若草のような君に   作:享郎

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 第二十四話にお立ち寄り頂き、ありがとうございます。

 予告通り、今回は春回です。

 それでは。


第二十四話 シュウウ

 黒板の上に立てかけられている時計の短い針があと数度動けば、本日の授業の終わりを告げるチャイムが高らかに鳴り響く。

 地理の教科書を片手に、白髪が目立つ初老の男性教師の、物静かにその内容を読み上げる声だけが空しく教室に広まる中、私は今にも陥落しそうな瞼を力ずくで引き上げながら、時計の針よ早く動いてと内心で叫ぶ。

 この日最後の授業というのもあって、クラスの皆も疲れてきているのだろうか。半数近くの生徒が教科書を枕に、それぞれの夢の世界へと旅立ってしまっているようだ。右隣にいるポーラさんも、早い段階から完全に机に突っ伏している。

 もちろん、オスマン帝国がどうたらこうたら、抑揚もなく淡々と語る先生のせいが一番の原因だけれど、教室の空気を普段よりもどんよりとさせる、灰色の雲も影響しているに違いない。私は黒板から窓へ目を移して、昼前から空一面を覆うそれを恨めし気に眺める。

 

 どうやら、朝見た天気予報によると、近々日本列島が秋雨前線の影響を受けるために、天気が崩れがちになるそうだ。最近はお天気の良い日も続いていたし、それに秋雨前線と聞くと、いよいよ夏の季節が終わってしまう感じがしてきて、私はどんどんとテンションを下げていくのと同時に、物悲しい気持ちにもなっていく。

 高校生になって初めての夏休みは、日数で言えばまだ十日ほど前のことであるが、私には既に遠い昔のように感じる。楽しいことや悩んだこと、嬉しいことも悲しいことも、一ヶ月と少しの間に沢山あった。そういうのを色々経験してきて、入学したての頃に比べたら、私も少しは大人に近づいている気がする。パンツ一つにしても、クマさんはもう卒業したし。

 

 そして、その中心には必ず樹先輩がいた。先輩がいなければ、こんなにも心を揺り動かしてくるような夏休みは無かったに違いない。あの時助けてもらってから、私はずっとあなたに惹かれっぱなしで、何度だってあなたのことを思い浮かべてしまう。

 そういえば、この前は嬉しかったな。体育の時間でグラウンドに出て、樹先輩達のいる教室を見上げると、偶然にも樹先輩と目が合った。私はつい浮足立って手を大きく振ると、先輩も柔らかく笑って、ささやかに手を振り返してくれた。こう振り返ると、やっぱり私はまだまだお子様みたいで、可笑しくてにやけてしまう。

 

 すると、学校中へ響き渡るくらいに、終業を教えるチャイムの音がようやく聞こえてくる。猫背気味の先生が教科書をパタリと閉じ、授業終了の旨を伝えて教室を出ていくと、まるで野に放たれたように、クラスメイト達は活気を取り戻して、各々の次の活動場所へ次々と向かっていく。

 

「お疲れ、春」

 

 すっかり元気になった彼らを見送りながら、引き出しの中や机の上にある教科書類を鞄に押し込んでいる私に、風ちゃんが上体を傾けて横から尋ねてきた。

 

「風ちゃんもお疲れ~」

 

 帰り支度をする手を止めないまま、私はすかさず風ちゃんに振り向いて応じる。

 

「春はこれから帰り?」

「そうだね、雨降ってきそうだし。風ちゃんは?」

「私は少し図書室に寄ってからかな。また明日ね、春」

「うん、また明日」

 

 それだけ言うと、風ちゃんはにこりと笑い、鞄を持ってそのままこちらに少し手を振り、教室の外へと出ていった。風ちゃんはこういう日、よくよく図書室で読書や勉強をしに行く傾向がある。私も何度か、暇をつぶすために連れ添ったことがあるので分かる。

 そうだ、ポーラさんは。そう思い、右隣の席へ目を移すと、机の上も中も既にものけの殻のようだ。あんだけぐっすりだったにも関わらず、ポーラさんはこの短時間であっという間に、気配を消してどこかへ行ってしまう。

 帰りの挨拶ぐらいはしたかったなと残念に思いながら、私も荷物を全て鞄にしまい込んで教室を後にする。天気予報では18時頃から雨と言っていたはずなので、これくらいの時間であれば、傘を持ってきていない私でも雨に降られる心配はないはずだ。

 

 昇降口まで辿り着き、上履きから外靴へと履き替える。そして、下駄箱に上履きを押し入れ、玄関口の方に足を向ける。

 しかし、玄関口まで出てきて顔を上げた私はようやく、雨が降り始めてきている事に気付く。校門の方へ傘をさして歩く人達が通り過ぎていくのを眺めながら、私はせめて折りたたみ傘でも持ってくるべきだったと後悔する。たまに物忘れは起きることだけど、こうしたことに限って望ましくない状況で起きるので、私は憎らし気に曇天の空模様を睨む。

 

「どうした、春」

「あ、樹先輩」

 

 私が溜息を一つつこうとしていた所に、いつもながらの凛々しい表情で、樹先輩が後ろから声をかけてくれる。その右手には、丈夫そうな黒色の長傘が握られている。

 

「これから帰りだろ?」

「そ、そうなんですけど、傘忘れちゃって……」

 

 まさかこのタイミングで樹先輩と会えるとはちっとも思ってなかったので、私は胸の高鳴りをはっきりと感じ、応答するにも口どもりがちになってしまう。

 

「なら、送っていこうか?」

「え?」

「オレも今日は用事ないし、せっかくだから」

「い、いいんですか?!」

「ああ、いいよ」

 

 そう言うと、樹先輩は隣までやって来て、ボタンを外し黒色の傘をさす。つい数秒前まで、図書室まで戻って風ちゃんと一緒に帰ろうと考えてた私に、まさか樹先輩の傘に入れてもらえるというラッキーチャンスが来るとは。

 

「そしたら、行こうか」

「は、はい!!」

 

 右手でその大きめの傘を持ち、樹先輩は右隣に私が十分に入り込めるようなスペースを空けてくれている。ドキドキが抑えられない私は、前のめりな返事をしながら、その勢いでそこへ飛び込む。

 樹先輩はこちらを見て少し口角を上げたように見えたけど、すぐにまた落ち着きのある表情に戻って、校門の方へと歩き出す。私も遅れないようについていこうとするが、樹先輩は覚束ない私の歩調にゆっくりと合してくれる。

 玄関口から校門までの道の真ん中あたりまで来ると、私もだんだんと落ち着いてきて、こちらをどこか羨ましそうに見つめてくる視線をいくつか感じ始めた。

 

「樹先輩、いいんですか?噂になっちゃうかもですよ」

 

 小鳥が囁くような声で、私は樹先輩へ耳打ちする。私からすれば、樹先輩と私がそういう仲であると噂が立ってしまうのは、恥ずかしくもあり光栄なことであるのだけれど。

 

「噂は噂だし、気にしないよ。そう言う春は?」

 

 落ち着き払った表情をちっとも崩さないまま、樹先輩は静かな声で私に尋ね返す。今度は問われた私が、反射で顔を熱で灯してしまう。

 

「わ、私も、気にしませんよ!」

「なら、いいじゃん」

 

 慌ててまごついた私を見て、樹先輩はまるで悪戯っ子のような笑顔を振り向けてくる。きっと先輩は、私の内心で考えてたことを見透かしているようだ。

 樹先輩が、皆からモテるからいけないんですよ。一昨日お姉ちゃんから聞いた木下さんの話を浮かべながら、そんなことを口に出して突きたくなる。あなたは周りの男のと比べても、一際大人びていて、色んなところが優れているから、周りの思春期真っ盛りの女の子達が放っておくはずがないんです。

 やがて校門を通り抜け、住宅街の通学路を進んでいくにつれ、目に見える学生の数もまばらとなっていく。視線や雑音からも逃れて、いよいよ樹先輩と二人だけになれる。

 

「樹先輩、ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 私は今更ながらに、樹先輩へとお礼の言葉を述べる。先輩は目線を前に向けたまま、穏やかな声で応えてくれる。

 

「こちらこそ、今日もお弁当ありがとう」

「いえいえ、いつも美味しいと言ってくれて、作るこっちも嬉しいです」

「特にポテトサラダ。今度作り方教えてほしい」

「はい!是非お教えしますよ」

「じゃあ、それはまた今度な」

 

 二学期になってからも、私はおかず、お姉ちゃんはおにぎりといった感じで、樹先輩にお弁当を作って持っていき、お昼に三人で一緒に食べている。改めてまとめると、こっちの方が噂になってそうだが、気にしない。

 樹先輩は、いつも本当に美味しそうにモグモグと、私の作ったおかずを食べてくれて、時折料理上手だと私を褒めてくれるので、最早お弁当作りは私の中でも、より一層の重大事項になっている。

 お姉ちゃんの方も、昨日のお弁当から妙に気合が入っている。けれど、その気合いが空回りしているようで、握るだけのおにぎりに様々な調味料を混ぜ込んで、それを食べた樹先輩に渋い顔をさせて謝るという光景を、二日続けて見ている。明日からはさすがに、お母さんに頼んで監視役をさせよう。

 

 空は相変わらず灰色で、雨はその勢いを止めることなく、私達の周りの地面を打ちつけている。まるで本当に二人だけでいるような世界に思えてくる。

 樹先輩は、他の女の子とは全く違うように、私とお姉ちゃんのことを扱ってくれる。そのことが私を、胸を張りたいほど誇らしくも、言いようもないほど嬉しくもさせるのだ。二人で想いを告げたあの日以来、樹先輩が私達の事を真剣に考えてくれて、意識してくれてるのだと思うと、私は先輩への愛しさが堪らなく溢れてくる。

 このまま真っ直ぐ帰っちゃうのは、なんだか違う気がする。私はゆっくり隣歩いてくれる樹先輩に、意を決して口を開く。

 

「樹先輩!」

「どうした?」

「少し寄り道しながら帰りません?」

 

 ただでさえ送ってもらってる身なのにこんなこと頼んだら、さすがに図々しい子だとか思われてしまわないだろうか。こちらに顔を向ける背の高い樹先輩に、私は不安の色を隠しながら見上げる。

 

「いいよ、どこ行く?」

 

 柔らかい笑みを含んだ優し気な表情で、樹先輩が了承してくれるので、私はほっと安心して、思いついていた場所を引っ張り出す。

 

「この近くに、少し歩くと公園がありますよね?」

「ああ、あそこか。そしたら、そこに寄ろう」

「はい!」

 

 今日の学校の出来事についての話を交えながら、新たな目的地となった公園へ向けて、私達は足並みを揃え歩いていく。喜びでテンションが上がり、心なしか私の歩く速度はほんのり増していた。

 やがて数分もすれば、公園の入り口まで辿り着くので、雨でも落ち着けるような場所があるかどうか、園内の歩行路を巡っていると、池のそばに六角でベンチ付きの洋風東屋が見えてきた。

 

「あそこにしようか」

「そうしましょう」

 

 幸い先客はおらず、私達は傘を閉じて屋根の下に入り、それぞれ荷物を置いてベンチに腰掛ける。座る位置もまた傘の下にいる時と同じで、私が右、樹先輩が左だ。

 

「何か飲む?」

 

 この東屋の程近い所にある自販機へ視線を誘導しながら、樹先輩が私に提案する。結構な時間一緒にいてくれるみたいだと、私は脳内で小躍りするくらい、勝手に喜んでしまう。

 

「そうですね、何があるか一緒に見ません?」

「そうだな」

 

 二人立ち上がり、また傘をさして、自販機の手前まで行けば、あっと樹先輩が何かに気づいたように言うので、隣歩く私は覗き込むように尋ねる。

 

「どうしました?」

「これ、学校のやつと一緒だなって」

「ほんとだ、言われてみればそうですね」

 

 よく全体を見渡せば、外装も中身もそっくりそのまま学校のやつと一緒で、私も少なからず驚きの声を漏らす。

 

「あれにしようよ、春」

 

 樹先輩があれと言って手を向ける方向を私も見てみると、そこにはいつの日か私が勧めた抹茶ラテの紙パックがある。

 

「今度は一緒に抹茶ラテを飲もうって、約束してたろ」

「お、覚えてくれてたんですね……」

「だから、二人でそれにしない?」

 

 覚えてくれていると期待していても、実際に樹先輩の口から出してもらえると、こんなにも嬉しいなんて想像以上で、私はすっかり茹蛸のように顔になって、何度も頭を頷かせる他ない。

 今回は残り一本しかないということは起きず、二人とも無事に抹茶ラテを手に入れることができた。東屋の席まで戻り、私達はそれぞれ腰を落ち着けていく。

 

「うん、やっぱり美味しい」

「ですよね!私、この味ほんと気に入ってるんです!」

 

 樹先輩はストローから口を離し、どこか感心するような声で紙パックを眺めるので、私もそれに前のめりで反応を示して、再び抹茶ラテの味を確かめる。

 香りもよくて、甘さの中にも抹茶の苦みが感じられて、言いようのない深みを感じるというか……。私は脳内で、この抹茶ラテに対する称賛の声を並び立てていく。

 

 私は樹先輩をもう一度盗み見ると、先輩はストローを口でくわえながら、雨で無数の波紋が水面に映される池の方を、切れ長の目を細めて何かを考え込むようにじっと見つめている。

 一体何を考えているんだろう。先程までの浮かれた気持ちを一旦置いて、私はそのまま樹先輩を見つめてしまう。しっかりと表れている耳、少し高くて細めの鼻、女性のように艶のある頬。改めて目を凝らすと、樹先輩の端正な横顔にうっとりして、何も考えられなくなりそうになる。

 すると、樹先輩も、見つめる私にようやく気付いたようで、ハッとしたように眉毛を上に動かしたと思えば、目をふと閉じてから、飲んでいた抹茶ラテを手元に置く。そんな樹先輩もカッコよく見えてしまう私は、相当な惚れ込み具合に違いない。

 

「春はさ、雨についてどう思う?」

「雨について、ですか……」

 

 樹先輩は唐突にそんなことを言うので、私も普段は考えない雨の事について、顎に手をやり考えてみる。

 

「雨が降ると、洗濯物とか干せないし、傘がないと濡れちゃうから、困ります」

「ハハハ、そうだよな」

「それに……、雨の日は何だか、気分が落ち込みます」

「それもあるかも」

 

 改めて雨についてと言ったら、私の中ではそんなに良くないことばかり思い浮かんでしまう。今日に関しても、樹先輩と会うまでは雨が恨めしかったし。私の言葉を聞いた樹先輩は、口角を少し引き上げて相槌を返してくる。

 

「樹先輩は、雨の日の事、どう思ってるんですか?」

 

 この話を持ち出してきた張本人がどう答えるか、私は気になって尋ね返す。樹先輩は私から視線を外して、再び池の水面に目を向ける。

 

「そうだな……、嫌いじゃないよ」

「……と言いますと?」

 

 たいていの事はハッキリ口にする樹先輩にしては珍しく、○○ではないと形容するので、私はさらに気になり前傾になっていく。

 

「オレもね、前までは春みたいに、雨に対する心象は良くなかったけれど、ある事がきっかけで、雨の日も悪くないなって」

「……明香里さんですか?」

「それもある、けど」

「けど?」

「一番は、雨上がりにいつも現れた、猫のおかげかな」

「猫……ですか」

 

 樹先輩は凛とした姿を一切崩さないまま、収まることのない雨脚が池に踏み入れていくのを眺めている。あなたを変えてきたようなことなんて、大概明香里さんが主たる原因だと私は思い込んでいたので、猫という言葉に思いがけず戸惑いを示してしまう。

 

「そう、猫。しかも、ロンドンではあまり見られない、三毛猫でね。オレは、たまたま通りがかった路地裏で、水たまりと戯れる彼女と出会った」

 

 日本だと三毛猫ってポピュラーなイメージがあっても、海外ではそうでもないんだと感心しながら、私は樹先輩の話に耳を傾けていく。

 

「あれは確か、去年の今頃かな。その頃のオレはよくよく一人で、人と話しても気の晴れないばかりだった。けれど、初めて会った彼女に何を思ったか、オレは近寄って話しかけた」

 

 樹先輩が私とお姉ちゃんに、明香里さんの話をしてくれた時のことを思い出す。明香里さんがいなくなってから、一体樹先輩はどんなことを思いながら過ごしていたんだろう。

 

「ロンドンの雨って、量はそれほどだが、一日に何度も降ったり止んだりするんだ。それ以来、オレは雨上がりの時を見計らって、彼女に会いに行った。行けば必ず彼女はそこにやってきて、オレの話を黙って聞いてくれた」

 

 あの頃の樹先輩が、どれほど傷心していたのかなんて、私には想像が及びつかないことだ。けれど、間違いなくその三毛猫の彼女が、当時の先輩の心を和らげてくれる存在だったのは明白であった。

 

「いよいよ日本に戻る時、オレは彼女を連れていこうと、また雨上がりにいつもの場所で待った。でも、いくら待っても彼女は来なかった。次の日も、その次の日も。まるで私の役目は終わったとでも伝えるように」

 

 懐かしそうに、一方で寂しそうに笑いながら、樹先輩は頬杖をついて、川の向こう岸のさらに遠くを見つめている。そんな先輩が、切なさに包まれているように見えて、私は勝手にうら悲しい気持ちになる。

 

「もちろん、会えなくなって、とても残念だった。それでも彼女は、雨降る中で何かを、誰かを、想い馳せて待つ楽しみを教えてくれた。彼女のおかげで、孤独に苛まれてたオレは、ぎりぎり踏みとどまれた気がする」

 

 そう言う樹先輩は、一転して柔らかく穏やかな笑みを浮かべていくので、私はその表情の移り変わりにときめいてしまう。

 すると、知ってか知らずか、空模様もいつの間にか青空の部分が増えてきていて、強めに降っていた雨がピタリと止む。

 樹先輩はすっと立ち上がり、雨避けとしていた東屋から出て、一定の間隔を空けて置かれた丸太と紐で囲まれた、池のほとりまで近づいていく。私も慌てて東屋を離れて、樹先輩の背後を追いかける。

 

「……この雨も、どうやら驟雨だったらしい」

 

 私から背を向けたまま、樹先輩は池一面を見通して、呟くようにそう告げる。

 

「せ、先輩。しゅううって、何ですか?」

 

 樹先輩の言葉の中で聞いたこともない、しゅううという単語がわからなくて、私は恥ずかしながら先輩に尋ねてしまう。

 

「驟雨は、にわか雨や通り雨、夕立のことを指すんだ。夏の季語でもあるよ」

「へぇ、そうなんですか……」

 

 突然降りだしてはやがて止む雨達を、まとめて表現できる言葉があると、樹先輩から優し気な声遣いで教えられて、私は感嘆の声を漏らす。

 

「……夏もいよいよ終わりだね」

 

 独り言とも取れるくらいの囁きをしたと思えば、樹先輩はすぐ後ろにいた私へゆっくりと振り向く。

 

「さて、寄り道の続きと行こうか、春」

 

 いつしか空は青が制空権を得たみたいで、オレンジがかる陽の光が私達を照らし出してきていた。

 まるで待ちわびていたものが来た感じで、澄みきっていくような朗らか笑顔を浮かべる樹先輩の姿が目の前にある。これまでより自然だと思えるような樹先輩の笑顔や佇まいを、私は初めて見た気がして、全身の血流が勢いを増していくのを感じながら、まじまじと先輩を見つめてしまう。

 樹先輩越しに見える池のさらに向こうでは、七色の虹が段々とその姿を映し出してきていた。

 

 




 第二十四話『シュウウ』をご一読下さり、ありがとうございます。

 感想や評価等あれば、楽しみにお待ちしております。

 それでは、また次のお話で。
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