バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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 久しぶりの投稿な気がする。
 最近新シリーズを増やしていったせいだね!次はコラボ小説の後編を出します!では行こう!!





第5章 永遠者と愚者の異変
第20話


 

 

 

「いぃやああああああああああ!!」

「はあっ!!」

 

 

 早朝のまだ日が昇って間も無い時間帯に三人の美少女達が戯れていた。戯れと言うには些か過激な打ち合いではあるが……。

 

 

「ルミア!」

「うんっ!!」

 

 

 後退したリィエルに後ろから【ショック・ボルト】の援護をするルミア。それを躱しながら迫るフィールよりも早くリィエルを後ろから回復させるルミアの的確な後方支援にリィエルの身体能力に身を任せた剣技が活きている。

 

 だが、リィエルの剣技よりもフィールの剣技の方が技のキレが違う。手数に物を言わせたリィエルの剣技より、エルザと剣技を高め合う事で剣の神エリエーテのデータ体と張れるフィール程ではない。

 

 

「そこっ!」

「うっ……!?」

 

 

 木刀による横薙ぎがリィエルの鳩尾に入る。

 リィエルの身体能力はどの魔導師より優れたものだろう。だが、フィールの剣技は技で即座にカバーしながら相手に剣を読ませない精霊舞踏(シルフ・ワルツ)を混ぜた特殊な剣技はリィエルのようなタイプと最も相性が悪い。むしろゼーロスのような一点突破ならまだしも、リィエルの剣技は長期戦のパワー型。僅かな隙を流麗な踊りのように突くフィールとは相性が悪い。

 

 因みに我流。フィールの剣技はエルザと高め合った物。フィールは『精霊剣舞(ソード・ワルツ)』と呼んでいる。

 

 

「ここまでにしよう。リィエル、ルミア」

「げほっ……げほっ……!」

「【慈愛の天使よ】」

 

 

 リィエルに触れて打たれた所を回復させる。

 支援に置いてルミアの技量はかなりのものだ。支援は的確、後退の時の【ショック・ボルト】も中々の判断だ。

 

 

「大分上手くなった。ルミア」

「うん。2人のおかげだよ」

「まさか鍛えてほしいなんて、思わなかったよ」

 

 

 フィールは退院した後、セラの所に結局行く事になった。

 セラはせめて離れて欲しくないとの事で、それはセラが自分に気付いたからこそ言える唯一の我儘だった。

 

 巻き込んだ責任がある。だから離れようと思った。

 けど、結局離れられなかった。贖罪を望んだ所で傷付けるのはセラだけだ。だからフィールには離れる選択肢はなかった。

 

 

「連携だけなら今の帝国宮廷魔導師団の基礎よりは上かな」

「そうなの?」

「リィエル、貴女はアルベルトさんに任せきりでしょ」

「あはは……」

 

 

 一応鍛えてほしいとの事でリィエルと一緒にサポートの特別訓練をしていた。リィエルに合わせてどれだけの後方支援が出来るかとの事。判断力は流石だが、まだ甘い。

 

 それこそ天の智慧研究会には劣るが、実戦と戦闘のカンは経験からしか生まれない。

 

 

「フィール、もう一回」

「いや、これ以上はいいや。また明日やろう」

 

 

 まだ病み上がりだし、流石に疲れた。

 右腕も完治していない中で、これくらいが今はまだいいだろう。ルミアとリィエルは一度家に帰り、フィールも欠伸しながらセラの家に戻っていった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院にて、学院長室にグレン、セラ、そしてフィールが呼び出された。何があったのかと開口一番にグレン先生が尋ねると、学院長のリックはキラキラとした笑みのまま告げた。

 

 

「グレン君、君クビね」

「はっ、はあああああああああっ!?」

「えっ、ええええええええええっ!?」

 

 

 グレンとセラの素っ頓狂な叫びが響き渡る。

 フィールも内心動揺している。いきなりクビだなんて誰が予想しただろう。

 

 まあそれもあるのだが、フィールはセリカの方を見た。包帯だらけで腕は固定されている。治癒限界に陥るまで、何かをしていたのだろう。

 

 

「ど、どう言うことですか?! グレン君がいきなりクビなんて!」

 

 

 動揺しながらセラは学院長に猛抗議しようと詰め寄る。グレンも何故クビにされるのか分かっていないようだ。

 

 

「お、俺、クビになるようなことは…………た、多分、一つもやってないっすよ?!」

「そこは言い切りましょうよ。まあ最近はマシになった筈だけど……いきなり解雇(クビ)って、グレン先生また何かやらかしたんですか? 場合によっては憲兵」

「何で俺が犯罪やってる前提なんだよ!? 冤罪だ冤罪!」

 

 

 流石にそれはない……とは言い切れないのがグレン先生だ。だが即解雇は確かにおかしい。

 

 

「すまない、先程の物言いには語弊があったのぅ、訂正しよう」

「ご、語弊っすか?」

「うむ、より正確には『君、このままだとクビになる』のほうが正しい」

「そ、それって一体どう言う事ですか?」

 

 

 セラとグレンが学院長の言葉に食いついているが、フィールはもしやと思い、セリカに聞いてみた。

 

 

「まさか、魔術論文提出してない?」

「ああ、フィールの言う通りだ、この馬鹿」

「……えっ? グレン君提出してないの?」

「はいっ?」

 

 

 フィールはため息をついた。

 学校のルールを把握しているフィールは頭痛がしながらも、グレンに説明する。と言うか何故フィールが知っていてグレンが知らないのか。立場逆なのに。

 

 

「確か講師職の雇用契約の更新条件は、定期的に研究成果を魔術論文にして提出すること──これはれっきとした魔術学院ルールですよ。セリカさんがルールの穴をついて、グレン先生を講師職にねじ込んだ時と状況が違うから擁護出来ないって事ですか」

 

「ああ、提出期限は過ぎてる。期限は過ぎたが、論文を私定義で渡せばクビは免れる事は出来るが、論文に出来るような題材が無い」

 

「グレン先生、貴方結構、崖っぷちに居ますね」

 

 

 雇用契約書読んでない所がまたグレン先生らしいけど。いつも何とか乗り切るグレン先生でも今回ばかりはそうはいかない。

 

 

「それで、私が呼び出された理由は?」

「ああ、特務分室からお前の階級を上げるとの事だ。第四階梯(クアットルデ)に引き上がった」

 

 

 フィールの階級は第三階梯(トレデ)だったが、どうやら上層部で動きやすくする為に引き上げたのだろう。まあ【女帝の世界】の公式理論なんて論文にすれば下手すれば第七階梯(セプテンデ)でもおかしくはない。

 

 

「そうですか。まあそれは置いといて」

「いや、少しは喜べよ」

「要するにグレン先生の魔術論文があればいい訳ですね?」

 

 

 リックが頷く。

 グレン先生がクビにならない条件は魔術論文の提出、直ぐに書いて提出さえすれば間に合う。

 

 

「セリカ、セラ、良いことを思いついた、このまま無職引きこもり生活に戻……」

「「却下!!!」」

 

 

 馬鹿な事を提案したグレンにセラがボディブローをして、セリカは顔面を蹴った。フィールはその様子にため息をつきながら、最近読んだ論文を思い出す。論文のネタに出来ないか必死に考えているようだ。

 

 

「とまあ冗談はここまでだ、そんな顔すんな」

「グレン君?」

「俺、もう少し講師を続けたいんです。何とかなりませんか、学院長」

 

 

 真面目な顔で学院長に相談するグレン。

 

 

「こんなこと俺が言う資格なんてないですけど…………俺もう少し、アイツらの為にもセラと一緒に講師続けたいんです。せめて卒業するまでは」

 

 

 そう言ったグレンに学院長とセリカは笑う。

 学院長はグレンに『タウムの天文神殿』の調査をネタにすれば不可能ではないと口にした。『タウムの天文神殿』にはとある魔術師によって古代の時空間転移魔術が存在していると言う説が浮かび上がった。

 

 多少白々しさがあるのは気のせいと思いたい。

 

 

「頼み込めばいいんじゃないですか? 生徒たち巻き込んで」

「はあ? アイツらがそんな話に乗るか?」

「乗るでしょ。あくまで第三階梯(トレデ)以上じゃなければ単独で行けないんですし、私やセラ先生、アルフォネア教授の階梯なら兎も角、気軽に一人で行ける所でもないでしょう?」

 

 

 そう、観光名所となっていても古代神殿。

 狂霊などの危険性はある為、適正は第三階梯(トレデ)以上でなければ不可能なのだ。その付き添いでなら以下の階梯でも可能だ。

 

 

「セラ先生と私も行きますので、後で生徒たちには今後の箔がつくし、手伝いが増えれば一石二鳥でしょう?」

「よし分かった。巻き込んでくるぜアデュー!」

「行動が早い……」

 

 

 そう言うとグレン先生は学院長室から教室に向かっていた。因みに廊下は走らないでほしい、後でハーレイ先生に何か言われそうだから。

 

 

 

 

 グレン先生が学院長室から出た後、フィールはため息をつき、苦い顔をしてセリカを見た。セリカはフィールを見ながら笑った。

 

 

「セラには隠せなかったようだな。フィール」

「いや、まあ……」

「安心しろ。リックは事情を全部知ってる。もう演じるのはやめていいぞ」

 

 

 安心していいぞ?と言われフィールは肩を下ろす。

 フィールは少し気落ちしながらも本来の口調に戻す。それは演じていたフィール=ウォルフォレンからフィール=レーダスとして切り替わった口調。

 

 ため息をつきながら己の失態を晒していた。

 

 

「……ドジったから仕方ないよ。まあ、本当は離れようと思ったのに、泣きついて止めてくるし……」

「フィールちゃん! それは言わないでよ!?」

「いーや、言うからね! その後鼻水ズルズルで引っ張って、時計塔から湖に足を滑らせて私もずぶ濡れにな──」

「わあああああああ! 止めてよぅ……!!」

 

 

 セリカはその様子にカラカラと笑いながらフィールを見ていた。アレだけ冷たい無表情が、少しだけ感情豊かな少女としての一面を見る事が出来たのだから。

 

 

「……それはそうと、セリカ伯母さん」

「ハハハ、何だフィール?」

「その傷……大丈夫なの?」

 

 

 セリカは軽く笑いながらも大丈夫だと口にする。

 フィールも右腕の治癒限界に陥った為、右腕はまだ包帯が巻かれているが、大事には至らない。だがセリカのそれはかなり重傷だ。力を酷使し過ぎているし、治癒限界に至るまでアルザーノ帝国の地下に挑んでいたのだ。

 

 

「大丈夫だ。治癒限界ももう時期治る。それにフィール、お前も人の事は言えないぞ?」

「右腕だけだよ。日常に影響はないし」

「その左腕は?」

「ああ、これは……」

 

 

 左腕の包帯を取ると、そこに傷は無い。  

 しかし、その腕に2人共凝視していた。

 

 

「それは……」

「……まあ、これ見て察してください」

 

 

 そこにはセラと同じ、民族特有の赤い紋様がフィールの白い肌に描かれていた。セラの腕にも同じような紋様があるが、フィールの場合は無かった。

 

 それを描かれた者は風使いとして一人前になったと言う証らしい。北方の異民族の姫君であるセラは文字通り《女帝》でもある為、それを認める立場にある。

 

 まあ嬉しくないわけではないのだが、正直まだ少しこそばゆいのだ。この世界のセラはフィールを知らない他人であっても、セラは家族のようにフィールを思ってる為、お揃いにするのが嬉しかったらしい。

 

 

「へぇー、そうか。北方の異民族は風使いとして認められると紋様を入れられるんだな」

「まあ……この人も、私の大切な人には変わりないからね」

「フィールちゃん大好き!」

「ちょっ、ええい! 離れろセラさん!! 私はまだちゃんとお母さんと決めた訳じゃないからね! 呼んでほしいならちゃんとグレン先生に告白してこい!!」

「ででできる訳ないじゃん! だってグレン君は私の事を女として見てくれ……⁉︎」

「このヘタレ」

「ぐっふぅ……⁉︎」

 

 

 言葉の刃でぐさりと抉られ、膝から崩れ落ちるセラ。

 フィールと言う娘が存在している時点でグレンはちゃんとセラを女として見ている筈だ。この世界でどうかと言われたら分からないけれども。

 

 

「そもそもフィールちゃんだって恋とかした事ないでしょ!」

「そんな余裕は無かったし、10歳で宮廷魔導師団だよ?」

「ストイック!?」

 

 

 ギャーギャーと本当に親子のように話している二人を見て学院長もニッコリと笑いながら、フィールが明るくなった事に良かったと思っている。

 

 ただその一方で、セリカだけは少しだけ焦っていた。誰もが変わっていく。グレンもフィールも変わっていく。ただ自分だけが取り残されていくような、そんな感覚に襲われている事をフィールに隠しながら……

 

 

 ────────────────────

 

 

 そして、遺跡調査へと向かう日。

 グレンたちは屋根上に二階席もある大型の貸し馬車に乗り、フェジテを出発した。考古学に興味のあるシスティーナ達やギイブルやカッシュ達も参加。セラやフィールも着いていく事になった。

 

 

「風が気持ち良いわね、ルミア!」

「うん!」

 

 

 吹きさらしの二階席の一角に陣取ったシスティーナが、緩やかにそよぐ風に流れる髪を押さえながら、ルミアもそれに応えていた。

 

 フェジテを出ると、広大な自然が広がっており、フェジテの中の都会染みた雰囲気から解放された気持ちになる。普段からあまりフェジテの外に出ない生徒たちはこの自然を満喫している。

 

 

「はぁ……こんなに良い景色なのに、先生たちは……」

「と言うかフィールさんまで参加するなんて……」

「いやまあ誘われちゃったから」

 

 

 いつの間にかカードゲームに白熱していた。

 フィールは渋々ながら参加していた。酔い止めの魔術をかけたおかげで酔いは無い。まあ偶にはと思いカードゲームをしていた。

 

 

「どうだハートのフルハウスだぜっ!!」

「残念、フルハウス。私の勝ちですわ先生?」

「ば、馬鹿な……」

 

 

 グレン大撃沈。

 有力商家の娘であるテレサはこの手の賭け事に強く、未だ無敗だ。強過ぎて他の生徒は全滅だった。

 

 

「運が無さ過ぎる!! 何でこの手の賭け事に弱いんだ俺は!?」

「あ、あはは……フィールさんは?」

「ああ、確かに運が無かったようですね」

 

 

 フィールはカードを床に広げると其処にはダイヤの10、J、Q、K、Aが揃って出されていた。 

 

 

「「ロ、ロイヤルストレートフラッシュ!?」」

「私の勝ち。んじゃ、賭け金精算。私の一人勝ち」

「んな馬鹿な!? イカサマだイカサマ!?」

「証拠は?」

「……ありません」

 

 

 ズルする必要性が無い。

 と言うか負ける要素がない。こと戦場の駆け引きに置いて地獄のような鉄火場を潜り抜けたフィールに不可能は無いのだ。フフン。

 

 そう言えばと思い、ウェンディがフィール達に質問する。

 

 

「超古代魔法文明……どうして超古代()()文明では無いのですの?」

 

「魔術と魔法は全くの別物だからだよ。手順が確立し、理解されていれば魔術。要するに人間が到達し得ない領域の魔術を魔法と言うの」

 

「?? つまり……?」

 

「そうねぇ、簡単な話。火を起こすのに魔術が無くてもマッチで事足りるでしょ? 昔は火を起こす事態を魔法とされていたけど、手段が確立された瞬間、魔法ではなく魔術となる。ただ天空城は今も何故浮いているのか。今の時代で解明されていないから魔法って訳」

 

 

 魔術では到達できない神秘、現在の時代の文明の力では、いかに資金や時間を注ぎ込もうとも絶対に実現不可能な「結果」をもたらすものを指して魔法と呼ぶ。

 

 簡単な話、未だ人間が到達する事のない領域の魔術を魔法と呼ぶ。

 

 

「魔法の中にはまあ極めて色々あるけど、例えるなら並行世界の運用だったり、過去の逆行だったり、不老不死だったり、魔術師が追い求める真理ってのは神様の理論を究明する為ってのもある」

 

「不老不死まで……」

 

「永久の時間さえあれば解明出来なかった理論を全て知識として納められる。まあある意味魔法使いってロクでもない奴だな」

 

 

 グレンが付け足すがフィールは苦い顔をする。フィールも実際は過去への逆行に成功した魔法使いでもあるからだ。セラはその言葉にあはは……と苦笑いしていた。

 

 

「まあ、あり得ざる奇跡の内包、人が空想できること全ては起こり得る魔法事象は何れも実現は不可能とはされてない。その気になれば空も飛べるし時間だって止められる。それでもあの天空城は何故浮かんでいるのかはまだ分からないって訳」

 

「へぇ、そうなんですの。でも不老不死とか可能なんですの? 悠久の時を過ごすのは誰にも不可能な筈ですのに……」

 

「さあ? どうだろうね。現在は不可能でしょ。不老不死じゃなく転生とかなら理屈じゃ何年も生きられるんじゃない?」

 

 

 実際そうやって生きている奴は居るし。

 かなり酷く手強かったけど。不老不死なんて人間が到達すべき力ではない。神様のルールに背いた生き方はロクなものじゃない。因みに私もその1人だが。

 

 そんな事考えていると馬車が急に揺れ出した。

 

 

「ちょ、ちょっと御者さん! こんなルート、私たち予約してませんよ?!」

 

 

 システィーナが慌てて前方の御者に駆け寄り、覗き込むが御者は黙々と馬車を操縦していた。

 

 

「道が間違ってます! こんなに街道を離れて森に近づいたら!」

 

 

 通常、舗装されている街道は比較的安全だ。

 舗装されている街道は国の政策で舗装が施されて為、魔獣除けなど施されているが、そこからずれてしまうと安全ではない。

 

 この辺りに危険な魔獣の出現報告はないが、それでも街道を大きく離れた森には近づかない方が良いのだ。

 

 

「すぐに引き返してください! 早く!」

 

 

 皆の安全を考慮してつい声を荒げてしまうシスティーナ。

 しかし、言われていている御者はシスティーナを無視して黙々と操縦をしている。

 

 

「ちょ……どうして……?! 早く止まって……」

 

 

 聞く耳を持たないのか。

 ここまで言って止まらない御者に違和感を覚えるシスティーナだがその時、馬車の左右の草むらから何かが近づいてくる音が聞こえてくる。

 

 

「……なっ、まさか?!」

 

 

 システィーナが狼狽えた声を上げた、その時。

 馬車を囲むように草むらから黒い狼が大量に飛び出して来た。

 

 

「シャ、シャドウ・ウルフ……?!」

 

 

 シャドウ・ウルフは猛獣とは違い、魔に関する力を持った魔獣だ。恐怖を感知して襲うかどうかを判断する賢い狼であり、その敏捷性は伊達ではない。

 

 

「あ、ぁ……ぅ……魔獣……」

「そんな……どうしてこんな森に危険な魔獣が……」

 

 

 リンやウェンディなどはすっかり怯えてしまっている。無理もない。温室育ちの子供にはあの魔獣は危険過ぎる。

 

 

「セラ先生、生徒達を任せますよ」

「あっ、うん」

「待てフィール。俺が行くわ」

 

 

 肩を掴まれフィールはグレンを見る。

 実戦経験豊富のグレン先生でも、こう言った類いは厳しいと思ったんだが、その顔は微塵にも恐怖を感じていなかった。

 

 

「おい、この犬っころども! この俺の生徒たちに手を出そうとするたぁ、いい度胸じゃねえか! お前らはこの俺が直々に成敗してやる!」

 

 

 グレンは馬車から飛び降りて華麗な着地をする。

 だが、華麗な着地をした瞬間、グギッ……と言う音にフィールは頭を抱えた。

 

 

「だああああ! 足挫いたああぁぁぁ!!」

「グレン君! 馬鹿なの!?」

「全く……少しでも信用した私が馬鹿でしたよ」

 

 

 グレンの近くに降りるフィール。

 風に流されるような脚を動かしながら、圧縮してポケットにしまっていた魔剣エスパーダを取り出し、シャドウ・ウルフに斬りかかる。

 

 だがその瞬間、近くから聴き慣れた声が聞こえてきた。

 

 

「《罪深き我・逢魔の黄昏に独り・汝を偲ぶ》」

「えっ?」

 

 

 その詠唱は自分にも馴染みがある魔術。

 白魔改【ロード・エクスペリエンス】だ。フードを被りながらその綺麗な片手剣でフィールと同じようにシャドウ・ウルフを斬り裂く業者の人が笑っていた。

 

 棚引く綺麗な金髪にフィールは神妙な顔をしながら質問する。

 

 

「……セリカさん…………何で居るんですか?」

「気分だ。それに、あの場所ならもしかしたら……」

「っっ! とりあえず今は!」

「ああ、やるか」

 

 

 精霊剣舞とエリエーテの剣撃がまるで流麗な踊りを見せるように生徒たちの視線を惹きつけた。

 シャドウ・ウルフを根こそぎ殲滅した後、セリカは正体を生徒たちにも明かした。本当はこの日こそ、セリカが来て欲しく無かった日なのだ。フィールは内心、悲しい気持ちに陥っていた。

 

 来て欲しく無かった。

 

 

 だって今日が、この日こそが……

 

 

 

 

 

 

 未来でセリカ叔母さんが行方不明になった日だから……

 

 

 

 

 

 


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