第一話の後書きにある通り、連投です。
第二話にもお立ち寄り頂き、ありがとうございます。
それでは。
「よいしょ、よいしょ……」
授業も終わり、廊下が生徒達で騒がしくなってきた。
高校での初めての放課後だというのに。
私は担任の先生に頼まれて、抱えれば私の背丈と同じくらいに迫るほどの量のプリントを職員室へ運んでいる。
「きゃっ!」
「あ、悪ぃ」
その途中、向かい側から歩いてくる男子とぶつかってしまい、私はプリントを落としてしまった。
男子の方は一言声はかけてくれたものの、そのまま歩き去ってしまう。
廊下には、ばらまかれたプリント達と、ポツンと尻餅をついている私だけが取り残された。
「ああっもう!」
何今の男子。これだから男の子って……。心の内で毒づきながら、散らばっているプリントを苛立たし気に拾い集める。
「大丈夫か?」
背後から突然呼びかけるような声がしたので振り向く。
そこには十字の髪留めをつけた先輩らしき男の人が、プリントを一枚手に取りながら、こちらを気にかけるように覗き込んでいた。
「す、すみません。何か手伝ってもらっちゃって……」
「いいって。ただのついでだし」
あれからその先輩とプリントを拾い集め、今は廊下を二人並んで、プリントを両手に抱えながら職員室へと歩を進めている。
手伝ってもらっている上に、先輩に自分が運んでいるのと比べ、二倍以上の量を運ばせていることに、私は先輩の厚意に痛み入る気持ちだ。
「その帯の色、君一年生?」
「はい。あの、先輩は……先輩ですよね?」
「オレは二年。分かんないことあったら何でも聞いてくれ」
二年、と聞いて私は、隣歩く先輩から、宮森先輩へと意識を傾けてしまう。
先輩に直接お礼をするという約束をした。
けれど、実際に何をするのか。どうやって。いつ会えるのだろうか。色々と漠然としてて、どうすればいいか悩ましいところだ。
そうこうしている内に、私は現実へと戻り、先輩に何か言わなくてはと立ち止まる。
「でも正直助かっちゃいました。私まだ職員室の場所とかうろ覚えで……。それに、ちょっと安心しました。私、中学が女子校で、共学って少し不安だったんですけど、先輩みたいな優しい人もいるって分かりましたし。実は今朝も、この学校の男の先輩に助けてもらったりして!」
「へぇ、よかったなそりゃ」
「本当は今すぐにでもその先輩に会いたかったりするんですけど……」
そこまで言って、私は宮森先輩以外にもう一人。二年の先輩を探していたことを思い出す。
「あ、そうだ!先輩、二年生だとおっしゃいましたよね?」
「え?ああ」
「私、実はその人ともう一人、二年生で探さなければならない先輩がいるんですが、ご存じないですか?噂によれば、この学校では有名な方らしいのですが」
「有名?そいつの名前は?」
先輩がそう私に聞き返すと、廊下の奥の方から別の男子生徒の声がした。
「おーーい、一条!さっきキョーコちゃんが探してたぞー!」
「サンキュー!すぐ行くわ!」
一条と呼ばれた先輩は、男子生徒へ適当な返事をし、私の方へと向き直る。
「で、何だって?」
私は目の前の先輩が、探している先輩と同じ苗字であることに驚きを隠せない。
「一……条?」
そう呟くと、目の前の人物が探している人物と同一なのではないか。そんな疑いが肥大していく。
私は抱えていたプリントを放り出して壁際に後ずさるほど、背筋がぞくぞくしてしまいながらも、確かめるように先輩に尋ねる。
「失礼ですが、この学校、一条って苗字の方は他にも?」
「いや、多分俺だけだけど……」
何が何やらという表情を浮かべる先輩を他所に、私は自分の中の疑いが確信に変わったことで一つ息を吐く。
「じゃあ、あなたがあの、一条楽先輩……」
「あの?」
「ヤクザ集英組の組長の息子で、超絶美人の彼女がいるにも関わらず、多数の綺麗な女の子を従えて、噂じゃ学校の権力を裏から牛耳っているという、あなたがあの一条楽―!?」
「ちょ、ちょっと待て待て待て!なんだその噂!」
「ひぃぃ、近寄らないでください!」
私は、迫ってくる目の前の忌々しい人物にぞわぞわとしながらも、先程の先輩の行動を改めて振り返る。
「じゃあ、まさかさっきのも。さっき私に優しくしてくれたのも、あれも女の子に取り入る手口の一つだったんですね!ひどーい!優しい人だと思ってたのに!」
「待て待て、ちょっとは人の話を……」
「私!あなたに一つ言っておくことがあるんです!」
蛇口を開いたように流れ出した私の言葉は収拾がつかない。
「これ以上!私のお姉ちゃんに……」
その言葉を口に出そうとした瞬間、開いた窓から桜の花びらを伴った強風が吹く。
廊下を、私たちを駆け巡るとともに、私のスカートを捲り上げ、クマさんのパンツをよりにもよって、あの一条楽先輩の眼前へ曝け出した。
廊下に再び静けさが戻ると、私は、恥辱にまみれ、涙目になった視線で、先輩を睨む。
「……見ました?」
「い、いや……。高校生にもなってクマさんはないかと……」
ついかっとなって、反射的に私は先輩にビンタを喰らわした。
「サイッテーー!!!サイテーです!サイテーです!この女の敵―!」
「お、俺のせいでは……」
私はこれでもかというほど、憎しみも込めながら、左頬を紅葉模様にして倒れこむ一条先輩へと罵声を浴びせかけている。
すると、別の方向から聞き覚えのある声がした。
「どうしたの一条くん?何の音?」
「また一騒動起こしてんのな、楽」
そこには、心配そうに見つめてくる私の最愛のお姉ちゃんと、呆れたように苦笑いを浮かべている私の王子様が、すぐ近くに隣並んで歩み寄ってきた。
新しい学校、新しいクラスでの一日も放課後となり、教室にいたクラスメイトが次々と散らばっていく中、オレは小咲に呼び止められていた。
「あの、樹君…。よかったら校内を少し散策しない?」
「ああ、いいよ。小咲が案内がてら校内を紹介し回ってくれると助かる」
断られるとでも思っていたのだろうか。
不安そうにしていた彼女はオレの返事を聞いた途端、花が咲いたような笑顔をこちらに振りまいてきた。
「うん!それじゃあ行こっか?」
……彼女の笑顔に何人の男がやられているのだろう、と少しくだらなく考えてしまう。
それからというもの、小咲と校内を色々と巡る中で、世間話も交えつつ、今日出会ったクラスメイトの話題に会話が及んだ。
「にしても、随分と賑やかな奴らに囲まれてるよな」
「そうだよね。去年もたくさんのことがあって楽しかったなあ……」
そう話す小咲の、懐かしみながらも柔らかい表情を見る限り、去年は本当に楽しかったんだな、と伝わる。
楽に集、小咲に宮本さん、桐崎さん、鶫さん、橘さん……。あんなメンツが揃っていれば、騒がしくもなるだろうし、楽しくもなるだろう。
「オレもあいつらと仲良くやっていけるといいな」
「大丈夫だよ!みんな、宮森君を喜んで迎えてくれるよ!」
「そうか、そうだといいな」
こうした小咲の、気遣いというか、優しさというか。小学校のときから相変わらずだな、と感心してしまう。
「そ、それに……、私だって樹君とまた仲良くなりたいし……」
口元に手で三角を作りながら、小咲は覗き込むようにこちらへ投げかける。
「もちろん、仲良くしてくれるとありがたい」
「ふふっ、またよろしくね」
当然の返答をしたはずだが、小咲は音符が出てきそうなくらい、上機嫌に廊下を歩いていく。
そういえば、小野寺さんは無事に高校生活初日を終えられただろうか。
彼女に、お礼をする、と言われはしたものの、次いつ会えるのかも分からない。それならばこの放課後の内にばったり会えたりしないだろうか。オレはそんな可能性の低いことを考えたりする。
すると、廊下の先でパチンと大きな音がした。
「何だろ、ちょっと見に行くか」
「うん、そうだね」
向かった先では、廊下にへたり込んでいる同級生と、顔を真っ赤にしてその同級生を罵倒する少女の、二つの姿があった。
「あ、ああ小野寺、樹。実はだな……」
「お姉ちゃん!それに、み、宮森先輩!」
オレと小咲の呼びかけに対し、楽と小野寺さんの二人がそれぞれの反応を示したと同時に、小野寺さんが小咲のもとへと駆け寄ってくる。
「あれ、春?どうしてここに?」
「お姉ちゃん安心して!私が来たからにはもう大丈夫だからね、ね!ね!」
「え?ええ?」
「お、お姉ちゃん!?」
興奮気味の小野寺さんに対し、やや困惑の表情を浮かべる小咲。小咲に妹がいるという事実にただ驚く楽。
それぞれ表情が異なる中、小野寺さんが両手を広げ盾となり小咲を守るようにして、楽へ立ちはだかった。
「私の名前は小野寺春!小野寺小咲の妹です!」
「い、妹?そうか、確か小野寺、妹いるって……」
「近づかないでください!お姉ちゃんは絶対あなたになんか渡しませんから!」
「え?!」
「えええええ、ちょっと春!何言ってんの」
「お姉ちゃん目を覚まして!お姉ちゃんは、騙されてるんだよ!」
怒涛の展開から一歩離れているオレは、冷静に状況を見つめようとする。
どうやら小野寺さんは、楽についてのことで何か良からぬ噂でも聞いたのだろうか。
そうこう逡巡している内に、楽の後方からピコンと赤いリボンが覗いてくる。
「どうしたの?さっきから騒々しいけど?」
目をぱちくりさせながら、桐崎さんはオレらを見回し、楽に尋ねる。
「あれ?誰、その子?」
「千棘……、実はだな……」
楽が桐崎さんに説明すると、桐崎さんは心底驚いたように口を大きく開けた。
「ええ!?小咲ちゃんの妹!へぇ~小咲ちゃん、妹いたんだ!よろしくね、お名前何て言うの?」
「弱みでも握られてるんですか?!」
歩み寄ってきた桐崎さんに対し、小野寺さんが突っかかる。
「え、弱み?えと、何の話?」
「だって、変ですよ!先輩みたいに超絶美人で、スタイルよくて、人当たりもよさそうな方が、こんな見るからにダメそうな、軽薄で、性格悪そうな人と付き合っているなんて、絶対おかしいです!!」
「こらこらこらこらこら!」
「な、なんてこと言うの、春~!謝りなさい!」
「おい、小野寺さん」
小野寺さんの、あまりに頭に血の上っている様子及び発言を聞いて、このままではまずいと感じ、小野寺さんの頭へトンと右手を振り下ろす。
「ちょっ?!何するんですか、宮森先輩!!」
小野寺さんはいかにも興奮した様子で、こちらを睨み返してくる。
「あのな。小野寺さんは、会ったことも、話したこともないような人を、事前に耳にした噂をそのまま鵜吞みにして、いざその人に出会ったときに、この人はこういう人だ、って決めつけてかかってしまうのか?そうやって、小野寺さんは、先入観をもとに人と接するのか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
幼い子供に親がそうするように。オレは穏やかに、発した言葉がちゃんと小野寺さんへ染みこむように諭す。小野寺さんは、次第に目線を下げていく。
「仮にさ、小野寺さんが、小野寺春はひどい奴らしい、って噂を流されて、それを耳にした他人からそういう風に扱われるとしたら、嫌だろ?」
「っっ、それは、もちろん嫌です……」
ここでようやく自分のしていることが理解できたきたのだろうか。小野寺さんは、何かに気づいた様子で一度顔を上げると、再び視線を落とす。
ここまできたら、もう大丈夫だろう。
「それを考えたらさ、小野寺さんが相手にそういうことをしたら、相手がどう思うかなんて、今の小野寺さんなら分かるよな?」
「はい……」
「そしたら、次にすべきことも、高校生になった小野寺さんは既に知ってるはずだ」
オレがそう伝えると、小野寺さんは振り向いて、楽の方へ歩み寄り、頭を下げる。
「す、すみませんでした、一条先輩……。プリント運ぶの手伝ってもらってたのに、勝手に決めつけて、色々ひどいこと言って、本当にごめんなさい……!」
「いいって、気にすんな」
小野寺さんがちゃんとすぐに反省して謝れる子で、楽の心が相変わらず海みたいに広くて良かった。ひとまずこの場は落ち着きそうだ。
「ありがとね、宮森君」
隣にいる小咲が、こちらに顔を向け、そう囁いてくる。
「大したことはしてないよ」
照れ隠しのように、オレは目線を正面に戻して、そう答える。
桐崎さんはゆらゆらと小野寺さんに近づいて、抱きついて、頬をスリスリし合っている。
ところが、今度はまた別の足音が楽の方へ駆け寄ってきた。
「楽様~!こちらで私とお茶などいかがですか!?」
「うぉっ!?た、橘!?」
嬉々とした表情とともに、そのまま楽へと抱きついた橘さんの登場で、場は静まり返る。
「おや?何ですか、その子?」
「な、何をそんな、堂々と、廊下の真ん中で男の人に抱きついてるんですか!しかもその人、彼女いるんですよ!分かってるんですか!?」
「はい?」
小野寺さんの剣幕に、橘さんは目を瞬きさせながら、こちらへ向き変える。
「ふふ、まだまだお子様ですわね」
そう言うと、橘さんはまるで舞台に上がった役者のようにポーズを決めていく。
「愛とは貫くものなのです。たとえ彼女などという障害があろうとも、愛があればどんなことでも乗り越えられるんですよ!」
一同愕然である。
「なので楽様?ちょうど二年生にもなりますし、そろそろ古くなった彼女は捨てて、私に乗り換えませんか?」
「人を中古車みたく言うなー!!」
再び楽へと抱きつき、改めて楽を誘惑する橘さん。
怒りを纏わせながら、桐崎さんが彼らへずかずかと割り込んでいく。
この一連の流れの中で、すっかり困惑して立ち尽くす小野寺さんに対し、彼女のお姉さんである小咲が、優しく語りかけるように諭す。
「春?一条くんは、春が思っているような悪い人じゃないよ。春がどんな噂を聞いたのか知らないけど、噂はあくまで噂なんだから」
「そうだな。少なくともあいつは噂通りの人となりではないぞ、小野寺さん」
「お姉ちゃん……、宮森先輩……」
小咲に続き、オレも小野寺さんに対して、楽のフォローに回る。それでも引っかかるところがあるのか。小野寺さんは浮かない表情をしている。
ところが、ハッとしたように、何かを思い出した小野寺さんの次の発言で、この場に爆弾が落とされた。
「けど……、この人私のパンツ見たんですよーー!!?」
……思わず溜息をついて、回れ右をしたオレは悪くないはずだ。
第二話『クマサン』をご一読下さり、ありがとうございました。
いかがだったでしょうか?
連投の方は次の第三話までに留めます。
次の話も宜しければ、どうぞお立ち寄りください。