前半はいつもの調子ですが、後半は少し雰囲気が変わります
ここまでこの物語を追ってくださった方に、何か感じてもらえたら嬉しいです
それでは、Life . 32をどうぞ
昨日は学校でプール掃除をして、そのまま泳いで、帰り際には
そして翌日、月曜日
「……休日の使い方として、何か間違ってる気がする」
「そうかな?」
隣を歩くクオンが首を傾げる
「昨日は学校でプール、今日は病院だぞ」
「でも今日は検査だけでしょう?」
「祝日の朝から受けるものじゃないだろ」
「前から決まってたんだから仕方ないよ」
「正論で殴るな」
「殴ってないよ?」
普段なら学校へ向かう時間だけど、今日は祝日で休みだ
だから朝くらいゆっくり出来ると思っていたのに、俺とクオンは揃ってグリゴリが監修している病院へ向かっていた
目的は定期的な身体測定
と言っても、学校でやるような身長と体重を測って終わりなんて可愛いものじゃない
「そういえばハク」
「何だ」
「昨日の約束、忘れてないよね?」
「何の話だ」
「四日分」
「…………」
忘れたかった
「忘れてる顔だね」
「忘れてないよ」
「ほんと?」
「ああ」
昨日の水泳勝負は四人同着
その結果、クオン、朱乃、
一日だったはずの景品が四日になった
未だに納得出来ない
「楽しみにしてるね」
「何するか決めてるのか?」
「まだ秘密」
「余計怖いんだけど」
「何で?」
「お前がそういう顔してる時、大体ろくなことにならないからだよ」
「失礼だなぁ」
そう言いながら笑ってる時点で説得力がない
─────────────────────────
病院の外観だけを見れば、普通の総合病院と大きな違いはない
受付があって、待合には患者がいて、白衣を着た医師や看護師が行き交っている
ただ、その地下へ降りるための専用エレベーターへ乗った辺りから話が変わってくる
「毎回来る度に思うけど、普通の病院の地下に作る区画じゃないよな」
「そう?」
「身体能力測るために床や壁まで補強してる病院は少ないと思うぞ」
「壊れないようにしてるんじゃないかな?」
「何を想定したらここまで補強するんだよ」
一般患者向けの階数表示が消え、代わりに見慣れない術式が壁面へ浮かぶ
ここから先はグリゴリ側の管理区画だ
前にも来たことはあるけど、測定機器や補強された設備が並ぶ光景は、とても普通の病院の地下には見えない
やがて扉が開き、俺達はグリゴリ所属の検査担当者に案内されて奥へ進んだ
「では、前回と同じく基本項目から始めます」
「お願いします」
「よろしくお願いします」
最初は身長、体重、血圧、体温
そこまでは普通だった
「次は握力です」
差し出された測定器を見る
「……何で床に固定されてるんです?」
「安全のためです」
「誰に対する?」
担当者が俺とクオンを交互に見る
「設備に対する安全です」
「…………」
俺もクオンを見る
「ハク」
「何だ」
「壊さないようにしようね」
「お前にも言ってるんだぞ、それ」
「
「ならいい」
一体どんな数値まで想定して固定してるんだ
そこから反応速度、瞬発力、身体強度と続き、最後は霊的な反応と体内を流れる力の確認まで行われた
クオンは最初から最後まで平然としている
俺は途中から完全に飽きていた
「はい、これで測定は終了です」
「終わった……」
「ハク、疲れた?」
「戦う方が楽な気がしてきた」
「それは言いすぎじゃないかな?」
「待ち時間がない分、戦う方が早い」
「比較するところがおかしいよ」
担当者が苦笑しながら端末を確認する
「詳しい結果については、総督から直接説明があります」
「アザゼルから?」
「はい」
俺は少し眉を寄せる
前回もそうだったけど、俺とクオンの検査結果は普通の報告書だけで渡されるような扱いじゃないらしい
「上階に専用の面談室がありますので、そちらでお待ちください」
「ここで聞くんじゃないんですか?」
「詳細結果には機密指定が含まれています、検査担当である私達にも閲覧出来る範囲に制限があります」
「測ってる本人達にも?」
「はい」
「徹底してるな……」
「総督の指示です」
あいつらしいと言えば、あいつらしい
─────────────────────────
エレベーターで病院側へ戻り、案内されたのは一般患者が立ち入らない区画にある一室だった
扉の前で案内役が端末を操作すると、複数の認証表示が次々と浮かび上がる
「こちらは総督権限で管理されている面談室です、お二人には総督から一時入室権限が発行されています」
「そこまで?」
「室内は完全防音、外部通信も遮断されています、通常の通信機器は使用出来ません」
扉のロックが解除され、俺達は中へ入る
試しにポケットから携帯を取り出して画面を見る
「本当に圏外だな」
「中からも外からも?」
クオンが聞く
「通常の通信手段では不可能です」
案内役の返事を聞きながら、俺は改めて部屋の中を見る
病院の中だからといって、情報管理まで緩くするつもりはないらしい
俺の仮面や身体についての情報も、クオンの身体能力や普通の人間とは違う反応も、外へ漏れて喜ぶようなものじゃない
それにグリゴリの施設だからといって、所属している全員を無条件に信用するほどアザゼルも甘くないんだろう
「総督がお越しになるまで、こちらでお待ちください」
「分かりました」
案内役が去り、俺とクオンだけが残る
部屋の中にはテーブルとソファ、それに最低限の設備しかない
俺はソファへ腰を下ろして息を吐いた
「ここまで来ると面談室っていうより金庫だな」
「ハク達が中身ってこと?」
「嫌な例えするなよ」
「でも大事なものを入れる場所でしょう?」
「そう言われると否定しづらい」
クオンが俺の隣へ腰を下ろす
「結果、どうかな?」
「大きく変わってないといいけどな」
「何か変わってると思う?」
「俺よりお前じゃないか?」
「
「前回の時点で、素の身体能力だけでもかなり高いって言われてただろ」
「そうだったね」
「昨日の泳ぎ見てても納得だよ」
「でも同着だったよ?」
「あれは参考にならない」
「何で?」
「鬼が三体追ってきてただろ」
「…………」
クオンが少し黙る
「見えてたんだな?」
「……気のせいかな」
「お前までそれで逃げるな」
「でも、ちょっと怖かったよ?」
「だろうな」
俺にも見えたから安心しろ
安心出来る話じゃないけど
そんな話をしていると、扉の向こうから短い認証音が鳴った
「来たみたいだね」
「ああ」
ロックが解除され、扉が開く
「待たせたな」
最初に入ってきたのはアザゼルだった
「遅いですよ」
「検査終わってから十分も待ってねぇだろ」
「祝日の朝から検査受けてる側の十分は長いんですよ」
「知らねぇよ」
いつもの調子だ
ただ、今日はアザゼル一人じゃない
「失礼します」
その後ろから
「
「はい、お久しぶりです」
「久しぶりです」
「お久しぶりです」
クオンも
そして、もう一人
「…………」
俺の視線が止まった
アザゼルと
かなりお腹が大きい
妊婦だということくらい、俺にだってすぐ分かる
けど、それより先に顔へ目がいった
……待て
いや、ちょっと待て
「もしかして」
俺より先にクオンが口を開いた
「あなたが
「ええ」
女性が柔らかく笑う
「初めまして、
「…………」
声を聞いた瞬間、今度こそ思考が止まった
声までかよ
もちろん同じ人間じゃない
髪型も細かい顔立ちも違う
それでも、柔らかい雰囲気も笑った時の目元も、その声まで、記憶の中にいる一人とあまりにもよく似ている
ユズハ
原作で知っている、あの少女に
しかも名前まで柚葉
「……初めまして、
「ハク?」
クオンが俺を見る
「……お前、知ってたの?」
「うん、
「何を?」
「
「…………」
俺はゆっくり
「俺は聞いてないんですけど」
「言ってませんでしたか?」
「聞いてないです」
「あれ?」
何でこの人達、揃って重要情報を共有した気になってるんだ
「まあいいじゃねぇか、今会えたんだから」
アザゼルが何でもないことのように口を挟む
「そういやハクにはちゃんと紹介してなかったな、
「…………」
俺は反射的に
アザゼルの妻であることは、当然もう知っている
その上で、もう一度
「……二人目の?」
「そうなるな」
「聞いてませんけど」
「言ってなかったか?」
「聞いてません」
こいつ
一度ならまだしも二度目まで同じことやりやがった
しかも今度は、ユズハそっくりの女性が二人目の妻
顔も似てる
雰囲気も似てる
声まで似てる
名前まで柚葉
その旦那が、妻を複数持っていて、何だかんだ人の面倒を見て、各勢力の上層部とも付き合いのある男
「…………」
おい
やっぱりアザゼル、お前……
まんまハクオロじゃねぇか!?
「何だ、その顔」
「何でもないです」
「絶対何かあるだろ」
「気にしないでください」
気にしたところで説明出来るわけがない
あなた、別作品の主人公に似すぎですよなんて言ったところで、アザゼルからすれば何の話だで終わる
「まあいい、先にお前らの結果から話すぞ」
アザゼルがテーブルの上へ端末を置き、俺達もソファへ座り直す
「結論から言えば、二人とも今すぐどうこうって異常は出てねぇ」
「なら問題なし?」
クオンが聞く
「大きな意味ではな、ただ経過観察は続ける」
アザゼルが画面を操作し、最初にクオンの結果を表示する
「クオンは前回と同じ傾向だ、素の身体能力だけなら上級堕天使クラス相当、項目によっちゃ前より少し上がってる」
「上がってるんだ」
「最近も鍛えてるんだろ?」
「うん」
「なら不自然な伸び方じゃねぇよ、ただし何度も言うが、これは身体能力の話だ、総合的な戦闘力まで上級堕天使と同じって意味じゃねぇからな」
「分かってるよ」
クオンは素直に頷いた
俺からすれば、素の身体能力だけでそこまで行ってる時点で十分おかしいと思うけど
「で、次はお前だ」
「俺ですか」
「相変わらず面倒臭ぇ」
「結果を見た第一声がそれですか?」
「事実だから仕方ねぇだろ」
アザゼルが別の画面へ切り替える
「前にも言ったが、お前から出てる反応は一種類じゃねぇ、普通なら別々に検出されてもおかしくないものが複数ある」
「ああ」
「ただ、それが後から混ざったような反応じゃねぇんだよ、最初から全部まとめて一つだったみたいに馴染んでる」
そこは前回と変わっていないらしい
「今回も分離や拒絶反応はなし、変に崩れてる様子もねぇ、今のところは安定してる」
「じゃあ俺も問題なし?」
「今のところは、だ」
「その一言を付けるんですね」
「研究者が絶対なんて簡単に言うと思うか?」
「思わないです」
「なら聞くな」
ごもっとも
アザゼルはもう一度いくつかの項目を確認すると、端末を閉じた
「とりあえず今回の結果はそんなところだ、次も予定通り定期的に測るぞ」
「了解」
「分かったよ」
これで朝から病院まで来た本来の目的は終わりらしい
肩の力を抜いたところで、俺は向かいに座っている
「そういえば、
「はい、定期健診なんです」
また声でユズハが頭をよぎった
慣れろ俺
顔と名前と声が似てるだけだ
…………だけって何だよ
「もう結構大きいよね」
クオンが
「うん、ここ最近は特にね」
その仕草を見た途端、隣にいたアザゼルまでさっきとは違う顔になった
何というか、分かりやすく視線が柔らかい
「性別って、もう分かってるの?」
「女の子なの」
「へぇ」
クオンの顔がぱっと明るくなる
「元気?」
「今日も元気だって言われたわ」
「それなら良かったね」
「ありがとう、
二人が笑い合う横で、アザゼルも小さく息を吐いている
総督だの研究者だの言ってる時とは随分違う顔だな
「アザゼルさん、かなり心配してるでしょう?」
クオンがそう言うと、
「それがね、毎回先生に同じことを何度も確認するの」
「必要な確認だ」
「前回と変わりませんって言われた後にも聞いてたでしょう?」
「念のためだ」
「三回も?」
「三回くらいいいだろ」
アザゼルが真顔で返す
お前、思ったよりずっと浮き足立ってるな
まあ初めての子供なら、心配になるのも分からなくはないけど
「名前はもう決めてるの?」
クオンが何気なく聞く
「それが、まだなの」
「候補はいくつかあるんだけどね」
「どんな名前?」
「その中の一つが――
「……くおん?」
クオンが目を丸くして自分を指差す
「うん、読み方は
「漢字は?」
「薫るっていう字に、穏やかの穏」
「
クオンがその名前を確かめるように繰り返す
俺は何も言わなかった
言えなかった
ちょっと待て
ユズハそっくりの女がアザゼルの二人目の妻で、もうすぐ生まれる子供は女の子
そして名前候補が、くおん?
…………おばちゃん
おい、おばちゃん
ここまで来ると偶然じゃねぇだろ
完全に仕込んだだろ
『……仕込んでないでぇ!!』
「…………」
今、何か聞こえた気がした
ものすごく小さかったけど、確かに耳の奥へ届いたような気がする
…………いや
幻聴かな
「前に
俺が現実逃避している間にも、話は普通に続いていた
「
「うん、優しくて、周りをよく見ていて、困っている人を放っておけない子だって」
「そんなに立派じゃないよ?」
「そういうところも含めてって聞いてたわ」
クオンが少し恥ずかしそうに
「それで、いい名前だなって思ったの」
「でも同じ名前でいいの?」
「同じなのは読み方だけよ、この子にはこの子の字をあげたいから」
クオンもしばらくそのお腹を見たあと、少し照れたように笑い返した
「元気な子になるといいね」
「うん」
「きっと大丈夫だよ」
「ありがとう、
短いやり取りだったけど、
「……やっぱり、この名前がいいな」
「え?」
「話を聞いてた時から候補には入れてたんだけど、実際に
「この名前しかない気がしてきちゃった」
「ちょっと待て」
それまで黙って聞いていたアザゼルが口を挟んだ
「俺、まだ最終決定聞いてねぇぞ」
「今、この名前がいいって決めたから」
「今!?」
「駄目?」
「駄目じゃねぇけど!」
駄目じゃないんだ
いや、そこじゃない
俺の頭はもう別のところで限界だった
ははっ……
これも何もかもおばちゃんのせいなんだ……
「ハク?」
クオンの声が聞こえる
「どうしたの?」
「何が?」
「顔がしおしおになってるよ?」
「俺の胃のライフがマイナス域に入っただけだ」
「それ大丈夫じゃないよね?」
「多分大丈夫じゃない」
「休んだ方がいいんじゃないかな?」
そうかもしれない
その間にも、三人の会話はどんどん盛り上がっていく
ここから先は俺が混ざるより、三人で話した方がいいだろう
俺の胃のためにも、そうしてほしい
「……じゃあ、あとはごゆっくり」
「え?」
クオンがこちらを向く
「ハク、どこ行くの?」
「下のカフェ」
「カフェ?」
「ああ、クオン、俺は下で待ってるよ」
「まだ話してるけど?」
「分かってる」
「一緒にいなくていいの?」
「今の俺には休息が必要なんだ」
「……本当に大丈夫?」
「大丈夫じゃないから行くんだよ」
クオンが何とも言えない顔をする
「ごめんなさい、男の人には退屈だった?」
「いえ、退屈ではないです、ただちょっと……情報量が多くて」
「そう?」
「はい」
ユズハそっくり
アザゼルの二人目の妻
女の子
名前候補がくおん
おばちゃんの声まで聞こえた気がする
これ以上ここにいたら、本当に胃がおかしくなりそうだ
「じゃ、またあとで」
「うん、終わったら行くね」
「ああ」
俺が立ち上がった、その時だった
「待て」
今度はアザゼルまで腰を上げる
「何です?」
「俺も行く」
「総督も?」
「ああ」
アザゼルは俺の顔をじっと見ると、僅かに眉を寄せた
「お前、その顔で一人にしとくのちょっと怖ぇんだよ」
「そこまでですか」
「そこまでだ」
そんなに酷い顔してるのか、俺
アザゼルはそれだけ言うと、今度は残った三人へちらっと視線を向けた
「……それに、このまま女三人だけ残したら俺への愚痴大会が始まりそうな気がする」
「自覚あるんですね」
「ねぇわけじゃねぇよ」
「アザゼル?」
背後から
「何の話?」
「何でもねぇ」
「今、愚痴って聞こえたけど?」
「気のせいだ」
「へぇ?」
笑ってる
「ハク、行くぞ」
「逃げましたね?」
「お前もだろ」
「俺は避難です」
「同じだよ」
アザゼルが先に扉へ向かい、俺もその後を追う
「じゃあクオン、部屋を出たら連絡してくれ」
「分かったよ」
クオンが笑って頷く
「
「何を安心すりゃいいんだよ」
アザゼルがぼそっと呟く
「
「もちろん」
その言葉を最後に扉が閉まる
─────────────────────────
廊下へ出て少し歩いたところで、俺は隣のアザゼルを見る
「そういや総督」
「何だ」
「さっき
「ああ」
「あの二人も関係あるんですよね?」
「ある」
アザゼルが即答する
「完全に同じじゃねぇが、お前やクオンと似た反応が出てる」
「二人とも?」
「二人ともだ」
「じゃあ、
「可能性は高い、少なくとも今はそう見てる」
「今は?」
「最初から分かってたわけじゃねぇんだよ」
アザゼルがエレベーターの呼び出しボタンを押す
「
「じゃあ何でここに?」
「発熱だ」
「熱?」
「ああ、表の病院じゃ原因不明の発熱として扱われてた、薬を使っても治らねぇ、検査しても原因が出ねぇ、それが長く続いた」
それは確かに普通じゃない
「昔から体調を崩しやすい奴だったらしくてな、最初のうちは家族もまた体調を崩したんだと思ってたらしい」
「でも治らなかった」
「ああ、今までとは明らかに違った」
エレベーターが到着し、俺達は中へ乗り込む
「それに一番早く気付いたのが兄貴だ、昔からずっと妹の面倒見てきたからな」
「それで?」
「表で駄目なら別のところを探すって、使えるツテを片っ端から当たったらしい、そうして最終的にここへ辿り着いた」
「よく見つけましたね」
「俺もそう思う」
扉が閉まり、階数表示がゆっくり動き始める
「ただ、こっちへ来たからって原因が分かったわけじゃねぇ、グリゴリ側で調べても当時は不明だった」
「総督でも?」
「何でも分かると思うなよ」
「思ってませんよ」
「顔がそう言ってたぞ」
「気のせいです」
アザゼルが鼻で笑う
「それでも検査と経過観察は続けてた、俺も顔を合わせる回数が増えてな」
「そのうち治った?」
「少しずつな、完全に何か一つの治療が効いたってわけじゃねぇ、気付いた時には熱を出す頻度も落ちて、体調も安定してた」
「原因は?」
「今でも断定は出来ねぇよ」
「じゃあ
「お前から聞いた後だ」
アザゼルが少しだけ表情を真面目にする
「お前が話した内容と、昔の
「それで二人も?」
「ああ、今は比較対象として一緒に見てる」
なるほど
最初から答えを知っていたわけじゃなく、俺が持ち込んだ情報で昔の原因不明だったものに候補が出来たわけか
「じゃあ
「そりゃな、妹のためにここまで辿り着いた奴だぞ」
「相当妹思いですね」
「昔かららしいぞ」
「総督ともその頃に?」
「最初はかなり警戒されてた」
「でしょうね」
「妹を預ける相手だから当然だけどな、こっちが何者かも分からねぇわけだし」
「今は?」
アザゼルが少し笑う
「今じゃ俺を信用しすぎなくらいだ」
その時、エレベーターの扉が開いた
「兄者!」
「…………」
聞き間違いかと思った
勢いよく飛んできた声に顔を上げる
そこに立っていた男を見た瞬間、今度は別の意味で言葉が止まった
顔立ちも、髪も、立ち方も、記憶の中にいる男によく似ている
「おう、
「…………」
名前までかよ
「兄者、
声まで似てる
「上だ、
「そうか! なら安心だな!」
「お前も相変わらずだな」
「妹のことだからな!」
その即答といい、表情といい、妙に真っ直ぐなところといい
性格まで似てるじゃねぇか
妹が
その上、そこで妹を診ていたアザゼルを信頼するようになって、今では兄者呼び
「…………」
いや待て
オボロがユズハを救うためにハクオロの城へ潜り込んだ流れと、ほとんど同じじゃねぇか
「ハク?」
「何でもないです」
「また顔しおしおになってるぞ」
「気のせいです」
気のせいであってくれ
「兄者、そちらは?」
「ああ、紹介する、こいつがハクだ」
「おお!」
「君がハクか!」
「初めまして、
「
「よろしくお願いします」
「兄者からも話は聞いているぞ!」
兄者
また言った
見た目も声も性格もオボロそっくりで、名前が
妹は
アザゼルは兄者
……おばちゃん
本当に仕込んでないんだよな?
「
「助かる、兄者!」
「ただ今、女三人で話し込んでるから覚悟しとけ」
「何をだ?」
「知らん、俺は逃げてきた」
「兄者が?」
「ああ」
「ははは! なら俺も気を付けよう!」
「その自信どっから来るんだよ」
「分からん!」
「即答すんな」
……性格まで本当にオボロだな
「兄者は行かないのか?」
「俺はハクとカフェだ」
「そうか! ならハク、兄者を頼んだぞ!」
「何をです?」
「色々だ!」
「雑ですね」
「ははは!」
笑いながら
「じゃあな兄者、また後で!」
「おう」
扉が閉まり、
俺はしばらく閉じた扉を眺めていた
ユズハそっくりの妹に、オボロそっくりの兄
しかも二人とも名前までそのままに近い
今日は本当に甘いものが必要かもしれない
side out ハク
─────────────────────────
side in クオン
少し前
ハクとアザゼルさんが部屋を出ていってから、室内はほんの少し静かになった
と言っても、話すことがなくなったわけじゃない
「ハク、本当に大丈夫かな?」
「大丈夫だと思いますよ」
「多分、今日は色々重なりすぎただけです」
「顔が本当にしおしおだったよ?」
「ハクさんですから」
「それで通じるんだ……」
「でも、面白い人ね」
「うん、いつもあんな感じだよ」
「
「長いと言えば長いかな」
そう答えると、
「仲がいいのね」
「そうかな?」
「そう見えるわ」
何となく照れ臭くなって、
「それより、
「私?」
「うん、アザゼルさんとはどうやって知り合ったの?」
「私は知ってますけど、本人から聞く方がいいですよ」
「
「最初はね、患者と先生みたいなものだったの」
「患者?」
「うん、私、小さい頃からよく体調を崩してて」
「そうだったんだ」
「熱を出したり、寝込んだりすること自体は珍しくなかったの、それである時また熱が出て、最初はいつものことだと思ってたんだけど……全然治らなくて」
声は柔らかいままだけど、その頃を思い出したのか少しだけ表情が変わる
「色んな病院へ行ったんだけど原因が分からなくて、お兄ちゃんがずっと探してくれたの」
「お兄さん?」
「うん、もう片っ端から」
「知り合いの知り合いとか、普通ならそこまで聞く?っていうところまで全部当たって」
「それでこの病院に?」
「そうなの」
すごい行動力だ
妹のためとはいえ、普通はそこまで出来ないと思う
「でも、ここへ来たらすぐ治ったわけじゃないのよ」
「そうなんだ」
「こっちでも原因が分からなくて、何度も検査して、その度にアザゼルが診てくれてたの」
「その頃からアザゼルさんが?」
「うん」
さっき赤ちゃんの話をしていた時とも違う、すごく大切なものを思い出しているような顔だった
「最初はちょっと怖かったけどね」
「アザゼルさんが?」
「だって、初対面だと結構怪しいでしょう?」
「……否定しづらいかな」
「でしょう?」
「そこは否定してあげましょうよ」
「でも、話してみたら思ってたよりずっと真面目でね、私が熱を出したら夜でも様子を見に来るし、検査結果が出たら自分で確認しに来るし」
「アザゼルさんらしいね」
「うん、それで少しずつ体調も良くなってきて……その頃かな」
「この人、放っておけないなぁって思うようになったの」
「……そっちなんだ?」
「そっちなの」
楽しそうに笑っている
「それで、私から」
「
「うん」
「アザゼルさんは?」
「逃げたわ」
「逃げたの?」
「逃げましたね」
「えぇ……」
「その頃にはもう
「あ、それなら……」
「でしょう?」
「だから最初は駄目だって言われたの」
「そこで諦めなかったんだ?」
「うん」
即答だった
見た目は柔らかいけど、この人かなり強い
「そのあと、アザゼルが普通の人間じゃないことも聞いたわ、堕天使だってことも」
「怖くなかった?」
「びっくりはしたけど、怖くはなかったかな」
「どうして?」
「だって、正体を知ったからって、それまでずっと私を診てくれてたアザゼルが別人になるわけじゃないでしょう?」
「……うん」
それは分かる気がする
後から相手が何者なのかを知ったって、一緒に過ごした時間までなくなるわけじゃない
「それに、人間と同じ生き方だけをする人じゃないって分かったから、人間の常識だけで全部決めなくてもいいのかなって」
「それで?」
「
「そこへ行くんだ」
「行くわよ?」
また即答だった
「私のところへ来た時は驚きましたよ」
「でも、
「反対しなかったの?」
「最初は色々考えましたけどね」
「最後に言ったのは一つだけです」
「何て?」
「二人ともちゃんと愛してね、って」
「…………」
簡単に言えることじゃないと思う
それでも今ここにいる二人を見ていると、どちらかが無理をして今の形になったわけじゃないことは何となく分かった
「アザゼルさんは?」
「固まりました」
「固まったの?」
「しばらく何も言わなかったわよね」
「はい」
二人揃って笑う
「でも、そのあとちゃんと答えてくれたの」
「何て?」
「それは秘密」
「えー」
「そこまで話したんだからいいでしょう?」
「気になるよ」
「駄目」
多分、悪い答えじゃなかったんだろうな
そうじゃなかったら、今こんな顔で話したりしないと思う
「そういえば」
「最近はよく動きますか?」
「うん、夜になると特にね」
「元気なんだね」
「元気すぎるくらい」
「もう服とか揃えてるの?」
「かなり増えちゃった」
「見たいな」
「写真あるわよ」
「本当?」
そこからは本当に女子会みたいになった
赤ちゃんの服、寝る場所、必要な物、どっちに似ると思うか
話題が次から次へと出てくる
「この服可愛いね」
「でしょう? でもアザゼルがすぐ何でも買おうとするから」
「すごく想像出来るかな」
「この前なんて似たようなの三着持ってきたのよ」
「三着?」
「色が違うって」
「違うだろってね」
思わず声を真似してしまって、三人で笑う
「でも、楽しみなんだろうね」
「そうみたい」
その姿を見ていると、さっき聞いた名前がもう一度頭に浮かんだ
不思議な感じはするけど、嫌ではなかった
むしろ、あの子が元気に生まれてきてくれたらいいなと思う
そうして話していると、部屋の外から認証音が聞こえた
「あら?」
「誰か来たみたい」
少ししてロックが解除され、扉が開いた
「
「お兄ちゃん?」
入ってきた男の人が、真っ先に
「大丈夫か!? 今日の検査は問題なかったか!?」
「大丈夫よ、さっき診てもらったばかり」
「身体は辛くないか?」
「大丈夫」
「そうか、それならよかった」
最初は勢いよく入ってきたのに、最後の一言だけ声が少し柔らかくなる
心配してるんだ
すぐに分かった
「もう、お兄ちゃんったら」
「仕方ないだろう、昔からお前のことは心配なんだ」
「今日は何もしてないわよ?」
「それでもだ」
多分、ずっとこうなんだろうな
小さい頃から体調を崩しやすかった妹を、この人はずっと心配してきたんだと思う
「あ、そうだ」
「お兄ちゃん、こちらが
「おお!」
男の人がこちらを向いた瞬間、表情がぱっと明るくなった
「君が
「うん、初めまして」
何だろう
すごく嬉しそうだ
初対面のはずなのに、ずっと会いたかった人に会ったみたいに笑っている
「
「
「そうかそうか、君が……」
でも嫌な感じはしない
むしろ、ちゃんと元気なのか確かめているみたいだった
「元気そうで何よりだな」
「うん?」
「無理はしてないか? ちゃんと食べてるか?」
「え?」
さっきより声が柔らかい
勢いそのものは変わってないのに、語尾だけが妙に穏やかだった
「何か困ったことがあれば遠慮なく言うんだぞ、俺に出来ることなら何でも――」
「うん、大丈夫だよ、お父様」
「そうか、それなら――」
「…………」
「…………」
止まった
「……あれ?」
今、
「
「……お父様って」
「俺を?」
「……うん」
どうして?
初めて会った人なのに
お父様なんて呼んだこと、一度もないのに
でも不思議なことに、口にした瞬間は何もおかしいと思わなかった
むしろ、そう呼ぶのが当たり前みたいに自然だった
「すまん、俺にも何が何だか……」
それなのに、少しだけ嬉しそうにも見えた
「ふふっ」
その笑顔を見た瞬間、また口が先に動いた
「お母さまも笑ってる」
「…………え?」
「…………」
今度は
まただ
「……あれ?」
お母さまって呼んだ
どうして?
分からない
なのに、さっきと同じで呼んだ瞬間は何の違和感もなかった
前にも似たことがあった
初めて
あの時も、どうしてそんな言葉が出たのか分からなかった
「
「え……?」
その指先が濡れている
一筋の涙が頬を伝っていた
「どうしたの?」
「分からないの」
慌てて涙を拭うけど、また次の一粒が零れる
「何でだろう……」
困ったように笑いながら、
「分からないんだけど……何故か、とても嬉しくて」
「…………」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がきゅっと締め付けられた
悲しいわけじゃない
怖くもない
むしろ逆だった
どうしてか分からないのに、
「……あれ?」
今度は別の小さな声が聞こえる
振り向くと、
その頬にも、涙が流れている
「
「え……?」
本人も気付いていなかったみたいで、指先についた涙を見て目を丸くしている
「どうしたの?」
「……分かりません」
「ただ……何だか、とても懐かしくて」
声が少し震える
「それに……嬉しくて」
「…………」
その顔を見たら、今度は
「あれ……?」
頬へ手を当てる
濡れていた
泣くつもりなんてなかったのに、涙が次から次へと溢れてくる
「何で……」
分からない
何も分からない
それなのに、ずっと前から知っていたような気がする
また会えたことが嬉しくて仕方ないような、そんな気持ちが胸の奥から次々と湧いてくる
「
「…………」
迷う理由なんてなかった
「うん、もちろんだよ」
「ありがとう」
大きなお腹に負担を掛けないよう、
そっと身体を寄せると、
「…………」
「…………」
温かい
その温かさに包まれた瞬間、また涙が溢れた
初めてなのに
初めて抱きしめてもらったはずなのに
どうしてこんなに落ち着くんだろう
ずっと昔にもこうしてもらったような
ずっと会いたかった人に、やっと会えたような
そんな気がする
理由なんて何一つ分からないのに、身体の方が先に知っているみたいだった
「……ありがとう」
耳元で
少し震えている
「ありがとう……クオン」
「…………っ」
その呼び方を聞いた瞬間、胸の奥から何かが一気に込み上げた
「お母さま……」
また自然に口から零れる
今度は止めようとも思わなかった
「お母さま……っ」
「うん……」
「クオン……」
もう駄目だった
それでも悲しくはない
胸の奥がどうしようもなく温かくて、嬉しくて、涙が止まらない
「…………」
少し離れたところから、息を呑む音が聞こえた
見ると、
さっきまであんなに元気だったのに、今は何も言わず、
頬を伝った涙を拭おうともせず、それでも表情はとても穏やかだった
まるで、ずっと大切にしてきた娘を見るみたいに
「よかった…良かったな…ユズハ……クオン」
「…………」
何故だろう
その二つの名前を並べた声が、どうしようもなく懐かしく聞こえた
何かを思い出したわけじゃない
少なくとも、
それでも今だけは、分からないままでいいような気がした
「お母さま……」
「うん……クオン」
また涙が溢れる
何故こんなにも懐かしくて
何故こんなにも嬉しいのか
今の
ただ、この人達に会えたことが
どうしようもなく嬉しかった
ここまで読んでいただき、ありがとうございました
今回の後半は、この作品を書き始めた頃から「いつかやりたい」と思っていたことの一つでした
どうしてあの呼び方が自然に出てきたのか
どうして、初めて会ったはずなのに懐かしく感じたのか
どうして、理由も分からないまま涙が出たのか
その辺りについては、今はまだ伏せておこうと思います
ただ、今回の場面はずっと書きたかったものだったので……
作者本人、書いている途中で普通に泣きました
特に
「ありがとう……クオン」
「お母さま……」
「よかった…良かったな…ユズハ……クオン」
この辺りは完全に駄目でした
彼女達や彼が何を感じていたのか
それを読者の皆さんにも少しでも感じてもらえたなら嬉しいです
次回もよろしくお願いします