まず、毎日投稿を続けていたにもかかわらず、更新が途切れてしまい申し訳ありませんでした。
更新を待ってくださっていた皆様、本当にありがとうございます。
さて、今回はギャスパーの訓練と、イッセーが先輩として奮闘するお話です。
少しずつ前に進もうとするギャスパーですが……まあ、今回も色々と騒がしいことになっています(笑)
それでは、Life.37『先輩です!友情です!紙袋です!?』をお楽しみください!
……さて、どうしたものか
目の前にあるのは一つの段ボール箱、つい先ほどまでイッセーと握手を交わし、少しは前向きになっていたギャスパーが、外へ出るという話になった途端に飛び込んでしまったものだ
本人にとっては、自分の神器がいつ周囲へ影響を与えるか分からないという不安もあるんだろうし、そう簡単に外へ出られるわけもないか
「ギャスパー、今日は無理に外へ出なくてもいいのよ?」
リアス先輩が段ボール箱の前にしゃがみ、優しく声を掛けると、中からおずおずと返事が聞こえてきた
「……ほ、本当ですかぁ……?」
「ええ、焦る必要はないわ、でも、いつまでもこのままというわけにはいかないのよ?」
「……うぅ……」
途端に情けない声が返ってくる
まあ、神器の制御訓練をするにしても、今後悪魔として仕事をするにしても、ずっと段ボール箱に引きこもっているわけにはいかないからなぁ
「そういえば、まだ説明していなかったことがあったわね」
「……ん?」
リアス先輩が立ち上がり、片手に小さな魔法陣を浮かべた
そこから取り出したのは、悪魔の駒についてまとめた資料のようだった
「ギャスパーの転生に使用した駒についてよ」
「……駒ですか?」
イッセーが首を傾げると、リアス先輩は資料を開いて俺達にも見えるように向けた
「ええ、この子には
「変異の駒?」
「普通の悪魔の駒では転生させるのが難しい相手でも、特殊な働きによって転生を可能にすることがあるのよ」
なるほど、そんなものもあるのか
「イッセーには
「……一つ!? 俺は八つも使ったのに、ギャスパーは一つで済んだんですか!?」
「ええ、ただし変異の駒は誰にでも同じように使えるものではないわ、通常の駒とは少し性質が違うのよ」
「へぇ……悪魔の駒にも色々あるんですねぇ」
イッセーが感心したように資料を覗き込む
ギャスパーは半吸血鬼であり、強力な神器も宿しているからな、転生に特殊な駒を使ったというのも納得できる話だ
「それと、駒についてはもう一つ気になっていることがあるのよね」
リアス先輩が資料を閉じながら、ふと思い出したように呟いた
「気になっていること、ですか?」
祐斗が尋ねると、リアス先輩は少し考えてから頷いた
「ええ、私の手元には、まだ使用していない
「ああ、そういえばそうでしたね」
イッセーの返事に頷いたリアス先輩は、その二つの駒に以前から気になる変化があること、そして最近になって、その違いが少しずつはっきりしてきていることを説明した
「それって、今説明していた変異の駒みたいなものなんですか?」
イッセーが尋ねるが、リアス先輩は首を振る
「いいえ、少なくとも同じものだとは断定できないわ、変異の駒は最初から特殊な性質を持っているものだけれど、私の
「……つまり、普通の駒に何らかの変化が起きている可能性がある、ということですか?」
今度は祐斗が確認すると、リアス先輩は「そういうことね」と頷いた
「ただ、何が起きているのかはまだ分からないから、今は調べているところよ」
……悪魔の駒そのものが変化する、か
そんな話、原作では聞いた覚えがないな
もっとも、この世界では既に原作と違うことがいくつも起きている、今更そういう現象が見つかったとしても不思議じゃないのかもしれないが……
「……ハク?」
「ん?」
隣にいた
「何か難しい顔をしているにゃ」
「……ああ、ちょっと気になっただけだよ」
「ふぅん?」
不思議そうに首を傾げる
まあ、今は考えても答えが出そうにないな
「駒のことは、もう少し調べてみるわ、それより今はギャスパーのことね」
リアス先輩は資料を魔法陣へ戻し、改めて段ボール箱へ視線を向けた
「……は、はいぃ……」
箱の中から返事が聞こえてくる
……一応、話は聞いているんだな
「なあ、ギャスパー、お前って吸血鬼の血を引いてるんだよな?」
イッセーが箱の前へしゃがみ込み、今度はギャスパー本人に質問を始めた
「……は、はい……」
「じゃあ、やっぱり太陽の光とか苦手なのか?」
「……に、苦手ですぅ……」
「ギャスパーはデイウォーカーと呼ばれる、昼間でも活動できる特殊な吸血鬼の血を引いているのよ」
リアス先輩が補足してくれた
「へぇ、昼間でも活動できる吸血鬼がいるんですね」
「ええ、ただし、太陽の光そのものが得意というわけではないわ」
「……ま、眩しいですし……あんまり好きじゃないですぅ……」
なるほど、吸血鬼といっても色々いるんだな
もっとも、ギャスパーの場合は日光だけじゃなく、人前に出ること自体が苦手だからなぁ
「ほえ〜、ギャーやん、太陽が苦手なんやねぇ」
「ほんなら、お外に出る時は日陰を歩いたらええんかなぁ?」
「……そ、それでも……人がいるのでぇ……」
「あ〜、そっちも怖いんやったねぇ」
「そういや、吸血鬼って血を吸うんだよな?」
……おいおい、聞き方が直球すぎるぞ
箱の中から小さな呻き声が聞こえ、イッセーもさすがに聞き方が悪かったと気付いたらしい
「イッセー、もう少し優しく聞いてあげて」
「あ、すみません、部長」
「ギャスパーも吸血鬼の血を引いているから、血の補給は必要なの、でも本人はあまり血を好まないのよ」
「……そ、そうなんですぅ……」
「吸血鬼なのに?」
「……に、苦手なんですぅ……」
まあ、好き嫌いは誰にでもあるしな
「普段はどうしているんですか?」
アーシアが心配そうに尋ねると、リアス先輩が十日に二度、輸血用の血液を補給していることを説明してくれた
「それなら、無理に誰かから血を吸う必要はないんですね」
「ええ、そういうことよ」
アーシアもそれを聞いて安心したようだ
俺としても、ギャスパーが血を飲むこと自体に抵抗を持っているのなら、無理をさせる必要はないと思う
「しかし、日光が苦手で、人前に出るのも怖いとなると……」
ゼノヴィアが腕を組んだ
「訓練以前に、外へ出すことが難しいのではないか?」
「そうなのよね、だから最初は私達が付き添って、少しずつ慣れてもらおうと思っているのだけれど……」
「……ふむ」
リアス先輩の言葉を聞いたゼノヴィアが、何やら考え込み始めた
……ん?
何だ、この嫌な予感は
「それと皆に、もう一つお願いがあるの」
リアス先輩が俺達を見回した
「実は、これから朱乃と私で三勢力のトップ会談に向けた会場の打ち合わせに行かなければならないのよ」
「……ああ、もうそんな時期ですか」
俺が呟くと、リアス先輩は頷いた
「ええ、会談も近いから、色々と準備が必要なの、だからギャスパーの訓練は皆に任せたいと思っているわ」
「分かりました、部長! 俺、頑張ります!」
イッセーが勢いよく返事をすると、リアス先輩は微笑んだ
「ありがとう、イッセー、もちろん無理はさせないでね?」
「はい!」
「それから祐斗、あなたも一緒に来てちょうだい、お兄様があなたの
「僕の禁手について、ですか?」
「ええ、どうやって禁手へ至ったのか、その経緯も含めて確認したいそうよ」
「分かりました、部長」
祐斗が頷き、リアス先輩は改めて俺達へ向き直った
「それじゃあ、後はお願いね」
「はい、部長さん」
アーシアが返事をする横で、ゼノヴィアも真面目な顔で頷いていた
「任せてください、部長、外へ出すための方法は考えておきます」
「……ええ、お願いするわ」
……いや、待て
今のゼノヴィアの言い方、何か引っかかるぞ?
そんな俺の不安をよそに、リアス先輩は朱乃と祐斗を連れて教室を出ていった
さて、これでギャスパーの訓練を始めるわけだが……
……うん
さっきからゼノヴィアが妙に静かなのが、どうにも気になるな
「ギャスパー」
「……は、はいぃ……?」
「吸血鬼は聖なるものが苦手なのだろう? 十字架や聖水、それに聖剣なども苦手なはずだ」
「……ひっ」
「ならば、そういったものを利用すればいい」
そう言ったゼノヴィアは、何を思ったのかデュランダルを取り出した
「これで追い立てれば、自然と外へ出るだろう」
「ひぃぃぃぃ!?」
……おいおいおい!?
「ゼノヴィア!? 何をしてるんだ!?」
イッセーが慌てて声を上げるが、当のゼノヴィアは至って真面目な顔をしている
「外へ出るための訓練だ、斬るつもりはない」
「そういう問題じゃねえだろ!」
……まったくだ
相手は聖剣が苦手な吸血鬼だぞ、しかもただでさえ外へ出ることを怖がっているんだ
「ギャスパー、出てきた方がいいぞ」
「い、いやですぅぅぅ!!」
「ならば、聖水も用意した方がいいだろうか?」
「ひゃああああああ!?」
「ゼノヴィア! やめろって!」
イッセーが止めに入ったが、その時にはもう遅かった
がたんっ!
「うわあああああああ!!」
段ボール箱の蓋が跳ね上がり、ギャスパーが勢いよく飛び出した
そして、そのまま教室の扉へ一直線に駆けていく
「……速っ!?」
いや、さっき箱へ戻った時も速かったけどさ!?
「ギャスパー! 待てって!」
イッセーがすぐに後を追うと、ゼノヴィアもデュランダルを手にしたまま、その後へ続いた
「よし、出てきたな」
「だからお前が追いかけたら逆効果なんだって!!」
イッセーの叫び声が廊下の向こうへ遠ざかっていく
……はぁ、とんでもないことになったな
俺も様子を見に行こうと足を踏み出した、その時だった
「……っ!」
腰に鈍い痛みが走る
「ハク!」
すぐにクオンが身体を支えてくれた
「……悪い、ちょっと動いただけだ」
「もう……急いじゃ駄目だよ?」
「いや、走るつもりはないぞ?」
「でも、早歩きしようとしてたでしょう?」
「……はい」
……うん、こういう時のクオンには逆らえないな
「
「ああ、頼む」
クオンに支えられながら、俺も教室を出ることになった
アーシアと
─────────────────────────
旧校舎の裏手に出ると、すぐに騒がしい声が聞こえてきた
「ひぃぃぃぃぃ!!」
「ギャスパー! もう大丈夫だから止まれって!」
「逃げるな、ギャスパー!」
「ゼノヴィア! お前が追いかけるから止まらねえんだろうが!!」
……うん、予想以上にひどいことになってるな
ギャスパーは日差しを避けるように旧校舎の影を走り回り、その後ろをイッセーとゼノヴィアが追いかけている
しかも、ゼノヴィアはまだデュランダルを手にしたままだ
「ゼノヴィア! いい加減にしろ!」
俺が声を張り上げると、ゼノヴィアはこちらへ振り向いた
「む? ハクか、どうした?」
「どうしたもこうしたもないだろ、ギャスパーが余計に怖がってるじゃないか!」
「しかし、外へ出ることには成功したぞ?」
「だから、そういう問題じゃないんだって!」
……駄目だ、こいつ本気で分かってないな
もっとも、結果だけ見れば外へ出すことには成功したわけだが、肝心のギャスパーはイッセーの背後へ逃げ込み、その制服を握り締めて震えていた
「ギャスパー、もう大丈夫だって」
「……こ、怖かったですぅ……」
「……だよなぁ」
イッセーが苦笑しながら宥める一方、ゼノヴィアは不思議そうに首を傾げている
「何故そこまで怖がる? 私は斬るつもりなどなかったのだが」
「聖剣を持って追いかけられたら、普通は怖いだろうが!」
「……そういうものなのか?」
「そういうものだよ!」
……まったく、リアス先輩がいたら確実に叱られてるぞ
「……分かった、ならば聖剣は収めておこう」
ゼノヴィアはまだ納得しきれていない様子だったが、ようやくデュランダルを収納した
……うん、せめて最初からそうしてくれ
「ギャーやん、大丈夫なん?」
「……あ、
「えらい怖い目に遭うたねぇ、もう追いかけられへんから、心配いらんよぉ」
「……ほ、本当ですかぁ……?」
「うん、ウチもここにおるからなぁ」
まあ、すぐに落ち着けという方が無理か
「……おい、兵藤!?」
その時、少し離れた花壇の方から聞き覚えのある声がした
「お前ら、こんなところで何やってんだよ!?」
……ん? あいつは……
「……匙?」
花壇のそばに立っていたのは、生徒会の匙元士郎だった
手には園芸用の道具が握られ、足元には抜き取った雑草がまとめられている
「何って……そっちこそ何やってんだよ?」
イッセーが聞き返すと、匙は手にした道具を掲げた
「見て分かんねえのか? 花壇の手入れだよ! 会長から頼まれたんだ」
「それ、生徒会の仕事か?」
イッセーが花壇と匙の手元を見比べながら尋ねると、匙は頷いた
「ああ、最近は学園の来客も増えてるから、見苦しくないようにしておけってさ」
……なるほど、そういえば三勢力と大和の会談も近いんだったな
会場になる学園の整備をしているというわけか
「それより、お前らの方だよ、そいつ、何でそんなに怯えてんだ?」
匙がイッセーの背後へ視線を向ける
「……色々あってな」
「色々?」
事情を説明しかけたイッセーだったが、それより早く背後から別の声が聞こえてきた
「おいおい、随分と賑やかじゃねえか」
……ん? この声は……
「……アザゼル?」
振り向いた先に立っていたのは、見慣れた黒髪の男だった
堕天使の総督、アザゼル
……何でまたこんなところにいるんだよ、この人は
「おう、ハク、クオンもいるな」
「こんにちは、アザゼルさん」
クオンがいつものように挨拶する横で、俺は思わず眉を寄せた
「……アザゼル、今日はどうしたんですか? 会談の件ですか?」
「まあ、それもあるが、ちょいと様子を見にな」
「……それも、ですか」
何かほかにも用事がありそうな言い方だな、と思ったところでイッセーもアザゼルに気付いたらしい
「……って、アザゼルのおっさん!?」
「何だ、イッセー、久しぶりに会ったってのに随分な挨拶だな」
「いや、久しぶりとかじゃなくて! 何でこんなところにいるんだよ!?」
「学園に来ちゃいけねえ理由でもあるのか?」
「あるだろ! あんた、堕天使の総督なんだから!」
……まあ、言いたいことは分かる
だが、それを言ったら俺だって昔から散々世話になってるし、今更なんだよなぁ
「……堕天使の総督!?」
そんな中、匙が表情を変えた
花壇の手入れに使っていた道具を地面へ置き、右手を構える
その手の甲には、小さな爬虫類の頭のようなものが現れていた
「おいおい、物騒だな」
アザゼルが匙の右手を一瞥する
「こっちは別に喧嘩を売りに来たわけじゃねえぞ?」
「信用できるかよ、相手は堕天使の総督だぞ!」
「匙、まだ何もしてないだろ」
俺が声を掛けると、匙は不満そうにこちらを見た
「……そりゃそうだけどよ、相手が相手だろ!」
「それは分かるけど、ここでいきなり戦う必要もないだろ?」
「……ちっ、分かったよ」
匙は渋々構えを緩めたが、警戒までは解いていないらしい
「アザゼル、何の用だ?」
今度はゼノヴィアが警戒した様子で口を開いた
「場合によっては、こちらも相応の対応をさせてもらうぞ」
「お前さんも相変わらず物騒だなぁ、もうすぐ会談だってのに、ここで騒ぎを起こすほど俺も馬鹿じゃねえさ」
「……む」
「ゼノヴィアも、ひとまず落ち着けって」
俺が声を掛けると、ゼノヴィアも一応警戒を緩めた
……まあ、事情を考えれば仕方ないか
そんなやり取りの最中、アザゼルが不意に俺のそばへ寄ってきた
「……ああ、そうだ、ハク」
「ん?」
アザゼルは周囲の様子を一度確かめると、少し身を屈め、声を落として俺の耳元へ話しかけてきた
「次の休日、ちょっと話したいことがあるんだ、時間を空けといてくれ」
「……話、ですか?」
「ああ、詳しいことはまた電話する、今はそれだけ伝えておこうと思ってな」
「……分かりました、連絡待ってますよ」
「おう、よろしく頼むぜ」
そう言うと、アザゼルは何事もなかったように身体を離した
……わざわざ小声で、か
少なくとも、この場で詳しく話すつもりはないらしいな
「……ハク?」
隣で身体を支えてくれていたクオンが、不思議そうにこちらを見る
「……ああ、ちょっとした用事の話だよ、詳しいことはまだ聞いてないんだ」
「……そっか」
クオンはそれ以上聞いてこなかった
まあ、電話が来れば分かることだし、今は置いておこう
「それで、何をそんなに騒いでたんだ?」
アザゼルが改めて俺達を見回す
「……ギャスパーのことで、ちょっと」
そう答えたイッセーの背後に、ギャスパーは相変わらず隠れていた
「ギャスパー?」
アザゼルがそちらへ視線を向ける
「……ほう、お前さん、神器を宿してるな?」
「……ひっ!?」
「おいおい、怖がるなって、別に取って食おうってわけじゃねえぞ」
……いや、相手が誰なのか知ってしまった後じゃ、そう簡単に落ち着けないだろうな
「アザゼル、その子の神器なんですけど、
「……ほう」
その名前を聞いた途端、アザゼルの表情が変わった
「停止世界の邪眼か、なるほどな……」
「知ってるんですね?」
「そりゃあな、神器研究を何年やってると思ってんだ?」
……ですよね
聞いた俺が馬鹿だった
「視界に捉えた対象の時間を停止させる神器だな、厄介なのはその力が強力すぎることと、使用者が必ずしも自在に扱えるわけじゃないことだ」
アザゼルがギャスパーへ目を向ける
「お前さん、止めようと思っていないものまで止めちまうことがあるんじゃねえか?」
「……は、はいぃ……」
「で、怖くなって人前に出られなくなった、と」
ギャスパーが小さく頷いた
「……なるほど、事情は大体分かった」
……流石というべきか
神器の性質を知っているだけあって、話が早いな
「ただ、実際にどの程度制御できているのかは別問題だ、発動するきっかけや停止させる対象を、本人がどこまで意識できているのか確認する必要がある」
「実は、さっき一度試したんですよ」
「ん? 何をだ?」
「ギャスパーの時間停止です」
俺は左腕の時計を示した
「この時計を机に置いて、俺達全員がギャスパーの視界に入る位置で神器を発動してもらったんです」
「……それで?」
「秒針は止まりました、目を閉じて解除するとまた動き始めたんですが……その場にいた俺達は、誰一人として止まらなかったんですよ」
「…………」
アザゼルの目が細くなった
「……誰一人?」
「はい、その場にいた全員です、今はここにいないリアス先輩達も含めて」
「……そっちの奴も、その時いたのか?」
アザゼルが匙へ目を向けた
「いや、俺はその場にいねえよ」
匙が横から答える
「なるほどな……」
アザゼルは顎に手を当て、少し考え込んだ
「時計の秒針が止まり、解除後に再び動いたなら、神器が発動していたこと自体は確認できる、だが同じ視界に入っていた連中が動けた理由は、それだけじゃ分からねえな」
「やっぱりそうですか」
「ああ、対象によって効力に差があるのか、お前らの側に何か要因があるのか、それとも別の条件が関わっているのか……今の話だけじゃ絞り込めねえ」
アザゼルは俺達を順番に見回した
「少なくとも、一回の結果で『こいつらには時間停止が効かない』と決めつけるのは早いぞ」
「ええ、俺もそう思ってます」
「ならいい、そっちは後で詳しく聞かせてもらうとして……今はこいつの制御訓練だな」
そう言いながらアザゼルが視線を動かし、匙の右手で止めた
「……お?」
「……何だよ」
匙が警戒したように右手を引く
「お前さん、面白い神器を持ってるじゃねえか」
「……は?」
「それ、
「…………!」
匙が目を見開いた
「何で知ってんだよ!?」
「だから、俺は神器の研究者だって言ってんだろうが」
……うん、またこのやり取りか
「黒邪の龍王ヴリトラ、五大龍王の一匹として知られている龍の力を受け継いだ神器だな」
「……ヴリトラ?」
イッセーが反応した
「龍王ってことは、ドライグみたいな龍なのか?」
「龍王と二天龍じゃ格が違うがな、ヴリトラも相当な力を持っていた龍だ」
アザゼルが匙の右手を指した
「
「……ああ、それは知ってるけどよ」
「なら、吸収した力を自分のために使うだけじゃなく、相手から余分な力を抜くために利用するって発想はどうだ?」
「……余分な力?」
匙が聞き返す
「そうだ、ギャスパーの神器が本人の意思に反して発動する原因の一つとして、本人の制御能力に対して出力が大きすぎる可能性が考えられる」
アザゼルはギャスパーを指した
「もしそうなら、お前のラインで溢れた力を吸収してやることで、こいつが扱う力を調整できるかもしれねえ」
「……なるほど」
そういうことか
ギャスパーが自分で扱える範囲まで出力を抑えられれば、制御の練習もしやすくなるかもしれない
「でも、それって俺にできるのかよ?」
「そこは実際に試してみなきゃ分からねえな、ただ、能力の性質から考えれば、試す価値はある」
アザゼルはそう答えると、少し真面目な表情になった
「ただし、闇雲に吸えばいいってわけじゃねえぞ、必要な力まで根こそぎ奪っちまったら、本人が制御する訓練にならねえからな」
「……加減が必要ってことか」
「そういうことだ、しかも吸収する側にも限界がある、無理に続けるのは禁物だな」
……うん、やっぱり神器の話になると頼りになる人だ
さっきの時計の異常は未解明のままだが、ギャスパーの訓練については一つ方向性が見えてきた
「それで、お前さん」
「……何だ?」
匙がアザゼルを見返す
「協力するかどうかはお前さん次第だ、同じ学園の悪魔同士、助け合うのも悪くねえんじゃないか?」
「…………」
匙がギャスパーへ目を向けた
当のギャスパーは相変わらずイッセーの背後に隠れている
「……そいつ、リアス先輩の眷属なんだよな?」
「ああ、リアス先輩の
イッセーが答えると、匙は小さく息を吐いた
「……はぁ、分かったよ、訓練くらいなら付き合ってやる」
「おっ、いいのか!?」
「ああ、俺も自分の神器の使い方を試せるなら、悪い話じゃないしな」
……おお、文句を言いながらも協力してくれるのか
「じゃ、俺はそろそろ行くか」
話がまとまったところで、アザゼルが踵を返した
「もう帰るんですか?」
「ああ、あとはお前らで試してみな、最初は対象を一つに絞って、発動と解除の様子を確かめるといい」
「……分かりました」
「それと、お前さん、吸収する力が強くなりすぎたらすぐにやめろよ、こいつの神器の出力がどこまで上がるかは、まだ分からねえんだからな」
アザゼルが匙へ念を押す
「……ああ」
「ハクも、さっきの時計の件は覚えといてくれよ」
「忘れませんよ、あんな結果が出たんですから」
「ははっ、そりゃそうだな、じゃあ頑張れよ」
そう言い残し、アザゼルは片手を振って去っていった
「……何だったんだよ、あのおっさん」
その背中を見送りながら、匙が呆れたように呟いた
「神器の話になると、随分楽しそうだったな……」
俺がそう答えると、匙はこちらへ振り向いた
「……いや、それより
「……そうか?」
「そうかって……相手は堕天使の総督だぞ? しかも向こうから名前で呼ばれてたじゃねえか」
……ああ、そりゃ気になるか
匙は俺がオシュトルだということも、アザゼルとの昔からの付き合いも知らないからな
「……まあ、向こうも話をしに来ただけみたいだったし、わざわざ喧嘩腰になる必要はないだろ?」
「……そりゃ、そうかもしれねえけどよ」
匙はまだ何か言いたそうだったが、やがて肩をすくめた
「……ったく、お前も変なところで肝が据わってるよな」
「そうかなぁ……」
……うん、これ以上突っ込まれないうちに、話を戻した方がよさそうだな
「それより、ギャスパーの訓練を始めないか? せっかく協力してくれるんだろ?」
「……ああ、そうだったな」
匙もようやくギャスパーへ視線を戻した
─────────────────────────
イッセーがギャスパーへ向き直った
「さて、ギャスパー、さっきのおっさんが言ってた方法、試してみるか?」
「……あ、あのぉ……」
ギャスパーは不安そうに匙を見る
「……ぼ、僕のせいで……迷惑を掛けたりしませんかぁ……?」
「そりゃ、何も起きねえとは言い切れないけどよ」
匙は少し考えた後、自分の右手を掲げた
「無理そうならすぐやめりゃいいだろ、俺だっていきなり完璧にできるとは思ってねえよ」
「……え?」
「それに、俺の神器が役に立つってんなら、試してみてもいいさ」
そう言うと、匙の右手にあった小さな龍の頭が動いた
「……ひぃっ!?」
その姿を見た途端、ギャスパーが飛び上がる
「ご、ごめんなさぁぁぁぁい!!」
「あっ、おい!?」
ギャスパーはイッセーの背後から飛び出し、旧校舎の方へ駆け出そうとした
「ギャスパー! 待てって!」
イッセーが慌てて追いかけ、その進路へ回り込む
「……ひぃぃ!?」
「待てって! 逃げなくていいから!」
「……で、でもぉ……!」
「さっきのゼノヴィアみたいなことはしねえって!」
ギャスパーが足を止めた
……おお、今度は何とか止まったな
「……ほ、本当に……怖いこと、しませんかぁ……?」
「ああ、匙だって手伝ってくれるって言ってんだろ?」
「そうだぞ!」
匙も少し離れた場所から声を掛ける
「俺だって怪我するのは嫌だし、危ないと思ったらすぐやめるからな!」
「……は、はいぃ……」
ギャスパーはまだ不安そうだったが、ゆっくりとイッセーのそばへ戻ってきた
「……ったく、びっくりしたぜ」
「……ご、ごめんなさいぃ……」
「謝んなくていいって、怖かったんだろ?」
イッセーがそう言って笑いかけると、ギャスパーも小さく頷いた
さっきまで追い回されていたんだ、あれだけ怖がっても仕方ないか
「ハク、こっちに座ろう?」
そんなやり取りを見ていた俺へ、クオンが近くのベンチを指してくれた
「ああ……助かる」
支えられながらゆっくり腰を下ろすと、立ちっぱなしだった時よりは幾分ましになった
「痛くない?」
「……ああ、今のところは大丈夫だ」
「よかった」
クオンも隣に腰を下ろす
……本当に世話を掛けっぱなしだな
「じゃあ、まずは準備だな」
イッセーが周囲を見回した
「何か、動いてるものを止めてみればいいんだよな?」
「ああ、時計の時は秒針が止まるのを確認できたからな、今度は物体そのものが移動している途中で止まるか試してみよう」
俺がそう答えると、イッセーが近くの物置へ目を向けた
「そういえば、球技大会で使った道具があそこに残ってたよな?」
「ああ、確か片付けた時にボールも入れてたはずだぞ」
「おっ、じゃあちょっと借りてくる!」
イッセーはそう言って、すぐに物置へ駆け出していった
……元気だなぁ
「ハク、無理しちゃ駄目だよ?」
「……何も言ってないだろ」
「ふふっ、顔に書いてあったよ」
クオンにはお見通しか
そんなやり取りをしている間に、イッセーがバレーボールを一つ持って戻ってきた
「おーい! あったぞ! これならどうだ?」
「ああ、十分だと思うぞ」
俺は頷き、今度は匙へ視線を向けた
「匙、ギャスパーの背後から様子を見ていてくれるか?」
「おう、分かった」
「それと、お前自身も時間停止の影響を受ける可能性があるから、無理はするなよ」
「……ああ、さっきの実験には俺はいなかったからな」
匙も事情を理解したらしく、慎重にギャスパーの背後へ回る
「じゃあ、今から俺の神器を繋ぐぞ、変な感覚がするかもしれないけど、我慢できなかったらすぐ言ってくれ」
「……は、はいぃ……」
匙の右手に現れていた龍の頭が動き、その口元から黒い線のようなものが伸びていく
「……おお、それが黒い龍脈か」
イッセーが興味深そうに覗き込む
「ああ、ちょっと離れてろよ」
「分かってるって」
匙はギャスパーの背後から慎重にラインを伸ばし、その身体へ接続した
「……ひゃっ!?」
「大丈夫か?」
「……な、何か……変な感じですぅ……」
「痛くはないか?」
「……は、はい……」
「なら、まずはこのまま様子を見るぞ、急に強く吸い取ったりはしねえからな」
「……わ、分かりましたぁ……」
ギャスパーが小さく頷いた
さて、ここからが本番だな
「ギャスパー、まずはボールだけを見てくれ」
俺はベンチに座ったまま声を掛けた
「さっきみたいに皆をまとめて視界へ入れる必要はない、今回はあのボールを止めることだけ考えてみよう」
「……は、はいぃ……」
これなら最初の時計の実験とは、少なくとも条件を分けられる
あの時、俺達全員が動けた理由はまだ分からないし、今回はその場にいなかった匙も参加する、慎重に進める必要があるだろう
「……じゃあ、いくぞ」
イッセーがボールを構えた
「ギャスパー、準備はいいか?」
「……は、はいぃ……」
「よし!」
イッセーがボールを軽く放り投げる
ふわりと宙へ舞い上がったボールが、頂点を過ぎて落ち始めた
「今だ!」
「……っ!」
ギャスパーが顔を上げ、その視線がボールを捉えた瞬間――
「……お?」
空中を落下していたボールが、ぴたりと止まった
「……止まった!?」
イッセーが目を丸くする
「やったじゃねえか、ギャスパー!」
「……え? ほ、本当に……?」
「ああ、見てみろよ!」
ボールは地面へ落ちることなく、空中の同じ場所に留まっている
……うん、間違いなく停止しているな
「匙、そっちはどうだ?」
俺が尋ねると、匙はラインの接続を維持したまま頷いた
「……ああ、確かに力が流れ込んできてる、今のところは俺でも受け止められる程度だ」
「……なるほど」
アザゼルの言っていた方法で、実際に力を吸収することはできているらしい
ただ、それがどこまでギャスパーの制御を助けているのかは、まだ分からないな
「ギャスパー、今度は目を閉じてみてくれ」
今度も俺が声を掛けると、ギャスパーは緊張した様子で目を閉じた
すると――
ぽすっ
空中で止まっていたボールが、地面へ落ちた
「……解除されたな」
俺が呟くと、イッセーが嬉しそうに頷いた
「ああ! 今の、ちゃんとできたじゃねえか!」
「……ぼ、僕が……?」
「おう、自分で止めて、自分で戻せたんだぞ!」
ギャスパーはしばらく落ちたボールを見つめていたが、やがて小さく顔を上げた
「……で、できましたぁ……」
「そうだな、さっきの時計の時も解除はできていたが、今度は移動しているボールを止めることにも成功したわけだ」
「……は、はいぃ……!」
俺の言葉に、ギャスパーの声が少しだけ明るくなった
「よし、もう少しだけ試してみようぜ」
イッセーがボールを拾い上げる
「次は投げるタイミングを少し変えるから、ギャスパーは無理せず、止められると思った時にやってみろ」
「……は、はい……」
再びボールが宙へ放られる
今度は先ほどより少し高い軌道を描き、ギャスパーの視線がそれを追いかけた
「……っ!」
ボールが一瞬だけ空中で止まる
だが、次の瞬間には動き出し、そのまま地面へ落ちてしまった
「あっ……! ご、ごめんなさぁい……!」
「いや、謝ることねえって! ちゃんと一回は止まったじゃねえか」
「……で、でも……すぐに……」
「最初からずっと止められたら、練習する必要ないだろ?」
……まあ、そうだな
イッセーの言葉にギャスパーが少し落ち着いたところで、俺は匙へ声を掛けた
「匙、そっちはどうだ?」
「少し流れ込む力が強くなったけど、まだ平気だ」
「無理はするなよ」
「分かってるって」
匙が頷く
それからもう一度、イッセーが放り投げたボールをギャスパーが止めようとする
今度は最初ほど長くは止まらなかったものの、先ほどよりは安定しているように見えた
「おおっ! 今のも止まったぞ!」
「……ほ、本当ですかぁ……?」
「おう!」
ギャスパーが小さく笑った
だが、その時――
「……っ」
匙が僅かに顔をしかめた
「……匙?」
イッセーが声を掛けると、匙は自分の右手へ視線を落とした
「……いや、ちょっときつくなってきた、ずっと吸い続けるとなると、さすがに負担が掛かるみたいだな」
「……そうか」
俺は頷いた
アザゼルが注意していた通り、これ以上無理に続けるのは危険だろう
「ギャスパー、いったんここまでにしよう、匙の方も少し休ませてやらないとな」
「……は、はいぃ……」
「助かるぜ、俺もちょっと休みたいところだったんだ」
匙が慎重に接続を解除すると、黒い線が縮み、右手の甲へ戻っていった
「……ふぅ」
匙は大きく息を吐き、肩を回した
「……やっぱり、あのおっさんの言う通りだったな」
「何が?」
イッセーが尋ねる
「力を吸い取ることはできたけど、長時間続けるには俺の方も慣れが必要だってことだよ」
「……なるほどな、じゃあお前も一緒に練習しなきゃな!」
「……何でそうなるんだよ!?」
「だって、ギャスパーの訓練に付き合ってくれるんだろ?」
「……まあ、そうだけどよ」
匙が困ったように頭を掻いた
「……ったく、しょうがねえな」
文句を言いながらも、ちゃんと付き合ってくれるんだな
─────────────────────────
「皆、お疲れ様」
不意に聞こえてきた声に振り向くと、そこには手提げ袋を持ったリアス先輩が立っていた
「あれ、リアス先輩? もう打ち合わせは終わったんですか?」
「ええ、少し時間ができたから、皆の様子を見に来たのよ」
リアス先輩はそう答えると、ギャスパーへ優しく微笑みかけた
「ギャスパー、訓練はどう?」
「……ぶ、部長……」
「少しは慣れてきたかしら?」
「……は、はいぃ……ちょっとだけ……」
「ふふっ、そう、よかったわ」
リアス先輩も嬉しそうだ
「そういえば、朱乃と祐斗は一緒じゃないんですか?」
俺が尋ねると、リアス先輩は首を振った
「朱乃はまだ会場の準備を手伝っているわ、祐斗もお兄様との話が続いているから、もう少し掛かりそうね」
「なるほど……」
それなら、しばらくはこの人数で訓練を続けることになるわけか
「ところで、何だか随分と疲れているみたいだけれど、何かあったの?」
リアス先輩が俺達を見回す
……あ
そういえば、例の追走劇についてはまだ報告していなかったな
「……実は、ゼノヴィアがギャスパーを外に出そうとして、デュランダルで追いかけ回したんですよ」
「…………え?」
リアス先輩の笑顔が止まった
「……ゼノヴィア?」
「はい、部長」
ゼノヴィアが平然と返事をする
「聖剣を利用すれば外へ出るきっかけになると思ったのですが、予想以上に逃げ足が速くて、なかなか追いつけませんでした」
「……そういう問題ではないわ!」
……うん、やっぱり怒られたか
「ギャスパーが聖なるものを苦手としていることは知っているでしょう? それなのに、わざわざ聖剣を持って追いかけるなんて!」
「ですが、部長、外へ出るという目的は達成しました」
「目的を達成できれば何をしてもいい、というわけではないのよ?」
「……そういうものなのですか?」
「そういうものよ!」
リアス先輩が頭を抱える横で、イッセーが苦笑いを浮かべている
……まあ、気持ちは分かるぞ
「それはそうと、少し休憩にしましょうか」
ひとしきりゼノヴィアを注意したところで、リアス先輩が手提げ袋を持ち上げた
「実は、皆で食べようと思ってサンドイッチを作ってきたのよ」
「おおっ! 部長の手作りですか!?」
「ええ、ギャスパーの封印も解けたことだし、皆で食べられたらと思って」
イッセーの顔がぱっと明るくなり、リアス先輩も嬉しそうに微笑んだ
「ギャスパーも一緒に食べましょう?」
「……あ、あの……僕も……いいんですかぁ……?」
「もちろんよ、あなたのためにも作ってきたんだから」
「……あ、ありがとうございます……」
リアス先輩が包みを開くと、綺麗に切り分けられたサンドイッチが並んでいた
へぇ、これは美味そうだな
「ほえ〜、サンドイッチやねぇ、ウチもいただいてええん?」
「ええ、皆の分があるわ」
「うひひ、ありがとうなぁ!」
「……あれ? 部長、結構多めに作ってきたんですね」
イッセーがサンドイッチの数を見て首を傾げると、リアス先輩は頷いた
「ええ、人数も多いし、余ったら持って帰ればいいと思っていたから」
まあ、今日集まっている人数を考えれば、多めに用意しておくのは正解だろうな
「匙くんもどうかしら?」
「……え? 俺も、ですか?」
花壇へ戻ろうとしていた匙が足を止める
「ええ、今日はギャスパーの訓練に付き合ってくれたでしょう? お礼も兼ねて、ぜひ食べていってちょうだい」
「……じゃあ、いただきます」
匙もその場へ戻り、リアス先輩からサンドイッチを受け取った
「……美味いな、これ」
「だろ? 部長の手作りだぞ!」
「何でお前が自慢してんだよ、兵藤」
「いや、だって嬉しいだろ!」
イッセーが得意げに笑うと、匙は呆れたように肩をすくめた
……まあ、気持ちは分からんでもないけどさ
「はい、ハク」
そんなやり取りを眺めていると、クオンがサンドイッチを一つ差し出してくれた
「お、ありがとう」
「座ったままでいいからね?」
「ああ、助かる」
受け取ったサンドイッチを一口食べる
……うん、美味い
卵の味付けもちょうどいいし、パンも柔らかい、腰の痛みで散々だった身には、こういう休憩がありがたいな
「……美味しいです」
近くでは
「うん、なかなか美味しいにゃ」
「ふふっ、ありがとう」
リアス先輩も嬉しそうだ
「……あのぉ……」
ふと、ギャスパーが小さく声を上げた
「ん? どうした、ギャスパー?」
イッセーが振り向くと、ギャスパーは手に持っていたサンドイッチを見つめながら、少し恥ずかしそうに呟いた
「……これ……美味しいですぅ……」
「おっ、そうか! よかったな!」
「……は、はい……」
ギャスパーもほんの少しだけ笑った
さっきまでの騒ぎを考えれば、随分と落ち着いたみたいだな
「……ふぅ、ごちそうさまでした」
しばらくして、匙がサンドイッチを食べ終えた
「美味しかったです、リアス先輩」
「ふふっ、よかったわ、それと今日はギャスパーの訓練に協力してくれてありがとう」
「……あ、いえ、別に大したことはしてないっすよ」
「いいえ、助かったわ、今後も時々協力してもらえると嬉しいのだけれど」
「……まあ、時間が合えば付き合いますよ、俺も自分の神器を使う練習になりますし」
「ありがとう、匙くん」
リアス先輩が微笑むと、匙は軽く頭を下げた
「じゃあ、俺はそろそろ花壇の仕事に戻ります、会長に頼まれた分がまだ終わってないんで」
「ええ、頑張ってね」
「はい、失礼します!」
匙はもう一度頭を下げると、花壇の方へ戻っていった
「……あいつ、まだ仕事残ってたんだな」
イッセーが呟く
「生徒会も色々と忙しいんだろうな」
……うん、そもそも俺達が随分と時間を取らせてしまったわけだしな
後で蒼那先輩に何か言われなければいいんだが
「さて、ギャスパーの今後の訓練についてだけれど……」
匙を見送ったリアス先輩が、改めて俺達へ向き直った
「イッセー、正式にあなたへお願いしてもいいかしら?」
「もちろんです、部長!」
イッセーがすぐに頷く
「さっきもギャスパーに約束しましたから、俺、できる限り手伝いますよ」
「ふふっ、ありがとう、もちろん私達も協力するわ、でもギャスパーにとっては、あなたが近くにいてくれた方が安心できると思うの」
「……そうですね」
イッセーがギャスパーへ向き直った
「な、ギャスパー、これから一緒に練習していこうぜ」
「……イッセー先輩……」
ギャスパーはしばらく俯いていたが、やがて小さく頷いた
「……よ、よろしくお願いしますぅ……」
「おう、任せとけ!」
イッセーが笑うと、リアス先輩も満足そうに頷いた
「それじゃあ、もう少し練習を続けましょうか、今度は私も付き合うわ」
「はい、部長!」
リアス先輩の言葉にイッセーが元気よく返事をすると、ギャスパーも小さく頷いた
それから訓練は再開された
もっとも、匙が花壇の仕事に戻った以上、先ほどとまったく同じ方法を続けるわけにはいかない
そこで、ギャスパーには無理をさせない範囲で、神器の発動と解除を繰り返し確認してもらうことになった
イッセーがボールを放り投げ、ギャスパーがそれを止めようとする
リアス先輩も近くで様子を見守り、うまくできた時には褒め、失敗しても焦らせることなく声を掛けていた
……うん、こうして見ていると、やっぱり少しずつ慣らしていく方がいいんだろうな
さっきまでのゼノヴィアの方法は、さすがに刺激が強すぎた
「ギャーやん、今のええ感じやったねぇ!」
「……ほ、本当ですかぁ……?」
「うんうん、さっきより上手になっとると思うよぉ」
「……あ、ありがとうございますぅ……」
……うん、こいつはこいつで、すっかりギャスパーを気に入ったらしいな
「ハク、そろそろ戻ろうか?」
クオンが俺へ声を掛けてきた
「ああ、そうだな」
腰の痛みも朝に比べればましになったとはいえ、そろそろ休みたいところだ
立ち上がろうとすると、クオンがすぐに手を差し出してくれた
「ゆっくりね?」
「ああ、分かってる」
……まったく、いつになったら普通に動けるようになるんだろうなぁ
「リアス先輩、俺達は先に戻りますね」
「ええ、ハクも無理しないでね」
「……はい」
クオンに支えられながら、俺はゆっくりと歩き始めた
それにしても、時間停止の神器に、妙な反応を示す悪魔の駒、それに何故か全員が動けてしまったという現象まで加わったわけか
今日の実験ではギャスパーの訓練に使えそうな方法が見つかったものの、あの時の異常の原因はまだ何も分かっていない
それに、アザゼルからの次の休日の呼び出しもある
……まったく、考えることが次から次へと増えていくなぁ
まあ、今すぐ答えが出るわけでもないし、詳しい話は電話が来てから聞けばいいだろう
今はとりあえず、腰を治すことを優先しよう
side out ハク
─────────────────────────
side in イッセー
翌日の夜
対人恐怖症を少しでも良くするために、俺の悪魔の仕事にギャスパーを連れてきたのだが……
─────────────────────────
結果は散々だった
結局、ギャスパーはまた部屋に閉じこもってしまい、俺達はその扉の前にいる
「ギャスパー、出てきてちょうだい」
部長が扉の向こうへ声を掛ける
「……い、嫌ですぅ……」
返ってきたのは、今にも泣き出しそうな声だった
……ああ、やっぱり駄目か
昨日は皆と一緒に神器の訓練ができたし、少しずつなら外の世界にも慣れていけると思ったんだけどな
だけど、今日の仕事では思いっきり怖がらせちまった
森沢さんだって、悪気があったわけじゃないんだろうけど……
ギャスパーにとっては、そういう問題じゃなかったんだろうな
「……ギャスパー、今日のことはごめんなさいね」
「……ぶ、部長……?」
「あなたのためになると思っていたけれど、少し急ぎすぎたみたいだわ」
「……うぅ……」
部長が扉へそっと手を添える
「でもね、ギャスパー、ずっと閉じこもったままではいられないでしょう?」
「……む、無理ですぅ……」
「ギャスパー……」
「……ひ、人が……怖いんですぅ……」
その声を聞いて、部長が悲しそうな顔をした
……参ったな
どうにかしてやりたいけど、こういう時に何を言えばいいのか分からねえ
「……イッセー」
「はい?」
「少し、話しておきたいことがあるの」
部長は扉から少し離れると、俺に向き直った
「ギャスパーの生い立ちについて、昨日は詳しく説明できなかったでしょう?」
「……ああ、そうですね」
昨日聞いたのは、人間と吸血鬼の間に生まれたことや、昼間でも活動できるデイウォーカーだってことくらいだった
「ギャスパーのお父様は吸血鬼、お母様は人間なのだけれど……あの子の生まれた家では、人間の血が混じっていることを快く思わない者が多かったそうよ」
「……え?」
「吸血鬼の中には、純血であることを何より重んじる者たちがいるの、そういう者たちにとっては、ギャスパーの存在そのものが受け入れ難かったのでしょうね」
……何だよ、それ
生まれた時から、そんな理由で嫌われてたっていうのかよ
「しかも、あの子には強力な神器が宿っていたわ」
「……
「ええ、あの子自身にも制御できない力だったから、周囲から余計に恐れられるようになってしまったの」
……なるほどな
ただでさえ血筋のことで嫌われているのに、本人にも扱えない力まで持っていたのか
そりゃ、人と接するのが怖くなるのも無理はない
「ギャスパーは、幼い頃から居場所がなくて、他の吸血鬼たちにも酷い扱いを受けていたの」
「…………」
「人間の社会へ出ても、あの子の力を怖がる者はいたわ、そうして、誰かと関わること自体を避けるようになってしまったのよ」
俺は閉じられた扉へ目を向けた
……あいつ、今までどれだけ怖い思いをしてきたんだろうな
自分から何かをしたわけでもないのに、生まれたことを嫌がられる
人と仲良くなりたいと思っても、持っている力を怖がられる
そんなことばかり続いていたら、誰かを信じろと言われたって難しいよな
「それで、お兄様がギャスパーのことを知って、私が引き取ることになったの」
「……サーゼクス様が?」
「ええ、でも当時の私には、あの子の神器を上手く制御させることができなかった、それで、上から封印を命じられたのよ」
「……そうだったんですか」
「私にもっと力があれば、違う方法もあったかもしれないのに……」
部長はそこで言葉を切った
「ギャスパーが安心して暮らせる場所を作ってあげたかったのだけれど、結局あの子を上手く外へ連れ出してあげられなかった、だから今日こそはと思ったのだけれど……」
「……部長」
「また怖い思いをさせてしまったわね」
部長が俯く
……ああ、もう
そんな顔しないでくださいよ
昨日、ギャスパーが俺の手を握った時、部長は本当に嬉しそうに笑っていた
あいつが皆と一緒に過ごせるようになることを、心から喜んでいたんだ
だからこそ、今日の失敗が辛いんだろう
「……部長、俺にも責任がありますよ」
「イッセー……?」
「ギャスパーを仕事に連れていくのは俺も賛成したんですから、部長だけが悪いわけじゃありません」
「……でも」
「それに、昨日だって外へ出るだけであんなに怖がってたじゃないですか、それが一日二日で治るなら、こんなに苦労しませんって」
俺がそう言うと、部長が少し驚いたように目を見開いた
「だから、もう少し時間をください」
「……時間?」
「はい、俺、ギャスパーともう一度ちゃんと話してみます」
正直、何か上手い方法があるわけじゃない
だけど、昨日あいつと約束したんだ
何度失敗したって、一緒に練習してやるって
だったら、こんなところで投げ出すわけにはいかないだろ
「三勢力の会談までは、まだ少し時間があるんですよね?」
「……ええ」
「だったら、それまでに俺も何か考えてみます、少なくとも、あいつが自分の力を怖がらずに済むようにしてやりたいんです」
「……イッセー」
「部長だって、一人で全部背負う必要はないでしょう?」
俺は笑ってみせた
「俺達、仲間なんですから」
部長はしばらく俺を見つめていたが、やがて小さく微笑んだ
「……そうね、あなたの言う通りだわ」
「へへっ、でしょう?」
「ふふっ、頼もしくなったわね、イッセー」
「そ、そうですか?」
「ええ、ありがとう」
……うおっ
部長にそんな顔でお礼を言われると、何だか照れるな
「それじゃあ、私は一度戻るわね、ギャスパーのこと、お願いできるかしら?」
「もちろんです!」
部長はもう一度扉へ目を向けた
「ギャスパー、私は少し外すわね、イッセーが残ってくれるそうよ」
「……え……?」
「無理に出てこなくてもいいから、少しだけお話ししてあげてね」
「……は、はいぃ……」
小さな返事を聞いて、部長は安心したように頷いた
「それじゃあ、お願いね、イッセー」
「はい、任せてください!」
そうして、部長は廊下の向こうへ歩いていった
……さて
威勢よく引き受けちまったけど、実際どうするかなぁ
何しろ相手は筋金入りの引きこもりだ
下手なことを言って、また怖がらせたくはない
俺はしばらく考えた後、扉の前に腰を下ろした
「……なあ、ギャスパー」
「……は、はいぃ……?」
「ちょっと話でもしようぜ、別に出てこなくてもいいからさ」
「……お、お話……ですかぁ……?」
「ああ、俺もここに座ってるし、気楽に聞いてくれよ」
扉の向こうからは返事がない
だけど、何かが小さく動く音が聞こえた
……うん
とりあえず、話くらいは聞いてくれそうだな
「……ギャスパー、お前さ、自分の神器が怖いんだよな?」
「……は、はい……」
「やっぱり、また勝手に発動しちまうかもしれないからか?」
「……そ、それもありますけどぉ……」
少し間が空いた
「……ぼ、僕が何かすると……みんな、怖がるんですぅ……」
「…………」
「……だ、だから……何もしない方が……いいのかなって……」
……そうか
あいつは、自分の力が怖いだけじゃないんだ
力を使ったせいで、また誰かに嫌われることが怖いんだな
「……なあ、ギャスパー」
「……は、はい……?」
「俺だって、怖いことはあるんだぜ」
「……え……?」
「俺の神器だって、とんでもない力を持ってるからな、正直、まだ全部を使いこなせてるわけじゃねえんだ」
俺の左腕に宿っている、
その中には、かつて二天龍と呼ばれた赤い龍、ドライグがいる
昔から一緒に修行してきた相棒だけど、だからといって、あいつの力を完全に扱えているかと聞かれたら、まだ胸を張って頷くことはできない
「……イッセー先輩でも……怖いんですかぁ……?」
「ああ、そりゃ怖いさ、もし自分の力が原因で、大切な奴らを傷付けちまったらって考えることもある」
「…………」
「それに、いくら強くなったって、俺より強い奴なんかいくらでもいるんだよ」
ヴァーリみたいな、とんでもない相手もいる
それこそ、ハクにだってまだ勝てない
強くなったつもりでも、上には上がいるんだ
「だからさ、俺だって何でもできるわけじゃねえんだよ」
「……で、でも……先輩は……」
「ん?」
「……み、皆さんと……普通に話せるじゃないですかぁ……」
……ああ、そういうことか
「そりゃ、昔から付き合いのある奴らが多いからなぁ」
ハクとは小さい頃から一緒だし、他の皆とも色々あった
喧嘩したことだってあるし、助けられたこともある
だけど、それでも今まで一緒にやってこられたんだ
「でもな、ギャスパー、俺だって一人でここまで来たわけじゃねえぞ」
「……え……?」
「ハクや皆に何度も助けられてきたし、修行だって付き合ってもらった、むしろ一人だったら、今頃どうなってたか分からねえな」
……うん
特にハクの修行は、思い出すだけで色々と身体が痛くなってきそうだ
あいつ、昔から容赦なかったもんなぁ……
「……せ、先輩も……失敗するんですかぁ……?」
「するする! そりゃもう、何度もな!」
「……そ、そうなんですか……?」
「おう! 失敗してハクに怒られたり、父さん達に叱られたり……ああ、考えてみたら結構やらかしてるな、俺」
……って、何だか自分で言ってて悲しくなってきたぞ
「……ふ、ふふっ……」
お?
扉の向こうから、小さな笑い声が聞こえた
「おいおい、笑うなよ! これでも結構頑張ってるんだからな!」
「……す、すみません……」
「いや、別に怒ってねえよ」
……よし
少しは緊張が解けたみたいだな
「それにさ、昨日の神器の訓練だって、まだ分からないことだらけだろ?」
「……は、はいぃ……」
「時計は止まってたのに、俺達は動けた、どうしてそうなったのかは分からねえし、匙の神器を使った方法だって、まだ練習を始めたばっかりだ」
アザゼルのおっさんも、いくつか可能性を考えていたけど、答えが出たわけじゃない
でも、それは別に悪いことばかりじゃないと思う
「分からないなら、これから調べればいいんだよ、皆で考えて、少しずつ試していけばさ」
「……み、皆で……」
「ああ、お前一人で何とかする必要なんてないだろ?」
扉の向こうが静かになった
「……でも……僕のせいで……また皆さんに迷惑をかけるかもしれません……」
「だから、それは気にするなって!」
「……え……?」
「昨日も言っただろ? 何度失敗したって、俺達が練習に付き合ってやるからさ!」
「…………」
「俺達は仲間なんだから、困った時は頼ってくれよ」
……まあ、俺がこんなことを言うと、ハクにはお前も人のこと言えないだろって突っ込まれそうだけどな
でも、それとこれとは別だ!
かちゃ……
「……お?」
不意に、小さな音がした
振り向くと、それまで閉じられていた扉がほんの少しだけ開いていた
その隙間から、ギャスパーが片目だけ覗かせている
「……ギャスパー?」
「……あ、あのぉ……」
「おう、どうした?」
「……ぼ、僕……本当に……皆さんと一緒にいても……いいんでしょうかぁ……?」
「当たり前だろ!」
思わず即答してしまった
「昨日、一緒に練習したじゃねえか、部長だって、あんなに喜んでたんだぞ?」
「……部長が……?」
「ああ、あの人はお前が皆と一緒に過ごせるようになるのを、本当に楽しみにしてるんだ」
「…………」
「だから、そんなに遠慮するなって、俺達だってお前と仲良くなりたいんだからさ」
そう言うと、ギャスパーは少しだけ顔を上げた
「……あ、ありがとうございますぅ……」
「おう!」
……へへっ
よかった、少しは俺の話を聞いてくれたみたいだな
とはいえ、まだ扉を大きく開けることはできないらしい
それでも、自分から顔を覗かせてくれたんだ
今はそれで十分だろう
「……なあ、ギャスパー、もう一つ聞いてくれるか?」
「……は、はい……?」
「俺さ、最近、自分がこれからどうしたいのか、考えることがあったんだ」
「……こ、これから……ですかぁ……?」
「ああ」
……うーん
改めて口にしようとすると、ちょっと恥ずかしいな
「……俺さ、部長……いや、リアスとアーシアに告白されたんだ」
「……ええっ!?」
ギャスパーが驚いた声を上げた
「お、おい、そんなに驚くなって!」
「……す、すみません……で、でも……お二人とも……ですかぁ……?」
「あ、ああ……」
……くそっ
自分から話しておいて何だけど、やっぱり照れる!
それに、あの時のキスまで思い出しちまったじゃねえか!
「……そ、それで……どうなったんですかぁ……?」
「……いや、まだちゃんと返事ができてねえんだ」
「……え……?」
「二人とも、本気で俺のことが好きだって言ってくれたんだ、だから、俺も中途半端な返事はしたくなくてさ」
リアスは、自分の未来は自分で選びたいと言っていた
アーシアだって、家族としてだけじゃなく、一人の女の子として俺が好きだと言ってくれた
俺にとっても、二人は大切な人だ
だからこそ、ちゃんと考えなきゃいけないと思ったんだ
「それで、俺の夢って何なんだろうって、初めてしっかり考えることができたんだよ」
「……ゆ、夢……ですかぁ……?」
「ああ、今までは強くなることとか、女の子にモテたいとか、そんなことばっかり考えてたんだけどな」
……いや、女の子にモテたいのは今でも変わってないけど
でも、それだけじゃなかったんだ
二人から真剣に気持ちを伝えられたことで、俺自身が本当に望んでいることを、ちゃんと考えるきっかけになった
「俺の夢はさ、友達や仲間、それから好きな人と、できるだけ長く一緒にいたいんだ」
「…………」
「一緒に笑って、馬鹿なことやって、たまには喧嘩して……それでも、次の日にはまた顔を合わせられる、そんな毎日が続けばいいなって思うんだよ」
ハクとは小さい頃から一緒だった
あいつには何度助けられてきたか分からないし、何度道場で転がされたかも分からない
……いや、あっちは数えたくないな
それから、部長や朱乃、アーシア、木場、ゼノヴィア、
今は、他にも大切な奴らがたくさんいる
いつの間にか、そんな奴らと一緒にいることが当たり前になっていた
「もちろん、ギャスパー、お前もな!」
「……ぼ、僕も……?」
「当たり前だろ? お前だって、もう俺達の仲間なんだからさ!」
ギャスパーが目を丸くしている
……まあ、こういうことを言われ慣れてないのかもしれないけどな
「だから、俺はもっと強くなりたいんだ、皆とこれからも一緒にいられるようにな」
「……そ、それが……先輩の夢……」
「ああ、そんな当たり前のことなんだけどな」
別に、世界を征服したいわけでも、誰かの上に立ちたいわけでもない
ただ、大切な奴らとこれからも一緒にいたい
それだけなんだ
……まあ、それだけで終わるつもりもないけどな!
「それから、もう一つあるんだ!」
「……も、もう一つ……?」
「いつか本気のハクに勝ちたい!」
「……ハ、ハク先輩に……ですかぁ……?」
「おう!」
俺は思わず拳を握った
「小さい頃から何度も戦ってきたけど、まだあいつには勝てねえんだよ、だから、いつか絶対に勝ってやりたいんだ!」
ハクは強い
昔からずっと強かったし、今もまだ俺よりずっと先にいる
だけど、それで諦めるつもりなんてない
「あいつに本気を出させて、そのうえで正面から勝ってやる、それも俺の夢なんだ!」
「……す、すごいですぅ……」
「へへっ、まあな!」
……いや、実際に勝てるかどうかは別だけど
何しろ、今まで何度挑んでも負けてるからな
でも、それだけに勝った時は最高に嬉しいだろうなぁ……
「……ま、ただそれだけじゃなくて、女の子にモテたいってのもあるけどな!」
「……え?」
「いや、そりゃそうだろ? 可愛い女の子にモテたいってのは、昔からの夢なんだからさ!」
「……ふ、ふふっ……」
……お?
ギャスパーが小さく笑った
「……イッセー先輩って……面白いですねぇ……」
「へへっ、そうか?」
「……は、はい……」
……よし
少しは笑ってくれたみたいだな
「だからさ、ギャスパー」
「……はい……?」
「お前だって、何かやりたいことがあっていいんだぞ」
「……ぼ、僕が……?」
「ああ、神器のことばっかり考えなくたっていいんだ、友達と遊びたいとか、皆と一緒に飯を食いたいとか、そんなことでもいいじゃねえか」
「…………」
「俺だって、普通の毎日が一番大切なんだって、最近やっと分かったんだからさ」
ギャスパーはしばらく黙っていた
……また何か変なこと言っちまったかな?
そう思ったところで、小さな声が聞こえてきた
「……ぼ、僕も……」
「ん?」
「……僕も……皆さんと……もっと一緒にいたいですぅ……」
……おお
「……部長や……イッセー先輩や……皆さんと……」
「ああ!」
俺は大きく頷いた
「だったら、一緒に頑張ろうぜ!」
「……は、はいぃ……!」
ギャスパーはまだ扉の陰に半分隠れていたが、さっきまでより少しだけ声が明るくなっていた
……うん
あいつだって、本当は皆と仲良くしたかったんだな
「……あのぉ……イッセー先輩……」
「ん?」
「……ぼ、僕も……先輩みたいに……なれますかぁ……?」
……先輩みたいに、か
「何言ってんだよ、お前はお前だろ?」
「……え……?」
「別に俺みたいになる必要はねえって、ギャスパーにはギャスパーの良いところがあるんだからさ」
……まあ、具体的に何が得意なのかは、これから色々知っていけばいいだろ
「それに、俺だってまだ修行中なんだぞ? 一緒に頑張ればいいじゃねえか!」
「……イッセー先輩……」
「おう!」
ギャスパーは少しの間、俺の顔を見つめていたが、やがて小さく頷いた
「……あ、ありがとうございますぅ……」
……へへっ
ようやく先輩らしいことができたかな?
そう思った、その時だった
「……おや、少し落ち着いたみたいだね」
廊下の向こうから声が聞こえた
「……ん?」
振り返ると、そこには木場が立っていた
「おう、木場!」
「やあ、イッセー君、ギャスパー君の様子はどうだい?」
「おう! さっきまで色々話してたところだ!」
木場は扉の隙間から顔を覗かせているギャスパーを見ると、優しく微笑んだ
「そうか、少し安心したみたいだね」
「……あ、あのぉ……祐斗先輩……」
「うん、どうしたんだい?」
「……ぼ、僕……もう少し……頑張ってみようと思いますぅ……」
「うん、いいことだね、僕達もできるだけ手伝うよ」
「……は、はいぃ……!」
「それにしても、イッセー君」
「ん?」
「君はやっぱり、頼りになるね」
「……へ?」
「ギャスパー君にここまで話してもらえるなんて、さすがだよ」
「いやいや、そんな大したことしてねえって、ちょっと話しただけだぞ?」
「そのちょっとしたことが大事なんじゃないかな」
木場が爽やかに笑う
……まったく
相変わらずイケメンだな、こいつ
……ん?
そういえば、こいつとはいつからの付き合いだったっけ?
確か、小学生の頃に初めて会って……
中学に上がってからは、ずっと同じ学校だったよな
「……なあ、木場」
「うん、何だい?」
「俺達、中学からずっと一緒だよな、もう五年目か」
「そうだね、もうそんなになるんだ」
「……五年目かぁ」
改めて考えると、結構長い付き合いになったもんだ
中学に上がった頃は、こいつが女子に囲まれているのを見て、何で俺とはこうも違うんだって思ったもんだけど……
……いや、それは今も思ってるな
でも、一緒に修行したり、戦ったり、馬鹿なことを話したり……
今じゃ、こいつも大切な仲間だ
……うーん
「……なあ、もう五年目だし、祐斗でいいか?」
「……え?」
「いや、今さら木場って呼ぶのも、何か他人行儀な気がしてきてさ」
俺がそう言うと、木場は一瞬驚いた顔をした
だが、すぐに嬉しそうに笑った
「ふふっ、もちろんいいよ」
「お、そうか!」
「じゃあ僕も、これからはイッセーって呼ぶね」
「……おお!」
……何だか、少し照れくさいな
いや、元々仲は良かったんだけどさ
「よし! 改めてよろしくな、祐斗!」
「うん、こちらこそよろしく、イッセー」
……へへっ
悪くないな、こういうのも!
「……ところでさ、祐斗」
「何だい、イッセー?」
「お前、昔から女子にモテるよな?」
「……急にどうしたんだい?」
「いや、五年も一緒にいるのに、どうして俺とお前でこうもモテ方が違うんだろうなって……」
「……それを僕に聞かれても困るかな」
「ちくしょう! その爽やかな笑顔がまた腹立つ!」
「……名前で呼び合うようになって、最初の話題がそれなのかい?」
「悪いかよ!」
「ふふっ、イッセーらしいね」
……くそっ
何でこいつは、こういう時まで余裕なんだよ!
「大体なぁ、祐斗、お前はもっと自分がモテてるって自覚を持った方がいいぞ!」
「……そう言われてもね」
「その反応がまたイケメンなんだよ!」
「……イッセー、それはどうしようもないと思うんだけど……」
「うるせえ! 俺だってなぁ、いつかお前みたいに女子からキャーキャー言われてみたいんだよ!」
「……でも、イッセーにも大切に思っている女の子がいるんじゃないのかな?」
「……うぐっ!」
……痛いところを突いてきやがった!
いや、部長とアーシアのことは本当に大切だし、二人から気持ちを伝えられたのは嬉しかった
だけど、だからこそ今は色々考えちまうんだよなぁ
「……ま、まあ、それはそうだけどよ……」
「ふふっ、それならいいじゃないか」
「……お前、そういうところ本当にずるいよなぁ……」
「そうかな?」
「そうだよ!」
祐斗はいつも通り、爽やかな笑顔を浮かべている
……くそっ、こういうところまでイケメンなんだよな、こいつ
「……ったく、こういう恋愛の話ならハクもいれば良かったのにな」
「ハク君も?」
「おう! 俺ばっかりいじられるのも不公平だろ? あいつだって最近、色々と大変そうなんだからさ」
「……ああ、確かにね」
祐斗が何かを察したように頷いた
……うん
やっぱりお前も気付いてるよな
「最近さぁ、朱乃とクオンがハクを見る目、ちょっと怖いんだよなぁ……」
「……黒歌さんと白音ちゃんもだよね」
「そうそう! あの二人もハクのことになると、何か妙に真剣になるんだよ!」
普段は皆仲良くやってるんだけどな
でも、たまにハクのことで話しているのを見ると、何というか……
……うん
俺は余計なことを言わない方がいい気がする
「……そ、そんなに怖いんですかぁ……?」
扉の隙間から、ギャスパーがおそるおそる尋ねてきた
「いや、普段は普通なんだぞ? 皆優しいし、俺だって世話になってるからな」
「うん、ただ……」
「……ただ?」
祐斗が少し困ったように笑った
「ハク君のことになると、皆少し雰囲気が変わるんだよね」
「……そうなんだよなぁ」
……あれ?
そういえば
「……あっ」
「どうしたんだい、イッセー?」
「……そういや、イリナが宣戦布告して帰ったんだよなぁ……」
「……宣戦布告?」
祐斗が不思議そうに首を傾げた
「いや、今考えると、あれ絶対そうだったと思うんだよ……」
「何があったんだい?」
「ほら、イリナが帰った時、俺も空港まで見送りに行っただろ?」
「うん」
「あいつさ、帰り際にハクの頬にキスしていったんだよ!」
「……えっ?」
「しかもハクが完全に油断してるところにな!」
……いやぁ、あの時のハクの顔は見ものだったぜ
普段は落ち着いてるくせに、あの時ばかりは見事に固まってたもんなぁ
「……そ、それは……すごいですねぇ……」
ギャスパーまで目を丸くしている
「で、その後に朱乃とクオンが出てきたんだけどさ……」
「……うん?」
「二人とも、すっげえ綺麗な笑顔でハクを見てたんだよ……」
「……ああ」
祐斗が納得したように頷いた
「それで、イッセーはどうしたんだい?」
「ハクに帰り道気をつけろって言って、先に帰った!」
「……置いてきたのかい?」
「仕方ねえだろ!? あの二人の笑顔を見たら、お前だって逃げるって!」
「……ふふっ、そうかもしれないね」
「だろ!?」
……まあ、ハクには悪いことをしたと思ってるけどさ
でも、あれは俺にはどうにもできねえよ!
「……それにしても、イリナも思い切ったことをしたんだね」
「だろ!? あいつ、昔から明るい奴だったけど、まさかあそこでキスするとは思わなかったぜ!」
「……ふ、ふふっ……」
「……ん?」
不意に、ギャスパーの笑い声が聞こえた
俺と祐斗が振り返ると、ギャスパーが扉の隙間からこちらを見て笑っている
「……お二人とも……本当に仲がいいんですねぇ……」
「おう! 何たって五年目の付き合いだからな!」
そう答えると、祐斗も楽しそうに笑った
……へへっ
こんな馬鹿話ができる仲間がいるってのも、悪くないよな
ギャスパーも、いつか俺達と普通にこんな話ができるようになるといいな
……ん?
そういえば、今のギャスパーは扉の隙間から俺達を見ているんだよな
「なあ、ギャスパー、さっき俺達の話を聞いて笑ってくれただろ?」
「……は、はいぃ……」
「だったら、もう少し安心して話せる方法があればいいんじゃねえか?」
「……で、でも……やっぱり、人と目を合わせるのは怖いですぅ……」
「……そっかぁ」
……うーん
何かいい方法はねえかな
そう考えていると、扉の隙間から部屋の中にある段ボール箱が見えた
……そういや、こいつは何かあるとすぐ箱の中に隠れるんだったな
つまり、何かに隠れていれば、少しは安心できるってことか?
「……なあ、ギャスパー」
「……は、はい……?」
「お前、段ボール箱の中にいる時は落ち着くんだよな?」
「……は、はいぃ……」
「だったらさ、もっと軽くて、動きやすいものでもいいんじゃねえか?」
「……え……?」
「……イッセー?」
祐斗も不思議そうに首を傾げた
俺はもう一度、扉の隙間から部屋の中を覗く
……おっ
段ボール箱のそばに、ちょうどいいものがあるじゃねえか!
「……あれだ!」
「……紙袋?」
「そう! ギャスパー、そこの紙袋を取ってくれるか?」
「……は、はいぃ……」
ギャスパーは一度扉の奥へ引っ込むと、紙袋を手に戻ってきた
「……こ、これですかぁ……?」
「おう、それそれ! ちょっと貸してくれ!」
扉の隙間から差し出された紙袋を受け取り、祐斗にも見せる
「これを頭からかぶればいいんじゃねえか?」
「……ええっ!?」
……いや、待てよ
そのままだと前が見えないな
「目のところに穴を開ければ、外も見えるだろ? それなら段ボール箱に入ってるより動きやすいじゃねえか!」
「……なるほど、確かにそうだね」
祐斗が頷いた
「でも、イッセー、外から見たらかなり目立つと思うよ?」
「……うぐっ」
……それはそうだ
頭に紙袋をかぶって歩いてる奴がいたら、普通に二度見するよな
「ま、まあ、最初は俺達の前だけでもいいだろ!」
「ふふっ、そうだね」
「どうだ、ギャスパー? ちょっと試してみねえか?」
「……は、はいぃ……」
ギャスパーが小さく頷いた
俺達は紙袋の目の位置に穴を開けると、ギャスパーへ返した
「……こ、これを……?」
「おう! かぶってみてくれ!」
「……は、はいぃ……」
ギャスパーは紙袋を受け取ると、扉の奥へ半歩下がり、おそるおそる頭からかぶった
「……ど、どうですかぁ……?」
「おう、ちょっと見せてくれ!」
すると、ギャスパーは紙袋をかぶったまま、そろそろと扉を開いていった
さっきよりも少し大きく開いた扉の向こうから、ギャスパーの姿が見える
……おお
何というか……
ものすごく怪しい
ひらひらした女の子みたいな服を着たギャスパーが、頭に紙袋をかぶっている
しかも目の位置に開けた二つの穴から、赤い瞳が覗いているんだからな
……うん
これはなかなかの光景だぞ
「……あ、あのぉ……?」
「……ああ、うん……」
俺が言葉に詰まっていると、祐斗が横から助け舟を出してくれた
「少なくとも、さっきよりは落ち着いているように見えるね」
「……は、はい……何だか……少し安心しますぅ……」
「おおっ! そうか!」
……それならいいじゃねえか!
見た目が多少怪しくても、本人が安心できるなら試す価値はあるだろう
「よし、じゃあまずはそれをかぶったまま、俺達と話すところからだな!」
「……は、はいぃ……!」
「無理に外へ出なくてもいいからさ、少しずつ慣れていこうぜ!」
「……わ、分かりましたぁ……」
紙袋の穴から、ギャスパーの赤い瞳がこちらを見ている
まだ少し怯えているみたいだけど、さっきまでよりは落ち着いているようだ
……うん
これなら、少しずつ何とかなるかもしれないな
もちろん、紙袋をかぶったからといって、神器の制御まで上手くいくわけじゃない
人と目を合わせることだって、まだ怖いままだろう
だけど、こうして自分から何かを試してみようと思ってくれたんだ
それだけでも、十分な進歩だと思う
「……なあ、ギャスパー」
「……は、はい……?」
「明日からも、一緒に頑張ろうな!」
「……は、はいぃ……!」
……へへっ
まだまだ先は長そうだけど、何とかなる気がしてきたぞ
ギャスパーの神器についても、人と接するのが苦手なことについても、今すぐ全部解決する必要なんてない
俺達が一緒に考えて、少しずつ進んでいけばいいんだ
……それにしても
紙袋をかぶったギャスパーを見ていると、何だか妙に気が抜けるな
……まあ、本人には言わないでおこう
せっかくやる気になってくれたんだからな!
side out イッセー
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!
今回はギャスパーの訓練回……のはずが、ゼノヴィアによる聖剣を使った追いかけっこが始まるという、なかなか騒がしい展開になりました(笑)
そして後半では、イッセーが先輩としてギャスパーに向き合い、自分の夢についても語ってくれました。
祐斗との友情も一歩進み、二人の関係にも少し変化が生まれましたね。
一方、ギャスパーも少しずつ前進しているようですが……段ボール箱から卒業したと思ったら、今度は紙袋です(笑)
果たして、いつか何もかぶらずに皆と話せる日は来るのでしょうか?
そして、もう一つ嬉しいご報告です!
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ここまで多くの方に読んでいただけるとは思っておらず、本当に嬉しい限りです。
いつも読んでくださっている皆様、そしてお気に入り登録をしてくださった皆様、本当にありがとうございます!
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物語はこれから、三勢力会談へと進んでいきます。
引き続き、ハク達の物語を楽しんでいただければ幸いです!
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