ハイスクールDxD 〜うたわれるもの〜   作:フォートナー

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授業参観が終わっても、騒ぎが終わるとは限りませんw

大神家では、歴戦の武人たちとハクが道場で手合わせをすることに

一方その頃、兵藤家でも別の意味で大変な夜が始まろうとしていて……?

それでは、Life.35をどうぞ!


Life . 35 道場は四対一!恋は二対一!?

 ……さて

 

 帰り道でも壮玄さんから葵との組手について色々と尋ねられながら、ようやく我が家が見えてきた

 

 山の麓から少し上がった場所に建つ、武家屋敷風の母屋

 

 その隣には、普段から稽古に使っている道場

 

 見慣れた光景だ

 

 ……見慣れた光景なんだが

 

「ほう……!」

 

 央善(おうぜん)さんが感心したように声を上げた

 

「これはまた、立派なお屋敷じゃのう!」

 

「いやぁ、実に趣のある家だねぇ!」

 

 壮玄(そうげん)さんも楽しそうに笑っている

 

「ありがとうございます」

 

 俺は軽く頭を下げた

 

「まあ、少々広すぎる気もしますけどね」

 

「いやいや、これだけの家を維持するのも大変じゃろう!」

 

「それに、あちらが道場かな?」

 

 ……あ

 

 やっぱりそっちに目が行きますよね

 

「はい。普段から稽古に使っています」

 

「ほう、稽古とな!」

 

 央善(おうぜん)さんの目が輝いた

 

「なかなか立派な造りじゃのう!」

 

「葵(あおい)からも聞いていたけれど、これは楽しみだねぇ!」

 

 ……楽しみ

 

 ですか

 

 いや、その言い方

 

 嫌な予感しかしないんですけど

 

「うひひ! おにーさん、強いんよ!」

 

 葵(あおい)が嬉しそうに笑った

 

「道場で組手してもろたんやけど、ウチ、めっちゃ楽しかったなぁ!」

 

「ハッハッハ! そうかそうか!」

 

 壮玄(そうげん)さんが満足そうに頷いた

 

「葵(あおい)がそこまで言うなら、ますます興味が湧いてくるねぇ!」

 

「……いやぁ、そんな大したものじゃ」

 

「謙遜せんでもよいぞ、白(はく)君!」

 

 今度は央善(おうぜん)さんが豪快に笑う

 

「お主の父親のことは、よう知っとるからのう!」

 

「……ああ」

 

 そうだった

 

 この二人は、親父たちと同じ仕事をしているんだったな

 

 しかも、昔一緒に仕事をしていたというだけじゃない

 

 今も現役で異形を狩り続けている、親父と母さんの仕事仲間だ

 

 ……なるほど

 

 そう考えると、二人が道場に興味を持つのも納得だな

 

「ハク?」

 

「ん?」

 

 隣でクオンが首を傾げた

 

「何だか楽しそうだね」

 

「……どこが?」

 

「ふふっ」

 

 ……おい

 

 笑って誤魔化すな

 

「ハクさん……」

 

 今度は瑠璃(るり)が、少し申し訳なさそうに声をかけてきた

 

「お父さまたちが、すみません……」

 

「いやいや、気にすることないよ」

 

「ですが……」

 

「せっかく来てくださったんだ。楽しんでもらえれば、それでいいさ」

 

「……ありがとうございます」

 

 瑠璃(るり)がほっとしたように微笑んだ

 

 ……うん

 

 まあ、何とかなるだろう

 

 たぶん

 

「さて、まずは中へ入りましょうか」

 

「うむ!」

 

「お世話になるよ!」

 

 俺は玄関へ向かった

 

 扉を開けると――

 

「お兄ちゃん、お帰り!」

 

 聞き慣れた声が飛んできた

 

「ただいま、猫音(ねこね)」

 

「さっき連絡もらったから、お客様のお部屋も用意しておいたよ!」

 

「おお、助かる」

 

「ふふん!」

 

 猫音(ねこね)が得意げに胸を張る

 

 ……ああ

 

 本当にしっかりした妹だな

 

「久住さん、潮路さん。いらっしゃいませ!」

 

 猫音(ねこね)は俺の後ろにいる二人へ、丁寧に頭を下げた

 

「おお! 昼間はどうも!」

 

「また会ったねぇ!」

 

 二人も笑顔で応じる

 

「急に泊めていただくことになって、申し訳ないのう」

 

「いえ! ゆっくりしていってください!」

 

「いやぁ、実にしっかりしたお嬢さんだ!」

 

 壮玄(そうげん)さんが楽しそうに笑った

 

「お兄ちゃんも、これくらいしっかりしてくれればいいんですけど……」

 

「……おい、猫音(ねこね)」

 

「何?」

 

「……いや、何でもない」

 

 ……反論できないのが悲しいな

 

「ご主人、お帰りだにゃ!」

 

 廊下の奥から、黒歌が顔を出した

 

「おう、ただいま」

 

「お客様も一緒かにゃ?」

 

「ああ、瑠璃(るり)と葵(あおい)のお父さんだ」

 

「なるほどにゃ!」

 

 黒歌は二人へ向き直ると、にこりと笑った

 

「大神黒歌だにゃ。よろしくお願いしますにゃ!」

 

「おお! これはまた、元気なお嬢さんじゃのう!」

 

「こちらこそ、よろしく頼むよ!」

 

「お帰りなさい、兄さま」

 

 続いて、白音も姿を現した

 

「ただいま、白音」

 

「お客様のお部屋の準備は済んでいます」

 

「ありがとな」

 

「いえ」

 

 白音は小さく頷くと、二人へ丁寧に頭を下げた

 

「大神白音です。よろしくお願いします」

 

「うむ! こちらこそよろしく頼むぞ!」

 

「お世話になるよ!」

 

 ……うん

 

 ひとまず挨拶は済んだな

 

「それじゃあ、まずは客間へ案内しますね」

 

 俺がそう言うと、猫音(ねこね)が頷いた

 

「お兄ちゃん、わたしが案内するよ」

 

「ん? いいのか?」

 

「うん! お兄ちゃんはお茶の準備でもしてて!」

 

「……了解」

 

 ……ああ

 

 本当に頼もしいな、我が妹

 

 猫音(ねこね)に客間への案内を任せ、俺は二人の荷物を運んだ

 

 その後、お茶を用意して客間へ戻る

 

─────────────────────────

 

「いやはや、実に居心地のよい家じゃのう!」

 

 央善(おうぜん)さんがお茶を一口飲み、満足そうに笑った

 

「ご両親にもよろしく伝えておいてくれんか」

 

「はい。帰ってきたら伝えておきます」

 

「私からも頼むよ!」

 

 壮玄(そうげん)さんも頷く

 

「それにしても、あの二人の息子がもうこんなに大きくなっているとはねぇ」

 

「……あの二人?」

 

「君のご両親のことさ!」

 

「ああ、なるほど」

 

 ……まあ、そりゃそうか

 

 仕事仲間なら、親父や母さんの昔の話だって知っているだろうしな

 

「しかし、白(はく)君」

 

「はい?」

 

 央善(おうぜん)さんが、ふと笑みを深めた

 

「帰り道でも少し話したが……道場で稽古をしておるんじゃったな?」

 

「……はい」

 

「うむ!」

 

 ……あ

 

 来た

 

「どうじゃ。少し、手合わせしてもらえんか?」

 

「実は私も、お願いしようと思っていたところなんだ!」

 

 ……ですよねぇ

 

 何となく分かってましたよ

 

「おにーさん!」

 

 隣にいた葵(あおい)が、ぱっと顔を輝かせた

 

「父様(ととさま)と組手するん!?」

 

「ハッハッハ! そうだよ、葵(あおい)!」

 

 壮玄(そうげん)さんが楽しそうに笑った

 

「お前がお世話になっている人の腕前、見せてもらいたいからねぇ!」

 

「うむ! 儂も一手、付き合ってもらいたいのう!」

 

 央善(おうぜん)さんも豪快に笑う

 

「うひひ! 楽しみやなぁ!」

 

 ……おいおい

 

 もう完全にやる流れになってるぞ

 

「……あの、ハクさん」

 

 瑠璃(るり)が心配そうに俺を見上げた

 

「お父さまは、昔から武芸が好きで……」

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

「ですが、お父さまはその……力が強いので……」

 

「……そうなのか」

 

「はい……」

 

 ……なるほど

 

 親父たちと同じ仕事をしている人だ

 

 しかも、歴戦の異形狩り

 

 俺が心配されるのも無理はないか

 

 だが、こっちだって一応、武術には自信がある

 

 それに

 

 この二人とは、一度手を合わせてみたい

 

 ……そう思っているのも事実なんだよな

 

「分かりました」

 

 俺は二人へ向き直った

 

「俺でよければ、お相手します」

 

「おお!」

 

「ハッハッハ! それはありがたい!」

 

 二人が揃って嬉しそうに笑った

 

「ただし、模擬戦ですからね?」

 

「無論じゃ!」

 

「もちろんさ!」

 

 ……うん

 

 即答だな

 

 まあ、歴戦の異形狩りなら、力加減くらい分かっているだろう

 

「それじゃあ、準備してきます」

 

「うむ!」

 

 ……さて

 

 今度は、どんな手合わせになることやら

 

─────────────────────────

 

 大神家の道場

 

 木の床を踏みしめながら、俺は用意していた木刀を手に取った

 

 そして、もう片方の手には鉄扇

 

 いつもの組み合わせだ

 

 ……まあ、あくまで模擬戦だからな

 

 必要以上に力を入れるつもりはない

 

 だが、相手が相手だ

 

 下手に気を抜く方が危ないだろう

 

「ほう、木刀と鉄扇か」

 

 央善(おうぜん)さんが感心したように頷いた

 

「面白い取り合わせじゃのう」

 

「ええ、普段から使っているもので」

 

「実に興味深いねぇ!」

 

 壮玄(そうげん)さんも楽しそうに笑う

 

 その手には、模擬戦用の木槍が握られていた

 

 一方、央善(おうぜん)さんが手にしているのは、大振りの木剣

 

 普通の木刀とは明らかに違う

 

 長さも幅もある、模擬用の大剣だ

 

 ……いや

 

 それを片手で持つんですか?

 

 しかも、随分と軽そうに

 

 ……おかしいだろ

 

 あれ、普通なら両手で扱うような得物だぞ

 

「……ん?」

 

 央善(おうぜん)さんがこちらを見た

 

「どうした、白(はく)君?」

 

「……いえ、何でもありません」

 

「はっはっは! 遠慮せんでもよいぞ!」

 

 ……うん

 

 どうやら、本当に普通らしい

 

 あの大剣を片手で軽々と扱えるなら、相当な膂力があるはずだ

 

 だが

 

 たぶん、この人の本当の強さはそこじゃない

 

 そんな気がする

 

「お兄ちゃん、飲み物は道場の端に置いておいたよ!」

 

 道場の入口から猫音(ねこね)の声がした

 

「おう、ありがとな」

 

「でも、本当に大丈夫?」

 

「ああ。模擬戦だからな」

 

「……無理しないでね?」

 

「分かってるよ」

 

 猫音(ねこね)は少しだけ心配そうだったが、やがて頷いた

 

「じゃあ、わたしはお夕飯の準備に戻るね」

 

「ああ、頼む」

 

「はいなのです!」

 

 ……うん

 

 また出たな、その言い回し

 

「ハクさん」

 

 瑠璃(るり)も入口から顔を覗かせてきた

 

「わたしも猫音さんたちのお手伝いをしてきますね」

 

「ああ、助かるよ」

 

「お父さま、どうか無理はなさらないでくださいね?」

 

「おお! 分かっとるわい!」

 

 央善(おうぜん)さんが豪快に笑う

 

「心配せんでも大丈夫じゃ!」

 

「……本当ですね?」

 

「うむ!」

 

 ……ああ

 

 娘さんには勝てないんだろうな、この人も

 

「それでは、後ほど」

 

 瑠璃(るり)は丁寧に頭を下げると、猫音(ねこね)と一緒に母屋へ戻っていった

 

 ……さて

 

 これで道場に残ったのは、事情をある程度知っている面々だ

 

 瑠璃は裏の世界について知らないからな

 

 必要以上のことを見せずに済むのはありがたい

 

「ハク」

 

「ん?」

 

 クオンが楽しそうに笑っていた

 

「頑張ってね」

 

「……ああ」

 

「うひひ! おにーさん、頑張ってなぁ!」

 

 葵(あおい)も嬉しそうに手を振る

 

 その隣では黒歌が、にやにやと笑っていた

 

「ご主人、楽しそうだにゃ?」

 

「……お前までそれか」

 

「ふふふ、分かりやすいにゃ」

 

 ……やめろ

 

 何なんだよ、今日は

 

 俺、そんなに顔に出てるのか?

 

「さて、白(はく)君」

 

 央善(おうぜん)さんが、大剣を軽く持ち上げた

 

「まずは儂からでよいかのう?」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「うむ!」

 

 俺は木刀を構え、鉄扇を左手に添えた

 

 央善(おうぜん)さんも大剣を構える

 

 ……ほう

 

 さっきまでの豪快な笑顔は変わらない

 

 だが、立ち方が違う

 

 重心の位置

 

 足の運び

 

 剣先の向き

 

 ……無駄がない

 

 大剣を片手で持っているというのに、身体のどこにも不自然な力みが見えない

 

 ……これは

 

 なかなか厄介そうだな

 

「それでは……」

 

「うむ!」

 

 互いに間合いを測る

 

 そして――

 

「参ります!」

 

 俺は地を蹴った

 

 ――ガッ!

 

「……っ!」

 

 木刀に、ずしりと重い衝撃が伝わった

 

 央善(おうぜん)さんの大剣だ

 

 ……重い!

 

 だが、それだけじゃない

 

 こちらの木刀を押し潰すのではなく、次の動きを封じるように力が掛かっている

 

「ほう!」

 

 央善(おうぜん)さんが楽しそうに笑った

 

「よい踏み込みじゃ!」

 

「……ありがとうございます!」

 

 俺は木刀を引き、身体を半歩ずらした

 

 大剣の切っ先が目の前を通り過ぎる

 

 ……今だ

 

 空いた脇へ踏み込もうとした、その瞬間

 

「ぬん!」

 

 大剣が返ってきた

 

「――っ!」

 

 ……速い!

 

 あれだけ大きな得物だというのに、切り返しにほとんど隙がない

 

 いや、違う

 

 剣を大きく振り切っていないんだ

 

 必要なところで止め、次の一撃へ移っている

 

 その動きに、力任せなところはまるでなかった

 

 俺は木刀を斜めに添え、鉄扇で大剣の軌道を逸らす

 

 ――ガッ!

 

「ほう、その鉄扇で受け流すか!」

 

「正面から受けたら、腕が持ちませんよ!」

 

「はっはっは! それはそうじゃろうな!」

 

 ……笑い事じゃないんですけどね!?

 

 俺は大剣の側面を滑るように踏み込んだ

 

 距離が近い

 

 ここなら、あの長い得物も扱いづらいはずだ

 

 ……と思ったんだが

 

「甘いわ!」

 

 央善(おうぜん)さんの手元が動いた

 

 大剣の柄が、真っ直ぐ俺の腕へ向かってくる

 

「――っ!」

 

 木刀を返す

 

 ――カンッ!

 

 乾いた音が響いた

 

 ……なるほど

 

 懐に入られた時の対処まで、完全に身についているのか

 

 しかも、あの大剣を片手で扱いながらだぞ?

 

 剣の重さに身体を振り回されるどころか、重さそのものを利用して次の動きへ繋げている

 

「どうした、白(はく)君!」

 

 央善(おうぜん)さんが豪快に笑う

 

「まだまだこれからじゃぞ!」

 

「……ええ!」

 

 俺も笑みを返した

 

 今度はこちらから、木刀を振り抜く

 

 横薙ぎ

 

 それを大剣が受ける

 

 すぐに手首を返し、下から斬り上げる

 

 だが、央善(おうぜん)さんは半歩下がっただけだった

 

 木刀の切っ先が、わずかに届かない

 

「……ほう!」

 

 そのまま大剣が振り下ろされる

 

 俺は身体を開き、鉄扇を添えて軌道を変えた

 

 ……いやぁ

 

 本当に強いな、この人

 

 大剣を片手で振り回せる怪力

 

 それだけでも十分に脅威だ

 

 だが、それ以上に厄介なのは、あの正確さ

 

 どれほど強い一撃でも、無駄な動きがほとんどない

 

 しかも、今の一撃

 

 振り下ろす直前、央善さんの踏み込みがわずかに浅くなっていた

 

 こちらが捌けなければ、すぐに剣筋を外すつもりだったんだろう

 

 ……なるほど

 

 模擬戦としての加減まで、しっかり計算しているのか

 

 これが、長年実戦を潜り抜けてきた人間の剣なんだな

 

 さらに数合

 

 央善さんが大剣を大きく振り上げる

 

 俺はその動きに合わせ、脇へ回り込んだ

 

 だが、大剣は振り下ろされなかった

 

 途中でぴたりと止まり、剣先だけがこちらへ向けられる

 

 ……っ!

 

 踏み込みを止める

 

 木刀の先と大剣の先が、互いの間合いを測るように向き合った

 

「……ふむ!」

 

 そこで央善(おうぜん)さんが大剣を下ろした

 

「まずは、この辺りにしておこうかのう」

 

「……はい」

 

 俺も木刀を下ろし、軽く頭を下げる

 

「ありがとうございました」

 

「いやはや、なかなか面白かったわい!」

 

「こちらこそ、勉強になりました」

 

「よいよい! お主も大したものじゃ!」

 

 ……ああ

 

 この人、本当に強いな

 

 しかも、まだ余裕がある

 

 あの大剣を握る手には、疲労らしいものがほとんど見えない

 

 怪力に頼っているだけなら、ここまで厄介な相手にはならなかっただろう

 

 あの人の強さは、積み重ねてきた技量にある

 

「では、次は私かな?」

 

 壮玄(そうげん)さんが一歩前へ出た

 

「よろしくお願いします」

 

「こちらこそ!」

 

 木槍を軽く回し、構える

 

 ……おお

 

 葵と同じ槍

 

 構えの基本にも、どこか共通するものがある

 

 だが

 

 ……間合いの取り方が違う

 

 壮玄(そうげん)さんは、ただ槍の届く距離を保っているわけじゃない

 

 こちらが一歩踏み込めば、どう動くか

 

 退けば、どこまで追えるか

 

 そのすべてを計算しているような立ち方だ

 

 ……なるほど

 

 葵の槍があれだけ厄介だった理由も、何となく分かるな

 

「……では」

 

「いつでもいいよ!」

 

 俺は木刀を構え直した

 

 そして――

 

「参ります!」

 

 踏み込もうとした

 

 だが

 

「……ほう!」

 

 壮玄(そうげん)さんの槍が、こちらの進路を塞いだ

 

 ……っ!

 

 まだ踏み込んでいない

 

 それなのに、槍の穂先は俺が進もうとした場所に置かれていた

 

 ……読まれたか

 

 ならば

 

 足の向きを変え、槍の外側へ回り込む

 

 その瞬間

 

 穂先が引かれた

 

「――っ!」

 

 ……誘われた!

 

 引いた槍が、そのまま別の角度から伸びてくる

 

 俺は木刀で穂先を受け、横へ払った

 

 だが、槍は止まらない

 

 一度引かれたかと思えば、今度は足元

 

 それを避けると、すぐに胸元へ穂先が戻ってくる

 

 ……いやぁ

 

 これは厄介だな

 

 槍の長さを活かしながら、こちらに好きな位置で戦わせてくれない

 

「ハッハッハ! いい反応だねぇ!」

 

「……そちらこそ!」

 

 俺は鉄扇を開き、槍の柄へ添えた

 

 そのまま軌道を変え、一気に距離を詰める

 

 ……ここだ

 

 しかし――

 

「おっと!」

 

 壮玄(そうげん)さんが身体をずらした

 

 槍を引きながら、こちらの進路から外れる

 

 そして、空いた足が動いた

 

「――っ!」

 

 俺は踏み込みを止めた

 

 足払い

 

 もう半歩進んでいたら、完全に引っ掛けられていた

 

 ……葵と同じだ

 

 槍を持っているからといって、槍だけに頼るわけじゃない

 

 近付けば体術

 

 離れれば槍

 

 だが、壮玄(そうげん)さんの場合は、その切り替えがさらに滑らかだった

 

 こちらに切り替わる瞬間を見せてくれない

 

「……見事ですね」

 

 思わず口にすると、壮玄(そうげん)さんが楽しそうに笑った

 

「おや、褒めてもらえるとは嬉しいねぇ!」

 

「葵も槍の扱いが上手でしたけど、やはり違いますね」

 

「ほう?」

 

「こちらの動きを誘導するのが、本当に上手い」

 

「なるほど、そこまで見えているのかい!」

 

 壮玄(そうげん)さんの笑みが深まる

 

「なら、もう少し付き合ってもらおうかねぇ!」

 

「……望むところです!」

 

 再び槍が伸びる

 

 俺は穂先を避け、今度はこちらから間合いを崩しにいった

 

 だが、壮玄(そうげん)さんも簡単には崩れない

 

 踏み込めば引く

 

 引いたところを追えば、次の突きが待っている

 

 何度か攻防を重ねるうちに、俺はあることに気付いた

 

 ……この人

 

 俺が攻める方向を、少しずつ限定しているな

 

 右へ回れば、槍の穂先が待っている

 

 左へ回れば、柄を返される

 

 後ろへ下がれば、間合いを詰めてくる

 

 ……なるほど

 

 こちらが自由に動いているつもりでも、実際には向こうの作った間合いの中で戦わされているわけだ

 

 だったら

 

 俺はあえて、正面へ踏み込んだ

 

「……ほう?」

 

 壮玄(そうげん)さんの槍が伸びる

 

 その穂先を木刀で受け、鉄扇を添える

 

 今度は槍を大きく払わない

 

 わずかに身体をずらし、そのまま前へ出た

 

 ……よし

 

 間合いが詰まる

 

 だが、そこで壮玄(そうげん)さんの足が動いた

 

「――っ!」

 

 俺はすぐに踏み込みを止め、後ろへ跳んだ

 

 ……危なかった

 

 今度は足払いじゃない

 

 踏み込んだ瞬間、身体ごと崩されるところだった

 

「……今のは危なかったですね」

 

 俺が苦笑すると、壮玄(そうげん)さんも槍を下ろした

 

「ハッハッハ! いやぁ、あそこまで踏み込んでくるとは思わなかったよ!」

 

「こちらこそ、随分と勉強になりました」

 

「うん。まずはこの辺りにしておこうか」

 

「はい。ありがとうございました」

 

 俺も木刀を下げ、頭を下げる

 

「実に楽しかったよ、白(はく)君!」

 

 ……ああ

 

 葵との組手でも、槍の扱いには感心したが

 

 その父親は、さらに経験を積み重ねてきた武人だった

 

 間合いを測るだけじゃない

 

 相手に選択肢を与えているように見せながら、その行動を制限していく

 

 ……こういう戦い方をする人もいるんだな

 

「うひひ!」

 

 道場の端で見ていた葵(あおい)が、嬉しそうに笑っている

 

「父様(ととさま)も、おにーさんも、すごかったなぁ!」

 

「ハッハッハ! そうかい?」

 

「うん!」

 

 ……ああ

 

 いい親子だな

 

 そんなことを考えていると――

 

「さて、壮玄(そうげん)殿」

 

 央善(おうぜん)さんが、大剣を肩に担いだ

 

「む?」

 

「どうじゃ。もう少し、付き合ってもらわんか?」

 

「……ほう?」

 

 壮玄(そうげん)さんが楽しそうに目を細めた

 

「それは、どういう意味かな?」

 

「はっはっは!」

 

 央善(おうぜん)さんが豪快に笑った

 

「せっかくじゃから、二人で相手をしてみようと思ってのう!」

 

「…………」

 

 ……ん?

 

 二人?

 

 ……ちょっと待て

 

「それは面白そうだねぇ!」

 

 壮玄(そうげん)さんが即答した

 

 ……おいおい

 

 こっちの意見は!?

 

「白(はく)君!」

 

「……はい?」

 

 央善(おうぜん)さんが、にこりと笑う

 

「どうじゃ? 儂ら二人を相手にしてみんか?」

 

「……二対一、ですか?」

 

「うむ!」

 

「もちろん、無理にとは言わないよ!」

 

 ……ああ

 

 なるほど

 

 二対一、か

 

 ……いやぁ

 

 正直、かなり厳しいだろうな

 

 どちらも単独で十分すぎるほど強い

 

 その二人が組むとなれば……

 

 ……面白い

 

「……分かりました」

 

 俺は小さく笑った

 

「お相手します」

 

「おお!」

 

「いい返事だねぇ!」

 

「ただ、一つ確認させてください」

 

「何じゃ?」

 

「急所への有効打を寸前で止めれば、撃破判定としましょう。俺が撃破判定を取られたら、その時点で俺の負け。逆に、俺がお二人それぞれから撃破判定を取れれば、俺の勝ち。これでよろしいでしょうか?」

 

「うむ! 分かりやすくてよいのう!」

 

「私も異論はないよ!」

 

 ……よし

 

 これなら、互いに加減しながら勝負ができる

 

「それでは、よろしくお願いします」

 

「うむ!」

 

「こちらこそ!」

 

 俺は木刀を構え直した

 

 右手に木刀

 

 左手に鉄扇

 

 そして正面には、大剣を構える央善(おうぜん)さん

 

 その斜め後方には、槍を構えた壮玄(そうげん)さん

 

 ……さて

 

 どう攻めたものか

 

 そんなことを考えた、その瞬間――

 

「行くぞ!」

 

 二人が動いた

 

 ――ガッ!

 

「……っ!」

 

 木刀に、重い衝撃が伝わった

 

 央善(おうぜん)さんの大剣だ

 

 俺は正面から受け止めず、身体をずらして軌道を変える

 

 だが、踏み込もうとした先には――

 

「――っ!」

 

 槍の穂先が待っていた

 

 壮玄(そうげん)さんだ

 

 ……なるほど

 

 そう来るか

 

 大剣がこちらの動きを制限し、槍が退路を塞ぐ

 

 なら、別の方向へ――

 

「ぬん!」

 

 ……っ!

 

 今度は大剣が先回りしていた

 

 ……おいおい

 

 これは厄介だぞ

 

 単に二人から攻撃されているわけじゃない

 

 片方を避けるための動きまで、もう片方が読んでいる

 

 しかも、互いの得物が邪魔になるような位置には決して入らない

 

 ……見事だな

 

 これ、何度も一緒に戦ってきた人間の動きだぞ

 

「ほう!」

 

 央善(おうぜん)さんが笑った

 

「よく捌くのう!」

 

「……ありがとうございます!」

 

 木刀を返す

 

 同時に、鉄扇で槍の柄を払った

 

 しかし、二人は即座に位置を変えた

 

 ……またか

 

 正面には大剣

 

 斜め後方には槍

 

 さっきと同じ配置に戻されている

 

 いや、違う

 

 少しずつ、俺の立つ位置が道場の端へ寄せられていた

 

 ……なるほどな

 

 退路そのものを削っているのか

 

「なら、これはどうかな?」

 

 壮玄(そうげん)さんの槍が、低い位置から伸びてくる

 

 俺は足を引いた

 

 その瞬間

 

「ぬん!」

 

 大剣が上から迫る

 

 ……上下同時か!

 

 木刀を斜めに構え、身体を滑らせる

 

 大剣の勢いを横へ逃がしながら、鉄扇で槍を受ける

 

 だが、そこで止まれば次が来る

 

 俺はそのまま二人の間へ踏み込んだ

 

 ……ここだ

 

 二人の得物が交差する、その一瞬

 

 この位置なら――

 

「甘いわ!」

 

「――っ!」

 

 大剣の柄が動いた

 

 木刀を返す

 

 ――カンッ!

 

 柄と木刀がぶつかる

 

 その直後

 

 足元へ槍が走った

 

 ……っ!

 

 跳ぶ

 

 着地と同時に、後ろへ下がる

 

 だが、二人は追ってこなかった

 

 ……なるほど

 

 追う必要がないんだな

 

 今の攻防で、また少し位置をずらされた

 

 こちらが仕掛けても、受けても、気付けば二人の望む場所へ運ばれている

 

 央善さんの大剣は、こちらの動きを封じる

 

 壮玄さんの槍は、その先を塞ぐ

 

 どちらか一人なら、まだ動きようはある

 

 だが二人が揃うと、話が変わってくる

 

 ……これが、長年一緒に戦ってきた者同士の連携か

 

 俺は一度、道場の中央へ戻ろうとした

 

 その瞬間

 

「ぬん!」

 

 正面から大剣が迫る

 

 受け流して右へ踏み込む

 

 だが、そこには既に槍があった

 

 ならば左

 

 ……っ!

 

 今度は央善さんが身体を入れてくる

 

 ……なるほど

 

 中央へ戻させる気はないわけだ

 

 俺は足を止め、二人の動きを見た

 

 ……実に厄介だな

 

 だが

 

 ……面白い

 

 木刀を握り直す

 

 鉄扇を構え直す

 

 そのまま、あえて央善さんの方へ踏み込んだ

 

「……ほう!」

 

 大剣が動く

 

 その一撃を木刀で受け、鉄扇を添える

 

 わずかに角度を変えたところで、さらに半歩

 

 懐へ入る

 

 だが――

 

「甘いわ!」

 

 央善さんの身体が回った

 

 大剣の柄がこちらへ向かってくる

 

 俺は木刀を戻して受け止めた

 

 ……っ!

 

 その間に、壮玄さんが俺の背後へ回り込んでいた

 

 槍が伸びる

 

 俺は身体を捻り、穂先を避ける

 

 だが、その先には大剣

 

 ……そう来るか!

 

 木刀を返し、鉄扇を添える

 

 ――ガッ!

 

 重い衝撃

 

 足を踏ん張る

 

 しかし、二人はさらに攻めてきた

 

 大剣が俺の上半身を狙う

 

 槍は足元

 

 そのどちらかへ意識を向ければ、もう片方が動く

 

 ……いやぁ

 

 本当に大した人たちだ

 

 これほどの連携を、ほとんど言葉も交わさずに成立させている

 

 互いの動きが分かっているからこそ、できることだろう

 

 ……さて

 

 どう崩したものか

 

 俺がそう考えた時だった

 

「ふむ……」

 

 央善(おうぜん)さんが、小さく息を吐いた

 

 その視線が、俺の足元から木刀、そして鉄扇へと移る

 

「……やはり、あの男の息子だな」

 

「…………」

 

 ……ん?

 

 あの男?

 

 ……親父のことか?

 

「……ああ」

 

 壮玄(そうげん)さんも、楽しそうに笑った

 

「私もそう思っていたところだよ」

 

 ……いや

 

 ちょっと待て

 

 今、その話をするんですか?

 

 まだ模擬戦の途中なんですけど!?

 

 そんなことを考えていると――

 

 央善(おうぜん)さんが、すっと後ろへ下がった

 

 同時に、壮玄(そうげん)さんも槍を引き、距離を取る

 

 ……ん?

 

 何だ?

 

 二人とも、急に動きを止めたぞ

 

「いやはや、白(はく)君」

 

 央善(おうぜん)さんが、大剣を肩に担いだ

 

「大したものじゃ!」

 

「……ありがとうございます」

 

「うむ! あの男の面影があるとは思うておったが、ここまでとはのう!」

 

「本当にねぇ!」

 

 壮玄(そうげん)さんも頷く

 

 ……なるほど

 

 俺の戦い方が、親父に似ているってことか?

 

 ……いや

 

 それはそれで気になるな

 

 親父、普段どんな戦い方してるんだ?

 

 そう思いながらも、俺は二人を見た

 

 ……さて

 

 この二人、まだまだ余力がある

 

 しかも、二人での連携は想像以上だ

 

 このままでも、まだ戦える

 

 だが……

 

 これほどの相手に、こちらだけ余力を残したままでは失礼だろう

 

 それに、ここまで手合わせしてきて分かったことがある

 

 二人は、模擬戦の範囲を正確に理解している

 

 どれほど激しく攻めても、相手を傷つけるような無茶はしない

 

 だからこそ、こちらも安心して腕を振るえる

 

 ……なら

 

「……あの」

 

「む?」

 

「何だい、白(はく)君?」

 

「一つ、お願いしてもよろしいでしょうか?」

 

 二人が揃ってこちらを見る

 

「……少し、使いたいものがありまして」

 

「ほう?」

 

「何じゃ?」

 

「……仮面です」

 

「…………」

 

 央善(おうぜん)さんの目が、わずかに細くなった

 

 一方、壮玄(そうげん)さんは――

 

「……ほう!」

 

 ぱっと顔を明るくした

 

「ハッハッハ! なるほどねぇ!」

 

 ……ああ

 

 やっぱり、この二人なら分かるか

 

 俺の仮面が普通のものじゃないことくらい、知っているんだろう

 

「もちろん、模擬戦の範囲は守ります」

 

 俺は二人へ視線を向けた

 

「ただ、ここまでお相手していただいた以上、俺も本気で向き合いたいので」

 

「…………」

 

「使わせていただいても、よろしいでしょうか?」

 

 少しの沈黙

 

 先に口を開いたのは央善(おうぜん)さんだった

 

「……ふっ」

 

 そして――

 

「ハッハッハッハ!!」

 

 豪快な笑い声が道場に響いた

 

「よい! よいぞ、白(はく)君!」

 

「……ありがとうございます」

 

「いやはや! そこまで言われて断るわけにはいくまい!」

 

 央善(おうぜん)さんは、大剣を軽く持ち上げた

 

「こちらも、まだまだ余力はあるのでな!」

 

「私も異論はないよ!」

 

 壮玄(そうげん)さんが槍を構え直す

 

「むしろ、こちらからお願いしたいくらいさ!」

 

 ……おお

 

 即答か

 

 いや、本当にすごい人たちだな

 

「では……」

 

 俺は二人へ軽く頭を下げた

 

「少々、お待ちください」

 

 木刀と鉄扇を一度下ろす

 

 ……さて

 

 こうして自分から仮面を使うことを申し出るのは、少し妙な気分だな

 

 だが

 

 この二人を相手にするなら、ちょうどいい

 

 俺は静かに息を吐いた

 

 意識を神器へ向ける

 

 次の瞬間

 

 顔を覆うように光が集まった

 

 形を持ち

 

 現れる

 

 オシュトルの仮面

 

 ……さて

 

 ここから先

 

 大神白としてではなく

 

 オシュトルとして、この二人に向き合おう

 

 木刀を右手に

 

 鉄扇を左手に

 

 ゆっくりと構え直す

 

 仮面の奥から二人を見据え、背筋を伸ばす

 

 右手の木刀をわずかに下げ、左手の鉄扇を腰元へ添えた

 

 ……よし

 

「お待たせいたした」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ……ん?

 

 二人とも黙り込んでいる

 

 先ほどまでの笑顔が、ぴたりと止まっていた

 

「……おいおい」

 

 先に口を開いたのは央善(おうぜん)さんだった

 

 その顔には驚きと、どこか懐かしむような笑みが浮かんでいる

 

「戦い方だけでは飽き足らず……いでたちまでそっくりとはのう」

 

「……ハッハッハ!」

 

 壮玄(そうげん)さんが、堪えきれないといった様子で笑い始めた

 

「いやぁ、まったくだねぇ!」

 

 そう言って、こちらをまじまじと見つめる

 

「仮面に、その得物……そして立ち姿まで。本当にあの男を思い出すよ!」

 

「うむ!」

 

 央善(おうぜん)さんが大きく頷いた

 

「今度あやつに会うたら、話してやらねばならんのう!」

 

「ハッハッハ! どんな顔をするか楽しみだねぇ!」

 

 ………………

 

 ……親父

 

 あんた、一体どんな格好で仕事をしてるんだ?

 

 いや、そもそも

 

 何でこの姿を見て、そこまで親父を思い出すんだ?

 

 聞きたいことは山ほどある

 

 だが、今は模擬戦の最中だ

 

 その話は後にしよう

 

「……では」

 

 木刀を構え、鉄扇を添える

 

 正面には央善(おうぜん)さん

 

 その斜め後方に、壮玄(そうげん)さん

 

 大剣と槍

 

 どちらも、厄介極まりない得物だ

 

 しかも相手は、長年にわたって異形を相手に戦い続けてきた二人

 

 その技量も、経験も、十分に見せてもらった

 

 ならば、こちらも礼を尽くすのみ

 

 ゆっくりと息を吸い

 

 そして、吐く

 

「某も、本気で行かせてもらう」

 

 その言葉に、央善(おうぜん)さんの目が鋭くなった

 

「……よかろう!」

 

 大剣を構え直す

 

「その心意気、しかと受け取ったぞ!」

 

「これは楽しみだねぇ!」

 

 壮玄(そうげん)さんも槍を向けてきた

 

 二人の構えが変わる

 

 先ほどまでとは違う

 

 僅かな重心の変化

 

 得物の角度

 

 そして、こちらへ向けられた視線

 

 ……なるほど

 

 どうやら、二人も応じてくれるらしい

 

 木刀を握り直す

 

 鉄扇を構え直す

 

 力任せに押し切る必要はない

 

 相手の動きを見極め、必要なところへ踏み込む

 

 それだけでよい

 

 そして――

 

「……参る」

 

 一歩、踏み込んだ

 

 ――ガッ!

 

 踏み込んだ瞬間、木刀と大剣がぶつかった

 

 ……重い

 

 だが、先ほどまでとは違う

 

 受け止めるのではなく、刃筋を斜めに滑らせる

 

「ぬっ!」

 

 央善さんの大剣がわずかに流れた

 

 その隙へ、左手の鉄扇を差し込む

 

 しかし――

 

「おっと!」

 

 横合いから槍が伸びてきた

 

 壮玄さんだ

 

 ……やはり、簡単には通してもらえぬか

 

 鉄扇を返し、穂先の軌道を変える

 

 同時に半歩下がる

 

 ――ガンッ!

 

 その足元を、大剣の切っ先が通り過ぎた

 

 ……っ!

 

 さらに一歩

 

 後ろへ退く

 

「ほう!」

 

 央善さんが大剣を構え直した

 

「先ほどとは動きが違うのう!」

 

「本当だねぇ!」

 

 壮玄さんも槍を引く

 

「……某も、まだまだ未熟ゆえ」

 

「はっはっは! よく言うわい!」

 

 央善さんが笑った

 

 だが、その視線は一瞬たりともこちらから外れない

 

 ……なるほど

 

 仮面を着けたからといって、怯むような人たちではないか

 

 むしろ、先ほどより楽しそうだ

 

「では、こちらも!」

 

 央善さんが踏み込んだ

 

 大剣が振り下ろされる

 

 鉄扇を添え、刃筋をずらす

 

 ……ここだ

 

 空いた懐へ入ろうとした瞬間

 

「――っ!」

 

 木槍が横から伸びてきた

 

 今度は胸元ではない

 

 俺が踏み込もうとした足の、その先

 

 ……進路を塞いできたか

 

 木刀を戻し、槍の柄へ当てる

 

 ――カンッ!

 

 押し返そうとしたところで、槍が引かれた

 

 ……む

 

 その動きにつられて、こちらの重心がわずかに前へ移る

 

「ぬん!」

 

 そこへ大剣

 

 ……っ!

 

 踏み込みを止め、身体を捻る

 

 大剣が肩先をかすめた

 

 いや

 

 正確には、当たる寸前で角度が変わった

 

 ……危なかった

 

 もう少し遅れていれば、今ので一本取られていたな

 

「ほう、避けおったか!」

 

「今のは惜しかったねぇ!」

 

 ……惜しい、か

 

 こちらとしても、随分と危ういところだった

 

 腕に残った感触を確かめる

 

 まだ問題ない

 

 ただ、このまま二人の得意な間合いで戦い続けるのは得策ではないな

 

 大剣が動きを制限し、槍が退路を塞ぐ

 

 そして、こちらが無理に踏み込めば体術が待っている

 

 ……さて

 

 どう崩したものか

 

 俺は二人の足元へ視線を落とした

 

 央善さんは、やや前

 

 壮玄さんは、その斜め後ろ

 

 互いの武器が干渉しないよう、絶妙な距離を保っている

 

 ……ならば

 

「……参る」

 

 今度はこちらから動いた

 

 狙いは央善さん

 

 木刀を右上から振り下ろす

 

「ぬん!」

 

 大剣が迎え撃つ

 

 ――ガッ!

 

 木と木がぶつかり合う

 

 だが、今度はすぐに退かない

 

 あえて木刀を押し込んだ

 

「ほう?」

 

 央善さんの眉がわずかに動いた

 

 その瞬間

 

 俺は左足を前へ出した

 

 ……来る

 

「そこだねぇ!」

 

 壮玄さんの槍が伸びた

 

 やはり

 

 この位置へ踏み込めば、必ず槍で止めに来る

 

 先ほどから何度も見せられた動きだ

 

 だからこそ――

 

 その槍が来ることを、待っていた

 

 左手の鉄扇を閉じる

 

 伸びてきた槍の柄へ、下から添えた

 

 ――カンッ!

 

「……おや?」

 

 槍の穂先が、わずかに持ち上がる

 

 大きく弾く必要はない

 

 ほんの少し、向きを変えればいい

 

 俺は右足を軸に身体を回した

 

 槍の下を潜るようにして、壮玄さんの懐へ入る

 

 ……取った

 

 だが

 

「甘いよ!」

 

 壮玄さんが即座に槍を引き、身体を沈めた

 

 空いた左手がこちらへ伸びる

 

 ……やはり体術か!

 

 俺は木刀を引き、柄頭を相手の手首へ添えた

 

 そのまま外へ押し出す

 

 だが、壮玄さんは力に逆らわず身体を回した

 

 足が動く

 

 こちらの軸足を崩しに来ている

 

 ……見事

 

 ならば、これでどうか

 

 俺は崩される方向へ、あえて一歩踏み込んだ

 

「――っ!」

 

 壮玄さんの目が見開かれる

 

 足を払われるより先に、こちらから間合いを詰めた

 

 鉄扇を開く

 

 その先端を、壮玄さんの胸元へ――

 

「そこまでじゃ!」

 

 ――ガッ!

 

 横合いから大剣が割り込んできた

 

 央善さんだ

 

 ……間に合うか!

 

 鉄扇を引き、木刀を返す

 

 ――ガンッ!

 

 大剣を受けた瞬間、腕が沈んだ

 

 ……重い!

 

 踏ん張る

 

 だが、その間に壮玄さんが距離を取った

 

 ……むう

 

 あと一歩だったのだが

 

「ハッハッハ!」

 

 壮玄さんが笑った

 

「いやぁ、危なかったねぇ!」

 

「まったくじゃ!」

 

 央善さんも大剣を構え直す

 

「儂がもう少し遅れておったら、壮玄殿が取られておったぞ!」

 

「助かったよ!」

 

「何、まだまだこれからじゃ!」

 

 ……今ので分かった

 

 単純に片方の隙を作るだけでは足りない

 

 もう片方が、必ず助けに来る

 

 ならば――

 

 その助けに来る動きまで、利用するしかあるまい

 

 俺は木刀を構え直した

 

「……お二方」

 

「む?」

 

「何だい?」

 

「見事な連携である」

 

 その言葉に、二人が一瞬だけ目を丸くした

 

 そして

 

「はっはっは!」

 

「ハッハッハ!」

 

 揃って笑った

 

「いやはや、褒められてしまったのう!」

 

「それはこちらの台詞だよ!」

 

 壮玄さんが槍を構え直す

 

「ここまで私たち二人を相手にするとはねぇ!」

 

「……光栄である」

 

 俺は静かに息を吐いた

 

 ……さて

 

 もう一度だ

 

 今度こそ、決める

 

 そうして再び、地を蹴った

 

 ――ガッ!

 

 央善さんの大剣を木刀で受ける

 

 今度は先ほどより、わずかに深く踏み込んだ

 

 ……来る

 

 横から槍

 

 それを鉄扇で払う

 

 だが、追わない

 

 そのまま身体を沈め、央善さんの脇へ回る

 

「ぬん!」

 

 大剣の柄が動いた

 

 ……そう来るであろうな

 

 木刀を引き、柄の動きを止める

 

 ――カンッ!

 

 そのまま央善さんの懐へ踏み込む

 

 だが、当然ながら――

 

「そこだねぇ!」

 

 壮玄さんが動いた

 

 ……来た

 

 槍が伸びる

 

 その穂先は、先ほどと同じく俺の進路を塞ぐ位置

 

 今度は避けない

 

 鉄扇を添え、槍の柄をわずかに持ち上げた

 

 同時に、木刀を引く

 

「……む?」

 

 央善さんの大剣が、止められていた方向へわずかに動いた

 

 そこへ、壮玄さんの槍

 

 ――カンッ!

 

「っ!」

 

 槍と大剣が触れ合った

 

 ほんの一瞬

 

 わずかな接触

 

 それだけだった

 

 だが

 

 あの二人の連携に、初めて隙間が生まれた

 

 ……今だ!

 

 俺は身体を低くし、二人の間を抜ける

 

 狙いは壮玄さん

 

 だが――

 

「ハッハッハ! その手は二度も食わないよ!」

 

 壮玄さんが槍を引いた

 

 そして、こちらの踏み込みに合わせて身体を開く

 

 ……無論

 

 それも承知している

 

 俺は踏み込んだ足を止めなかった

 

 壮玄さんが身体を開いた、その先へ

 

 木刀を返す

 

「……っ!」

 

 壮玄さんの槍が戻る

 

 速い

 

 だが、わずかに遅い

 

 木刀の切っ先を、胸元の寸前で止めた

 

 ぴたり

 

 互いの動きが止まる

 

「…………」

 

「…………」

 

 壮玄さんが胸元へ視線を落とした

 

 そして

 

「……ハッハッハ!」

 

 嬉しそうに笑った

 

「参ったねぇ!」

 

 ゆっくりと槍を下ろす

 

「今のは取られたよ!」

 

 ……よし

 

 まずは一人

 

 先ほど取り決めた通り、急所への有効打を寸前で止めれば撃破判定となる

 

 壮玄さんは、これで戦闘から離脱だ

 

 だが、まだ終わっていない

 

「……ぬん!」

 

 背後から大剣が迫った

 

 央善さんだ

 

 ……承知している!

 

 俺は木刀を引き、身体を回した

 

 ――ガンッ!

 

 重い衝撃が腕へ伝わる

 

「ほう!」

 

 央善さんが笑った

 

「まだ動けるか!」

 

「……無論!」

 

 大剣を押し返そうとする

 

 だが、びくともしない

 

 ……重い

 

 しかも、この角度

 

 正面から押し合えば、こちらが不利だ

 

 俺は鉄扇を大剣の側面へ添えた

 

 力の向きを変える

 

 しかし

 

「そう何度も通じると思うなよ!」

 

 央善さんが踏み込んだ

 

 大剣を引くと同時に、空いた手が伸びる

 

 ……っ!

 

 掴みに来たか!

 

 俺は木刀を引き、後ろへ下がった

 

 だが、遅い

 

 央善さんの指が、俺の右袖を掴んだ

 

 ……しまった

 

「ぬん!」

 

 そのまま身体が引かれる

 

 足元が浮く

 

 ……投げられる!

 

 俺は逆らうのをやめた

 

 引かれる力に合わせ、身体を捻る

 

 背中から床へ叩きつけられる寸前、身体を丸めた

 

 肩から床へ転がるように受け身を取り、衝撃を逃がす

 

 ――ドンッ!

 

「……っ!」

 

 息が詰まる

 

 だが、袖はまだ掴まれている

 

 ……ならば!

 

 俺は掴まれた腕を引かず、逆に央善さんの足元へ身体を転がし込んだ

 

「……む!?」

 

 その動きに合わせて、大剣が振り下ろされる

 

 ――ガッ!

 

 木剣の切っ先が、先ほどまで身体のあった場所で止まった

 

 ……危なかった

 

 もう少し遅れていれば、今ので撃破判定だった

 

 だが

 

 ……距離が近い

 

 袖を掴まれたままだからこそ、央善さんの身体がすぐ目の前にある

 

 大剣は低い位置

 

 そして、こちらを掴んでいる手は塞がっている

 

 ……好機

 

 俺は床へついた足に力を込めた

 

「ぬん!」

 

 央善さんが俺の身体を引き起こそうとする

 

 その力に逆らわず、こちらから膝を立てた

 

 木刀を引き寄せる

 

 しかし、央善さんの大剣が既に戻り始めていた

 

 ……速い!

 

 振り下ろした大剣を、もう引き戻しているのか!

 

 だが、こちらも遅れるわけにはいかぬ

 

 俺は左手の鉄扇を閉じた

 

 そして、袖を引かれる力を利用して――

 

 一歩、踏み込む

 

「……む!?」

 

 央善さんの目がわずかに見開かれた

 

 引き起こされた身体を、そのまま前へ運ぶ

 

 大剣の柄が迫る

 

 ……っ!

 

 肩を捻る

 

 柄が肩先をかすめ、止まった

 

 あと少し深ければ、こちらが取られていた

 

 だが――

 

 こちらも届いた

 

 閉じた鉄扇の先端

 

 それが央善さんの胴、その急所の寸前で静止していた

 

「…………」

 

 央善さんが視線を落とす

 

 俺も動きを止めた

 

 数秒の沈黙

 

 そして――

 

「……はっはっは!」

 

 央善さんが笑い出した

 

「やられたわい!」

 

 掴んでいた袖を離し、大剣を下ろす

 

「今のは見事じゃ!」

 

 ……ふう

 

 俺は鉄扇を引き、一歩下がった

 

「……感謝いたす」

 

「いやいや! 礼を言うのはこちらじゃ!」

 

 央善さんが大きく笑う

 

「壮玄殿!」

 

「うん!」

 

「今のは、どう見た?」

 

「もちろん!」

 

 壮玄さんが楽しそうに頷いた

 

「私も先に一本取られたし、央善殿もきっちり取られたねぇ!」

 

「うむ!」

 

 央善さんが大剣を下ろし、豪快に笑った

 

「二人とも撃破判定! 此度の勝負、白君の勝ちじゃ!」

 

「ハッハッハ! 最後まで危なかったけれどねぇ!」

 

 ……ああ

 

 まったくだ

 

 袖を掴まれた時など、あと一歩でこちらが取られていた

 

 壮玄さんの槍も、ほんの少し判断が遅れていれば避けられなかっただろう

 

 ……よい手合わせだった

 

 俺は木刀を下ろし、閉じた鉄扇を手元に引いた

 

「……感謝いたす。よき手合わせであった」

 

「うむ! こちらこそじゃ!」

 

「いやぁ、本当に楽しかったよ!」

 

 俺はもう一度、二人へ頭を下げた

 

 ……これほどの武人と手合わせできたのは、実に幸運だったな

 

 そうして顔を上げた、その時だった

 

「――うひひ!」

 

 道場の端から、妙に楽しそうな声が聞こえてきた

 

 ……む?

 

─────────────────────────

 

「なぁなぁ、父様(ととさま)!」

 

 葵(あおい)が立ち上がっていた

 

「ん? どうしたんだい、葵(あおい)?」

 

「ウチもやりたいんよ!」

 

「……ほう?」

 

 壮玄さんが目を丸くする

 

「おにーさん、さっきよりずーっと楽しそうやったし!」

 

 ……む

 

 そう見えていたのか

 

「うひひ! ウチも混ぜてほしいんよ!」

 

 ……なるほど

 

 そう来たか

 

 まあ、葵なら言い出すと思っていたが

 

「ハッハッハ! そうかそうか!」

 

 壮玄さんが嬉しそうに笑った

 

「それなら、私と一緒にやってみるかい?」

 

「ええの!?」

 

「ああ、もちろんさ!」

 

「やったぁ!」

 

 ……待て

 

 話が早い

 

 まだ某は何も言っておらぬぞ

 

「白(はく)君!」

 

 央善さんがこちらを見た

 

「どうじゃ? もう一戦、付き合ってもらえんかのう?」

 

「…………」

 

 ……もう一戦

 

 しかも、葵が加わるとなれば

 

 先ほどとは違った連携になるだろう

 

 壮玄さんと葵は親子だ

 

 普段からどれほど一緒に稽古をしているのかは知らないが、互いの動きには慣れているはず

 

 ……それはそれで、興味深い

 

「某は構いませぬ」

 

「おお!」

 

「ただし、先ほどと同じく模擬戦の範囲でお願いしたい」

 

「無論じゃ!」

 

「それなら問題ないよ!」

 

「うひひ! ありがとなぁ、おにーさん!」

 

 葵が嬉しそうに笑った

 

 ……さて

 

 三対一、か

 

 これはまた――

 

「……あのさ」

 

 ……む?

 

 隣から聞き慣れた声

 

 視線を向けると、クオンが立ち上がっていた

 

「私も、混ざっていい?」

 

「…………」

 

 ……何?

 

「ハク?」

 

「……クオン」

 

「何?」

 

「本気で申しておるのか?」

 

「うん」

 

 即答だった

 

 ……いや

 

 それはそうなのだろうが

 

「さっきから見てたら、私も身体を動かしたくなっちゃって」

 

「…………」

 

「ダメ?」

 

 ……むう

 

 その聞き方はずるいぞ

 

 いや、そういう問題ではない

 

 クオンの身体能力は、以前の検査でも明らかになっている

 

 単純な身体能力だけなら、上級堕天使に匹敵するほどだ

 

 だが、総合的な戦闘能力となれば話は別

 

 それに

 

 以前、身体が動きすぎて後から痛みが出たこともあった

 

 ……あまり無理はさせられぬな

 

「クオン」

 

「うん?」

 

「無理はせぬこと。それから、少しでも身体に異変があれば、すぐに申し出るように」

 

「……もう、ハクは心配しすぎだよ」

 

「以前のことがあるからな」

 

「……う」

 

 クオンが言葉に詰まった

 

 ……やはり覚えておるか

 

「分かってる。無茶はしないよ」

 

「……承知した」

 

 俺が頷くと、クオンが嬉しそうに笑った

 

「じゃあ、私も参加!」

 

「うひひ! クオンも一緒やねぇ!」

 

「うん!」

 

 葵とクオンが顔を見合わせる

 

 ……さて

 

 これは思った以上に賑やかになってきたな

 

「はっはっは!」

 

 央善さんが豪快に笑った

 

「よいではないか!」

 

「ハッハッハ! これは面白くなってきたねぇ!」

 

 壮玄さんも楽しそうだ

 

 ……お二方

 

 まったく疲れておらぬように見えるのだが

 

 先ほどの模擬戦は、かなり激しかったはずなのだがな

 

「ご主人、大丈夫かにゃ?」

 

 道場の端から黒歌が声を掛けてきた

 

「四人相手になるにゃ?」

 

「……どうやら、そうなるようだ」

 

「にゃはは! 頑張るにゃ!」

 

 ……他人事だな

 

「兄さま、お怪我にはお気をつけください」

 

「うむ、心得ておる」

 

 白音も小さく頷いた

 

 ……さて

 

 気付けば四対一

 

 先ほど以上に厄介な組み合わせになったものだ

 

 だが

 

 悪くない

 

 むしろ、楽しみになってきた

 

「それじゃ、ウチは槍を持ってくるんよ!」

 

 葵が道場の端へ駆けていく

 

 立て掛けられた木槍の中から一本を選び、軽く握り直した

 

 その姿を見た壮玄さんが、満足そうに笑う

 

「ほう。やはり槍かい?」

 

「うん! これが一番しっくり来るんよ!」

 

「そうかそうか!」

 

 ……親子だな

 

 槍を握った時の自然な動きまで、よく似ている

 

 いや

 

 似ているというより、壮玄さんから教わった動きが身についているのだろう

 

「クオンは?」

 

 葵が尋ねる

 

「私はこのままでいいよ」

 

「ほえ? 武器は持たへんの?」

 

「うん。まだ素手の方が動きやすいから」

 

 ……ふむ

 

 クオンは徒手か

 

 最近は組手の経験も積んでいるが、葵や二人の父親と同じだけの実戦経験があるわけではない

 

 だが

 

 あの身体能力と、動きを見て覚える妙な早さ

 

 油断はできない

 

 何より、本人が思っている以上の力を出してしまうことがある

 

 ……そこは気を付けておかねばな

 

「では、皆の者」

 

 俺は木刀を構え直した

 

「先ほどと同じく、急所への有効打は寸前で止め、撃破判定とする。それでよろしいか?」

 

「うむ!」

 

「もちろんだよ!」

 

「うひひ! 分かったんよ!」

 

「うん!」

 

 全員が頷いた

 

 ……よし

 

 それなら問題あるまい

 

「それと、クオン」

 

「何?」

 

「先ほども申したが、無理は禁物だ」

 

「もう、分かってるってば!」

 

 ……うむ

 

 ならばよい

 

 俺は二歩下がり、四人を見た

 

 正面には央善さん

 

 その右に壮玄さん

 

 少し離れた場所に葵

 

 そして、クオン

 

 ……さて

 

 どう動くか

 

 央善さんと壮玄さんの連携は、先ほど見せてもらった

 

 葵の槍も、以前の組手で経験している

 

 クオンの動きも、普段の稽古である程度は把握している

 

 だが

 

 それぞれの動きを知っていることと、四人を同時に相手にすることは別だ

 

 特に壮玄さんと葵の親子連携

 

 そこへ央善さんの大剣が加わり、クオンまで動くとなれば

 

 ……ふむ

 

 どうなることやら

 

「それじゃあ、行くよ!」

 

 先に声を上げたのはクオンだった

 

 ……む?

 

「ちょっと待つんよ、クオン!」

 

「え?」

 

「一人で突っ込んだらあかんえ!」

 

「……あ」

 

 クオンが足を止めた

 

 ……うむ

 

 葵、よく止めてくれた

 

「うひひ! せっかく四人おるんやし、一緒にやろ?」

 

「……そっか。そうだよね」

 

「うん!」

 

 葵が槍を構え直した

 

「ほな、ウチも準備できたんよ!」

 

「分かった!」

 

 ……ほう

 

 全員、準備はできたようだな

 

 最初に動いたのは――

 

「ぬん!」

 

 央善さんだった

 

 ……っ!

 

 大剣が迫る

 

 木刀を構え、迎え撃つ

 

 ――ガッ!

 

 重い衝撃が腕へ伝わった

 

 ……やはり重い

 

 だが

 

 先ほどとは違う

 

 大剣を受けた瞬間、左から槍が伸びてきた

 

 壮玄さん

 

 ……む!

 

 閉じた鉄扇を返し、槍の穂先を払う

 

 その直後

 

「うひひ!」

 

 右から、もう一本の槍

 

 葵だ

 

 ……っ!

 

 壮玄さんの槍を払った直後

 

 鉄扇が戻りきっていない

 

 ……なるほど!

 

 俺は木刀を引き、身体を斜めにずらした

 

 葵の槍先が胸元を通り過ぎる

 

 だが――

 

「ハク!」

 

 ……む!?

 

 背後からクオンの声

 

 振り返るより早く、足音が近付いた

 

 ……速い!

 

 身体を沈める

 

 頭上を拳が通り過ぎた

 

 ……っ!

 

 そのままクオンが足を踏み替える

 

 拳を避けられた勢いを殺さず、身体を回した

 

 次は蹴り

 

 俺は閉じた鉄扇を差し入れ、足の動きを受け流す

 

 ……ほう

 

 以前のように、身体の勢いに振り回されている様子はない

 

 踏み込む速度も、足の運びも、先ほどまでの動きをきちんと繋げている

 

 完全に力を使いこなせているとまでは言えぬが……

 

 普段の組手の成果が、少しずつ出ているようだな

 

 だが――

 

「そこだねぇ!」

 

 壮玄さんの槍が伸びる

 

 ……っ!

 

 しまった

 

 クオンに意識を向けた分、反応が遅れた!

 

 俺は身体を捻った

 

 木槍の穂先が、脇腹のすぐ横を抜ける

 

 ……危ないところだった

 

 さらに大剣

 

 央善さんが踏み込んできた

 

 ……ここで来るか!

 

 木刀を返す

 

 ――ガンッ!

 

 大剣を受けた腕が沈む

 

 だが、そこで止まれない

 

 正面には央善さん

 

 左には壮玄さん

 

 右には葵

 

 そして背後にはクオン

 

 ……なるほど

 

 四人とも、こちらの動きを見ている

 

 いや

 

 それだけではない

 

 葵が壮玄さんの動きに合わせて槍を伸ばし、クオンがその隙を埋めようとしている

 

 まだ完全な連携とは言い難い

 

 だが、互いの動きを見ながら、空いた場所を補おうとしている

 

 それだけでも十分に厄介だ

 

「うひひ! おにーさん!」

 

 葵が楽しそうに笑った

 

「まだまだ行くんよ!」

 

「ハク、今度はちゃんと当てるからね!」

 

 クオンも笑っている

 

 ……ふむ

 

 これは

 

 想像以上に、骨が折れそうだ

 

「はっはっは!」

 

 央善さんが大剣を構え直した

 

「どうじゃ、白(はく)君!」

 

「……見事である」

 

「ほう?」

 

「先ほどの連携だけでも十分に驚かされたが……」

 

 俺は木刀を構え、鉄扇を開く

 

「どうやら、さらに楽しませていただけそうだ」

 

「ハッハッハ!」

 

 壮玄さんが笑った

 

「そいつは嬉しいねぇ!」

 

 葵が槍を構え直す

 

 クオンも腰を落とした

 

 ……さて

 

 ここからが本番だな

 

 今度は一人ずつ撃破するだけでは済まないだろう

 

 四人の間合い

 

 四人の動き

 

 そして、互いの隙を補おうとする連携

 

 それらを見極めなければならない

 

 だが――

 

 それこそが、武を競うということ

 

「……では」

 

 一歩、踏み込む

 

「某も、さらに応じるとしよう」

 

 ――ガッ!

 

 再び、木刀と大剣がぶつかった

 

 その瞬間

 

 左右から二本の槍が迫り

 

 背後から、クオンの足音が近付いた

 

 ……さあ

 

 どう捌くか

 

side out ハク

 

─────────────────────────

 

side in イッセー

 

 その日の夜、夕食を終えた兵藤家のリビングには、父さんたちの楽しそうな笑い声が響いていた

 

「いやぁ、今日の授業参観は実に面白かったですなぁ!」

 

「ええ、子供たちが普段どのように学校で過ごしているのか、こうして見られるのは嬉しいものですね」

 

 父さんとグレモリー卿は、酒を片手にすっかり話し込んでいる

 

 その隣にはサーゼクスさんまで座っているわけだが……冷静に考えると、とんでもない光景だよな

 

 魔王と、その魔王の父親が、うちの父さんと普通に酒を飲んでいるんだぞ?

 

 サーゼクスさんは以前にも我が家へ泊まりに来ているし、今さら初対面みたいに緊張する関係でもないんだけど……それでも慣れるもんじゃない

 

「あらあら! アーシアちゃん、可愛いわねぇ!」

 

「おお! いい表情で撮れてるじゃないか!」

 

 テレビを見ていた母さんと父さんが、揃って嬉しそうな声を上げた

 

 画面に映っているのは、紙粘土を前に真剣な表情で考え込んでいるアーシアだ

 

 今日の公開授業を撮影した映像を、夕食後にみんなで見ているというわけだな

 

 もっとも、今流れている父さんの映像については、何が映っているか大体想像がつく

 

 何しろこの人、授業中ずっとアーシアにカメラを向けていたんだからな!

 

「お母さま……そんなに見られると恥ずかしいです……」

 

「何言ってるの! こんなに可愛く撮れているんだから!」

 

「そうだぞ、アーシアちゃん! お父さん、頑張って撮ったからな!」

 

「ありがとうございます、お父さま!」

 

 アーシアが嬉しそうに笑うと、父さんも母さんもますます顔を綻ばせた

 

 ……うん、いい光景だ

 

 アーシアがうちへ来てから、父さんたちは本当に楽しそうなんだよな

 

 二人とも完全に娘が一人増えたと思っているし、アーシアもそんな二人を本当の両親みたいに慕っている

 

 俺だって、そんな三人を見ているのは好きなんだけど……一つだけ言わせてくれ

 

「なあ、父さん」

 

「何だ、イッセー?」

 

「今日って、俺の授業参観だったよな?」

 

「もちろんだ!」

 

「……俺、ほとんど映ってないんだけど」

 

「お前は毎日見てるだろう?」

 

「そういう問題じゃないだろ!?」

 

 何で実の息子よりアーシアの撮影を優先するんだよ!?

 

 いや、分かるけどさ!

 

 アーシアが可愛いのは俺だって分かるけど!

 

「ふふっ、いいじゃない、イッセー」

 

 隣に座っていた部長が、俺たちのやり取りを聞いて笑った

 

「ご両親がアーシアをそれだけ大切にしてくださっているんだから」

 

「……まあ、そうなんですけどね」

 

 そう答えると、部長はもう一度アーシアへ視線を向けた

 

 部長自身も、今じゃすっかり兵藤家に馴染んでいる

 

 最初に引っ越してきた時はさすがに驚いたけど、母さんなんて部長が一緒に食卓を囲むのを当たり前のように受け入れているからなぁ

 

 ……もっとも、俺の心臓まで慣れたかと言われると話は別だけど

 

「お兄様、そちらのお酒はもう十分でしょう?」

 

「おや、リーアたん、心配してくれるのかい?」

 

「その呼び方はやめてください!」

 

「はっはっは! 相変わらず照れ屋さんだねぇ!」

 

 ……うん、こっちもいつも通りだ

 

 魔王が妹に怒られているという、とんでもなく珍しいはずの光景なのに、最近はこれも我が家の日常になりつつある

 

 いや、慣れちゃ駄目な気もするけど

 

「おや、次はこちらの映像ですね」

 

 グレモリー卿が別の映像に切り替えると、画面には教室全体の様子が映し出された

 

 ……あれ?

 

 今度は父さんが撮ったやつじゃないのか

 

 さっきとは撮影している位置が違うらしく、教室の後ろの方までよく見える

 

 そして、その画面に映し出されたのは――

 

「……げっ」

 

 紙粘土を一生懸命捏ねている俺だった

 

 しかも、ちょうど完成間近の作品を机の上に置いている場面だ

 

 仮面に鎧、刀に鉄扇まで持たせた、あのオシュトルの像である

 

「まあ、イッセー! これ、あなたが作ったの?」

 

「あ、ああ……」

 

「すごいじゃない! こんなに細かいものを作れるなんて!」

 

「おお! イッセー、なかなかやるじゃないか!」

 

 ……おお、褒められた

 

 何だか照れくさいけど、悪い気はしないぞ

 

「本当に見事な作品ですね、鎧の細部まで丁寧に仕上げられています」

 

「ありがとうございます!」

 

 グレモリー卿にまで褒められると、頑張って作った甲斐があったってもんだ

 

 もっとも、何であの姿を知っているのかまで説明するわけにはいかないんだけどな

 

「あら、この仮面、随分凝っているのね」

 

「ま、まあ……モデルがいるからさ」

 

「そうなの? その人にも見せてあげたら喜ぶんじゃない?」

 

「……どうだろうなぁ」

 

 喜ぶどころか、当の本人はあの時点で相当なダメージを受けていた気がするんだけど……

 

 そんなことを考えていると、画面の中で俺の机の周りに次々と人が集まり始めた

 

 ……あ

 

 まずい

 

 これって、まさか……

 

『九千!』

 

『一万!』

 

 テレビから聞き覚えのある声が響き、俺は思わず頭を抱えた

 

『値段上げるな!』

 

『写真だけでも!』

 

『私も!』

 

『新刊――』

 

『瑠璃(るり)!』

 

『まだ何も言ってません!』

 

 ああああああ!!

 

 あの騒ぎまで撮れてるうううう!?

 

「……イッセー」

 

 部長が笑いを堪えながらこちらを見た

 

「何であなたの作品が競売にかけられているの?」

 

「俺が聞きたいですよ!!」

 

 そもそも英語の授業だったんだぞ!?

 

 何で紙粘土を作ることになって、俺の作品が一万円まで競り上がるんだよ!?

 

 あの時も意味が分からなかったけど、こうして映像で見返すとますます分からねえ!

 

「はっはっは! 随分と人気だったようだね!」

 

「イッセー君、素晴らしいじゃないか!」

 

「……ありがとうございます」

 

 サーゼクスさんは楽しそうだけど、俺としては嬉しいんだか恥ずかしいんだか、何とも複雑な気分だった

 

 競りの騒ぎが続く中、画面は別の映像へと切り替わった

 

 どうやら少し前に撮影されたものらしく、そこには五人の紙粘土の像を机に並べたハクの姿が映っていた

 

「おお、こちらも素晴らしいですね」

 

 グレモリー卿が感心したように身を乗り出した

 

「五人それぞれの表情も違いますし、よく出来ていますね」

 

「いやぁ、白(はく)君も器用ですなぁ!」

 

 父さんも頷いているが、正直あれは本当にすごかった

 

 俺の作品とはまた違う完成度というか、ただ五人が並んでいるだけなのに、どこか本当の家族みたいに見えたんだよな

 

 ……ただ、あの像を見ていたハクの顔は、少し気になった

 

 何だか懐かしそうで、それでいて困っているようにも見えたからだ

 

「あら? 白(はく)君、どうしたのかしら?」

 

 母さんが画面を指差す

 

 そこには、机に突っ伏しかけたハクと、隣で心配そうに背中へ手を添えるクオンの姿が映っていた

 

 ……ああ、あの時か

 

「多分、大丈夫だと思うよ」

 

「多分?」

 

「……あいつ、最近色々あってさ」

 

 本人の事情を勝手に話すわけにもいかないし、俺だって全部知っているわけじゃない

 

 ただ、あいつが今日ずっと胃を痛めていたことだけは確かだ

 

「ふふっ、大神(おおがみ)君も大変そうね」

 

「……そうですね」

 

 部長の言葉に頷きながら、俺は画面の中のハクを見た

 

 ……あいつ、今頃どうしてるんだろうな

 

 大神(おおがみ)家の方も保護者たちが集まって随分と賑やかだったし、また何かとんでもないことになっていそうな気がする

 

 ……まあ、ハクなら何とかするだろ

 

 胃の痛みまで強さで何とかできるのかは知らないけど

 

「イッセーさん」

 

「ん?」

 

 アーシアが小さく俺の袖を引っ張った

 

「今日の作品、あとでまた見せていただけますか?」

 

「おう、いいぞ、まだ学校に置いてあるから、持って帰ってきたらな」

 

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

 嬉しそうに笑うアーシアを見ていると、何だかこっちまで嬉しくなる

 

 ……やっぱり可愛いなぁ

 

 ふと隣を見ると、部長がこちらへ視線を向けていた

 

「……部長?」

 

「ふふっ、何でもないわ」

 

 そう言って、またテレビへ顔を戻してしまう

 

 ……ん?

 

 何だろう、今のは

 

 まあ、いいか

 

 それからもしばらく、リビングでは授業参観の映像を見ながら話が続いた

 

 アーシアが映れば母さんが喜び、俺が映れば父さんが余計なことを言い、サーゼクスさんは時折部長をからかって怒られている

 

 ……うん、実にいつも通りだ

 

 いや、いつも通りってのもどうかと思うけど

 

「さて、次はこちらですね」

 

 グレモリー卿が別の映像に切り替えると、テレビには授業を受けているリアス部長の姿が映し出された

 

 ……あ

 

 これは、まずいんじゃないか?

 

「おおっ! 来たね!」

 

 サーゼクスさんが、突然身を乗り出した

 

「見てごらん! 我が妹の立派な姿を!」

 

 ……ああ、やっぱり

 

 隣に座る部長の表情が、みるみるうちに険しくなっていく

 

「……お兄様」

 

「何だい、リーアたん?」

 

「お願いですから、静かにしてください」

 

「もちろん分かっているとも!」

 

 ……いや、全然分かってないだろ、この人

 

 サーゼクスさんは満面の笑みでテレビを見つめている

 

 画面の中では先生が教室を見渡し、部長の名前を呼ぼうとしていた

 

 それを見たサーゼクスさんが、今にも何か言い出しそうに身を乗り出す

 

 ……ああ、これはもう駄目だな

 

「これは……かつてないほどの地獄だわ……」

 

 部長が両手で顔を覆った

 

 指の隙間から見える頬は真っ赤で、肩まで小刻みに震えている

 

 ……ああ、完全に限界が近付いている

 

 それなのにサーゼクスさんときたら、そんな妹の様子などお構いなしだった

 

「見てください! うちのリーアたんが先生にさされて答えるのです!」

 

「お兄様っ!?」

 

 画面の中では、指名された部長が立ち上がり、落ち着いた様子で質問に答えていた

 

 サーゼクスさんはその姿を嬉しそうに指差している

 

「いやぁ、何と立派なんだろう! 受け答えも実に素晴らしい! さすが私の妹だ!」

 

「サーゼクス、少し落ち着きなさい」

 

 グレモリー卿が苦笑しながら窘めたものの、当のサーゼクスさんは聞いている様子もない

 

 ……いやぁ、父親にまで言われてるぞ、この魔王様

 

「まあまあ、いいじゃないですか! 家族が学校で頑張っている姿を見るのは嬉しいものですからな!」

 

「ええ! アーシアちゃんの授業中の姿も、とっても可愛らしかったですもの!」

 

 父さんと母さんまで揃って頷いた

 

 ……ああ、そうか

 

 この人たち、気持ちは分かるんだな

 

 でも、本人の前でここまで騒ぐのはちょっとどうかと思うぞ

 

「いやぁ! 何度見てもリーアたんは可愛いねぇ!」

 

「お兄様!!」

 

「おや?」

 

「もうっ! 耐えられないわ! お兄さまのおたんこなす!」

 

 とうとう部長が勢いよく立ち上がったかと思うと、顔を真っ赤にしたままリビングを飛び出してしまった

 

 ……あーあ、行っちゃった

 

 いや、そりゃそうなるよな

 

 あれだけ大勢の前でからかわれたら、俺だって逃げたくなる

 

「……おや? どうして行ってしまったんだろう?」

 

 不思議そうに首を傾げるサーゼクスさん

 

 ……いや、分かるでしょう!?

 

 あなたが原因ですよ!?

 

 それより、部長は大丈夫だろうか

 

 あれだけ恥ずかしそうにしていたんだ、少し様子を見に行った方がいいかもしれない

 

「父さん、母さん、俺ちょっと部長の様子を見てくるよ」

 

「ああ、頼んだぞ、イッセー」

 

「そうね、リアスちゃん、随分恥ずかしそうだったもの」

 

「分かった」

 

「イッセーさん?」

 

 立ち上がった俺を、アーシアが心配そうに見上げた

 

「部長さん、大丈夫でしょうか?」

 

「まあ、ちょっと話してくるよ、すぐ戻るからさ」

 

「……はい!」

 

 アーシアに軽く手を振り、俺はリビングを後にした

 

─────────────────────────

 

 階段を上がりながら、俺は先ほどの騒ぎを思い返していた

 

 サーゼクスさんも、もう少し加減すればいいのになぁ

 

 妹が可愛いって気持ちは分かるけど、あそこまでいくとさすがに部長が可哀想だ

 

 部長は自分の部屋に戻ったんだろうか

 

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、俺の部屋の前から声がした

 

「……イッセー」

 

「……え?」

 

 顔を上げると、そこにはまだ頬を赤くしたリアス部長が立っていた

 

 ……あれ?

 

 部長の部屋じゃなくて、俺の部屋の前?

 

「部長? こんなところでどうしたんですか?」

 

「……もう、本当に……」

 

 部長は小さくため息をつき、額に手を当てた

 

「お兄様ったら、いつもああなのよ、もう少し普通にしてくださればいいのに……」

 

「まあ、サーゼクスさんも部長のことが大切なんですよ」

 

「それは分かっているわ、でも限度というものがあるでしょう?」

 

「……そこは否定できませんね」

 

 俺が苦笑すると、部長もようやく小さく笑った

 

「ごめんなさいね、イッセー、こんなところで愚痴を聞かせてしまって」

 

「いえ、全然構いませんよ!」

 

 むしろ少しでも元気になってくれたなら、それでいい

 

 とはいえ、このまま廊下で立ち話というのも何だし……

 

「あの、部長、よかったら俺の部屋で少し休んでいきませんか?」

 

「……あなたの部屋?」

 

「はい、ここならサーゼクスさんもすぐには来ないでしょうし」

 

 ……いや、来ないよな?

 

 あの人なら妹を探して二階まで上がってきそうな気もするけど

 

「ふふっ、そうね、それじゃあ少しお邪魔しようかしら」

 

「はい!」

 

 俺は慌てて扉を開け、部長を部屋へ招き入れた

 

 さっきまで一緒に夕飯を食べていたのに、二人きりになるだけで妙に緊張するから不思議なもんだ

 

 部長はベッドの端に腰を下ろし、隣を軽く叩いた

 

「イッセー、あなたも座って」

 

「……はい」

 

 言われるまま、俺も少し距離を空けて同じベッドに腰かける

 

 ……さて、何の話なんだろう

 

「……ねえ、イッセー」

 

「はい?」

 

「今日、お父様たちを見ていて思ったのだけれど……あなたのご両親と、私のお父様があんなに仲良くなるなんてね」

 

 部長はリビングの様子を思い出したのか、穏やかな表情を浮かべた

 

「最初は少し心配していたのよ、お父様もお兄様も、何を言い出すか分からないでしょう?」

 

「……ああ、それは分かります」

 

 特にサーゼクスさんなんて、さっき実際にやらかしたばかりだしな

 

「でも、今日の様子を見て安心したわ、お父様もあなたのご両親も、本当に楽しそうだったもの」

 

「そうですね、父さんも母さんも、グレモリー卿たちと話せるのが嬉しいみたいですし」

 

「ええ……この家って、本当に温かいわね」

 

 部長の声が、少しだけ柔らかくなった

 

「アーシアも、ご両親にあんなに大切にされているでしょう? あなたもいつも楽しそうだし、私もこうして一緒にいられるのが嬉しいの」

 

「……ありがとうございます」

 

 改めて言われると照れるけど、俺も今の暮らしは好きだ

 

 アーシアが来て、部長まで一緒に住むようになって、昔に比べたら家の中はずっと賑やかになった

 

 父さんたちが喜んでいるのも嬉しいし、部長がこの家を気に入ってくれているなら、なおさらだ

 

「……イッセー」

 

「はい?」

 

「あなたは、私と出会ってよかったと思っている?」

 

 突然の質問だったけど、答えに迷うようなことじゃなかった

 

「もちろんですよ、部長と出会わなかったら今の俺はいませんから」

 

「……そう」

 

「悪魔になった時は正直びっくりしましたけど、オカ研のみんなと知り合って、ハクたちと色々な経験もして……大変なことはありましたけど、俺、今の生活が好きなんです」

 

 死にそうになったことだってあるし、痛い目に遭ったことも一度や二度じゃない

 

 それでも部長たちと出会わなかった人生の方がよかったかと聞かれたら、そんなことはないと胸を張って言える

 

「……ふふっ、よかった」

 

 部長は俺の返事を聞くと、嬉しそうに目を細めた

 

「私も、あなたと出会えて本当によかったと思っているわ」

 

「……部長」

 

 うおぉ……そんなに真っ直ぐ言われると照れるじゃないですか

 

 ただでさえ綺麗な人なのに、そんな顔で笑われたら俺の心臓が持たないって!

 

「ところで、イッセー」

 

「はい?」

 

「今日、お父様たちを見ていて、もう一つ考えたことがあるの」

 

「何ですか?」

 

「……将来のことよ」

 

 将来?

 

 部長は少し身体をこちらへ向けると、俺の顔を見つめた

 

「あなたも知っているでしょう? 私はグレモリー家の次期当主なの」

 

「はい」

 

「だから、いつかは結婚して家を継いでいかなければならないわ」

 

 ……結婚、か

 

 部長は上級悪魔の名家のお嬢様なんだし、いつかはそういう話になるんだろう

 

 でも、結婚という言葉を聞くと、どうしてもライザーの件を思い出してしまう

 

 あの時、部長は望まない結婚を押し付けられて苦しんでいた

 

 もう二度と、あんな思いはしてほしくない

 

「……部長、今度は自分で結婚相手を選べるんですよね?」

 

「ええ、もちろんよ、あの件があったからこそ、自分の未来は自分で決めたいと思っているの」

 

「それならよかったです」

 

「ふふっ、心配してくれるのね」

 

「そりゃあ、しますよ」

 

 当たり前だ

 

 部長には幸せになってほしいし、できることならその隣にいるのが俺だったら――

 

 ……って、何考えてるんだ俺!?

 

 いや、部長のことが好きなんだから、そう思うのはおかしくないけどさ!

 

「でも、部長ならきっといい人が見つかりますよ」

 

 俺がそう言うと、部長は少しだけ目を細めた

 

「……そう思うの?」

 

「え? あ、はい!」

 

「私が、あなたの知らない誰かと結婚することになっても?」

 

「…………」

 

 その質問に、言葉が詰まった

 

 部長が誰かと結婚して、この家を出ていく

 

 今みたいに一緒に食事をしたり、こうして二人で話したりすることもなくなるのかもしれない

 

 そう考えると、胸の奥が妙に苦しくなった

 

 ……嫌だな、それは

 

 だけど俺が嫌だと言ったところで、部長の将来を決められるわけじゃない

 

「……俺は、部長に幸せになってほしいです」

 

「ええ」

 

「でも……その、できれば今みたいに、一緒にいられたら嬉しいなって……」

 

 ……ああ、くそ!

 

 何だか格好悪い言い方になっちまった!

 

 もっと気の利いたことを言えればいいのに、こういう時に限って頭が回らない

 

 部長はしばらく俺の顔を見つめていたが、やがて小さく笑った

 

「……本当に、あなたは優しいのね」

 

「……へ?」

 

「でもね、イッセー、少しくらい欲張ってもいいのよ?」

 

「欲張る、ですか?」

 

「ええ、私の幸せだけじゃなくて、あなた自身がどうしたいのかも大切でしょう?」

 

 ……俺自身が、どうしたいのか

 

 そんなの、決まっている

 

 俺だって、部長と一緒にいたい

 

 これからもずっと、今みたいに笑っていてほしいし、その隣にいられたら嬉しい

 

 だけど、グレモリー家の次期当主に相応しい男になれるかと聞かれたら、まだ自信なんてない

 

「……部長」

 

「何?」

 

「俺だって、できることなら……」

 

 そこまで言いかけて、口が止まった

 

 ……駄目だ、恥ずかしすぎる!

 

 部長はそんな俺を見て、くすりと笑った

 

「続きは?」

 

「そ、その……!」

 

「無理に言わなくてもいいわ、でも覚えておいてね」

 

 そう言いながら、部長は俺との距離を少し縮めた

 

「私はもう、誰かに決められた相手と結婚するつもりはないの……自分で選んで、大切にして、一緒に歩いていける人がいいわ」

 

「……はい」

 

「それに、最初から立派な人でなくてもいいと思っているのよ」

 

「……え?」

 

「今はまだ頼りないところがあっても、一緒に成長していければ素敵でしょう?」

 

 ……おお、なるほど

 

 名家のお嬢様だから、結婚相手も最初から完璧な人じゃなきゃ駄目なのかと思っていたけど、部長はそう考えているわけじゃないんだな

 

「だからね、イッセー」

 

 部長が、そっと俺の手を握った

 

「将来の旦那様には、これからも頑張ってもらわないとね」

 

「……そうですね」

 

 ……ん?

 

 ちょっと待てよ

 

 何で今、俺の手を握ったんだ?

 

 しかも部長は、さっきからずっと俺の顔を見ている

 

 ……まさか

 

「期待しているわよ、イッセー?」

 

「…………っ!?」

 

 今の旦那さんの話って、もしかして……俺のことなのか!?

 

「ぶ、部長! それって……!」

 

 思わず身を乗り出した俺に、部長は答える代わりに微笑んだ

 

 そして、空いている方の手を俺の首に回す

 

 ……あ

 

 この感じ、前にも……

 

「イッセー、目を閉じて?」

 

「…………!」

 

 部長の顔が、ゆっくりと近付いてくる

 

 ……ああ、もう分かった!

 

 何が起こるか分かってるけど、だからって平気でいられるわけないだろ!?

 

 言われるままに目を閉じると、すぐに唇へ柔らかな感触が触れた

 

 ちゅっ

 

 ほんの短い時間だったはずなのに、やけに長く感じる

 

 やがて部長が顔を離した時には、俺の心臓はとんでもない速さで暴れていた

 

 ……うおおおおおおお!!

 

 またキスされたあああああ!!

 

 以前にも部長からキスされたことはある

 

 あるんだけどさ!

 

 今のは結婚の話をした直後だぞ!?

 

 俺に期待しているなんて言って、そのうえでもう一度キスしてくれたんだぞ!?

 

 ……これ、本当に期待していいんだよな?

 

「……どうかしら?」

 

 部長が少し頬を染めながら俺を見つめた

 

「少しは、私の言いたいことが伝わった?」

 

 ……いや、伝わりました!

 

 ものすごく伝わりましたけど、そんな顔で聞かないでください!

 

「……ぶ、部長」

 

「何?」

 

「……俺、もっと頑張ります!」

 

 思わず口から飛び出したのは、そんな言葉だった

 

 部長に相応しい男になれるかなんて、まだ分からない

 

 だけど、もし本当に俺にもその可能性があるのなら、今まで以上に頑張りたいと思ったんだ

 

「ふふっ、ええ、楽しみにしているわ」

 

 部長は嬉しそうに笑い、俺の手をもう一度優しく握った

 

 ……ああ、やっぱり綺麗だなぁ

 

 こんな人が、俺のことを……

 

「……イッセーさん?」

 

「……ん?」

 

 聞き慣れた声に振り返ると、部屋の扉が少しだけ開いていた

 

 どうやら慌てて部長を招き入れた時、きちんと閉めていなかったらしい

 

 その隙間から、アーシアがこちらを覗いていた

 

「……アーシア?」

 

 呼びかけても返事がない

 

 アーシアは顔を真っ赤にして、俺と部長を交互に見つめている

 

 ……あれ?

 

 もしかして、今の……

 

「アーシア、どうしたの?」

 

 部長が声をかけると、アーシアはぎゅっと両手を握り締めた

 

「……あの、私……見てしまいました……!」

 

 ……やっぱりいいいいい!!

 

 さっきのキスを見られたああああ!!

 

「ア、アーシア!?」

 

「ご、ごめんなさい! 盗み見るつもりはなかったんです!」

 

「いや! 別に怒ってるわけじゃないから!」

 

「部長さんが心配だったので、お部屋へ向かおうと思ったんですけど……イッセーさんのお部屋から声が聞こえて……」

 

 ……ああ、そうだったのか

 

 アーシアも部長のことが心配で、二階まで上がってきたんだな

 

 それで俺の部屋を覗いたら、ちょうど部長が俺にキスをしていて……

 

 ……うわぁ

 

 改めて考えると、ものすごく恥ずかしいぞ

 

「……アーシア、驚かせてしまったかしら?」

 

 部長が優しく声をかけると、アーシアは小さく頷いた

 

「……はい、でも……」

 

 そのまま立ち去るのかと思ったけど、アーシアは動かなかった

 

 それどころか、何かを決意したように顔を上げる

 

「……でも、私だって……!」

 

 ……あれ?

 

 その表情、何だか見覚えがあるぞ

 

 そうだ、今日の授業参観だ

 

 ゼノヴィアが俺との交際について話していた時、アーシアは珍しく強い口調で抗議していた

 

 あの時と同じように、今も何かを譲るつもりはないらしい

 

「……イッセーさん!」

 

「は、はい!?」

 

 アーシアが部屋へ入り、俺の前まで歩いてくる

 

 俺が座っているベッドのすぐ傍まで来ると、真っ直ぐこちらを見つめた

 

「私も、ずっと考えていたんです、イッセーさんにちゃんとお伝えしたいことがあって……!」

 

「伝えたいこと?」

 

「……はい!」

 

 アーシアは胸の前で手を握り直すと、ゆっくりと口を開いた

 

「私、イッセーさんのことが大好きです!」

 

 ……え?

 

 好き?

 

 アーシアが、俺を?

 

 いや、アーシアは前にもそういうことを言ってくれたし、今日だって俺のことを格好いいって褒めてくれた

 

 でも、今のアーシアはいつもと少し違う

 

「部長さんがイッセーさんを大切に思っていることは、私にも分かります、でも……私だって、イッセーさんのことが大切なんです!」

 

「……アーシア」

 

「このお家で暮らせるようになって、毎日が本当に楽しくて……お父さまもお母さまも、私を本当の娘のように大切にしてくださって……」

 

 アーシアが、少しだけ目を伏せた

 

「私、このお家が大好きです、イッセーさんも、お父さまも、お母さまも……みんな大切な家族です」

 

 ……ああ、そうだよな

 

 アーシアだって、今の生活が好きなんだよな

 

「……でも!」

 

 アーシアが、もう一度顔を上げた

 

「イッセーさんのことは、家族としてだけじゃなくて……私、一人の女の子として、イッセーさんのことが好きなんです!」

 

「…………っ!?」

 

 その言葉に、思わず息を呑んだ

 

 ……そうか

 

 アーシア、お前……そんなふうに俺のことを……

 

 俺にとってアーシアは、ずっと守ってやりたい存在だった

 

 一緒に暮らして、食事をして、笑い合って、気付けば家族のように思うことが当たり前になっていた

 

 もちろん可愛い女の子だってことは分かっているし、大切に思っている

 

 だけど、こうして一人の女の子として好きだと言われると、今までとは違う意味でアーシアを意識してしまう

 

 ……ああ、もう!

 

 何て答えればいいんだよ!?

 

「……アーシア、俺……」

 

「……イッセーさん」

 

 俺が返事を探していると、アーシアはもう一歩近付いてきた

 

「……部長さんばかり、ずるいです」

 

「……へ?」

 

「私だって、イッセーさんのことが好きなのに……!」

 

 少しだけ頬を膨らませたアーシアを見て、俺は今日のゼノヴィアとのやり取りを思い出した

 

 ……いや、ちょっと待て

 

 まさか……

 

「……私も、頑張ります!」

 

「……え?」

 

 アーシアが両手で俺の頬を包み込む

 

 俺はベッドに座ったまま、目の前まで近付いてきた彼女を見上げるしかなかった

 

「ア、アーシア!?」

 

「私だって、負けません!」

 

 その言葉と同時に、アーシアがぎゅっと目を閉じた

 

 そして――

 

 ちゅっ

 

「………………」

 

 ……は?

 

 ……え?

 

 ………………

 

 ええええええええ!?

 

 アーシアにもキスされたあああああああ!!

 

 ちょっと待てええええ!!

 

 さっき部長からキスされたばかりなのに、今度はアーシアから!?

 

 何だこれ!?

 

 今日の俺、どうなってるんだ!?

 

「……アーシア!?」

 

 部長も目を丸くしていた

 

「あなた……!」

 

「ご、ごめんなさい、部長さん!」

 

 アーシアは慌てて頭を下げたけど、俺の服を握った手だけは離さなかった

 

「……でも、部長さんにも、これだけは負けられないんです!」

 

 ……おお

 

 何だか、いつものアーシアからは想像できないぐらい積極的だぞ

 

 だけど、ここまで真っ直ぐ言われたら、彼女が本気だってことぐらい俺にだって分かる

 

 ……とはいえ

 

 これ、二人が喧嘩するんじゃないだろうな?

 

 部長もアーシアも俺にとって大切な人なんだぞ!?

 

「……アーシア」

 

 部長が静かに口を開いた

 

「あなた、本気なのね?」

 

「……はい!」

 

 アーシアが力強く頷く

 

「私、イッセーさんが大好きです!」

 

「……そう」

 

 部長はしばらくアーシアを見つめていたが、やがて小さく笑った

 

「……ふふっ」

 

 ……あれ?

 

 笑った?

 

「……部長さん?」

 

 アーシアも不思議そうに首を傾げる

 

 部長は立ち上がると、アーシアの前まで歩いていき、その肩にそっと手を置いた

 

「あなたの気持ちは、よく分かったわ」

 

「……!」

 

「私もね、イッセーのことが好きなの」

 

「…………!」

 

 ……部長が、はっきりと好きだと言ってくれた

 

 さっきの話とキスで何となく分かってはいたけど、こうして言葉にされると、やっぱり胸が熱くなる

 

 ……くそっ、顔が緩むのを止められねえ!

 

「だから、あなたに譲るつもりはないわ」

 

「……部長さん……」

 

「でも、だからといってあなたに諦めてほしいとも思わないの、あなたがイッセーを大切に思っていることは私にも分かるもの」

 

 部長がアーシアの手を取った

 

「それに、あなたも私にとって大切な家族のような存在よ」

 

「……部長さん……!」

 

 ……ああ、そうだよな

 

 部長だってアーシアのことを大切に思っているし、アーシアも部長のことを慕っている

 

 だから、きっと二人なら……

 

「……だからね、アーシア」

 

「……はい?」

 

 部長が、どこか楽しそうに微笑んだ

 

「それなら、私たち二人でイッセーに愛してもらいましょう?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 ……へ?

 

 ………………

 

 へえええええええ!?

 

 ぶ、部長!?

 

 今、何て言いました!?

 

 二人で!?

 

 俺に愛してもらう!?

 

「……え?」

 

 アーシアも驚いたように目を丸くしている

 

「部長さん、それって……」

 

「ふふっ、どちらかが今すぐ諦める必要なんてないでしょう? 私もあなたもイッセーが好き、それなら、その気持ちを大切にすればいいわ」

 

「……わ、私も……いいんですか?」

 

「もちろんよ、ただし私も遠慮するつもりはないわよ?」

 

「……はい!」

 

 アーシアが嬉しそうに顔を輝かせた

 

「私も、頑張ります!」

 

「ふふっ、そうね」

 

 ……あ

 

 何か、二人で仲良くなってる

 

 いや、それ自体はものすごくいいことなんだけど……

 

 ……あの、お二人とも?

 

 俺の意見は!?

 

「……もちろん、イッセー本人の気持ちも聞かなければね」

 

 ……あ、そうですよね!

 

 そりゃそうですよね!?

 

 よかった、ちゃんと俺の意見も必要なんだな!

 

 ……で、どう答えればいいんだ、これ!?

 

「……イッセー?」

 

 部長がこちらを見た

 

「私たちのこと、どう思う?」

 

「イッセーさん……!」

 

 アーシアまで期待に満ちた目で俺を見つめている

 

 ……ちょっと待ってくれ

 

 二人とも、そんな顔で見ないでくれ!

 

 部長の紅い瞳と、アーシアの嬉しそうな笑顔

 

 しかも、さっきから唇に残った感触が消えてくれないんだよ!!

 

 部長にキスされて、その直後にアーシアからもキスされて、二人から好きだって言われて……

 

 そのうえ、二人で俺に愛してもらうって……!?

 

 ……あれ?

 

 何だか、頭が熱くなってきたぞ?

 

 いや、熱いなんてもんじゃない

 

 脳みそが沸騰しそうだ!!

 

 ……待て、落ち着け兵藤一誠!

 

 ここはちゃんと答えるんだ!

 

 部長は自分の将来について俺に話してくれたし、アーシアだって勇気を出して気持ちを伝えてくれた

 

 だったら俺も、ちゃんと自分の気持ちを……

 

「……イッセー?」

 

「……イッセーさん?」

 

 ……あの

 

 お二人とも?

 

 ちょっと待ってください

 

 俺、今ものすごく幸せなんですけど、幸せすぎて頭が……

 

 ………………

 

 ……つう

 

「……あら?」

 

 部長が、何かに気付いたように首を傾げた

 

「イッセー、鼻の下……」

 

「……へ?」

 

 鼻の下?

 

 ……何が?

 

 ぽたっ

 

 膝の上に赤い雫が落ちた

 

 ……あ

 

 これ、鼻血?

 

「イ、イッセーさん!? 鼻血が出ています!!」

 

 アーシアが慌てた声を上げる

 

 ……ああ、なるほど

 

 俺、鼻血を出してるのか

 

 ………………

 

 昔の俺だったら、絶対に信じなかっただろうな

 

 女の子にモテたくて鍛え始めた俺が、まさかこんな日を迎えるなんて……

 

 ……でも、嬉しいだけじゃなくて、ちゃんと考えなきゃいけないこともあって……

 

 ああ、分かってる

 

 分かってるんだけど……

 

 ……駄目だ

 

 もう、頭が追いつかねえ……

 

 視界がぐらりと揺れた

 

「……イッセー?」

 

 部長の声が遠く聞こえる

 

「……イッセーさん?」

 

 アーシアの声も、何だか遠い

 

 ……あれ?

 

 身体に力が入らないぞ……?

 

 ベッドに腰かけたまま、身体が横へ傾いた

 

 そのままマットレスに倒れ込むと、耳元で鈍い音がした

 

 ――ぼすんっ

 

「イッセー!?」

 

「イッセーさぁぁぁん!?」

 

 ……ああ

 

 俺、幸せなんだろうなぁ……

 

 そんなことを考えながら、俺の意識は完全に途切れた

 

side out イッセー ───────────────────────── side in リアス

 

「イ、イッセー!?」

 

 突然横へ倒れ込んだイッセーを、私は慌てて支えた

 

「アーシア!」

 

「は、はい!」

 

 アーシアもすぐに駆け寄り、二人でイッセーの様子を確かめる

 

 呼びかけても返事はないけれど、呼吸は落ち着いている

 

 ただ、鼻血が出ていた

 

「アーシア、まずは出血を止めましょう」

 

「はい!」

 

 アーシアがイッセーの身体に手をかざすと、淡い緑色の光が広がった

 

 治癒の力によって鼻血が止まったのを確認し、私たちはベッドから下がったままになっていたイッセーの足を持ち上げ、身体を横向きに寝かせた

 

 ……まったく、驚かせてくれるわね

 

 あれほど強い相手にも立ち向かっていけるのに、女の子から好意を伝えられただけで気絶してしまうなんて

 

 もっとも、私とアーシアの二人から立て続けにキスをされれば、無理もないのかもしれないけれど……

 

「……部長さん」

 

「何かしら?」

 

「私、やりすぎてしまったんでしょうか……?」

 

 アーシアが不安そうに私を見上げた

 

 その手は、まだイッセーの服を握っている

 

「私、イッセーさんに……」

 

 言いかけたところで、アーシアは俯いてしまった

 

 ……そうよね

 

 アーシアだって勇気を出したのだもの

 

 ようやく自分の気持ちを伝えられたのに、肝心のイッセーが倒れてしまったら不安にもなるでしょう

 

「大丈夫よ、アーシア、あなたが気持ちを伝えたことは悪いことじゃないわ」

 

「……でも……」

 

「少し驚かせすぎてしまったのかもしれないけれどね」

 

 私がそう言うと、アーシアは申し訳なさそうにイッセーの顔を覗き込んだ

 

 ……それにしても、あのアーシアが自分からキスをするなんてね

 

 以前なら、たとえ誰かを好きになっても、相手の気持ちを優先して一歩引いてしまっていたかもしれない

 

 でも今のアーシアは、自分の望むものを自分の意志で選ぼうとしている

 

 その成長を、私は嬉しく思った

 

「……イッセーさん」

 

 アーシアがベッドの空いている端に腰かけ、イッセーの手をそっと握った

 

「……ごめんなさい、私、少し慌てすぎてしまいました……」

 

 そう呟きながら、アーシアはイッセーの顔を見つめている

 

 私はその隣へ歩み寄り、彼女の肩に手を添えた

 

「私も少し急ぎすぎたかもしれないわね、イッセーが目を覚ましたら、落ち着いてお話ししましょう」

 

「……はい!」

 

 アーシアは小さく頷き、ようやく安心したように微笑んだ

 

 その時だった

 

 ――コンコン

 

「失礼いたします、お嬢様」

 

 聞き慣れた声が扉の向こうから響いた

 

「……グレイフィア?」

 

「皆様からお話がございまして、お呼びに参りましたが……」

 

 扉を開けたグレイフィアは、そこまで言いかけて動きを止めた

 

 その視線がベッドに横たわるイッセーへ向けられ、続いて彼の手を握るアーシア、そして私へと移る

 

「……お嬢様」

 

「何かしら?」

 

「こちらは、一体どういう状況でしょうか?」

 

 ……ああ、そうよね

 

 何も知らずに入ってきたら、驚くわよね

 

「少し、イッセーが驚いてしまったの」

 

「……左様でございますか」

 

 グレイフィアはベッドへ歩み寄り、イッセーの様子を確かめた

 

「お怪我でも?」

 

「鼻血が出てしまったんです、でも治療は終わりました!」

 

 アーシアが答えると、グレイフィアは小さく頷いた

 

「それで、意識を失われたと……差し支えなければ、何があったのかお聞かせいただけますか?」

 

 私はアーシアと顔を見合わせた

 

 アーシアは耳まで真っ赤になっている

 

 ……さて、どう説明したものかしら

 

「……イッセーに、キスをしたのよ」

 

「…………」

 

「私とアーシアが、それぞれね」

 

「…………」

 

 グレイフィアはしばらく沈黙した後、静かに目を閉じた

 

「……なるほど」

 

 ……あら、意外と落ち着いているわね

 

「つまり、お嬢様とアーシア様が、それぞれ兵藤一誠様へお気持ちをお伝えになった結果、このような状況になったと?」

 

「……そういうことになるわね」

 

「……左様でございますか」

 

 グレイフィアが小さく息を吐いた

 

「兵藤一誠様も、大変でございますね」

 

「……え?」

 

 ……大変?

 

 何がかしら?

 

「ところで、お嬢様、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「ええ」

 

「兵藤一誠様ご本人は、お二人のお気持ちに何とお答えになったのですか?」

 

「……まだ、返事を聞けていないわ」

 

 イッセーも答えようとはしていたけれど、その前に意識を失ってしまったのだ

 

「……は、はい、聞こうとしたところで倒れてしまったので……」

 

 アーシアも小さく頷いた

 

 その返事を聞いたグレイフィアが、再び目を閉じる

 

 ……あら?

 

 何だか嫌な予感がするわね

 

「……お嬢様」

 

「な、何かしら?」

 

「お二人がお気持ちを伝えられたこと自体は、結構なことでございます」

 

「……ええ」

 

「ですが、兵藤一誠様のお返事を伺う前に、お二人だけで話を進めてしまわれたのではありませんか?」

 

「…………」

 

 ……あら、鋭いわね

 

 さすがグレイフィア

 

「……二人で、イッセーに愛してもらおうという話になったの」

 

「…………」

 

 グレイフィアが完全に黙ってしまった

 

 ……あら?

 

「……グレイフィア?」

 

「……お嬢様」

 

「……何?」

 

「まずは、兵藤一誠様のお返事を伺ってくださいませ」

 

「……はい」

 

 ……あら、思わず返事をしてしまったわ

 

 こうして真っ直ぐに諭されると、昔からグレイフィアにはどうにも頭が上がらないのよね

 

「お嬢様、アーシア様」

 

「は、はい!」

 

 アーシアまで背筋を伸ばした

 

「お二人が兵藤一誠様を大切に思っておられることは、よく分かりました、ですが、あの方がどうお考えなのかを確認することも同じくらい大切でございます」

 

「……そうね」

 

「ましてや、お二人から続けてお気持ちを伝えられたのでしょう? 少々刺激が強すぎたのではありませんか?」

 

 私はベッドに横たわるイッセーを見た

 

 あの子の気持ちも聞くつもりではいたけれど、ここまで驚かせてしまったのは事実だ

 

 ……確かに、グレイフィアの言う通りかもしれないわね

 

「……分かったわ、グレイフィア」

 

「……ありがとうございます、お嬢様」

 

 グレイフィアがようやく表情を緩めた

 

「……アーシア」

 

「はい、部長さん?」

 

「イッセーが目を覚ましたら、改めてお話ししましょう」

 

「……はい!」

 

 アーシアが大きく頷く

 

「今度は、イッセーさんのお気持ちもちゃんと聞きたいです!」

 

「ええ、私もよ」

 

 そう答えると、アーシアは安心したようにイッセーの手をそっと離した

 

「それでは、お嬢様、アーシア様、そろそろ階下へお戻りいただけますか?」

 

「……そうね」

 

「兵藤一誠様は、ひとまずお休みいただきましょう、ご両親には私からご説明いたします」

 

「お願いするわ、グレイフィア」

 

 アーシアがベッドから立ち上がり、私ももう一度イッセーへ目を向けた

 

 ……イッセー

 

 あなたは、どう思っているのかしら

 

 私のこと、アーシアのこと、そしてこれからの私たちのことを

 

 この子がどんな答えを出すのか、今はまだ分からない

 

 でも、私たちはその答えをちゃんと聞いてあげなければならないわね

 

「……部長さん」

 

「何かしら?」

 

「これからも、よろしくお願いします!」

 

 アーシアが、少し恥ずかしそうに笑った

 

「……ええ、こちらこそよろしくね、アーシア」

 

 私も笑顔を返し、もう一度イッセーの傍へ歩み寄った

 

 まだ意識は戻っていないけれど、その表情は穏やかで、先ほどまでの慌てぶりが嘘のようだった

 

 ……本当に、あなたって不思議な子ね

 

 私たち二人を相手に、ここまで慌ててしまうなんて

 

 だけど、そんなところも含めて、私はあなたが好きなのよ

 

 目を覚ましたら、今度こそちゃんとお話ししましょうね

 

 私はそっとイッセーの髪を撫で、アーシアと共に部屋を後にした

 

 廊下へ出ると、階下からはまだお父様たちの楽しそうな声が聞こえてきた

 

 ……まったく、今日は本当に賑やかな一日だったわね

 

 私は閉じた扉へもう一度目を向けた

 

 イッセーが目を覚ましたら、今度こそちゃんと話をしましょう

 

 私たち二人の気持ちを、あなたがどう受け止めてくれるのか

 

 その答えを聞ける日が、少し楽しみだった

 

side out リアス




今回もお読みいただき、ありがとうございます!

大神家では四対一の模擬戦、兵藤家ではリアスとアーシアの恋愛模様をお届けしました!

いやぁ……ハクは四人を相手にしても平然としているのに、イッセーは女の子二人を相手にしただけで撃沈してしまいましたねwww

しかも、大神家の模擬戦はまだ決着していないという……w

さて、ここからは物語も少しずつ大きく動いていきます!

そして、いつもお気に入り登録や応援をしてくださっている皆さま、本当にありがとうございます!

皆さまのおかげで、なんだかんだ毎日更新を続けられていますw

気に入った場面や印象に残った場面などがありましたら、感想や評価でそっと教えていただけると作者がとても喜びます!

それでは、次回もよろしくお願いします!
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