今回は新キャラの登場です。樹にとってはどんな存在でしょうか。
それでは。
陽射しの強さが増し、半袖の学生服でも若干の暑さを感じるようになった6月下旬の金曜日。
放課後になり次々とクラスメイトが帰り支度をする中、唐突に集の一言が飛んだ。
「なあなあ、来週期末考査もあるし、皆で勉強しない?!」
ノリノリの表情で呼びかける集に対し、オレらは振り返る。
「いいわよ!やろうやろう!」
「お嬢がそう言うのでしたら」
真っ先に手を挙げたのは桐崎さんで、目を輝かせながら手を挙げる。
鶫さんもそんな桐崎さんを見ながら、微笑みをたたえて応じる。
「ダーリン!あんたはどうすんの?」
「あ?いや、オレもやるなら行くけど……」
「楽様が行くなら私も行きますわ!」
桐崎さんに楽が気だるげにしつつもどこか楽しみにしてそうな様子で言いかける前に、橘さんは楽にタックルをかましながら被せてくる。
小咲や宮本さんも桐崎さんにすでに声をかけられており、どうやら参加するようだ。
「いてて……、樹はどうすんだ?」
橘さんにタックルされた腰に手をやりながら、楽が尋ねてくる。
「オレも構わないんだが、その勉強会はいつやるんだ?」
「明日とかでいいんじゃないかな?」
オレの問いかけには集が答えてくれる。
土曜か……、どうしたものか。
「場所は前と同じく楽ん家でいいんじゃね?」
「あー……、明日は組のもんが少し用事あるみたいでよ。ちょいと都合が悪いかもしれねえ」
普段は楽の家が一日勉強会の場所になっているようだが、今回は使うことができないみたいだ。
時間と場所次第では断ろうとしていたが、どちらの都合も成り立たせるにはこれしかないと思い、オレは一つ提案をしてみる。
「そしたら、うちに来るか?」
「え?いいのか、樹?」
「一軒家に一人暮らしみたいなもんだし、たまには人を招くのもいいかと」
「宮森君のお家?!私、行ってみたい!」
こっちの都合もあるが、本音も混ぜてその旨を伝えると、桐崎さんが真っ先に飛びついてきた。
彼女とは海外住みを経験していることとその明るい性格からだんだんと仲良くなり、最近では楽に対する愚痴も言ってくるくらいの間柄となっていた。
「宮森君のお家来てもいいって。あんたはどうなの、小咲」
他の面子も乗り気の中、宮本さんがなぜかオレに聞こえるように小咲にそう言うので、オレは少し慌てたようにする小咲を思わず見てしまう。
「わ、私も行ってみたいかな……、樹君のお家……」
「……それじゃあ、決まりだな」
どこか消え入りそうな声になる小咲を尻目に、改めて皆に確認を取るとOKが返ってくる。
集合時刻と集合場所を伝えた後に皆とは解散して、リュックサックを肩にかけながら昇降口へと向かう。
そのまま廊下に出ると、ポケットに入れたスマートフォンからピロンと電子音が鳴るので、取り出してロック画面を見ると、春からの連絡だった。
なにやら緊急のようなので、メッセージアプリを開いてみれば、
『樹先輩!来週、期末考査がありますよね?
そこで、折り入ってお願いがあるのですが、先輩のご都合が宜しければ、明日風ちゃんと一緒に勉強の方を見て頂けないでしょうか(>_<)』
と送られてきたので、この際人数はもう関係ないし、春たちも明日の勉強会に呼ぶことに決めて、その旨を文字で打ち返信する。
さて、今日の帰りの間にドリンクやお菓子を買っておかないとな。それに家の掃除も。
けど、今日はその前に、あの子を早めに迎えに行こうか。
下駄箱で靴を履き替えるうちに思い直し、まだ夕焼けには早い時間帯の帰り道へ足を運ぶ。
学校の登校時間よりは遅いくらいの良く晴れた土曜の午前。私はお姉ちゃんや風ちゃん、るりさんと一緒に、今日の集合場所となっている学校へと向かっている。
こんな休みの日に学校に行くなんて不思議ではあるけど、今日の実際の目的地はそこではなく、何とあの樹先輩のお家なのだ。
期末考査のため勉強を教えてもらおうと、昨日は勇気を出してメッセージを送ったら、まさか樹先輩のお家で一緒に勉強できることになるなんて……!
返信が来た時には思わず跳び上がっちゃって、風ちゃんに良かったねなんて言われながら、ちょっとからかわれちゃったっけ。
今日だって先輩のお家に行くのに、どんな恰好で行けばいいとか、どんなものを持っていこうかとか悩みに悩んだ。けれど、それはどうやらお姉ちゃんも同じのようで、私以上にドタバタしてた気がする。
やっぱりお姉ちゃんは今は一条先輩じゃなくて樹先輩のこと……。
「ほら春、もうすぐ着くよ」
ぼんやりとしていた私に、お姉ちゃんがいきなり声をかけてくるので、私は思わずビクンとなるくらい驚いてしまう。
いつも通っている校門の方を見てみると、そこには既に樹先輩達が揃っていた。
「おはよう、みんな~!」
「小咲ちゃん達、おっはようー!」
お姉ちゃんの呼びかけに、桐崎先輩が元気良く応じる。
私たちが合流すると、それぞれが挨拶を交わしたのちに樹先輩が声をあげる。
「そしたら、皆揃ったようだし行くか」
樹先輩を先頭に私たちは一塊になって歩き出す。
どうやら樹先輩のお家は一軒家らしく、学校からは徒歩で20分ということ、方角も私のお家とほとんど同じから、意外とご近所なのかもしれない。
ちゃんと道順を覚えておこうと 目に映る光景を嚙み締めて歩いていくと、樹先輩がこちらを見やりながら、少し申し訳なさそうに呟く。
「こちらの都合で悪いんだけどさ、今日家に小学生のはとこがいるんだ」
「へえ~!樹のはとこか、どんな子なんだ?」
一条先輩の疑問も尤もだ。樹先輩のはとこってどんな子なんだろう。
何故今日樹先輩のお家にはとこがいるのか、と疑問に感じる前に気になってしまう。
「まだ小学三年生だけど、いつも明るくて優しい女の子だよ。会ったら仲良くしてくれると嬉しいな」
樹先輩は穏やかな表情を浮かべながら、お兄さんのような、いやそれ以上にお父さんのような雰囲気を漂わせ、私たちに静かに語りかけてくる。
皆からも「もちろん!」とか「早く会いたい!」という声が挙がる。
私も、樹先輩が大事にしているであろう、はとこの女の子に早く会いたくなった。
そうこうしている内に樹先輩が足を止めて、ヨーロッパにもあるような感じのする門の傍にある『宮森』という表札の下のインターホンに手を伸ばす。
ほんの数秒した後にインターホンの向こうから、「はーい」と聞こえてくる。
「ただいま。皆を連れてきた。今から玄関のドア開けるよ」
樹先輩は門を開けて鍵を取り出し、玄関のドアに鍵を差し込むとカチャリと音がする。
樹先輩がこちらを振り向き、大丈夫だよというサインらしきものを出してくれると、私達も玄関へと先輩に続くようにしてなだれ込む。
家の中に入ると、靴棚の上にある木製の置物や、廊下の壁に立てかけている洋画など、落ち着きと清潔さを感じさせてくれるような空間が私達を包み込んでくれる。
私は、実は男の人のお家に来るのなんて初めてなんじゃないだろうかと気づく。
お家の樹先輩らしい空気と香りも相まって、ドキドキが抑えきれそうになり、つい駆け出して叫んでしまいたいような気持ちにもなる。
お家に上がって居室の方へ進むと、充分に人数分位置取れる長机が二つ繋いであった。
私達はそれぞれの荷物を適当な位置に置いて、勉強用具と教材を取り出していく。
すると、部屋の案内を終えてから一度この場を離れていた樹先輩が、2Lの種類の違うドリンク3杯と紙コップを左手に抱えながら、「皆!」と呼びかけて入ってきた。
樹先輩の背後には、まるで輝くルビーのような赤色の瞳を持つ、ショートヘアーの女の子がトコトコとくっついてきている。
樹先輩は膝を曲げ、目線をその女の子のと同じところまで合わせる。
「さ、皆に自己紹介しな、
「うん!」
樹先輩から普段よりも穏やかな表情を向けられている、“明日花”と呼ばれた女の子は花が咲くような笑みを先輩に返してから、私達の方へしゃきっと向き直る。
「皆さん、初めまして!!小学三年生の、二階堂明日花です!お兄さんのお友達に会えて、とっても嬉しいです!」
しっかりとした口調ながら、快活そうにニッと明るい笑顔で私達を照らし出さんとする明日花ちゃんを見て、どんなに可愛くて尊いものを目にしてるんだと、私はキュンキュンとしてしまう。
「うわーーカワイイ!!明日花ちゃんって言うんだね!」
桐崎先輩が抱きつかんとする勢いで明日花ちゃんに突っ込んでいくので、他の皆も明日花ちゃんを囲うようにして歩み寄っていく。
「私、桐崎千棘って言うんだ。よろしくね!」
「うん、こちらこそ!千棘お姉ちゃん!」
「はあああ~~!!ほんとカワイイわね、この子!」
桐崎先輩はすっかり興奮した様子で明日花ちゃんに抱きつく。
抱きつかれた明日花ちゃんも「えへへ~」と言いながら笑顔を浮かべている。
「初めまして、私は小野寺小咲。よろしくね、明日花ちゃん」
「うん、小咲お姉ちゃん!」
「ふふふ、ありがとね。樹君、こんな可愛らしいはとこがいたんだね」
「まあな」
お姉ちゃんも明日花ちゃんに挨拶をしたのと同時に、樹先輩にも話しかけた姿を見て、私もつい負けじと明日花ちゃんの前まで行き、腰を下ろす。
「明日花ちゃん、初めまして!私は小野寺春。そこにいる小咲お姉ちゃんの妹だよ」
「そうなんだ!姉妹で可愛いなんて羨ましいなあ~。よろしくね、春お姉ちゃん!」
ちょっとした対抗心というか嫉妬のような気持ちも抱えていたのだが、まさか私もお姉ちゃん呼びをされるなんて思わず、その響きにただただうっとりとしてしまう。
春お姉ちゃん、か。
お姉ちゃんという響きがこんなに良いものだとは知らなかったよ。
「こちらからもよろしくな、春」
「は、はい!樹先輩!よろしくね、明日花ちゃん」
「うん!」
樹先輩から唐突に声をかけられたので、私は高鳴る心臓を抑えつつどうにか応じる。
それからも皆の紹介は続いたのだが、女性陣が皆○○お姉ちゃんと呼ばれるのに対して、一条先輩や舞子先輩は一条さんとか舞子さんと呼ばれている。
どうして僕たちのことはお兄さん呼びにしないのって舞子先輩が明日花ちゃんに問いかけると、
「だって、私のお兄さんは樹お兄さんしかいないんだもん!」
だなんて明日花ちゃんが満面の笑みでそう答えるので、私を始めこの場にいる女性陣のハートを打ち抜いていったような気がしてならない。
それに、樹先輩も微笑みながら「よくできました」と明日花ちゃんの頭を撫で、明日花ちゃんがそれに対して本当に嬉しそうな表情を浮かべている。
私は何か微笑ましいものを見るような、けどどこか羨ましいような視線を彼らに向けてしまう。
「それじゃあ、何かあったらリビングにいるから呼んでくれ。オレは明日花の相手をしなくてはで、そっちにはたまにしか行けないから」
場もようやく落ち着き始めた頃、樹先輩は明日花ちゃんの手を引きながら、リビングの方へと姿を消した。
「にしても、宮森君のはとこさん、カワイかったわね~!!」
「ですね、お嬢。それに宮森君と似て、年頃のわりにしっかりなさってましたし」
「確かにあんな子がはとこだったら、樹君も可愛がっちゃうだろうな~。……いいなあ」
「ええ、とっても可愛いらしいお子さんでしたわ。さあて、楽様!早速ではありますが、私に数学を教えて下さいまし~!」
「お、おい橘!いきなり抱きついてくんじゃねえ!」
「もう~万里花!!」
「ま~た始まっちゃった」
「いつものことよ。ほっといて勉強始めちゃいましょう」
「……先輩達、いつもこんな感じなんだろうね」
「うん、そうだね……。風ちゃん」
開始早々騒々しい様子の先輩方を横目にして、私は数学の教科書やノートを開きつつ、樹先輩がこの場にいないことに寂しさと切なさを感じてしまう。
「春、もしかして宮森先輩のこと考えてる?」
「え、ええ?!なんでいつも分かるのよ、風ちゃん……」
「顔に出てるんだもん。春って、やっぱりカワイイ」
「もう……!」
そんな分かりやすい顔してたかな。私は頬を膨らませる。
ほんとは、樹先輩につきっきりで教えてほしかったのにな。
そんな煩悩を取り払うかのように、私は範囲の最初の問題から取り組み始めた。
お昼を過ぎ、おやつの時間が近づいてきたころ、私は数学の問題が解けずに頭をうんうんと悩ませている。
「ねえ、るりちゃん。この問題分かる?」
私はすかさず、隣で難しそうな英文を和訳しようとしていたるりちゃんに声をかける。
「あーこの問題分かんないやー。宮森君に聞いてみたら?」
「もう……!ほんとはわかるでしょ、るりちゃん……」
今日のるりちゃんはずっとこんな調子で、分かんないところを尋ねてみても、樹君に聞けばいいじゃないというスタンスを崩さずに突っ返してくるのだ。
さっきは千棘ちゃんに教えてもらったけど、その千棘ちゃんは今、鶫さんと一緒に一条くんや橘さんの勉強を見ている。
私は諦めたようにして、教科書とノートとシャープペンシルを持って立ち上がり、本日数回目の樹君への訪問に逸る気持ちを抑えながら、リビングへと歩き出す。
「あ、お姉ちゃんも今から樹先輩のとこ行くんだ」
背後からは、同じように英語の教科書とシャープペンシルを持って居室から出てきた春が私についてくる。
「うん、そうだよ」
樹君のところへは度々誰かしらが質問に行っているのだが、実のところ、その回数は春が一番多いんじゃないだろうか。
お姉ちゃんとしては、男嫌いの春が樹君という男の人に非常に懐いている様子を見て安心するのもある。
けれど、それ以上に春からは樹君に対して何かただならぬ気配を感じるので少し不安にもなる。
このことに気づいたのも、私が樹君に思いを寄せようと決意した頃からだった。
まだ本人にも確かめてもないくせに、妹のことを邪推するなんて嫌だな。
自分に後ろめたさを覚えながら、リビングに通じる扉をノックする。
「樹君、入るよ」
扉を開けると、そこにはリビングダイニングキッチンの空間が広がってきた。
左手を見ればダイニング、さらに奥を見ればキッチンがあり、視線を正面そして右へとずらしていくと、手前からテレビ、テーブル、ソファといった具合に配置されている。
南向きの家のため、カーテンの向こうから暖かな陽射しと流れ込んでくる穏やかな風に吹かれている。
絨毯の上に座ってテーブルにある漢字練習帳に真剣な顔をしながら取り組む明日花ちゃんを、いつもよりも柔らかい表情で眺めつつ、ソファに腰掛けて日本史の教科書を片手に取る樹君の姿がそこにある。
「どうした、小咲?それに、春?」
つい見惚れていたのだろうか。
首を傾げて樹君が声をかけてくるのにようやく気づいた私達は、慌てながらそれぞれ分からなかった問題を見せる。
「小咲のは、相加平均と相乗平均を使う問題だな。ここをこうして、こうすれば……ほら」
「わあ、すごい……。ありがとう、樹君」
樹君はソファの脇にあった小型のホワイトボードに書いて、分かりやすくさらっと説明してくれる。
私は感嘆の声を上げながら、ソファで隣に座らしてくれる樹君との距離の近さ、その声色や表情も含めて自然とドキドキとしてしまう。
すると、春が少しだけ小鼻を膨らましたような表情を見せながら、私とは反対側の樹君の隣へと腰を下ろす。
「樹先輩!この問題なんですが……」
春は、私と樹君との間の距離間と全く同じようなところまで樹君へ近づき、樹君の前ではちょっと困ったような顔をしてみせる。
「ああ、これは『見る』という動詞の使い分けだな。『LOOK』は主体的に対象を見る。『WATCH』は動いてるのを見る。『SEE』は自然に目に入る。と、いった感じに分けられて、今回の問題は後ろに『TV』とあるから、今回は『WATCH』を入れるんだよ」
「へえ~!そんな使い分けがあるんですね、ありがとうございます!」
落ち着いた声色で聞かせる樹君に対して、春は顔を綻ばせて応える。
この一連のやり取りを見て、樹君に対する春への疑念は確信めいたものに私には感じられるようになった。
そして、恐らく春も同じように私に対して……。
「むうぅう~…!お兄さん!私そろそろ遊びたい!」
私が思考の渦に飲み込まれそうになっていると、明日花ちゃんがプンプンと効果音が付きそうなほどに頬を思いっきり膨らませながら、すっかり我慢できないといった様子になっている。
「そうだな、そろそろ休憩するか」
「わーい!!お兄さん、テレビゲームしよ!」
「仕方ないな」
樹君は立ち上がり、テーブルの向かい側にいた明日花ちゃんの頭にポンと手を置いて、ウォルナット材のテレビ台の引出しを開け、ゲーム機とカセットを取り出そうとする。すると、リビングの扉がガチャリと開く。
「宮森君たち~!ちょっと休憩しましょ!」
千棘ちゃん達の方も勉強が一息着いたところのようだ。
「ちょうど良かった。これから明日花と遊ぶところだから、皆も一緒に少しどうだ?」
「ええ!そうしましょう!」
リビングがワイワイとどんどん賑やかになっていく。
私と春は、ソファの間に樹君のいたスペースを残しながら、どちらも置いて行かれてしまったように、皆の様子、いや皆に囲まれた樹君の様子をただ眺めている。
結局、夕陽が西の空を染め上げる時間まで、私達はテレビゲームやカードゲームに興じることになった。
その間、私は皆との時間をどうにか楽しもうとしながらも、春には特に話しかけることもできないまま、あっという間に時だけが過ぎ去っていった。
第十一話『オウチデ』をご一読下さり、ありがとうございました。
いかがだったでしょうか?
気づいた二人はどうなってゆくのでしょうか。
次回以降は、間隔を少しづつ開けるかもしれません。
それでは、また次のお話で。