ハイスクールDxD 〜うたわれるもの〜   作:フォートナー

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ついに始まる三勢力会談。

かつて争った天使、悪魔、堕天使が、同じ席に着くこととなりました。

そして、会談にはオシュトルとクオンの姿も。

果たして、三勢力は和平への道を歩み始めることができるのでしょうか。


Life . 40 神がいなくても世界は回るのさ

 

 夜の駒王学園

 

 普段ならまだ生徒の姿が残っていそうな時間だが、今夜は事情が違う

 

 学園全体を覆う強力な結界に、普段は感じない幾つもの気配、そして新校舎の周辺に配置された警備の連中

 

 ……いやぁ、ついにこの日が来ちまったな

 

 三勢力会談

 

 悪魔、天使、堕天使

 

 かつて戦争までしていた三つの勢力のトップが、今日、この駒王学園に集まっているんだ

 

 ……これ、普通の高校生が経験することじゃないよな?

 

「――さて、そろそろ行くわよ」

 

 部長の声で、俺たちは揃って立ち上がった

 

 オカルト研究部の部室には、俺の他に部長、朱乃、木場、アーシア、ゼノヴィア、それに黒歌(くろか)と白音(しろね)ちゃんがいる

 

 黒歌(くろか)と白音(しろね)ちゃんは部長の眷属ではないが、コカビエル事件で俺たちと共闘した関係者として、今回の会談に呼ばれていた

 

「部長、ギャスパーは?」

 

「今日はここで待機してもらうわ」

 

 部長が目を向けた先には、見慣れた段ボール箱が置かれていた

 

「……ギャスパー、俺たち行ってくるからな」

 

「は、はいぃ……!」

 

「何かあったら連絡しろよ、帰ってきたらまた練習に付き合うからさ」

 

「……はい!」

 

 箱の隙間から、金色の髪が少しだけ覗く

 

「……イッセー先輩」

 

「ん?」

 

「が、頑張ってきてください……!」

 

 ……おお、こいつ、ちゃんと顔を出して言えたじゃねぇか

 

「おう! お前も留守番頼んだぜ!」

 

 ギャスパーは小さく頷くと、また箱へ引っ込んだ

 

 ……うん、あいつも一歩ずつ進んでるんだよな

 

 俺も負けてられねぇ

 

 まあ、今日は戦いに行くわけじゃないんだけどさ

 

─────────────────────────

 

 部室を出た俺たちは、新校舎へ向かった

 

 窓の外に広がる学園の景色はいつもと変わらないようでいて、何もかもが違っている

 

 世界の偉い人たちが集まるってだけで、こんなにも空気が変わるものなんだな

 

「……イッセーさん」

 

「ん?」

 

 隣を歩いていたアーシアが、不安そうにこちらを見上げた

 

「今日の会談、無事に終わるでしょうか……?」

 

「……まあ、心配にはなるよな」

 

 俺だって緊張している

 

 相手は三勢力のトップだし、コカビエルみたいに戦争を望む奴が他にもいないとは限らない

 

 けど――

 

「大丈夫だって、部長たちもいるし、ハクも来るんだからさ」

 

「……はい」

 

 それでもまだ不安そうなアーシアへ、俺はそっと手を伸ばした

 

「ほら、一人で心配することねぇよ、俺だって一緒なんだから」

 

 その手を軽く握ると、アーシアは驚いたように目を瞬かせ、嬉しそうに微笑んだ

 

「……ありがとうございます、イッセーさん」

 

「お、おう」

 

 ……ああ、やっぱり可愛いなぁ、アーシア

 

 あの時、俺のことが好きだって言ってくれて、キスまでしてくれたんだよな

 

『……相棒』

 

 頭の中からドライグの声が響いた

 

『会談前から落ち着きを失ってどうする』

 

 ……いや、分かってるって!

 

 でも、こうして手を握ってると、どうしても思い出しちまうんだよ!

 

「イッセー?」

 

「は、はい、部長!」

 

 前を歩いていた部長が振り返り、俺とアーシアの手を見て微笑んだ

 

「……ふふっ、仲がいいわね」

 

「ぶ、部長!?」

 

「別に悪いとは言ってないわよ?」

 

 そのまま楽しそうに歩き始める部長

 

 後ろでは朱乃まで、口元に手を添えて笑っていた

 

 ……うおおお!!

 

 部長までそんな顔で見ないでください!!

 

 俺の心臓が持ちませんって!!

 

─────────────────────────

 

 会議室の扉をノックすると、中から応答があった

 

 部長を先頭に室内へ入り、俺は思わず息を呑む

 

 中央に置かれた大きな楕円形のテーブル、その周囲には、この世界の有力者たちが既に顔を揃えていた

 

 悪魔側にはサーゼクス・ルシファーさまとセラフォルー・レヴィアタンさま

 

 天使側には、十二枚の金色の翼を持つミカエルさんと、その傍らに控える白い翼の女性天使さん

 

 そして堕天使側には、黒い十二枚の翼を持つアザゼルと、白龍皇のヴァーリ

 

 ……おお、何というか、凄い光景だな

 

 この部屋だけで、どれだけの戦力が集まってるんだ?

 

 しかも、アザゼルの近くにはオシュトルと久遠(くおん)の姿まである

 

 ハクも今日は、完全にオシュトルとして来ているらしい

 

 ……あいつ、いつもの学生服じゃなくなると、本当に雰囲気が変わるよなぁ

 

「リアス、よく来たね」

 

 サーゼクスさまが微笑んだ

 

「はい、ルシファーさま」

 

 部長が丁寧に一礼する

 

 ……おお、今日はお兄様じゃなく、ルシファーさまか

 

 やっぱり、こういう場では違うんだな

 

「皆さま、こちらへお願いいたします」

 

 グレイフィアさんに案内され、俺たちは壁際の席へ向かった

 

 そこには既にソーナ会長が座っており、部長がその隣へ腰を下ろす

 

 俺は部長の隣に座り、その横に朱乃、木場、アーシア、ゼノヴィアが続いた

 

 黒歌(くろか)と白音(しろね)ちゃんも、事件関係者として同じ壁際の席へ案内される

 

 ……なるほど

 

 代表たちは中央のテーブル、俺たちは会談を見守り、必要な時に報告する立場ってわけか

 

 少し離れた席ではアーシアがまだ緊張している様子だったが、俺が笑いかけると、小さく頷いてくれた

 

「それでは、始めようか」

 

 サーゼクスさまの声に、会議室の空気が引き締まった

 

─────────────────────────

 

「まず、会談に先立って確認したいことがある」

 

 サーゼクスさまは全員を見渡した

 

「この場では、神の不在という極めて重要な事実についても話すことになる、その情報は決して外部へ漏らさないでもらいたい」

 

 ……ああ、聖書の神さまが、もういないって話か

 

 俺たちはコカビエルから聞いているけど、世間に広まっている話じゃない

 

 これが知られたら、天界や教会がどうなるのかなんて、俺にも想像がつかないぞ

 

「天界としても、同じお願いをいたします」

 

 ミカエルさんが静かに続けた

 

「ここで知り得たことは、皆さんの胸に留めていただきたいのです」

 

 全員が頷いたのを確認すると、サーゼクスさまは部長へ視線を向けた

 

「それでは、先日の事件について報告してもらおうか、リアス」

 

「はい、ルシファーさま」

 

 部長が立ち上がる

 

 ……いよいよ、コカビエルの話か

 

─────────────────────────

 

 部長は、盗まれた聖剣を巡る事件について順を追って報告した

 

 ゼノヴィアとイリナが派遣されたこと、コカビエルが駒王学園を戦場に選んだこと、そして三勢力の戦争を再開させようとしていたこと

 

「コカビエルは、自ら戦乱を引き起こそうとしていました」

 

「本人がそう話したんだね?」

 

「はい、ルシファーさま」

 

 ……思い出すだけでも腹が立つ

 

 あいつは学校が壊れようが、人が巻き込まれようが、どうでもよさそうだった

 

 戦争さえ始まれば、それでいいという奴だったからな

 

「イッセー君、君も現場にいたね」

 

「は、はい!」

 

「何か補足できることはあるかな?」

 

「はい、あいつは俺たちが抵抗することも、戦争のきっかけに利用するつもりだったんだと思います」

 

 俺は、コカビエルが学校の被害をまったく気にしていなかったことも伝えた

 

 サーゼクスさまは静かに頷き、礼を言ってくれた

 

 ……ふぅ、何とかちゃんと答えられたぞ

 

 続いて部長は、木場やゼノヴィアとの連携、朱乃たちの援護、黒歌(くろか)と白音(しろね)ちゃんの参戦について報告した

 

 そして、最後にオシュトルが介入したこと

 

「……では、アザゼル」

 

 サーゼクスさまが堕天使側へ向き直る

 

「君の側からも説明してもらおうか」

 

「ああ」

 

 アザゼルが腕を組んだ

 

「先日の件はコカビエルの独断だ、俺たち幹部にも黙って仕掛けやがった」

 

 普段の軽い調子とは違い、その声には苛立ちが混じっていた

 

「グリゴリとして戦争を望んでいるわけじゃねぇ、そこははっきりさせておく」

 

「処分は?」

 

「軍法会議はもう終わってる、地獄の最下層で永久冷凍だ」

 

 ……永久冷凍

 

 何とも恐ろしい処罰だな

 

「二度と出てこられねぇよ、そこは保証する」

 

 サーゼクスさまが頷いた

 

「分かった、それでは実際にコカビエルを制圧したオシュトル殿にも話を聞こうか」

 

 ……お、ハクの出番だな

 

─────────────────────────

 

「オシュトル殿、君があの戦いへ介入した理由を聞かせてもらえるかな?」

 

「承知いたした」

 

 オシュトルが立ち上がる

 

「されど、その前に一つお願いがございます」

 

「何だい?」

 

「此度、某の素性を明かしておきたく存じます、ただし、その情報はこの場限りの秘密としていただきたい」

 

 ……ん? 素性?

 

 ……あっ

 

 ハク、お前まさか!?

 

「理由を聞いてもいいかな?」

 

「某には守るべき日常がございます、素性が外部へ広まれば、某のみならず近しい者たちにも危険が及ぶやもしれませぬ」

 

 オシュトルは落ち着いた声で続けた

 

「故に、皆様のお約束をいただきたい」

 

 サーゼクスさまがミカエルさんとアザゼルへ視線を向ける

 

「僕は異論ないよ、本人の意思を尊重しよう」

 

「天界も同様です」

 

「俺も構わねぇ、こいつが正体を隠してきた理由は知ってるからな」

 

 ほかの出席者にも確認が行われ、情報を口外しないことが約束された

 

「お心遣い、感謝いたす」

 

 オシュトルが一礼する

 

 次の瞬間、仮面がふっと消えた

 

 そこに現れたのは、俺にとって見慣れた顔だった

 

「改めまして、俺は大神白(おおがみ はく)です、駒王学園に通う高校二年生で、普段はリアス先輩たちとも親しくさせてもらっています」

 

 ……おお、本当に明かしちまったぞ

 

「……大神白(おおがみ はく)君?」

 

 サーゼクスさまが目を見開いた

 

「君がオシュトル殿だったのかい……?」

 

「はい、今まで黙っていてすみません」

 

「これは驚いたね、フェニックス家との特別試合でも君には随分驚かされたけれど……」

 

「ははは……あの時はどうも」

 

 ……ハク、ちょっと気まずそうだな

 

 まあ、あの試合でも色々やってたもんなぁ

 

「私も驚きました」

 

 グレイフィアさんが静かに口を開く

 

「白(はく)様とは特別試合の際にお会いしておりますが、まさかオシュトル様だったとは……」

 

「グレイフィアさんも、お久しぶりです」

 

「ええ、お久しぶりでございます」

 

 ……おお、あのグレイフィアさんまで驚いてるぞ

 

「……大神(おおがみ)君!?」

 

 ミカエルさんも、思わずといった様子で身を乗り出した

 

「まさか、あなたがオシュトル殿だったのですか……!」

 

「はい、昼前はお世話になりました」

 

 ハクが頭を下げる

 

「いえ、こちらこそ……」

 

 ……そうだった

 

 ミカエルさんは、今日の昼前に神社でハクと初めて会ったばかりなんだよな

 

 しかも、ハクと久遠(くおん)を見た時には、それぞれの前で片膝をついて頭まで下げていた

 

 あれは本当に驚いたぜ

 

「皆さん、突然のことで驚かせてしまってすみません」

 

 ハクが改めて頭を下げた

 

「ただ、今回はオシュトルとして招かれていますので、ここからは元の姿に戻ります」

 

 そう告げると、再び仮面が顕現した

 

 背筋が伸び、声の調子まで変わる

 

「では、改めてよろしくお願い申し上げる」

 

 ……切り替え早っ!!

 

 ついさっきまで普通のハクだったのに、もういつものオシュトルだぞ!?

 

「ありがとう、オシュトル殿、では先ほどの質問に戻ろうか」

 

「承知いたした」

 

 オシュトルは、コカビエルとの戦闘に介入した理由を説明した

 

 駒王町が自分の暮らす場所であり、守るべき人々がいたこと、コカビエルが戦争を望み、そのためなら学園や人々を巻き込むことも厭わなかったこと

 

 そして、アザゼルの命令ではなく、自分の判断で動いたこと

 

「クオンには皆の退避を任せ、某自身がコカビエルと対峙いたした」

 

 その後、十枚の翼を斬り落とし、最後は刀の峰を鳩尾へ叩き込んで戦闘不能にしたと説明する

 

「命を奪わずとも制圧できると判断いたしました、その後の身柄と処遇につきましてはグリゴリへお任せしております」

 

「ああ、制圧したのはこいつだが、処分を決めたのは俺たちだ」

 

 アザゼルが頷く

 

 続いて久遠(くおん)も、オシュトルの指示で俺たちの退避を進めた経緯を説明した

 

 黒歌(くろか)と白音(しろね)ちゃんも必要に応じて補足し、ようやく事件の報告が一段落する

 

「ありがとう、事情は理解したよ」

 

 サーゼクスさまはオシュトルと久遠(くおん)へ顔を向けた

 

「それから、君たちの立場も確認しておきたい、グリゴリに正式に所属しているわけではないんだね?」

 

「左様、某は総督殿とは旧知の間柄なれど、グリゴリの構成員ではございませぬ」

 

「私も同じです、コカビエルとの戦いではオシュトルの指示で皆を退避させましたけど、グリゴリに所属しているわけではありません」

 

「ああ、こいつらは俺の部下じゃねぇよ、昔からの付き合いがあるだけだ」

 

 アザゼルも補足する

 

「なるほど、実際の所属と、この会談での扱いは別ということだね」

 

 サーゼクスさまが頷いた

 

「オシュトル殿には、アザゼルとの関係や事件への関与を踏まえて、堕天使側の当事者として出席してもらっている、クオンさんはその協力者であり、現場の状況を説明する立場だ」

 

「その認識で相違ございませぬ」

 

「はい、私もそれで大丈夫です」

 

「分かった、では会談上の扱いはそのままに、所属しているわけではないことも確認しておこう」

 

「感謝いたす」

 

 ……なるほど

 

 ハクたちはグリゴリの一員ではないけど、今回の会談では堕天使側として呼ばれている

 

 しかも、ハクは事件の当事者として、久遠(くおん)は退避の状況を説明するために参加してるんだな

 

 ……うん、これなら俺にも分かるぞ

 

─────────────────────────

 

「さて、アザゼル」

 

 サーゼクスさまが改めて口を開いた

 

「今回の事件がコカビエルの独断だったことは理解した、では君自身は、これからどうするつもりなんだい?」

 

「俺か?」

 

 アザゼルは椅子の背に身体を預けた

 

「決まってるだろ、神器の研究だよ」

 

 ……即答かよ

 

「神器ってのは本当に面白ぇんだ、持ち主によって能力も違えば、成長の仕方も変わる、調べたいことが山ほどあるんだよ」

 

「研究を続けるために、争いを避けたいということかな?」

 

「それもある、だがそもそもコカビエルと俺じゃ考え方が違うんだ」

 

 アザゼルは指を一本立てた

 

「奴は戦争を起こしたがっていた、俺はそんなことに興味がねぇ、宗教に口を出したいわけでも、魔界へ勢力を広げたいわけでもねぇんだよ」

 

「……随分と割り切っているんだね」

 

「そんな面倒なことに時間を使うくらいなら、神器の一つでも調べてた方が楽しいだろ?」

 

 サーゼクスさまが小さく笑った

 

「君らしい考えだね」

 

「ま、昔の俺なら研究さえできれば満足だったかもしれねぇけどな」

 

 アザゼルは少しだけ表情を緩めた

 

「今は研究以外にも、守りたいもんがあるんだよ」

 

「……守りたいもの?」

 

「ああ、実は俺、結婚してるんだ」

 

 ………………

 

 ……え?

 

 今、何て言った?

 

「……結婚?」

 

 サーゼクスさまが聞き返す

 

「おう」

 

「君が?」

 

「俺が」

 

 アザゼルが結婚してるぅぅぅ!?!?

 

「嫁が二人いてな、江留瑠羽(えるるぅ)と柚葉(ゆずは)っていうんだ」

 

 二人!?

 

「ちょっと待ってくれ、アザゼル! 君、いつの間に結婚していたんだい!? しかも奥さんが二人!?」

 

「おう、二人とも大事な嫁さんだぜ」

 

 サーゼクスさまが目を見開く一方で、アザゼルは平然としている

 

 ……いやいや、何だよその顔! あんた、自分がとんでもないことを発表したって分かってるのか!?

 

「ええええっ!? アザゼルちゃん、そんな大事なこと何で教えてくれなかったの!? お祝いだってできたのにぃ!」

 

 セラフォルーさままで身を乗り出した

 

「いや、お前らに報告する義務はねぇだろ」

 

「それはそうだけどぉ!!」

 

「……これは驚きました、あなたが家庭を持たれていたとは……」

 

 ミカエルさんまで目を丸くしている

 

「何だよ、俺が結婚しちゃ悪いのか?」

 

「いえ、そのような意味ではありませんが……」

 

 ……あのミカエルさんまで困らせるとは、ある意味すげぇな、この人

 

「それでな、ここからが本題なんだが」

 

 アザゼルが続けた

 

「柚葉(ゆずは)がもう臨月なんだ、娘が生まれる予定でよ」

 

「……娘まで!?」

 

「ああ、予定日は一週間後だ」

 

 一週間後ぉぉぉ!?!?

 

「そんなに間近なのかい!?」

 

「だからそう言ってるだろ」

 

 ……奥さんが二人いるだけでも驚きなのに、もうすぐ父親になるって!?

 

 しかも当の本人は相変わらず落ち着いているんだから、こっちの頭が追いつかねぇ!!

 

「研究はこれからも続けてぇ、だが嫁さんたちを悲しませたくもねぇんだ」

 

 そこで、アザゼルの声が少しだけ低くなった

 

「生まれてくる娘の顔を見て、成長するところも見届けたい、せっかく家族ができたのに、戦争なんぞで全部台無しにされたくねぇだろ?」

 

 その言葉に、さっきまで驚いていたサーゼクスさまも静かに頷いた

 

「……なるほどね、それなら、君が和平を望むのもよく分かるよ」

 

「ええ、お子さんの誕生が近いのでしたら、なおさらでしょう」

 

 ミカエルさんも微笑んでいる

 

 ……そうか、普段は神器の研究ばかりしているアザゼルにも、今は帰りを待っている家族がいるんだな

 

 ……ん?

 

 そこで俺は、アザゼルの近くにいる三人へ目を向けた

 

 オシュトルも久遠(くおん)も驚いていないし、ヴァーリまで平然としている

 

 あの三人、最初から知ってたのか!?

 

「……ま、家族って話ならもう一つあってな」

 

 アザゼルが楽しそうに笑った

 

「何だったら、今日になって娘を名乗る奴まで増えちまったしな」

 

「……待ってくれ、アザゼル、今度は何の話だい?」

 

 サーゼクスさまが額に手を当てた

 

 ……いや、本当に何の話だ!?

 

「いやぁ、昼間にちょっとな、なあ、クオン?」

 

「…………っ!?」

 

 久遠(くおん)の肩がびくっと跳ねた

 

「ア、アザゼルさん!? ど、どうして今その話をするのかな!?」

 

「いやぁ、嬉しかったもんだから、ついな」

 

「う、嬉しかったって……!」

 

 みるみる顔を赤くする久遠(くおん)を見かねて、オシュトルが口を開いた

 

「総督殿、その辺りにしていただけませぬか、本人も困っておりますゆえ」

 

「……アザゼル、俺もそう思う」

 

 ヴァーリまで横から止めに入る

 

 ……おお、あのヴァーリが!?

 

「ああ、悪い悪い、つい嬉しくなっちまってな」

 

「……もう、アザゼルさんってば……!」

 

 久遠(くおん)は耳まで真っ赤だった

 

 ………………

 

 ……あっ

 

 昼前の仙術か!!

 

『……相棒』

 

『……我も同じことを考えていた』

 

 ……だよなぁ、ドライグ!!

 

 あの時の俺だって随分浮かれてたんだ、久遠(くおん)も同じ状態だったなら、普段なら口にしないことを言ってしまったとしても不思議じゃない

 

 ……俺も、あの時の言動をここで暴露されたらたまったもんじゃねぇぞ

 

 部長と朱乃へ目を向けると、二人も察したらしい

 

「……ああ、そういうことだったのね」

 

「あらあら、それなら納得ですわ」

 

「……なるほど、そういうことでしたか」

 

 ミカエルさんまで穏やかに頷いた

 

 ……そうだった! ミカエルさんも仙術を受けてたんだったな!!

 

「……つまり、正式に娘が増えたというわけではないんだね?」

 

 サーゼクスさまの問いに、アザゼルは肩をすくめた

 

「ああ、養子縁組したって話じゃねぇよ、ただ家族が増えたようで悪い気はしなかったんだ」

 

 そこで改めて三勢力の代表へ向き直る

 

「ま、そういうわけだ、研究も大事だし家族も大事だ、俺には今さら戦争を始める理由なんざねぇんだよ」

 

 ……ああ

 

 普段の言動からは想像しにくいけど、この人も本気で守りたいものがあるんだな

 

 それなら、和平を望む理由も分かる気がした

 

─────────────────────────

 

「……だが、アザゼル」

 

 サーゼクスさまが静かに口を開いた

 

「我々が和平を望んだとしても、それぞれの勢力には反対する者もいるだろう」

 

「そりゃそうだ、コカビエルみたいな奴が他にもいねぇとは限らない」

 

「天界にも、解決すべき問題が数多くあります」

 

 ミカエルさんが続ける

 

「かつての戦争で失ったものは、あまりにも大きい、再び同じことを繰り返すべきではありません」

 

「悪魔側としても、再戦は望んでいないよ」

 

 サーゼクスさまが頷いた

 

「俺だって御免だ、次に全面戦争なんぞ始めたら、俺たちは今度こそ共倒れだろうな」

 

 アザゼルが肩をすくめた

 

「研究も続けたいし、家族だって守りたい、戦争なんぞやってる場合じゃねぇよ」

 

 そう言って、アザゼルは二人を見渡した

 

「だったら、話は早いだろ」

 

 椅子から身体を起こし、にやりと笑う

 

「和平を結ぼうぜ」

 

 ………………

 

 ……おお

 

 ついに、その言葉が出た

 

 ずっと敵対してきた三勢力が、和平を結ぼうとしている

 

 今、俺は歴史に残るような場面に立ち会ってるんじゃないか?

 

 サーゼクスさまが口を開こうとした

 

 ――その時だった

 

 会議室の一角に、三つの人影が現れた

 

 扉は開いていない

 

 転移の魔法陣も見えなかったし、結界が破られた音も、警報もない

 

 それなのに、さっきまで何もなかった場所に三人が立っている

 

 中央に、仮面を着けた武人

 

 その左右には、頭から全身まで布で覆った二人

 

 ……ん?

 

 中央の人……

 

 オシュトルと、まったく同じ格好じゃねぇか!?

 

 しかも、この氣

 

 どこかで感じたことがあるぞ

 

 俺は思わず椅子から身を乗り出しかけた

 

 ……いや、待て

 

 この感じ、まさか……

 

side out イッセー

 

─────────────────────────

 

### side in ハク

 

 ……は?

 

 会議室の一角に現れた三人を見て、俺は思わず固まった

 

 事前に近づいてくる気配はなく、結界にも異常は見られない

 

 転移の術が発動した様子さえないというのに、三人は何の前触れもなく現れたのだ

 

 ……どうやって入ってきた?

 

 そう思いながら氣を探った、次の瞬間――

 

 親父!?

 

 いやいやいや!! 何で親父がここにいるんだよ!?

 

 海外旅行中じゃなかったのか!? しかも、あの仮面に装束、腰の刀まで、俺とまったく同じ格好じゃねぇか!!

 

 ………………

 

 ……あ

 

 そこで、以前の出来事を思い出した

 

 壮玄(そうげん)さんと央善(おうぜん)さんを相手に、道場で模擬戦をした時のことだ

 

 あの二人、俺がオシュトルの仮面を顕現させた途端、随分と妙な反応をしていたんだよな

 

 戦い方だけじゃなく、仮面も得物も立ち姿まで親父にそっくりだって

 

 ……いや、そっくりどころじゃねぇ!!

 

 本当に同じ格好だったのかよ!?

 

 そりゃ驚くわけだ、最後は普通に笑ってたけどな!!

 

 そんなことを考えていると、親父の左右に控える二人が、ごく僅かに動いた

 

 どちらも頭から外套を被り、顔から足元まで完全に隠している、その二人がほとんど同時に、こちらへ顔を向けたように見えた

 

 ……ん? 俺の方を見たのか?

 

 目元まで隠れているため視線は分からないが、氣を探れば二人とも女性だということだけは分かる

 

 それ以上は何とも言えなかった、顔も名前も分からないし、二人がどういう関係で、何故親父と一緒にいるのかも判断できない

 

 ……初対面のはずなのに、妙に気になるな

 

「……オシュトルが、二人?」

 

 会議室のどこかから、戸惑った声が聞こえた

 

 ……まあ、そう見えるよなぁ、何しろ仮面も装束も同じなんだから

 

 その時、親父が僅かにこちらを向いた

 

 仮面越しに視線が合い、親父の氣がほんの僅かに揺れる

 

 ……あ、気付いたな

 

 熟練の仙術使いが、自分の息子の氣を間違えるはずがない

 

 ………………

 

 ということは、親父も俺がオシュトルだなんて知らなかったのか!?

 

 ……お互い何やってんだよ!!

 

 思わず頭を抱えたくなったが、今ここで親父と呼ぶわけにもいかない、俺は何とか平静を装い、相手の出方を窺った

 

 隣のクオンも何かに気付いたらしく、小さくこちらへ視線を向けている

 

 壁際ではイッセーが目を細め、朱乃、黒歌(くろか)、白音(しろね)にも反応があった

 

 ……ああ、少なくともあの四人は、何かを感じ取ったようだ

 

 頼むから、今は誰も声に出さないでくれよ

 

 一方、三勢力の代表たちの様子も、それまでとは明らかに違っていた

 

 サーゼクスは笑みを消して来訪者を見据え、ミカエルも穏やかな表情のまま慎重に様子を窺っている、アザゼルに至っては椅子へ預けていた身体を起こし、いつでも動ける姿勢になっていた

 

 ……無理もないか

 

 親父の強さは、子供の頃から鍛えられてきた俺がよく知っている、今の俺が全力を尽くしたところで、勝ちを拾えるかどうかという相手だ

 

 そんな人物が、警備を固めた会談の最中に突然現れたのだから、警戒するのも当然だろう

 

「……失礼だが、何者か名乗っていただけるかな?」

 

 サーゼクスが口を開いた

 

 親父は静かに一歩進み出る、左右の二人はその場から動かずに控えていた

 

「突然の来訪、まずは非礼をお詫び申し上げる」

 

 ……ああ、間違いなく親父の声だ

 

 随分と改まった口調だが、あの声を聞き間違えるはずがない

 

「某は大和(やまと)の総大将、大神道影(おおがみ みちかげ)と申す」

 

 ………………

 

 ……ん?

 

 大和(やまと)? 総大将?

 

 親父が総大将!?

 

 いや、聞いてねぇ!!

 

 強いことも、裏の仕事をしていることも知ってたぞ!? でも、そんな肩書があるなんて一度も聞いたことないんですけど!?

 

 しかも大和(やまと)って何だよ、そんな組織があること自体、初耳だぞ

 

 ……いや

 

 『うたわれるもの』のヤマトなら知ってるけど

 

 ………………

 

 まさか、なぁ

 

「……大和(やまと)、か」

 

 アザゼルが低い声で呟いた

 

「日本に異形を狩る人間の組織があることは知っていたが、その総大将が直接出てくるとはな」

 

「こちらも存在自体は把握していたよ」

 

 サーゼクスが続けた

 

「けれど、これほどの使い手が隠れていたとは……」

 

「……天界も同様です」

 

 ミカエルが静かに頷く

 

 ……なるほど、どうやら三勢力も、日本にそういう組織があること自体は知っていたらしい

 

 だが、少なくともあの三人の反応を見る限り、親父ほどの使い手が総大将を務めているとは予想していなかったようだ

 

「……それにしても」

 

 サーゼクスが俺と親父を見比べた

 

「オシュトル殿と、まったく同じ装束だね」

 

 ……うん、それなんだよな

 

 サーゼクスの視線が、俺と親父の仮面を行き来する

 

 そして、グレイフィアと一瞬だけ目を合わせた

 

 ……あっ、そういえば俺、さっき素性を明かしたばかりだった

 

 同じ名字、同じ仮面、同じ装束

 

 ……そりゃ気になるよな!!

 

 ただ、サーゼクスはそれ以上踏み込まず、親父へ視線を戻した

 

「まずは、来訪の目的を聞かせてもらおうか、道影(みちかげ)殿」

 

「承知いたした」

 

 親父が頷く

 

「此度は帝(みかど)の命により、参上いたした」

 

 ………………

 

 ……帝?

 

 大和(やまと)、総大将、それに帝(みかど)まで出てきたぞ

 

 おい、どんどん『うたわれるもの』になっていくじゃねぇか!?

 

 ……いや、今はまず話を聞こう

 

─────────────────────────

 

「帝(みかど)、ですか」

 

 ミカエルが尋ねた

 

「左様、此度、三勢力が和平を結ぶ見込みと聞き及び、帝(みかど)はこれを良き機会と判断なされた」

 

「良き機会?」

 

「我ら大和(やまと)もまた、貴殿らと正式に盟を結ぶための機会にございます」

 

 ……おお? 同盟?

 

 つまり、親父はその話をしに来たのか

 

 少なくとも、戦争を仕掛けに来たわけじゃないらしい

 

「同盟となれば、まず君たちの組織について聞かせてもらいたいね」

 

 サーゼクスが尋ねる

 

「もっともなこと」

 

 親父は静かに頷いた

 

「我らは古より、人の世に害をなす異形を狩り、その平穏を守ってまいった、現在は大和(やまと)の名のもと、その務めを果たしております」

 

「……異形狩り、か」

 

 アザゼルが腕を組む

 

「魔界から出てきた魔獣も対象になるのか?」

 

「人に害をなすのであれば、無論」

 

「じゃあ、悪魔や堕天使もか?」

 

「出自や種族によって区別はいたさぬ」

 

 親父は迷わず答えた

 

「人々を害する者であれば、我らはこれを止める、されど、異なる種族であるという理由のみで刃を向けることはござらぬ」

 

 ……ああ

 

 相手が何者かではなく、何をしたかで判断する

 

 親父が昔から俺に教えてきたことと同じだな

 

「それでは、人間と友好的に暮らしている妖怪や霊獣などは?」

 

 ミカエルが尋ねる

 

「狩る理由はござらぬ、我らは既に、日本神話勢力、ならびに妖怪勢力とも盟を結んでおります」

 

 ………………

 

 ……は?

 

 日本神話勢力!? 妖怪勢力!?

 

 親父、そんなところとも付き合いがあったのかよ!?

 

「……そいつは驚いたな」

 

 アザゼルが目を細めた

 

「日本神話勢力も妖怪勢力も、日本では決して小さな存在じゃねぇ、それと既に同盟を結んでるってのか」

 

「左様」

 

「その二つの勢力も、君たちの討伐方針を受け入れているんだね?」

 

 サーゼクスが尋ねた

 

「無論、盟を結んだ後であろうと、人々を害する者を見逃すことはござらぬ、その取り決めは双方との盟約にも含まれております」

 

 ……おお

 

 随分徹底してるな

 

 ……いや、親父ならそうするか

 

「しかし、それほどの力を持ちながら、これまで表舞台に出てこられなかったのですね」

 

 ミカエルが静かに言った

 

「我らの務めは人々の平穏を守ること、その働きを広く知らしめる必要はござらぬ」

 

 親父は淡々と答えた

 

「我らが求めるものは、勢力の拡大にあらず、人々が穏やかに暮らせることにございます」

 

 ……なるほど

 

 両親が裏の仕事をしていることは知っていたが、これほどの組織をまとめる立場だったとはなぁ

 

 それに、親父の上には帝と呼ばれる人物までいるらしい

 

 ……日本の裏側、一体どうなってるんだよ

 

─────────────────────────

 

「……分かった」

 

 サーゼクスが頷いた

 

「それでは、今回の同盟について詳しく聞かせてもらおうか」

 

「承知いたした」

 

 親父が姿勢を正す

 

「三勢力が真に和平を結ぶのであれば、我ら大和もまた、貴殿らと盟を結び、共に平穏を守る所存である」

 

「……なるほど」

 

「無論、互いの責任や役割については、改めて協議する必要がございましょう」

 

 サーゼクスはミカエルとアザゼルへ視線を向けた

 

「僕としては、前向きに考えたいね」

 

「天界としても、平穏を守るための協力であれば歓迎すべきことでしょう」

 

「俺も反対する理由はねぇな、ちょうどこっちも和平の話をしてたところだしよ」

 

 ……おお、何だか順調に話が進んでいるぞ

 

「ただし」

 

 親父が、そこで言葉を区切った

 

 会議室の空気が僅かに引き締まる

 

「此度の和平が真に争いを終わらせるものであれば、我らは喜んで盟を結びましょう」

 

 親父は三勢力の代表を順に見渡した

 

「されど、もしそれが名ばかりのものであり、再び人の世に戦乱をもたらすのであれば――」

 

 ………………

 

 ……待てよ

 

 まさか……

 

「我らは最後の一人まで、貴殿らを滅ぼす所存である」

 

 会議室が静まり返った

 

 ……親父

 

 あんた、そこまで言うか

 

 相手は三勢力のトップだぞ!?

 

 その声に殺気はなかった

 

 力を誇示するような素振りもない

 

 ただ、守るべきものを守るという覚悟だけが、言葉の端々から伝わってくる

 

 ……ああ、昔からそうだったな、この人は

 

「……道影(みちかげ)殿」

 

 サーゼクスが静かに口を開いた

 

「今の言葉は、我々が和平を守り、人々を巻き込む戦乱を起こさない限り、君たちと敵対する理由はないという意味でいいのかな?」

 

「無論」

 

 親父が頷いた

 

「我らとて無益な争いは望みませぬ、ただ、人々を守るという務めを捨てるわけには参らぬ、それだけのことにございます」

 

「……理解したよ」

 

「天界としても、その趣旨は理解いたしました」

 

 ミカエルが続けた

 

「ただ、正式な同盟については、具体的な取り決めを話し合う必要があるでしょう」

 

「承知いたした、詳細につきましては後日、正式な使者を通じて協議いただきたく存じます」

 

「そうしよう、まずは我々自身が和平を成立させ、そのうえで大和(やまと)との協議へ進みたい」

 

「異存はござらぬ」

 

 ……おお、どうやら外交の話はまとまったらしい

 

 ただ、三勢力の代表たちの警戒が完全に解けたわけではない

 

 まあ、無理もないだろう

 

 今まで実態がほとんど分からなかった組織から、とんでもない実力者が突然現れたんだからな

 

「では、我らの用件は以上にございます」

 

 親父が静かに一礼した

 

 ……ん? もう帰るのか?

 

 いや、外交の用件は済んだんだもんな

 

 俺としては聞きたいことが山ほどあるんだけど!!

 

「……その前に、一つだけよろしいか」

 

 親父が続けた

 

「何だい?」

 

 サーゼクスが尋ねる

 

「この場に、アーシア・アルジェント殿がいらっしゃると伺っております」

 

 ……アーシア?

 

 壁際へ目を向けると、アーシアが驚いたように立ち上がった

 

「は、はい! 私です!」

 

 親父はアーシアへ身体を向けた

 

「貴殿には、大和(やまと)を預かる者として、お詫びを申し上げたい」

 

 ……ああ、そういうことか

 

 アーシアの事件を、親父も知っていたんだな

 

「貴殿は、この駒王の地において堕天使レイナーレにより神器を奪われ、一度命を落とされたと聞いておる」

 

 アーシアが小さく息を呑んだ

 

「我らは人々を害する異形を狩り、その平穏を守ることを務めとしております、されど、貴殿が命を奪われるまで、その凶行を防ぐことができませなんだ」

 

 親父が静かに頭を下げた

 

「我らの力が及ばなかったことを、総大将としてお詫び申し上げる」

 

 ………………

 

 ……親父

 

 自分たちが手を下したわけじゃない

 

 レイナーレに命令したわけでもない

 

 それでも、人を守ると誓っている以上、守れなかったことを仕方がないとは片付けない

 

 ……やっぱり、そういう人だったな

 

「あ、あの……! どうか、頭を上げてください!」

 

 アーシアが慌てたように声を上げた

 

「私、今はこうして元気ですし、皆さんにもとても良くしていただいていますから……!」

 

「……左様か」

 

「はい! 学校にも通っていますし、毎日とても楽しいんです!」

 

 アーシアは一生懸命に頷いていた

 

 親父はしばらくその姿を見つめ、静かに頷く

 

「貴殿が今、穏やかに暮らしておられることを嬉しく思う、されど、守れなかった命があったという事実を、我らは忘れてはならぬ」

 

 もう一度、深く頭を下げた

 

「今後も、その務めに恥じぬよう励んでまいろう」

 

「……ありがとうございます」

 

 アーシアも小さく頭を下げた

 

 俺が知っている親父と、まったく変わらない姿だった

 

 その時――

 

「……アーシアさん」

 

 静かな声が響いた

 

 ミカエルだった

 

「私からも、お詫びを申し上げなければなりません」

 

「……ミカエルさま?」

 

 アーシアが驚いたように顔を上げる

 

「あなたが教会から追放されたことについては、天界を預かる私にも責任があります」

 

 ミカエルの表情が曇った

 

「誰かを救おうとしたあなたが、あのような扱いを受けることになった、その事情については、後ほどきちんと説明させてください」

 

 ……ああ、アーシアが悪魔を治療したことで教会を追われた話か

 

「そして、先ほど道影(みちかげ)殿から伺った事件についても……」

 

 ミカエルは静かに目を伏せた

 

「あなたがそこまで追い詰められていたことを、天界として防ぐことができませんでした」

 

 そのまま、アーシアへ深く頭を下げる

 

「天界を代表して、お詫び申し上げます」

 

「そ、そんな……! どうか頭を上げてください!」

 

 アーシアは慌てて首を振った

 

「私、今は幸せですから!」

 

 ミカエルはゆっくりと顔を上げた

 

「……そうですか、それを聞けて、私も嬉しく思います」

 

 ……うん

 

 アーシアが今、笑っていられる

 

 それが何よりだな

 

 ふとアザゼルへ目を向けると、あいつも珍しく険しい顔をしていた

 

 レイナーレはグリゴリに所属していた堕天使なんだから、他人事ではないんだろう

 

 親父もミカエルの言葉を静かに聞いていたが、それ以上は何も口にしなかった

 

「では、我らはこれにて失礼いたす」

 

 三勢力の代表へ一礼すると、左右に控えていた二人が親父の側へ寄った

 

 ……ん?

 

 そういえば、あの二人

 

 最初からずっと一言も話していないな

 

 頭から布を被り、全身を隠している

 

 顔も髪も見えないし、姿からは何者なのか判断できない

 

 登場した時、揃って俺へ顔を向けたことも気になっていた

 

 ……何だろうな

 

 ………………

 

 ……あ

 

 そういや『うたわれるもの』で、ウルゥルとサラァナが初めて現れた時も、あんな風に外套で姿を隠していなかったか?

 

 ……いやいや

 

 流石に考えすぎか?

 

 クオンがいて、猫音(ねこね)がいて、瑠璃(るり)がいて、葵(あおい)までいる

 

 壮玄(そうげん)さんや央善(おうぜん)さんもいるんだ

 

 だからといって、あの二人まで関係者だと決めつけるのは早い

 

 顔も名前も分からないんだからな

 

 ……うん、今は保留だ

 

 そう考えたところで、三人の姿が音もなく消えた

 

 ………………

 

 ……行っちまった

 

 ……いや、待て!!

 

 親父ぃぃぃ!!

 

 聞きたいことが山ほどあるんですけど!?

 

 大和(やまと)って何!? 総大将って何!? 帝(みかど)って誰!?

 

 それと、あの仮面と装束!!

 

 壮玄(そうげん)さんたちの話は本当だったみたいだけど、今まで何で一言も教えてくれなかったんだよ!!

 

 ……いや

 

 俺も自分がオシュトルだって話してなかったか

 

 ………………

 

 親子揃って何やってんだ、これ!?

 

 思わず頭を抱えたくなったが、今は会談の最中だ

 

 俺は仮面の奥で息を吐き、静かに背筋を伸ばした

 

 ……帰ったら、絶対に話を聞いてやる

 

side out ハク

 

─────────────────────────

 

### side in イッセー

 

 ………………

 

 何だったんだ、今の?

 

 大和(やまと)の総大将とかいう人が現れて、三勢力との同盟を申し込んで、そのまま消えちまった

 

 ……いや、それよりもだ

 

 大神道影(おおがみ みちかげ)さん

 

 あれ、どう考えてもハクの親父さんじゃねぇか!!

 

 氣も、声も、立ち方も覚えがある

 

 何しろ俺は、子供の頃からあの人の道場で散々鍛えてもらってきたんだからな

 

 あの姿で現れた時は信じられなかったけど、名前まで聞いたら間違いない

 

 ……だけど

 

 何でオシュトルと同じ格好してるんだ!?

 

 大和(やまと)の総大将って何だよ!?

 

 そんな話、聞いたことねぇぞ!!

 

 俺は思わずオシュトルへ目を向けた

 

 あいつは仮面を着けたまま静かに座っている

 

 ……うん

 

 表情は見えないけど、何となく動揺してる気がするな

 

 もしかして、ハクも知らなかったのか?

 

 ……まあ、後で聞けばいいか

 

 今ここで親父さんとの関係を持ち出したら、余計に話がややこしくなりそうだしな

 

「……さて」

 

 サーゼクスさまが口を開いた

 

「思いがけない来訪者だったけれど、まずは我々の話を続けよう」

 

 ミカエルさんも静かに頷く

 

「ええ、話し合うべきことは、まだ残っていますから」

 

「ああ、さっきの総大将の話も含めて、まずは俺たち自身の意思をはっきりさせねぇとな」

 

 アザゼルが腕を組んだ

 

 ……そうだった

 

 和平を結ぼうって話が出たところで、あの三人が現れたんだよな

 

 いよいよ話が戻るわけか

 

─────────────────────────

 

「……そもそも、だ」

 

 アザゼルが静かに口を開いた

 

「俺たちが今さら戦争を始めて、何が残る?」

 

 先ほどまでの冗談めいた調子は、そこにはなかった

 

「かつての大戦で、俺たちは神と魔王たちを失った、三勢力とも二度と取り戻せねぇもんを山ほど失ってる」

 

 ……ああ、そうだったな

 

 俺もコカビエルから聞いた

 

 聖書の神さまも、昔の魔王たちも、あの戦争で命を落としたって

 

「次の戦争をすれば、三すくみは今度こそ共倒れだ、それだけじゃ済まず、人間界にもとんでもねぇ被害が出る」

 

 ……共倒れ、か

 

 三勢力が本気でぶつかったら、俺たちみたいな連中だけじゃなく、何も知らない人間まで巻き込まれるんだよな

 

「……そのとおりだね」

 

 サーゼクスさまが頷いた

 

「悪魔側も、かつてのような戦争に耐えられる状態ではない」

 

「天界も同じです」

 

 ミカエルさんが続ける

 

「神が不在となった今、我々にも守らねばならないものがあります、再び大戦を起こせば、残された仕組みを維持することさえ難しくなるでしょう」

 

 ……ああ

 

 神さまがいなくなったってことは、単に偉い人が一人いなくなったって話じゃないんだな

 

「だがよ」

 

 アザゼルが二人を見渡した

 

「だからって、いつまでも神がいなくなったことに縛られる必要があるのか?」

 

 サーゼクスさまとミカエルさんが、静かにアザゼルを見た

 

「神がいない世界は間違いだと思うか? 神がいない世界は衰退すると思うか?」

 

 アザゼルは、その答えを待たずに続けた

 

「残念ながらそうじゃなかった、俺もおまえらもいまこうやって元気に生きている」

 

 そして、ゆっくりと腕を広げた

 

「神がいなくても世界は回るのさ」

 

 ………………

 

 ……ああ

 

 何だろうな

 

 今の言葉、妙に胸に残ったぞ

 

 俺は神さまがいなくなったことなんて知らずに、ずっと暮らしてきた

 

 ハクたちと道場で汗を流して、学校へ通って、馬鹿なことを言い合って

 

 部長たちと出会って、悪魔になって、アーシアやゼノヴィアとも仲間になった

 

 神さまがいないからって、そんな毎日が消えたわけじゃない

 

 今だってこうして生きているし、これから生まれてくる命だってある

 

 ……そういや、アザゼルの娘は一週間後に生まれるんだったな

 

 その未来を、戦争で壊すわけにはいかないよな

 

 ふとオシュトルへ目を向けると、あいつは何も言わずに座っていた

 

 隣には久遠(くおん)がいる

 

 仮面の向こうでハクが何を考えているのかは分からない

 

 ただ、今の言葉をあいつも聞いていた

 

 ……ああ、俺にも守りたい奴が、こんなにいるんだよな

 

「……そうだね」

 

 サーゼクスさまが静かに頷いた

 

「失ったものを忘れるわけにはいかない、けれど、僕たちはこれからも生きていかなければならない」

 

「ええ」

 

 ミカエルさんも頷く

 

「神が遺したものを守ることは大切です、ですが、今を生きる人々の未来を守ることも、我々の務めでしょう」

 

「そういうこった」

 

 アザゼルが笑った

 

「俺たちは今を生きてるんだからな」

 

 ……うん

 

 失ったものがあるからこそ、今あるものを大切にして、これから先へ繋いでいく

 

 ……そういうことなんだろうな

 

─────────────────────────

 

「では、改めて確認しよう」

 

 サーゼクスさまが姿勢を正した

 

「魔界を代表する立場として、僕は三勢力間の和平に賛同する、旧来の争いを終わらせ、これからは互いに協力できる関係を築きたい」

 

「天界も同じ意思です」

 

 ミカエルさんが続ける

 

「我々も和平を受け入れ、今後は悪魔、堕天使の皆さんと協力していくことを望みます」

 

 二人の視線がアザゼルへ向けられた

 

「アザゼル、グリゴリの答えは?」

 

「決まってるだろ」

 

 アザゼルがにやりと笑った

 

「俺たちも賛成だ、もう昔みたいな戦争は御免だからな」

 

 ………………

 

 三勢力の代表が、全員賛成した!!

 

「それでは、この場において三勢力は和平を結ぶことで合意したと確認しよう」

 

 サーゼクスさまが告げた

 

「具体的な取り決めについては、引き続き協議することになるけれどね」

 

「ええ」

 

「異論ねぇよ」

 

 ミカエルさんとアザゼルが頷いた

 

 ……すげぇ

 

 本当に和平が成立したんだ

 

 もちろん、これですべてが解決するわけじゃない

 

 反対する奴もいるだろうし、これから決めなきゃならないことだって山ほどある

 

 でも、少なくともこの三人は、もう戦争をしないと決めた

 

 ……うん、それだけでも凄いことだよな

 

─────────────────────────

 

 会談はその後、各勢力の戦力や情報の共有、問題が起きた時の連絡体制といった具体的な話へ移っていった

 

 さっき現れた大和との今後の協議についても、正式な使者を待って検討することになったらしい

 

 ……いやぁ、大切な話だってことは分かるけど、正直俺には難しいことばっかりだ

 

 ひと通りの説明が終わったところで、グレイフィアさんが席の間を回り始めた

 

「皆さま、お茶をどうぞ」

 

 俺の前にも湯呑が置かれ、湯気と一緒にいい香りが漂ってくる

 

「ありがとうございます、グレイフィアさん」

 

「どういたしまして」

 

 軽く頭を下げて、グレイフィアさんは次の席へ向かった

 

 俺は湯呑を手に取り、ひと口飲む

 

 ……ああ、生き返る

 

 会談が始まる前はどうなることかと思ったけど、こうしてお茶を飲めるくらいには落ち着いたんだな

 

 そんなことを考えていると、ミカエルさんが静かに口を開いた

 

「……それでは、先ほどアーシアさんにお話しすると申し上げたことについても、説明しておきましょう」

 

 ……お、そうだった

 

 道影(みちかげ)さんが謝った時、ミカエルさんも後できちんと話すって言ってたんだよな

 

 俺は湯呑を置き、アーシアの方を見た

 

 あいつはミカエルさんへ顔を向けていたが、どこか緊張しているようにも見える

 

 これから話すのは、アーシアが教会を追放された時のことだ

 

 俺だって理由を知りたい

 

 でも、辛い思いをしたのはアーシア本人なんだから、俺だけで勝手に話を進めるわけにはいかない

 

「……なあ、アーシア」

 

「はい、イッセーさん?」

 

「ミカエルさんに、お前が教会を追われた時のことを聞いてもいいか?」

 

「……えっ?」

 

 アーシアは少し驚いたように俺を見た

 

「ずっと気になってたんだ、何で誰かを助けたお前が、あんな目に遭わなきゃならなかったのかって」

 

 俺は小さく息を吐いた

 

「でも、嫌だったら聞かない、アーシアが辛い思いをするくらいなら、無理に今ここで話す必要はないからさ」

 

 アーシアはしばらく俺を見つめていたが、やがて柔らかく微笑んだ

 

「……ありがとうございます、イッセーさん」

 

「……アーシア?」

 

「私も、どうしてああなってしまったのか、ちゃんと知りたいです」

 

 その目には、もう迷いがなかった

 

「だから、大丈夫です、ミカエルさまのお話を聞かせてください」

 

「……分かった」

 

 俺が頷くと、アーシアも小さく頷き返してくれた

 

 ……よし、それなら聞こう

 

「……あの、ミカエルさん」

 

「はい、一誠君」

 

「俺からも聞いていいですか?」

 

「もちろんです」

 

 俺は一度、息を吸った

 

「アーシアは昔、悪魔を治療したことで教会から追放されたって聞いてます」

 

 ミカエルさんが静かに頷く

 

「でも、あいつはただ怪我をした相手を助けただけなんです、それなのに、どうしてそんな扱いを受けなきゃならなかったんですか?」

 

 ……ずっと納得できなかったんだ

 

 誰かを助けるための力なのに、助けた相手が悪魔だったというだけで責められる

 

 そんなのおかしいだろ

 

 ミカエルさんは、俺とアーシアを交互に見た

 

「……あなたの疑問はもっともです、では、天界の事情も含めてお話ししましょう」

 

─────────────────────────

 

「まず、神が不在となった後も、天界には神が遺した《システム》が残っています」

 

「……システム?」

 

「はい、神が造った仕組みです、神の加護や慈悲、そして奇跡を司るもので、かつて神はこの仕組みを通じて地上へ奇跡をもたらしていました」

 

 ……奇跡を起こすための仕組み?

 

 俺は思わず首を傾げた

 

「それって、具体的にはどういうものなんですか?」

 

「例えば、悪魔祓いや十字架などの聖具が持つ効力も、その働きに関わっています」

 

 ……おお、悪魔祓いや十字架もか

 

 そういえば、俺も悪魔になってから聖なるものに弱くなったんだよな

 

 以前なら何ともなかったものが、今では身体に負担を掛ける

 

「ですが、神が不在となったことで、その《システム》にも不具合が生じました」

 

 ミカエルさんの表情が、少しだけ曇った

 

「現在は私を含む熾天使たちが力を合わせ、何とか維持しております、しかし、神が健在だった頃と同じように扱うことは困難なのです」

 

「……そうなんですか」

 

「はい、神を信じる人々へも、かつてと同じように加護や慈悲を行き渡らせることが難しくなっています」

 

 ……ああ

 

 神さまがいなくなったからって、天界の仕組みが全部止まったわけじゃない

 

 でも、今まで神さまが動かしていたものを、ミカエルさんたちが必死に維持しているんだな

 

「さらに、信者の信仰は天界の力を支える大切なものです」

 

 ミカエルさんが続けた

 

「その信仰が大きく揺らげば、《システム》の維持にも影響が及ぶおそれがあります」

 

 ……信仰が、か

 

 俺が黙って考えていると、ミカエルさんはアーシアへ顔を向けた

 

「そして、アーシアさんの《聖母の微笑》には、普通の治癒能力とは異なる性質があります」

 

「……私の神器、ですか?」

 

「はい、悪魔や堕天使であっても癒やすことができる、その力です」

 

 ……ああ、そうだ

 

 アーシアは、相手が悪魔だろうと堕天使だろうと治療できる

 

 だからこそ、あいつは教会から異端だって言われたんだよな

 

「教会では、悪魔や堕天使は長く敵対する存在とされてきました、その中で、神が遺した神器が悪魔たちをも癒やすと知れば、信者の中には戸惑いを覚える者が現れるでしょう」

 

「……そうですね」

 

「そして、その戸惑いが信仰そのものを揺るがせば、今の天界にとっては重大な問題になります」

 

 ミカエルさんは、静かに息を吐いた

 

「そのため、《聖母の微笑》は《システム》へ影響を及ぼしかねない、扱いの難しい神器とされていたのです」

 

 ……なるほど、そういう事情だったのか

 

 アーシアが誰かを助けたことで、直接《システム》が壊れるわけじゃない

 

 だけど、悪魔さえ癒やせる神器の存在を知って、教会の人たちの信仰が揺らぐ

 

 そのことが天界の力にまで関係してくるんだな

 

 ………………

 

 ……でもさ

 

 それって、アーシアが悪いわけじゃないよな?

 

 怪我をした相手が目の前にいたから助けた

 

 ただ、それだけなんだから

 

 俺がそう口にしようとした時、ミカエルさんが先に頷いた

 

「ですが、それはあくまで天界側の事情です」

 

 その声は、はっきりとしていた

 

「苦しむ者へ手を差し伸べたアーシアさんの善意を、否定してよい理由にはなりません」

 

 アーシアが小さく息を呑む

 

「私たちは《システム》を守ることに力を注ぐあまり、救うべき人へ十分な手を差し伸べられなかった、そのことを申し訳なく思っています」

 

「……ミカエルさん」

 

「一誠君、先ほどの疑問への答えになったでしょうか?」

 

「……はい」

 

 俺はゆっくりと頷いた

 

 正直、全部納得できたわけじゃない

 

 天界にどれほど大変な事情があったとしても、アーシアが受けた仕打ちまで正しかったと思うことはできない

 

 でも、ミカエルさん自身も、そのことを分かっている

 

 だからこそ、さっき道影(みちかげ)さんの謝罪に続いて、自分も頭を下げたんだろう

 

「……アーシアさん」

 

 ミカエルさんが改めてアーシアへ向き直った

 

「あなたの力は、人を救うための素晴らしい力です、その優しさまで失わないでください」

 

「……はい!」

 

 アーシアが目を潤ませながら頷いた

 

「私、今は本当に幸せなんです、辛いこともありましたけど、イッセーさんや部長さん、それに皆さんがいてくれますから」

 

 そう言って、俺たちを見渡す

 

「学校に通って、一緒にご飯を食べて、お話しして……毎日が、とても楽しいんです」

 

「それに、今の私には大切な家族もいますから」

 

 アーシアが少し照れくさそうに笑う

 

 ……ああ

 

 俺の父さんと母さんも、アーシアを本当の娘みたいに大切にしてるもんな

 

 むしろ最近、俺よりアーシアの方が可愛がられてる気がするけど

 

 ……まあ、あいつが喜んでるならいいか

 

「だから、私は大丈夫です」

 

「……そうですか」

 

 ミカエルさんも優しく微笑んだ

 

「それを聞けて、安心しました」

 

 ……うん、やっぱり、笑ってるアーシアが一番だな

 

─────────────────────────

 

「……ゼノヴィア」

 

 ミカエルさんが、今度はゼノヴィアへ顔を向けた

 

「はい、ミカエルさま」

 

 ゼノヴィアが姿勢を正す

 

「あなたにも、お伝えしておかなければなりません」

 

「承知しました」

 

「あなたは、神の不在を知ったことで教会を離れることになりましたね」

 

 ……ああ、ゼノヴィアも、そうだったな

 

 あいつはコカビエルから神さまがいないという事実を聞かされて、教会へ戻れなくなったんだ

 

「天界には、神が遺した《システム》と直接結び付く場所があります、教会本部のような中枢に近い場所も、その一つです」

 

 ミカエルさんが静かに続けた

 

「私たち熾天使と一部の上位天使を除き、神の不在を知った者がそうした中枢に近づけば、《システム》へ影響が及ぶ可能性があります、あなたを元の立場へ戻すことが難しかったのは、そのためでもあります」

 

 ……なるほど

 

 単に秘密を知ったから追い出したって話じゃなく、天界側にも簡単にはどうにもできない事情があったんだな

 

「ですが、あなたを苦しめたことに変わりはありません」

 

 ミカエルさんがゼノヴィアへ頭を下げた

 

「申し訳ありませんでした」

 

「……いえ」

 

 ゼノヴィアは僅かに目を見開いた後、静かに首を横に振る

 

「私は自分で考え、今の道を選びました、神が不在だと知った時は確かに動揺しましたが、今は後悔していません」

 

 ゼノヴィアは、俺たちへ視線を向けた

 

「今の私には仲間がいます、これからも、自分の選んだ道を歩んでいくつもりです」

 

「……そうですか」

 

 ミカエルさんが優しく微笑んだ

 

「ならば、私もその道を尊重したいと思います」

 

「ありがとうございます」

 

 ゼノヴィアが丁寧に頭を下げた

 

「それから、デュランダルについても確認しておきましょう」

 

 ……お、聖剣の話か

 

「引き続き、あなたにその力を預けたいと思います」

 

「……よろしいのですか?」

 

「はい、ただし、その力をどのように使うのか、十分に考えてください」

 

「承知しました」

 

 ゼノヴィアが頷いた

 

 ……うん、あいつなら大丈夫だろう

 

 少なくとも、以前よりずっと仲間のことを考えて戦うようになってるしな

 

 ……ただ、聖剣か

 

 昼前にハクがアスカロンを握った時のことを思い出すと、ちょっと複雑な気分になるぞ

 

『……相棒』

 

 ドライグの声が響いた

 

『……あの時のことは、もうよい』

 

 ……ああ、分かってるって

 

 お互い無事だったんだし、今は会談に集中しようぜ

 

─────────────────────────

 

「……それと、アーシア」

 

 今度はアザゼルが口を開いた

 

「は、はい!」

 

 アーシアが顔を上げる

 

「さっき大和の総大将からも話があったが、レイナーレの件については、俺からも言っておかなきゃならねぇ」

 

 ……そうだった

 

 道影(みちかげ)さんがアーシアへ謝罪した時、アザゼルも随分険しい顔をしてたもんな

 

「……アザゼル」

 

 俺は思わず口を開いていた

 

「俺も、あんたに聞きたいことがあるんだ」

 

「何だ、赤龍帝?」

 

「レイナーレは、あんたたちのところにいた堕天使なんだよな?」

 

「ああ」

 

「だったら、あいつがアーシアに何をしたかも知ってるんだよな?」

 

 アザゼルは、俺から目を逸らさなかった

 

「知ってる、報告は全部受けた」

 

「……そうか」

 

 俺はアーシアの方へ目を向けた

 

 あいつは少し心配そうにこちらを見ている

 

 ……大丈夫だ、アーシア

 

 今さら喧嘩を売ろうってわけじゃない

 

 でも、これだけは確認しておきたかったんだ

 

「アーシアは、レイナーレに騙されて神器を奪われた、それで一度命を落としたんだ」

 

「ああ」

 

「俺たちは助けるのに間に合わなかったんだ、部長が僧侶(ビショップ)の駒で悪魔として転生させてくれなかったら、アーシアは今ここにいなかった」

 

「……そうだな」

 

 アザゼルは静かに頷く

 

「俺が命じたわけじゃねぇ、だが、あいつが俺たちの側にいた堕天使だったことは事実だ」

 

 そのまま、アーシアへ向き直った

 

「俺の知らないところで起きたことだとしても、全部関係ねぇって顔をするつもりはない」

 

 アザゼルの声が低くなる

 

「レイナーレを止められなかったことについては、俺にも責任がある」

 

 そして、深く頭を下げた

 

「……すまなかった」

 

 会議室が静まり返った

 

「そ、そんな……! どうか頭を上げてください!」

 

 アーシアが慌てたように声を上げる

 

「アザゼルさんが命じたことではないんですよね? それに、私は今こうして元気ですから……!」

 

「……そうか」

 

 アザゼルがゆっくりと顔を上げた

 

「なら、その今の暮らしを大切にしてくれ」

 

「……はい!」

 

 アーシアが微笑んだ

 

 ……ああ

 

 俺は少しだけ、肩の力が抜けた気がした

 

 レイナーレがやったことを許せるわけじゃないし、アーシアを傷付けた事実も消えない

 

 でも、アザゼルがそれを軽く考えていないことは分かった

 

「ただ、一つだけ知っておいてほしいことがある」

 

 アザゼルが続けた

 

「俺たち堕天使が、神器の所有者を警戒すること自体には理由があるんだ」

 

「……理由?」

 

「ああ、神器の中には、とんでもねぇ力を持つものもある、持ち主がそれを制御できなければ、周囲の人間どころか世界にまで被害が及ぶ可能性がある」

 

 ……ああ、それは分かる

 

 俺の《赤龍帝の籠手》だって、使い方を間違えたら大変なことになるだろうし、ギャスパーの神器も、あいつ自身がずっと悩んできたくらいだ

 

「だから、俺たちは神器の所有者を調べてる、危険な力を持つ奴なら監視もするし、場合によっちゃ排除する判断を下すこともある」

 

 ……排除

 

 その言葉に、俺は思わず眉をひそめた

 

「……けど、アーシアは違うだろ?」

 

「分かってる」

 

 アザゼルが即座に答えた

 

「今の話を、レイナーレの言い訳にするつもりはねぇよ、アーシアが何をされたのか、それと神器所有者への対応が必要な場合があることは別の話だ」

 

 ……ああ、そういうことか

 

 神器の力が危険になることはある

 

 だから堕天使側も、それを無視できない

 

 でも、レイナーレがアーシアにしたことまで正当化されるわけじゃない

 

「……分かった、話してくれてありがとう、アザゼル」

 

「おう」

 

 アザゼルが短く頷いた

 

 こいつらと俺たちでは、これまでの立場も考え方も違う

 

 今日一日で全部を理解できるとは思わないけど、こうして話せるようになったのは、きっと大きな変化なんだろうな

 

─────────────────────────

 

「さて、ヴァーリ」

 

 アザゼルが今度は隣の銀髪の青年へ顔を向けた

 

「お前は、これからどうするつもりなんだ?」

 

「……何がだ?」

 

「力を手にして、何を望むかって話だよ」

 

 ヴァーリは少し考えた後、あっさりと答えた

 

「強い奴と戦いたい」

 

 ……うん、実にヴァーリらしい答えだな

 

「それは変わらない」

 

「お前は本当に、そればっかりだな」

 

 アザゼルが呆れたように息を吐いた

 

「悪いか?」

 

「悪いとは言わねぇよ、ただ世界を巻き込むような真似はするな」

 

「俺は戦争を起こしたいわけじゃない、強い奴と戦いたいだけだ」

 

 ……似ているようで、確かに違うのかもしれないな

 

「そういや、さっきの総大将には興味を持ってたんじゃねぇのか?」

 

 アザゼルが尋ねると、ヴァーリは僅かに口元を緩めた

 

「……興味はある、だが今すぐ戦おうとは思っていない」

 

「そいつは結構」

 

 アザゼルが肩をすくめる

 

「それに、今日、江留瑠羽(えるるぅ)に何を言われたか覚えてるだろ?」

 

「…………」

 

 ヴァーリが僅かに視線を逸らした

 

「……覚えている」

 

 ……ん?

 

 江留瑠羽(えるるぅ)さん?

 

 あの、アザゼルの奥さんの一人か

 

「戦うこと自体を止められたわけじゃない、ちゃんと帰ってこいと言われたんだ」

 

「ああ、そういうことだ」

 

 アザゼルが頷く

 

「お前がいなくなったら悲しむ奴がいる、それだけは忘れんなよ」

 

「……分かっているさ」

 

 ヴァーリは一度息を吐いた

 

「俺の望みは変わらない、だが自分の命を粗末にするつもりもない」

 

 ……おお

 

 こいつ、こんなことも言うんだな

 

 普段は強い奴と戦うことばかり考えてる印象だったけど、少しは自分が帰る場所のことも考えてるらしい

 

 ふとアザゼルの後ろへ目を向けると、久遠(くおん)が小さく微笑んでいた

 

 ヴァーリもそれに気付いたのか、一瞬だけそちらへ目を向ける

 

 ……何だか妙な雰囲気だな、あいつら

 

 まあ、昼間に色々あったんだろうな

 

「ま、約束を守るならいい」

 

 アザゼルが言った

 

「お前の生き方まで変えろとは言わねぇよ、ただ帰ってくる場所があることくらいは覚えておけ」

 

「……ああ」

 

 ヴァーリが短く頷いた

 

─────────────────────────

 

「さて、赤龍帝」

 

 アザゼルが今度は俺へ顔を向けた

 

「お前はどうしたい?」

 

「……俺っすか?」

 

「そうだ、お前はこれから何を望む?」

 

 ……どうしたい、か

 

 そう言われて、俺は思わず笑ってしまった

 

 何しろ、それについてはついこの前、ちゃんと考えたばかりなんだから

 

 ギャスパーと扉越しに話した、あの夜

 

 部長とアーシアに告白されたことをきっかけに、自分の夢って何なんだろうと考えた

 

 あの時、ようやく自分が本当に望んでいるものに気付いたんだ

 

「……俺は、友達や仲間、それから好きな人たちと、できるだけ長く一緒にいたいんです」

 

 アザゼルが興味深そうに目を細めた

 

「ほう?」

 

「一緒に笑って、馬鹿なことを言って、たまには喧嘩して……それでも次の日には、また同じ顔を見られる、そんな毎日が続いてほしいんです」

 

 ……うん、あの時ギャスパーに話したことと、何も変わってない

 

「だから、もっと強くなりたいんです」

 

「……なるほどな、それだけか?」

 

「いや、まだありますよ」

 

 俺は思わず笑った

 

「いつか、本気を出したハクに勝ちたいんです!」

 

 その言葉に、アザゼルが楽しそうに眉を上げた

 

「ほう、オシュトルにか?」

 

「はい! 幼馴染なんですけど、あいつは昔から滅茶苦茶強くて、何度挑んでも勝てなかったんです」

 

 俺はオシュトルへ視線を向けた

 

 仮面のせいで表情は分からないけど、何となくこっちを見ている気がする

 

 ……へへっ、驚いたか、ハク?

 

「いつか絶対に、本気を出させたうえで正面から勝ってやるつもりです!」

 

「ははっ、そいつは面白いな、いい目標じゃねぇか」

 

「ありがとうございます!」

 

 ……もちろん簡単じゃないってことは分かってる

 

 あいつ、今でも俺の知らない手札を山ほど持ってそうだしな

 

 でも、だからこそ勝ちたいんだ

 

「それに……」

 

 俺は少しだけ頭を掻いた

 

「女の子にモテたいってのも、まだありますけどね!」

 

「はははっ! お前らしいな!」

 

 アザゼルが声を上げて笑った

 

 ……いや、そりゃそうだろ!?

 

 可愛い女の子にモテたいってのは、昔からの夢なんだからさ!!

 

 ……まあ、最近、その辺りの事情も随分変わってきたんだけど

 

「ま、平和なら、そういうことも考えられるだろうな」

 

 アザゼルが笑いながら続けた

 

「戦争が始まったら、学校だって普通に通えなくなるかもしれねぇ、恋だの遊びだの言ってる場合でもなくなる」

 

 ………………

 

 ……ああ、そうか

 

 和平を結べば、学校へ通って、仲間と笑って、みんなで飯を食って、今までどおりの毎日を続けていける

 

 当たり前だと思っていた日常も、平和じゃなければ続かないんだよな

 

 それに――

 

 ふと部長へ目を向けた瞬間、あの日のことが頭をよぎった

 

 部長は俺のことを好きだと言ってくれた、あんなに綺麗な人が、俺にキスまでしてくれたんだ

 

 そしてアーシアも、家族としてだけじゃなく、一人の女の子として俺を好きだと言ってくれた

 

 しかも、自分からキスまでしてくれたんだよな

 

 ………………

 

 ……うおおおお!!

 

 思い出したら、また顔が熱くなってきた!!

 

 そのうえ部長は、アーシアに二人で俺に愛してもらおうなんて言ってたし!!

 

 ……いや、待てよ

 

 ということは、この先もずっと平和で、みんなと一緒にいられるなら

 

 俺はいつか、部長とも、アーシアとも……

 

 その……

 

 エッチだって、できるかもしれないんじゃないか!?

 

 ………………

 

 うおおおおおお!?!?

 

 ま、待て!! 落ち着け兵藤一誠!!

 

 まだ二人にちゃんと返事をしてないだろ!!

 

 ……いや、分かってる! 分かってるんだけど!!

 

 期待するなって方が無理なんだよぉぉぉ!!

 

『……相棒』

 

 ……何だよ、ドライグ!!

 

『……いや、何でもない』

 

 ………………

 

 ……くっ、何だか生温かい目で見られてる気がするぞ

 

 まあ、実際には神器の中だから目なんて見えないんだけどな!!

 

 俺は一度息を吐き、改めて部長とアーシアへ目を向けた

 

 二人からもらった気持ちに、まだ答えを出せていない、でも、だからといって軽く扱うつもりはない

 

 どうするのかは、ちゃんと自分で考えて決めなきゃならないんだ

 

 ……うん

 

 そのためにも、もっと強くなろう

 

 ハクにはいつか本気を出させて、正面から勝ってやる

 

 それから、女の子にモテたいって夢も、もちろん諦めるつもりはない!!

 

 でも、その前に――

 

 みんなと一緒にいられる、この毎日を守っていきたい

 

 俺は改めて、そう思った

 

side out イッセー




今回もお読みいただき、ありがとうございます!

ついに始まった三勢力会談。

アザゼルのまさかの家庭事情に、三勢力の首脳たちも驚くことに(笑)

そして、和平の話が進む中で突然現れた大和(やまと)の総大将。

……まさかのオシュトルが二人!?

しかもハク本人まで、父親の立場を知らなかったという……。

果たして、今回の会談を経て三勢力はどう変わっていくのでしょうか。

それでは、次回もよろしくお願いします!
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