Fate/Grand Order 【幕間の物語】聖女と天才物理学者 作:banjo-da
「キラキラキラキラ、輝『けー流星の如く!黄金の最強ゲーマー!ハイパームテキ!エグゼーイド!』
ノーコンティニューで、ヴィヴ・ラ・フランス!
時間は遡り、ジャンヌがお茶会に参加していた時の事……。
「そういえばマスター。マスターには気になる殿方はいらっしゃるのかしら?」
何気無く問い掛けたのは、世界で最も有名なフランス王妃と言っても過言では無い少女───マリー・アントワネット。
ニコニコしながら微笑み掛けられ、立香は思わず動揺して噎せてしまう。
「ゴッホ…はぁ…。と、突然どうしたのマリー…?」
「あら、ごめんなさい!そうね…別に特別な理由が有るワケでは無いの。────ただね?マスターも年頃の女の子だし…こうして女の子同士集まって、お茶とお喋りをしているのだもの!恋のお話をするのも楽しそうかな、って!」
期待に目を輝かせる彼女を前に、然し立香は答えに詰まる。
確かにカルデア所属のサーヴァント達は、立香から見ても魅力的な男性は多い。
サーヴァントに限らず、ロマニを始めとする職員は良い人ばかりだし、ここに来る前に通っていた学校で憧れの先輩も居たりはしたけれど…。
「うーん…今の所は居ないかな…?皆異性として…というより、大事な仲間って気持ちが強いし。
─────マシュはどう?」
迷った挙げ句、可愛い後輩に丸投げする事にした。
「───え!?え、いや、その…えーと…!」
突然のキラーパスに対応しきれず、あたふたするマシュ。
生真面目な彼女は困り顔で考え込んでしまう。
暫しの沈黙。一分程経過した頃、彼女は恥ずかしそうに目を伏せながら口を開いた。
「私は……正直な所、そういった感情は未だよく分かりません。毎日を病室で過ごしていた私にとって、先輩と出会ってからの日々は…知らなかった事の連続で。
────ですから、先輩の力になりたいとは思いますし、先輩や皆さんの事はとても大切に思っています。」
顔を上げて、気恥ずかしそうにマシュははにかんだ笑みを浮かべる。
「これが恋…かどうかは分かりませんが。すみません、きちんとお答え出来なくて。」
「「「可愛い…。」」」
「皆さん!?」
純真無垢な後輩の姿に、立香もマリーもジャンヌも母性を擽られた。
それはさておき。立香、マシュと来れば、当然の様にジャンヌにも順番が回って来る。
「さあジャンヌ、次は貴女の番ね!私、ジャンヌのお話も聞きたいわ!」
「わ、私…ですか?」
勢い良く身を乗り出すマリーに、ジャンヌは困惑気味だ。
生前、幼い頃は家族の為に───そして彼女の言う"年頃"には、既に神に仕える者として尽くしてきたジャンヌに、そういった感情はよく分からない。
誰かと一緒になる、といった事に憧れを抱いた事も無い。
ただ……。
「すみません…マリー。私も、恋…という気持ちはよく分からないのです。……けれど、私とは違う私が恋をした…そんな記録なら有ります。」
マリーに問われた時、真っ先に浮かんだのは一人の少年の顔。
儚く、弱く、けれど強い───生まれたての子供と同じ存在だった筈なのに、最後は自らの手で運命を切り開いたホムンクルスの少年。
カルデアに召喚された彼女は、彼に恋をした
その記憶は、思いは、大切なものとして自らの霊基の深い所に刻まれている。
「と言っても、名前も…どんな話をしたのかも思い出せないのですけれどね。それでも、その
「まぁ…!素敵ね、とっても素敵だわ!なら何時の日か、その彼と再会出来たら素敵だと思うの!」
うっとりとジャンヌの話に聞き入っていたマリーは、自分の事の様に嬉しそうな顔をする。
けれど、そんな彼女に対しジャンヌは首を横に振った。
「いいえ…それは、その想いは…紛れも無く"彼女"だけの物。私はそれを大切にしたい…だから。彼女と彼の幸福こそ願えど、今の私が彼と再会する…という願いは抱いてはいません。」
だからこそ、今の彼女には恋は分からない。
そう締め括って、彼女は小さく笑って見せた。
「そう…。なら、今のジャンヌは今のジャンヌで、心から大切にしたい誰かに会えると良いわね!」
「うんうん、ジャンヌ可愛いし!料理上手だし優しいし、でも時々不器用だし…私が男の子だったら好きになっちゃいそう!」
「ま、マリー!?マスターも…!?え、ええと…マシュさん、これはどうすれば…!」
思わぬ急展開に、先程以上に混乱する。助けを求められたマシュも、自身の処理能力を越えてしまったらしく言葉を詰まらせていた。
「ねぇねぇ!ジャンヌは、どんな方が好みなのかしら!?優しい方?強い方?誠実な方?それとも────」
「失礼。女性陣ばかりの所に邪魔をして済まないが…砂糖がもう残っていなかったのを思い出してね。替えを用意してきた。」
盛上がるマリーの横から、角砂糖の入った器を持ったエミヤが現れる。
思わぬ救いの手に、ジャンヌはホッと安堵の息を漏らす。
「あ、オカン。ねぇねぇ、オカンはどんな女の子が好き?」
「マスター、私をオカンと呼ぶのは止めろと言った筈だ。大体私はその様な事に興味は…。」
「ふふっ…エミヤさんは、アルトリアさんと話す時には優しい声になっているわよね?」
「そうだったのですか?私はてっきり、女神イシュタルと…。」
無垢な少女達からの思わぬ集中砲火。
にやにやと愉悦の笑みを向けてくる立香に渋い顔を浮かべ、呆れた様な声音で返す。
「……断じてその様な事は無い。彼女らとは少し縁が有ったものでね…精々その程度…。
─────ん?マスター、砂糖は切らしていた筈だが…その器は何だ?」
少女達を軽くあしらっていたエミヤの視線が、不意にテーブルへ置かれた一つの器を捉える。
問われ、立香もまた首を傾げた。
「これ?そういえば、これだけ最初から有ったような…マシュ、知ってる?」
「いえ。私も、エミヤさんやブーディカさんが用意して下さったものだとばかり…。」
何かもう既に嫌な予感がする。
「……聞くが、それを口にした者は居るかね?」
「私が、お砂糖だと思ってお茶に…味も普通のお砂糖と変わり無かったので、そのまま飲んでしまいましたが……あら?」
エミヤの問いに答えるジャンヌだが、少し様子がおかしい。
その目は何処か虚ろで、船を漕ぐみたいに全身が小さく揺れている。
「ジャンヌ…?おーい、ジャンヌ!?」
「ます、た…何だか私…少し、眠く……きゅう。」
彼女はそのままテーブルの上で眠りに就いてしまった。
その場の全員が混乱する中、それだけでは終わらない。
すやすやと眠る彼女の肉体が、まるで霊体化や消滅時の如く光の粒子へと還り始める。
「ジャンヌ!?」
慌てて立香が肩を揺するも効果は無く、彼女の霊基の粒子化は止まらない。
一瞬にして張り詰める空気。
それを破ったのは、一人の男の声だった。
「────おや。こんな所に在ったのですか…。」
振り返れば、そこには白衣を身に付け物憂げな顔をした長髪の男性の姿。
「所で…マスター。それに皆様も…お揃いで一体どうされたのですか?」
不思議そうに問い掛けながら、彼は立香らの座る席へと近付いて行き。
キョトン、と頭上に疑問符を浮かべながら、テーブルに置かれた器へと手を伸ばし────。
「……ホーエンハイム。一つ聞くが、それは何だ?」
「私の開発した薬の試作品です。効能は、"一粒飲むだけで特異点へと御案内!但し何処に飛ぶかは貴女の運次第"……というものです。」
「クソッ!また頭の痛くなる様なイベントの火種になりかねん物を作りおって…!」
場所を移してカルデア内のミーティングルーム。
あっという間に捕縛されたパラケルススへの取り調べの結果、ジャンヌが口にした薬の効果により"何処かの特異点へと強制転移させられた"という事が発覚。
不幸中の幸いにも、他に口にした者はおらず。
また、彼女のマスターである立香は無事であった為、立香とジャンヌが交わした契約のレイラインを辿って彼女の居場所をおおよそ補足する事が出来たのだった。
◆
『……というワケでして。』
「いやどんなワケだよ。」
立香からの説明に戦兎は頭を抱え、ジャンヌは恥ずかしそうに顔を背けていた。
「────まあ…そっちでジャンヌの居場所が分かったなら、連れて帰る事は可能だろ?色々頭は痛いが、結果オーライなんじゃないか。」
頭の痛くなる話ではあったが、結果的に彼女が帰れるのならそれはそれで悪い話では無い。
だが戦兎の提案に対し、ロマニは申し訳無さそうに否定する。
『それは難しい…。さっきも言った通り、特異点化の影響なのかその地点の特定が困難なんだ。』
『多分、聖杯かそれに匹敵する何かを用いたせいなんだろうけど…君達の居る地点周辺の時空が妙に歪んでいてね。立香ちゃんとのレイラインを参考に強引に通信を繋いでこそいるものの、無理に彼女をこっちに転送しようとしたら、時空の歪みに巻き込まれて違う場所に迷い込みかねない。』
「だったら、立香をこっちに送って連れて帰らせるのは?」
ならばと代替案を提示する。だが、それに対しても彼等が首を縦に振る事は無かった。
『それは僕らも考えた。ジャンヌの救出は勿論の事、特異点を放置しておくワケにもいかない。立香ちゃんをそっちに送って、特異点を攻略…そうして時空の歪みを改善した上で二人を回収する。そのプランで最初は動いていたんだけど…。』
「なら…!」
『結局の所、前提として立香ちゃんをレイシフトで送り込む段階で事故が発生する可能性の方が高い。そうなったら今度こそお手上げだ。』
次々に潰えていく可能性。
彼等としても苦渋の決断だったのだろう。心底悔しそうに告げるロマニを前に、戦兎も押し黙る。
ならどうするべきか───戦兎は目を瞑り、思考をフル回転させた。
「…私の事は大丈夫です。マスターのお力に成れない事は心残りですが…今は人理焼却という大事の前。こちらに時間を割くより、次の特異点攻略に力を尽くして下さい。」
『何を言うんだ!僕達も今、全力を尽くして君達の居る地点を特定中だ。幸いルーマニアという場所は判明している…時間は掛かるが、必ず見付け出す。その上で、戦兎くんを元の世界へ戻す算段も……。』
「──────一つ教えて下さい。」
ロマニの言葉を遮り、戦兎は問い掛ける。
「俺達が出会った魔獣…あれも特異点化って現象の影響ですか?」
突拍子もない質問にロマニとダヴィンチちゃんは顔を見合せ。少し思案した後、ダヴィンチちゃんがゆっくりと口を開く。
『……魔獣の全てが特異点化の影響と断定は出来ないが…可能性としては大きい。元々魔獣は魔術と同じ様に神秘の存在。神話の世界では普通に存在している魔獣が、現代では空想の存在と化しているのはそのせいさ。』
「つまり、ここがルーマニアだからとかは関係無くて。魔獣は本来、普通には存在しないと?」
『そういう事だね。"幽霊の正体見たり枯れ尾花"なんて言葉が有るけれど…現代において、神秘は本当に多くが暴かれた。神秘に満ちた錬金術に取って代わり化学が発展し、ゴーレムはより高性能なロボットにその座を譲って。信仰を失われた神々は力を失い、幽霊はプラズマによる発火だとか、魔獣は狂犬病に感染した動物だとか…様々な理屈付けが為された。
真実かどうかは重要じゃない。神秘ってのは、信じられているかどうかがその力の源だから。
────つまり、だ。君達が居ると考えられる年代的に、魔獣が人里近くに自然発生する可能性は極めて低い。勿論、魔術師が人為的に発生させた可能性もゼロでは無いけれど…彼等は基本的に神秘の秘匿に努める。そう易々と産み出した魔獣を放置するとは考えにくい。』
「そっか…。────なら、方針は一つだな。」
ダヴィンチちゃんの説明を一通り聞き終えた戦兎は、先の思案顔から一転。曇りの無い、決意に満ちた表情で告げる。
「この特異点の問題を解消すれば、ジャンヌをそっちに帰せるかもしれないんですよね?だったら簡単だ。────俺が彼女と一緒に、この特異点を攻略します。」
迷いの無い、力強い言葉。
桐生戦兎の新たなる戦いの幕が開けた。
◆
「戦兎さん!」
あの通信の後。私は彼に聞きたい事が有って、前を歩く彼の背中へと呼び掛ける。
「おー、どした?」
「さっきの話…戦兎さんは、何故あんな事を?」
「あんな事?」
本気で不思議そうな彼の表情からして、彼にはその自覚すら無いのでしょう。
けれど、だからこそ私は知りたかった。
「特異点の攻略を引き受ける…って話です。」
「ああ、あれか。……別にそんなおかしな事でも無いだろ?そうしたらジャンヌが帰れるかもしれないんだから。」
彼の言葉には嘘偽りは無く。けれど、その言葉に彼自身に関しては含まれていない。
如何に戦う力を持っていても、彼がそれを使うかどうかは別の話。この特異点を攻略する事に対して、彼には何のメリットも無いのだから。
「ですが、それはあくまで私の話。戦兎さんの場合、特異点を攻略した所で帰れるかどうかは───」
私の言葉を遮る様に、人差し指を突き付けられる。
「分かって無いなぁ~。見返りを期待して人助けしてちゃ、正義のヒーロー失格でしょうが?」
彼の発言に、私は言葉を失う。
軽い調子で言っているし、その内容も端からみれば酷く能天気なものにしか聞こえない。
けれど、私には分かった。このお調子者な天才の言葉は、紛れもない本心なのだと。
「俺の事は俺自身で何とかするさ。無一文で見知らぬ世界に放り出されるのは初めてじゃないんでね。───ほら、俺って天ッッッ才だし?」
「……どうして、そこまでして?」
「さっきの話、聞いただろ?あの魔獣も特異点化した事が原因なら、あの子みたいに襲われる人が居るのかもしれない。なら、黙って見過ごす道理は無い。」
朗らかな笑顔から一転、真剣そのものといった顔付きへと変わる彼。
そんな彼に何と声を掛けたものかと思案していると…。
「逆に聞くけどさ?ジャンヌはどうしてフランスを救おうと思ったの?今も何で立香達と一緒に戦ってるワケ?」
逆に問われてしまい、私は言葉に詰まる。
「君が戦うのは、自分にメリットが有るからなのか?厚待遇とか見返りを期待して、その旗を振ってるのか?」
「───ッ!!違います!私は…主の声に…。そして私自身の正しいと思う声に従って…その為に戦っています。」
「だろ?」
絞り出す様な私の答え。
それを聞いた彼は、満足そうに微笑んだ。
「俺の顔さ、くしゃってなるんだよ。」
「─────え?」
唐突な話の転換に戸惑い、思わず聞き返してしまう。
そんな私に彼は、自分の顔を指差しながら語り始めました。
「人助けをして心から嬉しくなると、つい。ま……変身中はマスクの下で見えねーけどな。
───俺が戦うのは、目の前の人達を救うため。どんなに困難な道のりでも、俺は俺が信じる正義の為に戦う。だから俺は、この特異点を攻略する事を選んだ。」
そう言って、彼は私の肩を叩くと。
「ここの人達を救って、君も帰るべき場所に帰して。愛と平和のヒーローからしたら、この話は良い事尽くしってワケですよ。────さて、行くぞ?まずは寝床を確保しないとな。」
どう答えて良いのか悩む私の脇を抜け、上機嫌そうに歩き始めたのでした。
神風魔法少女ジャンヌ、あのあざとさ好き。
実装はよ。