特別試合は終わりましたが、まだ終わっていないことがいくつかあります
婚約の行方
勝ったあとの話
そして少しだけ、裏側で動き始めたものも
それではLife . 20、どうぞ
「三日!?」
治療を受けながら叫んだイッセーに、アーシアが慌てて手を止める
「イッセーさん、動かないでください!」
「いやだって、三日って!」
『三日だ』
左腕から聞こえるドライグの声は容赦がない
『限界まで力を解放した反動だ、その間は神器も使えん』
「マジかよ……」
「勝ったんだから三日くらい大人しくしてろ」
「ハクは簡単に言うけどな!」
「俺が使えなくなるわけじゃないし」
「他人事ぉ!」
元気あるな
アーシアの治療のおかげで傷そのものは少しずつ消えているが、身体に残った疲労まではそう簡単に抜けないらしい
リアス先輩も朱乃も木場も似たようなもので、全員が疲れ切っている
それでも表情は明るい
勝った
リアス先輩が最後に呟いた言葉を思い出す
私達が
そこまで考えたところで、一定の足音が近付いてきた
「皆様、お疲れ様でございました」
「グレイフィアさん」
「アーシア様による兵藤一誠様の治療が一段落しましたら、皆様にお越しいただきたい場所がございます」
「俺達全員ですか?」
「はい」
グレイフィアが頷く
「グレモリー家、フェニックス家、両家の御当主がお待ちです」
イッセーの顔が固まった
「それと、魔王ルシファー様も」
「魔王様まで!?」
「お兄様は最初から見ていたわよ」
「えっ!?」
リアス先輩が何でもないことのように答える
「お父様もお母様も、フェニックス家の方達もね、この試合は両家へ中継されていたもの」
「…………全部?」
「全部」
イッセーがゆっくり床へ沈んでいく
「最後めちゃくちゃ叫んだんですけど……」
「今更でしょう」
「部長ぉ……」
横で木場が笑いを堪えている
俺も一つ思い出した
「じゃあ俺が結界殴ってたところも?」
「当然でございます」
「…………そうですか」
「大神白様」
「はい」
「あなたの行動も全て拝見されております」
「追い打ちやめてもらえません?」
「事実を申し上げただけでございます」
ほんの少しだけグレイフィアの口元が動いた気がした
多分気のせいだ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
案内された部屋は、さっきまで戦っていた会場とは比べ物にならないほど静かだった
俺達が中へ入ると、既にリアス先輩の両親とフェニックス家の当主、その隣には治療を終えたライザーが座っている
傷そのものはほとんど消えている
さすがフェニックスと言うべきか
ただし疲労までは完全に抜けていないらしく、いつもの余裕はない
少し離れたところには赤い髪の青年
サーゼクス・ルシファー
現魔王の一人にしてリアス先輩の兄
「リアス」
「お父様、お母様」
リアス先輩が一歩前へ出る
俺達もその後ろへ並び、双方の間へグレイフィアが立った
「では、改めて結果を確認させていただきます」
部屋の空気が僅かに締まる
「先ほど行われました特別試合は、リアス・グレモリー様側の勝利となりました」
誰も口を挟まない
「事前に双方が合意された条件に従い、リアス・グレモリー様とライザー・フェニックス様の婚約は白紙となります」
それだけだった
けれど、これまでリアス先輩を縛っていたものが、その一言で終わった
「フェニックス家として異論はない」
最初に口を開いたのはライザーの父親だった
「今回の条件は両家の合意によって決めたものだ、結果を覆すつもりもない」
そのまま隣へ目を向ける
「ライザー」
「……はい」
「お前もだな?」
少しの沈黙
ライザーは小さく息を吐き、正面を見る
「ああ」
そしてイッセーへ視線を向けた
「今回は俺の負けだ」
「…………」
「完敗だったとは言わんぞ、兵藤一誠」
「そこは言わねぇんですか」
「言うものか」
相変わらずだな
「だが、負けは負けだ」
「……はい」
「次も同じ結果になると思うなよ」
イッセーが一瞬だけ目を丸くしたあと、笑った
「俺だって次はもっと強くなってますよ」
「言うようになったな」
ライザーの父親が息子を見る
「フェニックスの血も、家も、お前が持つ力も、それを誇りに思うこと自体は悪くない」
「…………」
「だが、再生出来るから負けないということと、お前自身が決して敗北しないということは同じではない」
ライザーは何も言わない
「我々が与えすぎたところもあったのだろう、家の力も、お前自身の才能も、あまりに当然のものとして」
「父上……」
「今回の敗北は忘れるな」
「……分かっています」
父親もそれ以上責めることはせず、今度はこちらを見る
「兵藤一誠君」
「は、はい!」
「礼を言わせてほしい」
「俺に?」
「ああ」
イッセーは困ったように頭を掻いた
「でも、俺一人じゃないっすよ」
「何?」
「最後に殴ったのは俺ですけど、そこまで行けたのは皆がいたからです」
リアス先輩、朱乃、木場、アーシア
最後に俺を見る
「一人だったら絶対無理でした」
「……そうか」
「はい、皆で勝ったんです」
フェニックス家当主は少しだけ目を細め、それから俺達全員を見渡した
「それも含めて、見せてもらった」
視線が俺のところで止まる
「大神白君だったな」
「はい」
「君も随分と変わった戦い方をする」
「そうでしょうか」
「ライザー本人との直接戦闘を禁じられながら眷属を崩し、仲間を助け、最後には自ら下がった」
「あれはもう、俺が前へ出る必要なかったですから」
「そして最後まで、ライザー本人へ手を出さなかった」
ああ
そっちか
「約束でしたから」
「勝てるかどうかではなく?」
「まあ、本気でやれば多分十秒あれば倒せるかと」
「…………」
部屋が静かになった
「ただ、それとこれとは別です」
「出来る出来ないじゃなく、そういう条件だったんで」
フェニックス家当主が僅かに目を細め、それから笑った
「なるほど」
それ以上は何も言わなかった
しばらくしてフェニックス家側が立ち上がる
「今回の件はこれで終わりだ、グレモリー卿」
「ああ」
リアス先輩のお父様も頷く
「婚約がなくなったからといって、家同士の付き合いまでなくす必要はないだろう」
「無論だ」
ライザーも立ち上がって扉へ向かい、その途中で一度だけ足を止める
「兵藤一誠」
「はい?」
「次は負けん」
「望むところっす!」
「調子に乗るな」
「そっちが言ったんでしょうが!」
最後までそれか
フェニックス家の人達が部屋を出て、扉が閉じる
その直後だった
「リアス」
「え?」
リアス先輩のお母様が娘を抱き締める
「よく頑張ったわね」
「……お母様」
さっきまでとは空気が違う
両家の話は終わった
ここからは家族の時間らしい
「無茶をしたな」
お父様も穏やかに笑う
「はい」
「だが、自分で選び、自分達で勝った」
「私一人ではありません」
リアス先輩が振り返る
「皆がいてくれたからです」
「分かっているよ」
そう言ってから、お父様が俺を見る
「大神白君だね」
「はい」
「君のことはリアスから聞いているよ」
「…………」
嫌な予感がする
「……何をどこまで聞いてます?」
「あら」
お母様が楽しそうに笑う
「気になるのはそこなのね」
「気になるでしょう」
「別に変なことは話してないわよ」
リアス先輩が平然と言う
「その前置きが一番怖いんですよ」
「失礼ね」
「僕も君の話は聞いているよ」
今度はサーゼクス
「魔王様まで?」
「妹の友人だからね」
「その言い方されると何も言えないんですけど」
「それに」
サーゼクスが少し楽しそうに笑う
「今日の試合を見て、興味は増えた」
「増やさなくていいです」
「遠慮しなくても」
「してません」
「ハク」
「何です?」
「魔王様にその言い方する人、あまりいないわよ」
「リアス先輩のお兄さんでもあるでしょう」
「ははは、いいね」
何がいいんだ
サーゼクスの視線がイッセーへ移る
「兵藤一誠君」
「は、はい!」
「赤龍帝の力、見せてもらったよ」
イッセーの表情が少しだけ緊張する
「まだ扱い切れていない部分は多いけれど、随分面白い使い方を覚え始めたようだね」
「ありがとうございます!」
「赤い龍がここまで動き始めたなら、いずれ白い龍とも関わる時が来るかもしれない」
「白い龍?」
イッセーが首を傾げる
俺は逆に固まった
白い龍
白龍皇
…………あ
やっべ
アザゼルに模擬戦の相手してくれって言われてたの、完全に忘れてた
「ハク?」
「はい?」
「どうしたの?」
「何でもありません」
「今、絶対何か思い出した顔してたわよ」
「気のせいです」
「僕もそう見えたけど」
「魔王様まで乗らないでください」
帰ったら確認しよう
本当に忘れてた
side out ハク
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
side in イッセー
「イッセー」
「はい?」
両家との話が終わり、ようやく帰れると思った時だった
「少し付き合って」
「え?」
部長が先に歩き出す
慌ててその後を追うと、人のいない広いテラスへ連れてこられた
外から吹いてくる風が少しだけ冷たい
「身体は?」
「アーシアに治してもらったんで大丈夫ですよ」
「神器は三日使えないのでしょう?」
「それは……まあ」
「全然大丈夫ではないじゃない」
「でも勝ちましたし」
部長が俺を見る
「……そうね」
少しだけ笑ってから、俺の手へ視線を落とした
最後にライザーを殴った拳
傷はもう消えている
それでも身体の重さまでは消えていない
「イッセー」
「はい」
「あの時、言ったでしょう」
「何をです?」
「私の友達だって」
「ああ」
言った
というか叫んだ
「もしまた同じようなことがあったら、あなたはどうするの?」
「同じようなこと?」
「私が嫌なことを押し付けられて、本気で助けてほしいと言ったら」
「助けますよ」
部長の目が少しだけ大きくなる
「今回みたいに?」
「出来れば次はもうちょっと上手くやります」
「そういうことではないわ」
「分かってます」
少し笑う
「でも必要なら行きますよ」
「またボロボロになっても?」
「それは嫌ですけど」
「嫌なのね」
「痛いの好きじゃないんで」
部長が小さく吹き出す
「でも行きます」
「どうして?」
考えるまでもない
「友達でしょう?」
「…………」
「友達が本気で助けてほしいって言ってるなら、助けに行くくらい普通じゃないですか」
部長から返事がない
「部長?」
一歩
こちらへ近付いてくる
「え――」
柔らかい感触が唇に触れた
「…………」
頭が止まる
何が起きた
いや
分かる
分かるけど
近い
部長の顔が近い
どれくらいそうしていたのか分からなかった
ほんの数秒だったのかもしれないし、もっと長かったようにも感じる
やがて唇が離れる
「…………」
「イッセー?」
「…………」
「イッセー?」
「い、今……」
「キスしたわ」
「そうじゃなくてぇぇぇぇぇっ!?」
「静かにしなさい!」
「だって部長! 今!」
「ちなみに」
「まだ何かあるんですか!?」
「今のが私のファーストキスよ」
「…………」
頭が二回目の停止を迎えた
「え?」
「だから、初めて」
「俺が!?」
「他に誰がいるのよ」
「えええええええええええっ!?」
「静かにしなさいって言ってるでしょう!」
「無理ですって!」
「あなたはそれくらいのことをしたのよ」
「じゃ、じゃあもう一回とか――」
「調子に乗らない」
「ですよね!」
部長が笑った
声を出して
少し前まで、婚約の話をする時はずっと苦しそうだった
それが今は笑ってる
それだけで、なんとなく全部報われたような気がした
やっぱり部長は笑ってる方がいい
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
数日後
「お邪魔します」
「あらぁ、リアスちゃん!」
玄関を開けた母さんが、部長を見るなり嬉しそうな声を上げた
「こんにちは」
「部長さん!」
「アーシア」
アーシアまで嬉しそうに走っていく
今日部長が家へ来ること自体は聞いていた
それは聞いていたけど
「母さん」
「何?」
「その荷物何?」
玄関に置かれているのは、どう考えても遊びに来ただけでは済まない量だった
「あら、聞いてないの?」
「何を?」
嫌な予感がする
ものすごくする
部長が俺を見る
「今日からよろしくね、イッセー」
「…………何がです?」
「私もこの家で暮らすことになったの」
「…………」
「部屋も用意してあるわよ!」
「母さん!?」
「リアスちゃんみたいな良い子なら大歓迎よ!」
「父さんは!?」
「賛成だぞ」
「いつからいたの!?」
「最初からだ」
「俺だけ聞いてないんだけど!?」
「驚かせたかったのよ」
部長が楽しそうに笑う
「アーシアの時も俺だけ最後に知ったよね!?」
「今回は私が自分で決めたわ」
「そういう問題!?」
「イッセーさん」
「何だよアーシア!」
「一緒に暮らせる人が増えるの、嬉しいですね」
「お前までぇぇぇぇぇぇっ!!」
母さんも父さんもアーシアも笑ってる
部長まで笑ってる
俺だけがおかしいのか
いや
絶対違う
「これからよろしくね、イッセー」
「…………よろしくお願いします」
まあ
悪くない
悪くないけど、俺の心臓がいつまで持つかだけが心配だ
side out イッセー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
side in 江留瑠羽
少し時間を戻して――
「また難しい顔してる」
「あ?」
扉を開けると、アザゼルが端末へ顔を近付けていた
その向かいには一人の女の子が座っている
「ああ、江留瑠羽、丁度いい」
「丁度いいって何がよ」
「茶ある?」
「あるけど」
持ってきた盆へ視線を落とす
元々アザゼル用に用意したものだけど、もう一人分くらいなら問題ない
「検査?」
「ああ、前に話した子だ」
女の子がこちらへ向き直る
「
「
「はい」
顔を上げた久遠ちゃんを見る
まだ少し幼さの残る顔だけど、妙に落ち着いた目をしている
なんだろう
初めて会ったはずなのに、放っておけない
この子が自分の娘だと言われても、案外すぐ納得してしまいそうな気がした
私とアザゼルに子供がいたら、こんな感じの子なのかな
「…………」
「江留瑠羽?」
「何でもない」
変なこと考えた
その時、今度は久遠ちゃんがこちらをじっと見ていることに気付く
「どうしたの?」
「……分からない」
「え?」
久遠ちゃんは少し困ったように首を傾げた
「初めて会ったはずなのに、なんだかすごく懐かしいの」
「懐かしい?」
「うん、それに……」
少し考えてから笑う
「安心する」
「…………」
「変だよね」
「そうね、今日初めて会ったものね」
そう答えながらも、不思議と嫌な感じはしなかった
「それで、検査はどうなの?」
「前より反応が強くなってる」
アザゼルが端末を指で叩く
「体調は?」
「今は平気だよ、頭痛も熱もないし、眩暈もしない」
「見た感じも元気そうね」
「見た目はな」
「原因は?」
「分からん」
「また?」
「まただ」
相変わらずね
「あいつの家にはどれくらい行ってた?」
「ハクの?」
「ああ」
「修行してた間なら、放課後はよく行ってたよ、皆いたし」
「やっぱりか」
「ハクが関係してるの?」
久遠ちゃんの声が少しだけ硬くなる
「まだそう決めたわけじゃねぇよ」
アザゼルがすぐ否定する
「大神本人なのか、あいつの周りにある何かなのか、それとも全く別なのか、今は何も分からん」
「……うん」
「焦って答えを作る方が危ねぇ、今は記録だけ取る」
久遠ちゃんが小さく頷いた
私は盆からもう一つカップを取り、久遠ちゃんの前へ置く
「はい、どうぞ」
「ありがとう、お母さま」
「いいのよ、クオン」
「…………」
「…………」
目が合った
「……あれ?」
同時だった
アザゼルまで端末から顔を上げる
「お前ら」
「ちょっと待って」
今
私
何の違和感もなく返した
久遠ちゃんも自分の口元へ手を当てている
「なんで
「なんで私も普通にクオンって返したのかしら……」
「お前ら本当に今日が初対面だよな?」
「そうよ」
「うん」
「…………」
「何よ、その顔」
「いや」
アザゼルがこめかみを掻く
「最近、分からんことが増えすぎてな」
「考えすぎなんじゃない?」
「お前が言うな」
久遠ちゃんがカップへ口を付ける
「……美味しい」
「本当?」
「うん、これ自分で合わせてるの?」
「そうよ、その日の体調とか気分で少し変えるの」
「へぇ……」
さっきまで戸惑っていた顔が、一気に明るくなる
「香草とかも使う?」
「使うわよ、お茶だけじゃなくて料理にも」「三日!?」
治療を受けながら叫んだイッセーに、アーシアが慌てて手を止める
「イッセーさん、動かないでください!」
「いやだって、三日って!」
『三日だ』
左腕から聞こえるドライグの声は容赦がない
『限界まで力を解放した反動だ、その間は神器も使えん』
「マジかよ……」
「勝ったんだから三日くらい大人しくしてろ」
「ハクは簡単に言うけどな!」
「俺が使えなくなるわけじゃないし」
「他人事ぉ!」
元気あるな
アーシアの治療のおかげで傷そのものは少しずつ消えているが、身体に残った疲労まではそう簡単に抜けないらしい
リアス先輩も朱乃も木場も似たようなもので、全員が疲れ切っている
それでも表情は明るい
勝った
リアス先輩が最後に呟いた言葉を思い出す
私達が
そこまで考えたところで、一定の足音が近付いてきた
「皆様、お疲れ様でございました」
「グレイフィアさん」
「アーシア様による兵藤一誠様の治療が一段落しましたら、皆様にお越しいただきたい場所がございます」
「俺達全員ですか?」
「はい」
グレイフィアが頷く
「グレモリー家、フェニックス家、両家の御当主がお待ちです」
イッセーの顔が固まった
「それと、魔王ルシファー様も」
「魔王様まで!?」
「お兄様は最初から見ていたわよ」
「えっ!?」
リアス先輩が何でもないことのように答える
「お父様もお母様も、フェニックス家の方達もね、この試合は両家へ中継されていたもの」
「…………全部?」
「全部」
イッセーがゆっくり床へ沈んでいく
「最後めちゃくちゃ叫んだんですけど……」
「今更でしょう」
「部長ぉ……」
横で木場が笑いを堪えている
俺も一つ思い出した
「じゃあ俺が結界殴ってたところも?」
「当然でございます」
「…………そうですか」
「大神白様」
「はい」
「あなたの行動も全て拝見されております」
「追い打ちやめてもらえません?」
「事実を申し上げただけでございます」
ほんの少しだけグレイフィアの口元が動いた気がした
多分気のせいだ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
案内された部屋は、さっきまで戦っていた会場とは比べ物にならないほど静かだった
俺達が中へ入ると、既にリアス先輩の両親とフェニックス家の当主、その隣には治療を終えたライザーが座っている
傷そのものはほとんど消えている
さすがフェニックスと言うべきか
ただし疲労までは完全に抜けていないらしく、いつもの余裕はない
少し離れたところには赤い髪の青年
サーゼクス・ルシファー
現魔王の一人にしてリアス先輩の兄
「リアス」
「お父様、お母様」
リアス先輩が一歩前へ出る
俺達もその後ろへ並び、双方の間へグレイフィアが立った
「では、改めて結果を確認させていただきます」
部屋の空気が僅かに締まる
「先ほど行われました特別試合は、リアス・グレモリー様側の勝利となりました」
誰も口を挟まない
「事前に双方が合意された条件に従い、リアス・グレモリー様とライザー・フェニックス様の婚約は白紙となります」
それだけだった
けれど、これまでリアス先輩を縛っていたものが、その一言で終わった
「フェニックス家として異論はない」
最初に口を開いたのはライザーの父親だった
「今回の条件は両家の合意によって決めたものだ、結果を覆すつもりもない」
そのまま隣へ目を向ける
「ライザー」
「……はい」
「お前もだな?」
少しの沈黙
ライザーは小さく息を吐き、正面を見る
「ああ」
そしてイッセーへ視線を向けた
「今回は俺の負けだ」
「…………」
「完敗だったとは言わんぞ、兵藤一誠」
「そこは言わねぇんですか」
「言うものか」
相変わらずだな
「だが、負けは負けだ」
「……はい」
「次も同じ結果になると思うなよ」
イッセーが一瞬だけ目を丸くしたあと、笑った
「俺だって次はもっと強くなってますよ」
「言うようになったな」
ライザーの父親が息子を見る
「フェニックスの血も、家も、お前が持つ力も、それを誇りに思うこと自体は悪くない」
「…………」
「だが、再生出来るから負けないということと、お前自身が決して敗北しないということは同じではない」
ライザーは何も言わない
「我々が与えすぎたところもあったのだろう、家の力も、お前自身の才能も、あまりに当然のものとして」
「父上……」
「今回の敗北は忘れるな」
「……分かっています」
父親もそれ以上責めることはせず、今度はこちらを見る
「兵藤一誠君」
「は、はい!」
「礼を言わせてほしい」
「俺に?」
「ああ」
イッセーは困ったように頭を掻いた
「でも、俺一人じゃないっすよ」
「何?」
「最後に殴ったのは俺ですけど、そこまで行けたのは皆がいたからです」
リアス先輩、朱乃、木場、アーシア
最後に俺を見る
「一人だったら絶対無理でした」
「……そうか」
「はい、皆で勝ったんです」
フェニックス家当主は少しだけ目を細め、それから俺達全員を見渡した
「それも含めて、見せてもらった」
視線が俺のところで止まる
「大神白君だったな」
「はい」
「君も随分と変わった戦い方をする」
「そうでしょうか」
「ライザー本人との直接戦闘を禁じられながら眷属を崩し、仲間を助け、最後には自ら下がった」
「あれはもう、俺が前へ出る必要なかったですから」
「そして最後まで、ライザー本人へ手を出さなかった」
ああ
そっちか
「約束でしたから」
「勝てるかどうかではなく?」
「まあ、本気でやれば多分十秒あれば倒せるかと」
「…………」
部屋が静かになった
「ただ、それとこれとは別です」
「出来る出来ないじゃなく、そういう条件だったんで」
フェニックス家当主が僅かに目を細め、それから笑った
「なるほど」
それ以上は何も言わなかった
しばらくしてフェニックス家側が立ち上がる
「今回の件はこれで終わりだ、グレモリー卿」
「ああ」
リアス先輩のお父様も頷く
「婚約がなくなったからといって、家同士の付き合いまでなくす必要はないだろう」
「無論だ」
ライザーも立ち上がって扉へ向かい、その途中で一度だけ足を止める
「兵藤一誠」
「はい?」
「次は負けん」
「望むところっす!」
「調子に乗るな」
「そっちが言ったんでしょうが!」
最後までそれか
フェニックス家の人達が部屋を出て、扉が閉じる
その直後だった
「リアス」
「え?」
リアス先輩のお母様が娘を抱き締める
「よく頑張ったわね」
「……お母様」
さっきまでとは空気が違う
両家の話は終わった
ここからは家族の時間らしい
「無茶をしたな」
お父様も穏やかに笑う
「はい」
「だが、自分で選び、自分達で勝った」
「私一人ではありません」
リアス先輩が振り返る
「皆がいてくれたからです」
「分かっているよ」
そう言ってから、お父様が俺を見る
「大神白君だね」
「はい」
「君のことはリアスから聞いているよ」
「…………」
嫌な予感がする
「……何をどこまで聞いてます?」
「あら」
お母様が楽しそうに笑う
「気になるのはそこなのね」
「気になるでしょう」
「別に変なことは話してないわよ」
リアス先輩が平然と言う
「その前置きが一番怖いんですよ」
「失礼ね」
「僕も君の話は聞いているよ」
今度はサーゼクス
「魔王様まで?」
「妹の友人だからね」
「その言い方されると何も言えないんですけど」
「それに」
サーゼクスが少し楽しそうに笑う
「今日の試合を見て、興味は増えた」
「増やさなくていいです」
「遠慮しなくても」
「してません」
「ハク」
「何です?」
「魔王様にその言い方する人、あまりいないわよ」
「リアス先輩のお兄さんでもあるでしょう」
「ははは、いいね」
何がいいんだ
サーゼクスの視線がイッセーへ移る
「兵藤一誠君」
「は、はい!」
「赤龍帝の力、見せてもらったよ」
イッセーの表情が少しだけ緊張する
「まだ扱い切れていない部分は多いけれど、随分面白い使い方を覚え始めたようだね」
「ありがとうございます!」
「赤い龍がここまで動き始めたなら、いずれ白い龍とも関わる時が来るかもしれない」
「白い龍?」
イッセーが首を傾げる
俺は逆に固まった
白い龍
白龍皇
…………あ
やっべ
アザゼルに模擬戦の相手してくれって言われてたの、完全に忘れてた
「ハク?」
「はい?」
「どうしたの?」
「何でもありません」
「今、絶対何か思い出した顔してたわよ」
「気のせいです」
「僕もそう見えたけど」
「魔王様まで乗らないでください」
帰ったら確認しよう
本当に忘れてた
side out ハク
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side in イッセー
「イッセー」
「はい?」
両家との話が終わり、ようやく帰れると思った時だった
「少し付き合って」
「え?」
部長が先に歩き出す
慌ててその後を追うと、人のいない広いテラスへ連れてこられた
外から吹いてくる風が少しだけ冷たい
「身体は?」
「アーシアに治してもらったんで大丈夫ですよ」
「神器は三日使えないのでしょう?」
「それは……まあ」
「全然大丈夫ではないじゃない」
「でも勝ちましたし」
部長が俺を見る
「……そうね」
少しだけ笑ってから、俺の手へ視線を落とした
最後にライザーを殴った拳
傷はもう消えている
それでも身体の重さまでは消えていない
「イッセー」
「はい」
「あの時、言ったでしょう」
「何をです?」
「私の友達だって」
「ああ」
言った
というか叫んだ
「もしまた同じようなことがあったら、あなたはどうするの?」
「同じようなこと?」
「私が嫌なことを押し付けられて、本気で助けてほしいと言ったら」
「助けますよ」
部長の目が少しだけ大きくなる
「今回みたいに?」
「出来れば次はもうちょっと上手くやります」
「そういうことではないわ」
「分かってます」
少し笑う
「でも必要なら行きますよ」
「またボロボロになっても?」
「それは嫌ですけど」
「嫌なのね」
「痛いの好きじゃないんで」
部長が小さく吹き出す
「でも行きます」
「どうして?」
考えるまでもない
「友達でしょう?」
「…………」
「友達が本気で助けてほしいって言ってるなら、助けに行くくらい普通じゃないですか」
部長から返事がない
「部長?」
一歩
こちらへ近付いてくる
「え――」
柔らかい感触が唇に触れた
「…………」
頭が止まる
何が起きた
いや
分かる
分かるけど
近い
部長の顔が近い
どれくらいそうしていたのか分からなかった
ほんの数秒だったのかもしれないし、もっと長かったようにも感じる
やがて唇が離れる
「…………」
「イッセー?」
「…………」
「イッセー?」
「い、今……」
「キスしたわ」
「そうじゃなくてぇぇぇぇぇっ!?」
「静かにしなさい!」
「だって部長! 今!」
「ちなみに」
「まだ何かあるんですか!?」
「今のが私のファーストキスよ」
「…………」
頭が二回目の停止を迎えた
「え?」
「だから、初めて」
「俺が!?」
「他に誰がいるのよ」
「えええええええええええっ!?」
「静かにしなさいって言ってるでしょう!」
「無理ですって!」
「あなたはそれくらいのことをしたのよ」
「じゃ、じゃあもう一回とか――」
「調子に乗らない」
「ですよね!」
部長が笑った
声を出して
少し前まで、婚約の話をする時はずっと苦しそうだった
それが今は笑ってる
それだけで、なんとなく全部報われたような気がした
やっぱり部長は笑ってる方がいい
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
数日後
「お邪魔します」
「あらぁ、リアスちゃん!」
玄関を開けた母さんが、部長を見るなり嬉しそうな声を上げた
「こんにちは」
「部長さん!」
「アーシア」
アーシアまで嬉しそうに走っていく
今日部長が家へ来ること自体は聞いていた
それは聞いていたけど
「母さん」
「何?」
「その荷物何?」
玄関に置かれているのは、どう考えても遊びに来ただけでは済まない量だった
「あら、聞いてないの?」
「何を?」
嫌な予感がする
ものすごくする
部長が俺を見る
「今日からよろしくね、イッセー」
「…………何がです?」
「私もこの家で暮らすことになったの」
「…………」
「部屋も用意してあるわよ!」
「母さん!?」
「リアスちゃんみたいな良い子なら大歓迎よ!」
「父さんは!?」
「賛成だぞ」
「いつからいたの!?」
「最初からだ」
「俺だけ聞いてないんだけど!?」
「驚かせたかったのよ」
部長が楽しそうに笑う
「アーシアの時も俺だけ最後に知ったよね!?」
「今回は私が自分で決めたわ」
「そういう問題!?」
「イッセーさん」
「何だよアーシア!」
「一緒に暮らせる人が増えるの、嬉しいですね」
「お前までぇぇぇぇぇぇっ!!」
母さんも父さんもアーシアも笑ってる
部長まで笑ってる
俺だけがおかしいのか
いや
絶対違う
「これからよろしくね、イッセー」
「…………よろしくお願いします」
まあ
悪くない
悪くないけど、俺の心臓がいつまで持つかだけが心配だ
side out イッセー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
side in 江留瑠羽
少し時間を戻して――
「また難しい顔してる」
「あ?」
扉を開けると、アザゼルが端末へ顔を近付けていた
その向かいには一人の女の子が座っている
「ああ、江留瑠羽、丁度いい」
「丁度いいって何がよ」
「茶ある?」
「あるけど」
持ってきた盆へ視線を落とす
元々アザゼル用に用意したものだけど、もう一人分くらいなら問題ない
「検査?」
「ああ、前に話した子だ」
女の子がこちらへ向き直る
「
「
「はい」
顔を上げた久遠ちゃんを見る
まだ少し幼さの残る顔だけど、妙に落ち着いた目をしている
なんだろう
初めて会ったはずなのに、放っておけない
この子が自分の娘だと言われても、案外すぐ納得してしまいそうな気がした
私とアザゼルに子供がいたら、こんな感じの子なのかな
「…………」
「江留瑠羽?」
「何でもない」
変なこと考えた
その時、今度は久遠ちゃんがこちらをじっと見ていることに気付く
「どうしたの?」
「……分からない」
「え?」
久遠ちゃんは少し困ったように首を傾げた
「初めて会ったはずなのに、なんだかすごく懐かしいの」
「懐かしい?」
「うん、それに……」
少し考えてから笑う
「安心する」
「…………」
「変だよね」
「そうね、今日初めて会ったものね」
そう答えながらも、不思議と嫌な感じはしなかった
「それで、検査はどうなの?」
「前より反応が強くなってる」
アザゼルが端末を指で叩く
「体調は?」
「今は平気だよ、頭痛も熱もないし、眩暈もしない」
「見た感じも元気そうね」
「見た目はな」
「原因は?」
「分からん」
「また?」
「まただ」
相変わらずね
「あいつの家にはどれくらい行ってた?」
「ハクの?」
「ああ」
「修行してた間なら、放課後はよく行ってたよ、皆いたし」
「やっぱりか」
「ハクが関係してるの?」
久遠ちゃんの声が少しだけ硬くなる
「まだそう決めたわけじゃねぇよ」
アザゼルがすぐ否定する
「大神本人なのか、あいつの周りにある何かなのか、それとも全く別なのか、今は何も分からん」
「……うん」
「焦って答えを作る方が危ねぇ、今は記録だけ取る」
久遠ちゃんが小さく頷いた
私は盆からもう一つカップを取り、久遠ちゃんの前へ置く
「はい、どうぞ」
「ありがとう、お母さま」
「いいのよ、クオン」
「…………」
「…………」
目が合った
「……あれ?」
同時だった
アザゼルまで端末から顔を上げる
「お前ら」
「ちょっと待って」
今
私
何の違和感もなく返した
久遠ちゃんも自分の口元へ手を当てている
「なんで
「なんで私も普通にクオンって返したのかしら……」
「お前ら本当に今日が初対面だよな?」
「そうよ」
「うん」
「…………」
「何よ、その顔」
「いや」
アザゼルがこめかみを掻く
「最近、分からんことが増えすぎてな」
「考えすぎなんじゃない?」
「お前が言うな」
久遠ちゃんがカップへ口を付ける
「……美味しい」
「本当?」
「うん、これ自分で合わせてるの?」
「そうよ、その日の体調とか気分で少し変えるの」
「へぇ……」
さっきまで戸惑っていた顔が、一気に明るくなる
「香草とかも使う?」
「使うわよ、お茶だけじゃなくて料理にも」
「料理もするの?」
「するわよ」
「
「あら、本当?」
「うん、香りで全然変わるの面白いよね」
「分かるわ、同じものでも合わせ方一つで変わるのよね」
「そうそう、それでね――」
「それなら今度――」
「…………」
気が付けば、次から次へと話題が続いていた
お茶から香草
香草から料理
料理から今度試してみたい組み合わせ
一つ話すたびに、また別の共通点が見つかっていく
「へぇ、それ面白そう!」
「でしょう?」
「今度やってみたい」
「じゃあ一緒にやりましょうか」
「本当?」
「ええ」
「…………おい」
それまで黙っていたアザゼルが、呆れたように口を挟んだ
「何よ」
「今、検査中なんだけどな」
「結果はもう出たんでしょう?」
「そういう問題じゃねぇよ」
「アザゼル」
今度は久遠ちゃんがカップを手にしたまま呼びかける
「何だ」
「これ美味しいよ」
「扱いの差おかしくね?」
久遠ちゃんが笑う
私もつられて笑った
やっぱり妙だ
初めて会ったばかりなのに、こうやって話しているのが変なくらい自然だった
アザゼルはそんな私達を一度見てから、何も言わず端末へ何かを入力する
「何書いてるの?」
「記録」
「何の?」
「分からんから記録してんだよ」
それから届いた通知を見て、アザゼルが少しだけ眉を上げた
「ん」
「どうしたの?」
「赤い方、勝ったみたいだぞ」
「ハク達?」
久遠ちゃんがすぐ反応する
「ああ、グレモリー側の勝ちだ」
「よかった」
ほっとした顔で笑う
その横でアザゼルが何かを思い出したように止まった
「…………あ」
「今度は何?」
思わず聞き返すと、アザゼルがこちらを見る
「そういや、オシュトルに模擬戦の相手頼んでたな」
「また無茶なこと頼んでるの?」
「模擬戦だよ、模擬戦」
「あなたの言う模擬戦って信用出来ないのよね」
「酷くね?」
「普段の行いでしょう」
私がそう返すと、久遠ちゃんがまた楽しそうに笑った
side out 江留瑠羽
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side in ハク
「もしもし」
『白?』
「母さん?」
電話自体は珍しくないけど、この時間ならまだ仕事中のはずだ
『今大丈夫?』
「大丈夫だけど、どうしたの」
『ちょっと相談があるの』
「…………」
この時点でもう嫌な予感がする
『今ね、久住さんご夫婦と一緒なの』
「久住?」
『私達の仕事仲間、前に話したことなかった?』
「ああ」
名前くらいは聞いたことがある
両親が仕事で何度も一緒になっている夫婦だ
ただ、家族ぐるみで付き合っていたわけじゃないし、俺自身が会う機会もほとんどなかった
『娘さんのことで相談されてね』
「娘さん?」
『成人するまで、月に何度か東京へ行かなきゃいけないお務めがあるんですって』
「お務め?」
『そう、詳しいことまでは聞いてないけど、だいたい月に四回くらいみたい』
「結構あるな」
『でしょう? その度に実家から東京まで往復するのは時間もお金も掛かるし、それなら東京へ出てしまおうかって話にもなったらしいんだけど』
「うん」
『娘さん、ココを実家に置いていきたくないんですって』
「ココ?」
『一緒に暮らしてるホロロ鳥よ』
「…………ホロロ鳥?」
『そうよ』
「何それ?」
『…………何それって、ホロロ鳥はホロロ鳥でしょう?』
「いや、知らないんだけど」
『白、本気で言ってる?』
「本気だけど」
『普通にいる鳥よ、どうして知らないのよ』
「俺に聞かれても……」
そんな名前の鳥、少なくとも俺の記憶にはない
けど母さんの反応を見る限り、知らない俺の方がおかしいらしい
『まあいいわ、それでね、普通のホロロ鳥はそんなに大きくないんだけど、ココは特別大きいらしくて』
「どれくらい?」
『娘さんが乗れるくらい』
「…………でかくない?」
『大きいのよ、だから東京で一緒に暮らせるところを探すのも大変みたいでね』
「まあ、そりゃそうだろうな」
人が乗れるほどの鳥となれば、普通のマンションやアパートで飼えるような大きさじゃない
『それで、東京にも出やすい駒王町ならどうかって話になって、学校も駒王学園へ転校することになったの』
「なるほど」
東京へ通う必要はある
けれど東京そのものに住む必要はない
駒王町からなら通えない距離でもないし、生活するならこっちの方が落ち着くだろう
問題は、そのココとかいう巨大な鳥の方か
『それでね、うちに来てもらえばいいんじゃないって』
「…………」
今何て?
「誰が言ったの?」
『私達』
「俺に聞く前に?」
『だから今聞いてるでしょう?』
「もう提案した後だよね?」
『細かいこと気にしないの』
「細かくない」
『部屋は余ってるでしょう?』
「余ってるけど」
『それに、白以外にも猫音ちゃん、黒歌ちゃん、白音ちゃんがいるでしょう?』
「まあ……いるけど」
『白と二人きりになるわけじゃないなら、久住さん達も安心出来るって』
「安心材料そこなんだ……」
『大事でしょう?』
「否定はしないけど」
『それに、うちならココも一緒に暮らせるでしょう?』
「まあ、土地はあるしな」
大神家の敷地は広い
家の裏手はそのまま山へ続いているし、人が乗れるほど大きな鳥が一羽増えたところで、場所そのものに困ることはない
『必要ならココ用の部屋だって作れるでしょう?』
「さらっと俺に作らせようとしてない?」
『白なら出来るでしょう?』
「出来るけどさ……」
出来るから困る
『住む場所としても困らないし、仕事仲間の家なら久住さん達も安心出来るし、娘さんもココと離れなくて済むでしょう?』
「それは分かるけど」
『白が嫌ならもちろん断るわよ』
「俺は別にいいよ」
部屋はある
土地もある
ココ用の場所だって、実物を見てから考えればどうにでもなるだろう
『よかった、じゃあ決まりね』
「待って」
『何?』
「娘さんの名前は?」
『あら、言ってなかった?』
「聞いてない」
『
「…………」
その名前には覚えがある
「……あの瑠璃?」
『知ってるの?』
「一回だけ会ったことある」
久遠が検査を受けていた頃
少し困っていたところへ声を掛けた女の子
顔を見て
声を聞いて
その場で固まった
クオン
猫音
そして目の前にいた瑠璃
似ている人間くらいいる
そう思おうとした
でも、あれはそんな程度じゃなかった
ルルティエ
クジュウリ
瑠璃
久住
名前まで聞いた時には、もう偶然で済ませる気にもなれなかった
『ちょうど隣にいるけど、話す?』
「いるの?」
『いるわよ』
向こうで少し声が聞こえ、すぐに覚えのある声へ変わった
『あの……お久しぶりです、大神さん』
「久しぶり」
『突然こんなお話になってしまって、その……ご迷惑ではありませんか?』
「いや、全然、部屋もあるから大丈夫」
『ありがとうございます』
ほっとした声
やっぱり似てる
『ココまで一緒にお世話になることになってしまって……』
「そのココって、さっき母さんから聞いた」
『あ、そうなんですね』
「かなり大きいんだって?」
『はい、普通のホロロ鳥はもっと小さいんですけど、ココは昔から大きくて』
「乗れるくらい?」
『はい、わたしが乗っても平気です』
「すごいな……」
普通より大きいどころの話じゃない気もする
そこで、さっきから引っかかっていたことを思い出す
「そういえば」
『はい?』
「ホロロ鳥って、本当にそんな普通にいる鳥なの?」
『え?』
「俺、名前すら知らなかったんだけど」
『そうなんですか?』
「ああ」
『珍しい鳥ではないですよ、お肉も卵も普通に売っていますし』
「…………は?」
『え?』
「肉も卵も?」
『はい』
「普通に?」
『普通に……です』
瑠璃の声にまで、どうして知らないんだろうという困惑が混じっている
「…………」
母さんだけなら、俺がたまたま知らなかったで済ませられた
けど肉も卵も普通に売られている?
そんな一般的な鳥の名前を、俺は今まで一度も意識したことがない?
『あ、ココ、ちょっと待っててね』
電話の向こうから大きな鳴き声が聞こえた
「今のがココ?」
『はい、電話が気になるみたいで』
「本当にでかそうな声だな」
『ふふ、実際に見たら多分驚きますよ』
「母さんから聞いた時点でもう結構驚いてるよ」
『す、すみません……』
「いや、瑠璃が謝ることじゃないって」
『ありがとうございます』
「ココの場所はこっちでどうにかするから、そこは心配しなくていいよ」
『はい、よろしくお願いします』
「こっちこそよろしく」
『はい』
しばらくして母さんへ電話が戻り、詳しい日程はまた連絡するという話をして通話を終える
「…………」
静かになった携帯を見る
ホロロ鳥
母さんは知っていた
瑠璃も知っていた
それどころか、食肉にも採卵にも使われるくらい一般的な鳥らしい
なのに俺は知らない
「お兄ちゃん?」
声に顔を上げると、猫音がこちらを見ていた
「どうしたの?」
「いや」
携帯を置く
「同居人が増える」
「またですか?」
「またって言うな」
「女性ですか?」
「……うん」
「…………」
「何その顔」
「いえ」
「言いたいことあるなら言って」
「お兄ちゃんの周り、本当に女性ばかり増えますね」
「俺が増やしてるわけじゃないからな?」
「はい」
「絶対信じてないだろ」
猫音が僅かに目を逸らした
まあ、それはいい
今はそっちじゃない
「なあ、猫音」
「はい?」
「ホロロ鳥って知ってるか?」
「?」
猫音が不思議そうに首を傾げる
「何言ってるのお兄ちゃん、昨日食べた焼き鳥、あれホロロ鳥だよ?」
「…………は?」
「昨日の夕食」
「…………」
「お兄ちゃん?」
昨日
夕食で
俺が普通に食べた
あれが?
「……ニワトリは?」
「にわとり?」
「知らない?」
「何それ?」
「ちょっと待って」
居間へ顔を出す
「白音、黒歌」
「何ですか、兄さま?」
「なーに、ご主人?」
「ニワトリって知ってる?」
「にわとり?」
「何それにゃ?」
「…………」
知らない
二人とも、冗談を言っている顔じゃない
「鳥なんだけど」
「鳥ならいっぱいいますよ?」
「食用で、卵産んで、昔から家畜として――」
「それ、ホロロ鳥じゃにゃい?」
黒歌の言葉に止まる
「…………」
どうやら、ホロロ鳥を知らなかったのは俺だけらしい
ホロロ鳥は珍しい鳥でも何でもない
普通に飼われて、その肉も卵も当たり前のように食卓へ並ぶ
少なくともこの世界では、それくらい当たり前の鳥だ
それなのに
俺は名前すら知らなかった
「…………」
なんか引っかかる
「ちょっと出てくる」
「今からですか?」
「ああ」
「どこへ?」
「スーパー」
「…………何で?」
「俺にもまだ分からん」
財布を掴んで家を出た
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
何度も来たことのあるスーパー
この世界に生まれてから、何度ここで買い物をしたか分からない
今まで何の疑問も持たずに通ってきた場所へ入り、真っ先に肉売り場へ向かう
焼き鳥や弁当で何度も食べてきた、見慣れた肉
今までなら何の疑問も持たずに通り過ぎていた棚の表示を、初めて意識して読む
「…………ホロロ鳥」
書いてある
普通に
当たり前のように
国産ホロロ鳥 もも肉
むね肉
産地まで書いてある
「マジかよ……」
卵売り場へ移動する
そこにもホロロ鳥
今まで何を見てたんだ俺
いや
見てた
見てたはずだ
ただ気にしてなかった
そもそも悪魔や天使や堕天使が実在する世界だ
前世と違うものなんて、探せばいくらでもある
この世界ではそういうものなんだと、いつの間にか流すようになっていた
けど
一度気になってしまうと駄目だった
目に入るものを、今までとは違う見方で追ってしまう
そのまま店内を歩いていると、野菜売り場で足が止まった
「…………モロ芋?」
見覚えがある
いや
知ってる
煮物にも入っているし、家でも何度か食べた
今までなら、それで終わっていた
だが改めて手に取って、形を見る
「……モロ、芋」
モロ
モロロ
「…………いやいや」
名前が似ているだけだ
芋の名前なんて、その程度の偶然はある
そう思って棚へ戻しかけたところで、今度は雑穀の並んだ一角が目に入った
「…………アマミ」
アマミ
アマム
「…………」
いや
まだだ
これも似ているだけかもしれない
少し歩く
加工食品
惣菜
そこでまた足が止まった
「…………磯かつ」
イソカツ
イソカッツォ
「…………待て」
一つなら偶然で済ませる
二つでも、まあ似たものくらいあるだろう
だが、ここまで来ると話が違う
モロ芋
モロロ
甘実
アマム
磯かつ
イソカッツォ
どれも同じじゃない
でも
少しずつ形を変えたと考えれば――
「…………ホロロ」
そこで止まった
ホロロ
ホロロン
「…………」
ホロロン鳥
「…………待て」
さっきとは別の意味で、その言葉が口から出た
ホロロ鳥
ホロロン鳥
「…………マジかよ」
頭の中で、今まで別々だったものが一気に繋がっていく
モロロ
アマム
イソカッツォ
ホロロン鳥
「…………多くない?」
口から出た
明らかに多い
しかも俺が気付いてなかっただけで、まだあるかもしれない
いや
多分ある
この世界に生まれてから何年経ったと思ってる
その間ずっと、俺はこれを普通のものとして見てきた
一つ一つなら、この世界ではそういうものだと流せた
でも、一度並べてしまえば話が違う
偶然にしては重なりすぎている
「…………」
確認する相手は、一人しかいない
携帯を取り出す必要すらなかった
そもそも番号なんて知らない
目を閉じて意識を集中し、心の中から直接あいつへ呼びかける
『――おばちゃん』
『ひゃっ!?』
『…………』
『…………』
『……おばちゃん?』
『な、なんや、あんたかいな! びっくりするやろ!』
『俺以外に誰がいるんだよ』
『急に頭ん中へ声飛ばされたら誰でも驚くわ! せめて一言声かけぇ!』
『今まさに声かけただろ……』
『そういう意味ちゃうわ!』
何故か呼びかけた側である俺が怒られた
まあいい
今はそれより聞きたいことがある
『一つ聞きたい』
『ん? なんや?』
『この世界に、モロロに似た芋がある』
『…………』
『アマムに似た穀物もある』
『…………』
『イソカッツォに似た料理まである』
『…………』
先ほどまで騒がしかった声が、ぴたりと止まった
『それに、ホロロン鳥にしか思えない鳥までいる』
『…………』
『おばちゃん?』
『……あー』
僅かな間
それから、いつもの調子へ戻った声が返ってくる
『それな、少し混ぜたで!』
『…………』
『…………』
『やっぱりお前か!!』
『お前言うな! 女神様やぞ!』
『何をどう混ぜたら食文化から動物まで出てくるんだよ!』
『細かいこと気にしたら負けや!』
『気にするわ!』
『ええやん、ちょっとくらい!』
『ちょっとの量じゃねぇだろこれ!』
『今まで気付かへんかったんやろ? ほんなら問題なかったやん』
『今気付いたから聞いてんだよ!』
『まあまあ、細かいことはええやん』
『よくない!』
『ほな、そういうことで!』
『待て!』
『白ちゃん、頑張りやー!』
『おい!』
返事がなくなった
「…………」
逃げやがった
しばらく呼びかけてみたが、今度こそ返事はない
目の前の棚を見る
モロ芋
少し離れたところには甘実
惣菜売り場には磯かつ
「…………あいつのせいか」
何をどこまで混ぜたのかは分からない
というか、ほとんど説明になってない気もする
けど
おばちゃんならやりかねない
あのノリの良さだ
「……先に言えよ」
長くこの世界で暮らしてきて、今更になって気付くとは思わなかった
けど、そういうことなら一応の説明はつく
納得出来るかどうかは別として
「…………」
買い物籠を見る
いつの間にか入れていたモロ芋
その隣にはホロロ鳥の肉
「せっかくだし買って帰るか」
久しぶりに意識して見ると、少し懐かしい
どうせなら猫音達にも何か作ろう
それに
もう一つ考えなきゃいけないことがある
一度だけ会ったことのある女の子
ルルティエと同じような顔をして
同じような声で
同じように話して
ココなんて名前のホロロ鳥まで連れている
その瑠璃が今度はうちに住む
「…………」
いや
一応の原因が分かっても、これはこれで言いたくなるな
本当に
なんでこうなるんだ
フェニックス編、これにて一区切りです
勝った後だからこそ出来る話
リアス自身が選んだ一歩
そして裏側でも少しずつ変化が始まっています
久遠と江留瑠羽は現代では初対面
なのに何故か懐かしくて、安心して
気付けば「お母さま」と呼んで、「いいのよ、クオン」と返していました
理由はまだ誰にも分かりません
そして大神家には、新しい同居人が増えることに
久住瑠璃
一度だけ会った彼女との再会は、もうすぐです
その電話から、白は今まで当たり前だと思っていたものへ、少しだけ目を向け始めました
ホロロ鳥
モロ芋
甘実
磯かつ
今まで気にも留めなかったものが、意識して見れば妙に引っかかる
もっとも、その疑問については一応の答えを得たようですが――
ちなみに白の
「本気でやれば多分十秒あれば倒せるかと」
は、別に強がりではありません
白は以前の時点で、アザゼルから上級悪魔や上級堕天使と同等の力があると評価されており、その後もオシュトルとしてアザゼルとの模擬戦を重ねています
そのうえ現状の白が本気で戦う場合、アクルトゥルカを除いても
仮面装着
刀と鉄扇
仙術フル稼働
水を纏わせた攻撃
まで全部解禁されます
そして聖水も水です
悪魔であるライザーからすると、かなり相性が悪いです
なおアクルトゥルカまで使った場合は――
十秒云々の話ではなくなるので除外します
次回もよろしくお願いします