バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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第29話

 

 夢を見た。

 遠い遠い幸せな記憶だった。地獄の中でも隣を歩いてくれる仲間がいたから。自分の手が血に塗れても怖くなって、そう思えたからきっと投げ出す事をしなかったんだと思う。

 

 

 あの教室で声をかけてくれなきゃきっと。

 私はもう、死んでいた。いつも支えてくれて、隣で笑って、前へ突き進む。私はまだ子供で、その時はいつも照れ臭くて言えなかった。

 

 

 アンタに会えて良かったって……

 

 言いたくても恥ずかしくて口にしなかった。

 

 けど……

 

 

 

『……ねぇ……終わったよ……■■■。私、仇を打ったよ。だからさ、目を…開けてよっ……!ねぇ■■■…!』

 

 

 誰かの泣き声がした。

 誰かが亡骸を抱きしめて泣き叫んでいた。正義の魔法使いを名乗る男に殺され、自分と一緒に隣を歩いてくれた彼女は居なくなってしまった。

 

 

「あ、ああっ……!」

 

 

 ただ、血塗れの手に震えた。

 ただ、大切なものを失った冷たさに涙が溢れた。

 ただ、もう二度と会えない親友の亡骸を抱いて、泣き叫んだ。

 

 もう、死にたいと何度も思った。

 弱ければ死ねたのに、強くても守れなかった。

 正義の魔法使い、そんな儚い夢を追った末路が……

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!!!!!」

 

 

 こんな滑稽な未来なら、自分は何のために生きていたのか分からなくなってしまった。

 

 

 

 ★★★

 

 

「っっは……!!」

「うわっ!?」

 

 

 目が覚めると、全身から冷や汗が止まらなかった。

 知らない天井にガタガタ動く地面、列車の中に居る事すら認識が遅れる程に、息切れをしていた。

 

 

「ゆ…め……?」

「フィール、大丈夫?」

「……ハァ…ハァ……」

 

 

 自分の右手を見る。

 少し他人より白い肌であるフィールの手にはマメが出来ているが、それ以外は何もない。

 

 ただ、夢がフラッシュバックする。

 自分の手がドス黒い血で染まっているように見えた。

 

 

「うっ………」

「おおい、吐くな!ほら、エチケット袋!!」

 

 

 吐き気がした。

 口元を抑えるフィールにグレンが慌ててエチケット袋を渡す。

 

 アレが、アレが私の過去?

 殺戮を繰り返し、血に汚れた姿が本来の自分?

 

 受け入れきれなかった。

 受け入れられない記憶が混ざり合い、今の自分を穢しているような感覚に襲われた。

 

 

「大丈夫、なのか?列車に乗ったはいいけど帰った方がいいんじゃ」

「だ、大丈夫ですよ……少し、嫌な夢を見ただけです」

「……どんな、夢だったの?」

「えっと……誰かの死体を抱き抱えて泣いてたんです。血塗れで、冷たくなって……ちょうどそこの人みたいな……」

 

 

 ん?そこの人?

 髪は茶髪に近くて、そして何より夢で見た女の子にそっくりだった。どうやら夢を見ているようだ、フィールは自分の頬をつねるが、痛みはあった。

 

 現実と夢の区別が微妙につかなかった。

 

 違和感にフィールは瞬きを二回した。

 どうやら、自分は幻術にかけられている様だ。白魔【マインド・アップ】で精神を強化しても目の前にいる女子は消えなかった。

 

 そして現実だと認識した瞬間、フィールは後退りしながら驚愕していた。

 

 

「えっ、あ、ええっ!?生きてる!?」

「初対面で酷い言われ様だね!?生まれてこの方死んでないよ!?」

「えっ、でも……はっ?だって……貴女死––––」

「はいはい悪い。ちょっとコイツ錯乱してるだけだから」

 

 

 グレンに口を塞がれるフィール。

 過去の私が事情がよく分からないが、抱えていた死体がこの子だった筈だ。

 

 でも、生きている。ただの思い違い?

 それならばよかったんだけど………

 

 

「……えっと、ごめんなさい」

「あ、ううん。大丈夫。私はエルザ=ヴィーリフ。貴女は?」

「フィール、フィール=ウォルフォレン」

 

 

 フィールとエルザは互いに握手をする。

 その時、妙な違和感に気付いた。フィールは少しだけ反応し、握手が終わると座席に座り始める。

 

 

「………」

「フィール?」

 

 

 この時、顔に表していなかった。

 フィールは少しだけこの子を警戒していた。エルザ=ヴィーリフ。この子の手には剣を握って出来る複数のマメが存在していた。

 

 

 ★★★

 

 

「……フィール、そういえば話してない」

「ん?」

「フィールから、血の匂いがした事」

「「「「!」」」」

 

 

 心配かけたくないから黙っていたが、リィエルに指摘され少し心臓が高鳴った。フィールは少し苦笑しながら嘘をついた。

 

 

「……ああ、アレね。いや女の子の日…なんだけど」

「女の子の日?」

「……普通に月経だよ。ごめん、心配かけて」

「グレン、げっけいってなに?」

「俺に聞くなよ。女のセラに聞け」

「?グレンも今は女だよ」

「そうだけども、ってまさか俺も月経とか生理とかあんの?」

「あるわけないでしょ」

 

 

 単純な話、グレンは男で女の体になっても男の機能は健在だ。まあ精巧に造り替えられている分、女としての機能は無いが、女の身体で出来る事は出来るようだ。言わないが。

 

 

「ん……?そう言えば…やけに騒がしくないですか?」

「あー、お前気を失ってたからな。なんか『白百合会』と『黒百合会』とかの派閥がクソ迷惑かけてんだよ。お陰で公共の場を占領されてっし」

「『白百合会』…『黒百合会』………」

 

 

 ズキリと痛みが走った。

 次の瞬間、頭の中で、何かが駆け巡った。

 

 

「っ………!」

 

 

 懐かしい、懐かしい記憶だ。

 私が……フィールがまだ幼さを残した子供だった頃の記憶が頭に駆け巡る。姿は小さいながらも、魔術師としては一流を名乗れるくらいの自分が二人に魔術を教えている。それを見て、二人を宥める女子もいた。

 

 

『阿保だろ、アンタ達』

『んだとコラッ!チビっ子!』

『聞き捨てなりませんわ!そこの野蛮人はともかく!』

『素質があるのに、下らない事にしか使えない阿保二人に私は何を教えればいいのかなぁ。ジニー』

『私に振らないでもらえますか?』

『いや才能はあると思うよ?けど、派閥とか作って単位適当に貰えるようだけど、私からすれば猿と犬が仲良く喧嘩しているようにしか見えないんだけど』

『ト○とジェ○ーですか』

『うがあああああああ!やっぱ戦争だコラ!!』

『珍しく意見が合ったようですね!私達が勝ったら子供らしくお尻ぺんぺんしてあげますわ!』

『よし分かった。瞬殺してやろう』

『一応殺さないでくださいね?』

 

 

 黒い髪で男のように憤慨し、地団駄を踏む女の子と、猫のように逆立って悔しがる綺麗な金髪の女の子と、それを宥める灰色のツインテールと、身長からして子供で……()()()()()()()()()……

 

 

「わた、し……?」

「フィール?」

「っっ…!」

 

 

 視界がブレた。

 頭の中で、棘虫が暴れたような激しい痛みが流れ、頭を押さえてセラに寄りかかる。その様子にグレンもシスティーナ達もおかしいとフィールを

 

 

「フィール!お、おいしっかりしろ!!」

「……ジニー、コレット…!フラ…ン」

「……えっ?」

「あ……っっ…!」

 

 

 思い出そうとすればするほど頭痛が激しくなる。

 だが、思い出さなければならない。フィールが何が大事な事を忘れた何かを思い出さなければと、遠ざかる意識の中、混雑し合う記憶に頭が焼き切れそうな苦しみの中で、フィールが持っていた記憶が引き出されていく。

 

 

「炎魔……裏切り……っ!あっ……くっ!」

「止めてフィール!無理に思い出そうとしないで!」

「っっ…!ヘヴン…ス、クロ……イツ……!」

「っっ!?」

 

 

 その言葉を伝えた瞬間、フィールは糸が切れたかのように再び意識を失った。過呼吸でもなければ、単純に記憶が混在した影響で混乱しているのだろう。グレン達はホッと安堵の息を吐く。

 

 セラは気を失ったフィールを膝の上に乗せて、心配しながらも今の言葉の意味をグレンと話した。

 

 

「グレン君、今の……」

「ああ、炎魔は微妙に分からんが、事件性のある言葉を言ってたな」

「事件性?どういう事ですか先生?」

「ヘヴンスクロイツ……別名『蒼天十字団』は女王陛下にすら極秘で今も研究開発し続けている帝国魔術界の最暗部……らしいんだが、実在するのかしないのか都市伝説扱いだ」

「フィールがそれを言ったって事は……」

「間違いなく実在するって事だろ。裏切りって言葉から、聖リリィ学院にそのメンバーが居る可能性が高い。しかも狙いはリィエルか」

 

 

 リィエルは『Project:Revive Life』の成功例。

 標本にして解剖し、解明すれば長きに目標としてきた死者蘇生技術として有用出来る。ただし、多くの代償を払っての話だ。平和な世界から想像以上に死人が出るだろう。

 

 

「先生……」

「ん?」

「今更かもしれないんですけど……フィールはグレン先生とセラ先生の」

「……子供か、どうか知りたいんだろ?」

「はい、一応聞きたくて……フィールがアレだけ傷つく理由が二人にあるのには私達も分かっていましたし」

 

 

 システィーナもルミアもちゃんと知りたかった。

 ちゃんと知って、諦めをつけたかった。システィーナは無自覚だが、ルミアは自覚はある。

 

 フィールがもしセラの子として産まれたなら。

 グレンは考えながらも、二人に真実を話した。

 

 

「多分、フィールが未来で俺とセラの子供ってのは間違いはない。血を調べたが、俺とセラの遺伝子を継いでるってセシリア先生が言ってたしな。ほぼ間違いないだろう」

「!」

「で……肝心の先生はセラ先生と」

「まだ付き合ってねぇよ。多分、フィールが産まれたのは並行世界だ。第五次元世界認識なんて魔術理論的に不可能だし、証明のしようがないが、フィールがいなけりゃ、多分俺はとっくにくたばってる」

 

 

 あの時、ジャティスの人工精霊から放たれたマスケット銃の弾丸を撃ち落としたのはフィールだ。アルベルトでなければ宮廷魔導師団でそんな神業は不可能に近い。

 

 システィーナやルミアも少なからずグレンに好意をもっていた。ただ、フィールの場合は好意というより……

 

 親愛だった。

 自分の全てを犠牲にしてでも二人を護ろうとしている。それがどれだけ血に濡れようと……。まだ15歳だ。女の子として生きてほしいという感情もある。今でさえグレンはどう接すればいいか分からない。

 

 フィールが、記憶を失ったのに辛くもあったが、安堵もあった。もし、そんな事をして傷付いて、死に近づく事があるならその道を歩ませたくないそんな気持ちがあったから。

 

 

「こいつにどう接したらいいのか…ねえ」

 

 

 グレンはフィールとどう接していけばいいのか。

 真実を隠し、先生と生徒として見るのか。それとも並行世界で産まれたとは言え、自分の子親と子として見るべきなのか。

 

 けれど、このままではよくない。

 グレンもセラもフィールも、いずれその事に決着をつけなければいけない。ただ、それだけは分かっていた。

 

 

 





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