文化祭の前編です。
それでは。
吹いてくる風が涼やかに感じられる秋空の下、制服姿や仮装姿の高校生に交じり、私服姿の一般客も敷地内へ多く立て込んできて、学校全体はこれまでに類を見ない賑わい様である。
普段ならお休みになる土曜の本日、凡矢理高校では文化祭が行われる。既に校舎内外でも、各クラスによる熱烈な客引き合戦が始まっており、教室ではそれぞれ最終準備に忙しなく追われていた。
「うわ~~やっぱり本番は緊張するね~!」
「まぁ、気楽に楽しもーよ」
大きな紫色のとんがり帽子を被る魔女役の私は、興奮を抑えるようと胸に手をやりながら、吸血鬼ドラキュラのマントを羽織って隣立つ風ちゃんに呼びかける。うちのクラスは、出店として定番物であるものの、お化け屋敷を教室に構えていた。
「ガオ~~春~血ぃ吸ってあげようか?」
「もぉ~そのノリ何回目なの~?」
「だってせっかくヴァンパイアなんだもん~」
自分の趣味に合った配役で、普段よりもテンション高めのホラー好きな風ちゃんは、メイクでつけた牙と長い爪を立てて、私にニコニコとおどけて見せる。私は呆れたように返しながらも、このやりとりを飽きもせず楽しんでしまう。
教室の向こうの方では、猫の耳や手をはめたポーラさんが、準備そっちのけで一人大盛り上がりしており、近くの男子達から準備を手伝うようにと咎められている。
「もう先輩は誘ってあるの?」
「あ、そうだった。今から行ってくる!」
改めて教室内の様子を眺めていたら、風ちゃんからハッとさせられる一言をかけられたので、私はそこで風ちゃんとは一度別れ、樹先輩達のいる二年C組の教室へ急ぐ。やがて、二年生の教室が立ち並ぶフロアまでやってくると、聞き知った女性の声を耳にする。
「あ!春ちゃんじゃない!おっはよー!」
ようやく姿がはっきりしてくれば、そこにはデジタルカメラを片手に、不思議の国のアリスのコスプレを身に着けた桐崎先輩がいる。その似合い具合とあまりの容姿端麗さに、私はひたすらキュンキュンして、先輩を褒めちぎってしまう。
なんでも、先輩達のクラスはコスプレ喫茶なるものをやるらしい。照れたように頭をかく桐崎先輩から、私はそう教えられた。
そして、桐崎先輩が「見つけた!」と言って指差す方には、もじもじと恥じらいを見せながら、くのいち姿の鶫先輩がこちらへ段々と顔を覗き出す。桐崎先輩もそうだが、鶫先輩のコスプレも中々に似合い過ぎている。
「なんだなんだ、あ、おはよう春ちゃん」
「いや~それにしても皆さん、よくお似合いで」
私達が鶫先輩の事で暫く騒いでいると、教室の扉がガラリと開けられ、武士姿で帯刀した一条先輩と、西洋の甲冑に身を包む舞子先輩がやってきた。
「集、お前よくこんだけの衣装用意できたよな」
「んふふ~~人徳ですよ人徳」
どうやら、先輩達のクラスのコスプレ衣装は、舞子先輩が全部用意したようだ。その一方、舞子先輩にしては大人しく、まともな衣装が多いので、鶫先輩が舞子先輩へ口を尖らせていく。そうして、舞子先輩が人差し指を立て弁解しようとした背後から、東洋の甲冑をしたるりさんの蹴りが入る。
「ウソをつけ。私と宮森君で先に検閲しておいたのよ」
るりさんはそのまま倒れた舞子先輩を片足で踏みつけ、桐崎先輩は輝くような表情で、鶫先輩は丁寧にお辞儀をして、るりさんへ感謝と労いの言葉をかける。私と一条先輩は、彼らの様子を困ったように見つめるしかない。
向こうではウサギの着ぐるみを着込む橘先輩が、衣装係と思しき同じクラスの女子に、もっとかわいいのがいいと文句を垂れている。そういえば、樹先輩やお姉ちゃんは、どこにいて、どんなコスプレをしているんだろう。
「ほら小咲、いいかげん出て来なさい」
「ヤダよ~!この格好スッゴく恥ずかしいんだから~!!」
気づくと、るりさんが教室の一隅にかけられたカーテンの裏へ手を伸ばして、その裏にいるらしいお姉ちゃんを、無理矢理引っ張り出そうとしている。
「あ、あれ!?春!?どうしてここに……」
白いフリルのついたカチューシャに、編み上げられた黒のブーツ、そしてメイド服のようでいて、膨らんだスカートが特徴のロリータ・ファッション。それらに身を包み、うっすら涙目のお姉ちゃんが、まるで天使か女神の降臨が如く現れ、私達は声にもならない悶絶と歓声を上げる。
「あれ、小咲?まるでメイドさんみたいじゃん」
すると、盛り上がっていた私と一条先輩の背後から、探し求めていた愛しの声が聞こえてくる。そこへ振り向けば、シルクハットとダークグレーのスーツを着込み、左手にステッキを持つ英国紳士な樹先輩がいる。
まるでシャーロックホームズみたいで、私は先輩にうっとりと魅入ってしまい、先輩のおはようにも、囁くように頷き返すばかりだ。
「あ~~!樹君笑ったでしょ~!?も~も~も~!」
「笑ってない、笑ってないって」
そんな私の隣を通り過ぎるようにして、お姉ちゃんはくつくつと笑う樹先輩へ向かい、ぽこぽこと先輩を繰り返し叩く。普段見ないお姉ちゃんのいかにも子供じみた攻撃に、樹先輩は苦笑いを浮かべながらも、どことなく楽しそうに両手を盾として防御する。
「樹先輩、どこに行ってたんですか?」
「少し先生と打ち合わせ。そう言う春は?」
胸がどこかチクチクした私は、樹先輩とお姉ちゃんにずかずかと近づき、割り込むようにして先輩に尋ねてみる。樹先輩はお姉ちゃんの攻撃を抑えつつ、目元を和らげて私に今度尋ね返す。
「私は……、先輩達をうちのお店に誘おうと思って」
「そっか、今日明日花も来るみたいだし、後で行くよ」
「は、はい!是非来てください!」
樹先輩から前向きな返事が聞けて、言い淀みながら答えていた私は、それだけで嬉しさに包まれてしまう。私はなんて単純なのだろうか。いまだ涙目であるお姉ちゃんと、この様子を眺めていた一条先輩達にも、私は勧誘の一声をかけてから、自分の教室へと時折スキップして戻る。
クラスの教室まで辿り着くと、待ってましたとばかりに、風ちゃんが何やらチラシのようなものを後ろに持ちながら、私の下へさささっと近づいてきた。
「春、上手くいった?」
「うん、バッチリ誘えたよ」
「よかったね。そういえばさ春、言い忘れてた事があるんだけど」
風ちゃんは穏やかな表情を崩さないまま、後ろに隠していたそれを取り出してくる。
「今日午後からミスコンあるの知ってるよね?」
「え?うん、知ってるけど」
「春もそれエントリーされてるから」
想像していた以上の内容に、私は驚きのあまり思わず吹き出してしまう。風ちゃんは面白そうに、にこやかな笑みを浮かべている。
「なんで!!?」
「私が勝手に申し込みました~」
「だからなんでよ!!?」
「だって、この学校で一番かわいいのは春だから」
「い……いやいやいや、何言ってんのそんな訳――――」
「それにほら、これ見て春」
困惑と混乱で頭に血が上っている私を受け流しつつ、風ちゃんは私にそのチラシを差し出してくるので、私は乱暴に受け取って中身へ目を通す。そこには、それっぽい前置きと、特別審査員として一条先輩と桐崎先輩の名前がある。
「春、その下見て」
こちらへ顔を覗かせる風ちゃんの言葉通り、私はさらに下に書かれていることを眺めると、ミスコンの優勝賞品の正体に気付く。
「春なら絶対良い所まで行けるよ。それにもし優勝すれば……」
風ちゃんがかけてくれる言葉をうっすら耳に通しながら、私は心の中で無理無理と何度も唱えてみたものの、微かに浮かんだ妄想に僅かばかり期待を寄せてしまう。どうせ人前で恥を晒して、予選で落ちるのなんて分かっているのに、参加だけはしてみようという気持ちだけは湧き上がってくる。
風ちゃんにも言いくるめられ、私がひとまず参加はしようと決めたその時、いよいよ校舎内に一般のお客さんが大挙して押し寄せてくる。これから長い一日になっていきそうな文化祭は、まだまだ始まったばかりだった。
普段は集会や授業で使用される体育館も、今日ばかりは外観が各クラスの宣伝ポスターなどで埋め尽くされ、中に入れば多くの人でごった返して、空席が見当たらないほどである。
群衆が目を向ける壇上では、ミス凡矢理コンテストなるものが開催されており、先程から出場者が次々と現れては、舞台袖に消えていくを繰り返していた。今は確か、人数も二桁に入り始めた頃だろうか。
自称女性評論家兼本コンテスト実行委員長の集による、軽快で熱のこもった司会・解説と、それに振り回されがちなゲストの楽や桐崎さんを遠目に見やる。オレは、壁に近い所で立ち見のまま、自らをこの場に呼び出してきた人物の到着を待つ。
「先輩、お待たせしました」
すると、前方から人混みをスルスルと抜けて、ヴァンパイアのコスプレに身を包む件の人物がやってくる。
「呼び出してすみませんね」
「構わないよ、風ちゃん」
やがてオレの下まで来ると、風ちゃんはにこやかな表情のまま、一つ謝りを入れてくる。頼まれた時は驚いたものの、断る理由などなかったし、何より気になるから来たのはオレの方なのだが。
「明日花ちゃんと一緒じゃないんですか?」
「ああ、明日花は今頃、知佳さんといる。お化け屋敷、かなり楽しんでたよ」
「そうですか、楽しんでもらえて、何よりです」
午前中にクラスを観察及び監督した後、真昼からここに来るまでの間、オレは元気活発な明日花に連れ回された。幾つかの出し物を見て回ったが、立ち寄った中でも、春と風ちゃんのクラスのお化け屋敷は出来も中々で、明日花だけでなくオレもその演出などを大いに楽しんだ。
「それで、春が出てるって本当?」
「はい、もうそろそろだと思うんですが……」
風ちゃんの頼みもあってここに来たのも、全ては春が、このミスコンに参加するというのを知ったからである。恐らく、自分からではなく、風ちゃんに勝手にエントリーされたのだろう。けれど、それでも尚、この大観衆の前に立つことを決めた春を、オレはどうしても気にかかり、他に仕事を任せて来てしまった。
「それでは次の方参りましょう。エントリーNO.12、ご入場ください……!」
11番の方が掃けていくのを確認し、集が慣れた感じで、次なる登場者へ呼び掛ける。そして、舞台袖からは、自分のお店とは少し違う、和装の売り子姿をした春が、恥ずかしそうに歩いてくる。登場の瞬間、会場はこれまでの出場者の中でも、トップクラスの盛り上がりを見せる。
「あの服、私が作ったんですよ」
「凄いな、春によく似合ってる」
「良かった、後で春に伝えておきます」
風ちゃんがさも得意げに言うので、オレは思ったままの感想を正直に伝える。それを聞いて、風ちゃんはさらににこやかになっていく。やがて、舞台中央に辿り着いた春に、係の人からマイクが渡されて、学年と名前を述べるよう促される。
「え……えーと……、一年A組、小野寺春です。よろしくお願いひま、あっ」
案の定、春はこのようにド緊張で、口が回らないようだ。しかし、それがむしろ功を奏したのか、会場はさらに火がつき、所々から春を後押しする声が挙がっていく。
「フフッ春ったら、本当に自分がモテないと思ってるみたいで」
「そうか?この盛り上がりからして、結構人気な気がするけれど」
「そうですよ、ほら、例えばそこの人達とか……」
風ちゃんが笑って指差す方向を見やると、思いの外近くで、アイドルの追っかけのような男子集団が、柔道部にいそうな団長の号令の下、春の応援のために一致団結しようとしている。
「まぁ、あんな人達には春は渡さないですけど」
「ハハッ、確かにそれは言えてる」
掛け声の合わせ具合から、彼らの春に対する熱意と団結力を垣間見たが、風ちゃんの棘のある一言に、オレも苦笑して首を縦に動かさざるを得ない。
舞台上では、春が自己紹介やアピールを、集から促されていた。両手でがっちりマイクを握った春は、自分の家が和菓子屋を営んで何やらかんやらと、ただの店の宣伝をしていて、それに気付いた春に会場からは温かい笑いが巻き起こる。
「では特別審査員の一条さんは、何か質問などありませんか?」
「は!?え……えーと……」
すると、集から突然に、楽の方へとマイクが向けられていく。楽は戸惑い気味で、緊張も多少解れたはずの春も、また肩をびくつかせる。オレは、楽が何か天然な質問をかまさないでくれよと、念を押すように願う。
「コホン……え~とでは……、恋愛するなら年上と年下どっちがいいですか?」
あんの馬鹿野郎。オレは口に出さないまでも、楽へと悪態をつく。春は見て取れるほど動揺し、横にいる風ちゃんは、お腹と口を抑えながら吹き出す。会場にいる男子諸君は、期待した目で春の回答を心待ちにする。
「と……としうえ?」
「おおーっと!!春さんは年上の男性がお好みで!!僕もこんな後輩が欲し~い!!」
目線を斜め右上にしながら、浮ついた表情の春がそう答えると、途端に会場から歓声が広がり、集からは適当な相槌がノリノリで打たれる。春の出番はそこで終了し、彼女は舞台袖へと疲れたように出ていく。あとで楽と集には、より忙しめの片付けを割り当ててやろう。
それからも、きちんと整えてきたものの謎に一言すら喋らなかったポーラさんや、水着姿を披露して一発レッドカードを喰らった橘さんなど。大会は予想以上の盛り上がりを見せて、無事に予選の終了を迎える。
いよいよ、集の口から本戦出場の五名が続々と発表され、出場者が舞台へ現れる。その中には、しっかりと春の姿もあるので、当然入ってるんだろうと高をくくっていたオレも、一息ついて喜ぶ。風ちゃんも嬉しそうに名前を呼びながら拍手して、応援団もお祭り騒ぎの様子である。
そして、本選のアピールタイムが、その都度始まっていく。春も随分と落ち着きが出てきたようで、審査員からの質問にも春らしく、素直で丁寧な対応をしていく。このまま行けば、贔屓目無しでも、春がきっと優勝を果たすだろう。
こうして、アピールタイムも間もなく、終わりを迎えようとした所で、唐突に集からアナウンスが入り込む。特別シード枠から最後の出場者が登場するらしい。物凄く嫌な予感がして、オレは向こうの舞台袖を隈なく注視する。
「凡矢理七英雄が一人、小野寺小咲さんで~~す!!」
勿体ぶった間を置いて掛けられた集の一声と同時に、見知った甲冑姿の誰かに押し出されるようにして、小咲が壇上へと姿を現す。当の小咲本人も、何が何やらという感じで困惑しているが、会場からはこの日一番の盛大な喚声が起こる。
引き返そうと袖の方へ戻ろうとする小咲だが、どうやら宮本さんに食い止められ、とうとう集から学年と名前を尋ねられてしまい、会場が完全に聞く構えになる。宮本さんも集も、何とも強引に小咲の逃げ場を打ち消していく。
「え……えーと……二年C組の小野寺小咲と申します。どうぞよろしくお願いひま、あっ」
目も当てられない奇跡の姉妹シンクロに、オレは被っていたシルクハットをより深く沈める。会場からも大きな笑い声が巻き起こり、小咲は湯気でも立ち上るんじゃないかというくらい、真っ赤な顔をしてどんどんと縮こまっていく。
しかし、小咲も学校の中でこんなに人気だったのかと思うほど、特に春応援団も含めて男子生徒を中心に、質問を重ねる中でその視線をひとしきり集めている。
「では最後に、会場の皆さんに向けて、とびっきりの笑顔を!!」
「ええ!?」
最後に集から爆弾級の無茶ぶりを言われて、ただでさえ動揺しっぱなしの小咲は非常に困った様子になる。しかし、結局は彼女なりの精一杯を尽くした満面の笑顔を作り上げ、数多くいる男子のハートを鷲掴みにしていく。
館内は歓声で響き渡り、春応援団も大多数が胸に手をあてて、風ちゃんからはどこかイラついたような空気を感じる。きっと楽も今頃、机に突っ伏して悶えているに違いない。オレは、杖代わりとして持つステッキを、力強く握り直す。
そして、全ての審査が終了したとのアナウンスが入り、結果発表が始まる。会場内は騒めきながら、まだかまだかと発表を待つ。
「……おや?な…なんとこれは……!!獲得票数第一位は同数票により、小野寺小咲さんと春さんが選ばれましたーー!!!」
何と結果は同率一位で、小咲と春が並んでしまったので、会場内はミスの座が一体どうなるのかと、今度は別の意味でざわざわとする。
ここまで大会を仕切ってきた集の説明によれば、再び二人のみで衣装変更し決勝戦を行い、アピールタイム後の決選投票で、ミスの座が決められるようだ。小咲と春はそれぞれ係員に肩を掴まれ、中央を境に各サイドの裏方へと引きずり込まれていく。
「それでは準備のため、一時休憩にしたいと思います。皆様しばしご歓談を~~」
集のかけ声を皮切りに、群衆は一定の緊張を解いて、これまでの感想を語り始めたり、一度お手洗いや屋外へと出ていったりする。
「先輩、行かなくていいんですか?」
舞台の裏へ向かおうとする風ちゃんが、オレに顔を合わせて尋ね込んでくる。
「いや、オレはここで待ってるよ」
「……そうですよね、ではまた後で」
少し残念そうな表情を一瞬見せた後、風ちゃんは春の所へと駆け足気味に向かう。オレは壁際まで寄って、壁を背もたれにしながら、深く被ったシルクハットを脱いで、目の前に広がった騒々しい光景を眺める。
今回のミスコンは、本人達が意図したことでないにせよ、形上では二人が争うことになってしまった。小咲と春がこの状況をどう考えているかによって、彼女達のミスコンの意味合いはとても異なってくる。
それ故に、この局面でオレが二人に、何かしらのコンタクトをするのは違うだろうし、すべきではない。それに、この結果がどうなろうとも、オレの中の答えは何もかも、変わりを見せることはないのだ。
15分の休憩はあっという間に過ぎ去って、置かれた座席には人々が所狭しと陣取っていく。近くの春応援団もまた、団長を中心に改めて気合を入れ直す。脇にある扉からは、風ちゃんがこちらへ駆け寄ってくる。オレは、右手で弄んでいたシルクハットを、まるで重石のように頭に深く被せた。
舞台から連れられた先の、選り取り見取りな衣装部屋に押し込められて、私は座ることもできずに、ぐるぐると頭を悩ませながら、ただウロウロと部屋の中を徘徊している。
すると、ドアの方からコンコンとノックの音がしたと思えば、扉がそのままガチャリと開くので、私は勢い良くそちらへと目を移す。そこには、いつもの強引な感じで、私をこんな状況に追いやってきた、甲冑姿のるりちゃんの姿がある。
「小咲、衣装は決まったかしら?」
「それどころじゃないよ、るりちゃ~ん!!」
平然とした顔つきで尋ねてきたるりちゃんに、私は反抗や憤りを示すよりも先に、駆け寄って泣きついてしまう。
まさか、ミスコンに出場させられるとは思ってもなかったし、それに、何でよりによって、これから決戦投票を行う相手が春だなんて。ただでさえ、樹君との事で自信失くしてきているのに、その渦中の春が立ちはだかるので、私はどんどん憂鬱になっていく。
「あ~あ、なんでこんな事に……。るりちゃんホント強引すぎだよー……」
「泣き言言わないの。それに優勝賞品もかかってるんだから」
るりちゃんは右手に持つ、何が入ってるか怪しげな紙袋ではなく、左手で大会のチラシを私に渡してきた。受け取った私は、初めてその内容に目を通すと、商品の内容に愕然とする。
「……それで少しは、やる気になったかしら?」
「い、いや、そうだけど、でも……」
「四の五の言わない。私も副賞ほしいんだから」
副賞は確か、おかし一年分とか、そんな事が書かれている。食いしん坊さんな、るりちゃんらしい。いや、それとは別に、私は正賞のことで、樹君の事を思い浮かべて、さらに動揺してしまう。やる気は確かに芽生えたけれど、意気地なしの私は泣きべそをかく。
「うう~~、衣装だってどれ選べばいいんだろう~」
「それならね、服は用意してあるから、さっさと着なさい」
「ええ!?るりちゃんが選んだの!?ちょっと待って、またどうせおかしな服……」
「はいコレ」
るりちゃんは今度こそ、その怪しげな紙袋を手渡してくる。これまでのるりちゃんによる諸々の所業を振り返れば、私がそう疑っても仕方はないことのはずだ。私は恐る恐る中身を覗くと、存外にるりちゃんにしては、控えめなテイストのチョイスだと感じて、私は訝しげに顔を上げる。
「え?これでいいの?私はまぁ、助かるけど……」
「いいから早くしな、もうそろそろ時間だよ」
そう言ってるりちゃんは、表情をちっとも変えないまま、この控室から出ていこうとする。一方で、ドアを開けてこちらを振り返り、「頑張りなよ、小咲」と最後に、応援の一言を残して行ってしまう。
……やっぱり、るりちゃんは頼りになる人だ。こうして敢えて、私にこんな無茶ぶりさせるのも、自分からは中々動き出せない、私の性格を頭に入れてのことだろう。るりちゃんに後でありがとうを言おうと、私は心の中で決意してから、彼女の用意してくれた服に身を通す。
果たして、こんなオーソドックスタイプのセーラー服が、本当に良いのかどうか分からないけれど、私は自分のことを良く知る親友を信じてみることにする。
賞品のことを知ってしまえば、いくら情けない私だって、今回ばかりは勝ち取りたくなる。きっと春も、今回の賞品が何か分かった上で、参加しているに違いない。春には悪いけれど、樹君とのためにも優勝したい。
いよいよ最終審査の時間がやってきて、司会を務める舞子君から、私の名前が先ず呼ばれる。私はさっきみたいに慌てないよう、なるべく自然なように見せながら、壇上へと歩き出す。
すると、会場からは大きな歓声が巻き起こって、舞子君の一層に熱がこもった実況が耳に入り込んでくる。私自身にはこれのどこが良いのか、ちっとも見当がつかないのだけれど、反応からしてかなりの高評価のようだ。さすがるりちゃんだと、私はまた心の中でお礼を言う。
次に、そのままの勢いで、舞子君は春の事を呼ぶ。しかし、いくらか時間が経っても、春の姿が現れて来ない。舞子君も再び呼びかけているが、春は一向に出てくる気配がないので、会場内も一体どうしたのかと騒めきたてる。
私には、樹君と一緒にいる時の、本当に楽しそうな春の姿が脳裏に浮かぶ。
私達は運悪く、同じ人を同時に好きになったけれど、その前に私は、春のたった一人のお姉ちゃんである。妹があんな表情を見せていれば、一緒に嬉しい気持ちになってしまうし、その幸せを願ってしまうのだ。
だから、このままこんな形でミスコンが、終わりを迎えてしまうかもしれないのは、私には物凄く居心地が悪いものであるし、何より春がそうさせる気はないだろう。きっと春は現れると、私は両手に包んだマイクをぐっと握り締める。
「すみません!!お待たせしました!!」
とうとう失格の判定が下されようとした時、舞台袖から力強い声が聞こえてきた。私だけでなく、会場全体がそちらへ注目すると、そこには、ウェディングドレスに着飾った春の姿がはっきりと映し出される。
私はわが妹のあまりの可愛さにすっかり身を固め、胸をときめかせて今すぐにも抱きしめたくなったが、その一方で、この場において、その衣装で現れてくる春の度胸強さと心意気に、羨望と嫉妬が入り混じった眼差しを向けてしまいそうになる。
春は春で、壇上に登った時は恥ずかしさに溢れ、顔を真っ赤にしていたけれど、私が隣近くにいるのをようやく認識すると、どこか羨ましそうで悔しそうな視線を向けてくる。私がそう思うように、春も私の事を可愛いと思ってくれてるのだろうか。
ついに、ミスコンの最終審査が始まっていく。いきなり、好みの男性を聞かれたのは驚いたが、そこからは、100万円あればどうするとか、行ってみたい国とかなど、当たり障りのない質問が続くので、私と春もそれぞれの回答を紡いでいく。
「それでは、最後の質問です」
そして、最後の質問まで辿り着くので、私は内心ほっとしながら、すぐにどんな質問が来るか身構える。
「現在好きな人はいらっしゃいますか?」
「「ええぇえ!!?」
しかし、私達に尋ねられたのは、それこそ今最もタイムリーで、私達の核心をつくことなので、私と春は共々、驚きと戸惑いの声を挙げてしまう。目の前には、何百人もの人達が、私や春の回答を、期待したような目で見てきている。
「どうですか?小咲さん」
「わ、わ、私は、そんな……」
観衆の前で公言するのを恐れたのか、それとも、春のウェディングドレス姿に戦意を削がれたからだろうか。そこまで言うに留まって、私は二の句を告げられなくなってしまう。
「では、春さんはどうですか?」
「えっ……私は、その…………」
黙りこねた私から、質問の矛先は春へと移り変わる。会場全体の視線に曝された春は、言い淀むように下を向きながらも、やがて緊迫感から解かれたような、柔らかで優しい表情をして顔を上げる。
「います」
瞬間、観衆は皆しんと静まり返り、私はただただまじまじと、春の見たこともないくらい美しい横顔を眺める。
「……その人は、きっと、今もこの会場のどこかで、こんな私のことを、見守ってくれてると思います。私は今日、その人に見てもらいたくて、このコンテストに参加しました」
春がそこまで言い切ると、まるで水を打ったように、地響きでも起きてるんじゃないかと思うくらい、会場が本日一番の大盛り上がりを見せる。収ることのない興奮の渦の中、審査の終了と投票の旨を伝えるアナウンスが、やたらと私の耳にはすんなり入ってくる。
つい三ヶ月か少し前の頃なんて、お風呂で私に泣きじゃくっていたのに。知佳さんに尋ねられては、いつも肩を強張らせていたのに。どうして、あなたはいつの間に、これほど頼もしく、強くいられるようになったのか。
言い終えて心なしかホッと一息ついた春を、私は広まる尊敬と羨望の念を込めながら、隣より呆然と見つめる。振り返ってみると、樹君が絡んだことになれば、あんな時やこんな時も、春は私よりも真っ先に反応していたよね。
やがて、舞子君から集計結果が出たと、高々にアナウンスがされ、会場のお客さん達は再び静まり返る。結果なんて、火を見るよりも明らかなことだ。僅差だと告げられるが、実際には埋めがたい差がついたと、私は自分を詰るように唱え、ミスの栄冠に輝くであろう人物へ、どんなお祝いの言葉をかけようかと思案する。
数秒ほどの間が置かれて、ついに、ミスに選ばれた人物の名前が読み上げられ、会場からは割れんばかりの大歓声と、健闘を称える祝福の言葉が、私の隣立つ人物へと一身に注がれていく。当の本人は、整った顔立ちを破顔させて、嬉しそうに輝くような笑顔を浮かべている。
私は心からおめでとうと思い、マイクを置いて惜しみない拍手を重ねながら、この場のどこかできっと、一連の流れを見届けた人物に思いを馳せる。
私達の関係の変容も、後はアクセルを踏めば発進する車みたいに、もうすぐそこまで迫ってきていた。
第二十六話『ミスコン』をご一読下さり、ありがとうございます。
感想や評価等、お待ちしております。
次回は後編ですが、続けて明日に投稿を予定しています。
それでは、また次のお話で。