、【疾風脚(シュトロム)】を使えなければ登れない。まあこんな場所に誰も来ないとは思うが。

 

 

「この事の時系列だと、次はセリカ伯母さんの失踪。タウムの天文神殿か……」

 

 

 あの場所に何があるのかフィールは知らない。

 だが、確実に何かあるのは確かだ。これは直感でしかないが、セリカ伯母さんの『正体』に迫るナニカが存在する。そして……

 

 

「これもか……」

 

 

 収束する光と共に現れた()()()()()()』。

 自分とあのルミアが接続してしまったせいか、()()()()()()()()()()()だ。今は繋がりを断ち切っているからこそ、あんな莫大な力は出さないようにしているが、これはもはや侵食と言うべきかもしれない。次にあれ以上の力か、本来の『銀の鍵』の力を引き出せば、()()()()()()()()だろう。

 

 

「逆に侵食されてるからこそ、これの一部だけ使える訳か」

 

 

 右手を握り、『銀の鍵』の顕現を止める。

 難儀な力だ。あの時の体の負担もまだ消えてないし、右腕の回路(パス)は以前よりズタズタになっている。内部崩壊、魔力生成のスピードがいつもの体感より遅い。

 

 多分、フェジテ崩壊の事件が終わって、もし生きていたとしても、()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 

「暫く、無茶し過ぎたからかぁ。まあ自業自得ね。全く」

 

 

 せめて、あと少しだけ……

 長く生きられるなら……なんて、贅沢過ぎる悩みだ。

 

 ただ、あの2人が幸せなら、私は何も望まない。全てを護りたい、そんな馬鹿みたいな願いを抱いて溺死する。フィール=ウォルフォレンにはお似合いな終わり方なのだろう。

 

 

 

「フィールちゃん!」

「……ん?」

 

 

 フィールの後ろに息を切らしているセラがいた。

 書き置きを置くのを忘れてた。多分探しにきたのだろう。

 

 

「セラさん……ああ、すみません。書き置き忘れてました」

「…………」

「セラさん? どうしたんです……か……?」

 

 

 セラが取り出していたのは、自分が隠していたロケット・ペンダント。それを見た瞬間、動揺して自分の胸元を覗く。あの戦いで気を失っていた時にチェーンが切れていたのを知らずに、それをセラが拾っていたのだ。

 

 

「この中の写真、悪いけど見ちゃったよ」

「……! ………………そうですか」

「どう言う事なの、フィールちゃん」

「どうもこうも、それは合成──ー」

「答えて!!!」

 

 

 はぐらかそうとするフィールにセラは初めて怒鳴った。

 カラカラと笑いながら誤魔化そうとしたフィールから笑顔が消えた。セラも動揺している。こんな事、考えるなんて頭がおかしいのかもしれないのは分かってる。

 

 だが、このロケットに秘められた写真がそれを物語っていた。

 

 

「どういう事なのフィールちゃん……アルベルト君からも聞いた……フィールちゃんが狙われる理由も全部!!」

「……滑らせたなあのキザ野郎」

「『時渡り』にこの写真、これじゃあまるで……」

 

 

 セラが結論を出す前にフィールは言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これじゃあまるで未来から来た、自分の娘みたいじゃないか……ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィールはため息をついて悲しく笑う。

 セラの結論に否定も肯定もしない様子で、セラを見据える。風が髪を棚引かせて、夕焼けが2人を照らす。

 

 

「……一つ、おとぎ話をしましょうか」

 

 

 フィールは腰を掛けて、座り込む。

 時計塔の屋根で夕焼けを見ながら、語り出した。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 ──昔々、ある所に2人の魔術師が居ました。2人は魔術師達の特異性を持ちながら、任務を遂行する帝国宮廷魔導師団のコンビを組んでいました。コードネームはそれぞれ《愚者》《女帝》ととても息の合った帝国の切り札が居ました。

 

 

 セラは少しだけ動揺する。

《愚者》《女帝》はグレンとセラのコードネームだ。正確には帝国ナンバーとして呼ばれていたものだ。

 

 

 ──2人はそれぞれ叶わぬ夢を追う者、『正義の魔法使い』そして『祖国の地を奪還』を目指して2人は進んで行きました。2人の仲はよく、恋人から家族になるまでそう時間は掛からなかった。

 

 

 そして、それが唯一今の2人が辿らなかった未来。

 この世界はフィールが産まれなかった世界線。セラが理解し難いのは分かっているつもりだ。

 

 

 ──ところがある日、事件は起きました。

 

 ──『正義』を名乗る男に《愚者》は殺されてしまったのです。《女帝》は絶望しました。『正義』を名乗る男を逃してしまい、ただ殺された憎悪を果たせずにただ泣いていました。

 

 

「ただ悲しくて、泣いて、自殺すら考えていたらしかったですよ?」

「私が……グレン君と」

 

 

 ──ですが、ここで一つ奇跡があったのです。

 

 

「《女帝》には《愚者》との子供が出来たのです」

「!」

「まあ名前は……言わなくてもいいでしょう」

 

 

 答えはもう分かっていた。

 ただ、セラは黙りながらフィールのおとぎ話に耳を傾けた。

 

 

 ──《女帝》は《愚者》の子供を生みました。娘でした。自分に似ていて、《愚者》の髪の色を引き継いだ小さな娘でした。

 

 ──子供はすくすくと育ちました。魔術の才に愛され、《女帝》を超える風使いになれる程に、《世界》が認めるくらいの才能を持っていたのです。

 

 ──だが、それは突然でした。

 

 

「フェジテに放たれた火の海によって全てが滅びたのです」

「!?」

 

 

 セラは驚愕した。

 一体何があったのか理解出来なかった。放たれた炎によって全てが燃えた。そこに何があったのかは分からないが、その日に全てが終わったのだ。そして唯一燃えなかったのは…………

 

 

 ──当時何もわからなかったが、フェジテを焼く『メギドの炎』その中で滅びなかったのは《世界》が残した加護を持つ《女帝》の子供と、廃棄王女を抱えて飛ぶ()()でした。

 

 

「宮廷魔導師団の殆どは壊滅、残ったのは幸いにも別の任務でフェジテを離れていた《魔術師》と数人くらい。『天の知恵研究会』が一気に優勢になって、戦力補充は直ぐに必要だった」

 

 

 ──当時7歳、《女帝》の子供は《愚者》が残した切り札を使い、天空に慢心していた将軍を殺す事が出来たのです。ただ、全てが遅かった。自分以外の人間の死、少女の心を砕くのに十分過ぎた。

 

 ──その後、飛び級で入った学校で魔術を磨き上げ、僅か10歳で卒業、そこで出来た友達と帝国宮廷魔導師団の《愚者》と《戦車》して剣を振い続けました。

 

 

「あの頃の唯一の救いだった親友。今のグレン先生とセラさんみたいな関係だったかなぁ」

「…………」

 

 

 今は亡き《戦車》を思い出すフィール。

 あの頃が、絶望の中で1番楽しかった。語り合って、背中を合わせて互いを守りながら戦う。ズレているかもしれないが、2人で駆け抜けた戦場が楽しかった。

 

 

 ──ですが、再び悲劇が起こりました。

 

 

「再び、『正義』を名乗る男に唯一の相棒を殺されてしまったのです」

「!?」

 

 

 正義を語る者、ジャティスは2度も自分から大切な人を奪っていったのだ。私怨があった、許せない何かがあった、そこにつけ込まれてこのザマなら笑うしかない。

 

 

 ──少女は『正義』を名乗る男を殺しました。ですが心は晴れず、再び少女の心は砕け散ったのです。

 

 ──その後、少女は3年かけて世界を逆行する魔術を編み出しました。そして少女は定められた悲劇を回避すべく、過去へと足を踏み入れたのです。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

 やや自虐気味に満足そうに語ったフィールは笑いながらセラを見た。

 

 

「……なんて話。小説にしたら少し儲かると思いませんか?」

「フィールちゃん……」

 

 

 それが、そのおとぎ話がフィールの生き様だった。

 セラは同時にフィールの人生がどれだけ壮絶だったのかを知り、絶句する。

 

 

「まあ、所詮は並行世界。少女が産まれなかった世界線、だから、過去が全てだった。この世界と少女が居た世界は違う。違う筈なのに、気がつけば、少女は2人を守りたいと思ってしまった」

 

 

 そう。本当に馬鹿らしい。

 けど、放っておくことなんて出来るはずもなかった。分かってたから、見過ごすなんて出来なかった。例え自分を産まなかった別人だとしてもだ。

 

 

「フィールちゃんの本名は……」

「……改めて自己紹介が必要なようですね」

 

 

 フィールは立ち上がり、悲しく笑う。

 その表情は泣いてるように見えるし、諦めたようにも見える。もう誤魔化せない。だって、こんな顔をされては嘘なんて吐きたくなくなってしまう。

 

 夕焼けに照らされながら、悲しく微笑んで口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()。この世界のセラ=シルヴァース。私の名前はフィール=レーダス、並行世界の《愚者》と《女帝》に産まれた、2人の娘です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────

 

 

 真実を告げられたセラはどんな表情だろう。

 怒っているのか、疑っているのか、それとも哀れんでいるのか。

 

 どの道、言うはずの無かった答えを口にしたのだ。もうフィール=ウォルフォレンとしての居場所はない。

 

 

「私と……グレン君の子供……」

「正確には並行世界の、と付きますけどね。この世界で、私は産まれない。本来産まれる筈の時期を既に過ぎている。だから、私と貴女ではどう足掻いても他人なんです」

「!」

「そう、ただの他人。私はセラ=シルヴァースを知っている。けど、貴女はフィール=レーダスを知らない。それだけですよ。ただ、それだけのくだらない話」

 

 

 夕焼けを見上げながら、ただ無感情に口にした。

 そう、この世界ではどう足掻いても他人でしかないのだ。セラはフィールを知らない。グレンもフィールを知らない。ルミアやイヴも誰もフィール知らない以上、他人と言う言葉は切っても切り離せないのだ。

 

 

「まあそんな顔しないでください。混乱や疑惑が生じるのも分かります。だから、私はもう2人から離れるつもりなので」

「えっ……?」

「私が狙われている以上、いつかこうなるんじゃないかって分かってた。貴女やグレン先生が傷ついてしまうかもって、分かっていたのに私はそこに居座った」

 

 

 ただ甘えていたのだ。

 いつかこんな事態を引き起こすんじゃないかって、分かっていながらその優しさに甘えてしまったのだ。

 

 

「その落ち度が今回の事件を引き起こした。だから、私はもう……2人から、学校から離れようって思い––––」

 

 

 フィールがそう伝えようとした瞬間、心臓の鼓動が拡大したように身体を揺さぶる動悸にフィールは胸を押さえて吐血した。それを見たセラがフィールに近づいていた。

 

 

「……!! フィールちゃん!?」

「ゴホッ……! ゴホッ……!」

「まだ、怪我が治ってないの……!?」

「ただの持病ですよ……」

 

 

 だが、身体にあれ程の負担を強いてしまった以上、少ない寿命をすり減らしたかもしれない。単純にこの世界に来てからの持病のようなものだ。吐血は頻繁に起こるものではないが、二週間に一回は吐いている。どれだけ削れたのか分からないが、どの道長くはないだろう。

 

 

「まあ……どの道、長くはない命ですけどね」

「そんな……」

「そんな顔しないでください。セラさんには関係ない事ですよ」

「!!」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、セラはフィールを抱きしめた。

 強く、強く抱きしめる。僅かながらセラは怒っていた。怒って、震えていた。それを見たフィールは僅かながら動揺した。

 

 

「そんなわけ……ないじゃない」

「えっ……?」

「関係ない訳、ないじゃない!!」

 

 

 セラはフィールに怒鳴りながら泣き始めた。

 それは、悲しさから流れる涙と、自分の本音を全部ぶちまけた。

 

 

「……フィールちゃん、私はね。貴女を家族だと思ってた。過去なんて関係なしに、家族が出来たって……!!」

「…………」

「なのに……なんでフィールちゃんは居なくなっちゃうの……? 私より先に……死ななきゃいけないの!?」

 

 

 運命は決まってしまっている。

 運命を変えようとするフィールは運命に殺される。なんとも皮肉めいた話だ。だが、それが運命だ。フィールでさえ変えられない運命は存在する。

 

 

「それが、私に相応しい最後なんでしょう」

「治す方法を探そうよ!私も、グレン君達も一緒に」

「……無理です」

「そんな事ない!私達が一緒に探すから––––」

「そういう事じゃない!」

 

 

 フィールがセラに怒鳴っていた。

 そんな淡い幻想を叶えられたらどれだけ幸せだろうか。けれど、その幻想は既に打ち砕かれているのだ。

 

 

「……もう全部、試したんです。延命出来るかどうか全部。過去では《世界》以上の知識を持つ私でさえ、この命の延命は不可能なんです」

「!!!」

 

 

 フィールは断言した。《世界》の称号は魔術師の頂点に君臨するナンバーだ。それ以上の知識を持つフィールが、全て試した以上、延命する事はおそらくは不可能なのだ。原因は分かっている。だが自分には何も出来ないのが分かっているから、こんな事話すべきじゃないって思って、ずっと胸の内にしまっていたのだ。

 

 

「嫌だよ……私、もっとフィールちゃんと話したい……沢山思い出を作りたい……まだ、一緒にいたいよ……」

 

 

 それがセラの本音だった。

 本当の家族のようにフィールを見ていた、ずっと娘みたいに思っていた、血だとか記憶だとか並行世界だとか関係なく、ただ楽しかった。楽しかったからセラは失いたくないと涙を流す。

 

 

「……ごめんなさい」

「……フィールちゃん。どうしても長く生きられないの?」

「……はい」

 

 

 これは持病と言うより呪いに近い。

 原因は薄々気付いている。けど、どうしようもないのだ。あんな術式が出来ただけ奇跡なのだ。時空を超えるなんて馬鹿げた術式を起動するために作った()()()が、呪いとなって身体を痛め付けるように蝕んでいるのだろう。

 

 けど、セラは泣き続ける。肩を震わせて、強く抱きしめる。フィールは少しだけため息を吐きながら、背中を摩った。

 

 

「嫌だよ……私、フィールちゃんが死ぬの……見たくない」

 

 

 落ち着かせるようにフィールもセラの背中に片腕を回し、頭を撫でながら答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ()()()()。……だって、私は今こんなに幸せなんだから」

 

 

 

 

 それは母親が子供にするかのように、フィールは優しく抱き締める。年齢的に逆かもしれない。けど、精神的にはフィールはセラより絶望を見てきた分強くなってしまったのだろう。

 

 彼女は長く生きると、最後まで告げなかった。

 

 自分の命に諦観するフィールに死んでほしくないセラはただ泣いていた。夕焼けが沈み始める。それが偶然にも泣いていたセラだけを照らしているようで、気持ちが夕日と共に沈んでいくようにも見えた。

 




感想くれた『坂田 歩』さん、『エクソダス』さん、『影龍 零』さん、『MTST』さん、ありがとうございました。

これにてジャティス戦は終了となります。
20話まで来て、感慨深いですね!評価50人に果たして届くのか!

良かったら感想、評価お願いいたします!

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