七夕の願い事って、普段は口には出せないようなこととか書けたりしちゃいますよね。
それでは。
商店街の明かりも絶え絶えになり、夜の静けさに外はすっかりと支配されている。
私はリビングで歯磨きをしながら、台所で洗い物をしているお母さんと、明日行われる七夕大会のことに会話を弾ませている。
「……お母さん、お姉ちゃん、おやすみ~」
「おやすみ~」
髪をほどいてパジャマ姿の春が、枕を抱えながら眠たそうに廊下の方から呼びかけるので、私も手を振り返す。
目をほとんど閉じながら、のそのそと歩いて行ってしまう春は、小さい時から変わらず可愛らしい。
「そういや、高校の笹の納品って確か……」
お母さんがパタッと手を止めて、首を傾げる。
「小咲、あんたお正月にお世話になった神主さんって覚えてる?」
「え?うん、確か凄腕の霊能者の」
「実はこの辺の七夕で使われる笹って、あの神主さんが用意しててね。短冊に書いた願いが超高確率で叶うって評判らしいのよ」
「へー」
あのときは皆と巫女になってお手伝いしたけど、一条くんの厄祓いのせいで散々振り回されたっけ。
「……樹君と付き合いたいとか書いちゃえば?」
「書かないよ!!もう!!」
「ヒョッヒョッヒョ、照れちゃって~」
まるで悪戯っ子のように口端を上げてお母さんはニヤニヤと言うので、私は叫ぶように照れ隠しをする。
お母さんったら、すぐそういうことに結び付けるんだから。
でも、あの神主さんが用意したものなら、本当に叶っちゃうかも……。
そんな妄想に期待をかけたことで、火照った体を冷ますまで時間がかかり、いつもよりも寝つきは悪くなってしまった。
迎えた七夕大会。校内は短冊を持ち歩く生徒でワイワイと賑やかだ。
「おやおや~?一条くんはどんなお願いをするのかな~?」
「ん!?いや別に…!ちょっと小惑星でも発見しようかと……」
「それはまた壮大な願い事だな」
教室のどこかからは一条君と舞子君、そして樹君の会話が聞こえてくる。
教室の後ろの棚のところにいる私はペンを離して、そっと短冊に書き上げた願い事の内容を頭の中で読み上げる。
『樹君の彼女になれますように。 小野寺小咲』
…………ああーーーーー!!!
ど、ど、どうしよう、ほんとに書いちゃった、書いちゃった!!
こうなることを望んでいるのに、いざ字面だけ見てもどうしようもなくドキドキしてきてしまう。
これは……、短冊のどこに吊り下げようか。絶対に誰かに見られてはいけない。
「小咲ー、何書いたー?」
「ほひゃう!!!」
「……何、ビックリするじゃない」
「う……ごめん……」
気づけばるりちゃんや千棘ちゃん、鶫さんが近くまで来ていたので、願い事にドキドキしていた私の心臓はさらに跳ねて、短冊を咄嗟に隠しながら過剰に驚いてしまった。
皆に願い事の内容を聞いてみると、期間限定ラーメンの復活やら、千棘ちゃんの健康や無事やら、宝くじで三億円が当たれやらが返ってきて、こんなバカなことを書いてしまってるのは私しかいないと知り、気恥ずかしさが立ち込めてしまう。
それでも、この願いは叶うかもしれないので、今さら後に引くことなどは出来ず、私は皆に適当にはぐらかし、タイミングをずらして笹のあるところまで出る。
その際、とんでもない量の短冊が付けられたため、その重さに耐えきれず、ありえない角度までしなれてしまっている笹の姿がある。
あまりの光景に驚くとともに、どんなことが書かれているのか気になって近寄ると、その内容は全部、橘さんが書いたものだった。
先生方に注意を受けながら、まだ短冊が押し込められている段ボール数箱に手を伸ばしている橘さんが見えて、相変わらずのエネルギッシュさに若干引きながらも、感心してしまう。
周りの人の目もそちらに注目していたようなので、今のうちにササッと人に見られない上の方に短冊を取り付けようと、脚立を笹のところまで持っていくと、背後からお姉ちゃんと声をかけられる。
「春……!」
「お姉ちゃんも短冊付けに来たの?」
左手に短冊を持ちながら、明るい笑顔を浮かべる春の後ろからは、風ちゃんやポーラさんの姿も見える。
「お姉ちゃん、なんて書いた?私は『和菓子作りがもっと上手くなりますように』って書いたよ!」
わあ、春はちゃんとしたことを書いたようだ。
「わっ……私は……世界平和……かな……」
「お姉ちゃんは優しいな~」
春ならばれてもいいかもと思ったけど、風ちゃんやポーラさんが一緒の以上はごまかさないといけない。
それを一点の曇りなく変わりない笑顔で褒めてくれる春を見て、内心後ろめたく、このまま後ずさりしたい気分になる。
女の子の悩みのような願い事を見られて騒いでいるポーラさん達を私は遠目にしながら、いつになったらこの短冊をつけるチャンスが来るのだろうかとヤキモキしていると、あと数分したら予鈴のチャイムが鳴ることに気づき、私は名案だと思い立つ。
春達と別れてからも私はその場に居残り、予鈴のチャイムが鳴ったのと同時に生徒達が掃けていくのを確認してから、私は大急ぎで脚立を用意し、笹の頂上に願いを込めた短冊を狙い通り取り付けることに成功した。
授業の始業時刻に教室へ駆け込みセーフして、私はやり遂げたことに満足し、ニタニタとした笑みを抑え込めないまま、授業の用意をしつつホッと息をつく。
「え~、では授業を始めま~す」
一限を担当する副担任の福田先生の声掛けも、特に気にもならないほど今の私は浮かれてしまっている。
「あ、やべ。あの笹移動させなきゃいけないんだっけ。えー……、どいつにしようかな……」
先生は指をあちらこちらへ動かし、やがてその動きがある方向を向けて止まる。
「じゃあ一条!お前今からあの笹、中庭に移動させてもらっていいか?」
「え!?オレ一人っスか!?」
「男の子だろ?頑張れ~」
「マジかよ……、ついてねー……」
私の隣の席の一条君は溜息をつきながら立ち上がり、クラスの皆から温かく見送られながら、教室の外へと出ていく。
え、待って。それって、一条君に短冊見られちゃうかも。
「あっ……あの先生!!私も行きます!!一人じゃ大変だと思うし……」
「おー小野寺は優しいな~」
まずいと思った瞬間、冷や汗をかきながら私は手を挙げて勢い良く立ち上がる。
「でも却下☆別にあれくらい大丈夫だって~。男は働いた方がいいんだよ、男は」
断られたことで、私の冷や汗は更に勢いを増す。かくなる上はこれしかない。
「う……う~~ん、な、なんだか、お腹が急に痛いような……」
「え!?」
仮病を使うなんて奥の手だが、この状況は仕方ない。
私は流れてくる冷や汗を生かしながら、お腹を抑え前屈みになり、渾身の演技で保健室に行くことを訴える。
「うわ、ほんとに顔色良くないな。行ってきなさい」
許可も下りたことなので、私はお腹を抑えるふりを続けながら、廊下へと駆け出す。
「大丈夫?私も付いて行こーか?」
「大丈夫大丈夫」
窓から顔を出して心配そうにこちらに呼びかけてくる千棘ちゃんに、心配させないように気丈に返事を送ってから、私は笹の置いてある場所まで急ぐ。
校門の方まで行くと、笹の傍らには一条君が立っている。
「いっ……一条君!」
「あれ?小野寺?」
「私も……手伝いに……」
「えっ!マジ!?ありがとう!」
必死に急いできて息も絶え絶えになりながら、膝に手をつく私は一条君の方を見上げる。
「むしろ私一人で運んでもいいけど」
「いやそれこそ無茶だろ!!」
結局一条君の気遣いに負けてしまい、笹は二人で運ぶことになった。
樹君に見られるのが一番まずいが、一条君に見られるのだってまずい。
絶対に見られないようにしなきゃと意気込みすぎて、自分の足元は見えておらず、持ち上げた瞬間に足が絡まり、勢い良く笹を倒してしまう。
「大丈夫か!?ちょっと待ってろ、すぐに起こすから」
「待って!私が……!私が起こすから……!」
何とか誤魔化して、一条君には根元の方を持ってもらい、私は笹の幹を持ち上げる。
「小野寺はどんな事を書いたんだ?」
「えっ私!?」
何とか落ち着いて運び始めた矢先、一条君は突然聞いてきた。
「えっと…、戦争がなくなりますように……?」
「優しさ無限大だな」
さっきとは違う答えで、しかも疑問形で誤魔化す私に、一条君は少し呆れるような笑みを返す。
「一条君はどんな事を書いたの?」
「ん?」
さっき教室で聞こえたような気がするけれど、気になって私は一条君に尋ねる。
「……いや別に大した事は。くだらねぇ事だよ」
視線を斜め上に泳がせて答える一条君を見て、さっきの願い事とは違うことを書いたんだろうことは分かるけど、はぐらかすなんて一体どんな事をお願いしたのだろうか。
そうしている内に、移動するよう言われた中庭の中央までやってきたので、笹をしっかり立てて、教室へと戻ることにする。
校内へと入り、教室へと向かう道中、私は今度こそようやく一安心し、人に見られることはないだろう私自身の願い事に期待を寄せてしまう。
彼女かぁ……。樹君の彼女……、なんてね。
「……あれ?」
口元に両手を合わせてすっかり夢見心地でいると、一条君が何かに気づいたようだ。
「なんか笹移動してねーか?」
「……あれ!?」
廊下の突き当りの窓の向こうを見ると、中庭の中央に置いたはずの笹が何故か窓際の方まで移動していた。
一体どうしてと考える前に、笹の頂上付近が見えるということは、すなわち私の短冊が見えるってことなんじゃと気づく。
私からはまた安穏とした気持ちが連れ去られて行ってしまう。
「丁度良かった。上の方はどんな事書いてんだろ」
一条君はちょっと見て行くかって具合に、窓際へと近づいていく。
ま、まずい。何としても阻止しなければ……!!
「ま、待って一条君……!!み……、皆それぞれの想いで願いを書いているんだから……」
「え、ダメかな……?」
私はこれ以上ないくらい素早く窓際に移動し、両手を広げて一条君の前に立ち塞がる。
一条君を食い止めながら、私は短冊がこちら側を向いていないことをちらりと確認し、少しだけホッとするが、次の瞬間突風が流れ込み、短冊の内容がこちらに向き返ってしまうのが見えて、焦りはピークに達してしまう。
「それ……、って小野寺!?」
こうなったらもう回収するしかないと、私は窓を勢い良く開けて短冊に手を伸ばす。
「おい!危なえって……!!」
もう少し、もう少しで掴める……!
「取れた……!」
その瞬間、足元が滑って、私の体はどんどんと前のめりになっていく。
「危ね……!!」
私の半信が外に投げ出されそうになったところで、お腹の辺りに思いっきり力強い感触を感じる。
「ふぬぐぐぐぐ……!!」
「ひぅ!?」
一条君が踏ん張る力を、お腹を握り締める力を強めると、私は思わず強まる感触に反応して変な声を出してしまう。
気づけば、廊下の方へと、一条君に背後から抱きつかれながら、私は短冊を掴んだ右手はそのまま倒れこんでいた。
そこから少し落ち着いて、私は廊下にへタレこみ、一条君が顔を真っ赤にしながらこちらに呼びかける。
「……バカ!!何やってんだ危ねぇだろ!!!」
「……ごめんなさい」
本当に私は何やってるんだろう。一条君にまで危険な目に遭わせてしまい、自分の愚かさ加減と一条君への申し訳なさから、目には涙が溜まってくる。
「……目の前であんな危ねぇマネされたら困る」
「……うん、本当にごめんなさい、一条君」
困ったような、戸惑ってるような表情を一条君は浮かべるのに対し、私は心配してもらえたという嬉しさも相混ざってきて、首を垂れたまま謝罪の言葉を述べるに留まってしまう。
「教室、戻るか」
「……うん」
一条君が立ち上がるのと同時に、私も俯きがちになりながらも腰を上げて、一条君の後ろをついていく形で教室へと歩き出す。
果たして一条君に短冊の内容見られちゃったのかな。
だとしたら心が痛いな。でも、なんで心がズキズキとするのだろう。
前まで一条君のことが好きだったからなのかな。
私達は教室に辿り着くまでの間、一言も言葉を交わさずじまいのままだった。
やっぱり神頼みじゃなくて、短冊に書いたこの願いは自分の力で叶えなきゃ。
今回は、お礼と言っては何だけど、一条君の願い事が叶うようなお願いをしよう。
先生に心配されつつ、一限の授業に合流するため教科書を開きながら、私は服に隠していた短冊をそっと鞄の奥の方へとしまい込んだ。
本日の授業も終わり、目に見える景色も少しづづ赤みが出始めてきた頃。
オレは楽からの頼みで今日欠席している飼育係の子の代わりに、飼育小屋の手伝いに来ている。
オレと楽が飼育小屋へと足を踏み入れた途端、いつもは楽に素知らぬふりをしてくるはずの動物達が、一斉に楽の方へと猛然と駆け寄ってきた。
「うおおなんだ!?いつもは冷たいウチの連中が……!!」
「おお、スゴイな」
あまりの光景に当の本人も驚きを隠しきれないまま、その表情は段々と嬉しさを伴うものに変わってゆき、ついにモテ期が来たのだと感動で目頭を抑える様子である。
オレもこれほどの光景は確か、一度小咲と飼育小屋に来た時の小咲に対する動物達を見た時以来である。
それが動物に異常に懐かれる小咲ではなく、動物に異様に好かれない楽に対してなされていることに、天変地異でも起きたのかと疑いの眼差しを向ける。
これも七夕大会の為せる業なのか。
きっと楽は飼育小屋の連中に死ぬほど懐かれるようにとか書いたんだろうか、それにしても効果抜群だなと考えながら、いまだ興奮気味の楽とともに動物達を宥めつつ彼らの世話に取りかかる。
この飼育小屋には数多くの種類の動物達がおり、それぞれ楽自身のつけた名前があるのだが、例えばシャムワニのマルガリータ・ド・佐藤、カピバラのスメルニョン西野といった具合に、楽の絶望的なネーミングセンスが遺憾なく発揮されている。
しかも、オレがマルガとかスメルとか省略して呼ぶと、楽は必ずフルネームで言い直してくるので、こういうところ神経質で細かい。
桐崎さんから、あいつは変なところ細かいのよ、と愚痴を聞かされたことがあったけど、これには小学生の頃から知っているオレも完全に同意する。
「あのよ」
「どうした?」
動物達の世話もあともう少しで終わるところで、檻に動物を入れながら楽が呟く。
「どうやら小野寺には好きな奴がいるみたいなんだ」
「……なんでまたそんなこと」
急に小咲の名前を出すものだから、オレは訝しげな視線を楽へ向ける。
「今日、オレ、先生に言われて、笹運びに行かされただろ?」
「ああ、災難だったな」
「その時によ、笹を運ぼうとしたら小野寺が来てな」
「やっぱり仮病だったか」
「無事運び終えたのは良かったんだが、その帰りに窓から笹が見えて、小野寺の書いたらしき短冊があってよ」
「それで?」
「そこには、誰とまでは見えなかったんだが、下の方に書かれてた『の彼女』って書かれてるのは分かったんだ。だから、小野寺の好きな奴ってどんな奴なんだろうなって…。あああああ!チクショー!!めっちゃ気になる!!」
そこまで言うと、頭を抱え込んだ楽はぐるぐると首を横に振りながら悩んでいる。
オレはそんな楽に、多分お前のことじゃないか、って声をかけたかったが、その言葉は小咲の様子を思い浮かべた後に、喉に詰まって沈み込んでいく。
恐らくではあるが、小咲が誰かに思いを寄せているとしたら、その対象は楽ではなく別の誰か――――オレに流れているのではないか。
ここ最近の小咲は、他の誰よりもオレと接するときの距離感が近づきすぎてきている。
その視線は、オレがこっちにきた当初の、小咲が楽へと向けるものと酷似、いやそれ以上にどこか意志の固まったようなものであり、それに気づいたのもつい先日のお弁当の時だった。
今日だって、春も含めてまたまた三人で中庭にてお昼を一緒に過ごしたが、勝手におにぎりを持ってそのままオレに口を開けさせ食わせようとするなど、やり口が大胆になってきている気がする。
それに厄介なことに、このようなことは春の方にも当てはまる。
先輩として慕われているのかと思っていたら、これもまたお弁当を皮切りに、彼女からオレへと向けられる視線も感情も一様にさらに熱を帯び始めたように感じつつある。
小咲に対抗して自分の箸でおかずを取ってそのままオレの口へ運んできたり、メッセージアプリの通知がこれまでよりも増えたりなどなど……。
これがオレの自意識過剰で済めば、それはそれでオレが笑いものになるだけで良いのだが、お互いからこうまでされては、多少なりとも気づかないわけにはいかなくなる。
だって、彼女達から向けられるものは、あの人からのそれと全くもって――――。
「樹はどう思う?」
「え?」
思考が加速していくことで、楽からの突然の呼びかけに拍子抜けしたような返事をしてしまう。
「小野寺の好きな奴、どんな奴かなって……」
眉尻を下げている楽は本当に心底小咲が好きな人のことが気になるようだ。
「さあ、分からないな」
楽が思い悩むように、オレも考えなくてはならないことがあるんだから、とちょっぴり毒づくように楽に答える。
「けど、楽は小咲のことが好きなんだろ?」
「あ、ああ。そうだがよ……」
「それなら、自分からもっとアピールしていけばいいんじゃないか」
「……そうだよな」
「もしかしたら……、その相手が楽なのかもしれないんだから、うじうじしてる場合じゃないぞ」
「え、え!?マジでそんなことがあり得るのか!?」
「もしかしたら、な。実際のことなんて小咲以外知らないんだから」
不安で落ち着かない様子から一転、鼻息荒く意気込む楽を見て、もう大丈夫だろうとオレは判断し、手元にある用具を元にあった場所まで戻しに行く。
そう。本当のところなんて、小咲しか、春しか、知らないのだから。
頭痛の種を一旦頭からは切り離して、オレは動物からまだまだ異様に好かれている楽を遠目に見やりながら、辺りを見渡す。
目に映る赤みはすっかりはっきりとしたものになり、その主犯である夕陽と目と目が合って、その眩しさにオレは思わず目を背けた。
第十四話『ネガイヲ』をご一読下さり、ありがとうございました。
いかがだったでしょうか?
目敏い樹君、この後どうしていくんでしょうね。
それでは、また次のお話で。