バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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第33話

 

 

 リィエルの教育はフィールとエルザがしている。

 ついでにミラも、教科書を見て頭を悩ませていたのでリィエルのついでで教えていた。リィエルは教科書に目を通しておけと言われたので、本当に目を通すだけで理解出来ていないようだ。

 

 

「そこ、計算式が違う」

「ん……どうやって解くの?」

「この公式を使って、自分で解いてみた方がいいよ」

「あだっ!?」

「ミラ、貴女は貴女で寝ない」

 

 

 と言うか教えてあげてるのに寝るとは何事だ。教科書で頭を叩いて無理矢理起こした。

 ミラはともかく、リィエルに関してはしばらくの間、集中している成果があり成績は伸びている。だが、計算式が致命的だ。暗記ならば問題ないのに……

 

 

「フィール、出来た」

「ん。……七割正解かな。計算苦手?」

「うん」

 

 

 リィエルはまだ精神的に子供。

 とは言え、学習能力だけならかなり高い筈なのだが、規則的なものがガラリと変わると対応が難しい様子。

 

 

「少しずつでいい……頑張って」

「分かった」

 

 

 エルザに少し負担をかけるが、ここからの頑張りはリィエル次第だ。フィールも教科書と睨めっこしながらどうしたらリィエルに伝わるのかを真剣に模索していた。

 

 一方で、レーンことグレンはハーレムを作れたようなのだが、慕うお嬢様たちが少し過剰なせいかシスティーナ達と先生の取り合いをしていた。無意識のうちに少しだけモヤモヤしているのにフィール自身は気付いていない。

 

 

「ええい、お前らッ!やめてッ!?俺のために争わないでぇ!!」

「ぶふぉ……!」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、フィールの腹筋が崩壊した。思わず笑いを堪える事に必死で、右肩が地味に痛くなるがそれでも笑ってしまう。

 取り合いが激しくなり、魔術による乱闘に発展し、教室には絶えず流れ魔術が飛んできていた。

 

 

「《光の障壁よ》」

「ぎゃあああああああっ!?」

 

 

 フィールはすぐさま対応したが、グレンはモロに流れ魔術を食らい、絶叫を上げていた。

 

 ★★★

 

 

 時刻は夕方。 

 勉強に浸っているリィエルに教えられるところを教え、フィールは大浴場で湯に浸かっていた。夕方はまだ早いかもしれないが、自身の右肩が黒く変色しているのをあまり見せたくない為、誰もまだ入らない時間帯で貸し切り状態だ。

 

 

「ふうううううう」

 

 

 肩の力を抜いてゆったりと疲れを取る。

 記憶喪失になってから思い出せる部分は思い出せた気がする。ただ、学生の頃の記憶だけだ。誰が親で誰を信用していいのかも思い出せない。

 

 

 ただ、怖い。

 身体中の至る所が傷痕だらけになっているのを見て、自分が何をしていたのか、少しだけ分かった気がする。

 

 背中の裂傷、右肩の変色、太ももや腰辺りにも傷が数箇所、脇腹には火傷の痕まで……恐らくいつも【セルフ・イリュージョン】で隠していたのだろう。回復魔術でも治らない傷痕を見て、自分がどうしてここまで傷付いているのか、分かってしまった。

 

 

「!」

 

 

 大浴場の扉が開いたのを見た瞬間、フィールは【セルフ・イリュージョン】で傷痕を隠す。ガラガラと開き、入ってきたのは……

 

 

「いや〜漸く風呂に……」

「……先生?」

 

 

 女装中のグレンだった。

 生徒が勉強している時間を見計らって、早めの入浴をしようとしていたようで、同じ目的のフィールと顔を合わせてしまった。

 

 

「フ、フィール!?す、すまん出直してくるわ!」

「あっ、いいですよ私もう上がりますし」

 

 

 フィールはタオルを巻き、グレンの横を通り過ぎて風呂場を後にする。大分お湯に浸かれて疲れが取れたし、男一人の方がいいだろうと思い、風呂場から出ようとした。

 

 次の瞬間、フィールの腕をグレンに掴まれた。

 

 

「先生?」

「……《原初の力よ・均衡保ちて・零に帰せ》」

「っっ!?」

 

 

 グレンが神妙な顔をして突如、フィールに対して【ディスペル・フォース】を使い、フィールの【セルフ・イリュージョン】が解いた。フィールは激しく動揺する。

 

 

「な、んで……」

「分からないとでも思ったのかよ……フィール、()()は何だ?」

 

 

 肩の変色を見て、グレンが問う。

 フィールの右肩の変色は普通じゃない。魔術的に判断は出来ないが、何というか……ものすごく嫌な感覚だ。

 

 何か、変な侵食を受けているような。

 ガリガリと削れていってるようなそんな感覚だ。

 

  

「……分かりませんよ」

「心当たりとかないのか?」

「あるわけないですよ……記憶無くしてるのに」

 

 

 呪われてる。

 そんな安易な言葉で片付けられたら良かった。グレンにはフィールが隠してる事に気づいた。否、気付いてしまった。

 

 誤魔化せないくらいに分かってしまう。

 何故、という言葉はもう出ない。全く気付けなかったあの時とは違う。グレンがソレに触れようとした瞬間。

 

 

「っっ!!」

 

 

 パァン、と左手で払われた。

 無意識に触れないようにと、気付けばグレンの手を勝手に払っていた。多分、呪いが移る可能性は少ないと思っていたのに……

 

 

「………何、するんですか」

「それ呪いだろ。調べりゃ少しは分かると思って」

「必要無いです」

「必要無いわけな––––」

「貴方が調べても分からないですよ。どうせ誰にも解けない」

 

 

 その事実は間違いなかった。

 フィールは投げやりにグレンの返答を否定する。

 

 

「ふざけんな!隠して辛くなるくらいなら相談して––––」

「隠してるのは貴方も同じでしょ。だったら何で私の過去、教えてくれないんですか?」

 

 

 フィールの言葉にグレンは固まる。

 フィールが幾ら聞いても、グレンもセラも、システィーナやルミア、リィエルでさえフィールの過去を隠している。自分がどんな人間だったのかは教えても、過去に何があったのかは教えてくれない。やや要点をズラして誤魔化している。

 

 

「気付いてないと思ったんですか?貴方、露骨に私の過去を話す事を避けてるくせに」

「っ……それは」

「……記憶があった私になってほしくない。危なっかしいから、忘れてた方が都合がいいからとか思ってるんでしょ?」

 

 

 フィールの過去を教えないのは、その通りだった。

 フィールは傷付きすぎた。これ以上、傷付いてほしくないというエゴからグレンもセラも隠した。

 

 だが、フィールからすればグレンは赤の他人だ。セラに関してはともかく、この人に関してはただの先生。フィールはあまり関わろうとしなかった。何もかも怪しいと思う中で、彼が一番怪しく見えているから。

 

 

「そもそも、貴方は私のなんなんですか?」

 

 

 フィール=ウォルフォレンとグレン=レーダスの間に何が存在するのか。グレンはフィールの何なのだろうか。

 

 

「俺はお前の………」

 

 

 言えない。

 ここでそれを答えてしまえば、少なからずフィールがどういう存在なのか証明になってしまう。

 

 ただ、伝えられたらよかった。

 伝えられたらそれだけで良かった筈なのに、答えようとした口が開かない。

 

 

「ほら、答えられない」

 

 

 フィールはその言葉に落胆する。

 見限りにも近いソレにフィールは睨み付けた。グレンは顔を歪め、思わず一歩後退してしまうほどに。

 

 

「そんな人に、私は信用なんて預けられない。たかが、生徒と先生の立場なら深く踏み込むのはやめてください」

 

 

 そう言い残し、フィールは風呂場を後にした。

 グレンが手を伸ばそうとした手がダランと宙に舞った。

 

 

 ★★★

 

 

 フィールは寮のベッドに顔を埋めてふて寝していた。

 モヤモヤする。フィールはあの人を怪しい存在だと思っている。自分の過去を教えない、教えてくれない薄情な先生だと思っている。少なからずセラにも同じ感情はあるが、セラの顔は悲しさと苦しさを滲み出してしまっていたから聞きたくなくなっていた。

 

 ただ、深く踏み込むな。

 そう告げただけなのに……

 

 

「痛い……」

 

 

 痛いのは身体の傷でも右肩でもない。

 無意識にそう呟いたその言葉は毛布に埋もれて消える。

 

 

「どうして……」

 

 

 どうしてこんなに悲しくなるのか。

 グレン=レーダスはフィールの何なのか。

 

 身体の痛みなどではない。

 ただ、感情が溢れてしまっている。

 

 

 

 痛いのは––––心だ。

 

 

 

 ★★★

 

 

 誰もが寝付いている深夜。

 アルザーノ帝国専用の寮は二つ。部屋割りはグレン、リィエル、ルミア。もう片方はセラ、システィーナ、フィールで分かれている。

 

 セラもシスティーナも眠りにつき、スヤスヤと寝息を立てている中、フィールは眠れないでいた。

 

 

「……散歩するか」

 

 

 セラが聞いたら怒りそうだが、変に目が覚めてしまっていた。防音の魔術を張り、こっそり部屋から抜け出して夜天を見上げる。

 

 窓を開け、詠唱を唱える。

 

 

「えっと、《天秤は傾くべし》」

 

 

 着物が蝶のように羽ばたく。

 フワリと自分の体が軽くなり、三階から着地しても痛みなどはない。怒られても仕方ない。けど、どうしてもこの場所で夜空を見たかった。星について語り合ったり、お嬢様らしくないけど、芝生で寝転がって天体観測したり、思い出せば、自分の思い出が少しずつ鮮明に思い出されていく。

 

 

「学生の記憶は思い出せた……あとは、幼少期と卒業から今に至るまでの記憶だけかな」

 

 

 学生時代、正確には飛び級で入学してから二年間の間のみ。中途半端にしか思い出せていない。学生時代のある程度の技量を思い出してきた。人に向けて魔術を使うのに抵抗はあるけれど。

 

 

「ん?」

 

 

 風切り音が聞こえた。

 妙に懐かしい感覚に囚われた。それは剣の鼓動のようで、幾千回と聞いた事があるかのような、風を斬り閃く刀の音。

 

 綺麗な太刀筋だった。

 それはまるで剣の妖精と思えるような剣の舞。真っ直ぐな太刀筋でありながら力強く、それでいて刃に込められた熱が燻っている。

  

 もう少しだけ見ていたかった。

 けれど、彼女の表情を見て、どこか止めたかった感情が存在していた。

 

 

「……こんな時間に剣の鍛錬?」

「!」

 

 

 声をかけた瞬間、鋒を此方に向けられる。

 警戒しながらも、敵を見定めるような表情で此方を見たのは……

 

 

「フィール?」

「こんばんはエルザ」

 

 

 眼鏡を外したエルザだった。

 フィールは朗らかに笑いながらエルザの打刀の刀身を軽く摘む。それを見ると刀身を漆黒の鞘に納め始める

 

 

「見て…たんですか?」

「うん……凄かったよ。いい太刀筋してるね」

「そ、それほどの業じゃないよ。父の方がもっと凄い太刀筋をして……」

「15歳でそんな技量を持ってるなら、今の貴女は凄いと思う」

 

 

 お世辞抜きに、太刀筋が綺麗だ。

 真っ直ぐで力強いのは、過去の記憶と変わらない。

 

 

「と言うか、着物?」

「私の寝巻き、いつもこれなの。東方で買ってからお気に入りでね」

「行ったことあるの!?」

「きゅ、休暇でエル……じゃなくて友達と旅行に行った時に、桜を観に行ったの」

 

 

 そういやエルザは東方出身だ。 

 刀や着物、桜など東方の事は大抵エルザに教えてもらった記憶がある。出身地は同じではないけれど、故郷を語れる人がいるだけ少し嬉しいのだろう。

 

 

「桜と、お寿司とお酒が美味しかったかな」

「お寿司!そう、偶にお刺身とかお魚が恋しくなるよね!」

「うんうん。酢飯とか醤油とか偶に濃くてねっとりしたものが偶に食べたくなるし」

 

 

 あの頃、あんまり食に執着は無かったが、旅行に誘われ半信半疑でお寿司を食べた時に衝撃を受けた。残念ながらアルザーノ帝国では生魚が売ってない為、東方でしか食べられないものだと知った時、少しがっかりした表情をエルザに笑われた事がある。

 

 

「エルザ、少しだけ付き合ってくれる?」

「えっ?フィール、貴女剣を使えるの?」

「んー、まあ多分?」

「なんで疑問系?……まあ、じゃあ少しだけ」

 

 

 エルザは打刀を地面に置き、近場にあった樽の中に入れられた木刀を取り出す。一本をフィールに渡し、一本を自分の手に握る。

 

 互いに向き合う。

 木刀とは言え、殴れば血は出るし骨も折れる。故に真剣を構えた相手と相対した緊張感が走る。

 

 

「––––行くよ」

「––––うん」

 

 

 ゴウッ!と風を斬る音が聞こえる。

 肉体は風より速く、振われる木刀は其れの倍速い。春風流【疾風】、死角に『縮地』で入り込み、右旋回しながら木刀を振るう。

 

 まるで空間を跳躍したかのようは爆発的速度。

 そしてエルザの振るう剣速はリィエルより少し速い。

 

 カンッ!と木刀が鍔迫り合う音が聞こえた。

 風を読み、敵を読むのはフィールの得意技。ジャティスのように未来を観測する【ユースティアの天秤】は今のフィールには使えないが、長年培った戦闘のカンが身体を働かせ、エルザに追い縋る。

 

 

「ふっ!」

 

 

 フィールは払うように左腕で木刀の峰を狙う。それを予測したのか、エルザは右に避け、再び技を繰り出す。春風流【旋風】躱すと同時に左側から攻撃を繰り出す攻防に隙の無い技の応酬。

 

 フィールは後ろに下がり、紙一重で躱すがエルザはその退路を与えない突きが此方に迫る。春風流【追風】の速さは抜刀の次に速い連撃、このままでは回避不可、ならば()()()()()()

 

 

「–––はぁ!」

「なっ!?」

 

 

 精霊剣舞。

 ごく僅かに風の風圧が木刀に加わる。無意識の内に風の指向性だけを取り入れた剣舞専用の術式を使っていた。木刀と共に払い除けた一撃を防ぎつつも吹き飛ばされるエルザに追撃で木刀を振るおうとした次の瞬間。

 

 

「あっ……」

「えっ、ちょっ!?」

 

 

 着物を踏んづけてフィールはエルザの方へ転ぶ。

 咄嗟過ぎて、エルザが下敷きになりながら二人とも芝生の上で派手に転んだ。握った木刀が地面につき、エルザの木刀に当たりカランと言う音を立てて手から離れた。

 

 

「いたた……」

「大丈夫、フィール?」

「……かたい」

「喧嘩売ってる?買うよ?」

 

 

 エルザの胸に飛び込んだフィールの感想に若干殺意が溢れていた。フィールの大きさはルミアに劣れど、かなりの大きさだ。退ける為に押す手が胸に触れるとふにょんと包み込むような柔らかさに血涙を流し、軽く絶望感に浸っている。

 

 

「ふっ……あははははは!」

「くっ、ははははははは!」

 

 

 エルザもフィールも笑い出した。

 なんて馬鹿らしいドジ踏んだのだろうと、気付けば笑ってしまっていた。芝生に背を預け、ごろんと夜天の星空を見上げる。

 

 

「ねえ、エルザ」

「なに?フィール」

「やっぱ、貴女だったんだね」

 

 

 フィールの相棒はエルザだった。

 宮廷魔導士団となってフィールの背中を預けていたのは彼女だった。死なせてしまって、悔いて、全部投げ出したいと思ってしまったくらいに。フィールの心の支えになってくれたのが、エルザだったのだ。

 

 エルザは首を傾げる。

 分からなくていい。これはフィールだけの思い出だから。

 

 

「(絶対に死なせない……)」

 

 

 例え、時間がなくても。

 親友を死なせる未来で終わらせない。

 

 それだけが、記憶も何もかも失ったフィールのただ一つの決意だった。

 

 




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