バッドエンドの未来から来た二人の娘 作:アステカのキャスター
芝生の校庭にアルザーノ帝国魔術学院から来たフィール達四人と、聖リリィ魔術女子学院の一クラス全員が立っていた。その中で三人がフィール達の前に立っている。
模擬魔術戦、両者学院生による対決だ。
「四対四のパーティー戦。方式は非殺傷系呪文によるサブスト。模擬剣や徒手空拳のよる近接格闘戦もありとしますわ。降参、気絶、場外退場、もしくは致死判定をもって、その術者の脱落とする…よろしいでしょうか?」
サブストとは、学生レベルの模擬魔術戦でよくあるルールだ。
学生用の非殺傷系の攻性呪文のダメージを、類似した殺傷系の攻性呪文のダメージに置き換えて致死判定を行うと言うものだ。
例えば、サブスト・ルール下では、非殺傷呪文である【ショック・ボルト】は、効果範囲が酷似している殺傷呪文【ライトニング・ピアス】と見なされ、致死と判定される。
【ゲイル・ブロウ】は【ブラスト・ブロウ】
【バーン・フロア】は【ブレイズ・バースト】
【ホワイト・アウト】は【アイス・ブリザード】
基本的な三属性、炎熱、雷撃、冷気だ。
汎用魔術の学生レベル以上は存在するが、軍用魔術にはこれ以上の強さの魔術【プラズマ・カノン】や【プロミネンス・ピラー】の様な人に向けるには余りにも強すぎる魔術がある為、決闘で使用すればただの殺し合いだ。
なので決闘はサブストのルールをつける事が多い。
要するにモロに食らえば死ぬ魔術を威力を弱めた魔術で判定してもらうという方法。まあ、学生内の決闘ではよくある事だ。
「ああ、それでいいぜ」
特に珍しくもないパーティー戦ルール。
怪我も少ないし、大事に至らせる事は流石にグレンも許可しない為、そのルールに関しては何の問題もない。
「あと、もう一つ。…この勝負、たとえ非殺傷系の呪文でも…炎熱系の呪文だけは使用禁止でお願いしますわ」
「炎熱系呪文なし……?」
妙な追加ルールに、首を傾げる。
炎熱系呪文は非殺傷系呪文の中では特に威力が高い。『非殺傷』と名がついてはいるものの、まともに喰らえば、軽度の火傷ぐらいの危険はある。ただ法医呪文で痕も残らないように治せるのだが。
「あっ、先生。それは私からもお願いします」
「フィール?なんで?」
「えっと、炎にトラウマがある人が居るから刺激したら不味いし…」
「あっ、そう……まあいいけど」
グレンはその言葉に納得し呟く。
炎熱系は大した威力じゃなくとも、危ないし貴族の娘に下手に怪我をさせたら逆に何か言われそうなのでグレンもそれで納得した。
「……これなら貴女も大丈夫でしょ?」
「!」
エルザはフィール見て、驚いていた。
少し驚いているようだ。なんでそれを知っているのか、と。フィールが思い出せたのは9歳から12歳までの記憶。残りの記憶はまだ思い出せないが……
「どうして……?」
「……分からない。けど、知ってるの」
エルザについてフィールは知っている。
かつて、自分の親友だった事。かつて、この学校が自分の母校で、エルザ達とはここで知ったのだという事。
そして………
「…………」
自分がエルザを
いつか辿る未来、そこでエルザは死んでしまった。
自分が未来の存在なのは理解した。
しかし、どうして未来から来たのか、どうしてエルザが死んだのか、何が原因かはまだ思い出せない。
「……それでも」
その現実から目を逸らせば二度失う事になる。
もう手遅れかもしれない。一度死なせてしまった自分では…ましてや記憶を失った自分では力不足かもしれないが……
「(それでも、貴女を守るよ。多分、
記憶が無かったとしても変わらない。
フィールにとって、大切な親友に変わりはないのだから。
★★★
アルザーノ帝国 対 聖リリィ女子。
システィーナ、ルミア、リィエル、フィールの四人なのだが、あちらはフランシーヌ、コレット、ジニーの三人しかいない。四対四の魔術決闘だと意外と役割が複雑だったりする。
「
「エルザ、貴女は?」
「いや私は遠慮しておこうかな……派閥の問題だし」
「つってもなぁ。他だとアタシ達と同格なのが居ないんだよなぁ」
フランシーヌもコレットも悩んでいる。
派閥のトップである二人と、ジニーはそれなりの実力はある。しかし、他を頼るとなるとエルザくらいしか思い浮かばないらしい。
派閥の足を引っ張りたくない為、名乗り出る人もいない。そんな中で、手を元気よく挙げて名乗り出る藍色髪の少女が集団の中から割って出た。
「はいはーい!私出ます!」
「んっ?貴女は……」
「黒百合会所属のミラ=クレイティです!コレットさんの危機に参上しました!」
「……居たっけ?そんな奴」
「酷い!居ましたよ!忘れたんですか!?」
「………あー、そういや確かに居たわ。悪い悪い」
「コレットさん忘れてましたよね!?」
若干涙目で落ち込むミラ。
コレットも思い出してみれば確かに目立たないが居た記憶がある。賭けゲームで勝ち負け普通、魔術のセンスはまあそこそこだが、居ないよりマシだと内心は思いながら、彼女の参加を許可した。
「んじゃ、始める前にウチのチームに追加ルールな。このままじゃ一方的に過ぎるから、お前らにハンデをやるよ。リィエル。お前は相手への攻撃禁止、フィールは相手陣地に踏み込み禁止、自陣からの攻撃魔術一切禁止な」
「「なっ!?」」
「先生……私もリィエルもそれ迎撃の体術か防御魔術くらいしか使えなくないですか?」
「お前が売った喧嘩だが悪い。今のお前でも並の魔術師以上だ。本気でやると、この後のコイツらの自信喪失になっちまうからな。まっ、ストレス発散を考えてたんだろ?とばっちりの仕返しは諦めてくれ」
「えー……まあ、わかりました」
「ん。分かった、手加減すればいい?」
「そゆこと、特にリィエルは絶対な。絶対だからな!?」
グレンは特に釘を指す。
特にリィエルは過剰な上に手加減が苦手だ。なんなら死人が出かねない。だが唐突に告げられたハンデにシスティーナが焦る。
「ちょ、ちょっと、先生!?大丈夫なんですか!?」
「あっ?何が?」
「た、確かに、今のフィールはともかくリィエルが本気出したら、勝負になりませんけど、実質的に戦力になるのは私とルミアだけなんですよ!?それってつまり、私達が落とされたら、負けってことじゃないですか!これじゃ、いくらなんでも……」
防御ならまだしも攻撃中心はシスティーナとルミアだ。事実四対二の戦いで攻性魔術が使えるのが二人の時点で相当のハンデだ。
「もし、私達が負けたら…リィエルの進退が……」
「……は?お前何言ってんの?」
だが、グレンは呆れたように頭を掻きながらシスティーナに言った。
「あのな…お前らが、今さらあいつらレベルに負けるわけねえだろ?」
「……えっ?」
「むしろ負けたら単位落としてやる。弟子失格でデコピンも追加な」
「り、理不尽な!?」
「それにフィールもセラに『風使い』の闘い方教えてたし、今のアイツなら学院生レベルに負けるわけないだろ」
フィールの魔術技能は既に学生レベルを超えている。
記憶喪失で使える魔術に限りはあるし、殺傷力の強い軍用魔術は教えていないとは言え、経験を技量でカバーするだけの応用と機転は大して変わっていないように思えるし、風使いの最奥【ストーム・グラスパー】まで使えてしまう時点で相当な実力者と言えるだろう。
風使いの究極地点は風を支配し、自由に操る事。セラもフィールも風の巫女の血族である以上、操作力と支配力は紛れもない天才だ。
「そもそも、前のフィールならまだしも
そして、才能だけならシスティーナも負けてない。
敵陣をチラッと見るが、問題無いと堂々と言い放ったグレンにコレット達は睨み付ける。明らかにナメられている。
「まあ……やりますよ。うっかり死なないようにね?」
フィールが心配そうな顔をして忠告したのをトドメに派閥のトップ達が憤慨していた。
★★★
決闘開始の合図と共にジニーは敵陣に踏み込み、先陣を切る。
ジニーの得意分野は『シノビ』の教えから受け継がれた近接格闘、体術なら学生のレベルを超えているのだが……
「あっ、無理」
「ん」
ジニーの敗因は相手が悪すぎた事だ。
リィエルのその技術は凄腕の暗殺者イルシアから引き継がれた戦闘技能だ。学生レベルを超えた程度では追い縋れない。
シノビとしての動き、短刀二本を向けられても動揺すら起こさずにリィエルは眠そうな顔をしながら隙だらけな状態からジニーの右手を掴んで投げ飛ばす。
「ジニー!?」
「そりゃあああああっ!」
「
「《光の剣よ》」
ミラが拳に魔力を乗せて襲いかかる。
自身の拳や足に魔力をのせて、相手の体内で直接その魔力を爆発させることで普通の近接格闘術より強い衝撃を与える魔術を複合した近接戦闘術。
学生で使えるのは中々のものだ。
フィールは白魔【ウェポン・エンチャント】で両手に魔力の膜を張り、拳を容易く受け止める。
「なっ……相殺!?」
「【ボディ・アップ】しといた方がいいよ?」
フィールの忠告をした次の瞬間、蹴りがミラの腹部に入った。後ろに下がりながらも倒れるのに耐えているが、痛みに膝が崩れた。手加減はしたが、相当痛い筈だ。
「ミラ!?《雷精よ》––––!」
「《霧散せよ》––ッ!」
フィールに向かう紫電はシスティーナの【トライ・バニッシュ】で打ち消す。まあそんな事をしなくてもフィールは防いだろうが、チーム戦なのでその持ち味を存分に活かす。
「中々、速い対抗呪文ですわね!けど、これならどうです!?」
フランシーヌはシスティーナの
「《雷精の紫電よ》––––!」
「《霧散せよ》!」
「なっ!?フェイクを読まれた!?」
「クソッ!《大いなる風よ》–––!」
「《風の盾よ》」
コレットの【ゲイル・ブロウ】を襲いかかってくるミラを捌きながら黒魔【エア・スクリーン】で防ぐフィール。ミラの攻撃を余裕で躱しては、軽い魔力波だけで吹き飛ばしている。
「なら……!《力よ無に帰せ》!ですわ!」
フランシーヌは魔術干渉で魔術を打ち消す【ディスペル・フォース】を使い、風の盾を消し去った瞬間、コレットと共にその隙を狙って魔術を放った。
「「《白き冬の嵐よ》––––!」」
この瞬間、コレット達は勝利を確信する。
いくら
……しかし。
「《光輝く護りの障壁よ》!」
システィーナは【フォース・シールド】でそれを防ぐ。
グレンの拳闘と軍用魔術の教えがあるせいか、相手が何をしたいか手に取るようにわかる。むしろ、ワザとやっているのではないかと思うほどに。
「システィーナ、普通に魔術撃っていいよ」
「えっ?あっ、もう終わったの?」
「魔力酔いにさせて倒した」
「……きゅう」
「ミラッ!?」
ミラは立つことが出来ずに目を回している。
フィールがやったのは回路を簡易に接続し、魔力を流す方法で魔力酔いを起こさせた事だ。自分の容量以上の魔力を流されると、魔力による酔いが発生する。簡易的な使い魔契約を強引に行わせ、自分の魔力を他者の魔力容量に流し込む事で相手を酔わせる事が可能だ。
フィールの魔力量の多さがあるからこそ出来る芸当なのだが……
「(……魔力半分以上奪われた?容量の多さだけならあの二人より)」
今のフィールの容量は減ってはいるが6000程度はある。それこそ一流の魔術師の三倍はある。約4000程の魔力を流さなければ酔わす事が出来なかった。
「システィーナ」
「《雷精の紫電よ》––––《
「くっ……!《その剣に光あれ》–––!」
「《森人の加護あれ》–––!」
「《力よ無に帰せ》–––《重ねて消え去れ》」
えっ?と二人は呆気に取られた。
防御術式はフィールの【ディスペル・フォース】によって破られ、紫電の閃光を防ぐ術はなく、そのまま……
「「ぎゃあああああああっ!?」」
「【ショック・ボルト】の致死判定。こっちの勝ちだな。ジニーはまだ粘ってるけど、続けるか?」
「……降参します。てか無理っすよこれ」
紫電の雷撃に崩れ落ちる二人を見た途端、ジニーは気を張った状態から戻り、無理ゲーだとぼやいていた。
「……終わり、かな」
アルザーノ帝国側の勝利により、勝負は幕を閉じた。
コレット達の次を全力で拒否するお嬢様達にやや苦笑しながらも、長い鼻を折ることに成功し、これで当初の目的は果たされた。
……のだが
「お前らは言ったな?俺に教わることなんか何もねえって。けど、断言してやる。俺ならお前達を『魔術師』にしてやれる」
「俺がこっちにいられるのは短い期間だけだが…その間でも『魔術師』のなんたるかくらいは教えてやれる」
「ま、興味がないやつは、別に俺の授業に参加なんかしなくていい。ただ、俺の邪魔だけはすんな。お茶会や喧嘩やゲームがしたいなら教室じゃなくて余所でやれ。別に止めはしねえよ、勝手にしろ。だが……」
「少しでも俺の話を聞いてみたいと思った奴は歓迎するぜ?本当の魔術ってやつを教えてやるさ」
グレンが語った改善点が二人に響いたのか。
箱入りお嬢様達はグレンに慕い始め、コレットとフランシーヌは先生を白百合会に入れる。いや、黒百合会に入れるとグレンの奪い合いが始まった。
コレットが右腕を、フランシーヌが左腕を掴んで左右に引っ張り出した。
「「レーン先生♡」」
「いだだだだだっ!?ちょ、待った!?待てぃ!!それは洒落にならーん!?裂けちゃう!?」
「……さけるチーズみたいに」
「何しれっととんでもないこと言ってんだ!?ぎゃー!?へ、ヘルプ!!見てないで助けろおおおおっ!?」
「あ、あ、《貴女達・いい加減に・しなさい》ぃいいいいい――ッ!?」
ジニーがとんでもない事を呟き、想像すると不味い事になりかねないと思ったシスティーナが【ゲイル・ブロウ】でグレン先生ごと、取り巻きを吹き飛ばした。
今回のMVPは悲惨な惨状をやり方が穏便ではないとはいえ、未然に防ぐ事の出来たシスティーナである。
★★★
グレンを追いかけているお嬢様達とそれを死守するシスティーナ達から離れて校舎裏。マナ欠乏症に陥った訳でもないのに、身体が重い。
胸を抑えて、苦しみを我慢する。
いくら魔術でも、痛みも苦しみも打ち消す事も出来ない。
「っっ……!ゴホッ……ゴホッ!」
血を吐き出す。
決して少なくない量の血反吐が、校舎裏の地面に零れ落ちる。ヤケに右肩が痛い。まるで肉を削られているような感覚に違和感を感じ、制服をズラして右肩を見る。
「何……これ……」
それを見た瞬間、絶句する。
思わず目を背けたくなるほどに右腕が
呪いのように蝕むソレがフィールから生命力を奪っていくようだ。不治の病のように、緩やかに回る毒が体に異常を残している。
「……私は……何なの?」
学生の頃にはそんな事も無かった。
その後に起きた事実、帝国宮廷魔導師団だった頃の自分は一体何だったのか。
黒い肌から僅かに感じ取れたのは呪いだった。
これは既存の呪いとかそういうものじゃない。
原初クラスの呪詛だ。それも、セシリア先生や他の人が感知出来ない程の強力な隠蔽力と、治す事が出来ないほどの呪詛力。
フィールだから分かる。
フィールにしか分からないから治す手段がない。
そして、
血をハンカチで拭い、教室に戻ろうとする……
「……あの!」
「っっ!?」
油断し過ぎていた。
気配もなく、後ろから声をかけられ咄嗟に反応するフィール。左腕を突き出し、魔術をいつでも使えるように警戒するフィールに声をかけたのは……
「えっと、その、大丈夫ですか!?」
血を吐き出すフィールにどう声をかければいいか分からずに不器用に心配しながらも、声をかけたミラ=クレイティだった。
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