バッドエンドの未来から来た二人の娘   作:アステカのキャスター

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感想くれた『エクソダス』さん、『花びら』さん、『朝日水琴』さん、ありがとうございます。コメントが僕の小説の生き甲斐となっています。本当にありがとうございます。

それでは、バッドエンドから来た少女が2人と邂逅する第2話です。良かったら感想、評価をよろしくお願いします。では行こう。




第1章 未来への歯車は動き出す
第2話


 

 そこはとても広い空間で、辺り一面は蝋燭を灯して地面を照らしていた隠れた工房だった。その空間の地面には夥しい数の魔方陣が血で描かれて、中心には時の女神の銅像が置かれている。

 

 

『本当にこれで大丈夫なの?』

『はい、私の魔術特性(パーソナリティ)を時の女神と同調して、神と同じ権能を使えば、理論的には過去に戻れる筈です。ただ、どんな副作用があるかまでは分かりませんが』

 

 

 フィールは魔方陣に手を当てる。

 こんな量の魔方陣を血で描くなんて酔狂な真似をする理由は簡単だった。こんなバッドエンドの世界を変える為に、過去へ移動する。その為に、自分の手が血に塗れる事になってもだ。

 

 フィールが用意した魔晶石、数百万個を触媒にして、膨大な魔力を生み出し、最後に自分の魔術特性(パーソナリティ)である『万象の逆転、逆流』をルミアの異能力で引き上げて貰えば可能な筈。

 

 ただし、過去を変えるという事には必ず制約が存在する。本来辿るはずの運命を捻じ曲げるだけで、世界の在り方そのものが変わってしまうからだ。

 

 

『……そう。ねえフィールちゃん』

『ルミアさん?』

『私ね。貴方のお父さんに救われた事があってね。私が廃棄王女になった後に、救ってくれた人が貴方のお父さんなの』

『……ルミアさんはお父さんの事、どう想ってるんですか?』

『恋愛感情は無いよ。けど、一度あの人に救われた命だから、貴方に命をかけるのは惜しくないと思ってね』

 

 

 右手を虚空に向かって上げると、ルミアの右手には手より大きな『()()()』が握られていた。それは数ある異能の行使権限を持つ鍵であり、『天の智慧研究会』が取り出す為にルミアを生かす理由でもある。

 

 

『フィールちゃん、これを持っていって』

『それって……ルミアさんの……『天の智慧研究会』がどうしても引き出せなかった力ですよね? これを私に……?』

『うん。フィールちゃんが転移に成功したら、私の異能は他の人を過去に導きかねないから。私は……』

『自殺……ですか?』

 

 

 ルミアさんの異能は『感応増幅』では無いのは知っている。

 もし、自分の存在がバレてしまえばルミアさんを利用して自分と同じ事をやっていただろう。数百万の魔晶石を『天の智慧研究会』から奪った自分とは違って、奴等は生贄すら容易に使って同じ事をする可能性があるからだ。

 

 だが、ルミアさんの異能力が鍵である以上、ルミアが死ねばそれは絶対に起きない。連中がルミアさんを生かしているのは『銀の鍵』を取り出そうと躍起になっているからだ。

 

 

『……うん。でも、覚悟は出来てる。終わったら全部証拠を消して、死体も残らないようにこの工房ごと終わるつもりだよ』

『……あの連中からわざわざ私は貴女を攫ったんですよ? 折角逃げられるかもしれないのに、それでもですか?』

 

 

 そう、『天の智慧研究会』がルミアを保管している。

 要するに実験動物か奴隷扱いだ。ルミアの中には耐えがたい苦痛も当然あっただろう。わざわざ慎重を期して、フィールはルミアを攫い、追っ手が来ないように発信器の魔導機は根こそぎ壊した。

 

 自分が過去に行った後は自由を得られるはずなのに、ルミアはそれでも死を選ぶ。

 

 

『うん。ただ、そのかわりに約束』

『?』

『こんな狂った世界、必ず壊して。未来で生まれ変わった私が、笑っていられる世界をフィールちゃんに託すよ』

『……ルミアさん……』

 

 

 フィールは鍵を受け取って、魔方陣に立つ。

 ルミアが最後にフィールを抱き締めた後、ルミアはフィールに異能力『王者の法(アルスマグナ)』を発動した。

 

 フィールは長文詠唱、20節はある詠唱を行い、自分の中で『原初の一』とリンクする。過去の世界に戻る為に『原初の一』から時の女神の権能を使用する。膨大な魔力が身体から流れ、権能を使用するまでに既に魔力が根こそぎ奪われていく。当然だ、世界で生きる人間が世界に背いた行為をするなど本来なら死罪ものだ。

 

 けど、それでもフィールは過去へ繋がった。

 

 

『ルミアさん……行ってきます』

『うん。フィールちゃん、過去の私によろしくね』

 

 

 最後にルミアが手を振ってフィールを送り出した事だけ覚えている。それが未来の最後の思い出だった。

 

 

 

 ────────────────────

 

 

「起きなさい! フィール!!」

「うきゅ!?」

 

 

 夢見が悪い少女は怒声で目を覚まして顔の上にのっけている教本を取って彼女に視線を向けて嘆息する。

 

 

「…………寝てた?」

「思いっきり寝てたわよ! 貴方この学校の生徒である事を自覚しているの!? だいたい────」

 

 

 ぐちぐちと説教を始める少女の名前はシスティーナ=フィーベル。アルザーノ魔術学院の生徒であり、フィールと同じ教室で魔術を学ぶ学士である。丁度一年前にアルザーノ帝国魔術学院に入学した。

 

 この世界ではフィール=レーダスでは無く、フィール=ウォルフォレンと言う偽名で通している。

 

 ここはアルザーノ帝国魔術学院はアルザーノ帝国が魔導大国として名を轟かせる基盤を作った学校であり、常に最先端の魔術を学べる最高峰の学び舎で魔術師育成専門学校である。

 

 彼等はここで魔術を学び、日々魔術の研鑽に励んでいるのだ。

 

 その一人がシスティーナである。

 純銀を溶かし流したような銀髪のロングヘアと、やや吊り気味な翠玉色の瞳が特徴的な少女は黒髪のロングヘアでフィーベルに似た顔立ちの金色の瞳のフィールを叱っていた。

 

 

「ご、ごめんって……ちょっと所用があって」

「寝る事の何処が所用なのよ!?」

「あ、あはは。てかまだ授業始まらないの? 非常勤講師まだ来てないの?」

 

 

 ヒューイ先生がいなくなって1ヶ月経った日に非常勤講師が来ることとなり、アルフォネア教授曰く優秀な人らしいのだが現在進行形で遅刻している。

 

 魔術師は自分が魔術師であることに誇りを持っており、その誇りを汚さない為にも遅刻や無断欠席などありえないのだ。だからこそシスティーナは現在進行形で遅刻している講師に対して怒りが抑えられなかった。

 

 

「遅い! もうとっくに授業時間過ぎてるのに、来ないじゃない!!!」

 

 

 システィーナは魔術師としての誇りだけでなく、今は亡きおじいさまとの約束を叶えるため魔術に対する熱意は人一倍なのである。まあその熱意が強すぎて講師達からは『講師泣かせのシスティーナ』と生徒達から呼ばれているのだ。

 

 因みに学年主席はフィール、次席がシスティーナ、三席がギイブル君だ。まあ()()()()()()()()なのだから、これくらい当然と言うべきだろう。

 

 転入した理由はルミアが居るからだ。()()()()()ではルミアを中心に事件が起き続けていた。セラもここで働いていた以上、帝国宮廷魔導師団が絶対に特務分室から1人以上は寄こす筈だと睨んだフィールは主席合格で転入した。

 

 

「まあまあ落ち着こうよ、もしかしたら何か理由があるのかもしれないし……」

 

 

 そしてそんな彼女を宥めるのが、彼女の隣に座る金髪の少女ルミア=ティンジェルである。この子が未来で私を過去に飛ばすのに協力してくれた人だ。未来のルミアは後悔ばかりを浮かべて生かされて、いつも死にたいとばかり言っていたのだ。

 

 元々の名はエルミアナ=イェル=ケル=アルザーノ。アルザーノ帝国の現女王であるアリシア七世の子で第二王女だった。

 しかし、魔術ならざる力を持つ『異能者』であることが3年前に発覚し、王家の威信を揺るがしかねない存在となってしまい、表向きは流行病で急死したことにして王家から追放され、女王の根回しにより貴族の名家フィーベル家に預けられた。

 

 そして、この世界でも彼女を中心に事件が巻き起こる。それは未来のルミアから全て聞かされていた。

 

 

「ルミアは甘すぎなのよ! 真に優秀な人なら不測の事態にも対応できなきゃダメなのよ!」

「そうかな……」

「いやいやそれは無理でしょ。落ち着いてシスティ、飴玉いる?」

「要らないわよ!?」

 

 

 システィーナがここまで恐ろしく高いハードルを求めるのには、前任のヒューイ先生がお気に入りだったことと、非常勤講師のことを大陸最高峰の魔術師であるセリカ=アルフォネアが太鼓判を押したからだ。

 

 システィーナが文句を言っていると教室のドアが開き入ってきたのは全身ずぶ濡れで皺だらけのシャツ、目が死んでいる男性で左手に嵌めている手袋と抱えてる教本がなければこの男が講師であるとは思いもしないだろう。

 

 

「───あっ」

 

 

 フィールの眼から涙が流れそうになる。

 今すぐ抱き締めたいと思った、話してみたいと思った。けど、グレンはフィールを知らない。フィールが一方的に知っているだけだ。ただ胸が痛かった。

 

 

「っっ……」

 

 

 駄目だ。落ち着け。感情的になるなと自分に訴える。

 全てはあの日に、願ったこと。檻を作り、閉じ篭り、仮面を作り、それを被った。(フィール=レーダス)ではきっと、この世界に立ち向かえないから。欺いて、影から支えて、あの2人を守る為に他人を演じようと決めた筈だ。

 

 

「やっと来たわね! 非常勤講師。最初の授業から送れるなんて……どんな神経して……」

「あれ……グレン君、遅刻したの!?」

「うん? あー、そういや一時限目だったか?」

 

 

 システィーナは入ってきた男に驚き言葉を失う。なぜならその男は今朝ルミアにセクハラ紛いのことをした男だからだ。その隣に長く美しい銀髪と羽根の髪飾り、赤い紋様を顔料で刻み、教師服を着て入ってきた女の人。

 

 グレン=レーダスにセラ=シルヴァース、それがあの2人の名前であり、フィールがいた世界で夫婦であり、あの世界でフィールを産んだ2人だ。

 

 

「あ、貴方は──!?」

「違います、人違いです」

「そんな訳ないでしょ!? 貴方みたいな人いてたまるもんですか!」

「いいえ、人違いですぅ」

「グレン君、何したの?」

 

 

 あくまで、他人のフリをする男にシスティーナは怒りを隠しきれていない。そしてそれを知ってか知らずか、男は黒板に自分の名前を書いた。名前はグレン=レーダスとやる気のない汚い文字で。

 

 

「えー、本日の一限目の授業は自習にしまーす」

「ちょっ!? グレン君!?」

 

 

 さも当然だと言わんばかりにグレン=レーダスが黒板に自習と書いた後。セラは当然止めようとするが、グレンは聞く耳を持たない。

 

 

「……眠いから」

 

 

 最後に睡眠宣言をしてから、教卓に突っ伏した。

 

 

「…………………………」

 

 

 誰もしゃべらない沈黙の数秒間

 その数秒後に沈黙を破るかの様に叫びだした。

 

 

「ちょおおっと待てぇええええ––––––ッ!!!」

 

 

 銀髪の耳のようなリボンでまるで猫のような憤慨の仕方をしながら、システィーナは分厚い教科書を振りかぶって猛然とグレンへ突進していった。

 

 少しだけ、フィールはクスッと笑い押し込んだ感情を整えて自習を始めた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 セラ=シルヴァース

 元帝国宮廷魔導師団執行官No.3《女帝》に位置する人だ。グレン=レーダスは同じく特務分室執行官No.0《愚者》として働いていた人達だ。グレンが辞めた後、耐え切れなくなって辞めるだろうとは思っていたが、セラと同時に辞めるとは予想外だった。

 

 セラ先生は教え方にちょっとクセがあるけれど、授業は悪くない。教え方が少しだけ下手かもしれないが、クラスには歓迎されていた。

 

 だが、グレンの場合は態度を改めることなく、次の錬金術実験で女子更衣室を覗き、集団リンチされたとか、その後セラに吹き飛ばされたとか……そして数日後システィーナとグレン先生は言い合っているのだが最早いつものことなのでルミアさんも止めることはしなくなっていた。

 

 

 それから怒涛の三日間、自習が続き最早自習と黒板に書く前にだらけて寝ていた。流石に3日目は腹抱えて笑ったのをシスティに睨まれた。

 

 

 システィーナが手袋をグレン先生に投げつけたのだ。左の手袋を相手に投げることは魔術決闘の申し込みを意味し、その手袋を相手が拾えば決闘成立である。グレン先生はその手袋を拾い『ショック・ボルト』のみでの決闘で勝負をつけようと提案したのだが。本人は3節詠唱しかできず、1節詠唱ができるシスティーナの相手ではない。

 

 

『お父さんの魔術特性(パーソナリティ)は《変化の停滞・停止》のせいか詠唱省略は相性が悪くてね、それ程魔術戦において使う事は無かったんだよ。その魔導機がお父さんの切り札なんだよ』

 

 

 昔お母さんが言っていた。そのかわり、暗殺において右に出る者は居ないらしい。魔術で無くても魔術を封殺する固有魔術と魔銃ペネトレイターによる防御無視は絶大な脅威をもたらしていた。未来で宮廷魔導師の資料を漁ったら案の定出ていた。

 

 その決闘を見ていたがグレン先生の大敗だったようだ。そこからのグレン先生の評判の落ち方は少し苦笑を漏らす程だった。

 

 いつも通り自習をやっていた時にリンがグレン先生にルーン語の翻訳を教えてくれと頼んだのだが、そこでシスティーナが口をはさんだ。

 

 

「無駄よ、リン。その男には魔術の偉大さも崇高さも理解してないんだから、その男に教えてもらう事なんて何もないわ」

 

 

 いつもなら聞き流すようなことをグレン先生は噛みついたのである。

 

 

「魔術って、そんなに偉大で崇高なもんかね?」

 

 

 この一言で教室が静まり返った。

 

 ルーン語の翻訳に辞書をリンさんに差し出したグレン先生に、フィーベルさんが軽蔑した発言に対してのグレン先生の言葉である。

 フィーベルが嬉々として魔術について語るがグレンはへっと笑い軽蔑したような目で見下ろす。

 

 

「──―だから、魔術は偉大で崇高な物なのよ」

 

 

 その言葉だけはフィールは同意出来なかった。

 未来を狂わせたあの魔術が崇高なモノなら、あんな世界なんて生まれなかったはずだ。だが、それは口に出そうとする前にグレンがシスティーナに問う。

 

 

「……何の役に立つんだ?」

「え?」

「そもそも、魔術は人にどんな恩恵をもたらすんだ? 何の役にも立ってないのは俺の気のせいか?」

「……ひ、人の役に立つとか立たないとか、そんな次元の低い話ではないわ。もっと高次元な──―」

「嘘だよ。魔術は役に立ってるよ──―人殺しにな」

 

 

 暗い顔となったグレンは、そのまま魔術の暗黒面をこれでもかと言わんばかりに語っていく。それはまるで自分が経験したかのように。

 

 

「剣術で一人殺す間に魔術は何十人も殺せ、魔導士の一個小隊は戦術で統率された一個師団を戦術ごと焼き尽くせる。ほら、便利だろ!?」

 

「ふざけないでッ!」

 

「ふざけちゃいねぇさ。国の現状、決闘のルール、初等呪文の多くが攻性系、『魔導大戦』、『奉神戦争』、外道魔術師の凶悪な犯罪の件数と内容……魔術と人殺しは腐れ縁なんだよ。切っても切れない、な」

 

「違う……魔術は、そんな……」

 

「魔術は人を殺すことで進化・発展してきたロクでもない技術なんだよ! こんな下らない事に人生費やすくらいなら──」

 

 

 ぱぁん! 

 

 グレン先生の極論と言える発言は、システィーナにビンタされて止められた。システィーナは魔術を崇高なモノだと信じて疑わない。だから、魔術に対する侮辱が許せなかった。

 

 

「……だいっきらい!」

 

 

 システィーナは涙を溢しながらそう言い捨て、教室を飛び出していく。グレン先生も居心地の悪さからか、次いで教室を後にする。気まずい雰囲気が教室に漂う中……

 

 

「あの……おか……セラ先生、システィを追ってあげてください」

「う、うん。でもグレン君が……」

「私が追いますから……明日からちゃんと授業してくれるように」

 

 

 フィールはグレンの跡を追いかけた。

 本当ならセラが行くべきなのは、フィールが1番分かっている。けど、自分がグレンと話したかったのもあったので、システィをセラに任せ、彼の背中をこっそりついて行った。

 

 

 ────────────────────

 

 

「全く、ガキかよ俺は」

 

 

 放課後、グレンは学院東館の屋上にいた。鉄柵にもたれ掛かりながら学院中を見渡す。それを歩きながら追いかけて、屋上に上がったフィールがただグレンの隣に近づく。

 

 

「で、お前は何のようだ黒猫? 友達の意見に賛同だから俺を責めに来たか?」

「……そんな事しないですよ、ただの休憩です」

 

 

 片手には皿を持ち、皿の上には三色お団子が3串分のっていた。屋上で鉄柵に寄りかかりながら食べている。グレンは隣で、いまだに叩かれた頬を撫でている。さっきのビンタは余程痛かったようだ。

 

 

「……その、食べます?」

「いいのか? じゃあいただきます」

 

 

 差し出した皿から一つを貰うグレン。

 正直意外だった。システィーナ同様に責めると思っていたから。一応、黒猫ことフィール=ウォルフォレンは学年主席のエリートだ。正直な話、魔術を崇高なモノと崇めるあの生徒達と同じだと思ってた。

 

 

「何も言わないのか? 俺が言った魔術の実態について」

「別に何もないですよ。……まあ両者極論だとは思いますけどね」

 

 

 少し呆れた口調で言った。

 そう、極論だ。魔術は崇高なモノ、魔術は人殺しの道具。どちらも極論だ。どちらも当てはまるし、どちらも否定は出来ないものだ。どちらもあるから魔術なのに、対照的過ぎる。

 

 

「……まあ、あの子達は魔術の闇を知らないで育ってきた人間だから、崇高なモノとしか考えてないだけで、人殺しの道具に使われてるのは否定出来ないですよ」

「じゃあ、お前は魔術はどういうモノだと思ってんだ?」

 

 

 とても嫌なモノだ。

 未来の世界を狂わせるほど恐ろしいものだ。けど、自分は魔術師だから切っても切り離せないものだ。自分が思う魔術は……

 

 

「力……かな。使い方次第で人を傷付けるモノだし、使い方次第で人を助ける事が出来るモノだと思います」

「力……か」

「先生は……その、魔術は嫌いだけど、憎めないモノじゃないんですか?」

「……何でそう思った?」

「先生は魔術が好きだった。けどある日実態を知ってしまって、魔術を崇高なモノと捉えきれなくなった……みたいな感じですよ? 今の先生」

 

 

 少なからずグレンは少し驚いていた。

 大した関わりを持っていないのに、そこまで分かるフィールに何処か魔術師とは違う視点を感じていた。

 

 

「聡いんだな。黒猫」

「フィール=ウォルフォレンですよ。グレン先生、だからそれしまってくださいよ」

 

 

 グレンの懐には辞表があった。

 グレンは自分が非常勤講師なんて一ヶ月も持たないと思っていたから、あらかじめ用意しておいたのだ。けど、フィールはグレンがちゃんと授業を教えてくれるって信じてるから、教師を辞めさせないように促す。

 

 

「俺は魔術が嫌いだ。けどな、やっぱり切り離せないものなんだよ。それで救われた奴が居るなら、魔術は確かに崇高なものなんだろうな」

「そうですね。私は好きでしたよ。魔術」

「……? 何で過去形なんだ?」

「色々あったんですよ。私にも……あっ、ルミアだ」

「何? どれどれ……《彼方は此方へ・怜悧なる我が眼は・万里を見晴るかす》」

 

 

 フィールに言われ、グレンは遠見の魔術、黒魔【アキュレイト・スコープ】を使い、西館の方を見る。そこにはルミアが教科書を見ながら、陣を書いていた。

 

 

「流転の五芒……魔力円環陣か」

「………水銀が足りてないですね」

「お前、この距離でよく見えるな」

「……眼はいい方ですからね」

「あ、下手くそだな……第七霊点が綻んでるぞ、ああ、水銀も流れちまってるし、触媒の位置も……おっ、流石にそれには気づいたか」

 

 

 グレンは実験室の様子を眺め、楽しそうに言う。

 少しだけ無邪気に笑っている様子はまるで子供のようだった。

 

 

「ったく、見てらんねーな」

「行くんですか?」

「おう、付いてくるか?」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、邪魔するぜ」

「お、お邪魔します」

 

 

 グレンは実験室の扉を乱暴に開け、中に入る。

 その後ろに着いてきたフィールがヒョコッと入り、その魔方陣の近くにあった棚から水銀を探し始める。

 

 

「ぐ、グレン先生!? それに、フィールさんも!?」

「実験室の個人使用は原則禁止だぞ」

「す、すみません。すぐ、片付けます」

「いや、最後までやっちまえよ。もう殆ど完成してんのに、崩すの勿体ねーだろ」

「で、でも、上手くいかなくて…………」

「これ、水銀が足りないだけだよ」

 

 

 そう言うとフィールは棚から水銀の入った瓶を取り出し、陣に水銀を足していく。材料が足りてないから断線が弱いのだ。材料をケチったら偶にこうなるのだ。

 

 

「グレン先生」

「ああ」

 

 

 グレンは手袋を嵌めると、水銀を卓越した指の動きで動かし、陣の綻びを修繕していく。手慣れた手付きだと言うのはルミアでさえ分かる。やっぱり、グレン先生は魔術が好きだった事が分かる。

 

 

「お前たちは目に見えないものに対しては異様に神経質になるくせに、目に見えるものに対しては疎かになる。魔術を神聖視し過ぎてる証拠だ…………よし。もう一回起動してみろ。教科書通り五節でな。省略すんなよ」

「は、はい! ……《廻れ・廻れ・原初の命よ・理の円環にて・路を為せ》」

 

 

 ルミアは丁寧に一説ずつ詠唱すると、鈴鳴りのような音を響かせ、陣が七つの色に光り輝く。それはまるで虹のように輝いて、とても綺麗だ。綺麗で儚くて、それは……

 

 

「うわああ…………綺麗ですね! 先生!」

『うわぁ〜、キレイだね! お母さん!』

「……っ!」

 

 

 陣をうっとりした様に見るルミアに、グレンは、自分がセリカと共にやった時のことを思い出し、懐かしむように見ていた。対してフィールだけは胸に手を当て、胸に隠したロケットを握り締めていた。

 

 

「(っっ……駄目っ、こんな感情を抱いちゃ……!)」

 

 

 気付かれないように感情を抑えようとするが、嫌にも思い出がフラッシュバックする。思うように動けない。金縛りにあったかのように喉元に突き刺さるような心の悲鳴がそうさせているようだ。

 

 

「…………」

「しっかし、いつ見ても綺麗に出来るもんだな……って黒猫?」

「…………」

「黒猫!」

「……っ! な、何ですか?」

「何ですかってお前、涙……どうしたんだ?」

「……えっ?」

 

 

 気が付けば涙が流れていた。

 駄目だ。涙脆くなって止まらない。我慢していたつもりなのに、思い出が蘇る。この世界に本当の意味でお母さんもお父さんも居ないのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『この方陣はね。お母さんとお父さんが好きだった魔術なんだよ』

『うわぁ〜、キレイだね! お母さん!』

 

 

 最初に魔術を見せてくれたのは、この魔術だった。

 七色に輝く光が少女を興奮させる。目を輝かせて無邪気に笑っていた。

 

 

『そうだね。とっても綺麗。フィールはさ、将来何になりたいかな?』

『お父さんみたいな魔術師になりたい! だってお母さん、お父さんが好きだから、フィールがお父さんの代わりになってお母さんを笑わせたい!』

 

 

 そう言った自分をお母さんは優しく抱き締めて泣いていたのを覚えていた。そんな思い出がある未来はもう失った筈だ。フィール=レーダスはこの世界に存在しない筈だ。

 それでも求めるのは傲慢な事だ。酷く独善的で浅ましくて、でも思い出に縋りたい自分が居る。けどそれは全て捨てたつもりだ。この世界を救うのに、2人の愛が欲しいと求めてはいけないと決めた筈だ。

 

 だが、だがそれでも本能が求め、思い出が胸の痛みを加速させていた。駄目だ、これじゃあ何の為に過去に来たと思っている。

 

 

「お、おい黒猫! 何処か痛いのか!?」

「い、いえ。すみません、今日は帰ります」

「あっ、おい!」

 

 

 フィールは泣いていた。声は震え、霞み、潤んでいた。まるで、何かに恐怖するかのように。まるで、何かから逃げるように。まるで、行き場を失くした子供のように。日にちはそれ程経っていない。話した時でさえほぼ初対面にも関わらず、グレンは心の何処かで追いかけないとと思ったが、冷静になり追いかけようと伸ばした手が下がった。

 

 一体どうしてこんな感情が湧き出たのかグレンにも理解が出来なかった。

 


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