ムルタ・アズラエル滅殺RTA ブーステッドマンチャート 作:ちゅーに菌
(淫夢要素は)ないです。
前々回の感想を途中から返し切って無かった事に今さっき気づいたのでなるべく早く返しますのでゆるしてください! なんry)
これを日常回と言い張る勇気。
キラは目を覚ますとアークエンジェルのベッドの狭く暗い天井とは似ても似つかない、明るく広い木造の天井を見つめている事に気付いた。
「ここは……」
寝惚け眼を擦りつつ、ボヤけた頭を徐々に覚醒させながら周囲に目を配る。
まず、キラが寝ている物は布団と呼ばれるアジア圏で親しまれる寝具であり、着ている服装は浴衣という日本やオーブ連合で親しまれる寝間着であろう。
そして、視線を少し広げて見れば、部屋の一面には草から作る床板である畳と呼ばれるものが敷いてあり、隣に浴衣を着崩した姿のクローセルがおり、他にも風と光を取り入れる造りである横開きの扉の障子や襖が並んでいた。更に開いた障子の外の窓ガラスの外には、細やかな自然とやや人工的な渓流にも見える小川が広がっていた。
どうやら"和風"な場所にキラはいるようである。
(えっ……?)
しかし、今しがた見過ごせないモノが視界を通った事に気づき、眠気が吹き飛んだキラは、隣の布団の上に正座でちょこんと座りながら、浴衣の片側の肩を落ちそうで落ちない様子で着崩し、"真顔で笑みを浮かべていない"クローセルの姿を見据えた。
するとクローセルは、口元にほんの少しだけ笑みを浮かべて、安堵したような微笑ましいモノを見るような柔らかな視線で目を細めると口を開く。
「おハロー」
思わず、キラは呆けた表情でマジマジと奇妙な鳴き声を上げたクローセルを見つめる。暫く見ていると、伝わっていないと思ったのか、彼女は不満げに目を三角にする。
「日本のおはようという挨拶と、ハローを合わせて見たんですよぉ。これは流行りますねぇ」
「あっ……ははっ、そうなんだ……」
キラはそれだけ答えるのが精一杯であった。寝惚けているのか何故クローセルと二人でこうしてここにいるのかまるでわからない。これは嘘のような夢のようで、ふわふわと漂う現実のように奇妙で要領の得ないものに思えた。
「んー……? なんか
するとキラの反応に疑問を抱いたのか、クローセルはそんなことを呟きながら首を傾げてじっと見つめてくる。
そのとき、ようやくキラはクローセルの違和感に気付いた。
「あれ……? 髪伸ばしたんですか?」
「髪……? まだ寝惚けているんですかぁ? うふふ、変なキラくん」
クローセルは座ったまま身体を乗り出してキラに近付くと、彼女自身のフレイ・アルスターと同じ程度の長さにまで伸びている金髪をそっと手で撫でる。それはウィッグなどではなく、彼女のものであろう。
髪は一年で約15cm伸びると言われている。それを考えれば見慣れた髪型から2~3年は過ぎていると思われるが定かではない。しかし、それを始めこそ疑問に考えたキラであったが、不思議と直ぐにそのようなものであったと納得した。
「婚約した時から伸ばし始めたじゃないですか……ね? あ・な・た」
そう言うとクローセルは左手を掲げ、キラに見えるように手の甲を向ける。そこには小さいながら彼女を表すように血のように真っ赤な宝石があしらわれたシルバーリングが薬指に嵌められていた。
それにより、キラは心底驚くが、表情に出す前にそう言えばそういうものだったと納得し、もどかしさや気恥ずかしさの方が勝って顔を赤くする。
「うふっ、なんだか今日のあなたは昔に戻ったみたいです。あなた……あなた……うーん、やっぱりまだ慣れませんねぇ。キラくん」
するとクローセルは布団の上で、正座のまま膝を動かしてキラに詰め寄る。それからキラと目を合わせたまま、どことなく嬉しそうな何とも言えない笑みを口元に浮かべると口を開いた。
「それはそうと朝のお約束です」
そう言うとクローセルは見慣れた笑顔になり、座ったままキラへ両手を広げ、こっちへ来てと言わんばかりに歓迎するような仕草を取る。
「ハグハグ」
そして、そんなことを呟きつつ、クローセルは両腕と身体を少し上下にぴょんぴょんと動かして見せ、口を開けて完全に固まっているキラに催促を促した。
しかし、キラは驚きとは裏腹に何故かしなければならないという観念を覚え、自らクローセルを正面から抱き寄せる。
「……………………ああ、今日も私は生きていますね」
すると確りと全身を抱き締められたクローセルはポツリと呟く。
強く抱き締めているせいで、キラは彼女の顔を見ることは叶わないが、彼女がどのような表情をしているのかは、見なくともわかるような気がした。
◇◇◇
「やだねったら やだね~♪ やだねったら やだね~♪」
宿泊していた旅館に備え付けてあった外用の浴衣を着て、二人は外を歩いている。
見れば温泉施設が多いのか、至るところから湯気が立ち登り、二人が歩いている街に流れる川沿いの街並みもそれに準じた和風の建築様式が取られていた。
また、クローセルは余ほどに機嫌が良いのか、クルクルと回転しつつ楽しそうに歌を歌っており、"こういうところが妹に似てるなぁ……"等と染々考えている。
「その歌、どうしたの?」
「精神病院でよく話す患者さんがいつもカラオケで歌ってるんですよぉ。デイケアではなくて、外来に行ってOT室で話す方の方ですねぇ」
ブー■□□ッ■□ン、精神刺激薬精神病、ハームリダクション。精神病院に掛かっているクローセルについて、無意識にキラはそんな単語が思い浮かんだ。
尤も全て彼女にとって必要なことであり、それによって安定しているため、こうして旅行に来れているのだから今考える必要もない事とキラは思考から消す。
「うふふ、今日は"くろたまご"を食べに行きましょう? ひとつ食べると寿命が一年伸びるらしいですよぉ。私にピッタリですねぇ」
「あ、あはは……そうだね」
クローセルの自虐と皮肉たっぷりの言葉により、キラはぎこちない笑いを返すばかりであったが、彼女の方はそんな困った顔の様子の彼を見て、粘つくような微笑みを浮かべている。
しかし、ある瞬間にクローセルは小さく溜め息を吐くと、愛しくもどうしようもないモノを見るような何とも言えない表情と視線を向ける。やはり、そこに見慣れた彼女の笑みは浮かんではいなかったが、何故かキラはそれが堪らなく嬉しく感じた。
「ホント……あなたはモノ好きで酷い人ですねぇ」
そう呟いたクローセルはピタリと歩くのを止める。
そして、それに続いて足を止めて、彼女の方を向いたキラに対して彼女は脈絡なく正面から抱き着き、身体を接触させながらも二人の顔と顔が向かい合う形となった。
「元から欠陥品な上、ぐしゃぐしゃに壊れた玩具をわざわざ無意味に治そうとして……また私に生きる苦痛を与えるだなんて――許せない」
クローセルのその表情は酷く歪み、憎悪と言ってしまえるほど狂おしい熱を視線に宿していた。しかし、それと同時に彼女の手つきは余りに優しく、そっと割れ物を扱うようにキラへ身体を預けており、その二つの差が余りに大きく他人が見れば驚くような態度であろう。
しかし、キラは酷く嬉しげに笑みを浮かべて、そっと彼女を抱き寄せた。今度こそ離さぬようにと、逝ってしまわぬようにと彼は人目も憚らず、彼女を抱き締める。
それによって、彼の頭の横にクローセルの顔が来たため、表情を伺うことは叶わなくなった。だが、彼がそれを見る必要は既にない事は誰よりも彼自身が知っていたのだ。
「でも……もの好きでよかった……よかった……」
その呟きは余りにも小さく、何故か声に震えを含んでおり、昔はあれだけ大きく思えた女性の姿が酷く小さく思えた。
それだけで彼にとっては十分過ぎたのだ。
◇◆◇◆◇◆
ふとキラが目を覚ますと、寝惚けた頭で酷く朧気だが良い夢を見ていたことを思い出す。
もう一度、同じ夢の続きを見たいと考え、夢の内容を思い出そうとするが霞がかかったようにハッキリとせず、直ぐになぜ夢を思い出そうとするのか馬鹿らしくなり、彼は目を凝らして周りを見る。
「おはようございます、キラくん」
「………………えっ? おっ、おはよう……ございます」
すると一糸纏わぬ姿で頬杖を突きつつ、いつも通りの優しげな満面の笑みを浮かべているクローセルがキラを眺めていた。
彼女と挨拶を交わすと共に、辺りを更に見回すと、ここはクローセルの部屋のベッドであり、昨日何をしていたか直ぐに思い当たる。
「すぅ……すぅ……」
「あっ、フレイ……」
そして、自分を挟んで、クローセルの逆側を見れば、同じく生まれたままの姿で小さく寝息を立てるフレイ・アルスターの姿があった。
どうやらひとつのベッドでキラを中心に三人は川の字で寝ていたらしい。まあ、裸の男女が三人で何をしていたのかなど考えるまでもないだろう。
キラとしてはフレイとクローセルの仲が意外に良く。こうして三人で閨を共にする提案を女性の二人からされたため、このような結果になっているのだが、キラとしては何とも言えない居心地の悪さを感じている。
「うふふ、まだ寝惚けた顔ですねぇ。アフリカを抜けたアークエンジェルが航路をオーブ連合へ向けて海を渡っていることからお話しましょうか? それともぉ……三人で寝た経緯でも一緒に思い出しますか?」
「だ、大丈夫です……!」
体ごと寄せて、キラに近寄ってきたクローセルに彼は顔を赤くする。そんな様子を見て、ゾクゾクと表情を綻ばせていた。
「そうですか。それより、どんな良い夢だったのですか?」
「よくは覚えていませんが、とてもとても……楽しい夢だった気がします」
「そうですか……まあ、それならよかったですね」
すると何故か珍しく夢の内容を聞いてきたためにキラが答えると、クローセルは相変わらずの笑みを浮かべつつも何処と無くつまらなそうな表情に変わる。
「まあ、夢とは決して叶わないから夢です。眠っている時に見るそれも、現実のそれもさして違いはありません。だって、眠っている夢は言わずもがなですが、現実では叶ってしまったらそれは夢だった何かになり、また新たな夢を見つけるものでしょう?」
尤もその表情の変化は微々たるものであり、クローセルをかなり気に掛けていなければ気付くことすらないであろう。
まあ、相変わらず歯に衣着せぬ言動も取り始めるため、意味のない気づきとも言えるが、少しだけキラは彼女の感情を読み取れるようになっている気がし、少しだけ嬉しく感じていた。
「だから夢とは雲を掴むために愚かに足掻き続ける尽きぬ欲そのものを言うのですよ。夢、希望、願い、野望、欲望、理想、祈り、呪い……全て名を変えただけの同じものです。ホント、下らないですよねぇ」
クローセルらしい夢も救いもない考えだとキラは思う。基本的に彼女にとって、世界というものは色褪せてくすんでいるモノなのかも知れないとも考え、何とも言えない気分になる。
「ところで話は変わりますが、死の受容までの段階を知っていますか?」
「死の受容ですか……?」
夢から唐突に話が飛躍したため、キラは疑問符を浮かべる。言動はかなり問題の目立つクローセルだが、基本的に話の筋は通っていることが多いため、彼は不思議に感じていた。
するとクローセルは右手をキラに見えるように掲げて、五指をピンと伸ばしながら彼女の独白が始まる。
「まず、否認。自身の命が危険なことに衝撃を受けると共に、その事実を否認あるいは逃避します」
そして、最初に親指を折る。
「次に怒り。自身が死ぬ事実を認識し、死に選ばれたことに強い反発を覚えます。なぜ、自分が……とね」
クローセルは小さく笑いながら、二番目に小指を折った。
「そして、取引。信仰心の有無に関わらず、死を消して欲しい、遅らせて欲しいと顔も知らぬ神にすがります」
三番目に薬指を折り、それを親指で止めた。それによってピースサインの形に指が残る。
「更に抑うつ。何をしても、神に願おうと無駄だということを頭で悟るのです」
四番目に中指を折り込み、最後に人差し指だけが残った。それを畳まずに小さく左右に振るうと、最後の五番目の段階を呟く。
「最後に受容。それまでの死の拒絶や回避を止め、自身の人生の終わりを静かに見つめれるようになる。これが、死の受容に至る大まかなプロセスと言われています。そして、怒りから受容に至るまで、希望を抱き続けてもいるそうですね」
そう言うとクローセルは右手を下ろさず、疑問を提起するように人差し指を少し傾ける仕草をすると、また別の話題をキラに振る。
「それを踏まえて……人間はなぜ戦争をすると思いますか? あるいはなぜ戦争が終わらないと思いますか?」
「え……?」
それはキラがバルトフェルドと戦ってから、終ぞ答えが出ることがなく、有耶無耶にしつつも直視しなければならない現実そのものであり、彼の大きな苦悩のひとつでもあった。
「いえ、バルトフェルドさんとの対話では、結局のところ、答えらしい答えは出ていなかったようなので、私なりの答えを参考までにお教えしようと思いましてね。キラくんも最近、何やら悩んでるようですし。お邪魔ですか?」
「あっ、いえ、そういうわけでは……」
キラはクローセルに見透かされたように感じていたために煮え切らない態度だが、彼女はそれを肯定と受け取ったようで次なる独白が始まる。
「過去の教訓を知っているでしょう。戦争が後世で愚かだと伝えられていることもわかっているでしょう。利益だけを求めて疲弊し切る事も明白でしょう」
するとクローセルは片手の一本ずつ指を立てて行き、その毎に疑問を提起し、最終的に指は三本立つ。
「一部の権力者が無理矢理戦争を起こしているから? 輝かしいと誤認した誰かに煽動されたから? 隣の友達も戦争へ行くから? 違う……ええ、違います」
クローセルは自身で提示した疑問を自身で否定していく。そして、にっこりと笑みを浮かべると子に問い掛ける親のように優しげな表情でキラに囁いた。
「それはねキラくん。人間が自分の事を永遠だと思っているからですよ」
「永遠……?」
「ええ、そうです。不死身と言い換えても構いません」
永遠に不死身。神というものを鼻で嗤いそうな人間の最たる例であるクローセルの口から、まるで宗教観のような言葉が飛び出し始めた事が意外だったため、キラは目を丸くしたが、笑みを浮かべている彼女の瞳に嘘や冗談の色は無かった。
「本当の死に直面するまで人間誰しもが……まさか、自分が死ぬだなんて微塵も考えてさえいないからですよ。昨日があり、今日があり、明日がある。そして、その次もその次もその次もその次もその次も……必ず自身の未来があると……永遠であると考えているからです」
「それが永遠……?」
「キラくん。へリオポリスで何不自由なく過ごせていた頃のあなたもきっとそうでしょう? 死ぬだなんて、微塵も考えてさえいなかった筈です。昨日と同じ明日がまた来ると……疑問にも思わなかった筈でしょうね。それが永遠ですよ」
「それは……」
それは永遠と言うよりも、無垢に当然の明日を見据える人間なら誰しもが持つ輝きその物の事であろう。
と言うよりも普通ならば一考もしないような事だ。ましてや、キラはまだ16歳の"未来ある"若者。彼のような子供に死生観を見つめろと言う方が無理があるというものだ。
だが、クローセルの妖しく暗い瞳は口ごもるキラの様子を眺めつつ、彼の首に絡み付くようにそっと手を回すと、優しげに抱き締めるような甘い口調で囁かれた。
「何も恥じることはありません。人間、誰しもがそうですもの。結局、そう思っていなければ戦争どころか、銃すら持てませんものね? 本当に命が惜しければ、全てを捨てて逃げることなんて簡単な事でしょう? その選択を……誰だって出来る筈……出来た筈なんですから……」
その直後、キラの首に掛けられたクローセルの腕の力が強張るように強まったことが、触れた感触を通して彼に伝わる。
そして、クローセルの表情は笑みのまま明らかな憎悪に歪み、笑みにより細く開かれていたその瞳は、大きく見開かれると共に焼け付くような熱と怨嗟を宿す。
「だからこそ私は――――――許せないっ!!!」
それはまるでオセロの表と裏のように感情が反転したようにさえ思え、クローセル・レヴィアタンという人間の暗く深く凍てついた底が確かに見えたようにキラは感じた。
「永遠だと思い上がった連中も……! 不死身だと思い込んだ連中も……! そして、命を賭けて何かを護るだなんて下らないプライドに溺れる連中も……!」
「――――――っ!?」
思わずキラはクローセルの血を吐くような怒りを含む異様な叫びに身を萎縮する。それは何も彼女の瞳が戦闘時と同じ色を宿していたからだけではなく、彼女が告げる対象に彼自身も含まれている事に気がついたからであろう。
そして、クローセルは急に表情を戻すと言葉を止めて目を伏せる。前髪により、彼女の瞳が隠れたためにどのような表情をしているのかは、キラから見受けられないが、少なくとも直前にあった憎悪はどこにも見当たらなかった。
そして、唇だけが震え、ポツリと言葉を吐く。
「――なんでもっと……命すら大切に出来ないんですか……」
それはこれまでキラが聞いてきたクローセルの声色の中で、最も低く恐ろしく小さな声で、それでいて人間味があるように何故か感じられた。
「だから私は……私の前に立つ者を全て殺せるんです。だって、私は……私以外の何もかもが憎くて憎くて憎くて……許せないんですもの……うふふ……アハハハハ――」
伏せられていた顔を再び上げたクローセルの瞳は、やはり戦闘中と同じ狂気的な色を宿していたが、ふとした瞬間に急にそれが落ちつく。
そして、ニコリと表情を見慣れた笑顔に戻すと、冗談めいた様子でキラに語り掛ける。
「――おっと、すいません。少し興奮し過ぎてしましましたね。頭を冷やすついでにキラくんとフレイちゃんの朝食を取って来ますので、少しだけ待っていてくださいね?」
「ひとつだけ……聞かせてくれませんか?」
「はい、なんなりとどうぞ」
ベッドから既に立ち上がり、簡単に服を着替えているクローセルの背に向けて、キラは常々疑問には感じていた事を問い掛けた。
「どうして……クローセルさんはいつも笑っているんですか?」
「…………? どうしてって、それは笑っていた方が得だからですね。笑っていないと何も始まらないからですよ」
そう言うとクルリとクローセルはキラの方に振り向き、日溜まりのようないつもの笑みを浮かべると共に、両手の人差し指で自身の口角をキュッと持ち上げて見せる。
そんな女性らしい愛らしさに溢れ、思わず相手も笑みを溢してしまうような動作を終えてから更に口を開いた。
「最初は……笑っていた方が両親から殴ったり、蹴られたりされなかったせいだと思います。それが次第に生きていくうちに……苦悶や憎悪に満ちた顔より、笑顔の方が加虐的な相手の興味を早く失わせられたり。相手から同情や優しさを引き出すのに使えたりする事を知ったからですかね?」
そう言うとクローセルは相変わらずの笑みで、片手を自身の口に当てつつクスリと小さな笑い声を漏らす。その動作はやはり呆れるほどに見る者へ安堵を与えるような優しげなものであった。
「うふふ……ふふふ……あれ? なら今はなんで私、笑っているんでしょうねぇ? うーん……考えたことなかったですよ。とりあえず、朝食を持ってきますねぇ」
着替えを終えたクローセルは、冗談めいた様子で朗らかで人当たりの良い笑みを溢す。そして、そのまま軽く会釈をして部屋から退出していった。
その背を見えなくなるまでキラは目で追い、結局なにも言うことが出来なかった事と、正しくもないが決して間違いでもないクローセルの言葉を彼は思い返す。
「……………………あの人は……」
それと同時に彼女の笑みはこれまで決して笑おうとして笑っていたのではない事にも気付かされる。
クローセル・レヴィアタンは紛れもなく間違っている。しかし、彼女を正すような言葉も確固たる意思も今のキラは持ち合わせておらず、結局様々な想いを胸に秘めながら、またキラはクローセルに溺れるのであろう。
おかしいと、狂っていると、間違いだと思っていようとも彼女は今のキラの心の支えであり、彼にとっての悪人では決してない。
そして、何よりもキラにとってクローセルは既に憧れを抱く存在――初恋の女性と言っても過言ではない程、特別で何者にも替えがたい存在になっていたのだった。
叶うことならいつまでも。そう思うことは年若い青年のうちに秘めた小さく温かな想いとして、余りに細やかで儚いものであろう。
「凄いわよね。あの人」
「ふ、フレイ……起きてたんだ」
「ふふっ、起きるわよ。あんなに楽しそうにお話してたもの」
するとまだベッドにいたキラの背を抱くようにフレイ・アルスターが寄り添ってくる。
キラはフレイが後ろ暗い目的を持って自身に近付いている事を既に察しており、それが己に父親の仇のコーディネーターを殺すように仕向けるためというのもそれとなく気づいていた。
だというのにフレイとの関係を続けている理由は単純に、約束をしていながら彼女の父親を守れなかった負い目と、きっと今の彼女を放り出してしまえば今度こそ壊れてしまうのではないかという憂慮が主な理由だ。
まあ、クローセルという心の支えが居る上、そちらに比べるとまだまだ可愛いものだとも思えてしまう無意識の慣れも理由にあるかもしれないが、そちらの方は少なくとも自覚はしていない。
「達観しているっていうのかしら? 死ぬのを受け入れるとあんな風になれるのね」
「……え? 死ぬのを受け入れる……?」
「…………? 知らないの?」
その言葉にキラは固まる。フレイはどこか悲しげに眉をひそめながら、知らないことに意外そうな様子でポツリと呟いた。
「クローセルさん。後、2~3年も生きられない身体だって自分で言っていたわよ?」
その瞬間、キラは彼女の永遠への憎悪の正体を掴み、これまでの彼女の壮烈な生き方そのものを水が染み込むように理解する。
そして、それと共に掬った水が指の間から溢れ落ちるように喪失していくようなこれまでにない感覚を味わった。
視聴者の心をジェットコースター(はーと)
~今回の話の要約~
「命… 夢… 希望…
どこから来て どこへ行く?
そんなものは… このわたしが 破壊する!!」
↑※本作のヒロインの行動原理のひとつ