若草のような君に   作:享郎

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第二十五話 ソウダン

 高校二年生の私、小野寺小咲は今、自分の進路のことで悩んでいる。

 将来の夢とか、私のしたいこととか、一体なんだろう。お母さんは和菓子屋の家を継いでほしいと言うけれど、私には私が本当にやりたい、私にしかできない仕事というのが、この世のどこかにあるんじゃないかと、甘い期待を抱いてしまう。

 先週の木曜から今週の水曜まで週をまたぎ、学年ごとに先生との個人面談が行われていたのだが、いよいよ高二の秋ともなると、自然とそれは進路に関する相談となり、以来私は漠然とした自分の進路を思い悩むようになった。

 

 自分だけではどうにも行き詰ってしまうので、ひとまずは親友のるりちゃんに相談してみた。

 そのるりちゃんからは、「知るか!!んなもん自分で考えろ!!」と初めはドスを効かされたけれど、和菓子屋の事も聞いてくれたし、るりちゃん自身の翻訳家という夢も語ってくれるなど、結局は親身になって相談に乗ってくれた。

 最後には、もっと色んな人に相談してみることも勧めてくれ、るりちゃんは冷めてるように見えて、実は面倒見のいい素晴らしい親友だと、改めて私は感謝の思いで胸を一杯にした。

 

 次に、鶫ちゃんに相談を持ち掛けてみた。鶫ちゃんは少し考え込むようにしてから、A3用紙にびっしりと色々なグラフや文章を記したものを、まるでプレゼンテーションでもするかのように、合理的で理路整然とした説明を私に与えてくれた。

 キラキラとした瞳を浮かべながら、「もう一日頂ければ……」と鶫ちゃんに言われた時は、自分の事でそれほど労力を使わせるのは、さすがに忍びなくて断ったが、鶫ちゃんの正確な分析力には、私も感嘆の声を上げずにはいられなかった。

 

 そして、その次に私は、先程まで千棘ちゃんのところにも相談をしに行った。千棘ちゃんも進路のことで、将来やりたい事や、自分には何に向いているか、分かんないでいるみたい。

 何でもできそうな千棘ちゃんであれば、どんな凄い仕事に就いたとしても、その姿が想像できてしまうけれど。

 そんな千棘ちゃんとの話の中で、千棘ちゃんの口から役割という言葉が出てきた。お母さんから教えてもらったそうで、人にはそれぞれ役割があるから、それをよく見極めなければならないのだとか。

 

 役割……、私にもあるんだろうか。でももし、それを最後まで、見つけられなかったら、一体どうすればいいんだろう。……ダメだ、分かんにゃい。頭の中がぐるぐると回り過ぎて、なんだか猫みたいな言葉遣いになってしまう。

 商店街の路地裏にある、お気に入りの秘密の場所で、私は腰上辺りの高さまである鉄柵にもたれ込みながら、深めのため息を一つ吐き出す。今の私がしたい事なんて、そんなの、樹君と……。

 

「……あ」

 

 すると、下の階段の方から声がするので、私は枕にしていた手をどけて、声のした方向を見下ろす。

 

「あれ、おっ……、小野寺……!?」

「一条君……!」

 

 そこには口を大きく開け、すごく驚いた様子を浮かべた一条君の姿があって、私も鳩が豆鉄砲を食ったような表情を返してしまう。一年生の頃、一条君のことが好きだったあの頃、千棘ちゃんの誕生日プレゼントを二人で選びに行った際、一条君にも教えたくてこの場所を紹介していた事を、私はふと思い返す。

 階段を上がってきた一条君は、そのまま私と人一人か二人分のスペースを間に空け、私と同じように鞄を地面に置き、両手で鉄柵をもたれるように掴む。

 

「……ぐ、偶然だね。よく来るの?ここ……」

「まぁ、たまに……、せっかく教えて貰った秘密の場所だしな……」

「そっか……」

 

 どうやら一条君は、私の知らないうちに、何度となくここを訪れているようだ。以前の私だったら、一条君とこうして偶発的に会えて、なんと幸運なことだと舞い上がっていたんだろうか。けれど、今の私には、想いを寄せている別の男の子がいる。

 委員長の樹君は来たる文化祭に向け、クラスの出し物の準備などで忙しく、進路の相談もできずじまいだ。けれど、恋する本人に私のしたい事をぶちまけてしまえば、それこそ彼から重い女みたいに思われてしまいそうだし、敢えて相談しない方がいいかもしれない。

 そこで、せっかくの機会だから、一条君に進路における相談をしてみることにする。他人の事をまるで自分の事のように真剣に考えてくれる一条君なら、きっと一緒になって懸命に何か導き出してくれるかもしれない。

 あらかた自分の悩んでいる内容を通してみると、一条君は頷きを何度か返しながら、悩むように眉を少し下げて腕組みをする。

 

「確かに先の事決めんのは難しいもんなー」

「でも一条君、公務員になるんでしょ?ちゃんと目標があって偉いよ」

「いや、んな事ねーよ。オレが公務員目指してんのも、あの家を継ぎたくないってことから始まってるし」

 

 唇を尖らせるようにして言う一条君を隣見ながら、私には数度訪れたことのある、一条君のお家が頭に思い浮かぶ。

 

「ちゃんと安定してて胸を張れる仕事ってだけで、具体的に何やりたいかとか、そこまではまだ……。そういう意味じゃ小野寺と一緒だよ」

 

 私と一緒か……、一条君も一条君なりに、何やりたいか悩んでいるのか伝わってきて、私は勝手に共感を覚えてしまう。

 

「ちなみに、小野寺は何を基準に凡高を選んだんだ?」

「え!!」

 

 どういう訳か一条君から、突然に高校を選んだ理由を問われて、私は背筋へ大量に汗を感じるほど焦りだしてしまう。

 

「え、と……、家から近い、から……」

 

 だって、凡矢理高校を選んだのって、元々は一条君が凡矢理高校に行くと耳にしていたからで……。

 

「え?でもすべり止めだった尾鳥女子の方が全然近いはず……」

「うぐっ!?……まぁまぁその話は置いといて」

 

 何とか適当な理由をつけるも、一条君に痛いところを突かれてしまい、私は無理矢理にでも誤魔化していく。

 

「とにかく、もう高二の秋だし、そろそろ将来の夢とか決めないとだよね!」

「うーん……オレはそんな焦んなくていいと思うけどな」

 

 気持ちばかり先走って、話を力づくで戻そうとする私に、まるで熱したアスファルトに打ち水をするように、一条君はハッとするような一言を述べる。

 

「そもそも、将来やりたい事を決めんのに期限なんてねーんだし。もし高校の内に決まんなくても、大学の内とか、それこそ和菓子屋を手伝ってる内に、何か見つかるかもしんねーだろ」

 

 将来やりたい事を決めるのに期限なんてないというのは、一条君の言う通りな気がしてきて、その言葉が焦りがちな私の心に沁み込んでくる。

 

「じっくり探せばいいんじゃねーか?多分だけど、出来る事も出来ねー事も、今全部決めちまう必要なんてねーんじゃないか?」

 

 一条君は彼らしい前向きな笑顔を浮かべて、顔は正面を向けたまま、目線だけ動かしてこちらを見やる。その通り、やりたい事が見つからないなら、見つかるまで探せばいいだけの、単純な話なのだ。

 

「あ!それにもし、オレに何か手伝える事がありゃあ手伝うしよ!」

 

 さっきまでのカッコイイ感じが薄れ、なんだか照れ臭そうに一条君は、自分の頭をかきながら伝えるので、それもまた一条君らしいなと思い、私はクスリと笑みがこぼれてきそうになる。

 些細な事をきっかけに洞察力を生かし、まるで魔法のように最適解を導き出して、人の心を喜ばせてくれる樹君に対し、一条君は、例え事情が分からなくても、まるで自分の事のように一緒に悩み考えて、真っ直ぐ人の心を溶かしてくれる。

 二人は過程においてまるで違うけれど、どちらも人に対する優しさを持つ、素敵なところが共通しているんだな、と私はおぼろげにそう感じる。一条君に心の内で感謝の思いを抱きながら、私は一条君に尋ねてみたいことを口に出す。

 

「……じゃあ、一条君は、私が何になってたらいいなって思う?」

「そうだなー、ちょっと分かんねーけど……」

 

 一条君は先程までの照れ臭そうな感じを落ち着かせて、また腕組みをし直して考え込む。またしても考えさせるようなことを聞いて、私は一条君に少し申し訳なく感じる。

 

「小野寺は、何かなりたい物はねーのか?全然現実的なやつじゃなくていいからよ」

「え、そ、そうだね……」

 

 眉間に若干皺寄せていた表情を緩めて、一条君はこちらに顔を向け、少し笑って私に尋ね返してきた。なりたいもの、もしくはなってみたいもの、現実的じゃなくてもいいのなら……。

 

「私は、お嫁さんになりたいな……」

「そうか……、お嫁さんね……」

 

 私は、本人の前では思い切って言えそうで、けどやっぱり決して言えないような、とんでもないことを口走る。一条君は、何故か少ししょんぼりした感じで、鉄柵へ随分ともたれ込んでしまう。

 

「小野寺、優しいし、きっといいお嫁さんになるんじゃねえかな?」

「そ、そうかな……、でも、私料理とか出来ないし……」

「そんなもん……、料理できる奴を旦那にすりゃいいんでね?」

 

 どこか凹んだ様子なのは解せないけれど、一条君は私の事を後押しするような言葉を伝えてくれる。それに少なからず勇気をもらえ、私はニッコリと笑みを浮かべて、一条君の方を振り向く。

 

「……フフッ、そうだね。じゃあ、そうしてみようかな」

 

 それでこの相談は最後になり、一条君ともほどなく解散して、私はお家までの帰り道となる商店街をゆるゆると歩く。金曜のこの通りは、翌日から休日になる学生などを中心として、普段以上に活気に満ち溢れているような気がする。

 私の将来やりたい事はまだまだはっきりしてはいないけど、いつか必ず見つけるために探していこう。そうは言っても、いいお嫁さんにはなりたいし、加えて今は樹君とのこともある。

 

 お昼の時間でさえ、樹君が文化祭の準備に行ってしまうのもあり、最近樹君と時間を共にする機会があまり訪れず、私は進路のことも相まってやきもきしている。それに、先週の木曜辺りから、樹君の雰囲気が少しずつではあるが、私の見ている感じ、妙に真剣味を帯びてきているような気がしてならない。

 せっかく、夏休みの終わり以降、樹君はより自然な様子で、段々と私の知っている以前の彼らしさが出てきていたのに。そんなに、最近の進路相談や文化祭の準備が、樹君に負担を強いているのだろうか。いや、恐らくそれは違っていて、きっと私と春との事で、何かしら進展があったのかもしれない。

 もうすぐ、樹君を巡る私と春との間の関係性も、何かしらの変化を見せる兆候なのではないか、とも私は考えてしまう。

 もしそうなった場合、樹君からは私へどのような答えが提示されるのだろう。これまでの樹君と春も交えた出来事を振り返ると、何となく、何となくだけど、少し自信を失くしてしまいそうで、不安な気持ちが溢れてくる。それでも、例え可能性が低くとも、私は樹君から良い返事が聞けるのを期待してしまう。

 やがて私は、お家までようやく辿り着き、引き戸の玄関扉をガラガラと開けて、中へ入り丁重に靴を脱ぐ。

 

「あ、おかえり!お姉ちゃん」

 

 すると、笑みを浮かべながら、私服姿ですっかりオフモードの春の姿が、ひょっこりと廊下の方から覗き込んでくる。

 

「ただいま、春」

 

 私もそんな可愛らしい春に、そっと微笑みを作り返して、そのまま自分の部屋へと向かう。普段よりか散らかっていて、窓を閉め切っていた部屋の蒸し暑さを感じ、私は荷物を机の上に置いてから、窓のカギを外して勢い良く開く。

 昼の長さと夜の長さが一緒になる、秋分の日もいよいよ近づいて、越冬をするために多くのツバメ達が南へと渡っていくのを、私は部屋の窓からうっすらと目にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ最近空を覆い尽くして、とめどなく雨を降らした雲達は後退していき、ニュースの週間天気予報でも、晴れマークが増えてきた休日の今日この頃、天には見事なくらいお日様が顔を覗かせている。

 お昼も食べ終えて、オレはリビングのソファに身を預け、宮本さんから借りた英語版小説をのんびりと読む。その一方で、向こうの縁側に座り込み、日に照らされた庭の風景を描こうとする明日花の後ろ姿を、オレは幾度なく見やる。なんでも図画工作の授業で、自分のお気に入りの風景を描く、という課題が出されたようだ。

 

「樹、お茶できたわよ」

「ああ、ありがとう、知佳さん」

 

 家の普段着が和服と古風な知佳さんは、お茶を入れた急須と二人分の茶碗を、丁寧にお盆の上にのせて、テーブルまで持ってくる。

 

「この前の進路相談、ついていってやれなくて悪いね」

「いや、知佳さんも忙しいだろうし、構わないよ」

 

 急須から茶碗へ、出来上がったお茶をゆっくりと注ぎながら、知佳さんは少し申し訳なさそうに述べる。進路相談と言っても、先生と対面でお話しするくらいだし、生徒本人だけでも十分に済むことだから、気にする必要もないのだけれど。

 オレは注ぎ終えられた茶碗をそっと手に取り、やけどしないよう慎重に口をつけていく。苦味のある中で優しさのこもる味がするお茶は、秋の涼しさも感じさせてくるこんな日に、ポカポカと心と身体を温めてくれる。

 

「進路の方は、何か変わりある?」

「いや特に変わりない。前に話した通り」

 

 知佳さんは自分で淹れたお茶を嗜みながら、淀みない口調でオレに尋ねてくる。これからの事なんて、突然に大きく変わることもあるかもしれないが、今の所は暫定的に、オレは高校生活後の道先を決めてはいる。

 

「そういえば」

「どうしました?」

 

 思い出したように調子を上げて、知佳さんは茶碗をトンと置き、小首を傾げながらこちらへと目を合わせてくる。

 

「お二人のことは、どんな感じ?」

 

 まだ半分以上残っているお茶の、底の方で立ち上がっていた茶柱が揺れ動く。オレはそれを見つめた後に、口を袖で覆う知佳さんへ顔を向ける。

 

「……答えは出てる。後は、いつ、どう伝えるか、かな」

「あら、そうなの。思うより早かったわね」

「そうでもないよ」

「いつ、お二人には話を通すんだい?」

「近々には必ず」

「そう」

 

 知佳さんはオレから目を離して、ふっと柔らかく微笑んでから、再び自分の茶碗に温かなお茶をじっくりと注いでいく。自分の中である程度の方向性が定まったはいいものの、実際に二人それぞれにどう伝えるかは、存外に決めかねている。来週には、高校生活の中でも大きなイベントの一つ、文化祭が差し迫っているというのに。

 

「お兄さ~ん!おばあちゃ~ん!描けたよ~!!」

 

 オレが本に栞を挟んで、ぐるぐると考えていた所へ、縁側にいる明日花の、快活で無垢な呼びかけが聞こえてくる。相変わらず、明日花のそんな無邪気な姿が、オレには眩しくも羨ましく映る。

 明日花に一声かけてから、オレは本をソファの上へ置き去りにし、柔らかな表情を浮かべたままの知佳さんに見送られ、明日花の待つ縁側へ向かう。

 

 先程のことは、後で一人の時に、もう少し頭を冷やして考えよう。さて、明日花画伯の描く絵は、如何ほどであろうか。

 これ見よがしに示してくるドヤ顔の明日花を尻目に、オレは画用紙に描かれた庭の風景を眺める。色と線が大雑把と思えるほどに、くっきりと塗り分けられた、何とも明日花らしい絵がそこには広がっている。

 これくらい自分の気持ちがどんどんはっきりしていれば、どれほど悩まずに済んでいただろうか。絵を見てくだらなく夢想するオレを詰るように、秋の日差しはより鋭利に、オレと明日花のいる縁側へと差し込んできた。

 

 




 第二十五話『ソウダン』をご一読下さり、ありがとうございます。

 感想や評価等、お待ちしております。

 次回から、いよいよ文化祭です。

 一週間後に投稿を予定しています。

 それでは、また次のお話で。
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