バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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第0章 ようこそ絶望の世界から
第1話


 

『ねえお母さん。私のお父さんってどんな人なの?』

 

 

 料理していた母の手が止まる。

 少女は写真を眺めながら、単純に興味が湧いたように質問する。

 写真に映っていたのは、長い髪のイケメンで帝国軍のコートを着崩しながらも、笑顔で母を抱き締めている1人の男。

 長く美しい銀髪と羽根の髪飾り、赤い紋様を顔料で刻み、緑色の民族衣装を思わせる服装を身に纏って笑っている女が居た。

 

 

『……フィールは、お父さんに会いたい?』

『う〜ん。分かんない。けど、会ってみたいかもしれない』

『……そう、だよね』

『……? お母さん?』

 

 

 お母さんは台所を後にして、自分の部屋から何かを持ってきてフィールに渡す。

 

 

『……これは?』

『お父さんの……宝物だよ。私が大事にしていた物だけど、フィールが持っていた方がお父さんも喜ぶから』

 

 

 少し埃をかぶっていたが、ハンカチで拭いた。

 渡されたのはタロットカードの中でも異端に属するカード、『()()()()()()()』だ。この時は訳も分からずに宝物を貰ったとはしゃいでいた。

 

 この時はまだ何も知らなかった。

 

 この世界に主人公は居ない事もこの世界に幸せは存在しない事も全てが狂ってしまった世界。

 

 そんな世界で彼女は産まれたのだ。

 

 

 

 

 

 彼女の名は()()()()=()()()()()

 

 グレン=レーダスが死亡し、セラ= シルヴァースが生きていた世界に産まれた2人の子供だった。

 

 

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 街には大量の『天使の塵(エンジェルダスト)』の感染者が湧き上がって斧や包丁などの刃物や鈍器でを襲っていた。その中で、拳に銃、暗殺用の小道具で応戦し、退けるグレンと風を駆使し、グレンの背中を守りながら感染者を寄り付かせないセラがいた。

 

 

「あ"あ"ぁぁぁぁ‼︎」

「クソが‼︎イヴの野郎やっぱり増援をよこさずに、俺達をただの使い捨ての囮にしようとしやがってぜってぇ許せねぇ‼︎」

 

 

 グレンがそう呟くとグレンの背後から天使の塵(エンジェルダスト)の感染者が斧を持って振りかざそうとしていた。多勢に無勢、数で押されてジリ貧もいい所だ。

 

 

「あ"あ"あ"ああぁぁぁ‼︎」

「⁉︎、しまっ……‼︎」

「《大気の壁よ・二重となりて・我らを守れ》──ッ!」

 

 

 セラがそう叫び唱えると黒魔【エア・スクリーン】の即興改変して【ダブル・スクリーン】になって二枚張られた強固な空気膜の真空が、外部からの攻撃を遮断してグレンを守った。

 

 

「グレン君‼︎よそ見しないで‼︎」

「すまねぇ‼︎ セラ‼︎」

「全く……グレン君は私がいないダメなんだから……」

 

 

 セラはグレンにそう言うとグレンはムッとした表情で魔銃ペネトレイターをセラに構えて撃ち放った。するとセラの背後にいた『天使の塵(エンジェルダスト)』の感染者の額に風穴を開けると感染者は苦しみの声を上げてその場に倒れた。

 

 

「ふっ……全くウザったい!!」

「それには凄く同感!!」

「ああ、拉致があかねぇ!!セラ、背中は頼むぜ!」

 

 

 ナイフを取り出し、セラの援護で感染者を切り裂いていく。

 グレンとセラは反対方向に走る。飛び掛かる感染者を躱しながら互いに魔術を放つ。

 

 

「白犬!!《紅蓮の獅子よ・憤怒のままに・吠え狂え》!!」

「《大気の風よ・旋回し・一掃せよ》!」

 

 

 

 即興合体魔術【フレア・ハリケーン】

 セラは黒魔【エア・ブレード】を改変し、グレンが放った【ブレイズ・バースト】を飲み込み、感染者を一掃する。

 

 

「ふう、舐めんなこの野郎!感染者なんかに負けるかってーの!馬鹿、バーカ!死ねジャティス!!」

「さっきまで危なかったくせに……それに私は白犬じゃないっていつも言ってるよね!」

 

 

 グレンとセラはそう言い合っていると、空から声が聞こえた。

 

 

「いやぁ、流石だよ二人とも」

 

 

 黒いシルクハットと、杖に仕込んだ細剣を持ちながら、人工天使に乗りながら二人に話しかける人物が。

 

 

「相変わらずだねぇ、君達は?」

「……っ、テメェは!?」

 

 

 グレンはそう言って声がする屋根の上の方へ視線を向けると驚きを隠せない表情を浮かべていた。セラもグレンのそんな表情を見てグレン見ている場所に視線を向けると驚かずにはいられなかった。

 

 何故なら……そこに居たのは

 

 

 

「いや〜久しぶりだね? 会いたかったよ‼︎グレン、セラ?」

「ジャティス‼︎」

「ジャティス君どうして⁉︎」

 

 

 グレンもセラも背後に浮遊する人工精霊に乗った男に視線を向ける。

 

 帝国宮廷魔導士団執行官No.11《正義》ジャティス=ロウファンが引き起こした『天使の塵(エンジェルダスト)』による中毒者がグレン達に襲ってきた理由は恐らく、ジャティスの目的がグレンだったのだ。

 

 ジャティスは驚く二人を見ても何事もなかったかの様に笑顔で話しを続けた。

 

 

「どうしてここにいるかって? それなら簡単だよ? もちろん、正義の執行の為だよ‼︎」

 

 

 ジャティスはそう言うとセラはジャティスのそんな態度が許せなかったのかグレンの前に立って

 

 

「正義だと?こんな狂った惨状が正義だと!!」

「ああ、正義さ!そして、君達は必ず来ると"読んでいた"!」

 

 

 ジャティスは嗤っていた。

 そう、任務の時からジャティスとグレンは対極だ。悪の敵であるジャティスと正義の味方であるグレンは全くの対極。だが、百回の一回を引き当てるグレンはジャティスにないその信念が宿っている。

 

 故にこれは挑戦だと、ジャティスは告げたのだ。

 

 

「ふざけないで……」

「何!?」

「そんな理由でグレン君に関わらないで‼︎こんな惨状がグレン君と戦う為だって言うなら、私は君を許せない!!」

 

 

 セラがジャティスにそう言うとジャティスの顔は物凄い憤怒を含んだ表情になっていた。セラは魔術師としては人間らしさが強い方だ。こんな惨状をただそれだけの為に生み出した元凶を許す事など到底出来ない。

 

 

「セラ……いくらグレンに認められている君でも、これ以上僕とグレンの神聖な会話を邪魔しこの崇高な場を汚すなら……」

 

 

 ジャティスの右手が上がるとマスケット銃を持つ人工精霊がセラに狙いを定める。ジャティスが手を下ろそうとした瞬間、嫌な予感がしたグレンがセラを突き飛ばすが、セラの代わりにグレンが弾道に入ってしまっている。

 

 

「死んでくれ。正義の為に」

「っっ! セラ!!」

 

 

 マスケット銃が一斉に発射された。

 詠唱が間に合わない。防ぐ術が無い中でセラは手を伸ばすが間に合わない。躱す余裕すらない中で、グレンは何も出来ない。

 

 

 ズガガガガガ!!! 

 

 

 一斉に放たれた射撃の弾幕にグレンは飲み込まれた。

 

 

 ……かに思われた

 

 

 

 

 

 

 

「…………はっ?」

 

 

 ジャティスは驚愕していた。

 発射されたマスケット銃の弾丸がグレンに()()()()()()()()()()()()()()。それは《星》のアルベルトにしか出来ないような精密な射撃だが、ジャティスはそれに困惑している。アルベルトは援軍に来ない筈だ。そう()()()()()にも関わらず、狙撃されている。

 

 

「ぐっ……!?」

「なっ!? 【ライトニング・ピアス】か!? アルベルトの奴! あんな遠い所から!?」

 

 

 ジャティスの左肩を射抜かれた。

 気が付けばジャティスの生み出した人工精霊が全て砕け散っている。【ライトニング・ピアス】の多重連射は的確にジャティスの()()()ごと消し去っている。撃たれているところは大鐘の塔から遠距離で撃たれている。

 

 

「チッ……!! 誰だ! 僕とグレンとの対決を邪魔する奴は!?」

 

 

 ジャティスは激昂のまま叫んだ。

 すると塔の上から【ライトニング・ピアス】がジャティスを襲う。回避する為に、盾持ちの人工精霊で防ぐが、貫通性が売りの【ライトニング・ピアス】を防ぐ程強くは無い。

 

 

「ぐっ……! 仕方ない、グレン! 今回は諦めるとするよ。ただ覚えておくと良い。『正義の魔法使い』になるのはこの僕だ!!」

「っっ……! 待て!!」

 

 

 ジャティスは地面に用意していた煙玉を投げ付け、行方を晦ました。あの援護射撃が無ければグレンは死んでいた。

 

 恐らくアルベルトの射撃だと思い感謝をする。いつの間にか『天使の塵(エンジェルダスト)』による感染者が消えていた。焼き払われた跡や貫かれた形跡はあるが、援軍によるものだとグレンとセラはホッとしていた。

 

 

「セラ……無事か?」

「グレン君……! 無茶しないでよ! 死んじゃうんじゃないかって思ったんだよ!!」

「……悪い」

 

 

 セラが泣いてグレンの胸に泣きつくのを、グレンは優しく抱き締めて頭を撫でた。あの時、死ぬかもしれなかった。確かアルベルトの担当地域は別だったのに、撃たれた【ライトニング・ピアス】は一体誰のモノだったのか、今は気にせずにセラが泣き止むまで抱き締めた。

 

 

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「……これでいいんだよね……お母さん、お父さん」

 

 

 黒魔【ライトニング・ピアス】や【ブレイズ・バースト】でグレン達を密かに援護していた黒いローブを被った女。少し血を吐き、マナ欠乏症に陥っているが、動けない程じゃない。ただ、今日の悲劇を回避する事が出来たなら、女にとってそれで良かったのだ。

 

 

「……私がこの世界に居なくても……2人が無事なら私は……」

 

 

 ただポツリと呟いた小さな言葉は誰の耳にも届く事は無い。

 バッドエンドの未来を変える為にやってきたのだ。例え自分が居なくても、それがあの2人の幸せを守れるなら命をかけて惜しくはない。

 

 

 

「私は……2人の娘だから……絶対に、覆してみせる」

 

 

 そんな決意を固めた女には『()()()()()()()』が握られていた。バッドエンドを乗り越える為に少女は過去の世界を動き出す。

 

 

 

 


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