第十五話にお立ち寄り頂き、ありがとうございます。
お気に入り件数が二百件を超えていたり、日間ランキングの方にも顔を出していたり、自分にとっては良いニュースの一つとして、とても嬉しい気持ちになりました。
皆さんもこうした状況であるからこそ、何か自分なりの新たな嬉しさを見出せると良いですね。
それでは。
「お兄さん!こっちこっち~!」
「分かった分かった」
凡矢理高校での高校生活も一学期が終わりを告げ、夏休みに入った週の平日の夕刻、走り回る小中学生の元気な声が響き渡っている近場の公園で、オレは明日花と一緒に遊具巡りをしている。
明日花が次に指差すのは、長さ50m近くあるような滑り台だ。
オレがまず座り、そこにできる前の空間に明日花がすっぽりと入る、いわばオレが明日花を後ろから抱え込むような形で、滑り台へと流れ出していく。
「わあぁあああ~~~!」
明日花は後ろのオレも気にしないで、実に楽しそうに両手を広げ、無邪気に滑り台を満喫している。
全く、かれこれ二時間以上はこの公園で遊び倒しているのだが、この小さな体の一体どこにこんな元気が隠れているのか不思議で仕方ない。
オレ自身は小さい頃、こんなに純粋無垢で活発な子供であったのだろうかと耽っていると、滑り台の終着点に辿り着いたらしい。
明日花は興奮した様子でオレのシャツの袖を掴みながら、もう一回乗ろうと上目遣いで催促してくる。
「はいはい、分かりましたよ」
「わーい!行こ行こ!」
明日花はオレの手をがっしりと掴んで、善は急げとばかりにぐいぐいと引っ張りながら歩き出す。
こういう人を振り回すところ、あの人とそっくりだな。
やれやれと溜息をつきながらオレもついていこうとすると、ズボンのポケットから着信音が流れ出すとともに小刻みな振動を感じる。
空いている片手でスマートフォンを取り出せば、そこには『小野寺小咲』と表示されている。
「電話だ。明日花、一人で先に滑ってきな」
「えーー、一緒に行こうよ、お兄さん」
「こっからちゃんと明日花が乗って滑ってくるの見てるから。あとでまた二人で乗ろう」
「うー、分かった。ちゃんと見ててね」
不満そうに口を尖らしながらも、明日花は見せつけてやると言わんばかりに素直にオレの言葉に従って、滑り台の入場口へと駆けていく。
ある程度距離が離れたのを見届けてから、いまだ鳴り続けているスマホへ手を伸ばす。
「もしもし樹君?いきなりごめんね」
「大丈夫。それより何かあった?」
「じ、実はね……」
小咲の説明によると、どうやらここ最近、和菓子屋『おのでら』の通りの真向かいに、新しくケーキ屋さんができたらしく、お客さんを取られたと菜々子さんがカンカンになってそこへ乗り込んでいくと、なんと楽が店のお手伝いをしているらしいのだ。
ケーキ屋が繁盛するのに対し、客足の減っていく状況を危機と捉えた菜々子さんは、小咲と春に布を減らした制服で客引きをさせるという、何とも現金な作戦に出たようだ。
それでもケーキ屋の勢いは止まらないため、ついには明日、いよいよ彼女らは水着で客引きさせられるらしく、その相談で小咲は電話をかけてきたのだと言う。
「それで、どうしたらいいかな……?私嫌だよ、そんな格好で客引きだなんて……」
消え入りそうな声で呟く小咲に対し、オレは明日花が滑り台に乗り始めるのを眺めながら、こめかみを押さえて彼女らの置かれているあまりの状況に嘆息する。
「そしたら、明日朝早くそっち行って、菜々子さんに客引きのことだけは説得するから」
「う、うん、ごめんね。困らせちゃって」
「いいから。このことは楽にも相談したか?あいつなら何でも力になると思うが」
「まだ、何も言ってない……。あとで一条君にも連絡する」
「そうしろ」
……オレじゃなくて当事者の楽にまず先に相談しろよ。
オレは心の内で悪態をつきながら、滑り台を滑りゆく途中にも関わらず、こちらへと大袈裟に手を振りかざしつつ顔を綻ばせている明日花の様子を見て、手をそっと振り返す。
難しいことを一切考えず、自分の意の赴くままに滑り台を無邪気に楽しむ明日花は、オレの目には心底羨ましくも妬ましくも映った。
オレは滑り台を終えて、こちらへと向かってくる明日花を視覚に捉える。
滑り台にもう一度乗れたらそのような気持ちを味わえるんじゃないかと淡い期待を抱きながら、小咲との通話を終えてスマホをポケットにしまい、胸に勢い良く飛び込んでくるであろう明日花を迎え入れるために、オレはゆっくりと膝を屈めた。
「ここをこうするとですね……、ほら。サイトの商品情報とか更新できるんですよ」
「ほぉ~~、そんな風にできてるの」
夏休みに入った土曜の昼下がり、商店街の通りも人の往来が少しづつ落ち着き始めた頃。
樹先輩はお母さんにパソコンの画面を見せながら、つい先日立ち上げてくれたウチのお店のネット上の公式サイトのあれこれを熱心に説明にしている。
かれこれ小一時間お店の片隅の座席でパソコンと睨めっこする二人の様子を、私はさっきから合流したお姉ちゃんと一条先輩と、少し離れたところから立って見物している。
「ウチも小野寺んちも前よりお客さん増えたらしいな」
「うん、なんとか一件落着だね」
一条先輩もお姉ちゃんも胸をなでおろすように言う。
お店の売り上げだけでなく、お母さんの剣幕も落ち着いたので私も一安心だ。
「にしても、樹の奴すげぇな。一週間足らずでどっちの店も上手くいくような方向に持っていくなんて」
「そうだよね……、今日だって来てくれて……」
先輩達が言う通り、私も樹先輩には感嘆と感謝の気持ちばかり湧いてくる。
火曜の朝早くに樹先輩は、一条先輩と二人でウチを訪ねてきて、私とお姉ちゃんの水着客引きのことでお母さんを制したと思えば、一条先輩と考案したというレシピの試作品の味見にずっと付き合ってくれた。
そこから、ケーキ屋さんと連携しながら、出来上がった新商品をSNS上や店頭で巧みに宣伝することで、どちらの店にもお客さんがくるような状況を作り出した。
それに加えて、今回のコラボキャンペーンに止まらず、どちらの店も新たなお客さんが増えるようにと、インターネット上に両店の公式サイトなるものまで立ち上げてしまったのだ。
私とお姉ちゃんもさすがに嫌がっていた水着の制服のことで、先輩が直接お母さんを説得しに来てくれただけで既に嬉しさで胸がいっぱいだったのに、想い人がここまでお店のことに自分の時間を割いて関わってくれたなんて、惚れ直さない方が無理な話のように思える。
私の王子様は、本当に頼りになる人だ。
先輩がお望みであるなら、私のみ、水着の制服姿だって見せてあげても……。
そんなはしたないことまで考えてしまっていると、一段落着いたように樹先輩がパソコンを閉じようとする。
と同時に、店の奥から元気な足音がパタパタとこちらへやって来る。
「お兄さん!」
ルビーの瞳を輝かせながら、今まで厨房の方を覗いたりリビングで寛いでいたりしていた明日花ちゃんが、樹先輩の方へと走り抜けていく。
やがて樹先輩のところまで辿り着くと、そのまま先輩の足にぎゅっと抱きつく。
「すみません、菜々子さん。明日花のことで面倒かけてしまって」
膝にくっつく明日花ちゃんの頭をさらりと撫でながら、樹先輩は少し申し訳が立たないようにお母さんの方に顔を向ける。
「構わないわよ。樹君には色々とお店のこと手伝ってもらったし、それに和菓子を好きになってくれる子が増えてくれるのは嬉しいからね」
「……ありがとうございます」
柔らかな表情で返すお母さんに対し、樹先輩もかすかに微笑みを浮かべている。
樹先輩は私達と違って、大人のいる世界に入り込むことができているように見えて、それでもいつもは私達のいる高校生の世界に属しているのが不思議な感じがする。
「ほら、明日花も」
「うん、あの、ありがとうございます!菜々子さん!」
「どういたしまして」
樹先輩に頭をトンと突かれた明日花ちゃんが、恥じらいを見せながらも折り目正しくお辞儀を返す様子を、お母さんも温かく見つめる。
仕事のことも明日花ちゃんのことも落ち着いたようなので、彼らの世界から離れたところにいた私達もその輪に加わろうと近づいていく。
「樹君、私の方からもありがとう。今週ずっとウチのこと手伝ってくれて」
「ほんとそうです!一体何とお礼をいったら……」
「オレからもだぞ、樹。ケーキ屋のこともあんがとな」
「いいって。皆にはいつも世話になってるから」
樹先輩はいまだ膝にくっつきながらこちらを見る明日花ちゃんの頭に手を置いたまま、いつも通りの穏やかな表情で私達に応える。
「明日花ちゃんもありがとう。味見とか付き合ってくれて」
「えへへ、こちらこそ美味しい和菓子をありがとう、春お姉ちゃん!」
私は明日花ちゃんと同じ視線の高さまで膝を屈めて言うと、明日花ちゃんはにっこりと眩しい笑顔を返してくれる。
「そしたら、オレらはそろそろ行きますね」
樹先輩はパソコンを袋に入れ、席の横に立てかけていたリュックサックにしまい込み、それを肩にかけて明日花ちゃんの手を握った。
すると、明日花ちゃんが樹先輩の手を強く握り返したと思ったら、そのまま体をくるりとさせて先輩の方へと向き直る。
「お兄さん!私、もっとお姉ちゃん達と一緒に遊んだりしたい!」
明日花ちゃんは断固とした決意を秘めた表情で樹先輩を見つめる。
「けどな、お姉ちゃん達も都合があるだろうし……」
「別に小咲達なら、今日はもう好きにしてもらっていいわよ」
「菜々子さん……」
私とお姉ちゃんが口を開く前に、お母さんは勝手に言ってしまったので、私達は口を開けたまま固まり、樹先輩も少し困ったような表情を浮かべる。
「あのな、明日花。おばあちゃんも今日は昼終わりで家にいるから、帰ってあげないと」
「それなら、お姉ちゃん達をお家に呼べばいいでしょ?!」
無邪気に笑う明日花ちゃんに対し、樹先輩はこめかみを若干押さえてため息をつく。
いつもは何事にも余裕を感じさせ動じることのないように思える樹先輩が、明日花ちゃんという年下の女の子に振り回されている。
その様子はどこか珍しく新鮮に映り、思っちゃいけないんだろうけど、困っている樹先輩もいいなって私は口元を緩ませる。
「……小咲、春、それに楽。今日って大丈夫?」
「私は大丈夫だよ!春もだよね?」
「うん!お姉ちゃん」
「オレも大丈夫だけど、いいのか樹?」
「今から電話してくる。ちょっと待ってて」
そう言うと、樹先輩は店の隅の方まで行って、スマートフォンを取り出す。
待っている間、明日花ちゃんは楽しそうに私達の間を行ったり来たりしながら、そのルビーの瞳をキラキラさせて樹先輩を見つめている。
やがてスマートフォンから耳を離して、樹先輩がこちらへと戻ってくる。
「来ていいって。各自準備が出来次第向かうか」
樹先輩は先程までの困り顔からまたいつもの穏やかな表情に移り変わり、私達に呼びかけた。
おやつどきの時間も過ぎて夕方の足音がしてきそうな頃、気づけば私達は樹先輩に連れられて、明日花ちゃんとそのおばあちゃんが住んでいるお家まで辿り着いていた。
一面に並べられた瓦。漆喰塗りの壁。木々などが整えられた庭。そこには昔ながらの日本家屋が、堂々と私達の前に姿を現していた。
和風大好きな私は、既にこのお家の外観にすっかりと心惹かれている。
「楽の家よりかは随分とこじんまりしてるかな」
「え、一条さんのお家ってそんな大きいんですか!?」
「いや、大きさのことはいいだろ、樹……」
外の玄関を開けながら、樹先輩達は談笑しながら敷地内へと入っていくので、私もお姉ちゃんと一緒に遅れないようについていく。
お姉ちゃんも周囲をチラチラと見ながら何だか落ち着きがない様子だ。
「只今戻りました」
「おばあちゃん、ただいまー!!」
樹先輩は引き戸の玄関をガラガラと開け、明日花ちゃんが元気よく家の中へと呼びかける。
すると、奥の方からパタパタと着物姿の小柄な女性がこちらへと近づいてくる。
「ようこそ御出で下さいました。明日花の祖母で、樹の大叔母の
口元に袖を当てて、まるで少女のようににこやかに笑う知佳さんは、私の目にはとても若々しく見えて、お母さんでも通っちゃうんじゃないかって気がする。
「いつも通りでいいよ、知佳さん」
「そうもいかないわよ、樹。ここに若い子が来るなんて久しいんだから」
「それもそうか」
樹先輩が軽口を叩く一方で、知佳さんは靴箱からテキパキと人数分のスリッパを取り出している。
「じゃあ知佳さん。改めて紹介するよ、こちらから……」
知佳さんの方が落ち着いたとみるや、樹先輩は私達の方へ目配せする。
私達も樹先輩に近い順に名前などの簡単な自己紹介をした。
「一条君に、小咲さんに、春さんね。樹から聞いてはいたけど、皆とてもいい子たちね。さ、上がって上がって」
声を弾ませる知佳さんにつられるがまま、私達はスリッパを履いてリビングの方へと案内される。
外観からてっきり昔ながらの畳や障子ばかりの空間をイメージしていた私は、障子はあるけれど畳ではなく床など、和とモダンが融合したような内装に心を完全に奪われてしまい、リビングに着いて見渡してはウットリするを繰り返している。
そして、この空間に自然と溶け込むことのできる樹先輩の姿が、和の効果もあってか普段以上に凛々しく刺激的に映って、私は独りでに頬を赤らめてしまう。
「それじゃあ、知佳さん。あの人にも挨拶してくるよ」
「ええ」
リビングに荷物を置いて、場が落ち着き始めたタイミングで樹先輩は知佳さんに声をかけ階段を駆け上がって行ってしまう。
「すみません、知佳さん。樹の言ってたあの人って誰のこと言ってるんすか?」
「あら、あの子、何も言ってないのね」
あの人、という言葉ににいち早く反応したような一条先輩が、私達よりも先に知佳さんに尋ねる。
あの人って誰だろう。
私もお姉ちゃんもお互いによく知らないことなので、とぼけた顔をしながらお互いを見合わせる。
「直接行った方が早いから、ついてきてくれるかしら」
お庭で咲いているキボウシに夢中の明日花ちゃんを残し、私達も知佳さんに連れられて二階の階段を上がり、障子に仕切られた幾つかある部屋部屋の中の一つの場所で立ち止まる。
「樹、入るよ」
知佳さんが呼びかけたら、どうぞ、と中から樹先輩の穏やかで低い声が聞こえてくるので、障子を開けて私達は中へと入る。
そこには、胡坐を組んで座ったまま、顔だけこちらに振り向いている樹先輩がいる。
樹先輩の体が向く方向には、満面の笑みで宝石のような赤い瞳を輝かせている、ショートボブの女性の写真が飾られた仏壇がある。
「邪魔して悪いわね、樹」
「いいよ、知佳さん。大体伝えたし」
ちょっとばつが悪そうな振りをする知佳さんに、樹先輩は写真の女性の方へ視線をずらして応答する。
……何だろう。
樹先輩の雰囲気がいつもよりも少し、ほんの少しだけど、私やお姉ちゃん達といる時に比べて、不思議と物憂げな感じがする。
「知佳さん、申し訳ないんですが写真の方って……」
お姉ちゃんが恐る恐るといった感じで、私達三人が気になることを知佳さんに訊く。
「ええ、この子は私の娘の、
「そうなんですか……」
部屋の中は何とも言えぬ静けさで覆われてしまう。
あの人とは、明日花ちゃんのお母さんの明香里さんのことだったのだ。
樹先輩のお家で勉強会をした時の帰り道を思い出して、私は明日花ちゃんや知佳さん、そして樹先輩のことで胸が締め付けられるような感じがする。
「樹にとっては、明香里は物心ついたときから知ってる人かしら?明香里も樹の母親とは仲良くて、あの子がアメリカに留学した時も樹達のところにお世話になったのよ」
知佳さんは気丈に振る舞って話題を持ち出す。私は思わず声を上げてしまう。
「樹先輩ってアメリカにもいたことあったんですか?!」
「三年ほどだけどね。親の仕事の関係で」
「あなたのご両親はお互い、いつも忙しそうにしてるものね」
私のところのように生まれてからずっと同じ場所にいるんじゃなくて、樹先輩のところは本当に色んな所を飛び回ってるんだな、と感心する。
「だから、明香里にはむしろ世話かけてもらってたよ。まあ、中学から今度はこっちが押しかけることになったけど」
「皆さん聞いてるかもしれないけれど、中学から四年間、樹はイギリスにいたの」
「はい、樹から聞いてます」
「それでね、その時現地でちょうど夫と離婚していた明香里と、今よりももっと幼い明日花と一緒に、三人で暮らしてたのよね」
「明香里さんも明日花ちゃんもイギリスにいたんですか!?」
「……明香里の諸々の都合でね。明日花は小学校に上がる段階で私の所に来たのだけれど」
「え、ということは、樹先輩って明香里さんと……」
そこまで言おうとすると、階段を駆け上がってくる音がしたと思えば、明日花ちゃんが怒ったようにしてこちらにズンズンと向かってくる。
「皆、お母さんのところにいたんだね!気づいたら誰もいなくて心配したんだから!!」
お冠の様子の明日花ちゃんは、言葉を並べていくうちに泣き出しそうになっていく。
そこへ、いつの間に移動したのか、樹先輩が明日花ちゃんの前まで来て、頭を撫でる。
「ごめんな、明日花。寂しい思いさせちゃって」
「う、ううん。こちらこそ怒鳴ってごめんなさい、お兄さん」
明日花ちゃんは涙目で俯きながら、安心したように口元を少しずつ緩めていく。
すると、明日花ちゃんのお腹から可愛らしい音が部屋に鳴ってしまう。
顔を上げ始めていた明日花ちゃんは、今度は頬を赤くしてさらに俯く。
「さて、少し早いけどお夕飯の支度をしましょうか。皆さんも是非お食べになっていって。樹、あなたはお手伝いよろしく」
「いいんすか?!ありがとうございます!」
知佳さんのお言葉に即座に感謝の意を伝える一条先輩に従って、私とお姉ちゃんも知佳さんに慌ててお辞儀を返す。
そんな様子を知佳さんは、あらあらいいのにといった感じで温かく見た後に、樹先輩の方をそのままそっと見やる。
樹先輩は一息ついてから、明日花ちゃんの手を取って階段の方へ向かっていく。
そんな樹先輩の後ろ姿を見やりながら、私は自分の中に湧き上がってくる疑念のことで頭をぐるぐるさせる。
あんなに懐かしそうに。あんなに親しそうに。
あの人は、一回りは年が違いそうな明香里さんのことを、呼び捨てで。
一体、樹先輩にとって、明香里さんとはどんな存在なのだろう。
先輩のことならどんなことでも知りたがるようになってしまった悪い子の私は、確かめたいと逸る気持ちを抑え込むように、皆の足並みに合わせてゆっくりと階段を一段また一段と降りた。
第十五話『シリタイ』をご一読下さり、ありがとうございました。
いかがだったでしょうか。
今回の話は次の話と合わせて、前後編みたいなものです。
それでは、また次のお話で。