若草のような君に   作:享郎

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 第二十話にお立ち寄り頂き、ありがとうございます。

 過去編も今回で落ち着きます。 

 それでは。


第二十話 ハチガツ

 日光が部屋を明るく照らし出し、小鳥のさえずりも聞こえてくるようになった早天、肌寒さが身に沁み込むのを感じながら、オレは台所に立って朝食の用意をしている。

 コンソメスープを作っているのだが、コンロの火のお陰で若干温まることも出来て、肌寒さもさっきよりはマシになってきた。

 すると、後ろからふと柔らかな感触がすると思えば、途端に何かで目を覆われる。

 

「だ~れだ」

 

 まだ少し寝ぼけてもいるんだろうか。普段よりも調子高く甘ったるい声で、あなたはオレの耳元で囁く。

 

「だ~れだって……、そんな古典的な」

「だ~れだ」

 

 呆れたようにオレが言っても、あなたは同じ調子でリピートしてくる。

 

「……明香里」

「正解!おはよう、樹」

「おはようございます」

 

 目隠しが外されたオレが後ろを見やると、すっかりオレの腰に手を回してすりつくように、ルビー色の目をうっすら細めて、柔らかな笑みを浮かべる明香里の姿があった。

 この時にはオレの身長も180cm近くなってきており、一回り以上に明香里よりも大きくなってしまったので、完全にあなたを見下ろしてしまう形になっている。

 少しつま先を立てているあなたの愛くるしくて尊い姿に、呆れていたオレも口元を思わず綻ばせて挨拶を返す。

 

「何か手伝おうかしら?」

 

 コトンと小首を傾げるように、明香里は尋ねてくる。

 

「いや、そこにサンドウィッチとか作ってありますから。コーヒーとそれを運んでくれるだけでいいですよ」

「はーい、分かりました」

 

 二人で台所に立って朝ごはんを作るのでも良かったかな、とオレはもったいなく思いながら、コップにコーヒーを注いでいく明香里を眺める。

 コンソメスープもいい感じになってきた。

 オレはスイッチを切り、近くに置いていた食器に出来上がったスープを注ぐ。

 

「樹、一人の時はどこで食べてるの?」

 

 お皿を両手に持ちながら、明香里がそんなことを聞いてくる。

 

「テレビでも見ながら、ソファに腰掛けて食べてますよ」

「なら、そこで食べましょう」

 

 明日花も含めて三人でいた時は、食卓用のテーブルと椅子の置いてあるところで食べていたのに、一体どんな風の吹き回しだろうか。

 それに、ソファは一人で座るには充分な大きさであるが、そこに二人座ってしまえば自然と肩を付け合わせなくてはいけないというのに。

 朝から大胆なお方だなと思いながら、オレは二人分のコンソメスープを台所から持っていくと、テレビのリモコンや雑誌などが置かれていたテーブルの上は、いつの間にきちんと整理されていて、朝ごはんのセットが丁寧に置かれていた。

 明香里はこっちよとでも言いたげに、ソファの一人分に空いているスペースにトントンと手を叩いている。

 オレも微笑みを返しソファへ腰掛けて、テーブルの上にスープを置く。

 

「それじゃあ、いただきましょう。手を合わせて」

「はいはい」

「「いただきます」」

 

 こんなことを律儀な小学生みたいに、お互いの顔を見合わせて行うものだから、馬鹿らしいような気がしてきて、オレとあなたは吹き出してしまう。

 一人でいる時は気だるげにテレビのニュースでもつけて、ソファにどっさりともたれてご飯を口にして朝を過ごすのだが。今日はテレビの電源もつけずに、ソファにもあまりもたれないで、あなたとの二人きりの時間を享受する。

 特段何かを話し続けることはせず、むしろお互いに口を開かない時間の方が多かった。けれど、肩を通して明香里の温もりが伝わり、時折頭をオレの肩に乗せてくるあなたと顔を見合わせる度に、何ともいえないくすぐったいような気持ちになって、また微笑み返しあう。

 あなたとだけの、穏やかで、静かで、温かな時間が、ゆったりと流れていく。

 思えば、あんなに自分の心が満ち足りていくようなことは、それまでの人生において初めての事だった。

 けれど、こうした時間が間もなく終わってしまうこと、訪れなくなってしまうことに、オレも明香里も確実に気づいていた。

 だから、少しでもそんな時間が延びるようにと、せっかく淹れたコーヒーや、しっかりと温めたコンソメスープが、冬の冷気で全く冷え切ったしまうようになるまで、オレとあなたはお互いにのんびりとそれらを口に運んでいく。

 結局、そのようにソファでお互いに身を寄せ合ったあの時間はその先訪れることなく、夏の終わりにあなたは遠い遠いどこかへと旅立ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 傾き始めた日差しが鋭く歩道のアスファルトを照りつけ、蝉の鳴き声がまるで励ましあうようにそこかしこの木から響き渡っている。

 やがてアスファルトの道も終わりを告げ、砂利道をなるべく音の立てないように踏みしめていくと、あなたの名前の書かれた墓石の前まで辿り着く。

 

 今日は、明香里がこの世からいなくなって一年が経った日。

 午前中にお坊さんに知佳さんの家へ来てもらい一周忌法要を行って、一度明日花とともに明香里の所に訪れたのだけれど、今日ばかりは一人きりであなたを訪ねずにはいられなかった。

 立ってあなたを上から見下ろしてしまう形は忍びなくて、オレは女王陛下に部下がへりくだるように片膝を下ろす。

 180㎝を越していった自分の姿と、つま先立ちしようとする明香里の立ち姿を隣並べて想像してみると、どっちがいよいよ年上なんでしょうねとあなたには失礼なことを口に出しそうで、ふと笑みが込み上げてきてしまう。

 きっとあなたは「それって私が若く見えるってことかしら?」って都合よく解釈してくれて、意地悪なオレの口撃もさらりと躱すのだろうけど。

 そうして緩んできそうな頬をまた引き締め直すように、オレはあなたをしっかりと正面で捉え直す。今日はあなたに話しておかなくてはならないことが多くあるから。

 

 さあ、改めて先程ぶりですね、明香里。

 まず、改めてあなたと交わした五つの約束を確認しましょう。

 

 一つ目に関しては、今の所上手くいっていると伝えることができそうです。

 

 知佳さんはこの前貧血で倒れてしまったが順調に回復してきているし、精神面も流石おばあちゃんだから落ち着いていて、相変わらず明日花のことをきっちり育て上げようとするし、オレのことも見てくれているのでとても頼りにしています。

 明日花の方は、いつだって元気に駆け出していくので、高校生のオレが振り回されることも多いです。けれど、キラキラと曇りなく輝くルビーの瞳と眩しく照らしてくる笑顔を見ていると、幼少期のあなたに出会えたような気がして、つい嬉しさと不思議な懐かしさが込み上げてたまに視界がぼやけてしまうので、困ることもあります。

 そんな二人は、あなたにとってだけでなく、今のオレにとっても大切な人達であるので、約束通りちゃんと見守っています。

 

 二つ目ですが、これはいつもとあまり変わらないので簡単に済ませましょう。

 

 父と母とは、高校生になって実際に会えるのはまだ片手で数えるほどもないですけど、この前なんかは久々に東京駅の方で三人揃って食事をしました。二人ともあなたが想像するような変わらぬ仲良し具合でしたし、お互いの近況報告もパソコン通話では言えてなかったことまで言い合えて、非常に実りある時間でした。

 両親とは、変わることなく良好な関係を築けているのかな、と感じます。

 

 三つ目になりますが、これもあなたのところに来た時はいつも話してることですね。

 

 こっちに戻ってきてからはとても賑やかな友人たちに囲まれているので、毎日退屈せず楽しみながら過ごせています。

 鈍感で直進的だけどとんでもないお人好しの楽や、ふざけてばかりだけどいつも周囲に目を配っている集とは、小学生時代のように親友みたいでいられています。

 普段の面子で言えば、元気で人当たりも良く友達想いな桐崎さんや、勉強を教えあったり様々なことで純粋な一面を見せる鶫さん。自分の恋に猪突猛進する一方でポンコツなところもある橘さんや、さばさばとしているが面倒見の良く英語の本を貸しあう宮本さん。

 他にもクラスメイトの皆や何人かの後輩もいるけれど、これだけオレが多くの人と関わっているというのは自分よりもむしろ、あなたの方が驚いているのかもしれませんね。オレの英国での人付き合い自体があなたの事ばかりで、やや希薄になっていたのもあるでしょうけど。

 とにかく、学校の友人関係も今の所順調にいっています。

 

 四つ目は五つ目とも関わるのでもう少し後にしましょう。

 さて、あなたとの五つ目の約束は『特別に想える誰かを見つけなさい』でした。

 

 実は今、自分にはもったいなく感じてしまうような、素敵な女の子二人、しかも姉妹の二人に、明らかな好意を寄せられています。

 その二人っていうのは、小学生の頃に知り合った小咲と、その妹の春の事です。あなたを訪れるたびに話していたから、ご存じでしょう。

 万が一に勘違いであれば、オレを盛大に笑ってくれて構いませんよ。

 けれど、いつかあなたも言ってましたよね。人のあれこれが突然見えてくるような、一種の超能力みたいなやつです。あなたがいなくなってから、あなたほどではないですが、オレも段々と感じ取れるようになってきました。

 きっと二人から寄せられるものも、勘違いではないと断言できます。

 

 それを踏まえた上の事ではありますが、今のオレはまだ、小咲と春へ明確な答えを持ち合わせることができません。

 何故って、これまでずっと、オレはあなたに心を掴まれてしまっていましたから。

 あなたは自分のことなんて忘れても忘れなくてもいいとか言ってましたけど、オレにとってあなたが簡単に忘れることなどできない人だというのは、お互いに分かってましたよね。なのに、あなたの次の言葉は先程の五つ目の約束だったので、当時のオレには到底考えることができませんでした。

 けれど、この一年あなたのいない季節を重ねる内に、この五つ目の約束もいつの日にかは果たさなくてならないと感じました。

 結婚も離婚も経験したあなただから知っていたんでしょうけど、隣にただ寄り添い、自分と何かしらの想いを通い合わせていて、ふと何気ない日常の中で思い浮かんでしまう、そんな人が一度でも自分にはいたという経験のあるのは、非常に厄介ですね。

 

 あなたのいない今を生きる自分が、いつもそこにいたはずのあなたがそこにいないのを感じるたびに、他では埋めがたい何かをなくしたような気持ちになり、途端にどうしようもなく孤独な気がしてきて、淋しくなって、悲しくなってしまう。

 朝にあなたのいない台所やリビングを眺める時、ギターを演奏している最中にあなたが目の前にいるように思える時、明日花がこちらを振り向いてあなたそっくりの満面な笑みを見せる時、オレは何故だかわからない内に、涙が溢れて頬を伝うのを感じます。

 この前線香花火をした時なんて、明日花だけでなく、小咲や春達も見ているような前でやってしまいました。

 全く、情けないことこの上ないですよね。勿論、後悔なんてちっともしてはいませんよ。ただ、自分ではどうしようもないような、感情のうねりや身体の反応が起こるんです。こんなに胸が苦しいことだとは、想像以上でした。

 

 なので、四つ目の約束である『自分自身を大切にしなさい』はあんまり守れているような気がしていません。いや、恐らく守れていないでしょう。

 この一年、あなたを忘れまいとしながら、一足でも早く大人になろう、あなたみたいな大人になろうと、肩ひじ張って背伸びして、精一杯色んなことに取り組んできました。

 けれど、知佳さんにも言われてしまいましたが、どこかで無理を重ねていて、ため息をついたり疲れてしまったりすることが多くなりました。そんな時にまた切なくって悲しくって涙が出たり、あなたのギターに触らずにはいられなくなりました。

 やはり、見えないあなたを心の中心に置いたままで、あなたを追いかけてしまうのはこれ以上良くないみたいです。

 

 なので、あなたのことはこれから、写真をアルバムに挟み込むように、心の隅の方で大切に、忘れないように保管しておきます。実際にそうできるのは、もう少し先のことになるかもしれませんが。

 そして、あなたとの約束を全部守るために、自分自身のことをもっと気安く扱いながら、あの二人のことも真剣に考えて答えを出します。

 こんなことばかり、夏休みの間中の約一ヶ月間、時には寝ずに考えていたんですよ。

 駄目なんだから、ってきつく言ってくれても構わないんですよ。

 

 ……明香里。ここまで長いこと、オレの胸の内を聞いてくれてありがとうございます。

 でもね、明香里。今日の内に一つ、オレはあなたに言わなくてはならないことがあります。

 思えば、自分の口からあなたへと想いをはっきり伝えるような言葉を、出してないというか出さないようにしていたし、あなたの方からも、その扇情的な紅い唇からそのような言葉が飛び出ることは、結局最後までありませんでした。

 知佳さんの影響もあってか、古典の感情表現や人の有り様を好んでいたあなただからこそと言えるだろうし、そんなあなたに聞かされてきたオレも影響を受けていたのかもしれないんですが。

 

 オレにとって、あなたは家族以外の初めての知り合いであり、色んなところへ連れて行ってくれた年上のいとこ違いで、何でもないことで笑いあえる親友みたいで、ギターや家事の楽しさを教えてくれた師匠のような人で、それに……。

 挙げればキリがないように感じてしまうくらい、あなたはオレにとって一言では言い括れないような存在でした。

 けれど、15を迎えて、あなたと共に一夜を過ごしたあの日、それ以前でもそれ以降でも、オレからあなたへとただ伝えたかった言葉があった。

 だから、この言葉をこれからの変わり目を合図するように、ただ一度あなたにだけ向けて伝えますので、ちゃんと聞いて下さいね。

 

 周囲に人の気配がしないこと、蝉の鳴き声が止んでいることを確認すると、オレは目を薄く瞑り深呼吸をして、こちらへと煌めくルビーの瞳を向ける明香里を思い浮かべた後に、目を合わせるように開く。

 

「明香里……。オレは、あなたを、心から、お慕い申し上げておりました……」

 

 これだけ言い終えて暫くしてから、オレは静かに立ち上がり、そこから明香里の方を一度も振り向かずに、砂利道の音を立てながらその場を後にする。

 やがてアスファルト舗装のところまで来ると、ふと知佳さんのところへ行って報告しようと思い立ち、オレは靴の進む先を知佳さんが入院する病院へと向けた。

 天気の移り変わりやすい夏の夕方にしては、入道雲も夕立雲も何もなく、空の青さがただただ澄みきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると、障子の隙間から陽光が滲み出ていていて、朝の到来を感じる。

 オレはソファから起き上がり、障子をずらして縁側まで出れば、庭が明るく照らし出されており、そよ風が撫でるように吹いてくる。

 暑さが後退してきて、綿を包むがくが開く、処暑の季節が到来し始めたのが感じられるので、今年の夏も間もなく終わりを迎えるらしい。

 

「さてと」

 

 手を結んで上に大きく伸びをしてから、若干散らかしたままのリビングを片づけて、洗面台で寝癖を直したり歯を磨いたりした後に、台所で腕組みをしながら立つ。

 明日花や小咲、春はまだ寝てるだろうし、起こしに行くのもまだいいだろう。

 彼女らもいるし、飲み物は紅茶かレモンティーにしておいて、朝食はスクランブルエッグとかフレンチトーストにしようかな。

 そんなことを考えていると、よたよたと階段を下りてくる音がするので、そちらに目を向けると、眠気眼をこすりながら、髪もいつものように結ばずに伸ばしたままな春の姿が見えてくる。

 

「おはよう、春」

「あ、おはようございます、樹先輩……」

 

 挨拶をしあうと、何故だか春は顔をどんどんと赤らめさせていく。

 

「す、す、すみません!!」

 

 慌てたように春は、洗面台の方へとあっという間に消えてしまう。

 全く、あのままでもう少し寛いでいても、オレなら気にしないのに。

 けれど、春の方は恥ずかしい姿を見せてしまったと考えてるかもしれないから、何かしらフォローを入れておくのが良いだろう。

 暫くか経ってから、オレが先にスクランブルエッグを作っている最中、春が壁を隠し立てにするように、こちらをもじもじと覗き込んでいるのに気づく。

 気づかれたのが分かったのか、普段見るアシンメトリーのサイドテールに髪を束ねた春は、まだ顔をほんのりと赤くしながら台所へと入ってくる。

 

「さ、さっきはいきなり、騒がしくしてすみません」

 

 案の定、申し訳がなさそうに春は俯きがちに言う。

 

「大丈夫。普段朝に春がどんな感じか垣間見れて、ちょっと面白かったし」

「もう!何言ってるんですか、先輩!」

 

 オレが揶揄うと、今度は顔を上げ興奮気味に春は向かってくるので、そうやって少々勝気に見える目で頑張ってオレを見上げるその姿が、微笑ましいものに感じる。

 

「それで、樹先輩。何か手伝えることはないでしょうか」

 

 オレが宥めている内に、ようやく落ち着いてきた春が尋ねてくる。

 

「フレンチトーストって作ったことある?」

「ありますよ」

「そしたら、トーストにつけるための下準備をやっておいてくれるかな?」

「分かりました!」

 

 警官みたく片手で敬礼した後、置いてあったエプロンを着た春は、ボウルを取り出して牛乳や卵、砂糖を混ぜていく。

 春が卵を綺麗に割るのを見て流石だなと思いながら、オレは出来上がったスクランブルエッグを四人分のお皿に盛り付け、乾燥パセリをその上に少し散らす。

 

「このフライパン使いますね」

「ああ」

 

 オレが冷蔵庫に手を伸ばし飲み物を取り出そうとしてると、下準備が終わったらしい春がもう一つ用意してあったフライパンを持っているので、オレもすぐに了解する。

 紅茶とレモンティーの入った容器をテーブルの上に置き、オレは使い終わった用具を洗い直しつつ、フライパンの前で鼻歌を歌いだしそうなくらい楽しそうな表情でいる春のことを見やる。

 そういえば、春の身長って、明香里と同じくらいの高さだったと改めて気づく。

 

「樹先輩」

 

 フライパンの上でトーストが出来上がりつつあるのを眺めながら、春はいきなり呼びかけてくるので、オレは心の内で少しドキリとしてしまう。

 

「どうした?」

 

 オレが平静を装い春に尋ねてみると、春は静かで柔らかな表情を浮かべる。

 

「その、ですね。二人でこうして一緒に料理するのって、楽しいなあと思いまして」

「そうだね、楽しい」

 

 ささやかな笑みを浮かべる春に、オレも笑みを返して応じる。けれど、春はまだ何かしら言いたいようだ。

 

「樹先輩、私……、昨日もお伝えしたんですが、あなたの事が堪らなく好きです」

 

 春の気持ちは分かっているし、昨日のこともあったが、こうも唐突に正面切って真っ直ぐに言われると、オレも何と言葉を返していいか分からなくなる。

 

「勿論、先輩から昨日話していただいたこともありますし、こんなこと言っても、先輩を困らせるだけだって分かってるのに……。ただ、二人でこうした時間を過ごしてると、やっぱり伝えずにいられなくて……」

 

 春は耳元まで真っ赤にしながら、必死そうに自分の想いを伝えてくれる。

 

「春、申し訳ないが、昨日言った通り、まだ――――」

「ええ、分かってますよ」

 

 オレが断りを入れようとすると、春も分かってると言いたげに割り込んできた。

 

「樹先輩が私達の事考えてくれて、答えが出るまでいつでも待ってますから」

 

 春は花を咲かせるような笑顔をオレに振り向けた後、出来上がったフレンチトーストをお皿へ乗せに行ってしまう。

 オレはその姿に呆気に取られて、ただお皿に盛り付ける春の様子を見つめる。

 すると、階段の方から今度は、二人分の足音がのそのそと近づいてきた。

 

「樹君、春、おはよ~……」

「うう、トイレ……」

 

 小咲と明日花がまだ眠そうに、小咲が明日花を連れてくるような形でやってくる。どうやら、お手洗いに行きたい明日花に、小咲が叩き起こされたのだろうか。

 そんな二人の様子を眺めて、オレと春は顔を見合わせて、仕方ないなといった感じで微笑みあう。

 こうして残り少ない夏休みの朝の時間が、穏やかに流れていった。

 




 第二十話『ハチガツ』をご一読下さり、ありがとうございます。

 いかがだったでしょうか。

 感想等、心よりお待ちしております。

 次回からは、二学期が始まります。

 それでは、また次のお話で。
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