若草のような君に   作:享郎

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 第十七話にお立ち寄り頂き、ありがとうございます。

 前まで詰め詰めで書いてましたが、少し変えてみました。
 これまでの話もそのように修正してあります。

 それでは。


第十七話 ハナビデ

 7月もあと数日したら終わる。

 日本の夏は、肌をこんがり焼くメラメラとした暑さもあれば、肌がべったりするジメジメとした湿気もある。

 一方で、夕立の雨はまるでシャワーを浴びるみたいで気持ちいいし、木々の生い茂る緑とカラッと晴れ渡る空色の組み合わせは素晴らしい。

 そんな日本の夏も、まもなくその盛りの8月がやってくる。

 知佳さんの家の縁側で、オレンジ色に照らされている庭の植物たちを眺めながら、オレは取り留めもなくそんなことを浮かべる。

 

 明日花のおねだりで三人が訪ねてきた日から、一週間は経っているだろうか。

 今日は、小咲と春の言っていた花火大会の当日だ。

 あの時小咲に尋ねられ、その場の流れでオレはそのままOKと返してしまった。

 けれど、知佳さんと話して、いやその前からも、オレはすっかり小咲と春との関係について頭を悩ませていた。

 

 ――――あなたのしたいようにすればいいのよ。

 

 そうして思惟する度に、脳裏には紅い唇を覗かせる明香里の言葉がリフレインされてくる。

 ますますどうすればよいのか分からなくなってくる。

 望みはそれこそ言葉にしきれていないだけで、オレの心を激しくドンドンと打ち付けている。

 なのに、オレのいる部屋にはとても簡単には手放しきれないものがある。そのせいでオレは狼狽え、怯え、怖がり、結局はうずくまってしまう。

 あの日も、この前も、知佳さんには忠告されてきたのに。オレは全くもって前進しきれず立ち止まったままだ。

 思考の波を断ち切るために、オレはため息を一つついて、そばに置いてあるコップ一杯分のレモンティーを飲み干す。

 すると、リビングの奥の方からこちらへと、元気のよい足音が近づいてくる。

 

「お兄さん!!見て見て!おばあちゃんに着付けてもらったんだ!」

 

 ルビーの瞳をキラキラと輝かせながら、明日花はオレの前でその浴衣姿を回って見せる。

 

「よかったな。いい感じじゃん」

 

 浴衣は赤地に水色の朝顔が所々あしらわれている。

 天真爛漫な明日花にはよく似合う。

 

「でしょ!お兄さんも浴衣いい感じだね」

「どういたしまして」

 

 実のところオレも、知佳さんに促されるがまま、用意してもらった浴衣に自分でパパっと一足早く着替えていた。

 女性陣の準備は時間がかかるのもあり、待ち時間が思いの外できてしまった。

 そのために、つい先ほどまで縁側で黄昏る羽目になったので、こうして明日花が来てくれて安堵する。

 そう、女性陣は時間がかかる。

 今回、知佳さんは花火大会には付いてこない。

 なので、他に誰のことを待っているのかというと……。

 

「樹君、お待たせ」

「随分とお待たせしてすみません、樹先輩」

「お姉ちゃんたちも着付け終わったんだね!」

 

 少し申し訳なさそうにしながら、こちらへ顔を覗かせてくる小咲と春の姿がそこにはある。

 どうしてこんなことになったのか。

 前回の帰り際に知佳さんが、浴衣を貸してあげる、と秘密裏に提案していたみたく、二人もオレに黙って了承していたとのことらしい。

 

 オレがそれを知佳さんから知らされたのは、今日の昼食を取っていた時だった。

 口に含もうとした水を思わず吹き出すとところだった。

 

「お二人とも、元々がとっても良いから、浴衣が映えるわ~」

「「あ、ありがとうございます…」」

 

 今回の首謀者はオホホといった感じで、口元に袖を当てながら、二人の着物姿とその反応を楽しんでいるようである。

 

「樹も何か言ってあげたら?」

「…知佳さん」

 

 ご機嫌な知佳さんは、その矛先を二人からオレへと向ける。

 小咲と春も照れていた様子から一転し、どこか期待しているような目でこちらへと振り向く。

 小咲の方は白地に赤と水色系のダリアが彩られている。

 春の方はクリーム地にピンク系の縞模様であしらわれ、紫色の帯が良いアクセントとなっている。

 

「そうだな…、二人とも、それぞれに似合ってるし、いいと思う」

 

 それぞれの浴衣姿を数秒であるがまじまじと見た割には、大したようなことも言えず。

 今度はオレが二人に対して、少し申し訳ないような気持ちになる。

 しかし、当のご本人達は顔を俯かせ、頬をほんのりと赤らめた様子である。

 どうやら悪いわけではなかったとオレは一息つく。

 

「さあ、皆さん!気をつけていってらっしゃい」

 

 満足したように微笑みを浮かべる知佳さんに送り出される。他の皆との待ち合わせの場所である花火大会の会場まで、四人連れ立って向かう。

 そういえば、花火なんていつ振りだったろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「千棘ちゃん!お待たせー!」

「小咲ちゃん達~!やっほ~!」

 

 私は集合場所である屋台の前で、一人佇む千棘ちゃんへ声を掛ける。

 私と春、樹君と明日花ちゃんの四人でここへ向かう途中で、るりちゃんと風ちゃんとも合流した。

 私達は花火大会の会場として、多くの屋台と人で賑わう河川敷に辿り着いた。

 

「明日花ちゃんも来たんだね!!今日は楽しもうね~!!」

「うん!千棘お姉ちゃん!!」

 

 千棘ちゃんが明日花ちゃんの方へと駆け寄っていく。

 明日花ちゃんもそれに応じるように、輝くような笑顔で千棘ちゃんに抱きつく。

 

「桐崎さん、楽達は?」

「買い出し!そろそろだと思うけど――」

「おーーい、戻ったぞ~!」

 

 樹君と千棘ちゃんが言葉を交わしている間に、一条君の呼びかけが聞こえてくる。

 声のする方向へ振り向くと、ビニール袋を片手に持つ一条君とともに、舞子君と鶫さんも連れ立ってやってきていた。

 

「皆着いてたか。ほれハニー、焼きそばとイカ焼きとリンゴ飴」

「ありがと~、ご馳走様~」

「誰がおごるっつった!?」

「あれ、楽のおごりじゃないの?」

「樹も乗るなよ!」

 

 一条君と千棘ちゃんに樹君も加わって、賑やかしげな会話が繰り広げられる。

 樹君って、昔も今もこういうときノリがよくなるよね。

 何だかそんなあなたは、こうした時間は少し気を緩めることが出来てるのかな。

 そんな風に感じられて、私は勝手ながらちょっぴり安心するのだ。

 

「……そういや、今年こそ見れるかなぁ、例の花火」

「……それ“お結び玉”の事?」

「?なんだよそれ」

 

 舞子君とるりちゃんがそんなことを呟くので、一条君達も会話を止めて尋ねる。

 

「知らないの?毎年ここの花火大会では年に一発、いつ上がるかわからない幻の花火があるんだ。それを男女二人で見ると結ばれるって言われてるんだよ」

「よく知ってるな、集」

「お前そういう話ホント好きだな」

 

 舞子君の説明に、樹君はへえといった感じで、一条君は半ば呆れるように相槌を打つ。

 私も、そんなのあるんだ、と聞き通しながら、ある妄想を膨らましてしまう。

 するとそこから、橘さんが一条君へと突っ込んでくる。

 “お結び玉”を一緒に見るようにと、体を寄せて熱心に誘っている。

 堤防の方を眺めると、既にハート型で照明付きの二人用の椅子が用意されている。

 橘さんのやることは相も変わらず大胆で積極的だ。

 呆気にとられることも多いけれど、その心意気はすごいなっていつも思う。

 

「まぁ今年は皆で見る事になりそうだね。楽、こっそり抜け出して、誰かと二人きりになろうとするなよ?」

「しねーよ、んなこと!!」

「楽様私と!!ぜひ私と……!!」

 

 舞子君から一条君へと釘を刺すような一言に、私も少なからずドキリとしてしまう。

 なぜなら、樹君とこっそり二人で抜け出そうかなって、さっき妄想しちゃったから……。

 もしそんなことになったらどうしよう。どうしてしまおう。でも、そうなったらいいな……。

 

「ちょっ……小野寺!」

 

 独りでにそんなことを浮かべては体を熱くしていた私に、一条君がどこか慌てたような感じで呼び戻す。

 

「春ちゃんの事、ちゃんと見といた方がいいぞ?あの子、とんでもなく方向音痴だろ…?」

「あ、うん、分かってる」

 

 小声でひそひそと伝えてくる一条君。

 私も春の方向音痴な面を思い出し、苦笑いを浮かべる。

 皆が皆それぞれで会話している様子を見る限り、どうやらいつの間にやら、花火が始まるまでは自由時間になったらしい。

 

「余計なお世話ですよ、一条先輩。高校生にもなって迷子になんかなりませんよ」

「あ、ゴメン。聞こえてたか」

 

 私達の会話が聞こえていたらしい春が、ずいっとこちらへ顔を覗かせる。

 

「それと、お姉ちゃんを『小野寺』って呼ぶのもやめて下さいよ」

「へ!?」

「私だって小野寺なんですから。そう呼ばれると、たまにごっちゃになるんです」

「じゃあ…なんて呼べば…」

「下の名前で呼べばいいじゃないですか、フツウに」

 

 話を黙って聞いていれば、突然に何て事を言い出すのだ、春は。

 あまりのことに顔を赤くしてしまった私に、一条君も同じように顔を赤くしてこちらの方を見やる。

 

「え……と……小咲?」

 

 一条君から下の名前で呼ばれるのは、恐らく初めてかもしれない。

 なので、私は思わず照れてしまい、視線を一条君から逸らしてしまう。

 おかしいな、さっきまで樹君のことばっかり考えてたのに。樹君に思いを寄せるってとっくに決めたのに。こうしたことで前まで想いを寄せていた一条君にドキドキしてしまう。

 私って実は相当はしたないのかも。

 

「や、やっぱり普段通りでいこうぜ」

「そ、そうだね!」

 

 笑いかけてくれる一条君の厚意に甘え、私は俯きながら頷き返す。

 そこからは、自由行動と言うものの、基本的には皆である程度固まって回ることになった。

 明日花ちゃんと手を繋ぎ、一条君や千棘ちゃん達と一緒に歩く樹君。

 その後ろ姿を私は少し引いたところから、るりちゃん達と一緒についていく。

 暫く時間が経っただろうか。

 るりちゃんが屋台で買ったものをたくさん食べる様子に、どこにそんな量のカロリーが消えていくの、と隣で羨ましがっている内に、ある人物の姿が見当たらないことに気付く。

 その子と最も近くにいたであろう子に居場所を尋ねてみる。

 

「風ちゃん、春を見てない?いつの間にかいなくなって……」

「それが……私もさっきはぐれちゃって」

「う~ん、大丈夫かな、あの子……」

 

 どうやら目を離している間に、春とははぐれてしまったようだ。

 あの子は、何故だか分からないけれど、フラフラとどこかに行ってはすぐに迷子になってしまうことがしばしばある。

 今回も多分その類のものだろう。

 恐らく一人だろうけど、花火の時間も割と近くなってきてる。

 探しに行くかどうか迷っていると、浴衣姿の彼がこちらに近づいてくる。

 

「春が一人ではぐれたらしいって本当か、小咲?」

「う、うん、そうみたい、樹君」

 

 樹君はやれやれといった具合に口元を少し曲げた。

 しかし、またいつもの澄ました凛々しい表情に戻る。

 

「オレが春を探してくる」

「え、でも……」

 

 そしたら、あなたと一緒にいられない。

 

「こんなところで女の子一人は、ちょっと危ない気がするし、探すなら男のオレが行った方がいいだろ」

 

 樹君は理性的に、合理的に状況を把握して、筋の通った説明をしてくれる。

 けれど、私の個人的な感情がそれを引き留めようとする。

 

「じゃ、じゃあ、私も一緒に行く!」

「駄目、小咲には頼み事がある」

「頼み事?」

 

 私の試みは樹君にすぐに却下されたかと思えば、頼み事とは。思わず私はキョトンとする。

 

「オレが春を探しに行ってる間、明日花と一緒にいてくれないだろうか。幸い桐崎さんとかにも可愛がられてるけど、頼めるとしたら君だけなんだ」

「私、だけ…?」

 

 樹君が、君だけ、なんて言うのだから、私はときめいて心臓が加速してしまう。

 

「そう。だから、任せてもいいかな?」

 

 樹君の真っ直ぐな眼差しが、私の瞳を貫いてくる。

 

「…うん、分かった。花火までには戻ってきてね」

「ああ」

 

 川が流れるがままに、樹君はそのまま私達から背を向けて、人ごみの中へと紛れて行ってしまう。

 樹君の姿が見えなくなった後、私は明日花ちゃんの元まで歩み寄る。事情を伝えて、私は樹君の代わりに明日花ちゃんの手を取る。

 

 ――――樹君に、頼られた。頼ってもらえた。

 

 そのことだけで私の心はポカポカと温まる。

 私と手を握る明日花ちゃんがこちらを見て笑顔を振り向けてくれるのに対し、私もその嬉しさを表すように微笑み返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 祭りもいよいよ中盤戦へと差し掛かっているようで、賑やかさも一層増してきている。

 私は人ごみに溢れた道の真ん中にいくつかあるベンチの一つに座り、自分に失望しながらへたれこんでいた。

 風ちゃんに連れられ、皆と少しだけ離れて出店を見回っていた。

 けれど、私がご飯を買いに行くと言って、風ちゃんとも別れたきり、完全にはぐれてしまって独りぼっちだ。

 ここがどこかも分からないし、通信が悪くて連絡も取れない。

 やってしまった。迷子になってしまった。

 せっかくのお祭り気分も台無しだ。

 それに、お姉ちゃんや一条先輩にあんなこと言っておいて迷子になってる。

 何とも自分が情けなく、恥ずかしい。

 樹先輩なら、私の王子様なら、私の事助けに来てくれるかな……。いや、ダメダメ!こんなことで弱気になってどうする、春!

 とはいえ、この人だかりの中で知り合いを見つけられるとも……。

 

「そこのお嬢さん、可愛いね~。俺達とどっかで遊ばない?」

 

 声がする方向を見上げると、大学生くらいの男性が二人。私の目の前まで来ていることに気付く。

 

 こ、これって、俗に言うナンパってやつじゃ……!

 

 私は途端に怖気づいてしまい、わなわなと口を開けなくなってしまう。

 

「まあまあ、とにかく一緒に遊ぼうよ」

 

 男性のうちの一人の手がこちらへと段々と伸びてくる。

 怖い、やだ、助けて、樹先輩……!

 私はぎゅっと目を瞑る。

 

「悪い、待たせたな」

 

 聞きなじんだ落ち着きのある声がするので、目をゆっくり開ける。

 白の細縞の入った灰色の浴衣を着た樹先輩がそこにやってきていた。

 

「なんだ、彼氏持ちの子か」

「だな、行こうぜ」

 

 彼らよりも一回り背の高い樹先輩に気圧されたのか。男性二人は逃げるように群衆の中へと消えていった。

 彼らがいなくなったのを確認して、樹先輩はジト目をしながら、惚けている私の方へ顔を向ける。

 

「……高校初日以来、二回目だな。こういうの」

「す、すみません!!あのままだったらどうなってたか…。樹先輩、また助けて下さりありがとうございます……!」

「ほんと、どっかに連れていかれてなくて良かったよ」

 

 樹先輩は目を閉じてほっと一息つくと、そのまま私のすぐ隣に腰かけた。

 見つけてもらえたこと、助けてもらえたことですっかり安心しきった私は、先輩が側にいるのを見て、急に心臓の音の高鳴りを感じずにはいられなくなる。

 

「先輩、よく私のこと見つけられましたね」

「春、確か風ちゃんと一緒に、オレらとは逆方面に行ってただろ。だから、風ちゃんに言われて小咲に確認してから、急いでこっちまで回ってきただけのことだよ」

「そうですか……」

 

 よく見ると、樹先輩の首元には汗がうっすらと滲んでいる。

 表情では見せないけど、私のために、頑張って探し回ってくれたんだ。

 そう思うだけで、胸がどこかきゅんとしたり、心が何だかくすぐったかったりする。

 それに今日は、いつもの制服姿や私服姿とは違い、浴衣姿の樹先輩。

 ただでさえ和風が好きな私には効果抜群だ。

 もう、この人はどんだけ私のことを好きにさせるつもりなんですか。

 そんなことを脳内で繰り広げていると、樹先輩はおもむろに口を開く。

 

「さて、皆も心配してるだろうし、そろそろ向かおう。立てるか?」

 

 樹先輩は立ち上がって、穏やかな表情で私のことを見てくれる。

 

「きょ、今日は立てますよ!ほら、この通り!」

 

 私は、前とは違うと樹先輩にアピールするかのように。わざとらしく大げさに、バッと立ち上がって見せる。

 

「よかった。じゃあ、ほら」

「ふえ?」

 

 私の様子を見て微笑む樹先輩は、私の方へ右手を差し出してくる。

 そのまま有無を言わせず私の左手をそっと掴む。

 

「またはぐれたら困るだろ。皆のいるところまではこれで我慢しな」

「は、はい……」

 

 人でごった返している通りに向けて歩き出す樹先輩。

 私は火照らせた顔を隠すように、俯きながら口を紡いでついていく。

 また樹先輩と手を繋ぐことができるなんて、夢みたいだ。

 先輩の手は変わらず、頼もしくて、大きくて、優しくて、とても安心する。

 今日二人きりになれるとは露とも思ってなかったので、こうして想い人と二人きりになれてしまうと、ついわがままなことも考えてしまう。

 急いでるんだろうけど急ぎ過ぎないように。

 歩幅をゆっくり合わせてくれる樹先輩に私は言葉をかける。

 

「樹先輩、申し訳ないんですけど……」

「どうした?」

 

 樹先輩は足を止めて、私へ訝しげな表情を向ける。

 

「あれ、やってみたいです」

「あれ?」

 

 私が控えめに指差す方向には、水風船を子供用プールにプカプカと浮かべる屋台がある。

 先輩と二人きりで一緒に、お祭りを少しの時間でも楽しみたい。

 

「いいよ、やろうか」

「やった!やりましょう、先輩!」

 

 私のそんな思いを汲んでくれたのだろうか。

 樹先輩は相好を崩して、その屋台へと先輩の手を引く私についてきてくれた。

 店主の方から釣り針をもらうと、私達は二人隣り合わせで腰を下ろして、水風船を取ろうと意気込む。

 けれどこれが中々難しく、上手くいかない様子でいる私を見かねて、樹先輩がお手本を見せてくれる。

 爽やかに笑みを浮かべてやり方を教えてくれる樹先輩。

 取れた水風船を得意気な顔をして見せてくれる樹先輩。

 私が教えられた通りにできるか優しく見守ってくれる樹先輩。

 どの先輩も素敵だ。

 私が慎重に慎重に吊り下げた釣り針は、水風船へしっかりと引っかかる。

 

「取れた!!やりましたよ、樹先輩!」

「よかったな」

 

 水風船を取り上げることができた喜びと嬉しさで、私は胸がいっぱいになった。

 私はそれを大っぴらに見せびらかすように、樹先輩の方へ体を傾けた。

 樹先輩もこちらを見やり、頬に手を当てながら目尻を下げている。

 そんな先輩が愛おしくなって、私はまた顔を綻ばせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「花火、とっても綺麗だったな~!」

「そうだったよね~、明日花ちゃん」

「うんうん!ハート型のやつとかスゴかった!!」

 

 花火も打ち終わりを迎え、帰路につく人も次々と出てきた。明日花は感激して、テンションが上がりまくっている。オレ達は今日の花火大会のことなどでワイワイと立ち話をしていた。

 迷子の春を見つけ、花火が打ち上がる前に皆と合流できたので、花火は皆で揃って見ることが出来た。

 出来たのだが、思ったより合流には時間がかかってしまった。

 明日花の面倒を任せていた小咲には、遅いよとか、心配したよとか、若干小言を言われた。

 何せ二人で皆と合流を目指す途中、春が、水風船などであんまり楽しそうにはしゃいだり、大判焼きなどをあんまり美味しそうに頬張ったりするものだから。

 こっちも春のそんな様子を見るのが楽しくなってきてしまい、ついつい所々で寄り道を繰り返すことになってしまった。

 些細なことであっても、その嬉しさや楽しさを、表情や体全体で表現することのできる。そんな人が今のオレには眩しくも羨ましく映る。

 

「おーい、皆~!これやらない?」

 

 集が手に線香花火の袋をいくつか持って、皆へ呼びかける。今回の花火大会の最後のイベントということで、皆もそれぞれ思い思いに袋から線香花火を持ち出していく。

 

「お兄さん、どうやったらいいの?」

 

 向かいに座り込む明日花がオレにそう尋ねてきた。

 向こうの方には楽達がいる。

 こちらにはオレの両隣に右が春、左が小咲と気づいたら陣取られていて、春と小咲の隣には風ちゃんと宮本さんもいる。

 

「ほら、こっちに近づけてみな」

 

 言われた通りに近づけてきた明日花の線香花火の先に、オレはすぐ側に置いてあったライターで火を点ける。

 

「あ、火点いた!ど、どうしよ、お兄さん」

「そのまま、なるべく揺らさずに。そうそう」

 

 流石、聞き分けの良い子だ。

 教えた通りに線香花火を持ち、火の玉がパチパチと飛び回る様子を興味深そうな目で見つめる明日花を見ながら、オレはほっと一息つく。

 両隣の二人も、それぞれの親友と線香花火を楽しんでいるようだ。

 全く、オレが今となっては教える側の立場になるなんて、想像もしなかった。

 

 5,6歳の頃の夏だろうか。

 凡矢理にいて、まだ当時大学生の明香里に連れられて、どこかの花火大会に行ったっけ。

 あの時、花火のはの字も、屋台のやの字も知らなかったオレは、明香里にとことん色んな所に連れ回された。

 水風船の取り方も。線香花火の火の点け方も。花火大会におけるその他諸々のことも。

 思い出してみれば、全部あの人に教わった。

 こういうのを人に教える時、あなたもこんな気持ちになりましたか。

 是非とも明香里には尋ねてみたい。

 

 すると、花火大会に来る前に頭に浮かんだ、花火はいつ振りだろう、という疑問がここに来て再び浮かんできた。

 花火大会のような大袈裟なやつで言えば、一昨年から昨年への年越しに二人で見たカウントダウンの花火である。

 だが、花火という括りで言うなら、去年の今頃に遡る。

 少し体調も良くなってまだ動けた明香里の誘い文句に捕まり、宵の口に病院を抜け出してすぐ近くの公園で隠れるように。

 これまたどこに隠してたのか知らない線香花火の袋から、一つ一つ取り出して火を点けあった。

 今右手に持っている線香花火の踊る様子を見ながら、オレはそんなことを思い出す。

 

 ――――線香花火って私みたいよね。

 ――――何ですか、藪から棒に。

 

 明香里は突然に、よく分からない比喩を平然と持ち出すことがあった。

 

 ――――夏の蝉と一緒よ。

 

 オレが分からなそうに目を点にしていると、あの人はヒントをくれる。

 

 ――――また来年もこうしてましょうよ。

 

 オレは上手い返しが思いつかず、子供じみた願望を言うに留まった。

 

 ――――ええ、あなたがそう言うなら。

 

 暗がりでぼんやりとしか見えなかったあなたは、どんな表情をしてたっけ……。

 

「お兄さん」

 

 明日花の声掛けにハッとして、オレは現実の世界へと引き戻される。

 見渡すと何故か、明日花も。隣にいる小咲も春も。それどころか風ちゃんや宮本さんも。心配そうな、困惑してそうな表情をオレに向けていた。

 

「どうして泣いてるの?」

「え?」

 

 左手で左頬に触れると、目から流れ出してきたものが伝うのを感じる。

 触れていない右頬から雫がこぼれ落ちると同時に、オレの持っていた線香花火の玉も地面へとポトリと落ちていった。

 

 




 
 第十七話『ハナビデ』をご一読下さり、ありがとうございました。

 いかがだったでしょうか?

 些細なことでも、ふとした時に涙が出ちゃうこととかありますよね。

 それでは、また次のお話で。
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