バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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 今回は短いです。
 良かったら感想、評価よろしくお願いします。
 
 では行こう!




第28話

 

 

 アルザーノ帝国、フェジテを出て早三日、フィール達は帝都オルランドへと辿り着いていた。ここからは馬車ではなく鉄道列車に乗って、聖リリィ女学院があるリリタニアへと向かうことになる。

 

 

「……大丈夫ですか?グレン先生」

「ああ……大丈夫だ。船よりは……」

「……すみません。酔い止めの魔術覚えておくべきでした」

 

 

 『前』のフィールは揺れを抑える魔術を使って酔い止めとしていたが、今のフィールは学院の基礎魔術しか使えない。改変も短縮も流石だが、軍用魔術を教えていない学生以上の実力で打ち止め状態。

 

 軍用魔術は単純に今のフィールには厳しいと思い、教えなかった。それは今のフィールが万が一襲われ、人を殺すという事になった場合、今のフィールでは耐え切れる自信がないからだ。

 

 少なからず、防衛の為に拳闘や風の魔術を重点的にセラが教えてる。『疾風脚(シュトロム)』はすぐにマスターしたが、殺傷能力が高い【シュレッド・テンペスト】や【エア・ブレード】のような軍用魔術は教えれなかった。

 

 

「普通に酔い止め持ってこなかったグレンくんが悪いから気にしなくていいよフィールちゃん」

「うっせ、酔い止め意外と高いんだよ」

「全く、先生ったら……」

 

  

 セラもシスティーナも頭を痛めていた。 

 駅のホーム内に、力強い機関音を立てながら、グレン達の前に姿を現したのは魔術を使わずに科学の力で動く機関車だ。

 

 

「ふわあ……!」

 

 

 フィールは少し目を輝かせていた。

 黒鉄で形作られた重厚なその造形。頭部の煙突から大量の煙を吐き出すその雄姿。そんな機関車の姿に圧倒された三人が、感動と感慨に目を丸くしながら、それを見つめている。

 

 

「……凄いなぁ……!これが機関車……!」

「フィールちゃん、そう言うの興味あるの?」

「興味は……どちらかと言うと機関車そのものじゃなくて動く原理の方に知りたい……それに興味があります…!」

 

 

 少なからず興奮しているようだ。

 それこそ、子供のように目を輝かせて知りたい欲求を抑えきれない様子だった。

 

 

「……!セラ先生、御手洗い行ってきていいですか?」

「いいよ、時間とか気をつけて迷子にならないように!」

「ここの地図……全部記憶してるので大丈夫です…!」

 

 

 うわ流石と呟くグレン。

 記憶を失おうと優秀なのは変わりない。それこそ、風使いとしてはシスティーナよりも感性が強い。フィールに対して先生として教えた事はあまり無かったが、改めてその優秀さに舌を巻いた。苦笑いをしながらフィールの御手洗いを見送った後、重大な事に気付いた。

 

 

「白猫、リィエルはどうした?」

「えっ、私の後ろに……あれ?」

「まさか……」

「迷子かよあのアホおおおおお!!??!」

 

 

 いつの間にかシスティーナの後ろにいたリィエルの姿が見えない。十中八九、迷子になった事に気付いたグレンはホーム内を駆け回る羽目になった。

 

 

 ★★★

 

 

「ゴホッ…ゴホッ…!」

 

 

 胸を押さえつけてトイレに血を吐き出す。

 胸が締め付けられるような鋭い痛みに呼吸すら忘れてしまう程に。

 

 

「何……これ……」

 

 

 手にベッタリとついた血。

 こんなに血を吐き出す程に、自分の身体がまともじゃないのに恐怖した。フィール=ウォルフォレンは何を抱えていたのか分からない。日記も、何かを患っていた記録も残されていない。

 

 

「……ハァ……ハァ……」

 

 

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 目が回るほどに自分の中で決壊していくようなナニカと、一体自分が何者なのかと言う懐疑的な思考が、自分を呪った。

 

 何を抱えていたのか。

 そして、二人は何を隠しているのか。

 

 身体が重い。

 今の自分はフィールと言う名前の別人だ。フィールはフィール=ウォルフォレンを知らない。だからこそ、今の自分が気持ち悪くて仕方がない。何を抱えているか知らないが、ただ少しずつ死んでいく身体は少女の心に恐怖を植え付けるようだった。

 

 手を水で洗い流し、御手洗いを出てセラ達の方へ向かう。

 きっと、フィールも苦しい事を我慢してでも心配させないと思っていただろう。

 

 

「ハァ………《慈愛の天使よ》」

 

 

 気休めの【ライフ・アップ】を身体にかける。

 少しは痛みが和らぐ。治癒限界も当然気にしなければいけないので一日二回が限度だ。ただ、まるで死神に呪われたかのような身体の崩壊にフィール自身は吐き気しかなかった。

 

 

 ★★★

 

 

「えっ……!?リィエルちゃん……迷子に!?」

『そーなんだよ!時間的に後15分だ!機関車が発車する五分前まで出来れば探してくれ!』

「分かりました…!」

 

 

 グレンに渡された通信機器で連絡を受け取りリィエルを探す。ここは駅だ。人も多いし、混雑している。リィエルを探すのは至難の業だ。

 

 

「……えっと、《我に従え・風の民よ・我は風統べる姫なり》」

 

 

 黒魔改【ストーム・グラスパー】を使って風による広範囲感知を行う。風で分かるのは精々人間の身長くらいだが、リィエルくらいの身長の人がそう多くは居ないはず。

 

 それくらいの身長の人間を感知して走る。

 駅からそれ程遠く離れなくてよかった。案内掲示板の前で立っているリィエルを見つけた。

 

 

「リィエルちゃん!」

「ん……フィール?どこ行ってたの?」

「こっちのセリフ!…迷子になったの貴女!!」

 

 

 ため息をついてリィエルの腕を掴んで移動する。

 迷子になって探すのに魔術を使って色々と疲れたと言うのに、リィエルは首を傾げながら重大さに気付いていない。

 

 するとリィエルは突然、フィールの腕を掴み返した。

 

 

「……えっ?」

「血の匂いがする……フィールから」

「っっ……!」

 

 

 とてつもなく勘が鋭い。

 あまり心配かけたくないからと離れたのに一瞬でバレた事にフィールは苦い顔をしていた。

 

 

「……とりあえずそれは後、早くしないと乗り遅れて」

「あの……大丈夫ですか?」

 

 

 急いでいる時に後ろから声が聞こえた。

 振り返ると聖リリィ学院の制服を着た女の子がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 フィールは目を見開いた。

 眼鏡をかけて綺麗な茶髪をした同い年くらいの女子、大した特徴は無いかもしれない。だが、フィールは目が離せなかった。

 

 妙な既視感があった。

 知らない。知るはずがない。

 

 いや、知っていたけど忘れ………

 

 

『……ごめんね……フィール……』

 

 

 声が聞こえた次の瞬間。

 その一瞬、目の前に写ったのは血に塗れた死体となったその子の光景だった。紅かった。何もかもが紅い。空も地面も、見える全てが染まってしまう程に……

 

 

「っっ……あっ……!」

「フィール…!?」

 

 

 頭が割れるような痛みがフィールを襲う。

 違う違う違う違う。あり得ない、あり得るはずがない。見えた紅色は間違いなく彼女だった。

 

 知らない。知らない筈だ。

 会ったことすら初めて、知っているはずが無い。

 

 

『行こう!フィール!』

「だ、大丈夫なんですか!?」

 

 

 けれども、()()()()()

 記憶を失っても、心は覚えていた。

 

 彼女は、いつも自分の隣を歩いて笑っていた。 

 失っても、記憶が無くても生きて会いたいと何度も願った。分からない。感情が抑えきれない、頭が痛くて思考がまとまらない。

 

 自然と、涙が頬を伝って零れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

「……エ……ルザ………?」

 

 

 

 

 

 

 フィールが口にした名前。

 それはかつて、背中を預けた相棒の名前だった。そして、未来でフィールが死なせてしまい、この世界で今を生きて目の前に現れた。

 

 エルザ=ヴィーリフ

 未来で帝国宮廷魔導師団の《戦車》としてフィールと共に任務を遂行していたフィールの親友だ。

 

 

「っっ!?何で、私の…名前を?」

「フィール……?あっ……!」

 

 

 限界だった。

 今と昔、今を生きる何も知らない自分と、失った過去の自分が入り混じる。記憶が混雑し、頭痛が激しくなり、フィールはエルザの方に倒れていく。

 

 痛みに支配される。何も考えられなくなっていく。

 私は知らない。今の私が知らなくとも『過去』の私に繋がれた絆は記憶などなくとも分かってしまう程に鮮明に焼き付いていた感情だった。

 

 きっと、彼女が大切だった。

 大切だから、きっとフィールは彼女を……

 

 

「フィール!!」

「フィールさん!?」

 

 

 リィエルの声が聞こえた。

 エルザの心配する声が聞こえた。

 それ以上は何も、聞こえなかった。

 

 

 忘れたくなかった。

 どうして忘れてしまったのか。涙が流れても、胸が痛くとも、何も思い出せない。

 

 無情にも消えたものは取り戻せない。

 ただ、流れていく涙と共に、フィールは意識を失った。

 

 





 また会えたのに、覚えていない。
 それが残酷と言わずして何というのか。


 

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