バッドエンドの未来から来た二人の娘 作:アステカのキャスター
アール=カーン編完結!!
なんだよ一万字超えって、やべえ疲れた。
良かったら感想評価お願いします。では行こう!!
「先生!?なんで落ちて……」
「話は後だ!ルミア!セリカ!!」
「分かっている!!」
「はい!」
突如虚空から落ちてきたグレン達にカッシュ達は説明して欲しかったが、フィールが居ない事を理解したと同時に救出に失敗したのだと分かってしまった。
「クソッ!!動け、動けよ!!」
グレン達はどうにかモノリス版を起動させようと躍起になっていた。無論、ルミアの力を借りようが、セリカが解析しようがピクリとも動かない。ナムルスの言っていた抑止力、それによってフィールが隔絶された。
「っっ……!?」
そんな中、ルミアだけがフィールの現状を理解していた。
『っっ……!』
「フィールさんが……押してる」
「ルミア……?何、言ってるの?と言うかどこを見てるの?」
システィーナの言葉にルミアはハッとする。
自分がいったい何を見て、どうしてそんな発言をしていたのか、自分自身にもはっきりと断言することができなかったからだ。
ただ――、
「……フィールさんが、何をしているのかが見える?」
胸元を強く掴んだまま、ルミアはその感覚――ぼんやりと、砂が流れるような古いテレビを見ているかのような、不可思議な感覚の存在を自覚する。
まるで、
「……アール=カーン……ってフィールさんが」
「アール=カーン?っっ!それって魔煌刃将アール=カーンじゃ!?」
「システィちゃん。魔煌刃将アール=カーンって何?」
「『メルガリウスの魔法使い』で出てくる十三の試練を乗り越えて十三の命を手に入れた魔人です!紅き魔刀は魔術を殺し、黒き魔刀は魂を喰らうって……」
システィーナの説明に誰もが絶句する。
フィールが戦っているのは御伽話に出てくるような理不尽なまでの怪物。十三の命を手にし、魂と魔を殺す二つの魔剣を振るう魔王に仕えた反英霊。
ルミアはフィールの行動を"視ていた"が、それ以上は分からない。フィールが刀を持ち、因果を斬り裂いた瞬間、勝ったと思った矢先に魔人は動き出した。
『………ぁ……』
追い縋るフィールに対して魔人は手を緩めずに剣戟を繰り出す。追い縋っていたフィールの手から刀が弾かれた。
プツン、と途切れる音と共に視えていたものはここで途絶えた。
「………フィール、さん?」
掠れた声は届かない。
動揺して本来の声が出なくなるほどの、心を抉るような喪失感。
同じタイミングで、セラの小指に巻いていた生存確認の魔術がかけられた黒髪がプツリと切れていた。
「嘘……フィール、ちゃん?」
セラの指に巻かれた髪が切れたと言う事は、フィールに何かあったのだ。
一番冷静でいたセラが焦りだしたのを見てルミアは悟ってしまった。フィールが今、死に繋がるような傷を負っている事に……
「ダメ……」
フィールは今まで二人を護る為に平気で傷付いた。
気付かれなくていいと言う悲しい生き方をしてきた。でも、最近漸く心を開いてくれた。フィールが居場所を見つけたからだ。
セラが泣き出しそうな程に焦っていた。
グレンもセリカもシスティーナもリィエルも、此処にいる全員がフィールに生きてほしいと思っている。
それなのに。
漸く見つけた居場所を引き裂かれるなんて……
「ル、ミア……?」
フィールは確かに世界から排すべきものなのかもしれない。けれど、それを勝手に決める世界も、命を奪おうとする魔人も、抑止力で開かない星の回廊の入り口も、何も出来ない自分を今は呪った。
ルミアは我儘を言わない。
それは他人を守れるなら命だって平気で差し出す。その生い立ちからそう言った性格だ。けれど今だけは、怒りと共に我儘を叫んだ。
「邪魔しないでっ!!」
ルミアの右手に力が収束している。
それは余りにも強大で、グレンとシスティーナは何処か既視感があった。存在の高次元化、ルミアは自身の力を呪った事で初めて奥底に眠る力を解放した。
『なっ……嘘!?』
遠距離から見ていたナムルスでさえ驚愕している。
ルミアの右手に収束して、現れた力の奔流は徐々に形となって現れた。今のルミアに使えるはずがないそれは……
『
自分の腕の長さくらいはある大きな『銀の鍵』。
今のルミアには使えるはずがない筈だ。ただ、ルミア自身が何もできない自分を呪ったからこそ、奥底に眠る本質へ自力で辿り着いた。
誰が為ではなく、自分自身が選びその上でフィールを助けたいと言う願いが『銀の鍵』を召喚した。
「ルミア……それ、は?」
「分からない。けど、分かる。どうすればいいのか」
虚空に向けて、鍵を捻る。
鍵とは扉を開ける為に存在する。この世に二つしかない鍵はどんな空間も開き、どんな場所に通ずる。
カチリという音と共に空間が歪み、扉が開いた。
「星の回廊が!?」
鍵が扉を開くなら、閉じた回廊の扉も開くのが道理。
世界がルミアに鍵の存在を持たせたなら抑止力など関係ない。
星の回廊の扉が、再び開いた。
魔人と倒れて死にかけているフィールを見てグレン達は走りだした。
★★★
『っっ……!?』
目が覚めた所は無限に広がる星天の下だった。
身体がある。痛みはない。斬られた部分を見る。学生服の上から着ていた宮廷魔導師団のコートは血で滲んでいた。だが、傷は無い。触っても血が滲んでない。魂を喰われて自分は死んだ筈だ。
まさかあの世じゃないよね?と呟きながらもフィールは立ち上がった。よく見れば、地面も水面のように星が輝く夜空が反射している。それはまるで宇宙に飛び込んだような異質さがありながら見惚れてしまうほど美しかった。
もうここあの世なんじゃ……
『……死んでないよ?』
『っっ!?』
腰に据えた魔銃を取り出して声が聞こえた方向に構えた。
それが誰だったのか知るまでは、フィールも魔銃を下ろせなかった。
『………え?』
それはあの時と違う優しくて、自分が犠牲になっても私をここまで導いてくれたあの人は優しく、そして少しだけ照れ臭く笑った。
『嘘……どうして?』
『大きくなったね。フィールちゃん』
見間違える筈がなかった。
綺麗な金髪に星のような蒼眼、そして緑色のリボンを結んだ美少女。この世界に来る時に救われた。あの日、別れを告げて逝ってしまったあの人を忘れる筈がなかった。
『ルミア……さん?』
掠れた声で確認する。
『もう、現実の私みたいに呼び捨てでいいのに』
『あっ……』
頬を撫でられる。
気が付けば涙が出ていた。撫でてくる手はとても暖かくて、抑えていた気持ちが決壊して涙を溢していた。
魔銃を捨ててルミアを抱きしめた。
そこに実体があるような柔らかさと温かさがフィールの弱音を吐き出させる。
『もう……泣き虫になっちゃって』
『……っ、ずっと我慢してたから……』
もう、どれだけ寂しい思いをしたのか。
フィールを知る人間がいない。同じ人間でも知らないと言うだけで心が折れそうになる。生まれて十数年の少女には厳しい世界だった。
ただ、自分を少しでも支えてくれた。
グレンが死に、セラが教師になった後に自分を可愛がってくれたのはこの人だ。姉妹がいたならお姉さんみたいな優しい人、もう二度と会う事の出来ないと思っていた大切な人にフィールは再び再会した。
★★★
「フィール!頼む!目を覚ませ!」
「治癒魔術が……!」
セリカの【リヴァイヴァー】でさえ傷が塞がらない。
血が溢れていく。魂を喰われ、死へと近づいていくフィールに対してセリカでさえ何も出来ない。
グレンとリィエル、ルミア、システィーナは魔人と戦い、セラとセリカはフィールの回復をしている。だが、回復が出来ない上に出血が止まらない。
「セリカさん!とりあえず傷口を凍らせて!これ以上の出血量は!!」
「っ!!ああ、細胞を壊死させない程度に……出来た!」
傷口を凍らせる事で辛うじて出血は抑えたがそれだけだ。
セリカにはそれしか出来ない。治癒限界などもうとっくに来ている事に気付けなかった。
フィールの身体は徐々に壊れていってる。
それを遅らせる為に修復を繰り返していたのだろう。だが、修復にも限界がある。ツギハギのように破れた部分を継ぎ接ぐようにしても、結局は元に戻るわけじゃない。
「っっ……どうすれば……いい」
「アルフォネア教授……!」
「やっているんだ!!治癒も蘇生も出来る事は全部!!でも、治癒限界は自然の回復を待つしかない……そんな悠長な時間は無い……」
そう、治癒限界に陥れば治癒など不可能だ。
白魔【ライフ・アップ】や【リヴァイヴァー】は身体の治癒能力を引き出して治すのを促進させるもの、だがフィールは既に引き出すべき治癒能力がない。
万事休すと思った矢先、セラはある魔術を思い出す。
「っっ、セリカさん!協力してください!」
「何…を……」
「フィールちゃんの固有魔術なら、時間を遡って修復が出来る!」
「術式が分からない……!でも、まだ可能性がある!!」
「固有魔術だぞ……?そんな事出来るわけ」
「諦めたら、フィールちゃんが死ぬんですよ!?」
セリカはハッとして不安そうな顔をしたセラ達を見る。
そう、セリカが諦めたらフィールは確実に死ぬのだ。
「術式の詠唱を今から教えます。その詠唱から術式を割り出して、フィールの固有魔術を使えれば!」
「固有魔術はどれだけ戻せる?」
「最大で8分まで!フィールちゃんが倒れてから2分が経ってる。時間が無い!!」
セラが詠唱の内容を教える。
それはとてつもなく敷き詰められた術式だ。リヴァイヴァーとは違い、時間の概念を
フィールの場合は使えても全魔力が使用され、マナ欠乏症と同時に回路にダメージが行く。確実に寿命を減らすものだ。
「セラ、悪いが2分だけ時間をくれ」
「は、はい!」
「【罪深き我・逢魔の黄昏に独り・汝を偲ぶ】」
白魔改【ロード・エクスペリエンス】
それは本来なら物品に蓄積された思念や記憶情報を読み取って自身に憑依させることで、情報を元に自身を蓄積された人間の力を使う事が出来る。セリカが触れているのはフィールが学生服の上から着ている帝国宮廷魔導師団のコートと魔剣エスパーダだ。
フィールの魔術技能を憑依させ、時間逆行の魔術を使う。セリカにはそれが可能だった。
だが……
「ぐっ……!?」
「セリカさん!?」
セリカが突如吐血し始めた。
白魔改【ロード・エクスペリエンス】には一つ欠点が存在する。これらは通常起きない欠点だが、それは対象の経験、技量を自身に憑依させる段階で自分の意思が食い潰されかねない事だ。この欠点は欠点と呼べる程のものではない。剣の姫エリエーテだろうが、双紫電ゼーロスだろうが、余程の事が無い限り有り得ないのだ。
だが、
「なんだ……コレ……!?」
「アルフォネア教授!」
吐血したセリカにルミアが駆け寄る。
白魔改【ロード・エクスペリエンス】の弱点は存在が高ければ高いほど、憑依させた存在に
フィール自身が高い存在じゃない。だが、フィールの
「アルフォネア教授!!」
「っ……!?なっ、コレは……」
ルミアの異能がセリカに届く。
黄金色の光が体を包み込むと同時に喰われそうになった痛みが消え去っていた。ルミアの異能は『感応増幅』ではない。
存在を昇華させる力。
セリカの存在の格を上げる事でフィールの中に居る存在に食い潰されないようになった。
「ってか、なんて難解な魔術式だよ……!私でも出来るか怪しいな!」
「セリカさんでも!?」
「やってみるさ、出来なきゃフィールが死ぬからな」
セリカは膨大な魔術式を読み込んで、詠唱を紡ぎだそうとしていた。
★★★
『ルミアさんは何でここに?』
ここは自分の精神世界だ。
精神世界には『銀の鍵』の意思があり、それは鎖で雁字搦めにされて封じられていた筈だ。そして、いつもなら黄昏た夕陽と、血を啜り、咲いたような彼岸花の花庭がフィールの心象世界だ。
少なからず、ここまで綺麗な世界では無い筈だ。
『まあ、私も鍵の意思で繋がれた存在だからね。鍵があるなら私も存在する。さっきナムルスと会った時に出てこれたの』
『で、でもあの鍵の意思が主体じゃ……』
『確かにそう。けど、フィールちゃんはあの魔刀を食らったでしょ?それが
そんな無茶苦茶な、と呟くフィール。
削れたのは融合しようとしていた鍵の意思だ。幸い、私自身の霊魂は傷付いてはいても大した損傷は無い。
本当に運が良かったとルミアさんは苦笑いしている。
『でもそれだとルミアさんも……』
『うん。私も殆どの存在が残されてない。この世界が消えたら私はもう二度と存在しない』
フィールは俯いた。
鍵の意思とは『銀の鍵』に取り憑いている脅迫概念。ルミアはいずれその鍵を渡す者が居るらしく、その鍵をその者に渡す為に鍵には渡さなければいけないと言う意思が取り憑いている。
そして、ルミアさんは『銀の鍵』の所有者だ。
ルミアさんが所有者であるならば、『銀の鍵』に自分の存在を取り憑かせる事は不可能ではない。フィールにそれを渡した時、ルミアが鍵の意思に食い潰されないように細工したのだ。
『だから、置き土産を渡しに来たの』
『置き土産?』
『フィールちゃんは時間逆行がどうやってやったのか覚えてる?』
『それがフィルターみたいなのがかかってて、ルミアさんの力は借りたのだけは覚えてるけど、思い出そうとすると頭が痛くなって』
『ごめん、それ私のせいなの』
『はっ!?』
何故ルミアさんが私の記憶にフィルターをかけたのか理解出来なかった。時間を逆行する術式をひた隠しにする理由が分からない。時間を飛んだ以上、その術式を見た所で何が起きるわけでも……
『私はフィールちゃんにその力を使ってほしくなかった。使い方を知ってしまえば早死になりかねないから』
『えっ……?』
『でも今のフィールちゃんはもう、大丈夫。だから、見せるね。全てを』
フィールの両眼が青く染まっていく。
ルミアさんが強制的にフィールと記憶を繋げ始めた。
その魔法陣は余りにも強大なものだった。
天使の言語、悪魔の単語、系列を示す世界樹、ありとあらゆるものが陣として繋がっていて、一つの強大な術式として描かれている。
祖は全ての始まりを示す。
祖は全ての終わりを導く。
全てが円環として組み込まれ、その術式は一つの神下ろしの祭壇として描かれている。
『これなら、行けるはず』
無表情で狂気に囚われた少女が居た。
この術式は天使や悪魔などを降霊させ、憑依させるものとは全く違う。そもそも天使や悪魔の術式を統一する時点で可笑しいのだ。
それもそのはずだ。
何せ、少女が生み出そうとしているのは全く別の存在。
少女に数十年の時間を遡るのは不可能だ。
出来ないのなら、
少女が生み出そうとするのは。
世界に存在しない全く新しい『
その神には名前はない。
あるのはその理論を追求し、狂気とも呼べる解析力を以って生み出した偶像の神。時間を逆行すると言う一点のみを追求し、使用する事のできる神を生み出そうとしていた。
『これなら……これなら!』
涙が溢れていた。
あの頃の自分の狂気さに胸が締め付けられるような痛みが流れる。
『会いたいよ……また、会いたいよ……!お母さん……!』
祭壇の上に立つ。
元よりこんな世界に希望などない。死んだら死んだで後悔など微塵も湧かない。
少女は行ったのだ。
この世界の枠組みから外れた邪神を『
★★★
「《黄昏は此処に・終わりを告げる時の残滓・方舟に乗りし運命は我が盟約にて反転せよ》!」
セリカは魔術式を組み上げる。
この術式の驚異的なところは複数ある術式を同時並行に並列起動し、生み出す効果だけを混ぜ合わせ、過去に干渉する『時間の概念』を持つ魔力を生み出し、8分間まで対象の状態を元に戻すと言う事。
「《我は汝を排斥せし根底を覆し者・其は森羅万象を全を修める者・世界に背きし共犯者よ・汝の名を此処に告げよ・汝の名はフィール=レーダス》!」
フィールの魔力制御力と、並列思考能力はセリカを超える。この術式はセリカですら難易度が高い魔術。なんなら神殺しの術式より厄介な力だ。だが、第七階梯の天才はフィールが編み出した固有魔術を紡ごうとしていた。どんな天才でも魔術の才はセリカに及ぶものはいない。
圧倒的な魔術センスがその魔術を紡ぎ出した。
「––––固有魔術【
流れていた血が元に戻っていく。
対象の時間を八分前に戻す禁忌の魔術はフィールの傷を塞いでいく。肩から胸にかけての傷は完全に塞がった。
だが……セラはフィールの手を握った瞬間、顔を青ざめる。
「脈が……ない」
心音が全く聞こえない。
傷は塞いだ。出血も元に戻った。だが呼吸をしていなければ、心音も脈も反応がない。
「そんな馬鹿な!?完璧に紡げた筈だ!」
「でも……身体が冷たい、脈も戻ってないんです!」
セリカの術式は完璧だった。
だが、セラは叫びたくなるほどに焦る。脈も心音も聞こえない、仮死状態でさえ長く持たない。死神の鎌に掴まり、死ぬ寸前にまで至っている。
セリカがフィールに人工呼吸を行い、セラが【ショック・ボルト】で心臓マッサージを行う。仮死であるならば、呼吸を安定させれば心臓に直結して脈を取り戻せる可能性を信じて。
「ぐっ……!?」
「グレン!?っっ……!」
グレンが魔人に飛ばされた。リィエルとグレン、システィーナとルミアで保っていた均衡が崩れ、魔人はフィール達に狙いを定める。
『逝ね』
「っっ!《極光の隔壁よ》!!」
黒魔【インパクト・ブロック】
外部からの攻撃を隔絶する断絶結界を一節で唱え、発動する。しかし、そんなものは魔人アール=カーンには紙の壁と同義、赤い魔刀が結界を易々と斬り裂いた。
「セラ、セリカッ!!」
「ぐっ……!」
「《風王の戦鎚––––!」
間に合わない。
魔人がフィールに振り下ろす刃より速く動けない。セラもセリカも、グレン達ですら間に合わない。
黒き魔刀、『
カチリと言う音が聞こえた。
次の瞬間、少女から飛び出すように風が吹き荒れた。いや、風というには途轍も無く
「……ありがとう、
声を上げたのは誰だったのか一瞬理解出来なかった。
風を従え、魔術の才能に溢れた少女の瞳から涙が零れ落ちた。もう、会えないと思っていた。会う事が出来ないと、そう思っていた。
「グレン先生、ルミア、システィーナ、リィエル」
少女は涙を拭って、此処にいる人達の名前を呼ぶ。
自分はいつもそうだ。他人に迷惑をかけないように、独りで抱え込んでしまう。誰かの手を借りなければ今ですら生きていないというのに。
「……
黒い風が霧散した。
少女の背中には蝶のような翼が出現していた。それはナムルスのような紫に輝く色ではない。
それはまるで天使とも思えるくらいに美しい
「少しじっとしていてほしい、もう抱え込むのは
そして何より、少女の髪は
★★★
『……外宇宙の人造邪神。それも時を渡る権能を持つ』
『そう、それがフィールちゃんの中に眠る存在』
あの存在は間違いなく天使や悪魔の格を超えていた。
外法中の外法だ。
そんな発想に至る事自体が罪になるほどに。
神聖なものに外典なものを混ぜ、一つの枠外の神として信仰し、生み出したものは倫理から外れたものだ。
『今思うけどよく私、器として耐えられたな』
『そもそも全知全能の神様を人の手で創り上げるのが間違ってるからね?』
『うぐっ……』
まあ確かにこんな発想に行き着くのはフィールや天の智慧研究会くらいだろう。誰が神聖な天使と下劣な悪魔を混ぜて邪神にするなんて思いつくのだろう。
『そりゃあ、まあ、そもそも時間を戻す存在なら知ってたし』
『時の天使の眷属ル=キルでしょ?まあ、あの世界の信仰対象だからね。時を渡れるのは限定的で、抑止力に引っかかって殺されてたと思うし』
『さりげなく恐ろしい事を言うのやめてくれません!?』
例えばの話、《時の天使》ラ=ティリカを『
だが、並行世界に渡るとなれば話は変わる。
何せ、
だから敢えて同じ力を持つ全く別の存在を創る必要があった。
『やっとコレがなんなのか理解出来ましたよ』
『もう術式を逆算したの?』
『ルーツが分かった以上、どう使えばいいかなんて術式さえあれば分かりますよ。私の得意分野だし…………ただ』
コレは銀の鍵以上に奥の手だ。
何せ使うだけで霊魂が
暴走した時でさえ、まだ使いこなせなかったから反動があったから被害が少なかったのだ。本気で使いこなせばフィールは遠くない未来で……
『……フィールちゃん』
『?』
『残った私の霊魂を、使って』
『!!』
今のルミアも鍵の意思にしがみついた霊魂の一部だ。
フィールの一部として存在するなら霊魂の代用として使う事は出来る。ただし……
『でもそれじゃあ!』
『どの道もう時間が無いの。だから最期でいい。––––私に貴女を護らせて』
砕け散るのも、自然消滅もどちらにせよルミアは消える。
そうすればルミアの霊魂は砕け散る。もう二度とフィールの精神世界に現れない。
けれど、その眼に後悔は無かった。
『……貴女はやっぱり卑怯だよ』
『……ごめんね』
『でも……もし、私にお姉ちゃんがいたなら貴女みたいな人だったのかもな』
少しだけ悲しく笑った。
ありもしないハッピーエンドがあったなら、フィールの瞳には涙が溢れていた。そんな、そんなありもしない未来があったならきっと、幸せだったのだろう。
『あれ……なんで……涙が』
初めて、怖いと思ってしまった。
そんな幸せが、この世界で生きて壊れてしまう事が初めて怖いと思ってしまった。喪ってしまう、いつかは消えて無くなる泡沫の夢から覚めたくないと思ってしまう。
ルミアはフィールを優しく抱き締めて、涙が溢れるフィールを撫でていた。自分が消えゆくほんの少しだけ、彼女の姉としてルミアもまた涙を流していた。
『今までありがとう、
消えていくわずかな時間、フィールはルミアの胸で泣き続けていた。
★★★
本当に、最後の最期まで彼女が力を貸してくれた。
世界が鮮明に見える、それと同時に世界が小さく見える。小さかった頃の公園が大きかったが、大きくなると小さく感じるのと同じように、今のフィールを止められる者は居ない。
「……この力を使いこなすと髪が純銀になるんだ。ラ=ティリカの一部が浮き出てるのかな?」
少しだけ悠長な台詞を吐きながらも、自分の存在の強さに改めて驚愕する。圧倒的な存在、そこにいるだけで魔力の余波で空間が狂ってしまうと錯覚させるほどの強大な威圧感に
『貴様、一体何者––––』
「説明している暇はない。だから––––」
––––擬似神格接続 完了
––––擬似権能 使用可能
––––第三虚数質量物質《
––––現使用中に【滅ビノ風】より変更開始
––––使用魔術変更【祠ノ陽炎】に再設定
「五秒で殺す」
右手から放たれたのは光の槍だった。
それは魔術で一瞬で行使する魔術の発動を《
『ぐおおおおおおっ!?』
赤い魔刀である魔術殺しで斬り裂くが、その熱量は断続的に自分に向かっている。そして何より、魔術殺しで打ち消した側から多大な魔力が圧倒的質量で放たれている。
「悪いね。時間が無くてね」
『貴様っ!?……っっおおおおおっ!?!?』
一瞬で魔人の背後に周り、同じ質量の太陽に匹敵する熱量の光線がアール=カーンを挟む。たった一瞬で命を奪われ蘇生、だが断続的に続く熱量にアール=カーンは命を奪われ続けていった。
『我が命が一瞬で……!』
「貴方は強かった。けど、
魔人が構えても全く反応出来ない速度でアール=カーンの胴体にフィールの右腕が貫いた。七つの命など、今のフィールに対して意味などない。ただそれは邪神より異質な力を持った別次元の存在だ。
「本体なら勝ち目があったかもね。まあ、本来の私なら負ける気はしないけどね」
『……貴様は、一体何者だ』
「貴方が自分で言ったじゃん」
七つの命が尽き、消えゆく魔人が問う。
ため息を吐きながら貫いた右腕を抜き、少しだけ笑って名を告げた。偽る事を止めた、フィールの本当の名前を……
「私の名前はフィール=レーダス」
偽る事をもう止めた。
巻き込むかもしれない。でも、もしそんな事をすればフィールは魔王だろうが抑止力であろうと殺すと決めた。
だから、偽って涙を流させるのはもう止めた。
「セリカ叔母さんの
魔人はその言葉を聞くと満足したように消えていった。
フィールは力の解放を止めると、白銀の翼も天使の輪も消えて、純銀に染まった髪が黒髪に戻っていった。瞳も青く染まった瞳から金色に戻っている。
「……フィール、ちゃん?」
「……お母さん、悪いけどあとは頼むね」
そう告げるとフィールは力尽きたように倒れていった。
倒れていく身体を誰かに支えられる事を感じながら、フィールは精神的な疲労とマナ欠乏症によって深い眠りについていた。
・古代式魔術【祠ノ陽炎】
・フィールの生み出す《