バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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 心折杯関係なく此方に出す事にしました。
 過去編です。バッドエンドだった未来の話は削除して此方に投稿になりました。




セイギノマホウツカイ
第■話


 

 ★★★

 

 むかしむかし、あるところにふたりのまじゅつしがいました。

 

 ひとりはせいぎのまほうつかいのゆめをおいもとめて。

 ひとりはこきょうをとりもどすためにまじゅつしとなってひびたたかっていました。

 

 かれはせいぎのまほうつかいをめざしました。

 けれど、じかんがたてばたつほどにそのゆめはまっかにそまってしまい、めざすのがこわくなってしまいました。

 

 それでも、あきらめなかったのはかのじょがいたからです。

 かのじょはやさしくて、おせっかいで、かれをいつもふりまわしていました。

 かれはそんなかのじょのやさしさにすくわれ、ゆめをあきらめないままつきすすむことができたのです。

 

 

 いつしかふたりはひかれあい、おたがいにこいをして、かぞくになりました。

 

 それはとてもしあわせで、ふたりはしあわせなみらいにいきるとちかいました。

 

 

 

 

 ですが……

 

 

 

 かぞくになって、はんとしがたちました。

 せいぎのまほうつかいをなのるおとこは、かのじょから……かれをけしてしまったのです。

 

 かのじょはわんわんとなきました。

 ないても、ないても、なみだはとまることはありませんでした。

 

 かぞくになってみじかいしあわせはくだけちったのです。

 

 そんなかのじょにあるキセキがありました。

 かのじょのおなかにはかれとじぶんのこどもがいたのです。

 

 

 ★★★

 

 

 パァン、と銃声が鳴り響く。

 血に塗れた手と虚ろな瞳で死体を燃やし、仲間に連絡を入れる銀髪の少女。赤い魔銃をホルスターにしまい裏路地から姿を消していく。

 

 

「終わった……次は何をすればいい?」

『次はーーーーーーーーーー』

「…了解」

 

 

 仕事が言い渡され、次の街へと向かう。

 血を魔術で洗い流し、血が落ちないローブを捨て、新しいローブを着てフードを被る。人を殺すのに慣れてしまった。冷たい血の温度に慣れてしまった。

 

 手を汚すことに躊躇をしなくなった。

 殺す事に躊躇う事もなくなっていた。

 

 いつか約束した自分の夢に敗れて、消えて、腐っていく自分に自虐するように呟いた。

 

 

 

「……何が、正義の魔法使いだよ」

 

 

 銀髪の少女はそう呟き、空を見上げる。

 見渡す限り、晴々としていた憎たらしい空を……

 

 

 

 

 

 

 

 第■話

 バッドエンドから来た二人の娘 〜外伝〜

 

 〜THE FOOL LOST ROAD〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレン=レーダスが死亡した未来。

 そんな中でセラ=シルヴァースとグレンとの愛の結晶が産まれた。彼女が産まれた時、世界は彼女を代理措置として彼女を置いた。

 

 彼女の名前はフィール=レーダス。

 魔術に愛されて、風を操り、空を自由に駆ける少女。そんな彼女は父親が居なくとも、幸せな家庭で生まれたのだ。

 

 

「おかあさん!」

「んー?どうしたのフィール!」

「見ててね!《風よ集え・集いて回れ》!」

 

 

 風の魔術を使ってちり紙をクルクルと回転させる。

 小さな竜巻が色々な色のちり紙を回して、まるで目に見える台風を作り出していた。当時まだ七歳、多感なお年頃だ。

 

 センスは超一級品、セリカ=アルフォネアでさえ舌を巻く魔力制御力。恐らくは将来、セリカに次ぐ才能を持った魔術師になるだろう。

 

 

「おー!すごい!風の魔術がもうそこまで出来るようになったんだ!」

「すごいでしょー!いつかセリカ叔母さんをこえるんだから!!」

「ははっ、そりゃあ凄い目標だ」

 

 

 その声に振り返ると、フィールは笑顔で飛び付いた。

 セリカ=アルフォネア。第七階梯(セプテンデ)で魔術師の頂点に君臨する魔女。四百年の歳月を生き、愛弟子が残した最後の宝であるフィールの叔母である。

 

 

「セリカ叔母さん!」

「おー、フィール。元気にしてたか!」

「うんっ!」

「あっ、制御が乱れた」

「ああっ!ちり紙が部屋全体に!?」

 

 

 風の魔術で作られた台風が拡散し、ちり紙が部屋中にばら撒かれた。片付いて綺麗だったリビングがちり紙だらけになって、ぐちゃぐちゃになった。そんな事に脇目も降らず、フィールはセリカに報告していた。

 

 

「セリカ叔母さん!課題の魔術出来たよ!」

「マジか!?……よし、なら次は前よりちょーと難しいのを出してやろう」

「うんっ!」

「コラっフィール!片付けてから行きなさい!」

 

 

 幸せな家庭だった。

 グレンが居なくなっても、二人にはフィールが居た。そしてそれと同じくフィールには二人がいたから幸せだった。

 

 ずっと、このまま生きていきたかった。

 自分が成長して、魔術師になって、お母さんを守れるくらい、セリカ叔母さんを超えるくらいに強くなって、この場所を守りたい。

 

 フィールにとっての正義の魔法使い。

 それは目の前にある幸せを護れる魔術師だ。

 

 そうなりたいと、フィールはそう思っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな人間になれたら……と、今でも悔やんでいる。

 

 

 

 ★★★

 

 〜XXXX年 ■月■■日〜

 

 

 8歳になった。

 セラはアルザーノ帝国魔術学院の教師だ。仕事に行っているため、フィールはセラに出された算術の宿題を三分で終え、魔術の訓練に使うセリカとの二人の秘密基地へと向かった。

 

 風の魔術で市街地を駆けて、飛び回る。 

 まるで自分が風になったかのように空を自由に飛び回る。セラが見たら怒りそうなのでいつも隠蔽の魔術をかけて向かっている。

 

 

「んっ?」

 

 

 街の様子がおかしかった。

 まるで、何か重大な事が起きたかのような周囲のざわつきにフィールは少し疑問に思った。裏路地で隠蔽魔術を解き、ばら撒かれた号外の紙を拾い上げる。

 

 

 

「……………えっ?」

 

 

 書かれていた内容に呆気に取られた。

 

『灰燼の魔女セリカ=アルフォネア。

 タウムの天文神殿にて行方、生死不明。調査官がタウムの天文神殿で彼女を探したが、未だ見つからず、レドルト=フィーベルの提唱した古代の時空間転移魔術の可能性が浮上。現在の所、セリカ=アルフォネアは見つからず、消息すら不明である』

 

 それを読んだ瞬間、激しい眩暈がした。

 セリカ叔母さんが行方不明?生死すら分からない?

 

 そんな事ある筈が無い。

 そんな、筈がない……とフィールは秘密基地へ走っていった。

 

 

 ★★★

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 セリカ叔母さんが魔術で掘って形を整えた工房。

 そこは広く、訓練所としても使う事が出来るほどに広く、何より隠された地下工房だ。いつもセリカはそこでフィールに魔術を教えている。

 

 一週間前にフィールはセリカに魔術を教わっていた。

 最上級の魔術課題は三つ。神殺しの魔術【イクスティンクション・レイ】英雄投影の魔術【ロード・エクスペリエンス】そして、魔術師殺しの【愚者の世界】の三つだ。

 

 すでに二つはマスターをしている。 

 最後の課題である【愚者の世界】だけが緻密な魔術制御力が無ければ使えないもので、フィールが大切にしている『愚者のアルカナ』の魔術式を読み取った上で流れを逆転させて0を生み出すと言うのだが、イメージが湧かない為、未だ修得できてない。

 

 そして昨日、フィールは【愚者の世界】を使えるようになったのだ。その時は狂喜乱舞ではしゃいでいた。

 

 

「セリカ叔母さん!」

 

 

 いる筈だ。

 いつも、フィールに魔術を教えてくれて、いつも笑って飛び付くフィールを抱きしめ返してくれるあの人はいる筈だと、そう思っていた。

 

 居なかった。

 何処を探しても居ないのだ。

 

 

「っっ!そうだ……《罪深き我・逢魔の黄昏に独り・汝を偲ぶ》」

 

 

 白魔【ロード・エクスペリエンス】は触れたものの技能や経験を読み取る。セリカがこの工房を訪れていたなら、何か痕跡がある筈だと、フィールは机に触れて使った。

 

 そして、見つけた。

 経験が途切れているのは訓練所の真ん中だった。魔術を使用して、訓練所の真ん中に何か箱のようなものを埋めていた。

 

 それを見た後、フィールは風の魔術を使って地面を掘り進める。セリカが行方不明になる前にここに訪れたと言う事は、絶対に何かがあると思った。

 

 掘り出したのは経験記憶で見たものと同じ、黒い箱とその側面に手紙のようなものが張り付いていた。それを広げてフィールは読んだ。その字は間違いなくセリカ叔母さんのものだ。

 

 

『フィールへ。この手紙を読んでいるという事はもしかしたら、私はもうこの世界にいないかもしれない。急に居なくなってしまう事を謝らなくちゃいけない事ではある。それでも、許してほしい。私が自分を見つけ、いつか必ず戻る日まで』

 

 

 フィールはその手紙を読み続ける。

 手が震える、呼吸が荒くなる。これではまるでセリカ叔母さんが残した遺書に見えてしまったからだ。

 

 

『お前に伝えなければいけない事があった。セラがお前の父について話したがらない事は知っていただろう?セラの夫であり、お前の父親であるグレン=レーダスについて少し語らせてもらう。グレンは魔術の才能なんてなかった。魔術師としては三流だが、あらゆる魔術師の天敵とも呼べる存在だった。アイツが開発した固有魔術、それが私が出した最後の課題、【愚者の世界】だった』

 

 

 セリカが出した最後の課題。

 それはフィールが知らなかった自分の父親の固有魔術だった。セリカはフィールの魔術特性(パーソナリティ)の特性上、使う事が不可能ではないと判断し、フィールに教えた。

 

 それは、セリカの願いだった。

 グレンの意思を継いでほしいという僅かな希望があったから、フィールにその魔術を教えたのかもしれない。

 

 

『お前の父は私の弟子だった。とても可愛くて、とても諦めないで、正義の魔法使いになりたいと思い魔術師を目指した。思えば、子供の頃のグレンはお前に似ていたのかもな』

 

 

 グレン=レーダスという男はセリカにとって大切な宝物だった。手紙が入っていた封筒には写真が一枚入っていた。帝国宮廷魔導師団のコートを着て、照れ臭く笑っている男と肩を組んで笑顔で笑っていたセリカの姿が映っていた。

 

 

『だが、グレンはセラを置いて戦死した』

 

 

 父は離婚してどこかに行ってたと思っていた。

 セラが何故話したがらないのか、フィールはそれに漸く理解したのだ。けど、実感が湧かなかった。父親が死んだなんて、フィールには理解が追いつかない。

 

 誰だったのかすら、知らなかった。

 グレン=レーダスという人間をフィールは知らな過ぎたのだ。

 

 

『私は泣いて、自傷や酒を繰り返してたよ。いっそ死にたいと思った。家族が死んだ辛さは今のお前じゃ分からないかもしれない。本当に辛くて、涙が止まらないんだ』

 

 

 その字は少し滲んでいた。

 それは、グレンを失った悲しみによる涙だったのかもしれない。滲んで読みにくくなっている。

 

 

『けど、お前が産まれた。グレンが残した最後の宝物が、お前だった』

 

 

 グレンが残した最後の宝物。

 フィール=レーダスと言うグレンの子供だった。セリカはフィールをグレンと同じくらい愛した。それは重ねていたからだ。フィールとグレンという人間を。

 

 

『本当はこんなものをお前に渡したくない。けれどもグレンは私に頼んでいたんだ。もし、自分が死んでしまったらこれを産まれてくる子にいつか渡してほしいと、手紙で書かれていた。正気を疑ったよ、親として子供にこんなものを渡すなんて。けど、グレンは何かを察していた。嫌な予感がしていたのかもしれない。フィール、正直私はお前にこれを使ってほしくない』

 

 

 箱の中に入っていたのは赤い銃と一発の弾丸だった。

 そして、セラとグレンの結婚した写真が入っていた。綺麗なロケット・ペンダントだ。

 ロケットは分かる。だが、魔銃ペネトレイターについてはわからなかった。なんでこんな物騒なものを残していったのか、フィールは分かる筈がなかった。

 

 

『けれど、もしフィールが誰かを殺してでも大切な人を守りたいと思ったのなら、私はこれをお前に託す。それが私の意思でグレンの意思でもある。私は絶対に戻ってくる。私が何者なのか知って、決着をつけなきゃいけない』

 

 

 フィールはその事について知っていた。

 自分が何者なのか、知りたいと言っていたセリカを思い出した。今思えば、焦っていたのかもしれない。

 

 まるで、自分だけが他の人間と違うようで……

 

 

『私は正直、自分を知るのは怖い。けど、それでも……私はお前と同じ家族だ。お前の前では、セリカ叔母さんで居る。だから、もしも帰ってくるのが数年、数十年だったとしても、私は変わらずフィールを愛している』

 

 セリカがこれを書くのにどれほど悲しい気持ちだったのだろう。フィールを傷つけてしまうかもしれない、その覚悟の上で書いた手紙

 

 

『フィール、私の二番目の愛弟子。私は信じてる。お前が必ず、誰かを護れるくらい強くて、グレンに似た凄い魔術師になる事を私は信じてる。愛してる。私はお前のセリカ叔母さんだから。

 

            〜セリカ叔母さんより』

 

 

 その手紙を読むと、フィールは力が抜けたかのように膝をついた。手紙を握りしめて涙が溢れる。これは遺書だった。セリカ叔は自分を知る為にフィールの手の届かない場所へ向かっていったのだ。

 

 

 

「なんで……わかってて……行っちゃうんだよ……!」

 

 

 家族を失った辛さを知っているならどうしてフィールを置いていってしまうのか。辛くて、悲しくて、失った痛みで死にたくなる。セリカが言っていた事をなんで……

 

 家族を置いていく辛さが分かっていてなんで……行ってしまったのかフィールには分からない。

 

 

「う……うあ………」

 

 

 呻き声にも似た声が溢れた。

 その場から崩れ落ち、ただ地面を、何も考えずに見下ろした。

 

 胸が痛かった。

 家族が、フィールの大切な人が消えてしまった悲しみが胸を締め付ける。ああ、確かに書いてあった通りだった。

 

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!」

 

 

 本当に辛くて、涙が止まらなかった。

 フィールは初めて、大切な人を永遠に喪った。

 

 

 ★★★

 

 

 しょうじょはなきました。

 たいせつなひとをうしなって、ただかなしくてなきました。

 

 しょうじょはまじゅつしになることをちかいました。

 だれかをまもれるくらいつよくなって、だれもかなしませないようにすることのできるまじゅつしになるとちかいました。

 

 ですが、そのゆめをかたるには……

 

 いまのしょうじょにはちからぶそくでした。

 

 

 ★★★

 

 

 〜XXXX年 ■月■日

 

 

 フィールは空に浮かぶ船を見た。

 突如現れた船はフェジテを覆う程の大規模な結界で断絶されていた。セラとフィールの家はフェジテの外にある為、フィールは結界の外に流れていた。

 

 けれども……セラやアルザーノ帝国魔術学院、帝国宮廷魔導師団のナンバー持ちは断絶結界の中に居る。

 

 嫌な予感がした。 

 フィールは自分が出来るだけの準備をした。『愚者のアルカナ』にグレンがフィールに残した赤い魔銃ペネトレイターをホルスターにしまって、アルザーノ帝国魔術学院に向かった。そこにきっとセラがいると思っていたから。

 

 だが……

 

 

「クソッ……!!《紅蓮の獅子よ》!」

 

 

 黒魔【ブレイズ・バースト】を断絶結界にぶつけるが、揺らぎすらしない。大規模でこれ程強度が高いものは人間では作る事の出来ない領域だ。セリカでも不可能だ。

 

 威力が弱ければ話にならないなら、最大威力をぶつけるだけだ。

 

 

「《──我は神を斬獲せし者・我は始原の祖と終を知る者・其は摂理の円環へと帰還せよ》」

 

 

 神すら殺すその魔術は本来ならセリカ以外に使えるものは存在しない。だが、セリカの弟子であり、魔術に愛されたフィールなら話は別だ。

 

 

「《五素より成りし物は五素に・象と理を紡ぐ縁は解離すべし・いざ森羅の万象は須らく此処に散滅せよ・遥かな虚無の果てに》」

 

 

 あらゆるもの五素に分解する。

 灰燼の魔女が邪神を殺す際に生み出した存在。一人で唱えられる魔術の最高峰の魔術をフィールは幼き身で発動させた。

 

 

「黒魔改【イクスティンクション・レイ】!」

 

 

 膨大な魔力を喰らい、赤黒い魔術の閃光が結界にぶつかり合う。フィールが唱えられる最高峰の魔術をぶつけた。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 少なからず、結界に揺らぎがある、揺らぎや解れがあるなら結界を解く事が出来るかもしれない。そう思っていた。

 

 

「……そん…な」

 

 結界は揺らぎさえしなかった。

 所詮は愚者の牙に過ぎない近代術式では古代術式に対抗出来ない。断絶結界も古代術式だ。当然ながら壊す事は近代術式の範囲内である神殺しすら破壊することが出来ない。

 

 

「クソッ!!」

 

 

 結界を力一杯殴る。

 だが、揺らぎすらしない。フィールでは破壊出来ない。中に入れなければ、何も出来ないし、何も救う事も出来ない。何度も殴るが、ただ手に血が滲むだけだった。

 

 

「フィール!!」

「!」

 

 

 結界の内側から声が聞こえた。

 宮廷魔導師団のコートを着て、結界の内側から自分を呼ぶ声がした。

 

 お母さんだった。

 肩から血を流して、フィールの元に駆けつけてきたのだ。酷い有様だ。頭の数箇所に傷があり、身体が重そうだ。

 

 

「お母さん、その怪我……!」

「フィール、よく聞いて」

「でも……!」

「お願い、遠くに逃げて。もうすぐこの場所は全部消えちゃうから」

 

  

 フィールはその言葉に理解が出来なかった。

 全部が消える。それがどういう意味なのか理解出来なかった。

 

 

「どういう……事?」

「このままじゃ、フェジテは全部炎の海に消えるから……だから、せめてフィールだけでも逃げて……!」

「お、かあさんは…?お母さんはどうするの!?」

 

 

 断絶結界の中に居るならば……逃げられない自分の母親は一体どうするつもりなのか。答えは母の表情を見て分かってしまった。もう逃げられない。このまま何も出来ずに死んでいくだけだ。

 

 

「逃げて……!お願いだから……!早く!」

「嫌……嫌だよ!!お母さんを置いていけないよ!!」

 

 

 無情にも結界は壊れない。 

 結界によって区切られた以上、セラは完全に檻の中だった。まだ、外にいるフィールには逃げられる可能性があった。けれど、そんなのはただ母親を見捨てて逃げてしまう事だった。

 

 

「私は、行かなきゃいけないの」

「なんで……!嫌、嫌!行かないでよ!!」

 

 

 血が滲む程に結界を叩いた。

 焦って、恐れて、目の前から永遠に消えてしまいそうな自分の母親を見て、涙が止まらなかった。

 

 

「お母さん!!」

「フィール、最後に抱きしめたかった。私とグレンくんが残した私達の宝物だから……」

 

 

 爪が割れる程に結界に爪を立てた。

 行ってしまう。母は行ってしまう。きっと、立ち向かう為に遠くへ行ってしまう。無謀だと分かっていても、決して諦めないのを知っていたから。

 

 

「愛してる。私はずっと、貴女を愛してるから」

 

「いや…だ……いやだよ!!!行っちゃヤダよ!!行かないでよ!!!」

 

「お母さん、もう少しだけ頑張ってみる」

 

「行かないで!!ひとりにしないでよ!!ねぇ!お母さん!!」

 

 

 断絶された世界でセラはあの船へと駆け出した。

 縋りついても、何をしてもフィールの手は届かない。セラの姿が消えていくまで、フィールは叫んで、引き留めようとする悲鳴と涙を流す事しか出来なかった。

 

 

「お母さん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、姿が見えなくなった次の瞬間。

 空から断絶結界を破るほどの威力の地獄の業火が降り注いだ。

 

 

 ★★★

 

 

「……ゲホッ……ゲホッ!」

 

 

 辺り一面が焼け野原となったソレを見て咳き込む。

 死体すら灰となり、建物は全て崩れ去り、業火によって焼かれた地には多大な熱量で溢れていた。

 

 火傷を負ったが、それでもフィールは生きていた。

 自分の身体に身につけていたロケット・ペンダントが光っていた。セリカが残したフィールへのお守りが起動したのだろう。

 

 

「お母さん……」

 

 

 フィールは身体に体温調節の魔術を使い、『疾風脚(シュトロム)』で街を駆け出した。あんなに美しかったフェジテはもはや見る影もない廃塵となり、人が生きている様子もない。

 

 

「お母さん!お母さん!!」

 

 

 フィールは叫んだ。

 だが、いくら探しても見つからない。いつも果物を買っていた売店、絵本を選ぶのに迷って笑われた本屋、ハンバーグが美味しかったお店も全て崩れ去り、炎に包まれていた。

 

 

「おかあ…さん……」

 

 

 アルザーノ帝国魔術学院。

 それがあったものは炎に包まれ、業火によって崩れていく。

 

 多くの生徒がいたはずだ。

 多くの教師が居たはずだ。

 宮廷魔導師団も居たはずだ。

 

 そして……自分の母親すらも業火に焼かれて死んでしまったのだろう。誰一人、救う事すら出来ないまま、フィールはただ立ち尽くした。

 

 涙など知らぬ内に勝手に流れていた。

 枯れ果てるまで泣き叫んだのに止まらない。

 

 

「う……あう………」

 

 

 焼けた地面はフィールの膝を焼いていく。

 痛みすら感じないほどの絶望に、フィールは胃の中の全てを吐き出した。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。現実を受け入れきれない少女に現実は無情にも変わる事すらなかった。

 

 

「ひっ……!」

 

 

 崩れた家に下敷きになって焦げた骸があった。

 もはや、生きているものはいない。生物に等しく死を与えた炎に全てが燃えたのだ。

 

 フラついた足で目的地に向かう。

 アルザーノ帝国魔術学院に辿り着いた。そこには学院と呼ぶには、何もありはしなかった。

 

 何もありはしなかった事が答えだった。

 何もかもが、燃え尽きてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『……何のつもりだ。魔王よ』

「何のつもりと言われても、彼女は『()()()()』だ。僕が回収するのは当然だろう?」

『足りぬ筈だ!()()()()()()()()()()()!貴方も分かっている筈だ!!だからわざわざ、『メギドの火』まで出したと言うのに!!』

「いいや、間違いさ。この子()()()()()なのさ」

 

 

 芝生の校庭が焼け野原と化した場所で言い合う二人を見つけた。一人は文字通り格が違い、金髪の天使のような美貌の女の子を抱えている銀髪の美少年。もう一人は、まるで全身が鉄で出来ているかのように黒い男だった。

 

 そして、その黒い男がフェジテを滅ぼした。

 その言葉に憎しみが膨れ上がった。初めて、人を殺したいと思ったのだ。

 

 

「おや、ラザール。君でも仕留め損なった人間が居たようだよ?」

『何っ……?』

 

 

 火傷はしているものの、メギドの炎で生きていた人間に驚愕していた。あれは神殺しよりも破壊力の高い全てを焼き尽くす業火だ。それを防いだ人間にラザールは驚きを隠せなかった。

 

 

『まあよい、せめてもの慈悲だ。我直々に殺すとしよう』

「っっ!!《冴えよ風神・剣振いて・天駆けよ》!!」

 

 

 黒魔【エア・ブレード】を躊躇なく放つ。

 だが、身体に命中したにも関わらず、傷一つ付かない。まるで鋼鉄に覆われているかのようだ。

 

 

『ほう、こんな子供が軍用魔術を……』

「《紅蓮の獅子よ》《吼えろ》!《吼えろ》!!」

 

 

 フィールはただ憎しみに力を振るう。

 黒魔【ブレイズ・バースト】すら身体に当たっては霧散し、爆発しては傷一つ付かない。身体が鋼鉄なのか、魔術をレジストしているのかも分からない。

 

 ただ、怒りに身を任せ、魔術を放った。

 そんなフィールを嘲笑うかのように魔人は力を振るった。

 

 

『気は済んだか?』

「っっ………!」

『ならば、此方の番だ《–––■■■■■》』

 

 

 頭上に数十本の剣が浮かび上がる。

 格が違い過ぎた。魔術と言うには余りにもフィールが知るものと格が違い過ぎる。フィールは『疾風脚(シュトロム)』で逃げようとするが、襲いかかる多大な量の剣を躱し切れずに身体中に深々と突き刺さった。

 

 

「がああああああああああっ!?!?」

 

 

 想像を絶する痛みだった。

 身体に剣を突き刺すなど、子供では想像などする事すらした事なかった。痛みで気を失いそうになる。いっそ、このまま死ねた方が苦痛なく死ねたのかもしれない。

 

 流れ落ちる血、焦げた世界の匂い。

 もう充分だった。充分、死にたいと思えた。

 

 

『ふん。他愛無い』

「生き延びたとはいえ人間にそれかい。試し撃ちにしては少し豪勢じゃないかい?」

『何とでも言え、その娘の存命は貴方の決定だ。我は従おう』

「ありがとう。《鉄騎剛将》アセロ=イエロ」

 

 

 魔人が近づいてきている。

 血が滲んだ地面を見る、何も出来ないまま死んでいく。

 

 意識は遠く、抗う力は殆ど残されていない。 

 ただ、仇を討ちたい。膨れ上がった憎しみが、大切なものを守れなかったその弱さを憎み、ただ一矢報いる為に、フィールが使える最後の魔術を装填した。

 

 

「……《…0の()専心(ット)》……」

 

 

 父親が渡した最初で最後の弾丸。

 彼は、いつかこうなってしまう未来から救ってほしいが為に託したのかもしれない。けれど、フィールには何も救えなかった。

 

 

「一つ……教え…て……」

『むっ?』

「なんで……こんな事を…したの?」

『……何を言うかと思えば、我はその王女を殺そうとしたに過ぎん。他の愚者の民など知った事ではない。ただ、弱者に過ぎぬものが強者に淘汰された。それだけだ』

 

 

 それはつまり、その王女を殺す為にフェジテ全てを焼き払った。奴はそう口にしたのだ。要するに、王女以外は鬱陶しいから()()()で殺したのだ。  

 

 その言葉にフィールは、怒りも悲しみもしなかった。

 

 

 ただ、()()()

 

 

 

「ああ……安心した……」

『何?』

「良かったよ……これでお前を…」

 

 

 《鉄騎剛将》アセロ=イエロ。

 それは身体全てが神鉄(アダマンタイト)で構成され、どんな攻撃も効く筈のない無敵の体を持つ六魔将で唯一手強い相手だ。

 

 だが、アセロ=イエロにも死因がある。

 それは正義の魔法使いの弟子だからこそ使えるフィールの最後の切り札。

 

 

心置きなく…殺せる

 

 

  

 ――ああ、もう誰も、かの神鉄の魔人を止められない。

 

 ――誰もが絶望した時、彼の者に立ち向かったのは、正義の魔法使いの弟子でした。

 

 ――■■は、小さな棒で、魔人の胸を突きました。

 

 ――すると不思議なことに…魔人は突然、倒れて死んでしまったのです。

 

 

 絶望しても、心が折れても逆境に立ち向かう。

 正義の魔法使いの弟子、綴られた原典には小さな棒で魔人の胸を突いた。それによって魔人は死んでいった。

 

 死に体だと油断した。

 もう抗う術はないと思わせた。

 

 さあ、一歩踏み出そう。

 それだけで、私の勝利だ。

 

 本来ならフィールではない。

 主役がいないこの世界での唯一の代役。本来の主役(グレン=レーダス)が居ない世界で生まれた唯一の代役(フィール=レーダス)は引き金を引いた。

 

 

 

「【愚者の一刺し(ペネトレイター)】ァァァ………!!」

 

 

 愚者が残した最後の切り札。

 絶対不滅の神鉄で出来た、魔人の身体に傷つける事は出来ない。

 

 けれど、その絶対的防御は……

 

 

 

 

 

 

『馬鹿……な……』

 

 

 たった一発の弾丸に撃ち砕かれた。

 アセロ=イエロの身体が崩壊していく。

 

 

『何故、何故!撃ち抜けた……!?何故我の身体が崩壊する……!?』

 

 

 フィールが撃った弾丸は、アセロ=イエロの心臓を貫いた。いくら身体が鉄でも、構造が全く違うわけではない。グレンが残した『イヴ・カイズルの玉薬』は自身の魔術特性(パーソナリティ)を弾丸に装填させる。

 

 フィールの魔術特性(パーソナリティ)は『万象の逆転・逆流』だ。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に防御など貫いた結果に基づいているなら防ぐ術などない。まさに愚者の一刺し、賢者を殺す為の究極の魔術師殺し。その叫びに皮肉混じりで嗤い見下げる。

 

 

「……人間を、甘く見たからだ」

 

 

 天に向かおう者に唾を吐き捨てる。

 神に信仰し、神に依存し、囚われた哀れな存在にフィールは嗤った。

 

 

「見くびるな……三流」

『貴様ァァァァァァ!!!』

 

 

 消えるまでまだ時間がある。

 消滅する前に、アセロ=イエロはフィールを殺そうとする。

 

 しかし……

 皮肉にもまだ、アセロ=イエロが殺せなかった存在から、不意打ちとも呼べる形でフィールの前に現れたのだ。

 

 

 

 

「はははははは!それは()()()()()()!流石はグレン!こうなる事すら予想していたのかい!?」

 

『貴様は……!』 

 

「初めましてラザール。いや、今はアセロ=イエロと言うべきかな?まあまさか【大導師(ヘヴン)】が直々に来る方が()()()()()()。だが!だが漸く、姿を現した!!」

 

 

 その興奮に嗤う男が居た。

 フィールの前に現れたその男は、フィールの仇でもあり、悪の敵として天の智慧に手を伸ばす残虐者を狩る異端の天才。

 

 元帝国宮廷魔導師団・特務分室執行官。

 No.11《正義》ジャティス・ロウファンが姿を現した。

 

 

『貴様が何故!メギドの火は……!』

「あんなもの船より高く飛べばいいだけさ。まあ、現れる地点を予測して待ち構えていたのに崩壊するものだから流石に驚いたけど、まあ()()が居たなら当然か」

 

 

 ジャティスはフィールを見る。 

 まだ八歳の女の子が、魔人を倒すなんて()()()()()()()()()()。だが、曲がりなりにもグレンの子供、いつだって読めなかった彼の意志を継いだ存在ならば、魔人であろうと神であろうとたった1%の勝率を引き当てる。

 

 

「漸く対等だ。知らない敵に翻弄されるのはもう無しさ」

 

「それは良かったね。だが、僕は君に構っている暇などない。まさか、正義の魔法使いの弟子が本当に存在していた事が確認出来た。ロラン=エルトリアの戯言は正しかったようだ。僕はもう帰るよ」

 

「ご自由に。今の僕の勝率では勝てないし、君の介入は僕からしたら棚からぼた餅さ。今回は見送ろう。だが次は無いさ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、【大導師(ヘヴン)】は金髪の天使を抱えたまま虚空へと消えていった。

 ジャティスにとって、姿を表した事には僥倖だが今の自分では勝てない。必ず殺すために今は見逃した。それを見た後にジャティスはラザールに視線を向けた。

 

 

「さて、待たせたね異端者ラザール。判決は死刑。その不信の罪を死で償え」

 

 

 まるで法廷の裁判官のように、ジャティスが朗々と宣言し、左手をラザールへ向ける。その不快さにラザールは苛立ちを感じ、叫ぶ。見下されている。魔人の力を持った自分がたかが人間如きに。

 

 

『……舐めるな、人間如きがッ!』

 

 

 ラザールが神速で、ジャティスに突進する。

 だが、ラザールを覆っていたアセロ=イエロの身体に異変が生じた。左手を向けられた場所の一部が分解されている。

 

 パキパキと、神鉄が消えて一部がラザールの皮膚に戻った。

 

 

「僕は錬金術師だぞ?神鉄全てを錬成は出来ないが、一部だけなら分解は可能さ。彼女が貫いてくれたおかげで、その術式も完成した」

『き、貴様アアァァァ!!!』

「そして、詰み(チェックメイト)さ」

 

 

 ジャティスが分解したのは額ののほんの一部分。

 だが、そこは脳に繋がる生物の最大の弱点。それを逃すほどにジャティスもフィールも甘くなかった。

 

 

「……死ね」

 

 

 パァン!と言う発砲と共に額を貫いていく弾丸。

 ジャティスの後ろから撃つフィールの弾丸はまるで全てが無意味だった神鉄の身体を持つアセロ=イエロの額を穿ち、頭蓋から血が撒き散らされた。

 

 呆気ない最後だった。 

 無敵とも呼べるあの男が、一人の少女と青年に殺されるなんて。

 

 

「流石、と言うべきかな?」

「……貴方…は……?」

「そうだねぇ、仇であり、敵であり、目指す宿敵であり、同類かな?」

「意味が……わから……ない」

 

 

 意識が朦朧としていた。

 油断を誘う為にわざと出血を直さなかったのだ。小さな身体から血を流し過ぎてしまっている。

 

 身体が冷たくなっていく。

 涙も枯れるだけ泣いて、泣き叫んで声が掠れ始めた、、

 

 

「お母さん……セラ……は?」

「死んだよ。奴のせいでね」

「………そう」

 

 

 自分は何のために生きている?

 何のためにに魔術を覚えたのか?

 

 正義の魔法使いなんて儚い夢は、地獄の業火に焼き尽くされ、復讐を遂げても虚しいままだ。

 

 ただ、愛が欲しかった。

 どれだけ無茶をしても、ただ笑って褒めてくれて、自分を抱きしめてくれる母がいればそれで良かった。

 

 それすらも失って、生きる意味すら失ったのだ。

 皮肉なものだ。正義の魔法使いなんてものがあったのなら、きっと誰もを救えたかもしれないのに。

 

 それはきっと自分じゃない。

 フィール=レーダスは正義の魔法使いになれない。

 

 そんな現実に打ちのめされ、意識が暗転していった。

 

 

 

 ★★★

 

 

 しょうじょはこのひ、すべてをうしないました。

 せいぎのまほうつかいになることはできませんでした。

 

 あのひ、でしががいきていたなら。

 あのひ、ははといっしょにたたかえていたら。

 

 あのとき、じぶんがいたのなら

 もしかしたら、けつまつはかわっていたのかもしれません。

 

 

 そんなありもしないげんそうは……

 ざんこくなげんじつにひきさかれたのです。

 

 

 ★★★

 

 

 暖かい。

 誰かが自分の手を握っている。体調を崩した自分の手をこうやってお母さんが握ってくれたのを思い出す。

 

 いつも自分を安心させてくれる……

 

 

「ここ…は……」

「っ!目が覚めましたか」

 

 

 目が覚めると知らない天井だった。

 ベッドの上で眠っていた自分の身体を起こす。あれからどうなったのか、一体自分はどれだけ眠っていたのか、此処がどこなのか知りたかった。

 

 

「っっう……!」

「動いてはいけません。重傷だったのですから」

 

 

 鋭い痛みが襲いかかる。

 肩や脚に包帯が巻かれていた。治癒魔術で修復しきれなかった部分もあったようだ。手を握ってくれていた女性を見る。

 

 

「貴女…は……あの時の?」

 

 

 あの時の金髪の天使に似ている。

 アセロ=イエロと話していた魔王が連れ去った天使に。ただ、この人は大人びていて、一度何処かで見た事があるような気がする。

 

 

「……貴女が、魔人を?」

「……はい、殺したのは私です。あと、近くに凄腕の錬金術師が居たはずですけど……」

「見つかったのは、貴女一人です」

「他の、生存者は……?」

 

 

 金髪の女性は首を横に振った。

 もう、お母さんはいないんだ。死んでしまった。自分だけ死に損なって、何にも守れなくとも魔人を倒した。

 

 何にも守れない正義の魔法使い。

 滑稽で、哀れな末路だとフィールは自虐する。

 

 

「……守るって…どうすればよかったの?」

「!」

「何にも出来なくて、殺せたはずの魔人から護れなくて、死に損なって、私は……」

 

 

 どうすればよかったのか。 

 そんな事、分かるはずもなかった。

 

 ただ、のうのうと生きた自分を恥じた。

 何にも出来なかった自分を呪った。

 

 

「いっそ、死にたかった……」

「………」

「守れないくらいなら、お母さんと一緒に死にたかった……!」

 

 

 いっそ死ねれば幸せだったのかもしれない。 

 全部、全部が無くなって生きる理由もなくなってしまった。

 

 正義の魔法使いになりたい。

 そんな夢すらもう叶わないというのに。

 

 

「私は……どうすれば、よかったのかな……」

 

 

 もう、何も無かった。

 自分の居場所は……何も……残されていなかった。

 

 心は折れ、生きる希望も失って。

 ただ、何が正解なのかを知るには遅く、自責と自虐の感情の中、どうすればよかったのか、もう何もわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「それでも……貴女は生きなければなりません」

「……えっ?」

「居場所を失って、大切な人を失って、辛くとも、死にたいと思っても、それでも……」

 

 

 唇を噛みしめ、血が滲んでいる。

 泣いていた。この人は泣いていたのだ。この人もきっと辛い思いをしたのだろう。自分の弱さを悔いて、何も出来ない自分を憎んだのだろう。

 

 

 

「愛してくれた人が貴女を生かしたなら、貴女は生きなければならないのです」

 

 

 

 それでも、生きなければならない。

 生きて、愛してくれた人に産んでくれてありがとうと言える時まで、フィールは生き続けなければならない。

 

 辛くとも、心が折れても、生かしてくれた理由がある。

 ただ、愛されていたから。セリカが、最後にフィールに託したから。いいや、違う。ただ、大切にされていた自分が死ねば、無駄死になってしまうからだ。

 

 

「……そっか……」

 

 

 心は未だ折れてしまっている。

 けれど、今は死にたいと思えなかった。

 

 守ってくれたから。

 母と叔母と、そして父が私を守ってくれたから。

 

 

「……()()、そろそろ時間です」

「……わかりました」

 

 

 金髪の女王はフィールから離れる。

 女王陛下、アリシア=イェル=ケル=アルザーノ七世が自分の手を握っていた事に驚愕する。そして、漸く理解した。女王陛下の娘が、連れ去られた金髪の天使なのだと。

 

 

「一つ、いいですか」

「時間だと言ったはず」

「やめなさいゼーロス。何でしょう」

 

 

 フィールは激痛が走る体を起こし、陛下に伝える。ベッドで寝ながら伝えるのは少し不敬だと思ったから。

 

 

「金髪の天使は【大導師(ヘヴン)】に連れ去られました」

「!!」

「……けれど、必ず連れ戻します。それがどれだけ難しい事かは分かります。けど、いつか……必ず私が貴女の下へ連れてきます」

 

 

 それは誓いだった。

 正義の魔法使いにはなれない。正義の魔法使いを憧れた自分はあの日に死んだのだ。

 

 それでも、それでもやっぱり目指す事にした。

 愚かで、馬鹿で、くだらない甘い夢だ。だが、それを私が一番否定してはいけない。

 

 だって、私は……

 

 

「だから陛下……貴女も生きてくださいね」

「!」

「私が連れ戻す、その時まで」

 

 

 だって私は、二人の子供だから。

 どんなに甘くても、いつか必ず守るべきものを守る為に夢を追い続ける。かつて、父がそうしたように。フィールもまた同じように目指す事を……

 

 

「私も一つ、よろしいですか?」

「何なりと」

「名前、まだ聞いていませんでしたね。貴女の名前は?」

「……フィール。フィール=レーダスです。グレン=レーダスとセラ=シルヴァースの娘です」

 

 

 アリシア陛下は目を見開いた。

 あの日、ルミアを救ってくれた男の子供が、再び世界を救ってくれたのだから。過去にどれだけ、自分の父親に辛い思いをさせたのかアリシアは理解していた。

 

 あの日、イグナイトに任せなければ死なせなかったかもしれなかった未来を今でも夢に見る。そして、目の前の少女はあの人と同じ眼をしていた。

 

 

「いつか必ず–––––」

 

 

 正義の魔法使いになる。

 そう陛下に誓ったのだ。そして、此処から始まったのだ。ゼロから正義の魔法使いはここから始まったのだ。

 

 代役から主役に……フィールは正義の魔法使いという辛くとも甘い夢を目指し始めたのだった。

 

 

 

 ★★★

 

 

 しょうじょはせいぎのまほうつかいをめざしました。

 どんなにこころがおれても、ちちおやのようにあきらめないしんねんをかかげ、ははおやのようにやさしいにんげんになるために。

 

 かのじょはいばらのみちをつきすすむことをけついしたのです。

 

 

 

 ですが……しょうじょはまだしりませんでした。

 

 

 

 

 

 しょうじょがいくらがんばったところで。

 

 このせかいにすでにきぼうなどないことに。

 

 

 まだ、しょうじょはしらなかったのです。

 


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